大空に啼く(ソラ ニ ナク)   作:源十郎

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2話(後)

 ミーナ、坂本――そして何故か宮藤――が司令部へ出頭し、階級順からバルクホルンが臨時の隊長となると、生真面目な彼女は発令所に待機する。

 ハルトマンを無理やり引き連れて、有事に迅速に対応できるようにとドリンクと人手を確保する。

 嫌々ながら、ハルトマンもなんだかんだとバルクホルンに付き合う。文句も言うし、不貞腐もするが――結局そこから出ることもない。

 バルクホルンも「命令」なんてことはしていないし、ハルトマンも「命令」だからとしようがなく――と言う訳でもない。

 開戦前からの付き合いだ、互が互を深く認知している。

 こんな事はいつものことだし、こんな事で喧嘩になるはずもない。

 つまり、「そういうこと」だ。

「トゥルーデ横暴」

「……ハルトマン、お前と言う奴は――」

 多少、発令所に似つかわしくないくらいには喧しいが、暇しているよりはいいだろう。

 

 

 

 

 そろそろサーニャも起きてくる――と、エイラはそんなことを考えながらタロットを捲る。

 談話室の一角でタロット占いをするエイラ。昼下がりの陽日を窓から浴びて、捲るカードの絵柄が浮かぶ。

 それを見て眉根を寄せるエイラ。じっと見ると、さっきまで明るかった手元が陰る。

 生命の樹、10の聖球。9番目のカードは逆位置を指していた。

 大概が逆位置になると不吉さを表す場合が多い。必ずしもそうなるとは限らないが、今回はそうだった。

 そこへ狙ったかのように日差しが弱くなってきた。不吉すぎる。

 手に取り、更にじっと見てみる。

「……ハァ」

 溜まった空気と、不安を吐き出す。

 カードは不吉だが、必ずしもその未来が壊滅的なモノになるとも限らず、カードの絵柄の割に大したことがなかったりもする。

 だが、「不吉なことが起こりうる」とカードと、己の「裡」にある予感が告げる。

 目線をカードから離し、窓の外を見る。

 南東から黒く低い雲が近付いてくる。それは奇しくもネウロイが占拠するガリアの方角だった。

「どうしたの? イッル」

 そこへいつの間に近付いたのか、黒岩が来ていた。

「ちょっとサーニャのこと占ってた」

「占い?」

「五十鈴は占いとかやったことないのか?」

 一枚ずつ丁寧にカードを取り、綺麗に纏めながら問うエイラ。

 それに苦笑しながら黒岩が返す。「私は無い」と。

 カードケースに入れ、腰のポーチに戻すと視線を黒岩に向ける。

「私はあんまり占いとか知らないかな。信じないとは言わないけど、結果がどうあれ気にしないかも」

「占いの結果ばかり気にするよりはいいな。イイ事も悪いことも占いで出ても、その通りになるも結局本人次第なんだよ。あくまで『こうなると思うゾ』ってだけでさ」

 そう、嫌な未来は回避したいし、良い未来ならいつまでも持続させたい。

 そう言う意志がなければ意味がない。

 占いが良い未来を指していても、それに安心して、慢心して、己の意志すら投げ出してしまえば結果など幾らでも変わる。

 そして、何も本人だけに関わるワケでもないのだ。

 坂を転がる大岩が、その動きを止められなくとも、大岩が「止まらない」ことは無い。

 大岩を止めようとする意志が、大岩に無いからと、その周りに居るモノが止めようとする意志さえあれば。

 その強い意志と、そこから生まれる「力」で未来は変わる。

 だからこそ、不吉なことが起こるとしても、エイラは諦めない。

 今後、サーニャに何か起こるかも知れないが、それを止めるし、止められなくとも軽減させてみせる。

「――ちょっとサーニャのところ行く」

 静かに席を立つエイラ。その表情はフラットで、何を考えてるか読み取れない。

 声色も平坦で、感情を見せない。

「私もついて行っていい?」

 そこへ五十鈴も着いていこうと声を掛ける。その表情はフラットで、声色も平坦。

 少しの間、視線を絡めて、ふ、とエイラが吐息。釣られたのか、黒岩も吐息。

 表情を僅かに緩め、振り返るとエイラが言う。

「じゃ、ついてこい」

 何となく、言葉にしなくても通じている気がして、嬉しく思う。

 

 

 

 

 黒岩を伴い、サーニャの部屋の前に着く。

 ノックをすると中に声を掛けるエイラ。

 静かに待つこと数秒。あまりに静かなのでおそらく起きていない。

「……ちょっと待っててくれないか?」

 そう黒岩に声をかけ、静かにドアを開ける。黒岩は何も言わず待機していた。

 暗い部屋の中を、ドアから漏れる光と、曇ってきて弱くなった陽光を遮るカーテンから僅かに漏れた光とで、多少なれた様子でベッドに近付く。

 ネコペンギンのぬいぐるみを抱いて寝るサーニャの寝顔を数秒眺め、何故か胸を刺して止まない罪悪感に抗いながら、静かに体を揺すり起こす。

 サーニャの名前を呼びながら、数度そうしていると目蓋をゆっくり開きながら覚醒してゆく。

「オハヨウ、サーニャ」

「ん……おはよう、エイラ」

 ふわ、と欠伸をするサーニャを見ていると、起こすために抗った罪悪感に見合った見返りに思う。

 尤も、そんなエイラの感じた罪悪感は、全く以て筋違いなのだが。元々、起きる時間なのだからサーニャを起こすことに罪悪感を感じる必要などない。

 幸せそうに寝ているサーニャを見て、ソレを妨げることに罪悪感を覚えるのは――

「――すぅ」

「お、おい。寝るなサーニャ」

 ――どこまでも過保護なエイラだった。

 

 

 

 

 黒岩がサーニャの部屋の前で待つこと数分。

 壁に背を預け、左腕を胸に寄せ、右手をぶらんと地に向けて投げ、瞳を閉じている。

 普段から暗いところで生活しているので、逆に明るいと目が疲れやすかったりする。

 あまりに暇だったり、待つとき、あまり動かないときは頻繁に瞳を閉じる癖がある。話をする時でも、割と目を閉じてたりする時があったりする。尤も、そんな時は大概会話に実がない時だが。

 歩くときにも瞳を閉じてたりしていて、知らない人が見ると寝ながら歩いているように見える時もある。本人は真直ぐ歩けるし、そんなに長いあいだ目を閉じて歩いている訳でもないつもりだったりするが。

『……のう、五十鈴』

 そんな時に黒岩に語りかける声が聞こえた。使い魔「そめ」の声だ。

「お早う、そめ。起きたんだ」

『うむ。今回はそれほど長い眠りではなかったのう』

「……ごめん」

『なに、気にするな。おぬしは好きなように妾を使えばよい』

 コツン、と傷めない程度に後頭部を壁に当てる。罪悪感を打ち消すように。

『おぬしの魔法力が少ないのは承知しておるし、妾がおぬしの代りに力を貸すと決めた。一蓮托生を誓ったのだ、おぬしが生きておるならそれでよい』

 それに小さく「ごめん」と返し、口を紡ぐ。打付けた頭をそのままに、顔を上に向けたまま。

 そう、契約の元、黒岩が手にした力の源は使い魔のそめに依る。

 魔法力の増幅、コントロール、足りない魔法力の捻出――

 そのほぼ全てをそめに依存している。

 そめが居なければ、黒岩は未だ整備兵――どころか、そもそも軍に入らなかったかもしれない。

 こうして最前線に来てしまったのも、ある意味そめが居たから。

 だが、それを非難する気も、後悔する気もない。

『おぬしは我侭で、自分本位な奴であろうに。そうして謝ってばかりだと何か企んでおるのかと疑ってしまうぞ』

 そんなことを言うそめに苦笑。確かに自分は我侭だ。基本的に自分本位で、我が道を行くタイプと言える。

 皆が故郷を失っても、それを取り戻そうと戦い続けたり。守るべき者の為に力を使おうとしている。そんな中で、己のために戦争に参加している。

 そう、黒岩はただ翔びたいだけ。

 危険も、翔ぶために起こる煩わしい様々な干渉も――全部我慢しているだけ。

 己に足りないことを自覚して、埋めるために内に飲み込む。

 もし、能力も財力も何もかも揃っていたら、きっと我侭放題にしているだろう。

 今はただ、翔ぶ事と言う見返りの為に、他に目を向けているだけで。命の危険なんて、こんな世の中で翔ぼうと言うのだ、最初から勘定に入れていないし、煩わしい「瑣末事」も円満に済ませばより良く翔ぶ事の足掛りになれど、疎かにして足枷にするつもりもないだけ。

 結局、どこまで行っても黒岩と言う人間は己の為に、我が道を邁進するだけだ。

 そめは暗に「自分に正直に生きろ」と言っていた。

 ならば、自分に正直に生きよう。そめにはこれからも翔ぶために付き合ってもらうし、扱き使う。

 一蓮托生、後悔しても知らないからな、と胸に寄せていた左手で、側頭部をその人差し指で小突く。「裡」に響く声に応えるかのように。

『では、な。妾はもう少し寝ることにする』

 力を消耗しているそめは、再び眠ることにしたらしい。

『……それと、風呂に入ることがあったら一人で入るな、必ず呼ぶように』

 そんなそめの台詞に、再び苦笑。お互い風呂好きなので、気持ちは分かる。

「分かった、その時は呼ぶよ。もし、温泉なんてあったらいいんだけどね」

『そうだな、良い湯でも湧いておれば力の回復も早いだろうに』

 そういえば、そめに出会ったのも温泉だったな、と思い返しながら同意する。

 霊泉に匹敵するものがあれば、是非行ってみたい。そめは喜ぶし、黒岩も嬉しい。

 今度こそそめは眠ってしまったのか、声は聞こえない。代りに聞こえるのは直ぐ側のドアが開く音。どうやら二人が出てくるらしい。

「待たせたな」

 そう言って出てくるエイラの後ろにいるのがサーニャ。ぺこり、と小さくお辞儀するサーニャ。思わず黒岩もお辞儀を返す。

 そこで階級を思い出し、慌てて敬礼する黒岩。それを見て不思議がるサーニャ。二人の様子に可笑しくて笑うエイラ。

「なんだ、わたしには普通なのにサーニャには敬礼するんだな」

 わざとらしくそう言うエイラに多少ムッとしながらも、黒岩から敬礼を崩す気はない。

 上官であることに変わりはないし、初対面だ。少なくとも黒岩が居た扶桑陸軍はそういったことに煩い。

「あ、あの。私に敬礼は要りません。はじめまして、アレクサンドラ・ウラジミーロヴナ・リトヴャクです」

「ア、アレク……えっ?」

 最初に聞いていた名前とも違うし、長い。正直一回で覚えられなかった。

 それに気付いたのか、薄く微笑んでそれに応える。

「あ、オラーシャではアレクサンドラは、サーニャて言う愛称になるんです」

「???」

 更に混乱。愛称であることは理解出来たが、どこからサーニャが出て来たのか理解出来ない。

 それに苦笑しながら更に解説するサーニャ。アレクサンドラは特に愛称、ないし略称が特殊らしく、扶桑の「さん」「ちゃん」「くん」と言った呼び方が、女性なら「ニャ」「シャ」「チカ」「リャ」などが略称に付く。

 通常、略称なら名前の頭、前半、後半が通説だが、アレクサンドラとなると略称に呼び名が付いた時に違和感が出るのか、逆に間の「サ」以外が略される。これも扶桑人には理解しがたいが、そういうものらしい。

 なので、アレクサンドラならば「サーニャ」「サーシャ」などが一般的らしい。他には「サーシュカ」と言うのもあるとか。

 流石にこれ以上は理解に苦しむので、諦めて「サーニャさん」と呼ぶ黒岩。呼んだ後に上官に対して馴れ馴れしい、と思ったが、他の者もそう呼んでいるのだろう、と思い直す。

 皆、初対面から上下関係に煩い雰囲気は皆無だし、サーニャ自身もそう呼んでくれと言っていた。目の前のエイラもサーニャと上官を呼ぶし、今更なのだ、と。

 はあ、と溜息を吐いて気持ちを入れ替える。そう、此処――501――でのヒトとの付き合い方は、扶桑陸軍とは違う、と。もう馴れてしまった階級呼称も、ここでは逆に煩わしくなるのだろう。

「――サーニャ?」

「ハイ」

 少し戸惑いながら、もう一度名前――愛称――で呼んでみる。

 それに固く結んだ花の蕾がほころぶような笑みで返すサーニャ。

 それを見る黒岩も、つられる様に顔が緩む。それだけサーニャの笑顔は愛らしかった。

 二人の様子を見ていたエイラは不満げだ。

 何時からか、サーニャが他人と親しそうに話していると、少しばかり気分が悪い。

 だが、サーニャは喜んでいるようなので、それはそれで嬉しい。

 なんとも複雑な気持ちがモヤモヤとココロに巣食い、どうにも気分が落ち着かない。

 どうしていいのか分からなくて、裡に仕舞った。それでも――

「な、なあ、サーニャ。これから夜間哨戒だろ? 食堂にご飯でも食べに行くか?」

「あ、うん。行こ、エイラ」

 ――それでも、やっぱり自分にも笑顔を向けてもらいたくて、こうやって世話を焼くのだ。少しでもサーニャと一緒に居たくて、サーニャがずっと笑顔でいてもらいたくて。

 自分に出来る事で、サーニャが嬉しそうにしてくれたら、エイラ自身も嬉しくなる。そんな小さな幸せでもいい、それがずっと続けば、それで。

 このまま、ずっと、すっと――

 

 

 

 

 食堂ではリーネがなにやら調理していた。

 本来なら、アフタヌーンティーの準備でもするのだが、それはミーナ・坂本・宮藤が欠いた今、半ば流れている。

 それでも習慣で準備してしまい、発令所に待機する二人や、それぞれに活動しているだろう隊員に振舞おうと考えていた。

 スコーンを焼き、軽食として幾つかのサンドウィッチ、付けるジャムなどを慣れた手つきで並べる。

 ベーシックなプレーンスコーンは、食べ易い小さなサイズで。円形に綺麗に並べ、中央にクロテッドクリームとジャムを添える。

 本来なら着飾る花や食器も御座成りになってしまっているが、社交場としてのアフタヌーンティーではなく、おやつとして振る舞うと考えているので、ティースタンド以外には特に用意もしていない。

 少々手抜きな気がしないでもないが、今回は致し方あるまい。

 宮藤がいないので、一人黙々とこなしていると、食堂に三人の隊員が現れる。

 エイラ、サーニャ、そして黒岩だ。

「お、リーネ。丁度良かった。何か食べるものはあるか?」

 そう開口一番に声をかけるのはエイラだった。サーニャを連れているので、本人が食すのではなくサーニャの為だろうとすぐに予想がついた。

 普段はよくわからない人だが、こういう時は何を基準に行動しているのかすぐに分かる。

「はい、丁度お菓子とサンドウィッチを用意していました」

 そう言って、準備出来たばかりのソレを手渡す。案の定、サーニャにソレを推める。

 席を確保して椅子を然りげ無く引き、そこにサーニャを座らせる。あまりに手馴れた仕草故に、全く違和感が無かった。

 その後も甲斐甲斐しく、食器を並べたり、お茶の準備をしたり。

 思わずその姿を惚けて見ていた。我に返り、残った準備を進めようとしたとき、同じように惚けている黒岩に気付く。

「あ、あのー……黒岩さんもどうですか?」

 とりあえず、と声を掛ける。未だどうやって付き合うか掴めていない。宮藤が気さくにしているのが羨ましい。

「あ、はい。私は結構です」

 やはり、少々取っ付きづらい。ペリーヌのように突っ掛って来る事もなく、シャーリーやルッキーニのように親しみ易くもない。ぶっきらぼうで、どこか近寄りがたい。

 最初に見た時の、軍人然とした立ち振る舞いのせいもあるだろう。

「そうですか……」

 ただ、やはり用意したティーを頂いて欲しかった。テーブルを囲んで談話するのがアフタヌーンティーだ。おしゃべりと軽い食事、目で見る楽しみと香りを感じて、コミュニケーションをとる。

 そこから崩れてしまってはいるが、本来の目的がそれだ。それを端から拒否されれば、本人が望んでないとはいえ、少々気落ちもする。

「ごめんなさい。言葉が足りませんでした。……私はこの時間に何か口にする習慣が無く、食も細いので頂けないのです。

 ……なんなら、何か手伝いましょうか?」

 気落ちした様子に充てられたのか、そんな事を言う黒岩。

 ぶっきらぼうなのは変わらないが、どこか気遣うような感じがするのは気のせいだろうか。口調も表情も変わらないが、そう感じるのは除けられて寂しく思う気持ちが、どこか期待していた優しい言葉に敏感に反応してしまったからか――

 エイラとは笑い合っていたのだ、それを思うと見えない壁を感じてしまう。やはり気のせいだろうと言い聞かせる。自分に自身が持てないリーネは、そうやって気付かないところで引いてしまう。

 これでも宮藤が来て、幾分改善されているが、相手が悪いとしか言えない。

「そうだぞ、リーネ。五十鈴がそう言ってんだから、手伝って貰えよ。

 ――料理とか」

 意地の悪い笑みを浮かべ、エイラが口を挟む。

 あれは完全に面白がってるな、と思いながら件の黒岩を盗み見る。

 その横顔は先程と違い憮然としているように見える。自分が口にしたことで、自分の首を絞めてしまったような。表情に多少の変化があるだけだが、何となく気付いてしまった。失敗した、と云った感じか。

 しかし、エイラの提案は魅力的な気がする。どこまで料理が得意かは分からないが、お菓子なども作れるならちょっとだけ見てみたく思う。

「あ、あの……もし良かったら、黒岩さんの作るお菓子も食べてみたいなー……なんて」

 言って、途中で催促がましく思い、言葉も小さくなっていく。

 怒られたら、嫌われたら――と、ネガティブな思考が頭をめぐり、オドオドとしてしまう。

「……今度、機会があれば、考えておきます」

 ボソ、と小さく呟くような言葉。それが黒岩のものだと気付くのに少し遅れてしまうリーネ。

 え、と耳に聞こえても、頭で整理出来ていないソレを求めて黒岩を見ると、こちらに顔を向けていない。外方(そっぽ)を向いている。

 そこへクスクスと笑う声が聞こえて、そちらを見るとエイラが声を殺して笑っていた。

「だってさ、良かったな、リーネ」

 そう言われて、漸く頭の中で整理される黒岩の言葉。

 確約するものではなかったが、否定の言葉でもない。エイラが煽ったようなものだが、リーネには十分だった。

「は、はい。今度一緒に作りましょうね」

 ちょっとばかりの嬉しさに、思わず顔もほころぶリーネ。

 料理を介して、少しでも溝が埋まれば、エイラのように揶揄うまで行かなくとも、多少は話せるようになるかもしれない。

 そんな期待が胸に生まれる。その期待に応えるかのように――

 

 ――コクン――

 

 ――後ろ向きの黒岩の頭が、肯定を示す頷きで一度傾く。表情は見えないが、怒っている様子も感じない。

 黙して成り行きを見守るサーニャが、不思議そうな顔をするものの、驚いたり怖がってもしていないのだから。

「ま、それはこの次に期待するとして、サーニャが食事終わったらわたしも手伝うぞ。ソレ、どっかに運ぶんだろ」

 笑うのを止め、エイラも手伝うのを表明する。

 確かに、みんなバラバラに行動しているので、人手があると助かる。

 申し訳ないとは思いつつ、有り難く申し出を受けるリーネ。

 バルクホルンとハルトマンは発令所に居るのが分かっているので、そちらは良いが他の四名の居場所はハッキリしない。

 大凡見当も付くが、確証はない。

 黒岩は未だ基地の構造を把握しきれていないだろうし、案内が必要になる。

 元々、勝手に準備して、勝手に振舞おうと考えていただけに他の四名はリーネが受け持つ。

 バルクホルン・ハルトマンは発令所に長時間滞在するだろうから、多少量も多くしてあり、ワゴンで運ぶことが前提なのでエイラが案内がてら、二人で行くことになった。

 サーニャも最初は手伝おうとしたが、夜間哨戒があるので断念。

「じゃ、お願いしますね」

「ワカッタ」

「はい」

 段取りも決まり、三人はそれぞれ行動を開始する。

 リーネは知らず知らずのうち、笑顔になっていた。

 意外と付き合いのいいエイラが間に入って、リーネと黒岩を執成して。そうして黒岩と話すと、不思議と壁を感じることが無かった。

 何故そう思ったのかは分らない。付き合い辛く感じるのは変わらないが、自然と喋る事が出来たと思う。

 はい、や頷きしか返してこなかったが、表情が幾分和らいでいたように思う。

 どちらかと言えば「ぼうっとしたような」感じではあったが、受け答えははっきりしている。普段のサーニャに近い、と理解するとなんとなく壁を感じなかった理由がわかってきた。

 エイラとサーニャが並んで話しているようで、いつも見る光景と同じような感じがして――それで微笑ましく思ったのだろう。

 面白い発見をした、と心の中で思いながら、軽い足取りでリーネは歩いていた。

 

 

 

 

 発令所に通ずる路を、二人静かに並んで歩む。

 ワゴンを二人で押すのだが、そこに不安定さが無いのが不思議だ。

 普通なら、片方が少しでも押すのを強くすればバランスが崩れそうなものだが、それが全く見られないのは不思議なものだ。

 こういうのを「息が合っている」と言うのだろう。

 お互いに一言も口にしていないが、元々口数の少ない二人だ、話題がないからとそれを不満に思うこともなく、態々間を持たせようと無理矢理話題を作ることもしない。

 言葉が発せられるのは、精々曲がり角が見えた時に進路を示唆する時だけだ。

 そうして数分歩くと、発令所に到達する。

 その入口前にて、エイラが中に声を掛けようとするが、何やら内部は騒がしいものだ。

 壁越しに聞こえる声は、ややバルクホルンが声を荒げた感じだが、口喧嘩と言うよりは説教じみたセリフが多い。

 またか、とエイラは思いながら隣の黒岩を見る。

 微妙に表情を固くしているが、始めの頃のリーネのように慌てた素振りも見えない。

 平時からバルクホルンとハルトマンが一緒にいると、やれ軍規がどうとバルクホルンが口やかましく説教しているので、なれてしまえば日常のひとコマだが、初見では見る人によっては口論に見えなくもない。

 その点で言えば、黒岩は全く動じていない部類に入る。肝が据えているのかどうかは分らない。ただ、短くふむ、と息を漏らすように吐いてからそのまま堂々と入室しようとする。

 エイラもやれやれ、とばかりに歩み進めた。

「入るゾー」

「失礼します」

 一応形ばかりに声を掛け、返答も待たずに入る。「なんだ忙しい、用がなければ帰れ」と門前払いを受けるくらいなら、問答無用で入室して要件をさっさと済ませるのが一番だ。

 それで評価が下がろうが、オドオドするより何倍もマシだ。空気が読めても割って入るくらいの気概が無ければ、自身の要件を迅速に全うすることも出来ない。

 尤も、エイラにすれば馴染んだ日常風景だから、いつものことと割り切っているだけだが。

 それを思えば、黒岩も大物だな、とエイラは考える。黒岩にしてみれば、面倒事を最小限にしたいだけで、自己に掛かる煩わしさを軽減さる為にと。朝食の時もそうだが、煩わしさを回避する手段として、自分から前に出る性質なのだろう。集まれ、と号令を受けて、誰かの影に隠れようとしてもたつくくらいなら、とっとと前列に並んで場を進めようとするタイプだ。物事の好き嫌いではなく、必要と判断したら迷わないが、基本的に我関せず。

意欲的ではないが、消極的でもなく、他人に掻き回されるくらいなら、その前に安全圏に逃げるか、被害の少ない所にちゃっかりと居座るタイプ。

中立中庸と言った感じか。そんな風にエイラは黒岩を判断する。

入室すると、二人の声は止み、だらしなく机にもたれ掛かるハルトマンと、席を立ってハルトマンに詰め寄っていたであろうバルクホルンがこちらを見ていた。

「ん? どうした二人共」

 さっきまでの声色と打って変わって、落ち着いて二人に問うバルクホルン。黒岩はある意味小言の一言もあるのか、と思っていただけに拍子抜けだ。

 エイラはいつものことだと達観していたので、なんのことはない。

「リーネからの差し入れだぞ」

「おお、すまんな。食堂に行く手間が省ける」

「いい匂いだなー。どう? 二人も一緒に」

 淡々とエイラが言い、バルクホルンが助かるとばかりに言う。ハルトマンは我が道を地で行く発言をする。一人、妙に浮いているのは黒岩。さっきの口論じみたのは何だったのか、と。

 溜息一つで意識を切り替え、特に予定もないので此処に居るのもいいだろうと考える。エイラはどうするのか聞いておこうと思いながら。

「んー、とりあえずサーニャのところに行ってみる。五十鈴はどうするんだ?」

 エイラの方は既に決めていたらしく、寧ろ黒岩の方が問われていた。

「私は此処にいるよ。整備室から連絡あったとしても、此処ならすぐに分かるし」

 そっか、と短く返事して、エイラは退室する。

 それを見届けて、黒岩は自分の分と、バルクホルン・ハルトマン両名の分のお茶を用意する。食事をするつもりは無いが、喉を潤したい衝動故だ。

 そうして並べられたカップは3つ。未使用が一つ、とリーネは黒岩とエイラの分も用意していたことに今更気付く。気弱なところはあるが、然りげ無く気を回していく気立ての良さが伺える。自分とは大違いだ、と黒岩は内心苦笑する。

 お茶を用意した時に、他の二人の分も用意はしたが、あくまで「自分が飲みたいが、後々面倒なことにならない様に先に回避」する為で、リーネのように「もしかしたら」と先回りして用意したモノではないのだ。

「ビショップ軍曹は良い娘だな」

 ぽつり、となにげに呟いた言葉。黒岩の口から思わず漏れた言葉だ。

 聞き手は二人、どんな意味があって零したのかは分からないが、それは頷けるものだった。

「そうだねー。リーネってば料理も上手だし、洗濯とかもやってくれるし」

 うんうん、と頷きながらハルトマン。その様子に「まったく……」と痛む頭を抑えるように手を添えて聞くバルクホルン。

「……まぁ、確かに良い娘だな。姉が居る、と言っていたが優しい姉の元で育ったに違いない」

 今度はバルクホルンが、一人何かに納得するように、うんうん、と頷きながら言う。逆に、ハルトマンが胡乱気に流し見ていた。

 そうして一人“何か”を悟っていると、ふと黒岩に視線を向ける。

 じっと見つめること数秒。流れが掴めない為、見詰められるがまま放置している黒岩。気付いていないフリをしているのか、気にしない性質なのか。反応を返そうとしない黒岩に、先に声をかけたのはバルクホルンだ。

「黒岩は、姉が居たりするのか?」

「いえ、妹と弟は居ますが」

 バッサリと切り捨てるように返す黒岩。「それが何か?」とでも付け加えれば、話も続くだろうに。こういったところから「付き合いづらい」と思われている黒岩なのだが、本人に治す兆候は見られない。人によってはムッとする者も居ように。

 だが、そこは501の隊員か。個性の塊ばかりが集う所帯だ、特にそんなことを気にするようなバルクホルンではない。ハルトマンも気にしないだろう。

「妹? 私はてっきり姉でも居るのかと……」

「……何故そう思ったかは聞きませんが、妹二人と、その間に弟が居ます」

「ふーん。で、その妹とかってどんなの?」

 意外にも、話に乗ってきたのはハルトマンだった。

 黒岩は知らないが、ハルトマンの普段の生活の「ズボラさ」は極めつけだ。バルクホルンが姉のように逐一構っている所を見れば勘違いされるが、実はハルトマンにも妹がいたりする。双子故に、ほんのちょっとの生まれの差があるだけではあったが。

 兎に角、この場に居る者は全員「姉」であると言う、奇妙な一致があった。

「2つ下の妹はイッルに似ています」

「? イッル?」

 誰それ、とハルトマン。黒岩も疑問符を浮かべるが、「そういえば自分以外にそう呼んでないな」と理解すると、エイラのことだと説明する。

「エイラに似ている……? エイラが妹と言うのも想像できんな」

 一人良くわからないことに悩んでいるが、黒岩にとってはエイラが妹と言うのは頷けるものだ。

 普段、何を考えているのかわからないくらいに、ぼう、っとしているのだが、妙に自立心が強く、何げに黒岩より料理も出来る。

 扶桑に限らず、長女や長男と言うのは「家督を継ぐ者」と言う考えを持つ者が多い。

 だが、黒岩にしてみれば、自分よりも妹や弟の方が優秀だと感じていた。事実そう思って居るからこそ、軍に志願したし、両親もそれは納得していた。

 別に妹に劣ると卑下する気もない。自分がそう感じていて、寧ろそのおかげで安心して「翔んで」いられる。一番下の妹は些か不安だが、上二人は姉を超える器だとも思っている。

 すぐ下の妹は自分に輪を掛けて物静かだが、姉を尊重してくれる。普段あまり構ってやらないが、構ってやるとどこか迷惑そうな“フリ”をするが、顔を赤くしながらも逃げたりしない。揶揄うと面白いが、あまりやりすぎると静かに怒る。わめき散らしたりしないで、寧ろ全く喋らなくなるので妹ながらに怖い。

 尤も、それは姉の黒岩に似ているのだが、案外自分のことは気が付かないものだ。

 弟はやんちゃで、よく笑う。基本的に物静かな人間ばかりの黒岩家に在って、一番賑やかな人物だった。

 そういえば、この部隊だと宮藤に似ている、と黒岩は感じた。

 容姿は全く似ないが、性格はどことなく似ている。純真であったりとか、屈託なく笑うところとか。料理は黒岩より苦手で、細かい作業が苦手。比較的細かい作業が特異な父、姉二人とは正反対だ。「ねーちゃん、ねーちゃん」と良く後ろを付いて来ていた。興味が沸くと何事にも首を突っ込みたがるので、トラブルメーカーでもある。

 だが、馬鹿でもなく、口の回りが早く、「言葉を覚えるのは一番早かった」と両親が言っていた。ぽんぽん色々と言葉を発するだけ、頭の回転も早い。頭を使うのは苦手だ、と言う割に実は囲碁が打てたりする。妹は囲碁が打てないので、偶に弟と勝負するが、飽きっぽいので最後まで打てたことはないが。

 末の妹は弟が良く構っていたせいか、弟同様に賑やかな性格だ。ただ、要領が悪く、母親に良く怒られていたが。弟は誰に似たのか、そういうところの回避は上手い。すぐ下の妹は「姉さまに似た」と言っているが、何故だと聞き返すと途端に無口になる。怒っているのは分かるが、何でだろうと思う。大概、そういう時は弟が何処にも居なくて、妹が母親に怒られているらしい。ついでに父親も居ないが、はて?

 黒岩は怒られるような事をしたら、火が強くならない内にさっさと白状するので、あまり強く怒られたことはない。

 すぐ下妹は普段母親の手伝いをしたりで気立ても良い。怒られると言ってもそんなに尾を引くようなものでもない。寧ろ、父と弟は怒られると一番こっ酷い怒られ方をする。無理に逃げようとするからだろう。逃げるなら証拠を消してからだ。逃げきれる自身でもあれば別――いや、「逃げきれる」と思っているのだが、何か抜けているのだろう。

 要領の悪い末の妹は、ある意味そんな姉たちの煽りを受けているのだった。真っ先に怒られていたりする。間の悪さ、運の悪さも特筆すべきか。いや、それよりも、怒られてもすぐに立ち直れるところが一番凄いのかもしれない。

 そんな身近にあった「懐かしい」想いを蘇らせ、ついつい口に出してしまった。

 もう、二年以上家族と会っていない。あまり寂しいとは感じていなかったが、一度思い出すと会いたくもなってくる。

 だからか、思わず喋りこんでしまったようだ。

「面白い家族だねー」

 黒岩は、別に面白可笑しく表現したつもりは無いが、ハルトマンは面白いと感じたらしい。はて、と考える。上の妹は自分に輪を掛けてぶっきらぼうで無口だし、弟はやんちゃなどこにでも居そうな男の子だ。下の妹はドジなきらいがあるが、精神的に頑強なこと以外に特筆することはないのだが。

 黒岩はそんなふうに考えていた。母親は更に面白味のないほどに真面目で、子供の頃は扶桑一の堅物ではないか? とは思っていたが。

 父親は知識欲が高く、自分が学校に行けなかった分、娘たちには勉強を一生懸命やって欲しいと常々言っていた。整備の基本などは、実は父親が教えてくれたりする。半ば独学ではあるが、何度も失敗し、自力で整備した機械も多く、その経験からモノを教えるのが非常に上手い。学校の先生よりも上手いのではないか? と今になって思う。

「ほう? 整備も出来るのか」

「はい。私は元々整備兵上がりなので」

 バルクホルンの問に答えながら、整備の基本になった出来事も話す。今日は我ながら饒舌だな、とは思うが不思議と言葉を止める気は起きない。

 田舎であり、百姓の家が並ぶ実家のある村。黒岩も百姓で、それほど広い田圃は無いが、小さなモノが幾つかある。近所も多数の小さな田を持っている。

 昔から、複数の家が共同で田植えや稲穂刈りをするのが習慣で、その流れから数軒に一台の機械の導入もしていた。黒岩の家ではトラクターを置き、それの管理をしていたのだが、これが黒岩 五十鈴の整備の始まりとも言える。

 父親が機械の掃除をしているのを一緒に手伝ったり、試行錯誤しながら修理している隣で眺めていたり。

 掃除の途中で怪我したりと危ない目にも遭って、エンジンが露出するまで分解しているところを眺め、機械を動かしている様を見続けている内に、黒岩も基本的な機械構造を大雑把ながらに把握するようになる。

 ビス(ねじ)のサイズも、初等部の頃には見ただけで判断出来るくらいになっていた。身体を使った測量も父親に教わる。尺骨から始まり、メートル法への変換も。親指を立てて約50mm、拳で約100mm、親指と小指を広げて約200mm――

 子供ながらにそうやって知識を身に付け、実際に機械を弄れば自然と経験値も溜まっていく。慣れてきた頃には目測も正確になっていくのは必然だった。

 子供同士で遊ぶより、機械弄りをしている時間の方が長かったりするのだ。

 そのせいで、上の妹を構ってやれず、母親の傍に居ることが多くなり、いつの間にか料理上手になっていた。おかげで姉妹揃って口数が少ない、人付き合いの苦手な子供になってしまったが。

 弟は逆にみんなで構いすぎたのか、妙に明るい子供になった。六つも離れると、一人でも面倒をみれるくらいになったし、幼いながら家事が出来る妹が居るので両親も楽になってきていた。妹が家事に一生懸命なせいで、姉の五十鈴が一緒になることが多く、お姉ちゃん子になってしまった。

「あはは! 結構、他所の家族の話って面白いもんだね!」

 ハルトマンが無邪気に笑うが、黒岩としては話しているうちに上の妹が不憫な気がしてならない。道理で成熟と言うか、妙に大人びている気がしていた。今更だとは思うが、もうちょっと構ってやっても良かったと少しばかり後悔する。

「どうした、黒岩。家族が心配か?」

 先程まで饒舌に話していた黒岩が、急に黙り込んだのが気になるのだろう。バルクホルンが心配げに話しかける。尤も、本来は口数が少ないのが普段の姿なのだが。

「いえ、心配か? と問われれば、全く心配はしていないのですが……

 少しばかり、妹のことを構ってやれば良かったな、と」

 遠くに来て、始めて至る思いに、自虐的な感情が芽生える。今更どうなる、と。生きて戻れるかわからないし、家族と離れても大空を翔けることに夢中で、精一杯で――今の今まで寂しいと言う感傷も、振り向くことも無く駆けてきた。我ながら薄情な奴だ、と。

 手紙の一つも遣った事はない。自分は心配していないが、向こうは心配しているのだろうか。だとしたら悪いことをした、と。

 本当に今更。ふとした切欠で、漸く振り返った自分に今更何が出来る。そう思うと苦笑も堪えない。

「……そうか。妹が話せるうちに、お前が話せるうちに――嫌と言うほど話して、戯れておくと良いと、私は思うぞ」

「トゥルーデ……」

 至極真面目に、声は大きくないが、強く、言葉を発するバルクホルン。

 その言葉にハルトマンが心配そうに、バルクホルンを呼ぶ。

 黒岩には分からないが、バルクホルンは何かを伝えようとしている。ハルトマンの視線は黒岩ではなく、バルクホルンに向いている。きっと、バルクホルンは――いや、先程の言葉から考えれば、バルクホルンの妹に何かあったのかもしれない。

 こんな世の中だ。生きていないのか、生きていても話せないのか。穏やかな日々が続いていても、ここは戦場だ。今もどこかで人が死に怯えている。

 黒岩にとって、見ず知らずの他人などどうでもいいが、隣人が死に至るのは流石に堪える。そうして死んだあとになって後悔するのは――

「――そうですね、もし生きて帰れたら、今までの分も合わせて可愛がってやろうと思います」

 ――今更、と諦めていた自分に苦笑。だが、先程の自虐的な感じは無い。馬鹿馬鹿しかった自分を嗤う。後悔する前に足掻いておこう、と。

 元より、何者にも劣る自分がこうして生きているのは、足掻き続けたから。なら、これからも足掻いて足掻いて、足掻き続けて――生き延びる。

「ありがとうございます。バルクホルン大尉」

 敬礼。感謝の言葉を乗せて、黒岩は力強い視線をバルクホルンに送る。バルクホルンはそんな黒岩に、口を綻ばせつつも綺麗に返戻する。

 坂本もそうだが、バルクホルンも良い上官だ、と黒岩は素直にそう感じた。本当にこの部隊は良い部隊だ、と。

 そんな二人を見ながら、ハルトマンは一人、声を殺して笑っていた。

 

 

 

 

 夕刻の赤より、曇天の黒が濃くなり、今にも雨が降りそうになっていた。

 そんななか、サーニャを見送ったエイラは発令所に足を運んでいた。

 最初に来た時より静かで、とても「あの二人」が居るとは思えない。まあ、黒岩も居るのだから説教ばかりでもないだろう、とは考えたりもするが。

 とりあえず入ってみる。そこには互いに敬礼している黒岩とバルクホルン。そして声を殺して笑っているハルトマン。

「……何してんだ、オマエたち」

 思わずジト目で見てしまう。それに触発されたのか、ハルトマンが盛大に笑い出す。

「なっ!? 笑うなハルトマン!」

「だ、だって、トゥルーデ。うははははっ!」

「笑うなー!!」

 結局いつも通りだな、と溜息一つで忘れることにする。本当に何やってるんだか、と。

 バルクホルン同様に敬礼していた黒岩といえば、バルクホルンと違い腹を抑えて声を必死に殺して笑っている。元はといえば黒岩が発端なのだが、エイラにはそんなことは分らない。

「お帰り、イッル」

 そんな黒岩に近寄ると、目尻に浮かんだ涙を拭きながらエイラを迎えた。

 何を思ったか、急に抱きついて頭も撫でて。

「ちょ、いきなり何スんだ!」

 気恥ずかくなってきて、赤くなるエイラの顔。別に嫌ではないので強く引き剥がせず、されるがままになってしまう。「やめろー」と言ってみるが、何が楽しいのか、止めるどころか余計に引っ付く黒岩。

 突然の奇行に混乱するエイラ。笑いながら抱きすくめて、撫で回す黒岩。

「はー、エイラが妹だー」

 ハルトマンのつぶやきに、ハッとなるエイラ。いい加減離せ、と行動を起こそうとすると、見計らったかのように離れる黒岩。矛先を向けるところが無くなって、ムスっとしてしまう。赤い顔のままで不貞腐れる小さな子供のようだ。

「やっぱりイッルはイイなー。妹にならない?」

「なるか、バカー!」

 声を荒げて否定するエイラに、堪えきれず声を上げて笑う黒岩。

 二人を見るハルトマンと言えば、一日二日でエイラをここまで揶揄える黒岩に妙な関心を覚えてしまった。

 黒岩の奇行も、何となくだが分かる。話にあったように、エイラが自分の妹に似ているらしい。だからか、本当の妹の代りに構っているだけなのだろう。まあ、揶揄い半分だろうが。

「ば、ばかな……エイラが妹、だと?」

 その声にハルトマンが振り返ると、驚愕の表情で二人を凝視するバルクホルンが居た。何をそんなに驚いているのかは分らないが、バルクホルンにとってはショックなことなのだろう。

「おーい、トゥルーデー。大丈夫ー?」

 固まるバルクホルンの眼前に掌を翳して振る。それで漸く反応するバルクホルン。錆び付いた機械のようにぎこちない動きで、ハルトマンに向き直る。

「……負けた」

「は?」

 意味のわからない、バルクホルンの負け宣言に、思わず間抜けな声を出してしまうハルトマンに非はない。

 

 

 

 本格的に降り出した雨。ざあざあ、と五月蝿い音よりも、姦しい少女達の笑い声が響く。

 すっかり闇に包まれてしまうが、笑顔はそんな闇を吹き飛ばす程に明るい。

 覚めてしまったお茶も、スコーンも、楽しい気分で口にできれば、それだけで十分に美味い。

 そんな楽しい一時に、無粋にも警報が鳴る。

 司令部より帰還中のミーナ・坂本・宮藤を乗せた輸送機と、その護衛に回った夜間哨戒中のサーニャ。

 その航路にネウロイが現れたのだ――

 




バルクホルン……結構お気に入りのキャラ。
生真面目な娘は割と好きです。

そんな私が惹かれやすいのは、一生懸命なのに報われない娘。
そんなキャラクター……
ある人物に対して一生懸命で、でも空回り多くて報われてない……
もう分かりましたね?(全く報われてないわけではないけど)

……

……あれ?

トゥルーデも該当するような……
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