反省はしていませんが後悔は少しだけ。
よろしくお願いします。
咽かえる夏の日、熱くて暑くて仕方がないその日の、俺は専門学校時代の友人たちの同窓会に出席した。
彼らはアニメーション科で、俺の通っていた科とは違ったのだが、どういう因縁かこんなところに来てしまった。
「よう、久しぶり久光」
座敷の部屋に通され、幹事であった磯川久光に声をかけた。
学校で科は違った俺を誘ってくれた彼は本当に俺にはもったいない良いやつ。この前会社を作ったとかそういう話を聞いた気がした。出来る男は違うものだと、素直に感心することで腹にたまった劣等感を抑え込む。
「おお、久しぶりだな大輔。元気だったか?」
「元気も元気、金も仕事も無くて少し潰れそうではあるけどな」
「ははは、変わんねえ。あの頃のお前だ」
自虐で放ったその言葉を笑われる。当初の予定通りそれでいいはずなのだが、何故だか社長になっているこいつに嗤われることは、底辺だと告げられたような気がした。
悪気はない、それは分かっている。それでも、もう二十を半ば過ぎたこの身でいつまで夢を追いかけるんだと。
恥ずかしさと、悔しさが胸を強く打った。
「起業したんだって? やっぱすごいな久光は」
「そんなことねえよ、俺にはむしろお前の方がかっこよく見えるぞ。また送ってくれ、好きなんだお前の」
「あ―――、ああ。その内な。期待して待っててくれ」
「おう、お前が売れるのが楽しみだよ」
そうやってにこりと磯川は笑った。朗らかなそれは今は悪魔に見えた。
嘲笑われているような錯覚を感じながら、席に着いた。
まばらに席に着いた彼らに知り合いはそれほどいない。
正直の場違いに、笑いがこみあげてくる。見知ったあの顔はまだ来ていなかった。
「あいつらは?」
「ああ、仕事で少し遅れるらしい。今同じ会社にいるらしいから」
「そうだったのか、確か武蔵野アニメーションだっけ?」
「そうそう、こないだ会ってきたけど元気そうだったぞ」
そうか、と声に出して安堵する。
思ったよりも普通に話せてる。この抑えがたい気持ちを抜きにして、久しぶりの友人に話せていることが嬉しかった。
あいつの近況も少し聞けたこともそれの一つか。
もう過ぎたことだが、あいつにも、こいつにも、あいつにも、俺には後悔が山ほどある。
机の下で拳を軽く握った。
この数年で痩せた体。筋肉も存分に落ち、ひ弱な肉体は服でコーティングしないと崩れ落ちそうになる。
「どうした、下なんか見て」
何気なく放ったであろうその言葉は俺の心を締め付けた。
今の俺は笑っていれるだろうか、腐った鍍金が剥がれおちていく。
頭に血が上った、底辺と真人間。
磯川に悪気がないのは分かってる、そもそもただの誰でもが分かる普通の会話。
そんなことにいちいち腹を立てて、自分を見失って、本当に自分がちっぽけに見えた。
流れ出した冷たい血、どろどろと流れるその感情を無理矢理飲み干して腰を浮かせた。
「悪い、小便だ久光」
馬鹿みたいにかっこつけて、飄々と気にしないふりをして。
それでやっていけると思っていたのか、それが一番馬鹿なこと。どうしてこんなことになってしまったのか。
ギアがかからない、どこまでも俺のやる気も夢もなにもかもあの時間に置いてきた。
トイレの個室で小さく呻く誰もいなくて良かった。
自分らしくない行動は、自分であるはずなのに認めたくない。こんなに惨めなのが俺なんだと。
漫画にはよくある落ちぶれたおじさん。過去にタイムスリップして何かをやり直す。そんな夢も希望もある話。
糞くらえだ、あるわけねえだろそんなもの。何をもってお前らはそんな馬鹿な妄想をするんだ。
昔はよく読んだ、まだ自分を見ていたころ。
こうだったら面白いかなって、そんな事を考えもした。それを作ったりもした。
それでも今の俺は止まっている。磯川に置いていかれることを怖がっている。
これからで来るであろうあの二人、あいつらが来ることがたまらなく恐ろしい。
彼女に今の俺を見られることは恐ろしい。
それでもどうせ嘘は見破られるから、そういうやつらの集団だから誤魔化しなんてきくはずもない。
「なんで、俺はこんなとこで止まってんだよ―――」
ぽつりと漏らしたその言葉、停滞を認めたそれに激しい悔しさが止まらなかった。
そんなこんなで個室に入って三十分くらい、さすがに心配されるので出ることにする。
本当は怖いけれど、また仮面をはめないと繋がりさえ切れるから。だから俺は恐る恐る男子トイレを出て何食わぬ顔で外に出た。
そうして件の奴の一人の顔を見た。
「おお、大輔か。久しぶり」
平岡大輔―――俺と同期で学校に入学した男。
大学出で少し年齢は上だが、果敢なリーダーシップで俺を引っ張ってくれたおかげで彼らと俺は仲良くすることができた。
熱のこもったアニメーションに対する夢を持っており、俺は彼を密かに尊敬していた。
「―――お前の方も、大輔じゃんか」
ようやく出た声はいつもの掛け合い。
同じ読み、同じ漢字の名前を俺たちは持っていて、俺たちはそれに理解しつつも互いに"大輔"と呼び合った。
「変わんねえな、お前。今何してんの?」
冷めたような大輔の視線は、見下すようなものではなく普通の会話としてのもの。
前にあった時の一件で少しだけ怖かった彼は、前を向いて話していた。
「前と変わんないよ、お前に笑われたまんまだ」
「笑ってねえつーの」
「いや、まあそれはどうでもいいよ。別に嫌味じゃなくてさ」
「じゃあなんなんだよ」
「自虐つーか、笑ってくれないと俺としても困るっていうか………」
笑いながら、頭を掻く俺を大輔は少し冷めた目で見た。
大きく息を吐くと、少し俺の方が低い頭を撫でてきた。
「そんなことねえよ」
くしゃくしゃ、と撫でられたそれに彼の今の心情が伝わってさらに惨めになった。
お前は乗り越えたのか、置いていかれた。また、俺は置いて行かれた。
「まあ、なんつーの。そういうことは俺の役目じゃないからな」
「どういうことだよ」
「知らねーよ、こいつに聞け」
そう言って大輔は横をすり抜けてくる。
方向を追って、彼が座敷に入ろうとしたので、追って行こうとする―――と。
「こらこら、久しぶりの彼女を放っておいてどこ行くつもりだ」
懐かしい声、服を掴まれたその指の感触を覚えている。
直接肌に触れなくても何度されたか分からないその強さ、その温度。
後ろを振り返ることは出来なかった。
見てはいけないものだから。変わらないあの時と同じ姿で彼女は立っている。
ゆっくりと、背伸びをして俺の顔を掴んだ。
両手で優しく掴まれたその手でむりやり振り返らせられる。
抵抗をしようにも俺にはできなかった。やっぱり変わりはなくて。
驚いて心臓の音も、何もかもが止まってしまいそうになったから。
瞼からは男らしくない涙が溢れそうだったから。
皆の前で、彼女の前でそれを見せることは怖かったから。
それでも許さない。その手には力が籠り、万力のように俺を振り返らせた。
「久しぶり、大輔」
そうこの幼児体型の彼女は告げた。
もう何度目になったか分からない俺への久しぶりを、彼女は満面の笑顔で告げた。
声は出そうになかった、久光と大輔が心配そうに来るまで俺はそこに縫い付けられて動けない。
思ったよりも彼女は変わっていて、変わらなくて。
その曖昧さに、俺は泣きながら応えた。
「久しぶり、エリカ」