矢野さんが好きすぎて書いた小説   作:linda

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過去その二

「結局、お前とエリカってどこまで行ったわけ?」

「は―――はぁ!?」

 

ふと、久光の発した言葉に作業中だった俺は機材になりふり構わず立ち上がった。

幸いなことに現在の我が家には、俺と久光と大輔―――つまり女子はいないことになる。

 

不思議そうにこちらを見る二人にこめかみを抑えながら口を開く。

 

「あのな、俺とエリカは別にそんなんじゃない」

「またまた謙遜するなって、みんなもう知ってるから。なぁ、大輔」

「隠したいのは分からねえわけじゃねえけど、気づかねえならどんだけ鈍感だって話だな」

 

わけのわからない大人組の判断を俺は白い目で見つめる。

二つ三つ離れた年では、若い人間に夢を見たくなるのだろう。

 

にやにやとこちらを笑う二人を、二、三発殴ろうかと腕振り回し始める。

ぐるんぐるん、ぐるんぐるん。

 

「でも結局そうじゃないとして、あいつはお前に惚れてるだろ」

 

―――――ごちん。

 

反抗気味の大輔を無視しながら、自分は椅子に座り直す。

足が躓き、座った後でもペンを落とし、芯を砕き、楽譜を破く。

 

ついでにカップを掴み損ないコーヒーを久光の頭にぶっかける。

 

「おい、どうしたんだ。手が止まってるぞ」

「こっちの台詞だよ、馬鹿野郎」

「顔洗ってこい、頓珍漢」

 

二人に散々に言われながら、言われるがまま俺は席を立つ。

ついでにタオルもとってくるかと思いながら三回は転ぶ。

 

おいおい、と言いたそうな二人に対して、心からの一言をぽつり。

 

「―――――まじで?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、こっち―――――大輔っ」

「………おう」

 

いつからか呼び捨てになったその名前になんとなくこそばゆさを感じながら目前の女性を見た。

 

「買い出しくらい久光達が行けばいいのにな」

「まぁまぁ、私もこうしてついて行ってるんだし機嫌直しなよ」

 

自分の肩よりも低いその頭長、小さく人形のような顔には、装飾品のように輝く大きな瞳。

チャームポイントとまでにいつも頭で揺れていた二つの茶色の塊は今日は下ろされ大人びた印象を受ける。白いニットワンピースと黒いストッキング。茶色のブーティを身に着け少しだけおめかしした彼女は普通の少女で、女性で。

 

少女と形容しても何ら遜色ないと思っていた彼女は今日は少しだけ違う毛色をしていた。

素直に心の中でぽつりと、"いいな"と思ってしまいこれをそのまま伝えるべきか悩む。

 

「…いや別に買い出しに行くのが嫌とかじゃなくて」

「何、どういうこと?」

 

―――――"これからお前はエリカとデートをしてきてもらいます"

 

先刻のように告げられた言葉。

上から目線で命令のように語る久光達を、鈍器で殴って失神をさせた後こうして待ち合わせ場所に来た。

 

自宅にいた彼女は、勝手に俺から奪った携帯で電話をかけ無理強いをする久光達に従ってこうして目前にいる。電話の向こうで慌てる彼女の様子からなんて迷惑なと結論を出し彼らを止めたが、エリカはこうして来ている。

 

まあ、買い出しに行くのが嫌なんじゃなくて、お前と一緒にいるのが嫌なんじゃなくて。

誰かに強制されないと遊びにも誘えない自分が嫌なだけだった。

 

「―――いや、なんでもない。行こう」

「? まあいいけど」

 

そうやって歩き出す俺の後ろをエリカが着いてくる。

彼女の歩幅を考えて気持ちゆっくりと足を出し80センチ、彼女の心情を考えてもう一言付け足した。

 

「髪下ろすと大人っぽくていいな」

 

ぽかーんとしたエリカを他所に足を進める。

彼女がどんな顔をしているのかは分からない、もう振り返ってしまったので。惜しかったなもうちょっと見てればよかった。自分は言わずもがな真っ赤なのだが。

 

「―――――うん」

 

どんな顔をしているかはわからないが、きっと今日一日機嫌は良いだろう。

彼女だけでなく俺もそうであるはずだろう。

 

そうして二歩目は六十センチくらいの歩を刻んだ。

 

 

 

 

「磯川君は、何買って来てって言ってたの?」

「えっと、消耗品とかかな…。あとは今日は鍋作るらしいから材料よろしくとか言ってた」

 

ふーん、と前をエリカが歩く。街中のウィンドウを眺めながら二人並んで。

身長も距離感も変わらないのに、どうしてか今日は"それ"っぽい。

 

胸の中の甘ったるさを飲み込みながらその背中を眺めている。

奴らの先入観がある分、どうしてか彼女は魅力的で、一挙一動が新鮮に感じる。

 

通常通りに接することができない自分にあの言葉を忘れるように唱えるがそう簡単に消えるわけでもない。

確かに彼女は可愛くて面倒見が良くて、いい女なのだ。見ていなかったアンテナが変わったようなもの。

 

「どうかした?」

「―――いや、なんでもないとは思いたい」

「………割と大輔って少し変なこと言うよね」

 

そうだろうかと自問してやっぱり分からず、

 

「そうか?」

「いや、まあアーティストってそういうものなのかもね。私は大輔しか知らないけど」

「へぇ…、だったら俺だけかもな。俺も他を知らないけど。エリカ主観だし」

 

人とは違うことが自分の未来を幸せにするものだと思いたい。

俺だけが周りと違っているのなら売れてくれるはずなのだが。

 

言った俺にエリカは少し寂しそうな視線を向ける。

 

「…友達いないの?」

「お前は違うの?」

「………………………ちがわないけど」

 

むすっと機嫌が少し悪くなったエリカ。

何か気に触ったのだろうかと、胃が少しだけ痛む。胃薬も買っとこうと思った。

 

「何で間があるんだよ、心配になるだろ」

「いや………、なんかもう、いいよ」

 

少しだけ歩くエリカはやっぱりどこか怒っているようで。

それが理解しつつも何もできないから俺は臆病で、鈍感だって言われるのだ。

 

確たる証拠もない、俺は彼女がどうして怒っているのかということに確信が持てない。

 

「大輔っ、見てよこれ」

 

取り繕った表情、それとも本心なのか。

怒った表情は一切なく、どうしてか掴めなくなる。

 

もどかしくて、一度胸を強く掴んで、俺は彼女に従った。

 

 

 

 

 

 

街灯の下、暮れてきた日を眺めて俺たちはベンチに座る。

 

少し寒くなってきた季節。透明な息が空間を埋めていく。

隣どおしで座ったベンチ。荷物を下に置いて少し大きく息をついた。

 

「おっさんくさいよ?」

「ほっとけ、久々の外出は疲れるんだよ」

 

そうして瞼を閉じる。じんわりと疲れが体に広がっていく。

息を吐くたびに疲れが抜けるようで心地が良い。

 

「こもりがちだもんね。大輔の部屋が制作場所だし」

「ほんとだよ。俺にだってもっとやることはあるんだけどな」

「例えば?」

 

そう言われて目を開ける。

 

そうだな、と考えて特にやりたいこともなかったなと思って悲しくなる。

このまま何もないと答えるのは癪なので、お好みの答えでも返さなくては。

 

「まあ、例えばエリカの世話とかな」

「へ―――――ぷっ、なにそれ」

 

可笑しそうに笑うエリカに胸が締め付けられる。

締め付けるというより、掴みとられるような。

 

口元を隠しながら、彼女は知る限りで大笑いを上げる。

自分なりにできる限り考えたものを笑われるのは思うところがあり、悲しくなる。

 

「いや、ほら、もう仕事みたいになってるからさ」

「任せた覚えはありませんがねぇ。別に私は大輔に面倒みられなくてもいいんだよ?」

「え」

 

予想の上の答えに泣きそうになる。直接ではないがとても振られたような気分になる。

真っ白になった頭。割と一番仲が良かった自負と二人の罪人からの先入観があるだけになまじ厳しい。

 

「無理してるんだったら別に。ていうか私の方が世話焼いてるんだけど」

「そ、―――そうだったなっ」

 

いつもなら反論するところを、反復するような答え。

よっぽど心に余裕がなかったのだろう。喋りなれているエリカにすら緊張する。

 

そうして何分も、気が付けば一時間は経っていたのかもしれない。

浸って、浸って、浸って。その空気に空間に浸って、濡れて、噛みしめた。無言で、それでも心地悪いわけじゃなかった。彼女の隣が一番落ち着けて、一番胸が高鳴る。

 

冷たい指を、ベンチの傷に這わせる。

特に意味はなく、なんとなくその隙間に爪を差し込んだり、なぞってみたり。

 

もう数十センチ先にはエリカの小さな手があるが、その指もどこか手持無沙汰だった。

 

別に繋ぐ間柄でもないし、繋いでも特に何も言わない。

こうして座っていることに意味はなく、どちらかが行こうと言えばすぐに立ち上がる。

 

―――――"あいつはお前に惚れてるだろ"

 

大輔のそんな言葉に踊らされ、久光の策略に嵌められ。

それでもその言葉が気になって仕方なくて、どうして俺ばっかりに構うのかなと心は動機が止まらない。

 

「帰るか」

「―――うん」

 

それでも俺はそれを聞くこともできず、それでいいかと完結した。

じんわりと湿った手、緊張して粘つく口内の唾液。数度喉を鳴らしても結局答えは出なかった。

 

 

 

だからこそ、俺は彼女のその時の表情に気付かず、みすみす彼女にそんな言葉を告げる時間を与えてしまった。

 

埃を払うように数度腰辺りを叩き、大きく息を吸った。

ちらりと覗き見る彼女の顔は真っ赤で、染まって直ぐに消えた。

 

決意を決めたようにもう一度、時間が経ってその息は白く澄んでいる。

 

耳をふさぐ間もなく、買い物袋を左手に俺は足を踏み出していた。

彼女の歩幅に合わせた六十センチ、踏み出す足の前にふと俺の服を掴まれる。

 

"ちょっと待て"、と彼女の言葉はなくともそれが感じることができた。

だから俺もそれを平然と理解し、気づいていないふり。自分に彼女に嘘を吐く。何も知らない、分かっていない。俺はその意味を知らない。

 

それでも彼女は告げた、迷いを断ち切るように。

白い顔で、大人びたその視線を俺に向けて、ただ一つ―――

 

 

「私、―――――あんたのこと好きだから」

 

秋の多分十月くらいの季節、冷めた地面にどさりと音がした。




さすがに早かったかなと思いましたがこのままで。
矢野さんはとてもかわいいんですよ。
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