ブレイクもなく、原作をそのまま流用することなく、無双も最強もありえません。
原作裏話と思って読んでみて下さい。
オリ主無双、原作ブレイクに飽きた方へ、このお話をお届けいたします
時は1944年夏。7月の夜空を舞台とする。
下弦の月明かりに照らされた人影。
華奢な影は、小柄な少女。頭には何で出来ているのか、淡い光を放つアンテナに似たものを載せ、足には虫の羽根音を鼓膜を震わすほどに大きくしたような音を放つ機械を履いている。
脚に履く機械は、今や魔女――ウィッチ――の「空飛ぶ箒」として広まった「ストライカーユニット」。
真っ直ぐ飛ぶ姿を下から覗くには、淡いとは言え雲より高い位置故に遮る物のないその明かりは、昼の太陽の如く姿を隠す逆光となって魔女の容姿を見せてくれない。
「……ん」
魔女が何かに反応したように、降下を始める。俯せの巡航姿勢を反転させ、背を下方に捻ってからの降下。前方下限の敵機を発見した場合の戦闘機動か、それとも180度の急速反転か。
いずれにせよ、その反転機動で一瞬とはいえその容貌を伺うには十分だった。
顔つきは扶桑皇国に由縁ある人物なのだろう面影。髪も黒く、瞳も黒い。長い髪を無造作とも言えるように、首元と先端付近を結っただけにしている。洒落っ気など皆無。ただの朱い紐で縛っただけのようだ。
頭頂部付近から覗かせる動物の耳は、先の尖ったネコ科の耳に似ている。臀部付近から覗かせるのは――二股の長細い黒い尻尾。
着ている服を見ると、なるほど、扶桑皇国陸軍の戰衣装の上下を紅白に分けた服だった。
ストライカーユニットもやはり扶桑陸軍のユニットだ。
―― 一00式司令部偵察脚 ――
通称「百偵」。扶桑でも指折りの高速性能を持つ機体だ。
ディティールは華奢で、優美な細身の機体。現在の1944年時点を考えれば、エンジンを換装した三型か。造形は美しさが先行するが、故に戦闘に耐えられるか不安を煽る。
ただし、それは「戦闘脚なら」の話だ。このユニットの特異なところは――
「こちら夜戦三番機。司令部へ伝達。哨戒中にネウロイを発見。我、これより敵機の攪乱、及び足止めに移行する」
「『了解した。至急援軍を送る。20待て』」
「了解」
――この機体は戦闘主眼ではなく、偵察を第一任務にした機体だからだ。
一度高度を下げ、雲を突き抜けて左旋回。
再び上昇すると、先ほど居た至近を赤い光源が突き抜ける。ネウロイと呼ばれて久しい人類の敵が放つビームだ。
魔女は再び突き抜けた雲を尻目に高度を上げ続ける。再度の巡航姿勢時には既に10000mに達していた。一般のユニットがもつ限界高度が大凡その高さだ。
僅かに前傾をとり、高度を僅かに下げつつ敵機を観測する。
高速機とは言えない。むしろ巨体故に若干遅めだ。大型飛行ネウロイと判断して左に捻りつつ下降。至近を貫くビームをやり過ごす。
ネウロイに接近する前に水平飛行へ。零戦と呼ばれる格闘に向いた機動が取れないが、零戦にはない最高速度と上昇下降性能、高高度性能を利用しての徹底的な「逃げ」。
戦闘機動とは無縁だが、故に出来ること――いや、「自分しか出来ないことを、自分の土俵で行う」ことを徹底する。
臆病と言われ、疫病神のように睨まれても、生き残ることに縋り付くような無様な姿勢でも――彼女はそれを由とした。
個人の技量や、死様に美学を見出しやすい扶桑の人間にしては珍しくもある。
戦闘行動としては長期の20分。扶桑皇国のユニット特有の航続距離の長さ故に出来る事ではあるが、その集中力も特筆すべきか。
自身後方に援軍を感知した魔女は、ここに来て初めて攻撃を敢行する。上昇から背面水平飛行、反転しての降下。敵対位置は正対へ。
下降しつつ正面に抜ける機動。百偵用に試作開発された「穿孔榴弾(タ弾)」撃ち込む。ヘッドオンからの撃ち込みは諸刃だが、射程を考慮すると通常より遠方からの射撃にも向いている。普通の扶桑魔女なら刀でも挿そうその腰に、ソレはあった。筒状の長い鉄棍。ソレから枝分かれしたような取っ手にある引き金に指を掛ける。加速しつつ、射程を考慮せずに撃つ。別に当てる必要はない。ただの目くらましなのだから。
高度差は約1100m。技術不足の時限信管故に、1000m上空からの投下が有効とされている。そう、端的に言ってこのタ弾はグレネード弾だった。扱いが困難で、空戦では命中に難がある。射撃として考えると、垂直降下や水平姿勢での45度斜角を採っての射撃が必要なのだ。だが、これの使い方を熟知した上官に師事を仰いだ彼女にとって、難しくはあるが出来ない事ではない。必要条件が厳しく、戦闘機動中にそれが可能かと問われれば、黙って首を横に振るのが常ではあるが。
敵機は大型。旋回性能も悪く、撃墜を期待するものでもない。――が、タ弾は見事目標に接触する。時限信管より発火したソレは目標を貫かんと熱を撒き散らす。上手く行くものだ、と自身に賛辞を送りながらも水平飛行へ。
タ弾の特徴は弾頭部分に魔力と炸薬が充填され、命中すると弾頭後方から起爆し、開孔された部分から漏斗状に成形された炸薬が燃焼するに従って、エネルギーが前方に集束する。
貫通力に関しては既存の携帯火器ではトップクラス。化学弾故に命中さえすれば一定以上の効力を発揮する。偵察脚としては理に適った弾薬だった――当たれば、だが。こんな面倒な見越し射撃紛いでなくては当てるのも難しい。
悲鳴のような「声」を上げ、ネウロイは魔女を追う。だが、交差する時から加速していた魔女は、既に十分な加速を以て引き離れていた。体を貫かれ、それを再生させながら魔女を執拗に追うネウロイ。
その時、ネウロイは追っている魔女とは逆の、その後部より再び攻撃を受ける。
「遅れた! 後は引き継ぐ。貴官はそのまま基地へ帰投せよ」
攻撃を敢行した魔女は、百偵の魔女同様に扶桑陸軍の者らしい。百偵と違い、履いているストライカーは陸軍の四式戦闘脚。通称「疾風」。
後方から同様に二名が追いつく。彼女たちも陸軍のようだ。ストライカーは一式の「隼」。
「了解。武運を」
短く返し、上昇する。もはや視界に百偵の魔女は居ない。
再び静かな夜に一人になる百偵。
「侘て寂びて……風情に浸るに良い月夜なんだがな……」
零す様に口から漏れる言葉。静かな夜に一人とあっては、誰も言葉を返せない。
得てして独り言とはそういうものではあるが、寂しいものだ。
『月に叢雲、花に風。いや、いまやそれも昔か。妾も移りし世情故の騷しさより、眺めは変われどこの寂は嫌いではない』
だが、そこへ違う声が響く。老婆のような、若い娘のような……年を召した威厳を感じる若い声、と謂うべきか。
この不思議な声にも魔女は動じない。何故なら彼女にとっては身近な存在だからだ。
「“そめ”は月夜は好き?」
気持ち上を臨む様に視線を上げ、「そめ」と呼ぶ者に問ふ。
『好きではない。昔を思い出す。が、年を重ねて今は昔と過ぎたモノよ。主に歌を聞かされた月夜もあれば、侘しく三夜も啼く日もあった。それが良いか悪いかは刹那の情。今にしてはお主に謁までは孤独であった。それは寂しく好きにはなれぬ』
そういうことだ、と締めてそめは押し黙る。
自分より長く生きてきた“彼女”はこの月夜に複雑な思いがあるようだ。
『五十鈴は好きか? この月夜が』
暫しの沈黙を破るのはそめだった。抑揚のない声にはなにを思っているのかは読み取れない。淡々としていて、まるでどうでもいいように。
だが、本当にどうでもいいことはあまり口にしないのも魔女は知っていた。
「私は嫌いじゃない。雲に隠れる月も無し、風に揺れる花も無し。それでもこの広い空を飛んで、大きな月を独り占めしている今を嫌いにはなれないな」
故に魔女――五十鈴――は答える。使い魔として契約してくれたそめの為に。
『よき哉。妾もお主と飛ぶこの空は――月夜は嫌いにはなれぬし、ならん』
微かに感じるそめの感情。言葉の端にそれを確かに感じた。
巡航姿勢から上下反転、月を臨む様に向きを変える。
「……久しぶりに“アレ”やる?」
『おぬしのそういうところは好きになれぬな』
五十鈴は薄く笑うと、急上昇をかける。腕を伸ばし、月を掴まんと臨む。
高く高く、もっと高く。限界に挑まんとする愚者は力尽きるまで羽ばたこうとする。
唸りをあげる百偵、限界は近い。高度10000mを超え、11000に到達するかという時――魔導エンジンは止まる。
『ふにゃああああああぁぁぁぁぁ――』
当然、飛ぶ力を失えば落下するのみ。情けない声を上げ啼き続けるそめ。その声を聞きながら五十鈴は笑を零しながら――落下に身を任せていた。
時を同じくすること、第501統合戦闘航空団ブリタニア基地。
早朝。定例のミーティングの時間だった。
講堂のような扇状の机が配置された部屋に、11人の女性が居る。
共に10代の彼女達は皆ウィッチであり、ここブリタニアの対ネウロイ最前線基地の戦闘要員だった。
「坂本少佐、その新しく入隊予定の人員はどれくらい出来るんだ?」
律儀に挙手し、質問する二つのおさげを揺らした軍服の女性。彼女は壇上の上級士官に問う。
「そうだな……階級は曹長。こちらに赴任する際に少尉階級となる。空戦技能はまぁまぁだな」
坂本少佐と呼ばれた、黒髪を後部に一本に結った眼帯が特徴的な女性が答えた。
その答えに今度は長い茶髪の、胸部が目立つ女性が問う。
「曹長? だいぶ低いけど、撃墜数ってどのくらいなんだ?」
上官に問うにしては無躾だが、問われた上官は特に気にも止めてないようだ。
「ん? ゼロだ」
何の迷いも無く答えられた問に、問うた本人は反応出来ていなかった。他の者も理解するのに時間がかかっている。約一名、眠りこけていて反応できていない者も居たが。
「ハイハイハーイ。そんなんでここでやってけるのー?」
いち早く復帰した最年少の二つ縛り(ツインテール)の少女が、ことさら元気に挙手して言う。表情はそれぞれだが、皆一様にその疑問を持っているようだった。
「そうね。普通に数値だけで見れば優秀とは言い難いけど……」
それに答える女性は、教壇の中央に立つこの部隊の最高指揮官だった。
ただ、その答えは歯切り悪いもの。指揮官として、その物言いは隊員を不安にさせるものだが、彼女自身、その渦中の人物と相対していない為に評価が揺れていた。
「はっはっは! そうだな。だがそれは作戦行動や指針の違いだ。彼女は回避機動や長期作戦行動、夜間哨戒と偵察任務に関しては非常に優秀だ。つまり比べる土俵が違うのだから仕方あるまい」
豪快に雰囲気ごと笑い飛ばし、不安を一蹴した眼帯の女性士官。答えにそれなりに理解を示した隊員たちに指揮官も胸を撫で下ろす。
少佐がそう言うなら、と一様に納得して再び新隊員に話題を移す。
「ハイハイ、夜間哨戒ってコトはサーニャとロッテ組むのカ?」
あまり抑揚のない不思議な声色で「サーニャ第一主義者」が問う。
彼女の眼光は何時になく鋭く強い。
「いや、主に単独になるな。サーニャと交代での夜間哨戒と……これが本題だが、彼女にはもっと別の任務がある」
「それはなんですの?」
こんどはメガネをかけた金髪の女性が問う。気品が感じ取れるが、疑問に強い戸惑いが垣間見える。彼女はその内に秘めた強い想い故に、この戦局に於いて尚、「特別な任務」があるその女性に複雑な思いを持ったらしい。
「それには先ず彼女のストライカーから説明するべきか……」
そうして語られるのはその特異なストライカーの説明。
百偵と呼ばれるそのストライカーユニットは、「司令部偵察」を主眼に置いて設計されている。
「司令部偵察? なにそれ?」
気だるくやる気なさそうに問う金髪の女性。何気なく問われたソレだが、ことこの欧州のみならず、世界でも珍しい用法なのだから疑問は当然だった。
そもそもから「偵察」に於いて、扶桑以外の国に関しては「既存の高速性能機にて偵察」することで間に合わせていた。それも間違いではない。むしろ扶桑のように態々偵察任務用にユニットを開発する国が居ないのだから。
「偵察に関して考える視点の違いだな。偵察そのものに対して通常は、一定距離内での索敵が主任務だが――」
――この百偵は敵機ではなく、「敵機の拠点(敵司令部)」を偵察する“戦略偵察”目的で出来ている。
つまり――
「そ、そそ、それって物凄く危険じゃないんですかっ!?」
あわあわと慌てながら、扶桑の女学生が着る制服に身を包んだ少女が言う。
他の者も一様に渋い顔を作らざるを得ない、そんな話だからだ。
危ない、と一言で言ってしまえばそうだ。どう考えても無茶にすぎる。
「はっはっは! 確かに危ないが、いずれ誰かがやらねば如何ことでもある。彼女、『黒岩 五十鈴(くろいわ いすず)曹長』の任務はズバリ、ネウロイの巣の偵察任務だ」
エイラ・イルマタル・ユーティライネン少尉にとって、ネウロイの攻撃を回避するのは簡単なことだった。
未来予知と云う固有魔法のおかげだ。限りなく近い未来を予知することで攻撃を回避、未だかつて実戦でのシールド使用は皆無。当然被弾もない。
今度来る隊員はその敵性体、ネウロイの巣に単騎で偵察に行くという。自分なら代わりに行けそうだが、ストライカーの航続距離故にそうもいかない。
ただ真っ直ぐ突っ込んで、そのまま折り返す訳でもなし。敵を引き連れて基地に帰る訳にもいかない。必要な任務なのは分かるが、無茶苦茶だ。敵を撒いて逃げることを考えると、長期間の単独行動と集中力が要求される。
なるほど、比べる“ドヒョウ(何のことかは分からないが)”が違うのは理解した。
その基準で言えば、優秀と言うのにも納得がいく。
「しかし、その基準で優秀と言うなら、なぜそんなに階級が低いんだ?」
再びカールスラント軍服の大尉、「ゲルトルート・バルクホルン」が問う。
「私にも分らんが、撃墜ゼロの所為ではないのか?」
「美緒……ごほん、坂本少佐? 彼女の勤怠はどうなの?」
思わず名前で呼んでしまい、慌てて咳払いしつつ指揮官の“ミーナ”が違う線で切り込む。撃墜数などは偵察任務の者には不要だ、もしただそれだけの理由で昇進出来ない軍規では可愛そうだ。
「あーそうだな。聞くところに因れば、規則を乱すようなこともない模範的な下士官だな。不服従もなし、営倉入りもなし。禁固も違反もない」
極めて規則に煩いバルクホルンは黙って腕組しつつ数度頷く。エイラにはそこまで規則に縛られては息が詰まる、としか思えないが彼女はなにか感じ入ることがあるのだろう。正直理解してもどこまで実践出来るか分からない。ぶっちゃけサーニャのピンチと軍規懸けたら軍規なんぞ投げ捨てる。
視線をとなりに移すと、夜間哨戒で魔力を使い果たして眠りこけるサーニャが居る。
もし――もしも、だ。
サーニャがその「司令部偵察」をするとしたら?
そんな危険な任務を単独でさせる気は毛頭ない。そんな任務通達をする上官が居るなら殴ってしまうだろう。殴るで済むかは命令取り消すかどうかによる。
「? どうしたエイラ、そんなに怖い顔して」
どうやら顔に出たのか、坂本少佐が不思議そうな顔で聞いてくる。「何事にもクールなイッル」なのだ、わたしは。落ち着け、ワタシハレイセイダ。
「ナンデモナイゾ」
すぐさま姿勢を直し、何事も無く視線を戻す。その視界に映る幾人かが妙な含み笑いをしているが……なんだろうか?
「? そうか、続けるぞ」
こうして内心複雑なまま、その日のミーティングを終える。
1944年8月。
ブリタニア本島より約650km沖の海域。
肉眼で周囲の陸地を確認するのも無理がある。
辺り一面が海。そこに扶桑海軍所属の軍艦数隻が浮かんでいる。
200mを超える船体は同じ海軍の飛龍に似ているが、艦橋などが大きく違っていた。
雲龍型壱番艦「雲龍」。昨年の進水から大凡一年。中型空母として設計されたこの艦の今回の任務は、重量物輸送船として運用されていた。
つい先日に漸く竣工に至り、初任務としてブリタニアへの物輸と相成った。
護衛艦二隻は「檜」、「樅」。些か守りに不足するところが見られるが、この海域はネウロイによる強襲は無いと判断されていた。乗組員にしてみれば勝手なこと、と思うところもあるが、襲われる可能性が低いのも事実。早急にブリタニアに寄港出来る事を頭の片隅に仕舞込み、各自作業に没頭していた。
なにより彼らを不安とさせているのが、物輸の一つであるストライカーユニット「百偵」。彼ら扶桑軍部での形式名はキ46。キ46同型脚としては三型にあたり、最高速度と高高度性能に特化したタイプ。防御――シールド――や搭載火器などにエネルギーのキャパシティを割くことが出来ず、搭載火器は扶桑軍で一般的に用いられる二式機関銃一丁と穿孔榴弾装填の擲弾筒(迫撃砲)。だが、二式は軽量の為か一部削られていて、銃身も短い。そこまでしなくても良いだろうに、とは整備士の弁。魔法力を抑える為に少しでも軽量しようとしたのだろうが、そこまで削る必要があるのか甚だ疑問だ。
穿孔榴弾装填迫撃砲も使い勝手の悪さに定評があり、何故それを使うかこれまた乗組員に疑問視されている。
シールドや武装に送る魔法力をほとんど機体の回避性能に回したとしか思えない。
有り体に言って、「飛ぶことしか考えてない」。
更に――戦闘に於いては格闘性能は零戦に劣り、とても護衛に向いた機体ではない。他にウィッチが居ればいいが、生憎この艦隊に随伴(というか“運搬物”だが)しているウィッチは一人だ。
黒岩 五十鈴と名乗る陸軍の曹長。ブリタニア着任時に少尉待遇になるらしいが、階級の低さも乗員の不安を煽る。ブリタニア駐在の海軍士官に坂本少佐が居るが、逆にそう言った海軍の著名な士官の武勲を聞いている乗員にしてみれば、無名の下士官で陸軍の者を頼るのもどうか――ということだ。
海軍と陸軍と言うのも手伝って、乗員にあまり良い感情はなかった。規律に煩い陸軍、と云うだけでうんざりする者も居る。百偵の魔女と蔑称を送る者も少なからず居る。
その百偵の魔女と言えば、長い航海に関わらず一向に船室から出てこない。初めのうちは幾人かが心配しては声を掛けるが、大丈夫だと言って出てこない。食事には来るし、船酔いも見られないが……息詰まりを覚えないのか疑問だ。
だが、一応護衛として夜間哨戒を行ってくれるので、不満はあれど目立って不満の声を挙げる者は居ない。
五十鈴と言えば、船室に篭っては寝ていた。
几帳面に軍服を畳んで傍に置き、寝巻きも着ずに寝ている。出撃の際にすぐに身支度をする為だ。
規則正しく寝息が聞こえる。寝相は良いが、暑苦しそうに眉を寄せていた。見れば汗も浮かんでいる。
ふ、と目蓋を開き、半眼のままぼうっと天井を眺める。数秒で覚醒したのか半眼のままではあるが、焦点は合っている。異様な寝起きの良さだった。
「……あつい」
気怠げに一言。緯度自体は扶桑と大差無いが、彼女にとってはそれでも暑いらしい。どうやら冷え性とは無縁のようだ。尤も、夏であるのだからそもそも気温が高くて当然だったが。
汗の量と発言を垣間見ると、発汗量が少ないのかもしれない。備え付けの水差しを取り、喉に流し込む。あまり冷えてないが、喉を潤すのには十分だ。
再び目を閉じる。波の音や船体の揺れにも関わらず、数分で眠りに落ちる。寝起きも良いが、寝るのも早い。軍人としての適性は妙なところで良いのかもしれなかった。
そのまま静かな時を一時間。眠りも深くなってきただろう時にそれは起きた。
急に起動する魔導針。ネウロイを感知したのか、驚く程早くに眠りから覚醒。素早く軍服を手に取りながら起立、近くの連絡管に飛びつく。
自体は刻々と変化していた。
同じ時刻、ブリタニアの501基地でもネウロイを感知してのブリーフィングが行われていた。
「ブリタニア近海にて、扶桑の空母へネウロイが接近中。万が一に備えて出撃準備後、そのまま待機……とのことよ」
指揮官のミーナの発言に了解、と返事をしようとして命令の内容に皆一様に眉を顰める。
「どういうことだ、ミーナ。待機などと悠長に構えてる場合ではないだろう」
一番に声を発するのはゲルトルート――愛称トゥルーデ――だ。彼女は軍人であろうと規律に煩く、冷静に努めようとするが……根が激情家なのでこういったところで地が出てしまう。友軍が襲われていて棒立ちするなど我慢ならん、と。
「ええ、私としてもそんな気はないから、援軍を出すつもりだけど……
問題は『航続距離』ね」
近海とは言うが、距離にして600km。行きだけならどのストライカーでも問題ないが、帰りの足がなくなる。陸地であれば、最悪不時着も可能だが、海上では無理だ。
「ならば、私と宮藤が先行して遊撃しかあるまい。後の者は――」
「――最低400kmまで近づいてもらうまで発進許可出来ないわ。一応小型船舶を用意してもらってるから――」
「――海上着水も考えろ……ってことね」
坂本少佐、ミーナ、シャーロットと続く。海上着水と聞いて、つい先日に訓練をさせられた宮藤、リネットは苦い顔をする。尤も零戦装備の宮藤は航続距離の長さでそんな心配も無いのだが、彼女の場合そう言った軍事教練の不足から全く理解していない。
「とりあえず、宮藤! 私と先行するぞ!」
上官の坂本の声に我に返った宮藤。返事だけはしっかりとしているが、彼女がこの状況を正確に理解しているかは――皆察して首を横に振るのだろう。それでも、宮藤には「なんとか乗り切ってしまう」と、そんな不思議な雰囲気がある。
誰より真摯に「守ること」を思い、誰より困難に立ち向かって行ける「勇気」を持っているのだから。
接敵を感知した五十鈴は素早く扶桑巫女服に似た、その戰衣装に身を包み、発艦の為に格納庫へ走っていた。
『良いのか? 普段なら気にもせずのうのうとしておるだろうに』
そんな五十鈴にそめが疑問を口にする。尤も、他人には聞こえない念話なのだが。
「他意はない。この空母が座礁したら色々と問題だもの、私が出るしかない」
気負ったところもなく、淡々と答える五十鈴にそめも何も言わない。
そめは五十鈴よりも長く生きた「猫又」と呼ばれるある意味霊的な存在だ。馴れ初めは省くが、普通の魔女が契約するようなモノでもない。
その知性や経験は相当なものだが、昨今の技術革新の速さに実はついて行けてない。それによる戦の流れや、人の機微に疎い。今、そめと本人のみが知る、五十鈴個人が秘める「行動原理」に照らし合わせて「五十鈴は出撃しない」と勝手に思ったのだから。
「……たしかに、私個人としては“どうでもいい”ことだけど、正義感なんて霞に劣る私の情でも、やはり人死には堪えるもの。多少遠回りでも“私のしたいこと”に至るにはこれが最善よ」
然り、と。出撃なんぞ命を賭けた博打にも拘らず、然も在りなんとする。
そうやって詭弁に身を包み、殻を纏って空を飛ぶ。
そめには理解しがたいが、人の世はなんとも難儀なモノだと思う。
人死にが堪えると言って、無理に自分を納得させているのだな、と。
そう思えるのも「行動原理」を知るそめだからこそ気づくのだ。他のモノには解るまい。
元来猫たるそめには、そんな人の世と、今の主たる五十鈴が不憫で仕方ない。自由気ままに生きれぬ世の中など家畜の檻に等しい。
『ままならぬものよな』
そんなそめの一言に、五十鈴は苦笑を返してひた走る――
ストライカーを履き、装備を揃える。
五十鈴はただ、リフトアップしてゆくユニットの固定台で静かに目を閉じている。
「『発進どうぞ!』」
管制室からの発艦許可。それを耳にすると同時に魔導エンジンを始動させる。
足元に浮かぶ魔法陣、頭には猫の耳、袴から覗く二股の尻尾、そして回るプロペラ。羽虫のように空気を震わす音、掻き乱された艦内に澱んでいた空気。煽られてはためく衣装と髪。一連の儀式を以て魔女は空へと至る。
「百偵、黒岩――出るぞ!」
ブリタニア南西部海域、本島より約450km上空。
そこに黒い巨体が浮かんで居る。
エイに似た巨体で、空に浮かぶその姿は異様な雰囲気を醸す。
奇妙な「鳴き声」を発して進む先には扶桑の艦艇が三隻。目的がなんなのか、何を考えているのか、誰にも分からない。
この異様な姿の飛行物はネウロイ。人類の敵として現れてから早五年の月日が立つ。しかし、その行動の根幹は未だにはっきりしない。そしてまた、この場に現れた理由も知れない。
そんなネウロイの目の前に、巨体からすれば豆粒のように小さい「ヒト」が現れる。
会敵殲滅、ネウロイは過剰とも言えるだけのビームを放つ。
現代兵器程度なら容易く焼き切るソレを、高々ヒト程度に撃つには全く以て過剰だった。
ただし、それは只のヒトならば、だ。
只のヒトならぬ魔女は、それを見切り急上昇を掛けて避けきる。
今此処に、相対した仇敵は互を滅ぼさんと牙を向け合う。
ブリタニア南西400km。
鳥の鳴き声と、波音、風の音。それ以外は聴こえもしない筈のその場所を、二対四基のプロペラが回転する音が木霊する。
空の支配者が鳥共ではないと言わんばかりに、既存の生物が翔び行く態を嘲笑うように――置き去りにしてゆく二人の魔女。
それでも彼女たちはまだ早く、もっと速く、と焦燥に顔を歪めながら必死に翔んでいた。
既に翔び始めてから40分も経過している。艦隊は無事だと言うが、致命的なほどに時間は過ぎている。敵機は1基と言うが、それでもたった一人でネウロイと云う怪異と戦うには、精神的にも肉体的にもこの時間経過がどれほどの負担を掛けているのか想像もつかない。
焦っていても仕方ないのは理解できるが、それでも冷静でいられるほど達観できたものではない。飛び立って40分と言うことと、艦隊が襲撃を受けている時間はイコールで結びつかない。以下になることも有り得ない。悠に40を超えているのだ。
戦場に馴れてしまった坂本美緒は、その絶望的とも言える状況を分析出来るが故に。
少し前まで、一般人であった宮藤芳佳は、ただ純粋に助かる可能性のある命を救いたいが為に。
思いは違えど、一様に表情を強ばらせるのであった。
「……あっ! 坂本さん、あれ!」
声を上げ前方に指を指す宮藤。その声に頷いて――坂本美緒は己が右目を覆う眼帯をまくり上げる。
扶桑の特徴的な黒目とは些か色が違うその右目。それが美緒の持つ「魔眼」であり、ウィッチとしての彼女の最大の武器と言える。
地味ながら、その驚異的な視力、そしてネウロイの「コア」を直接視認出来る能力は、他のウィッチでは及びもつかない。
その視力により遥か前方に大小二つの飛行体を確認する。
「驚いた、まだ戦闘を行っているのか!」
まだその距離は遠く、戦闘域にたどり着くには少なく見積もって5分は下らない。
船団は最大戦速にてこちらに向かっているので、このまま行けば少なくともネウロイとの間に入って引き付けることは容易だ。
しかし、ネウロイと戦っているだろう黒岩を助けられるかは――難しいと言わざるをえない。
そんな時、彼女達の耳に、何かの「音」が聞こえてきた。
「坂本さん、何か聞こえませんか?」
「ああ、これは……声、か?」
猫の声のような、鈴の音のような。唄うように高らかに、謡うように感情を吐露し、唱うように先んじて、その吟を大空に響かせる。
何かを招くように、届かぬ想いを伝えるように。
ふるえ、ふるわす、ゆらゆらと――
その声に導かれるように進んだ先に、歌うヒトを見つける。
――爛――
日の光を浴びるより、火の光を浴びるより――
その輝きは淡く、儚い。輝きを纏うのは、一人の魔女。
彼女は独り、歌を詠うのだ。
五十鈴が敵機と遭遇した時。既に艦隊は全速でブリタニアに向かっていた。
艦橋司令室にて彼女が言ったことによる。
――どんなことが起きても、脇目も振らずに全力で目標に直進すること――
前方にネウロイが見えても、臆することなくそのまま直進すること、と。
「そめ、アレをやるよ」
自分の言に従い、彼らが臆することなく進むと誓いを入れたなら、自らも己の矜持に則って臆することなく完(まっとうする)。
『妾はおぬしに従うだけじゃ。好きにせい』
投遣りな言葉。一蓮托生を誓いあったのだ、是非も無し。
元よりそめには抗うつもりも無し。それでも態々断りをいれる主が好ましい。
使い魔は道具ではない、魔女の生涯の伴であると。使い魔より未熟な主。それでも運命を共にすると契りを立てるに値する。
あべこべな魔女と使い魔は、その力を解放する。
――爛――
静かに、瞳を閉じて。内から外へ、想いを声へ。
清らかに、粛々と。鈴の音を思わせる声音に、もう一つの声が重なる。
『なー……なー……』
そめの声。その啼き声は、五十鈴の歌と重なり合う。
「寂しいよ、こっちへ来たもう。泣くのは辛い、啼くのも疲れた」
歌を歌いながら上昇する。道を空け、艦隊にネウロイを誘うように。
だが、ネウロイは五十鈴を追う。まるでそれが当然のように。
「私を置いて逝かないで、愛しき君よ。消えないで、想い出の君よ」
上昇、旋回、降下。繰り返される機動。そのどれもが一度も止まらぬまま、五十鈴は――そしてそめは、謳い続ける。
至近をビームが貫こうと、止まらぬ、止められぬ機動に四肢へと掛かる負荷に苦痛を覚えようと――詠うことをやめない。
言葉も尽き、ただ哭くように声を上げ――
鳴き声も枯れ、ただ啼くように吼えても――
もうどのくらい唱ったのか、艦隊は視界から消え、二つの羽根音を耳にして微かに残った魔力を以て五十鈴は最初にして最後の攻勢に出る。
急上昇から、膝を支点に上半身を後ろへ反らす。通常の航空機が行うような上昇急速反転なんて生易しい、その場での180度反転。ストライカーユニット装者が「航空歩兵」と呼ばれる由縁、その場での反転、及び滞空が可能なこと。
だが、常人がそれをすることなどほとんどない。高空域にて急上昇中に頭を下に急速に下げる。重力に則って下へ流れようとしていた血液、そんな中で頭部を急速に下へ下げることを想像すれば分かるだろう。急速なGと、目まぐるしく流れる景色、鼻腔と瞳の奥に血でも溜まったかのような痛み。
一瞬視界がぶれ、暗転。
飛びそうになる意識の中で、その腰にある擲弾筒の引き金を引く。
発射を経験で推測し、同じように経験からくる危機感より旋回、回避。ビームを肌に感じて、魔女は意識を完全に手放した。
宮藤がその視界に扶桑の巫女服のような戰衣装を目に止め、彼女を助ける為に上昇をかけた時、彼女は攻撃をして回避機動をとっていた。
至近をビームが抜け、僅かに衣服とユニットの端を拐ってゆく。
攻撃は見事当たり、ネウロイに風穴を空け、扶桑の魔女はただ落下してゆく。
「あぶない!」
叫びと共に制動をかけ、墜ち行く彼女を救う為に下降。
「宮藤! おのれネウロイ! 覚悟!」
五十鈴であろうと思われる魔女を宮藤に託し、安全を確保する為、またその勝機に報いる為に背に負う扶桑刀を抜く坂本。
五十鈴の攻撃により、運良くと言うべきか、コアは露呈している。
気合一閃。坂本、宮藤の両名が此処に至る時間と比べるのもおこがましいほどに呆気無く、ネウロイはその身を牡丹雪の如く散らしていた。
「間に合えぇっ!」
宮藤は両手を限界まで伸ばし、五十鈴を捕まえんと気力を振り絞って飛ぶ。
速く、速く、もっと速く。ただ我武者羅に突き進む。
その甲斐あって、水面に接触する寸前に救出。背後から抱きすくめるように抱え、上昇する。
「ふう……間に合ったぁ」
ため息一つ。嫌な汗と共に、裡に溜まった不安も吐き出す。
――ふにゃっ――
何か両手の平に柔らかい感触がある。
程よい弾力、吸い付くような錯覚を覚える張り。揉みしだく毎に不思議な幸福感を覚えて頬が緩んでくる。
なんだろうと考えるより、手が勝手に動いている。
「えへへ……」
至福の時を数十秒。もう既に状況を忘れている。
「宮藤、彼女は無事か!?」
はっ、と。その声に我に返り、”とりあえず”手を止める。動きだけは止まっていた、というべきか。
「は、はい! とりあえずどこか安全な場所へ……」
戦闘中だったのを漸く思い出しあわあわと慌てながら、彼女を下ろせる場所を探す。
「……あわてるな、もうネウロイは倒した。この空域に他のネウロイの反応を感じない。雲龍に着艦すればいいだろう」
「えっ!? もう倒したんですか!」
「ああ。彼女が最後にデカイ穴をこさえてくれたからな、弱ったネウロイなんぞ芥に劣る」
はっはっは、と豪快に笑い飛ばし、胸を張る坂本に宮藤は苦笑しか浮かばない。
無事に戦闘が終わったこの海域を後に、二人は雲龍を目指した。
全治1週間。それが今回の五十鈴の負傷だった。
宮藤の治療の甲斐あって、最後のビームでの負傷はすぐに癒された。だが、長時間の戦闘と魔法力の消耗、最後の無茶な機動も相まって予想以上に負傷が大きかった。
外傷は一先ず問題ないが、安静ということだ。
更にはストライカーを片方をほぼ全損に近い状態にしてしまっていたこともある。
幸い、予備を持って来ていたので問題なかった。調整に多少時間がかかるが、しかたあるまい。
「まさかいきなり負傷してここに来るとは思わなかったわ」
呆れたような、安堵したような微妙な表情でミーナが云う。
病室で寝巻きに着替え、ベッドに潜り込んでいる自分のことを考えると、苦笑せざるを得ない。
「自己紹介がまだだったわね、私はミーナ。ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ。階級は中佐でここの隊長を勤めているわ」
そう言って手を差し伸べる。それに掛布から手を出し握手。
「はっはっは! まぁ、無事でなによりだ。ようこそ501へ。歓迎するぞ!
私は坂本美緒。階級は少佐だ」
豪快な笑い声は不思議な逞しさを感じる。この人に着いていけば何とかなる、そんな頼もしさがある。
「そしてこっちが、お前を助けた宮藤だ」
そういって自身のとなりに目配せする。そこには快活そうな少女が居た。
「は、はい! 私、宮藤芳佳って言います! よろしくお願いします!」
緊張してるのか、妙に張った声色で自己紹介する少女に苦笑する。小動物のような愛らしさがあるので、思わずその頭を撫でてやりたいくらいだ。
「まぁ、ここは階級とか堅苦しいのはあまり強要しないから、気楽にやるといいわ。じゃ、今日はゆっくり休んで、また後日他のメンバーと顔合わせしましょう」
用が済んだとミーナ、坂本は退出する。宮藤は心配そうにしていたが、「大丈夫だ」と云う想いを乗せて頷いてみると、微笑んでからお辞儀しつつ退出する。
少しの間しか相対してないが、優しく根が真面目なのだろう。そんな人となりを感じた。
「思った以上に、居心地が良さそうなところかもしれない」
率直に、感じたことを口にしてみる。
気を張らずに済むと思ったら、あれだけ寝ていたにも拘らずに睡魔が襲ってきた。
惰眠と知りつつ、その甘美な誘いに抗えなかったのは軍人として恥ずべきことだが――体力を回復するのも軍人の勤めだ、と誤魔化して眠りにつく。
明くる朝、招集がかかり皆が作戦室に集まる。
エイラはそんな中、どう見ても眠ってるサーニャを肩抱きにして支えながら入室。
あまり他人の視界に入らず、退室するまでの距離が近い後部座席に陣取る。周りも心得たもので、大体その場所が空いていて半ば指定席になっていた。
「はい、それでは今回、新しく配属された黒岩さんを紹介します」
初等学級の講師のようなノリで紹介され、それはどうかと思ってしまう。
郷に入っては郷に従え、と言うがこれはどうなんだ、と。
尤も、そんなノリで自己紹介出来るタマならある意味合格だ。この濃いメンツに混じってもヤっていけるだろう。
件の人物が一歩前に出る。扶桑の軍服に詳しくないが、坂本少佐の軍服と違って薄緑色の軍服だった。カールスラントの軍服が色合い的に近いのかもしれない。
「ハッ! 私は本日付けで501に配属となった黒岩 五十鈴少尉であります」
……とおもったらガチガチの軍人だった。ビシッとした姿勢に、見事な敬礼。まぁ、カールスラントの軍人が独り、ウンウンと頼もしげに頷いているのだから、ある意味こちらも合格か。
見るとサーニャと同じくらいの年に見える。
だが、扶桑の人間は若作りが多いと言うし分からない。身長が低いのもより年齢不詳に輪をかけている。
「ねぇねぇ、年幾つで身長どんくらい?」
疑問を早速挙手しながら言い放つルッキーニ。時偶こいつが自分と同じ少尉であるのを“思い出す”。当然普段は少尉だとか忘れてる。多分渦中の少尉も同じ階級だと思っていまい。
見れば微妙に引きつっている。その軍隊にあるまじき行動にか、その質問にかは不明だが。
「歳は今年で16。身長は4尺8寸だ」
若干強い口調で手短に話す。先ほどの「あります」口調と違うところを見ると、不躾な仕草に怒っているのかもしれない。
「? にゃー……そんな単位じゃわかんないよー」
一同苦笑。扶桑組は「4尺8寸」がどれくらいかわかっているのだろうが、それをメートル法に置き換えて説明しない。何となく怒っている彼女を気遣ってなのだろう。もしかしたら宮藤はメートル法に置き換えられないのかもしれないが。
見た目で言えば150cmに届くかどうか。だいぶ身長が低い。宮藤と同じくらいか。
身長の低さと裏腹に、胸部はそれなりに発達している。あとで確かめよう。
「それでは、彼女の案内を……エイラさん、あなたにお願いするわ」
「わかった」
まさか自分を指すとは思わなかった。ミーナ中佐の指揮能力や人身把握力は知っている。ただ当てずっぽうに指名したわけではないだろう。たぶん。
「それでは解散します」
解散と共に、早速仕事があるのか、ミーナ中佐と坂本少佐は退出、それを追うようにペリーヌが退出する。他の者は未だに退出しない。
エイラが寝こけているサーニャを置いて、壇上の五十鈴に接触しようと移動している間に、幾人かが集まっていた。
「あたしは、フランチェスカ・ルッキーニ。階級は少尉だよ!」
いの一番にルッキーニが自己紹介を始める。階級が同じと聞いて流石に驚く五十鈴。
驚いていてどう切り替えしていいか困惑していた。
「あたしはシャーロット・E・イェーガー中尉だ。シャーリーって気安く呼んでくれ。ま、よろしくな!」
ルッキーニを横から抱きすくめ、簡単に自己紹介するシャーリーことシャーロット。先ほどのやり取りで、変に突っかかるとこじらせると踏んだのだろう、見た目と言動に惑わされがちだが、周りを見る目は肥えている。
「ハッ! イェーガー中尉!」
綺麗な敬礼。堅物と言われるバルクホルンでも仲間内ではここではそこまでやらなかったりする。
敬礼されて苦笑のシャーリー。笑ってひらひらと手を振る。「気楽にやんな」とでも言っているのだろう。声にせずに、態度で示すあたり人付き合いに慣れてるようだ。不必要な接近を控えて、言葉で明瞭な矯正をしないのは好感が持てる。
五十鈴もそれに苦笑で答える。扶桑海軍も名前で呼び合うのが通例のようなものだから、ここはそういうものだ、と認識出来たのかもしれない。
「私はゲルトルート・バルクホルン。大尉になる。よろしくたのむ」
「ハッ、大尉。こちらこそよろしくお願いします」
五十鈴の返答、敬礼。バルクホルンの返礼。軍人としてのお決まりではあるが、流れるように自然に出来るのははたしてこの隊にどれだけいるか。
扶桑の海軍しか見ていない他の隊員には、五十鈴がガチガチの軍人に見えたことだろう。
あながち間違いではないが、扶桑の陸軍が規律に厳しいだけだったりする。
「……で、こっちがエーリカ・ハルトマン。階級は中尉だ」
「よろしくー」
さっきと打って変わり、妙にだるそうに机に寝そべり答えるハルトマン。
バルクホルンはそんなハルトマンに引きつった顔をする。
この後、幾つかの説教があったが割愛する。
「おはようございます、黒岩さん。紹介します、こっちがリーネちゃんです」
お互いに面識がある宮藤が間に入って、リーネを紹介する。
少し前まで女学生だったと聞いていた五十鈴は、宮藤の明け透けな態度を気にとめない。
「は、はい! 私はリネット・ビショップです! 階級は軍曹です!」
緊張でガチガチのリーネ。五十鈴もそんなリーネを察して苦笑に留まらせる。
「よろしくたのみます。軍曹」
「あ、私のことはリーネでいいです。こちらこそよろしくお願いします」
残すは二人、エイラとサーニャだけだった。
エイラが件の魔女と相対して思ったのは、やはり背が低めだと言うこと。
自分より年上ではあるが、サーニャより背が低い。よく見ると宮藤より若干低い。
そして、上から見るとよくわかるが、そこそこ胸がある。
あとで確認せねばなるまい、と心の中で決意する。
一通り観察してから自己紹介に入る。
「私はエイラ・イルマタル・ユーティライネン。スオムス空軍少尉。こっちはサーニャ・リトヴャク。オラーシャ陸軍中尉」
自分と一緒に、眠りこけているサーニャも紹介する。
そこで相手を見てみると、なんとも不思議な表情でサーニャを見ていた。
じっとサーニャを見ているのが段々腹立たしさを覚えてきた。
「サーニャ・リトヴャク? どこかで……」
「……どこ見てんだオマエ」
出会い頭で無視された挙句、“サーニャをそんな目で”見る輩に遠慮はない。
多少強めでも睨みを効かせねばサーニャが危ない。サーニャを守る。他でもない私がサーニャを守るんだ!
「失礼しました、少尉。少し、リトヴャク中尉のことで引っかかったもので」
再び姿勢を律して敬礼する黒岩。堅苦しいことこの上ないが、リーネのように緊張しっぱなしなのもどうかと思う。
「なんだ? サーニャのこと知ってるのカ?」
「ハイ、いいえ、おそらくですが――QSLカードの交換をしたことがあるかと」
え、と言われた内容に少し理解が追いついてなかった。よくよく思い返してみると、サーニャは夜間哨戒中にそんなことしていたような、してなかったような。
本人が寝ている為、直接聞くことが出来ないが、それなら謎の交友もありえる。
事実、サーニャの交友関係には、多々聞いたことのない他国のナイトウィッチの名前が上がることもある。
人付き合いが得意ではないサーニャではあるが、人付き合いを拒否するタイプではない。むしろ、誰とでも仲良くなりたい、と常日頃思っているようだった。
……もちろん、サーニャの一番は私だ。絶対に。
「しっかし、その堅苦しいのやめないか? 私のことは名前で呼んでもらっていいし、そんな畏まらなくてもいいゾ。階級も一緒だしな」
その言葉に少し悩む仕草をしつつ、一つため息。いい加減、自分の態度が浮いているのに気付いたのかもしれない。隊では堅物呼ばわりのバルクホルン大尉ですら、上官のミーナ隊長を名前で呼ぶのだ。少しくらいはハメを外してもいいだろうに。
「はぁ、分かりました。ユーティライネン少尉?」
「……あんまわかってなさげダナ。別に、私のことはエイラでいいんだゾ。スオムスじゃ”イッル”って呼ばれてるし。私も五十鈴って呼ぶからさ」
「“イッル”ですか……うん、イッル」
イッル――イッル? 今、イッルって呼んだのか?
ここに来て、愛称のイッルで呼ばれたことないから新鮮だった。
イェーガー中尉にも名前でいい的なことを言われたハズなのに、私だけか?
……よく考えたら、中尉じゃ階級上だからか。同じ階級だから多少気安くとも良いとかか?
「お、おお。それでいいゾ。案内とかも私がやることになってるし、もちっと気楽でもいいんだが」
「うん、よろしくイッル。これでいい?」
「ああ、そんなんでいいんだぞ。ここじゃ、肩肘張っても疲れるだけだし」
ここまで態度が軟化するとは思わなかった。これはアレか? 坂本少佐のようなモテモテ気質に目覚めたのか、私。
……そんなこと無いか。
「じゃ、サーニャもいい加減寝かせたいし、さっさと行くぞ」
「うん。わかった」
どうでもいいことに、今気づいたが、何となく五十鈴がサーニャに似ている気がする。
何が似ているか分からないが、そう思った。
案内する、と命令は受けたが、サーニャをこのままに出来ず(他人に任せる選択肢は浮かんで来なかった)最初の案内はサーニャの部屋だった。
五十鈴も流石にサーニャをそのままにする気はなかったので、二つ返事で了解する。
「あれ? そういえば私オマエの部屋聞いてないゾ」
サーニャの部屋に入り、ベッドに寝かせさぁ次だ、と云うところで肝心の部屋割りを聞いてなかった。
「ああ、部屋は宮藤さんの隣らしい」
「ああ、そういえばそこ空いてたな」
だいたいが階級、先任順に部屋割りが決められるから、必然的に後任は空いてる所に順番に割り当てられる。ガリア開放までの臨時基地ではあるので結構適当だったが。
部屋の場所を案内すると、既に荷物が搬入されていたらしく、着替えやらなにやらを確認して上機嫌だった。
着任日に戦闘があって、そのまま赴任先に辿り着く前に負傷、気が付いたら任地の病室に寝ていたとなれば自分の荷物など管理しきれるものではない。
いつの間にか運び込まれていたので、一応中身の確認もしたが、大丈夫だったようだ。
「で、次はどこを――」
「――では、風呂を」
次の案内、と言いかけたところで、すかさず五十鈴が場所を指定する。
目を輝かせ、何かに期待するような視線を向けてくる。
気圧され、仰け反った私は悪くないゾ。
「あ、ああ。んじゃ、風呂ダナ」
そう答えると、更に目を輝かせ、顔を寄せてくる。
さっきまでとはエライ違いだ。身長の低さもあってまんま子供のようだ。
そんなに風呂が好きなのか。……好きなんだろうな。私もサウナ無いときは絶望したもんナ。
「……で、なんで私も一緒なんだ?」
処変わって風呂。気が付いたら私も一緒に入る事になっていた。
「いいじゃない。皆で入る風呂もいいものだ」
幸せそうに湯に浸かる五十鈴。それを見ていると、なんだかどうでも良くなってくる。
そのまま言葉もなくゆっくり浸る。ふ、と気になっていたあの部分に視線を向ける。
そこには自己主張する双丘があった。
あからさまな大きさではないが、身長の低さと相まって大きく見える。バルクホルン大尉くらいにはあるんじゃなかろうか。
そのまま標的をロック。両手を突き出しアクション。
「ひぅっ!?」
がっちりキャッチ。感触を確かめる為に手のひら全体と指先までをフル活用して揉みしだく。
なかなかの弾力に幸福感が脳を刺激する。リーネほどではないがこれはこれでイイ。
「な、なな……なにしてるのカナ」
「ん? いやぁ、なんとなく」
ほんとは最初から狙っていたが、つい手を出してしまったのはホントだ。
尤も、新人の胸を一番最初に触ることは、ルッキーニといつも争っているからいつものことではあるが。
逃げようとしたところを、今度は後ろからホールド。更に揉み続ける。
「あ、ああ、あうあうあー……」
すっかり耳まで真っ赤にして、言葉にならない声を漏らしている。
最初から抵抗がなかったが、全く動かない。ついでにいえば、さっきから妙に体重をかけてきている気がする。
「おーい、どうしたー?」
少し心配になり、後ろから覗き込むように顔を近づける。
カクッ、と俯く様に頭を垂れ、そのせいで体勢が崩れる。
「お、おい」
完全に脱力しているのを漸く悟り、慌てて支えたことで湯船に沈むのは回避された。
――そう、五十鈴はすっかり湯中りしていた。
五十鈴が7歳のころ、生まれ故郷の冬景色。
今、五十鈴が見ているのはそれだ。夢と言うものはいつも突然で、勝手気ままに見たいものも、見たくないものも選別せずに見せ付ける。
西洋文化にも馴染んだこの島国の一角、北東の地域に五十鈴の故郷がある。
武家屋敷も廃れ、木造ではあるがそこかしこに近代化された“何か”がある。
それは蛍光灯であったり、ラヂオであったり、だ。
ただ、変わらぬものも確かにある。冬の寒さを凌ぐ為に囲炉裏を囲んだり、囲炉裏に焼べた炭火で鍋を作ったり、と。
寡黙で細かい作業が得意な父親、厳格で厳しい母親。2つ年下の妹、4つ下の弟、生まれたばかりの妹。6人揃って昼食をとっている時だ。
記憶が薄れているせいか、夢の人物達は何をしゃべっているのか分からない。ただ、近くの溜池に白鳥が来ていると、父親が言っていた気がする。
田圃に水を行き渡らせる為に、水源である池に手を加えてダムのように蓄水させたものが溜池だ。そこに白鳥が来るのが毎年恒例であった。娯楽の無い山村では、冬のこの時期に来る白鳥を眺めるのが楽しみの一つだ。
春には軒先に巣を作る燕が、夏には鳶が空を舞い、秋には朱鷺が翔ぶ。
そうして翔ぶ鳥たちを眺めるのが五十鈴の楽しみの一つだった。
何時の日か分からないが、場面は軒下の景色へ。
辺り一面が新雪で覆われ、その厚さと言ったら幼い五十鈴の身長の半分以上。二尺はあるだろう雪に、4つ下の弟は泣いていた。どうしたのか聞いても泣き喚くばかり、きっと昨日庭に何か置いていて、雪ですっかり埋まってしまったことに喪失感でも覚えたのだろう。このことは解決したのか全く思い出せないが、弟が雪嫌いになっていたような気がする。
そんな弟と庭を見ていたら、何かが上から落ちてきた。
びっくりして弟は一瞬泣き止んでから、もっと喚くように泣き出す。
唖然とする自分を置いて、雪の中にすっぽり埋まった落下物が動き出す。
ずぼ、と景気の良い音を立てて腕が雪から這い出てくる。ぶは、と声なんだか雪を掻き出した音なんだか分からない音を立てて顔が。父親と認識するまでに多少時間がかかった。
何事も無かったかのように這い出して、体についた雪を払っている父親を見て、ああ、そういえば屋根の雪下ろしをしていたな、と今更ながら思い出す。
子供の尺度でみたら十分に高い屋根から落ちて、よく無事だったなと関心した覚えがあった。降ろした雪で更に厚みを増した場所を指差して、父親が何か言っていた。相変わらず自分の夢はそう言ったところを再現してくれないのか。
脚立を上り、自分の身長くらいの高さから雪を見下ろす。何を考えていたのかは思い出せないが、次の瞬間に目の前が真っ白になっていた。雪に飛び込んだのだ。
それが面白くて、何度か同じことをした記憶がある。ある意味、これが“私”の根幹に根ざしたモノだったのだろう。
一瞬の浮遊感、上も下も無くどこにも触れない、全てから解き放たれたような自由さ。ほんの少しであれ、鳥のように空に舞った気分が味わえるのだ、これが面白くない訳が無い。
毎年、降雪が多い日は、脚立から、塀から、屋根から――歳と共により高い場所を目指して大空に羽ばたくのが恒例になっていた。
12の夏。女学生の五十鈴は学校の校庭で空に舞っていた。
竹の長竿を助走を付けて地に刺し、跳躍。竹製の棒の撓りを使い、更に高くと身を空へと投げるように跳ぶ。
助走の為の脚力より、棒を持つ腕力より、跳躍と撓りから来る力を上手く使い、高く飛び上がるにはなによりその重心の移動がモノを言うのだ。棒が腕で、自身が球だと思う。足を天に向け、その棒が伝える外からの力に抗わず、押し上げられた自身を宙に放る。両の手を離し、空中で身を捻る。尽きない天を仰ぎ、次いで映る自分の普段の目線を超える高さから地面を見る。この一瞬の幸福感の為に、毎日何度も空へ舞うのだ。
……だが、それでも一向に満たされない気持ち。もやもやと裡に篭る、古傷のように度々胸に去来する痛みの根源。それが何か分からぬまま、日々を過ごす。
ある日、その空に、自分より更に高く舞う鳥を見る。鷹が自由に空を舞っていた。
ぼう、とそれを眺め、悔しく思う気持ちでいっぱいになって、恨むのも筋違いと理解しても睨むのをやめなかった。
――何故自分はあのように翔べないのか――
そんなことはもう理解しているが、それで納得出来ない自分がいた。
子供だった。もうレシプロ機と呼ばれる空飛ぶ機械が出来ても、それに乗れるのは大人でごく一部だけ。魔法力も然程高くない自分では箒にも乗れない。
溜息だけ漏らして、また棒高跳を繰り返す。気が付いたら、そんな行動が虚しくなって、棒高跳への熱意も喪失していた。
秋の夕暮れ。もうこれ以上高く飛べないと限界が見えてきた頃。
無茶をして着地に失敗、捻挫してしまう。
上に上がろうと集中するあまり、流れに逆らい限界まで腕を絞って真上に跳んでしまう。一歩間違えると棒に自ら刺さるように落ちたりしてしまうが、運良くマットに脚から落ちた。ただ、自身で上手く制御出来ずに落ちた為、バランスを崩し脚に負担を掛けてしまう。これにより、捻挫したのだ。
マットに仰向けに倒れ、呆然と空を見る。痛みより、急に何かを失くした喪失感が先に来る。それは少し前の夏に感じたものと似ていた。
皮肉にも、その先に鷹が飛んでいる。まるで「お前には真似できまい」と嘲笑うかのようで、一層惨めさに目頭が熱くなってくる。
その時、聞きなれない甲高い音が聞こえてきた。
鷹より更に高く、小さな人影が空を舞っていた。
人影が小さいのではなく、その距離があまりに遠くて、高くて――雲よりも高いその姿に羨望を覚える。あんなに小さくなるまで高い所を飛べる人がいるのだ、それが羨ましいと思うのは当然だった。
痛みと喪失感と――その時感じた羨望は未だに忘れない。だから、啼いた。
獣の咆哮のように、裡に住まうココロが啼き喚くのだ。
痛くて、悔しくて、もう視界も滲んで何も見えなくても――
羨ましさと、その大空から見えるだろう景色に想いを馳せて――
その両手を大空に掲げて啼く――
エイラは今、五十鈴の部屋に居た。
ベッドしか無く、私物は未だバッグの中。部屋に備えてあった木椅子を引っ張り出し、ベッドに寝ている五十鈴を、坂本少佐から手渡された団扇で扇ぎながらじっと見ていた。
湯中りした五十鈴を急いで湯船から引っ張り出し、オロオロしていたら運悪く坂本少佐に出くわした。
事情を聞くより速く、的確な指示を出して五十鈴を部屋まで運ぶと、窓を開けてすぐに部屋を出てこの団扇を持ってきた。
「暫く扇いでろ」と言って、事情を聴き始める。忘れてくれればいいのに、と思ったが、有耶無耶に出来ない雰囲気だったので一通り話す。
話終えると無言で脳天に拳を下された。あまりの痛みにもんどり打ったが、自分が悪いのは自覚していたので、なにすんだ、とは言わなかった。
坂本少佐と云えば、溜息を吐いて腕組しつつ「扶桑の女子は貞操観念が強いのも多いから、以後気を付けるように」と言い放つ。
今回のことでそれは承知出来たので、以後は気を付けよう。と、ちょっとは思う。今度触るなら風呂以外で、と。
そうして数分、だいぶ顔の赤みも消え、呼吸も落ち着いた時、いきなり五十鈴が動き出す。
唐突に両手を天に突き出す。びっくりして、突き出した両手を呆然と見て、視線をその両手の延長線上に沿って見る。その先に何も無いのを確認して、五十鈴の顔に視線を移すと、その黒い瞳が不安定に揺れていた。
いつの間に起きたのか、頬に珠の汗を浮かべ、焦点の合ってない瞳を覗き込む。
急速に覚醒していく様が解る。瞬きと共に瞳の揺れも安定していき、その視線がこちらに向いていた。突き出した両手が脱力して急速落下して、だらしなくベッドに投げ出された。
「あ、れ? 私……」
「気がついたか? 心配したんだゾ」
うん、と短く答え、暫くの沈黙の後――再び顔が赤くなっていく。
「あ、ああ、貴女がっ! 胸、胸をっ!?」
「あー……ごめんごめん。あんなになるとは思わなくてサ」
ぽりぽり、と指で頬を掻き視線は横に流れて行く。顔を真っ赤にして、指差しながらわたわたしている五十鈴に、多少の罪悪感を覚えて目を逸してしまった。
五十鈴と言えば、やれ貞操感がどうとか、淑女足るもの云々とか。一通り喋るとぐったりとした様子で「疲れた……」と言って仰向けになりながら脱力。
「いいじゃんか、減るもんじゃ無いし」
「……あのねぇ」
思わず本音が漏れてしまい、ジト目で返される。
「よくはないけど、いい。それより、お腹すいた」
呆れを多分に滲ませながら、空腹を訴え始める五十鈴。まぁ、案内してないから食堂の場所も知らないだろうし、私も腹減った。
「よし、じゃあ食堂行くぞ」
頷き一つ、ゆっくりと起き上がる五十鈴。肌に張り付いた掛布が、重力に逆らえる張力を超え、落ちた。
そこで漸く気付いたのか、裸の自分を見下ろし、急いで掛布に包まる。きょろきょろ忙しなく視線を彷徨わせ始めた。
「あれ? 私の服は?」
「そりゃ、さっきまで風呂に居たんだから着てないに決まってるじゃないか」
――その後、無言で布に包まって無視を決め込む五十鈴を宥め好かせるのに、暫くの時間を要した。結局、ぐぅ、と鳴る腹の虫に屈してしまったのは言うまでもない。人は空腹には勝てないのだ。
こうして慌ただしい一日が過ぎていく。
濃密な時間を共に過ごし――この日、二人は友人と呼べる仲になっていた。
これから始まる大空を舞う乙女達の戦いに、新たな色を添える。
国も人種も超えて集う仲間たち。これはそんな少女たちが描く、運命の物語のほんの一部。物語は未だ終幕を見せない――
おはつです。源十郎と言います。
他所でお目見えした方、またよろしくお願いします。
この大空に啼く(そらになく)はArcadiaさまにて「本来ただのぶっぱ」で投稿していたものです。
それが何やら予想以上にノッてきてしまい、ここにもマルチ投稿するに至りました。
本当は全く別の部隊でのお話にする予定でしたが、それだとスト魔女である必要性も薄くなり、主人公を活かせるところ…と考えた結果、501(アニメ基準)に。
だいぶ昨今のオリ主無双の流れから乖離してますが、その方が個人的に書き易いのと、まぁぶっちゃけ男オリ主無双に嫌気さしたからです(そういう需要があるので否定はしません)
そんなんですが、今後もよろしくお願い致します。