アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
「……ここは……」
暗い洞窟で目を覚ます。
手を付いて起き上がると、白い砂がパラパラと零れる。
暗いが、その砂に月の明かりが反射してかろうじて視界が確保できた。
むきだしのゴツゴツとした岩肌が寒々とした印象を与えてくる。
「そうか、私は深海棲艦に……」
あたりを見回してみても、生き物の気配は無い。
少なくとも今すぐどうこうする気はないのか、それとも逃げられないとタカをくくっているのか。
それはそれで都合が良いな。
濡れた服が肌に張り付いて気持ち悪いが、深海棲艦がいつ戻ってくるとも解らない。
少なくとも自分が現在置かれている状況を確認しておいたほうがいいだろう。
立ち上がり、サクサクと白砂を踏み、明かるい方へ向かう。
ふと、なにかが聞こえてきた様な気がして足を止めた。
「━━━♪……~……~~♪」
「……これは……歌、か?」
少なくとも深海棲艦が歌を歌うと言う報告は無い。
……もしや人か!?
逸る期待を押し殺して、そっと歌が聞こえてくる方向に、身を隠しながら近寄る。
近づくにつれ、歌のメロディが耳に入る。
妙に物悲しく、まるで月の光のように寒々しい。
どこかで聞いた事がある……これはドビュッシーの月の光か?
何を言っているかは聞き取れないが、メロディをそのまま口ずさんでいるようだ。
岩陰に隠れ、様子を伺うと此方に背を向け海に歌っている人物が居た。
黒いセーラー服、サイドに纏めたポニーテール。
月明かりに照らされている限りだが、海上にも辺りには深海棲艦の姿は無いようだ。
……良かった。何処かの艦娘が助けて安全な所まで運んでくれたのか……。礼を言わねばな。
膝を起こし、一歩歩くとジャリと音がした。
慌てて下を見るといくつかの欠けた貝殻が転がっていた。
歌も止んでしまい、邪魔をしてしまった事を謝ろうと、汀の岩の上に座っていた艦娘に声をかける。
「すまない、君が助けてくれたの……か?」
此方を振り向いた艦娘が冷たい瞳で私を射抜く。
いや、艦娘では無かった。
黒いセーラー服と月の光より尚寒々しい髪の色で気付くべきだったのだ。
「……駆逐棲姫ッ!?」
濡れた服のせいで冷えた体中に熱が灯る。
慌てて背を向け脱兎の如く駆け出す。
「待ッテ……! アゥッ!」
制止する声と何かが砂の上に落ちる音と悲鳴。
後ろを振り返ると駆逐棲姫が岩の上から砂の上に四つん這いに転んでいた。
……いや、良く見ると脚が無く、上半身のみでズルズルと此方に這って来ようとしていた。
待て、そこには欠けた貝殻が……!
危ないと言うより先に、地面に落ちている貝殻が這っている駆逐棲姫の掌を切る。
「ウッ! ツッ!」
駆逐棲姫の悲鳴が聞こえ、淡い紫がかかった、まるで月長石のような瞳が哀しそうに掌を見つめる。
たまらず私は駆逐棲姫に駆け寄ってしまった。
少なくとも逃げ出すチャンスではあったのに。
「大丈夫か!?」
声をかけ、手の平の傷を見る。
幸い、深くも無く欠片も入ってないようだ。
深海棲艦も血は赤いのだな……。
ハンカチを、と思ったが生憎ポケットもびしょ濡れの為諦めた。
何もしないよりは、と思い駆逐棲姫の傷を舐め取る。
口の中に鉄の味が広がり、そういえば先日もこのような事があったな、と思い出す。
「……何ヲ……シテルノ……?」
駆逐棲姫が戸惑った様な声をあげた。
その声に口を離して、手当てだ。と一言告げて血が止まるまでそのままで居ようと思った。
しかし駆逐棲姫は艤装が無いと歩けないのだな。
まるで脚の先、太股からスパリと切断されたような娘を見る。
「……艤装はどうしたのだ? まさか這ってあそこまで登ったわけではあるまい」
血が止まった頃、害意も感じられない為、なるべく刺激を与えないように駆逐棲姫に問う。
「艤装……出セル。……忘レテタ……」
「……そうか」
たどたどしく言葉を紡ぐ駆逐棲姫を抱き上げ、貝殻が散乱している場所から離れる。
随分と軽い。
……それもそうか、艤装も無い、部分的に欠損している人間の体だからな……。
いつのまにか深海棲艦をも人間として扱っている自分が可笑しく思えて、ククと笑いがこみ上げてしまった。
「ドウシテ……ワラウ、ノ……?」
胸元から怪訝な顔と声で見上げてくる駆逐棲姫、やはり体温はひどく低い。
「いや、軽いなと思ってな。……月が、綺麗だな」
「ウン……」
襟ぐりが随分と開いたセーラー服を着ている駆逐棲姫を眼下に留めると、見えてはいけない膨らみが見えそうだったので慌てて空を仰ぐ。
……下着の類は着けていない事は解った。
嵐も止み、駆逐棲姫の瞳と同じ色をした月が空に浮かんでいる。
「私はどれほど寝ていたか解るか?」
「解ラナイ……デモ……モウスグ朝」
どうやらかなりの時間寝ていたらしい。
しかし、意思の疎通はできるのだな。
これならば無事に鎮守府に帰してくれるのかもしれないと思い、試しに聞いてみる事にした。
「……鎮守府の皆が心配しているだろうから帰りたいのだが。……良ければ一緒に来るか?」
「……ソレハ……」
どうやら迷っているようだ。
春雨と似ていると感じたが、押しの弱さも似ているのかもしれない。
これならば……!
「アラ……ソレハ……ダメ……ネ」
後ろからズシャリと重い物が砂を踏む音と、声をかけられ振り向くと、長いウェーブがかかった黒髪とそれを覆い隠すフリルのついたヘッドドレス。
……所謂ゴスロリと呼ばれる衣装を身に纏った深海棲艦が立っていた。
そして、その愛らしさを全て灰燼に帰すほどの異形を纏った艤装。
「……離島……棲鬼……」
胸に抱いた駆逐棲姫がポソリと呟く。
離島棲鬼と呼ばれた深海棲艦の瞳が赤く、紅く輝いていた……。
筆が遅くなってしまい、申し訳ありません。
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