大空に啼く(ソラ ニ ナク)   作:源十郎

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百偵(リアルの方)とかかっこいいよね。
ええ、趣味ですとも。
ジェットならトム猫ですね。
ええ、趣味ですとも。
架空機ならメイヴ雪風かYR99フォルネウスですね。
ええ、趣味ですとも。

エイラ?
ええ、趣味ですとも!


2話(前)

 ブリタニア501統合戦闘航空団基地。薄らと地平から光射す時間帯。沿岸部故に丘に住まう者より、幾分朝が早い。それを喜べるかは人それぞれだが。

 そんな時間。早朝から活動する者も居るが、大半は未だに夢の中だ。

 稀有な存在として、夜間哨戒中のサーニャが居るが、これは例外だ。

 早朝から活動する者の中に、坂本美緒扶桑海軍少佐がいる。彼女は暇さえあれば鍛錬を繰り返す。それとは別に、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐も早朝から活動していた。

 彼女――ミーナ――の場合、基地の最高指揮官としての業務により多忙な為だ。

 暇な時間など存在しないのではないか、と思わないでもない。単(ひとえ)に、重責に呑まれず、気苦労の絶えない職場ながら熟せるのは素質もあるのだろうが、確固たる意志の元、己を律する術に長けているからだ。

 幾らか問題も多いが、部下たちが優秀なのもあるのかもしれない。

 その部下たちを頭に浮かべ、評価する。

 同じカールスラントの二人は、この基地に来る前からの気心知れた仲。撃墜数も200を超えるウルトラエース。些かエーリカは私生活に問題があるが、その「ズボラ」な私生活とは裏腹に、単騎の能力もさることながら、「僚機を一度も失わない」実績にある通り、実は編隊での僚機を視野に入れた戦いは素晴らしい安定感がある。

 一方のトゥルーデは模範的カールスラント軍人であり、能力も高い。少し前まではやや自暴自棄な行動が出ていたが、ある日を境にそれもなくなり、より自身の能力を引き出したベテランとしての安定感が出できた。

 ――代りに、と言うか、心のバランスを崩す原因であった「妹の負傷」や「妹に似ている者」への偏執がより強くなった気がする。エーリカ曰く、「姉バカ」。普段はそれほどでもないが、姉バカに引火すると急に落ち着かなくなりがちだった。本来、激情家な面があるので、“ソレ”に着火すると――簡単に平静さを失う。何か違う意味で不安定だ。

 シャーリーは見た目や言動で隠れがちだが、戦闘での視野の広さは特筆すべきだ。常に一歩後ろに視点を置いて行動するので、こちらも安心して現場を任せられる。ただ、風紀に問題があり、自由人な気質はムードメーカーにもなるが、気ままな行動がトラブルを招かないか心配だ。

 その自由人気質の尤も足る人物が、部隊最年少のルッキーニ。

 あまりの自由人ぶりにムードメーカー兼トラブルメーカーになっている。

 だが、彼女を軍規に縛ると本来の能力を生かせないので、作戦行動以外では多めに見ている。尤も、シャーリーが母親や、姉のような立場でルッキーニの相手をしているので、今のところ部隊内での険悪な状況になるようなトラブルは起きていない。

 二人はセットで行動させると、お互いの能力を活かせてとても高い力を発揮する。損をして得を得るではないが、多少の欠点は誰にでもあるので、部隊の風紀が若干緩く見えるのを覚悟してもお釣りはくる。何より最終目標は「ガリア開放」なので、それさえ成し遂げれば他は小事に過ぎない。

 ペリーヌに関しては、些か部隊に入り込めてないのが心配だった。能力は若手でも高く、指揮官としての適性もある。誰よりもウィッチとしての誇りを持ち、其れ故に自身より劣る者を軽視しがちだが、それも「余裕のなさ」が原因と言える。単に焦りが表に出ていて、少しでも足を引っ張る者がいると過剰に反応してしまうのだろう。根は優しい少女なので、余裕さえ生まれれば、その才能を一気に開花させることも出来るだろう。

 若手新人のリーネは射撃センスや、僚機として長機に随伴する能力に長ける。単騎より複数での作戦で本領発揮するタイプだ。来たばかりの頃は、パッとしないもので、故郷を守ると言うプレッシャーに押しつぶされていたが、宮藤が来てから芽が出た、と言っていい。

 その宮藤は美緒が連れてきた新人だった。

 全くのズブの素人ながら、隊でも一番のシールドを張ることが出来る。だが、彼女の本質はそんな処ではないのだ。誰とでも打ち解ける純真さと、誰にも負けない芯の強さ、困難に立ち向かえる勇気を持っている。一番の新人でありながら、何だかんだで常に真ん中に居る……そんな少女だった。

 美緒は――非常に優秀な士官だ。単騎の能力、戦闘指揮能力共に高い。ストライカーの開発に携わったその長い経験。どれを取っても高い水準を満たしている。父性――と言うのは失礼かもしれないが、誰もが信頼する人物だった。もちろんミーナもそんな一人だ――彼女が居るだけで、安心する。できればずっと――

「あ、あら。何を考えてるのかしら」

 こほん、と小さく咳払い。少し辺りをキョロキョロと見回し、誰もいないことを確認すると、これまた小さく溜息。

 少々乱れた思考を整える為に、窓に寄り扉を開く。

 海に面した基地故に、朝の日差しを遮るモノも無く、キラキラと海面で反射した太陽の光が見て取れる。海洋は暖流で、その潮を風が運ぶので慣れたカールスラントの気候よりやや暖かい。朝は夏でも時折冬並みに冷え込むこともあるが、日中は夏の平均気温が20半ばと穏やかだ。

 そんな朝日をバックに、黒い人影がゆっくりと基地の滑走路に降下する。

 夜間哨戒を終えたサーニャだった。

 広大な土地を持つオラーシャ陸軍の中尉。口数が少なく、些か存在が希薄だが、夜戦行動では一目置く。年齢も若く、13とルッキーニの次に若い。しかしながら階級は中尉と高く、階級にあった能力を保持していた。

 幼さに似合わない強大な攻撃力を所持しており、単純な火力は火器携帯量の多いトゥルーデを抜いている。専ら単騎での行動が多いので、ペリーヌと違った意味で部隊に馴染んでいない。

 そのサーニャにべったりなのがエイラ。スオムスでも指折りのエースで、実はカールスラントを抜けば世界一位の撃墜数を誇る。何より素晴らしいのはその固有魔法を駆使した回避能力。被撃墜はおろか、被弾すらない。少なからず誰しもが被弾する、ないしシールドでの防御を余儀なくされるのに対し、一切のシールドも張らず、全て回避する。

 つまり、どんな状況でも生還出来る能力を持つということにつながり、最終的には誰よりも経験豊富な士官になり得る可能性も高い。ストライカーの損耗も無くなるので整備の手間も掛らない。借り物ばかりのスオムスに居たせいか、ストライカーの整備も多少出来るらしく、まさに万能。攻撃力や索敵も大事だが、軍で見ればこれほど有能な人物も居まい。

 本人はいつも飄々として掴み所が無いのだが、前衛後衛問わず、昼夜も選ばないので能力的には一番バランスが取れていた。

 しかし……如何せんサーニャにべったりで、ガリア開放――ひいては世界からネウロイを駆逐することよりサーニャを優先しているのではないか、と思う。少なくとも、この部隊で最近入った宮藤や当人たちを除く全員がそう思っている。いや、「確信して」いる。

 それも一つの真理ではある。誰しも守りたいモノがあるから戦えるのだから。

 ただ、あと一歩の押しが弱く、なかなか関係が進展しない。落ち着いてくれれば良いが、こればかりはどうしようもない。人の心はままならないものだ。サーニャの機微に左右され過ぎて安定感とは無縁。サーニャが絡むと結果と目的を履き違えかねない。

 さらに言えば、士官教練も行っていないらしく、未だに少尉(原隊にすれば曹長)で本来ならもっと高い位に付けるはずだった。天は人に二物を与えない、と美緒が言っていたのを思い出す。扶桑の諺らしく、意味を聞いて「ああ、なるほど」と納得したものだ。

 チームメイトが皆、何かしらの特異点である。ある意味基準から逸脱した「あらゆる意味で」問題児が集まって出来たのがこの501統合戦闘航空団である、と納得できる。

 これだけ特異な人物が集まれば、軍規に縛られでもしようものなら、すぐに破綻してしまうだろう。予めそう予測できた、とは言えもしも仮に、自分以外の軍人が司令として来たら――考えるだけでも恐ろしい。仮にマロニー大将でも来ようものなら、数時間もあれば簡単に内部崩壊してしまいそうだ。

 そう不意に考えたら、急速に胃が収縮する。おまけとばかりに頭痛もする。

「エイラさんにでも占ってもらおうかしら?」

 割と本気でそんな未来が来ないかどうか占ってもらおう、と考えてしまう。

 齢20に至る前にこれでは――とそこまで考えて、全てを思考の隅から追い出すように、頭を左右に振る。それは、“それだけは”考えてはいけないのだ。急いで鏡のある方に顔を向け、映る自身を見つめる。皺の寄った眉根を解し、にっこりと笑う。

 よし、大丈夫。皺も隈もない。ワタシハダイジョウブ。

「はぁ、何をやってるんだろう……わたし」

 思わず溢れる溜息に気付かぬフリをし、再び執務に戻る。

 そこには軍名簿の一枚のコピーがあった。

「黒岩 五十鈴」と人員名が付ってあり、501のシンボルが打刻してあった。

 個人のプロフィールが羅列してあるソレを見ながら、当人について思考する。

 扶桑ではナイトウィッチの育成が容易だと聞いていたが、このプロフィールはそれを裏付けていた。2年前に航空ウィッチ任官時から夜間任務に就いている。それまではなんと整備兵だったようだ。

 全く関係性のない所属であるが、逆に言えばそれだけ急な転換でも問題がなかったことになる。

 本人にも素質があったのだろうが、それでもよくここまで出来るものだ。

 道中では昼間戦闘も問題なくこなしているところを見ると、昼夜も関係ないようだ。

 今度一度その訓練方法も聞いてみよう。少しでも多くのナイトウィッチが存在すれば、それだけ夜間強襲も減り、安全性が増すのだから。

 ――尤も、今はガリア開放優先なので、そのあとないし、他の部隊に必要になった場合に限るが。

 読み進めると、読んだときは然程気にしなかったことが浮き彫りになる。

 まずは士官教練を受けていないこと。

 これは501にも何人かいるので珍しくない。エイラが筆頭だ。

 そしてその被撃墜歴。かなりの数だ6回――いや、今回のことで7に増えたが、半年に一回以上は撃墜されている計算だ。

「……もしかして、昇進が遅いのは、これと士官教練のせい?」

 ……もしかしなくてもそうだろう。だが、今回はむしろ撃墜されても仕方がない。撃墜までの活躍は――見てはいないが、伝聞でも十分にわかる。長時間単騎で大型ネウロイと交戦して味方艦隊に被弾すら許していない。

 それどころか、最後の攻撃でコアの露出に成功しているのだから共同撃墜に挙げてもいい。

 そこで思うことは、この被撃墜数も同じようなものではないか、と云うもの。

「資料じゃ分からないものね……」

 途中経過などは、大凡軍上層部は見ても聞いてもいない。

 最終的にキルレシオで判断するのだから、そんな細かい戦闘報告など要らない。部隊司令でも見ないものは見ない。戦術隊長ぐらいなものだろう、それを評価出来るのは。

そこで、コンコン、とドアをノックする音が聞こえてくる。

「どうぞ」

「失礼するぞ」

 入ってきたのは美緒だった。早朝の自主訓練を終えたのか、薄すらと頬が赤くなっている。

 互いに朝の挨拶を。おはようの一言で、その日の始まりを意識することはどんな場面でも重要なものだ。こと、戦争が始まってからは、いつ人死にが出るか分からなくなってしまった。こうして「日常」を意識することは――意識できることは、とてもとても「重要」なことなのだ。

 隣人の存在を感じること、それが小さな幸せであること。それを思い知ってしまったが故に。

「朝から熱心だな」

「それはお互い様でしょう?」

「違いない」

 はっはっは、と何時もながらに豪快に笑い飛ばす。ある意味男より男らしい。

「それで、何を見てたんだ?」

 私が持っている資料が気になったのだろう、聞いてくる。特に機密レベルも(士官同士なので)高くなく、寧ろ現場の戦術レベルでは実質実行部隊の指揮官である美緒は必読だた。

「ほう? 黒岩の資料か」

 ええ、と返事しながら疑問を整理していく。そこで、一つ浮かんだ疑問がある。

 丁度、美緒が居るから口にしてもいいだろう。

「……ねぇ、美緒。前に『夜戦技術や回避機動は優秀』って言っていたけど、貴女どこでそれを知ったの?」

 そう、昇進の遅さなどは知らない割に、そう言った現場レベルでの話は聞いていたらしい。実際、任官を勧めたのは美緒だった。

「ああ、簡単なことさ。奴は陸軍だから、同じ陸軍の者に聞いた。それに黒岩自身が、海軍の知り合いがいるらしい」

 同じ扶桑人同士なのだから当然ではある。尚も資料を読み進めると、面白いことが書いてある。いや、「書かれていない」と言うべきか。

 私が指でそこを指し示すと、美緒も顎に手を当てて思考する。

 ウィッチとして、個人が独自に持つ魔法。「固有魔法」には何も書いてない。ついでに「魔法技能」にも何もない。

 夜戦技能者として、大凡持ち得る「魔法探査」が無い。サーニャも持っているし、カールスラントのナイトウィッチは基本的にこれを持っている。ナイトウィッチならここに書いてあるべきだ。これが無い場合でも、夜間視ないし、聴力強化なりの感知系魔法があるはずだ。それすらない。

「おかしいな。何もないとは考え難いんだが……」

「……なにか聞いてない? もしくはこの前の戦闘でなにか?」

 うーむ、と唸る美緒。目を瞑って顎に手をかけ思考すること数秒、眼帯に隠れていない目を薄く開く。

 思考を纏めているのか、口は閉じたままだ。

「……そういえば、歌が聞こえたな」

「うた?」

 ああ、と繋げると再び思考に戻る。その時のことを思い出しているのだろう。

「宮藤が先に気付いたのだが、たしかにアレは唄だったな。詩と言うべきか」

「“うた”に何か違いでもあるの?」

 うた、うた、と繰り返すので混乱しそうだった。扶桑の独特な同音異義語と言うか、異音同義語と言うか――聴いている方は意味が分からず混乱するのだ。

 文面にでもして教えてくれればいいのだが、美緒は結局「まぁ、どれも似たようなもんだな。はっはっは!」とオチを付けるに違いない。

「まぁ、大して違いはないな。はっはっは!」

 ――案の定、これである。さっぱりしているところは好感が持てるが、何か煙に捲かれたような気持ちになる。

「それはいいが、唄が聞こえたのは確かだ。その意味は分らんが」

「サーニャさんも歌を歌うわね」

 そう、サーニャも歌を歌う。その声を電波に載せ、他の航空機を誘導したりもする。

 しかし、それは“味方”に対して行うもので、敵との戦闘で歌うモノではない。

「今思ったんだが、艦隊とネウロイにはかなりの距離があったな」

 思考に挟むように、美緒が然りげ無くピースを填める。

 防衛戦闘、艦隊は無傷、うた。強襲され、単騎での防衛、それに関わらずネウロイと艦隊に距離があり、防衛目標は無傷。

 そこで思い浮かぶのは、歌により敵機を引き付けた――と云うもの。

 唐突に浮かんだ考えではあるが、正解ではないか、と。

 実際はどうか分からないが、強ち間違いでもなさそうな気がする。

 美緒を見てみると、思考に落ちているのか資料に目を落とし沈黙している。

「……なぁ、ミーナ。これは例えば、なのだがな?」

 鋭い視線を資料に落としながら、その口を重苦しく開く。

 美緒の話はこうだ。「もし、ネウロイを引き付ける能力が固有魔法だったら、上層部はどういう扱いをするのか」、だ。

「そうね――心象は良くないかも。ある意味有益ではあるのでしょうけど、かなり使いどころが難しいし、何より単機を引き寄せるだけなら兎も角、複数を大小種別問わずに引き寄せたりしたら――作戦も何もなくなるし。

 どんな条件か不明だけど、敵を引き寄せるなんて普通は気味悪がるわね」

 そう、普通に考えて、公言でもしようものなら下手すれば隔離されるか――酷ければ敵地に放り投げられてもおかしくはない。

 特に――特に、だ。ウィッチならまだしも、一般人やウィッチを快く思わない軍上層ならどう思うか。あまり良い事態を招かない、と云うのは想像に難くない。

「……その使いどころ、というやつもきっとロクでもないモノだろうしな」

 どう“ろくでもない”のかは、濁しはするが――あたり一面を砂にでも変えられる兵器でも生まれれば、そう想像に難くない作戦も出来よう。

 ――コンコン――

 そこ再びノック音。お決まりの「どうぞ」と声を掛ける。その声が些か不機嫌じみてないか、少しばかり不安だ。あまり良い想像をしてなかったのだから、もしかしたら顔も不機嫌そうに見られないだろうか。

 失礼します、と入ってきたのは渦中の人物。黒岩 五十鈴その人だ。

 起立姿勢は背筋が張っていて、実に綺麗だ。敬礼も、右腕を水平に伸ばしての、45角傾向。指は曲げず、親指も綺麗に他の指同様に並んでいる。手のひらも、手の甲も見せない完璧な敬礼だった。トゥルーデが見たら気に入りそうだ。

 余談だが、一般人や教練も受けてない新人が、見よう見まねで間違った敬礼をするとき、親指を掌の内側に折ってみたり、掌が見えるくらいに胸を反ったり、掌そのものを返したりするのは大きな間違いだ。

 親指を向けるのは、「刺し指」になるので当然不敬。

 掌が見えるのも、「掌を返す」と言う叛意に値するとしてこれまた不敬に問われる。

 その点、五十鈴は満点に値する。余程厳しく教えられたのか、緊張してガチガチになったような張り詰めた感じでもなく、極々自然な流れで出来ている。

 そんな敬礼を向けられて、軍人として気持ちいい挨拶と受け止めれば、返礼もまたそれ相応でなければいけないだろう。

 気取り過ぎてもいけない、だらしなくてはいけない。こちらも自然と出る礼を。何度も繰り返して、身に染みたソレで以て返す。

「お早う御座います、ヴィルケ中佐」

「はい、おはよう。黒岩さん。こんな早くからどうしたのかしら?」

 そのまま直立で居るので、「楽にしていい」と伝えて始めて「休め」に体勢を移す。

 501ではかなり珍しい、ガチガチの軍人タイプに見える。本人がどんな人物か掴めないが、このままでは問題児ばかりの501でやっていけるか不安だ。もうちょっと気楽に行かねば身が持たない。

「ここは貴女の原隊とは違うから、そんなに畏まらなくていいわ」

「……はあ」

「規律に縛られた生活でなく、普段の私生活くらいに崩していいのよ?」

「……努力してみます」

 少々難しそうな顔をするが、昨日の様子を見て薄々自分が浮いているのがわかるのだろう。上官でも平気で名前で呼んだり、妙にアットホームな雰囲気があれば気が付かないハズも無いが。

「それでどういった要件なのかしら?」

 本題に入る。こんな早朝に部隊長の執務室に来るのは、急な要望懇願か、何がしかの失態をやらかした者だけだ。当然、今の五十鈴には後者は有り得ないが。

「はい、実は整備詰所についてお聞きしたくて」

 変わった質問――とは思わない。つい先ほど見ていた資料でも、整備兵あがりなのは確認済みだし、ユニット破損修理中だ、その経過を聞くのも不思議ではない。

「ストライカーユニットの整備について煮詰めたいことがありまして」

「なにか困ったことでも?」

「はい、いいえ、違います。私が使用しているユニットの百偵ですが、エンジン換装の四型に変更するので、細かい設定調整などを煮詰めたいのです。

 また、武器に関してタ弾の時限信管をカールスラント式の近接信管型にするので、その仕様についてお聞きしたくて」

「あら、エンジン換装するのね。それに――タ弾って貴女、時限信管式のモノだったの!?」

 元々高高度機なので、エンジン周りはかなり重要だろう。大気の薄い高高度では、通常のエンジンでは性能を活かしきれない可能性が高い。安定と出力強化は必須なのだろう。

 資料を見ると、四型のエンジンにはターボチャージャーが付随する。高高度でのエンジン出力低下を低減するのにはチャージャー(魔力過給器)が必須とも言えるが、その大まかな種類は二つ。機械式魔力過給器(スーパーチャージャー)と呪符回転連動過給器(ターボチャージャー)だ。

カールスラントではスーパーチャージャーが主流だが、基本的に大きな違いはない。あるとすれば高回転域での出力、全体の魔法力消費効率でターボに劣る。

スーパーチャージャーはアイドル状態でも稼働してしまうので、静止状態で呪符を回しているだけでも魔法力を消耗する。これに対し、ターボチャージャーは、呪符回転を利用した過給器なので、アイドル状態では魔法力の消費が少ない。そして、回転力が高まればそれだけ高効率で過給器が稼働するので高回転域での出力が高まるのだ。

 カールスラントや他の国ではターボの実用まで至ってないし、そもそもそこまで考えていない。スーパーチャージャーでも十分と司令部は考えているからだ。扶桑はそれで満足しなかったのだろう、ターボの開発をしたようだ。扶桑のユニットの航続距離の長さには定評があるが、そこまで低燃費・高出力(出力自体は他国のほうが高いが)に拘るのだろうか。

 そして、そもそもが「当たらない超貫徹弾」ことタ弾に近接信管が無いなんて、一体どうやって使っていたのだろうか。時限信管なのだから、クラスター弾の一種であるタ弾は敵機の未来予測から始まり、自機の姿勢、弾道予測も必要だ。また、タ弾自体がクラスターの一種なので、その形状や大きさから複数の所持は困難だ。大きさなどパンツァーファウストより大きい、さらに使い捨て。

 ただ、クラスター(群)と言う名の通り、一つの弾に複数の小弾が入っている。小弾が這い出て白蟻の如く目標を食い散らかす様は、なかなか爽快でもあった。

 しかし、親でもある本体が時間でしか散開しないのでは、その子がいくら這い出ようが場合によっては役に立たないのだ。

 遠すぎればその本来の能力を発揮せず、近すぎてはそもそも子が這い出ない。雑魚を纏めて殲滅するには密集してないと意味がないし、大型にはきちんと有効射程に収まるようにしないと効果的なダメージに至らない。

 故にクラスター爆弾などは、目標に近づいた時に自動で散開、発火するように「近接信管」を使う。タ弾も基本的にこのクラスター爆弾の一種なので、それは変わらない。投下するか、投擲するか、射出するかの違いでしかなく、その基本構造は一緒だ。

 それを「時限式」で使うのは――難易度が高くて、正直使い物にならない。ただでさえ、当てる必修項目が多いのだ、むしろ近接信管に変えても使う気になれない。敵機の未来予測、自機の姿勢、弾道予測――更には優位な相対位置。これらが揃って始めて使えるイロモノ兵器だ。「ロマン砲」と揶揄してもいい。

 まぁ、数値だけでみれば良いものだ。その貫通力は特筆すべきだし、小弾が複数出るということはある一定範囲内なら、一定以上の効果を見込める。小型の殲滅にも、大型への一撃にももってこい。――当たれば、だが。

「……こんな色物使わなくても、普通に二式(機関銃)でも使えばいいだろうに」

 呆れたような声で美緒が言う。美緒も扶桑刀一本でネウロイを叩き切るので、どちらも大差ない気がするのは私の気のせいではないだろう。

「……ホント、扶桑の魔女って――」

「ん? なにか言ったか、ミーナ?」

「いいえ、何も」

 扶桑の魔女すべてが色々とズレた人間とは言わないが、今までに会う人耳にする人すべてが「一般的」の範疇からズレている。扶桑人に似た気質のスオムス人も大概だが。

「主武装に関しては、私は『どれだけ長く、素早く飛べるか』に重点を置いているので、小型大型問わずに戦えるモノが望ましいと思います。

 ただ、今後は単機で戦う場面も少なくなる可能性があるので、二式機関銃は通常のバレルか、長射程のライフルがあれば――と思いまして。

 タ弾はやはり激戦区となると、見越し射撃紛いのことに空戦機動を割けないので、時限信管から近接信管のモノへと。カールスラント製のクラスター弾なら性能も高いでしょうし」

「そういえば整備班から言われていたな。『この機関銃は色々削られていてまともに戦えるのか』とな」

 扶桑の装備に詳しくない私に代わり、美緒が整備班に聞いたのだ。どこが変なのか分からない私よりは適任だと思ってのことだ。

 先程の黒岩のセリフと合わせると、少なくともバレルは削っている。

「そうですね、結論から言えば『まともに戦えません』と言います。バレルを思い切って切っているので、軽いですが弾道は安定しません。

 照星も照門もないので狙撃どころか、通常の射撃にも向いていません」

「ちょ、なんでそんなモノを?」

 確かにこれでは普通の攻撃にも向いてない。はっきり言って無謀。扶桑の装備がどうとか言う次元ではない、『多少の違い』と思っていたのが馬鹿らしい。

 整備班から最初に言われたときは『基本構造に手は加えられてないが、所々に手が加えられている』程度に言われていた。

 基本が無事ならそこまで重大ではない、と思ってしまったのだ。まぁ、確かに『基本構造』には手を加えてないが、それはあくまで『銃として機能する部分』と言う意味。引き金を引いて弾を打ち出すだけしか出来ないなら、ほかの安い銃でもいい。

「何よりは重さですね。正直、私は敵機を落とすことなんて考えてません。偵察と攪乱くらいしか出来ませんし、ウィッチが使う銃で支給されてるのがこれだけなので、そのなかで手を加えただけですから。

 重量と一定以上の火力、消費魔力のバランスからこうなりました。

 引き金を引いて弾が出れば、軽くて魔法力使わないなら――正直なんでもいいです」

 これは斜め上を行く答えだ。少なからず軍に居るなら『敵機を落とす』ことを考える。自身の身の安全を考えれば、端的に言って『敵機を落とす』のが一番手っ取り早い。そうなれば、より火力の高いモノや命中精度の高いモノを選ぶ。

 それを端から否定している。支給品に魔力弾が撃てる『だけ』の拳銃でもあれば、それを使うのかもしれない。火力はタ弾に依存している。そのタ弾もサイズ的に複数は所持できない。

 つまり、攻撃用のタ弾と防衛用の機関銃、と割り切っているのだ。

「しかし、それでは長射程のライフルは要らんのではないか?」

「はい、いいえ、違います。元々、私は接敵が嫌いなので、どうせ攻撃するなら先制と牽制で。味方が居る時はタ弾も改造二式も邪魔になるので」

 クラスター弾も改造二式機関銃も、見方への誤射の危険性が極めて高い。扶桑刀を所持しないのは接敵が嫌いなだけらしい。そうなれば必然長射程のライフルに限られてくる。

「じゃあ、対装甲ライフルがいいかしら?」

「しばらくは単独か只の偵察になるので、現状で問題ありません。どんな装備があるか聞いてみるだけですので」

 扶桑の魔女にしてはだいぶ毛色が違うタイプだった。

 この短時間で嫌と言うほど理解した。

「とりあえず、整備班のところへ案内するけど、この基地は『必要以上のウィッチとの接触を禁ず』としてるから、今回は私が――」

 ――一緒に同行します、と続けようとしたとき、部屋にある電話のベルが鳴る。

 出ない訳にもいかないので、美緒に目線で言葉を送る。

 話の流れからすぐに意味を察してくれる美緒。頷きで返してくれた。これで安心して電話に出れると言うものだ。

 ……尤も、こんな朝早くからの電話なんぞ、大概ロクでもないモノだと云うのが相場だったが。

 

 

 

 坂本が前を歩き、その後方を黒岩が追随する。ミーナに代わり坂本が黒岩を整備班詰所に案内するためだ。

 ミーナの言葉は途中で電話着信で絶たれたが、美緒には何を言わんとしているかすぐにわかった。尤も、誰でも分かることだとは思うが、すぐに反応できるのは慣れ親しんだ者同士ならではといえよう。

 黙して歩く黒岩を流し見る。特に居心地悪い印象は無い為、元々寡黙な方なのだろう。宮藤あたりはキョロキョロと落ち着かないので、まるで真逆の性格に思える。

 格納庫付近にある整備員詰所に近付くにつれ、早朝で静かな廊下も小さいながら物音が混じり始める。整備班は夜勤組も多数居るので、早朝だからと静かになることはない。

「一つ、いいだろうか」

 そんな折、坂本が声を掛ける。立ち止まり、魔眼を隠す眼帯の無い左目で流し見るように。

 小柄な黒岩は必然、坂本を仰ぎ見る。驚きも緊張もないフラットな姿勢。立ち止まり、上官からの質問となれば、姿勢を正すモノ、と体が勝手に反応している。敬礼まではしないが、直立で待機。坂本はそれに苦笑し、手で休めと合図を送る。そこで漸く肩幅に脚を開き、後ろ手に組み姿勢を楽な方に移行する黒岩。これも慣れたような自然さ故に、陸軍はそこまで規律に煩かったか? と坂本は内心考えてしまった。

「まぁ、そこまで大したことではないが、魔法技能欄に何も記載されてなかったのが気になってな」

 その坂本の質問に、些か戸惑いのような表情を見せる。聞かれたくなかったのか、はたまた違う理由からか。

「実は、私自身の魔法技能は無いに等しいのです」

 少し言い難そうに答える。上官の手前、顔を反らすことはないが、目線は泳いでいた。

「それは――どういうことだ?」

「はい。私と使い魔の“そめ”での合作――と言いますか、私一人では飛ぶだけの魔力も捻出出来ないのです」

 困った顔のまま吐露する黒岩。確かにそんな理由では言い難かろう。

 はっきり言ってしまえば、統合戦闘航空団はエリート揃いと言っても過言ではない。新人とは云え高い能力を持つ宮藤も、座学は無いに等しいが魔力の量は強大で、治癒魔法と言う固有魔法も得難い能力である。

 固有魔法を持たない魔女も多いが、ことこの501に関しては全員固有魔法を所持している。基本スペックからして普通の魔女ではないのだ。

 そんな中にスペックの低い自分が居るのは気が引ける――そんなところだろうか。

「はっはっは! なあに、気にするな! 黒江からも聞いているが、私自身もお前を評価しているぞ」

 これは坂本の本心でもある。時間にして1時間近くも単独で戦闘を行っているのだ。その戦闘でネウロイを倒せてはいないが、防衛目標は被弾すらないのだから十分に評価出来る。遠目に見るだけだったが、最後の攻撃も中遠距離とは云え扶桑のサムライのように乾坤一擲の精神を十分に感じさせるものだ。

 少ない魔力で出来る事を正確に把握し、強靭な精神で戦い続けた姿勢を馬鹿にする気などない。強い克己心で己を律する姿勢は正にサムライ。どんな能力者にも劣らない、固有魔法に匹敵する心の力だ。

 そう、陸軍に居る戦友の黒江 綾香が推薦したのが黒岩だった。

 黒江直属の部下では無いが、偵察任務の必要性が出てきた時点で幾人かに相談したところ、最終的に黒岩が選ばれた。

 危険な最前線ネウロイの巣偵察に、扶桑軍部は貴重な人員損耗を極端に嫌がった。能力の高い者を消費する(殉職させる)のを嫌い、ある意味人身御供として選ばれたに等しい。

 そもそも好き好んでこのような任務に就きたがる者もそうは居ない。必然、候補は絞られた。そんな中、連絡を取った竹井経由で若本海軍中尉の知人である黒岩の名前が出てきたのだ。

 不思議な縁だが、元整備員同士で、ある意味師弟とも言えた。そして竹井が回した内輪での電話で黒江も黒岩のことを知っていることが判明する。

 黒江は原隊以外にも色んな部隊に移動することが多く、その一つに黒岩の原隊があった。機械好きでユニットを具体的な数値で評価出来る黒江は、黒岩とある意味似た者同士と言えた。部隊では目立たない黒岩だが、すべき事を淡々と熟し、遭遇戦では援軍が来るまで長い時間粘れる強靭な精神力を持っていた。黒江が援軍として駆けつけたこともあるらしい。

 そこで黒江が判断した黒岩の評価はこうだ。

『あいつは自分と相手、ユニットと性能を正確に判断出来る能力に長けているんだ。

 ただ長時間逃げ続けるのだって簡単じゃない。ペース配分も上手い。

 あとで聞いたが、あいつ二式(機銃)の弾を一発も撃ってないんだそうだぞ?

 自分で倒せない、敵を基地に近付けられない、援軍は到着に時間が掛かる、かと言って基地から離れ過ぎると援軍が来れなくなる――そんな中で、冷静に敵から逃げ続けるなんて私には無理だ』

 そう、それは誰にでも出来ることではないのだ。派手さは無い、泥臭い戦い。敵を倒す力が無いことを冷静に受け止め、それでも足掻く。エースが敵を殲滅する騎兵なら、宛ら無冠の女教皇か。

 優秀さを数値で評価出来ない稀有な例だろう。見た目や戦果で評価出来ず、軍部上層からしてみれば只の凡人に過ぎない。魔力に秀でてもなく、使い魔が居なければ一人前の魔法技能に満たない半人前。軍部が切り捨てるなら丁度いい。

 だが、黒江や一部のものは評価が違う。聞いただけだとイマイチ分からないが、実際に先の戦闘で一端を見れば納得も出来よう。

「――黒岩は、今回の派遣について委細把握しているか?」

「はい。確か『連合が予測するネウロイ出現のペースが狂い、出現間隔が短くなっているので偵察任務に就ける者が必要になった』と聞いています」

 そう、最近のネウロイ出現予想が全く当てになっていない。そこで偵察任務に特化した人材を求めたのだが、基本的に北欧はどこも手一杯だ。扶桑は本土へのネウロイ襲撃に見舞われていないのと、扶桑独特とも言える偵察主任務のストライカーと部隊があるためにそこから選ばれる。扶桑軍部に問い合わせると、パッとしない人物リストが来る。竹井に相談して、そのリストに実は優秀な人物が居る――という流れだ。

「はっきり言ってしまえば、お前は能力的には凡人だ」

 坂本は腕を組み、黒岩を見下ろす。見上げるて来る黒岩の瞳をじっと見つめながら、身も蓋もなく言い放つ。厳しい目線で言い放つ言葉に、どんな反応が返るのか。

 その瞳が僅かに揺れるが――それだけだった。

 静かに、だがはっきりと「はい」と答える黒岩の声に迷いは無い。瞳孔が開くことも無いし、小さくなることもない。

 目は口ほどに物を言う。なればその心の声は十分に坂本へ伝わるのだ。

 その答えは坂本にとって非常に満足なものであった。口元を綻ばせ、確りと頷く。

「だがな、それでも私はこう言うぞ。『ようこそ501へ』と。共に戦う仲間として、私はお前を歓迎する」

「はい」

 黒岩にも坂本の云わんとすることが分かったのか、些かのブレもなく敬礼で返す。

 はっはっは、といつものように豪快に笑い飛ばし、背を向けると再び歩き出す。その後ろ姿と態度を見て、黒岩もまた一瞬呆けてしまう。

 瞳を閉じ、同じように閉じた口元を少しばかり釣り上げる。呆れた人だ、と言わんばかりに。

 溜め込んだ空気を鼻腔から吐き出し、そんな呆れも一緒に吹き出す。黒い瞳が再び見えたときには、もうそんな呆れの色は見えない。呆れも通り越して、その瞳は信頼できる上官に向ける、強い真っ直ぐなモノになっているのだから。

 そんな黒岩の歩は、先ほどより幾分力強く見えるのは――はたして気のせいと言えるのだろうか。

 

 

 

 

 ペリーヌ・クロステルマンの朝は早い。貴族家系なので、そのプライドは高く、故に不覚を取るような真似を自身に許さない。克己心の強い女性なのだ。

 もちろんそれだけが朝早い理由ではない。ペリーヌも一番の関心は故郷ガリアのネウロイからの開放になるが、次いで重要な関心事は上官である坂本になる。

 そんな坂本の朝が早いのだから、必然ペリーヌの朝も早くなる。

 そんな坂本が何やら廊下で誰かと喋っている。気になってしまうのは致し方なく、それをこっそり影から盗み見てしまうのも――仕方ない。

 壁越しに見てみると、まずは坂本の後ろ姿が。次いでギリギリ視界に映るのは、昨日紹介のあった扶桑の人間だった。

 黒岩だったか、と名前を思い出すと、今度はその会話が気になる。よく聞こえなかったが、何やら黒岩はそれほど能力的には高くない、と言うこと。

『そんな方が何故501に!?』

 ペリーヌにとっての関心事の一番は『ガリア開放』だ。501はその為の部隊で、ペリーヌは坂本に『優秀な人材』としてスカウトされ――それを少なからず誇りに思っている。

 そんな彼女にとって、そんな人物はどう贔屓目に見ても不愉快極まりない。遊びでガリア開放を考えても実践してる訳でもない。そんな目標の足を引っ張りかねない人物など、とても歓迎できたものではない。

 そんな事を考えていると、いつもの頼もしい笑い声が聞こえる。坂本がこちら側に来る様子を審に感じ取ったペリーヌは影に隠れる。その側を通り過ぎる坂本。“優秀ではない”人物と話していた割に、その横顔は楽しそうにしている。

 それはペリーヌに理解出来ないものだった。そうして暫く後ろ姿になるまで見ていると、今度は渦中の人物が横切る。その横顔に――ペリーヌは怒りを隠せない。それはここ最近よく見るものだからだ。扶桑の新人「宮藤」が坂本に見せる横顔にそっくりだったからだ。その真っ直ぐ歩く姿そのものも――どことなく「似ている」。

 近くに坂本が居るが――だからこそ、近くに寄れなかった。こんな状態で坂本に会わせる顔も出来ないし、何より少し一人の時間が欲しかった。

 彼女にしては珍しく――だが、彼女にとって当然のようにその場を後にする。そのモヤモヤとした感情を抑制出来ずに、全身からこれでもかと発しながら。

 

 

 

 

 坂本少佐に案内された501の整備詰所。開いた扉から覗く瞳には「不審」の色が大半を占めていた。

 何しに来た? と投げかける視線――困惑。

 丁度休憩時だったのか、それともこれから作業に入る為のミーティングだったのか。それは伺い知れないが、6人の技師達はこの早朝から活動していた。

「これは坂本少佐。何か御用でも? 班長なら今席を外していますぜ」

 6人の中では一番見た目が若い、背が高い青年が物怖じせずに言葉を投げかける。尤も、軍隊でもなければどう見ても青年のほうが年上で、階級なんてものがなければその人懐っこそうな顔を笑顔に、近所の妹の頭でも撫でる様に愛でてくれたのかもしれない。

 しかし、こと軍にあって階級は絶対で、いくら年齢で上回っても階級が逆転していれば、そんな気安い付き合い方も出来ない。

 青年はどうか分からないが、口調は気安げではある。どこか挑発的な雰囲気さえ無ければ、軍と云う檻籠になければ問題にはならないだろうソレ。如何にも物申した気なその姿勢。

 そう、曰く――『何しに来た』、だ。

「うむ。今回は私ではなく、この黒岩少尉が用事があるとのことでな。知っての通り、ウィッチとの必要以上の接触が禁じられているが、私の同伴という形で連れてきた次第だ」

「そういうことなら……で、少尉殿? 一体何用で?」

 更に怪訝な顔で問う青年。必要外の接触が許されていない、ならその用事は何なのか。

 面倒な状況で、面倒事は勘弁だ。おそらくそんなところだろう。

「はい。実は私のストライカーユニット、『一00式司令部偵察脚』の4型への換装と装備についてご相談があり――」

 黒岩がそういうと、どこか納得したような顔になる整備員達。

「ああ、それか。実は丁度その話があったところなんだわ。班長と扶桑から来た百偵……だったか? そのユニットの専属整備員が案内がてら格納庫とかに行ってる頃だな」

「ほう、百偵用に整備員が来ていたのか」

 統合戦闘航空団には各国それぞれにユニットの型や整備方法など色々と違いが多い。しかし、ユニットがそれぞれ違いがあるとしても、その根本的な機械設計に違いはない。外装や内部の配置、細かい機材の違いはある。

 だがそれは料理にしてみれば、食材は同じであるが、調理方法や味付けの違いのようなもの。「ユニットがどのように稼働するのか」と云う原理を理解していれば、実は整備に大した違いはないのだ。

 飴を作った結果が、水飴なのか、それを糸状にして巻いた綿飴なのか、黒糖を入れた黒飴なのか――はたまたリコリスを使ったドロップなのか、更に塩化アンモニウムを入れたサルミアッキなのか、だ。ユニットも主軸のエンジンと呪符を元に配列と機材を考えて作っているに過ぎない。スオムスでは日常的に多種多様のユニットを整備、稼働させているが、異種間でのエンジン転換も当然のように行っている。これもただ載せ替えるだけではない。最低限の知識が必要なのだ。

 しかし、その「最低限の知識、理解」と云うハードルを超えてしまえば、多種のユニット間での共食い整備も出来なくもない。それが同種ならより簡単に行える。

 今回の件で言えば、同種での換装なのでミスマッチが起こる心配は無いし、難易度が高いとはとても思えない。

 これが背負型の旧式ストライカーに、最新の水冷エンジンを載せろとでも言われたら流石に専門が必要だ。――例えとして極端で、実際その例えを実行するとなると「新しく設計したほうがいいし、試みそのものが無謀」と言われるのがオチだが。

 よって本来専門に整備員は随伴することはない。百偵も黒岩も言ってしまえば――軍上層にすれば――何時損失1と記されてもいい人材と機材だ。まあ、4型に換装するということは、見栄もあるだろうが最低限の活躍はしてこい、と暗に言っている。

 それでもやはり専属が付くほどとは思えないが。

「班長もそいつも、午前中はこっちに来ないだろう。急用なら呼ぼうか?」

「いえ、そういうことなら構いません。換装の際に呼んで頂ければ済みますので。それと、武装の種別とスペックを詳しく記載したリストがあれば頂きたいのですが……」

「武器リストならすぐに用意出来る。今持って行くか?」

 そこで黒岩は坂本に振り返る。その視線の意味は明確だ。「待っていただけますか」と。

 是非も無し、そもそもが黒岩の為に同伴したのだから、本懐を遂げるのに何も遠慮することはないのだ。答えは確りと頷くことで返す、それで十分だ。

 坂本自身は使いにくくなければ、それほど武器に拘りはない。刀一本でもネウロイなど撃破してしまえる。

 しかし、魔力の絶対値が低く、「ただ飛ぶ為」に無茶なカスタマイズと武装選択をする黒岩にとっては、重要な事柄なのだろう。ウィッチの誇りや、戦果なんて二の次。自身にとってのベストを見つけ出そうとする――それこそ他者にとっては――生き意地汚いと言われても構わない、そんな執念も垣間見える。

 

 ――それは悪いことなのか?

 

 それは違うだろう。たとえそれが他人にとって納得のいかないモノに見えても、恵まれた資質を持った者の言葉では黒岩は動かない。自身に出来る全てを使い、限られた力を使い、自身に足りない分は他で補い――それでも飛び続ける姿勢は坂本にとっては寧ろ好ましい。

 端に少ない魔力で強大な破壊力を生むなら、刀を用いた方が手っ取り早い。だが、黒岩にとって接敵すること自体が危険であり、敵を落とすなら「自身でするより他人に任せる」方法を採る。

 その結果が、「弾幕を張るだけの機関銃」と「一定の魔力で、絶大な破壊力を生み出すタ弾」の組み合わせ。精々一機落とせればいいだけの装備。それも誤射の可能性が高い以上、どう見ても単機向け。それですら味方の増援が来るまでは、撃つ事すらしない。

 徹底的に逃げの姿勢。故に刀は只の荷物に過ぎない。多少重くても、「近づかせない為に散蒔く」、「援軍が戦い易くなるような一撃離脱に特化した装備」が必要だった。

 もし、黒岩に宮藤とはいかなくても、十分な魔力があったらどうなっていたのだろう? そんなたらればを思い浮かべる。

『……想像もつかんな』

 才気に溢れ、魔力にも恵まれた黒岩など、とても想像出来ない。何か特別な力でもあれば、それを基準に妄想も出来たろうに。ある意味、今が無茶なのだから、案外普通の魔女になっていたかもしれない。

 そう思えるということは、自分は恵まれているのだろう。そう坂本は思う。

 黒岩が魔眼でコアでも見つけられれば、タ弾でコアを剥き出しにして、機銃掃射でネウロイ撃破も難しくないだろう。エイラの未来予知があれば、もっと長い時間回避に専念出来る。

 強い魔女が優秀である、とされている昨今。黒岩のような者は目立たない。直に接し、その戦いぶりを目の当たりにしなければ分からない。

 故に、坂本は思う。「黒岩は優秀だ」、と。

 敵を倒す力も、守る為の力も劣る。「だからどうした」。

 宮藤もそうだ。戦いを知らない一番戦場から遠くに居た宮藤が、誰より「守ること」を願い、それを真摯に思っている。

 飛べない男たちが、それでも打倒ネウロイの為に世界中で戦っている。銃を持てなくても、その整備に力を使う者も居る。ウィッチが戦い易いように、その衣服を手掛けることに一生懸命な者も居る。

 そう、だれしもが「優秀」足り得る。その裡に眠る強い意志さえ目が覚めれば。

 撃墜数でハルトマンに勝てないからと言って、黒岩が、宮藤が、多くの戦場に立つ者が、幼いながらに故郷を取り返そうと足掻く者が――その隣に立てないなんてことは無いのだ。

 そうして活きる者たちを見るのは心地よい。自然と頬が緩むのを抑えきれない坂本。

 アレコレと手渡されたリストを見ながら質問する黒岩。真摯に武装について考え、疑問を口にする。はじめは早く帰れ、と言った投げ遣りに思える対応だったが、自然と男たちも黒岩の質問に熱心に答えるようになる。

 その姿勢に何か共感出来たのだろう。一緒に考え、より良い結果を導き出さんとする姿勢は好ましい。

 黒岩も流石元整備兵。細かい数値で意見を述べ、専門的な話にも付いていっている。それも整備員の男たちにはウケが良かったらしい。ノースリベリオンM1カービンをカスタムする話になっていた。

他の主武装のMG42よりは遥かに軽く、反動が小さいのが利点。有効射程は短く、MG42の三分の一程度。ワイヤーストックのM1A1タイプに。本来、セミオートのみの採用だったM1をフルオートに。軽量故に、フルオートでの連続射出時の反動で、狙いがつけられない(跳ね上がる為)ことから、セミオートだった。逆に言えば、黒岩にとって「とりあえず散蒔く」ことが前提なのだから、セミオートである必要はなかった。二式拾參粍より遥かに使い勝手が良い――そう言える人間が黒岩だ。

既存のサブマシンガンより連射性能に劣るが、重量は軽く、射程が少々長い。フルオートによる「暴れ」は酷いが、何より「長く飛ぶこと」を考えるとこれが最善だ、と。セミ機構をフルに改造する為、本来フルオート銃ならセミ/フルの切り替えが可能なのだが、こちらはセミ機構を取り外している為に、セミへの切り替えが出来ない。相変わらず、「当てる」と言うことは念頭に置いていないのが分かる。「暴れ」を抑制しようともしないだろう。まさに「散蒔ければいい」、だ。

 一方の中距離には相変わらずのタ弾。近接信管に変え、距離を調節する必要性が薄くなった。まぁ、敵機上空からの投下以外では全く当てにならないが、逆に言えば当てるためには上空に居る必要があり、それさえ味方が正しく把握していれば誤射は無い、と判断された。

基本的に黒岩は単機がメインだ。ロッテ(二機編隊)もケッテ(三機編隊)もない。故に、普通なら単機で持てる火器は限界まで積むものだ。強行偵察と呼ばれる任務において、単機ないし、少数での威力偵察に於ける一番生き残れる可能性を考えれば、「自力で敵機を殲滅する」火力が要る。逃げることより、倒したほうが後の安全性において上回る。

 だが、自身で倒せない黒岩にとっては「より身軽で長時間逃げ続ける」ほうが向いていた。百偵もスピードと高高度性能に特化しているので、必然そうなる。これがカールスラントのBf109系統やFw190系統、リベリオンのP-51系統なら話は変わる。共に出力が高いので、武装に余裕がある。代わりに航続距離は短い。

 逆に、同じ扶桑の零式艦上戦闘脚は小回りが効くが、上昇、降下性能と高高度性能に劣る。これではタ弾は使えまい。

 なるほど、黒江が言うように「自身を正確に把握し、自分の土俵でしか戦わない」のは頷ける。

 無茶苦茶に見えて、黒岩にとってはそれが必然なのだろう。さらに言えば、冷静さと集中力がその命を長らえてきた秘訣になる。

 そんなことを坂本が考えていると、詰所の電話が鳴る。先程の青年が取り、短い応答のあとこちらを見る。

「……はい、丁度今目の前に。はい――坂本少佐、ミーナ隊長からです」

「私に? 分かった」

 電話を取ると、黒岩を見る。話し合いはひと段落したのか、静かにこちらを見ていた。

「『美緒? ちょっと司令部に行く用事が出来たの。……発信元はマロニー大将』」

「何? そいつは――分かった、今すぐか?」

「『そうね、夕刻まで、ということらしいから午後出ね』」

 要件はそれだけだが、何やら含むところもある。果たしてどんな事を言われるのやら。

 彼の人物は悪い人間ではない。空軍大将にまで上り詰めたのだから、少なくとも無能ではないし、彼を慕う者も居る。問題は彼自身が、ウィッチに対しあまり良くない感情を持っていることだ。

 それでも使えるものはちゃんと評価し、その過程や結果はどうあれ、多数のウィッチを膝下に寄せている。嫌いだからとただ排他的になるのではないので、当然501にも小言は言えど直接的な妨害はない。ブリタニアが落ちれば情勢が急激に変わるのだ、個人の感傷だけで軍は動かせない、と言うことだ。

 信頼は於けないが、信用は出来る――と言ったところか。

 分かった、では、と短いやりとりで通話を終える。これで黒岩に申し訳ないが、午後の予定は変えてもらおう。

「すまんが、午後に予定が入った。整備詰所へは明日以降、だな」

「構いません。換装前に私へ一報頂ければ」

 黒岩の言葉に頷く坂本。周りで聞いている男たちを見回す。

 皆、ある程度把握しているようで、表情に程度はあれど、疑問符の付くような顔はしていない。その中の一人、先程の青年が「ちゃんと連絡するよ」と返せば場は丸く収まる。

「では、邪魔したな。行くぞ、黒岩」

 はい、と小さくとも透る声で返事を返す黒岩。整備室を出るときの雰囲気は、来た時と違っていたが、それがどう変わったのか――それに気付いた者は居なかった。

 

 

 

 朝食。食堂にならんだ扶桑食は扶桑人には慣れ親しんだものだ。

 白米、味噌汁、カツオの刺身、青菜炒め。種類は多くはないが、そう珍しいものではない。

 少しばかり食の細い黒岩には十分で、肉があまり得意ではないことも相まって、寧ろ満足である。味噌汁は白味噌なのか、赤味噌より幾分匂いは薄い。青菜とカツオがあるためか、赤味噌にカツオや昆布の合わせ出汁は使わなかったようだ。

 黒岩は赤味噌を主に使うし、食にそれほど拘りはないのでそこまで考えない。この料理を作った者はなかなか達者だ、と関心するばかり。

 扶桑以外の者が多いからか、醤油と山葵、生姜、ニンニクなどの調味料について宮藤があれこれ説明する。まぁ、扶桑人でもなければ初めは醤油のみがオススメだ、と当たり障りの無い説明に落ち着くのがオチだが。

 尤も、黒岩は迷わず山葵のみを選ぶのだが。基本的に黒岩はプレーン派で、あらかた形になっている料理に調味料は加えない。ただ、辛党で辛味や酸味が足りない時に辛子や山葵を使うことはある。カツオは一人の時ならニンニクか生姜と言いたいが、少しばかり周りのことも考えて山葵で妥協した。

「なんだ、ソイソース使わないのか」

 隣のエイラがそう言ってくるが、黒岩は使わないと返す。

「へー、黒岩さんって珍しいんですね」

 それに反応するのが宮藤だった。給仕として色々世話を焼いていた為に、近くに来ていたらしい。

「なんだ、扶桑でも珍しいのか?」

「そうですね、だいたいは醤油使いますし」

 それを聞いてか、周りの目も黒岩に集まる。居心地悪くなって来るのは致し方ないだろう。生で魚を食しているのと変わらない為、扶桑の二人とエイラやルッキーニ以外の視線は更に奇異の目だった。

 普段はあまりそう言った周りの視線を気にしないが、流石に大半が奇異の目で集中的に見られと辛い。もう開き直ってそのまま、黙々と食事をしようか、と考えていた時にある人物が爆発する。

「ちょっと、宮藤さん!」

「は、はい?」

 エイラのすぐ隣で、黒岩から二つ先に居るペリーヌが爆心地だった。爆風紛いの怒声と共に起立、近くに居る宮藤に詰め寄る。

「こんな生魚なんて……なんて野蛮なッ!」

 つまりそういうことらしい。食文化に違いは多少ともあれど、黒岩にとっては「その程度」と認識していたが……どうやら違ったらしい。

 隣のエイラも普通に刺身を食していたので気が付かなかったが、よく見ると割と多くの者が手を付けていないことに気づく黒岩。

 困り果てた宮藤と、尚も色々喋っているペリーヌを見て、漸く悟ったといったところか。

 ふむ、と箸を休め考える。おそらくこのままでは、カツオが色んな意味で勿体無い事になる。数秒もしないうちに結論はでた。

 徐に席を立つと、カツオの載った皿を手に取る。その突然の行動にペリーヌのみならず、皆が注目する。

「宮藤さん。赤味噌ってある?」

「は、はい。ありますけど……」

 それでどうするのか疑問に思っている宮藤。ご飯も冷めてしまうので、早くと急かす黒岩。各自お椀に蓋をして、冷めるのを防ぐ。思いも因らない新たな隊員の行動に、皆何かを期待している。

 宮藤はそのまま流れに流され、黒岩のサポートに回った。黒岩が手を洗っている間に、指示通りに動く。先ずは火元を開け、網を用意。手を洗い終わった黒岩とカツオに味噌を付けていく。

 味噌を付けたカツオから網にのせ、そのまま強火で焼く。

 そんな単純な作業で約7分。ソレは完成した。

 生魚が食べれない者達の前に、ソレを置く。

「へぇ、なかなか美味しそうな匂いじゃないか」

 一番に感想を洩らしたのはシャーリーだった。他の者も、表情を見れば似たような感想を持っているようだ。

 少々香りは強いが、生臭さはなくなっているし、味噌汁の匂いと大差ない。

「簡単だが、今回はこれで勘弁してほしい。本当はみりんと酒も使って少し時間を置くんだけど、急だったもので」

「へぇ、これで完成じゃなかったんだ」

「本来なら、味噌とみりんと醤油に、少量の酒を加えて混ぜ、それにカツオを漬けて数刻馴染ませてからじっくり焼くんです」

「今度作ってみよう」

 そんな料理談義を余所に、食卓は落ち着きを取り戻す。手抜きと言えば手抜きだが、生でないから特に不満もなく皆が食している。ペリーヌもこれ以上騒ぐ気も無いようで大人しく食事している。

 黒岩も宮藤も食卓に着き、食事を再開。少々塩分が多い食事になってしまったが、何より朝の食事は落ち着いて食べたいものだ。会話を通り越して口喧嘩で食卓を賑わすのは、誰しも御免被りたいのだ。

 この時、皆の黒岩に対する認識が少しだけ変わる。一緒に料理をしたことで妙に親近感をもった宮藤が言う。

「黒岩さんって、意外とお料理得意なんですね」

「……いえ、そうでもないです」

 意外は余計だ、と会話を聞いた者が心の中でツッコミを入れるが、実はその通りだった。基本的に黒岩は料理に時間をかけない。一人の時など適当に済ませる。味に拘りはない。

 意外と出来るだけで、実は大した料理らしいことはやらないのだ。

 そんな周りの目から隠れるように、お椀を傾けて味噌汁を吸う。

 そんな黒岩の501二日目の朝は、少しばかりの騒動とともに、少しばかり基地の人達に馴染むことが出来たのだった。

 

 

 

「ねぇ、イッル」

 朝食も終わり、さてどうするか、と思考していたエイラに黒岩が声を掛ける。

「ン? どうした」

「ちょっと鍛錬しようと思ったんだけど、どこか広くて人が来なそうな処ってある?」

「……オマエ、一応療養中じゃなかったか?」

 鍛錬と聞いて、それなら――と答えようとして、改める。

 一応、療養中ということになっているし、エイラとしても出来たばかりの新しい友人に無理をさせるつもりはない。出来れば大人しくしていて欲しいものだ。

 それに、「広くて人が来ない」ところなんてそうそう無い。あるにはあるが、坂本少佐あたりが良く鍛錬を行っている。坂本少佐は主に朝鍛錬をしているが、昼だからやらないとも限らず、また、他のメンバーも鍛錬しないとも限らない。

「んー、鍛錬と言っても激しい運動するわけじゃないんだ。ちょっと特殊な鍛錬だから、広い場所が欲しいだけで」

 何をするのか分からないが、案内して、危険と判断したら止めればいいか、と判断する。

 エイラ自身、その「特殊な鍛錬」とやらも興味ある。

「分かった。じゃついてこい」

「あ、ちょっと待って」

 席を立ち、さて案内――と歩きだそうとした時に声を掛けられる。

 いきなり呼び止められて、少しばかり不機嫌な顔になるのは仕方ないだろう。そのままの顔で振り返る。

「なんだー? まだナンかあんのカー?」

「うん。部屋に戻って準備しないと」

 準備するものが何かは分からないが、特殊と言うだけあるからには、何かしら道具が必要なのだろう。

 逆に今度は黒岩が先頭に立って歩き始める。無造作に首元と先端付近で纏められた黒い髪が、動きに合わせて左右に揺れる。

 その度に右に左にチラチラと見える脰が妙に艶かしく見える。その黒と肌の色のコントラストに、自然とエイラの視線が釘付けになっていた。

 エイラの知る扶桑の人間では、こうして脰が見える人物は居ない。坂本も宮藤も常に襟首が見えているので、特に意識することもない。

 だが、東洋の黒髪に白に近い黄肌は、同一に混在する真逆の色調が互を引き出していて、不思議な魅力がある。

 思えばサーニャも、白い肌と白い髪、それを包む黒い服がよく似合っている。

 そのまま会話もなく黒岩の自室に着く。待つように言われてないから、とエイラも一緒に入室。

「何も無いな」

 エイラの口からぽつり、と漏れる言葉。それは黒岩の部屋を見た感想だった。

 何か珍しいモノでもないか、とキョロキョロ見回していると、チリン、と高い音がする。

 音がしたのは部屋の窓。そこに拳大の鐘に似たモノがぶら下がっていた。

 興味が出てきて、自然とそこまで歩み寄って、至近で観察する。

 鉄製の小さな鐘型のソレ。青く鈍い色をしていて、表面が綺麗に並んだ小さな突起で覆われている。光の当たり方で、波紋が浮かぶように明暗の堺が円を描く。

 鐘の内側、「舌(ぜつ)」から伸びる紐の先に、長方形の紙片が見える。扶桑語が分からないエイラには読めないが、何か書いてあるのは分かる。

 ふ、とその紙片が揺れる。それと同時に感じる暖かい潮風と、清涼感を持った甲高い音。

 始めて味わう感覚に、しばし酔いしれる。

「……なんだか良い音ダナ」

 風が紙片を揺らし、それが紐を引き、舌を揺らして鈴を鳴らす。仕組みはすぐに理解できた。人の手に因らないが故に、風の強弱で音が続いたり、途切れたり。

 瞼を瞑り、黙して音に聞き入ると、風の声を聞いているようだ。

「それ? 私のお気に入りの風鈴」

「フウリン? なんかいいナ、これ」

 黒岩も傍に寄ってきて、二人窓に並んで静かに「風」を楽しむ。

 普段、空では「風」を切って翔ぶが、こうして「風」を感じることはない。

「扶桑じゃ、結構メジャーなモノなのか?」

「そうだね。こうして紐の先に短冊を吊るして、風が通ると音がするの。扶桑の夏の風物詩」

「タンザク? これに何が書いてあるんだ?」

 エイラが手に取る短冊。片面には、小さく複数列の縦書きの文章が見える。

「『あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな』

 ……昔の歌人の歌だよ」

 少し、影を差すその容貌。あまり良い思い出がないのか、その歌の意味がそうさせるのか。黒岩の表情からそこまでは読み取れない。

「なんだかしんみり来るナ、それ。意味分かんなかったケド」

 扶桑語でそのまま読まれると分からない、とエイラ。

 それに苦笑しながらも意味を説く黒岩。

『もう生きられない、死んであの世に持っていく思い出として、もう一度あなたに逢いたい』――そういう意味だ、と。

 もし――もしも、だ。

 自身が死ぬ間際であれば、とエイラは考える。

 浮かぶのはサーニャの顔。死ぬ前に、もう一度逢いたいと願う作者の気持ちが――ほんの少しわかる気がする。

 考えたくは無いが、今も世界は、人は、ネウロイと戦争しているのだ。何れ何がしかで死に至る、と云うことは十分に在り得る。

 ならば、死ぬ間際に、最後の思い出に――そういう事なんだろう。

「悲痛な感じはするけど、私は好きだな。風鈴の存在意義としては、どこか矛盾してる気がしないでもないけど」

 そう言う黒岩の顔は、どこか困ったような、何かに呆れたような――不思議な微笑みをしていた。

 

 

 

 

 

 黒岩の部屋を出て、案内すること数分でたどり着いた先は、林になっている基地の傍、海に面した一角。5m四方程度の広さだ。

 ここより広い処となると砂浜と滑走路くらいだろう。

「うん。大丈夫、このくらいでいいよ」

 どうやら問題無いと判断されたらしい。キョロキョロと彼方此方見ながらも、不思議と真っ直ぐ歩く黒岩。堤防に近い方の一角にて立ち止まり、長さ1m程度の棒を突き立てる

。その先には白い布が珠になるほどに太く巻きついていた。

「なんだ、それ?」

 エイラは興味深そうに聞いてみた。ぱっと見では射撃の訓練でもしそうな感じだが、こんな短距離の射撃訓練なんて聞いたことは無いし、そもそも射撃武器を持ってきてはいない。

 固有魔法の練習なのか? とエイラは考える。尤も、エイラは知らないが、黒岩自身には固有魔法なんてものは無いのだが。

「ただの棒だよ。棒先で怪我しないように布巻いてあるけど」

 ふーん、と気のない返事を返すエイラ。だが、それはあくまで答えが見たままだっただけで、興味の対象は黒岩自身の行動にあるのだ。素っ気ない態度ではあったが、黙って成り行きを見守っているあたりに、その心境が伺える。本当に興味がなければ、さっさと余処へ行ってしまうものだ。

 棒を設置し終え、反対側の林付近にて立ち止まり、軍服のポケットから何やら取り出した。どう見てもアイマスクにしか見えない。

 訝しがっているエイラを余所に、黒岩は振り返り棒と相対する形になる。

そのまま数秒、じっと棒を見つめ、やがてアイマスクを着用する。

 一体なにをするのか、とエイラが思っていると、黒岩は徐に歩き始める。

 何も見えていないだろう状態で、真っ直ぐ棒に向かって歩く。そう「真っ直ぐに」、だ。

 そうして迷うことなく棒の目の前に立ち、右手を棒に向けて伸ばす。少し右にズレた位置で手が下ろされる。どうやら棒に上から触れようとしたらしいが、予測位置と違っていたようだ。だが、それも精々拳一つ分。大凡10cm程度の差だ。

 少し左に位置修正をして再び触れようと右手を動かす黒岩。今度はちゃんと触れることに成功する。

 すると、目隠ししたまま今度は右側に歩き始める。それも半円を描くように歩き、やがて元居た最初の位置付近に到達する。

 そこで鋭角に右旋回、再び棒と相対すると、もう一度同じように棒に向かって歩く。

 これも同じように棒の前に立つが、今度は少し遠くなっている。先ほどが親指と小指を広げた程度の長さ、大凡20cm程度とすると、今度は腕一つ分の大凡30cm。

 同様に棒に触れようと手を伸ばすが、上手く行かず数回失敗する。アイマスクで表情は読み取れないが、一度二度、三度と失敗を繰り返せば、アイマスク上に覗く眉が中央に寄っていた。

 四度五度、と修正し、六度のチャレンジで棒に触れると、ほっと一息、肺に溜めた息を吐く黒岩。黙してその奇妙な鍛錬を見るエイラも、不思議と同じように息を吐いていた。

 棒に触れたままジリジリとすり足で棒に近付き、最初に触れたときに限りなく近い位置に立つと手を放す。

 左に踵を返し、再び歩く黒岩。今度は左に小さな半円を書くように歩くと、中頃に到達した後に、右に円を書くように歩み進める。真円を描くように歩くと、再び左に向きを変え、棒に向かって歩く。その動きをなぞるなら、正に8の字を書いていた。

 やはり、と謂うべきか。ここまで来るとエイラにも次に何をするのか分かってくる。

 案の定、棒の前まで来ると再び黒岩は手を伸ばす。

 だが、流石に先程までのような単調な動きとは違い、軌道が複雑になった分、誤差が酷い。

 それでも腕を多少伸ばせば十分届く距離。半歩手前、大凡40cmといったところか。伸ばした手は空を切る。位置修正しながら再度繰り返すのか、と思いきや、伸ばした腕はそのままに、空いた左手でアイマスクを捲る。

 その双眸が見つめる先は、黒岩自身の右手――いや、棒と右手の間か。

「んー……右二寸、距離七寸か。鈍いなあ」

 エイラにしてみれば、十分だと感じる。そう、流石にエイラにも――目的は分からないが――何をやっているのか読めてくる。

 要は「目で見ないで如何に目標に正確に近づくか」という事だろう。

「オマエ、こんな訓練してたんダナ」

「ん? まあね。ホントは暗いところで色々障害物置いてやるんだけど」

「ふーん。で、これって何か意味あるのか?」

「……まぁ、精々暗闇でも真っ直ぐ進めるようになるだけだと思うよ」

 苦笑。黒岩もこの鍛錬自体には劇的な能力向上を得られないと感じているのだろう。

 だが、それでも黒岩はそんな地味な鍛錬をしている。

「私はね、魔力も少ないし、固有魔法も無い。夜目は他人より効くけど、使い魔のそめが居ないと魔導針すら張れない。だから――」

 困った顔で、自身の弱点とも言えることをつらつらと語る黒岩。

 能力面で他人に劣る自分が、それでも他人と同等の場所に立つなら、例えそれが大した効果が望めなくても、それで少しでも差が埋まるなら――

 黒岩のそんな心が伝わってくる。

「そっか。わたしにはそんなこと出来ないナ。すぐ飽きるだろうし、わたしには固有魔法あるからサ。

 ……でもな。わたしはそんな五十鈴が凄いヤツだって知ってるゾ。固有魔法がないからって諦めないし、魔力が少ないからって不貞腐れない。昨日今日の仲かも知れないけどナ、わたしにそうやって教えてくれた。今覚えたばっかだけどナ。

 だから、サ。何か言われても気にすんな。少なくとも、わたしは五十鈴が凄いヤツだって思ってる」

 そう言って、笑顔で頷いてやる。同情なんて心の裡を曝け出した「友人」には必要無い。

 ならば、一緒に悲しむのではなく、一緒に笑ってやろう。

「――イッルって、結構イイやつ?」

「なんで疑問形なんだよー。わたしは何時だってイイやつなんだゾ」

 ぷ、と二人で吹き出す。五十鈴は、裡に溜まった「何か」を全部吐き出すように笑う。エイラも、そんな五十鈴が笑顔になっていくのが楽しくて笑う。

 可笑しいのではない、楽しいのだ。仲間が笑顔で居られるのは、小さなことだけれど楽しいことなのだから。

一頻り笑うと、心なし暗かった五十鈴の顔も、柔らかい表情になっていた。

「イッルって、私の妹に似てるところがあるから、何となく気軽に話せるな」

「へぇー、妹いるのか。わたしは、姉が一人居るけどナ」

「妹二人と弟一人。そのうち直ぐ下の妹がイッルに似てる」

「そんなに似てるのカ? じゃ、姉ちゃんって呼ぶカ?」

 冗談顰めて言うエイラ。エイラの姉と違って、自分より背の低い五十鈴は、一見すると逆に年下に見えなくもない。実際は黒岩の方が一つばかり歳上だが。

「あ、それいいな。イッルの姉ってのもいいかも」

「お、おい。冗談だかんな! 言わないかんな!」

 揶揄うつもりで言ったエイラに、冗談には見えない顔で肯定する黒岩。

 出会って間もないが、冗談を言わなそうな印象を受けていただけに、本気でそう思っているように感じて慌てるエイラ。

「――ふ、ふふっ……あっはっはっは! 冗談……でもないけど、そんなに慌てなくていいのに」

「ちょ、冗談じゃないのかよっ!? てか、慌ててねーよ!」

 腹を抱えて笑う黒岩と、揶揄うつもりで逆に揶揄われてしまうエイラ。

 そうしていると、仲の良い姉妹に見えなくもない。

 顔を真っ赤にして「笑うなよー」と両手を振り乱しながら言うエイラに、「ごめんごめん」と目尻に浮かんだ涙を拭いながら笑い顔で謝る黒岩。

 妹を揶揄う姉。それは故郷の扶桑を離れて久しいちょっと弄れた愛情表現。

 親しい者を茶化して、愛おしいからこそ意地悪したくなる。そうして返された反応はいじらしくて、可愛らしいから――可笑しくて笑う。

 一頻り笑ってみると、さっきまでのモヤモヤした気持ちも晴れて、南天の太陽が照らしたような晴れやかな気持ちになる。

 いつの間にか随分と太陽も高くなって、見上げると強い日差しに視界が白に染まる。

 手で影を作らないと、大空の果まで白く光って眩しいくらいで。

 どこまでも広い大空に、この軽くなった心が翔んでいってしまいそうで。

 それくらいスッキリしていると黒岩は感じていた。

 正直なところ、黒岩にも少なからず劣等感はある。どんなに頑張っても魔力の絶対値は上がらないし、人に自慢出来る才能も無い。所詮凡人、華々しい戦果も上げれず、出来る事を精一杯熟し、無駄だと思われても黙々熟し、臆病者と蔑まれてもただ敵から逃げ続ける――

 そう、余裕なんて無かった。底辺に居るからこそ大空に憧れ、大空に恋焦がれ、もっと高く、もっと遠くへと――そうして周りを見るのをやめて、ただ大空だけを見るようになって久しい。

 思えば、扶桑を離れてからこんなに笑ったのは始めてかも知れない。

 その間、上だけ見ていた自分の足元に、こんなにも「塵」が積もっていたのか、と。

 本当に小さくて、気にも止めてないこと。もしくは気にしないように努めていたこと。

 振り返ることなく突き進んでいたら、「笑えない」くらいに山になっていたのだろう。

 ちょっとやそっとじゃ崩せないくらいな筈なのに、笑ってしまえば簡単に消えていった。

 始めて出会って、でも何故か始めて会ったような気がしなくて――

 今にして思えば、どこかに仕舞い忘れて置き去りにした「思い出」。それを見付けてくれる存在に感じたのかもしれない。

 本当のところは黒岩にも分らない。ただ分かるのは晴れ渡る大空と、黒岩の心は同じくらい広く澄み切っている。それはエイラが居たからだ、と云うこと。

「イッルに会えて良かったよ」

「な、なんだよ突然。恥ずかしーだろー」

 恥ずかしがって、顔を赤くしているエイラを見て、もう一度笑う。揶揄われてると思って「なんだよもー」とむくれ始めるまで、黒岩は笑うのを止められなかった。

 

 

 

 黒岩とエイラが少し開けた基地外周の沿岸部で何かしている。

 それを木の陰から二つの視線が見ていた。

「……何かイメージと違うね。リーネちゃん」

「……そうだね、芳佳ちゃん。黒岩さんがあんなに笑って、真っ赤になって慌ててるエイラさんなんて」

 宮藤とリーネ。二人は先ほどまで洗濯物を干していたところだった。

 それが何故このような所に居るかと言えば、実に簡単なことだった。

 洗濯物も干し終えて、片付けをしていると、聞き覚えのあるような無いような笑い声が聞こえてくる。

 良く聞いてみると、黒岩の声に聞こえるので、興味が湧いた二人は声に誘われるまま此処に来たのだ。

 そこで見たのは、随分と奇妙なモノだった。

 随分と堅物なイメージの黒岩が声を上げて、腹まで抱えて笑っているし、エイラも顔を真っ赤にしてワタワタとしている。

 エイラに関しては、飄々としていて掴みづらく、逆にそのせいでこんな状況は想像出来ない。

 しかし、それが何か悪いのか、と問われれば、首を横に振って否定する。

 怒りでも、悲しみでもない。ならばそれは随分と親しみ易い表情なのだから。

 普段キツイことを言ったりするバルクホルンも、ハルトマンに揶揄われて顔を赤くするし、笑ったりもする。それは随分と親しみ易い表情だった。

 笑顔で居る人を嫌いにはなれないし、ならない。

 行こう、と声を掛けて先に走り出す宮藤。それに慌てて追いかけるリーネ。

「こんにちは、黒岩さん、エイラさん」

「こ、こんにちは」

 笑顔で挨拶する宮藤と、ちょっと緊張気味なリーネ。それに先程まで笑っていたせいで、普段より表情の柔らかい五十鈴と、慌てて真顔に戻ろうとするエイラが返す。

「こんなところで何してたんですか?」

「ちょっと鍛錬してただけです」

 宮藤の問に、表情は柔らかくなっていたが、やや素っ気ない返答の黒岩。

 宮藤はそれほど気にしたようには見えないが、リーネはちょっと温度差を感じて萎縮してしまう。

「もしよかったら、一緒にお昼ご飯の支度しませんか? 他の料理も見てみたいなー」

 宮藤にしてみれば、純粋に一緒に料理がしたいだけなのだろう。その笑顔は全く以て純真だ。

 それに困った顔をするのは黒岩。自身にそれほど料理のスキルがあるわけではないので、どうやって断るか困っている。子犬のような無垢な瞳を向けられると、少しばかり断るのを躊躇ってしまう。

「え、いや、私は――」

「――なんだ、いいじゃないか。手伝ってやれよー」

 断ろう、と口を開いた矢先に、エイラが横から口を挟む。振り向いて見れば、さっきのお返しとばかりにニヤニヤと意地の悪い視線を送ってくる。

 そのエイラの援護を受けて、勢いに乗った宮藤によくわからないまま、昼食の準備を了承していた黒岩。その後ろで声を殺して笑うエイラ。満面の笑みで喜ぶ宮藤。

「あは、あははは……」

 リーネは一人、苦笑し続けるしかなかった。

 

 

 

 

 ところ変わって食堂。扶桑食が並ぶ食卓。

 朝とは違い、ボリュームもなかなかのモノだ。

 なにが嬉しいのか、配膳している宮藤はニコニコ顔。いつも笑顔だが、今日は更にご機嫌だ。

「お? ご機嫌だねー、宮藤。なにかあったー?」

 それに声をかけるのはハルトマンだ。普段はズボラだが、意外と周りをよく見ている。

「えへへー。今回はなんと、黒岩さんにも手伝ってもらったんですよ!」

「へー。で、どれが黒岩の料理なんだろ」

「あ、それはこの“肉とじゃがいもの甘煮”と”胡麻の和物”ですよ」

「ニク……? なにそれ」

 肉とじゃがいもの甘煮を知らないハルトマンやそれ以外の者――扶桑人以外だが――に宮藤が説明する。

 指で差した先にある料理を目線で追い、その香りを楽しむ。

 甘く、独特な香り。素材に醤油を使っているので、扶桑人以外に馴染み無い香りなのは仕方ないが。

 扶桑陸軍軍隊調理法に記載されているその料理は「肉とじゃがいもの甘煮」。海軍では「肉じゃが」と呼ばれているモノだった。

 元々軍隊での補給に際し、食材の種類に制限があり、少ない食材でも簡単に作れる為に軍内で発展した珍しい料理だ。

 海軍と陸軍で名前が違うが、大元は同じで、それぞれに違った発展をしたからに他ならない。

 砂糖と醤油がベースで、それに肉とじゃがいもを入れるだけ。他にも玉ねぎなどを入れたりするが、基本はこれだ。油を敷き、肉を炒め、砂糖を入れ、醤油を加え、じゃがいもを入れる。

 あまり肉を食べない黒岩が、唯一と言っていい「作れる肉料理」だったりする。

 魚を好んで食さない、と判断した黒岩が「今回限り」と思い、肉料理で作れるこの肉とじゃがいもの甘煮に決定された。

 もちろん、皆それを知らない。またしても黒岩のイメージが「料理が得意」になりつつあるのに、肝心の黒岩と言えば――

「オーイ、大丈夫かー?」

 ――椅子の背もたれに体を預け、天を仰いでぐったりしていた。

 隣のエイラが顔の前で手をヒラヒラと揺らしているが、一向に起きる気配がない。

 皆、初めての料理に釘付けで、そんな二人の様子は眼中に無かった。

 肉じゃがは軍隊調理法に記載されている通りのレシピで、黒岩独自のアレンジは無いが、他の味を知らない者には比べる元がないので、美味しければ「料理が上手い」と判断される。胡麻和えは黒岩にとっては得意料理に分類されるので、不味いということもない。

 こうして「料理上手」と認識されてきてしまっているのに、「周りの評価を気にしない」性格で、何も告げないのだから始末に負えない。それが自分の首を絞めているとは思っていない。そう、ここに居るメンバーの大半が、料理が得意ではない事を知らないが故に。

 そんな微妙な擦れ違い、勘違いが起きているが、昼食はそのまま賑やかに進んでいく。

 

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