矢野さんが好きすぎて書いた小説   作:linda

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過去その一

彼女を見たのは、専門学校のアニメーション分野の教室でだった。

小さくて、人形のような容姿、幼児体型と言っても過言ではないような彼女に俺は目を奪われた。

 

どうして子供がここに。有名ではない学校ではあったがそれでも、規律とかはあったし子供が一人で成人間際の学生の中に紛れていると危険に感じた。俺の学科は違っており、盗み見た教室には少しだけ話したことがあるだろう友人が数人いる程度。

 

彼らが注意を何もしないという事はそういうことなのだろうが、その時の私はなけなしの正義感で教室に足を踏み入れた。

 

コツコツと音を立てて近づく俺に彼らは気づいて手を上げてくる。

友人だからと、その手に挨拶を返しながら俺はその幼女に声をかけた。

 

「君、ご両親は?」

 

ふわりと舞った明るめの茶の髪。見ようによっては金に見えるそれはハーフに見えないことも無い。両サイドに尻尾のように揺れている。

黒いインナーに明るい緑のフード付きセーター。灰のパンツに白と黒のニーハイソックス。少しだけ子供にしては大人びた印象を受け、本当に心から彼女は人形のように思えた。

 

そんな彼女はこちらを向き直りながら複雑そうな表情をしていた。

 

「あのさ君、音楽科の笹木くんだよね。どうしたの急に?」

「え、ああ、まあそうなんだけど。さすがに子供一人でこんな場所は危ないと思って」

 

どうして自分の苗字を知られているのか疑問に思いながら返すと彼女の眉が吊り上がる。

額に手を当てながら、やれやれという体で彼女は笑顔を作った。

 

「あー………、そうだったんだ! ありがとね、お兄ちゃん!」

 

少し少女にしては低い声。声変わりはすんだであろうその声で彼女は演技臭い声を出した。

そもそもとして、前後の声と態度が変わりすぎていて引いた。

 

「えと、そんな無理して演技しなくても大丈夫だよ。事務室は一階だから一緒に行こうか」

 

きっと大人びた性格をしているんだなと感じた。

俺がそう言った途端周りの連中は腹を抱えて笑い出した。眼鏡をかけた薄い茶髪の男やスポーツでもやっていそうな茶の髪の肌の焼けた好青年は互いに肩を震わせて、その少女を盗み見てはまた笑い転げる。

 

俺にはそういった彼らのその態度が気に食わなくて、なけなしの正義感でやったことをそこまで笑われる筋合いはない。不満顔になっていた俺の顔よりもさらに不機嫌な顔だったのはその少女。

怒りのマークがこめかみに集まる。笑顔は崩さず、今ならそれが鬼面のようだと自覚する。

 

彼女は俺の手を取り、指先で少しだけいじりながらこう告げた。

 

「私は、れっきとしたここの学生で君と同い年のはずなんだけど―――」

 

びきびき、と彼女の口角が亀裂のように崩れだす。

本気で怒った顔の彼女を見たのはこれが初めてだった。つままれた人差し指があらぬ方向へと曲がっていく。ぎりぎり折れない、尚且つ痛みを最大限に発揮する場所で固定されてはぐりぐりと動かされる。

 

そこでようやく彼女の年齢を誤解していたことに気付く。

彼女を怒らせてはいけない、痛みを伴った教訓によって俺はこれ以降彼女―――矢野エリカに年齢の話をすることは無かった。

 

「そこのところ、どうお考えで、笹木大輔くん?」

 

そうして彼女は墓穴を掘った俺に向けて満面の笑みを放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大輔くんさ、私たちの卒業制作のBGM作ってくれない?」

 

エリカにそう言われたのは入学して二年目の夏頃だった。

彼女たちは卒業制作でアニメを作るらしく、その映像の音楽を担当する人を探しているらしい。

 

フリーの素材でもどうにかなることにはなるが、せっかくの音楽科。彼女たち―――矢野エリカやその友人である平岡大輔、磯川久光、その他数名とはあの一件から懇意にしていたので、俺にその依頼が来ることも何ら不自然ではなかった。

 

本当に自分の学科の友人よりも彼女たちとつるんでいたので、手伝ってあげたいと思う気持ちはある。

しかし、俺が所属する音楽科はそういったアニメや映画なんかの曲を作るわけではない。j-popと言ったように曲というより歌を作る学科。アニメ向きの曲作りなんてやったことがない。

 

「いや、あのさエリカ。気持ちは嬉しいんだけど、俺そういうのできな―――」

「知ってる。でも案外はまるかもしれないじゃん。やってみないとわかんないよ?」

 

不敵に彼女は笑う。あんまり人には言わない無茶ぶりを俺ばかりには押し付けてくる。

嫌われているのだろうか、こちらを品定めをする目からは嫌がらせと受け取ってもいいのだろうか。

 

「やってみないと―――って正気で言ってる? だって俺だぞ?」

「言ってる。私、大輔くんの曲好きだよ?」

「う―――、お前そういうこと平気で言うよな…」

 

思わぬ一言に頬が紅潮するのが分かる。

からかっているようなエリカの視線はこういう時には真剣なものになっている。

 

「言えるよ、だって本心だから」

「だから―――」

「それで、受けてくれるの? 駄目なの?」

 

結局何がどうなのだろうか、そのあたり何もエリカは説明してはくれない。

ただ、自分が好きだからそれをやれってだけ。まあそれだけでも俺としてはやる理由の一つになってしまうのだが。

 

いつもなら順序立てて説明をする彼女が今日に限ってはそれで分かるだろうというように口数が少なかった。こういう彼女は快諾しなければ機嫌が悪くなる。そもそもこういう時は少し機嫌が悪いとき。

 

「はぁ………、とりあえず話聞かせてくれ」

 

 

 

 

 

「大輔くんてさ、卒業後どうするの?」

 

ぽつり、とそうエリカが漏らした。製作を承諾した俺は説明のためにエリカと自室に戻った。

簡素な1LDK、古臭いその扉は彼女の出した合鍵によって開けられる。

 

自分の管理していない間に彼女は、その友人たちと合鍵を作っていた。

勝手に出入りされるこの部屋をもはや自室と言っていいか悩みものである。

 

現状何本存在しているか分からない鍵を考えることは過去にすでにやめている。

靴箱には俺のではない男物と女物の靴がたくさん。傘も何本も立てられている。

 

「まあ、いつかはデビューしたいとかはあるけど、暫くは路上ででも頑張るよ」

「てことは、仕事に就くわけじゃないの?」

「いや、そりゃバイトとかはするよ。食べていけなくなったら意味ないから」

 

そういうことが聞きたいわけじゃ、とエリカは小さくつぶやく。

靴を脱ぎ、ドアを閉めつつ部屋に上がる俺の後ろをエリカはついてくる。

 

「だったらどういうことが聞きたいわけ?」

「それは、なんか言葉にできないんだけどさ………」

 

尻すぼみなエリカを不思議に思いながら鞄を部屋に置きクーラーを入れた。

シャツの隙間を手で扇ぎ風を送る。つけたばかりでクーラーは未だ工藤の音が始まったばかり。

 

いつもなら真っ先にベッドに座るエリカはどこか浮かない顔。

やっぱり機嫌が悪いのだろうか、気を使いながらいつもの定位置に促した。

 

 

 

緑茶を淹れ、お菓子として買いだめしている羊羹を差し出す。

落ち着きがなかった彼女はそれを見ておかしそうに笑った。

 

「大輔くんのセンスってなんだか古臭いよね」

「そうかな、お前だってこれ以外出すと機嫌悪くするじゃんか」

「それは、まあ、大輔くんに調教されたから。私の趣味はもっと明るいし」

 

調教ね、と声に出した俺をいつものからかうような顔でエリカが見る。

機嫌が悪そうには見えない。しょぼくれたエリカはどこに言った。

 

少しだけ気になった俺はその地雷に突っ込んでいた。

 

「それで?」

「それで…?」

「いや、今日なんか機嫌悪かったじゃん。喧嘩とかした?」

「してないよ……。ただ―――」

「ただ?」

 

そういって一つ彼女は息を吸った。緊張しているのか、どうして。

何も考えていなさそうな俺の顔を見て彼女は、ため息として息を吐いた。

 

「いや、なんか悩んでるこっちが馬鹿らしくなった」

「おい、人の顔見て失礼だな」

「事実だから何も言えない。ただ―――いつまでこうして居れるのかなって」

 

突然カップルみたいなことを言い出した。

甘酸っぱい青春真っ盛りの高校生、というには少し年季が入っている。

 

大学を出てからここにやってきた友人たちと違って俺とエリカは同じ20歳。

そういうことに憧れる年齢なのだろうか。一年の付き合いではそこまでは分からない。

 

「どうした急に」

「どうしたもこうしたも、私たちあと一年で卒業だからさ」

「そりゃあ、卒業制作を作るしな。通常通りならあと一年。卒業と同時に切れるだろ」

「えっ⁉」

 

驚く彼女の顔には、淋しさと落胆の表情。気づけば目じりには少量の涙。

思いがけず傷つけてしまったことに失言だったと感じた。

 

「いや、まあ通常通りならって意味。俺らは分かんないよ」

「え?」

「こっちには久光とか大輔もいるんだしさ、簡単に切れる縁はないだろ。それに、どうせ俺はしばらく売れないアーティスト人生を過ごすからな」

 

大きく笑う、売れないつもりはないが現実を見てないわけでもない。

大して成績もよくなかった俺は学校懇意のレーベルと契約なんてできるわけもなく、就職活動も逃げ出した。

 

ギターと歌一本でやっていきたいと周りに吹聴するのは落ちこぼれの俺の最大の強がりだった。

 

「ふふ―――、なにそれ…」

「暫くはこの家いるから寂しくなったらいつでもどうぞって意味。歓迎はしないけどな」

「してくれないの?」

 

上目遣いの彼女、こういう仕草ができるからこの身長も悪くないのではと告げたら脛を蹴られた。

痛い思い出を抱えてもなお、彼女のその視線は魅力的で自分はロリコンなのだろうかと考えてしまうときもあった。

 

それは今も変わらず、艶やかな彼女の瞳は俺を見て離さない。

だからこそ他とは違う、エリカだけ"特別視"して甘やかしてしまう。

 

「…まあ、エリカには緑茶と羊羹くらいは出してやるよ…」

 

そういうと彼女は嬉しそうに笑った。

お腹を抱えて嬉しそうに、涙は先ほどよりも溢れている。

 

甘え上手の矢野エリカ。彼女はひとしきり笑った後、俺にこう言った。

 

「そっか、じゃあたまには行ってあげないとね。大輔が拗ねるから」

「拗ねない」

「いいから、ほら小指出して」

 

二人で小指を繋いで繋ぎ合う。

ゆびきりげーんまーん、とエリカが歌う。気恥ずかしくなった俺もそれに合わせて歌いだす。

 

歌が終わると同時に、名残惜しそうにエリカは指を離した。

切なそうに微笑むと彼女は、もう一度だけ明るい天使のような笑みを見せた。

 

 

「約束だよ―――?」

 

それにはいはいと返しながら照れて下を向くころ、玄関のドアが開かれた。

バカっぽい声と、ナルシストのような男の声が聞こえたのち、俺の家は人で溢れかえった。

 

ぶち壊しにされたムードの中エリカを見ると、彼女は嬉しそうに笑っていた。

夕日がさして赤みががかった頬、その笑顔は見れただけでもういいかって、俺は思えた。

 

 

 

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