紙にペンを走らせる。耳にはヘッドフォン、特に音もなく繋いだアンプ、右手にはピック。
音をなんとなく奏でながら、設計図を埋めていく。浅く、浅くのめり込む。ゆっくりと、音の波に沈んでいく。
黒いインクが白い譜面を汚していく。汚すという表現はどうなのだろうと、表現者として疑問に思うのだが自分のセンスなんてそんなもの。大した詩も書けはしないし、平凡な音しか紡ぐことは出来ない。万人が振り返り、耳を止める声を刻むことは俺にはできない。
平凡なんだと分かっていても、自分を諦めるほど自分には甘くない。
とかなんとか、少しでも詩的に、詞的に、私的に心の中でつぶやくのだ。最大限頭を別次元に働かせてそうしていれば自然と曲ができるから。考えたってどうせ馬鹿だし、感じたことを投影するのが自分なりの歌の、曲の作り方なんだと思う。
右手で弦を弾きながらする様は少しだけらしいのだろうか。
形から入るロックミュージシャンとか、雰囲気だけのシンガーソングライターとか。そういうものなのだろうかなとかありふれた可能性は浮かんでくる。そもそも普段はこんなに別のことを考えたりはせず、集中するときはほかの音が入ってこないくらいには入り込む自信はある。
だからこそ、どうしてだと言えば彼女のあの声が思い出してしまうからだろう。
―――――あんたのこと好きだから。
ぐるんぐるんと頭の中を同じ言葉が反響する。
回りすぎて酔ってしまいそうになりながら、俺はその意識を平常に保つために頭を振る。
閉じた空間、少し寒いその中。
皆が帰った自室にて一人床に這いつくばる。
結局あの後何も返せず、家に帰って鍋食って解散した後もエリカは笑顔でいた。
俺もそうできるよう意識はしたが、きっとあいつの顔を見るときは真っ赤になっていたはずだ。
ラブソングは書いたことはあるが、恋愛の経験が豊富かと言われればそうでもない。付き合った女は二、三人で、たいした関係も築けないまま破局。灰色とは言わないがどこかずれた青春時代。今も青春であることに変わりはないが、それでもその場で簡単に返せるほど事情は甘くないし、俺の精神も普通じゃない。
現在進行で自身の心臓が脈打つことを感じる。目を瞑っても瞑っても瞼に広がるのはあいつの顔。
少し赤く染まったその頬。自分でもどうしたらいいのかはわからない。このまま付き合うという流れになるのか、はたまた自然に消滅するのか、断るのか。特に理由もないのに、特に意味もない。
それでも、これは真剣な事だと理解しているから自分の返答に悩んだ。悩んでいる。
「―――――ぐえ」
低く、うめき声を上げる。カエルのようでそれより低いゾンビのような。
その音は音楽科の生徒じゃなかったとしても最悪な物だった。
もう数度、逡巡したのちにどうしてかな、一つの結論が出るはずもなく。
それはとても哲学的で、魔的で、詩的だった。
「恋って、なんなんだろうな―――」
中学生のように純情なその問いに返す人は誰もおらず、部屋は静けさに満ちる。
口から出た言葉に途端に恥ずかしくなって、顔を赤らめて立ち上がる。
誰もいなくなった部屋、俺だけの世界。
異物と思っていたあいつらはいつのまにか自分の世界の一部になっていて、食って飲んで、騒いで。そうして解散。誰かがいるはずになったその空間から熱が失われていくことが、とても寂しく。冬に近いこの季節、冷えゆくその現実に怖くなった。あと数ヶ月で卒業、それが皆と、彼女との繋がりに思えて、俺はもう一度怖くなった。
十月、張り詰める月光、午前三時―――答え未だ出ず。
「大輔くんさ、うちら今度ライブあるんだけど見に来ない?」
そう同じ科の女生徒に言われたのはその次の日だった。
特に親しくもなく、何回か喋ったことがある程度、エリカたちとばかり遊ぶ俺にあまり同じ科の友人はおらず。気づいていないだけでもしかしたら一人もいないのやもしれない。下の名前で呼ばれるのここでは久しぶりで、自分が忘れているだけかと思ったがどうなのだろうか。
目前の彼女は、雰囲気として別段覚えているわけでもなく、目立たないルックスではないのだがやはり覚えはない。赤めに染め、片口ほどに伸ばされたその髪は似合っていると言えば似合っているが、染色を自分は好まないため痛んでいるその髪を見て少し幻滅をしたり。そこそこ高い身長に細身の肉付、センスの良い静かな服。美人と言って差し支えない特徴的な彼女をあまり覚えていないため、特別親しいわけでもないだろう。
寝不足の眼で、きっと顔には隈ができているはず、朝は鏡を見る暇も無かったと思いながら返答。
「えっと、ライブってまた、なんで俺に?」
「あはは、やっぱり」
苦笑いをする彼女に自分は少しだけ不思議に思う。
「やっぱり?」
「うん、割と去年からうちの生徒はそれぞれでバンド組んだりとかしてさ、それぞれのライブの時はみんなを誘ってたんだけど」
「へ、へぇ………」
「大輔くん一人でやってるし、アニメ科の子達と仲良かったからみんな忘れててさ」
衝撃の事実に自分はほんの少しだけ精神が擦り切れた気がした。
売り込みの何たるかとか分からず、ライブ慣れもせず。オーディションではどこか本気が出ず満足はいかず。
大音量で聞くその意味をあまり理解しておらず、好まず。ライブを見るよりは自分に費やすべきだとの持論は成功している彼女たちの理論で論破された。
目前の彼女の名前はいまいち思い出せないが、それでもそういうところで演奏をできるのならレーベルの人に眼をつけられやすいだろうし場馴れは出来る。自分と他との格差に自分は打ちひしがれる。あと忘れられてたのは心に来た。
「ま、まあ、今日の夕方からだからさ、よかったら来なよ。個人主催だし学校の演奏室借りるから。なんなら大輔くんも
「え」
「あ、いやみんな大輔くんの曲とか聞いたことなかっただろうし。私も個人的に聞きたいな」
それはなんだか、なんだろうか。
やらせていただけるのなら掴むのがアーティストなのだろうか。幸いなところ楽器は常日頃持ち歩くのだが、自分の曲はそういう場所向きではないバラード調ばかりで雰囲気を壊しかねない。
個人で仲間内でやるそういうものに異物が入るのはどうかとためらう心無きにしも非ず。
しかしながら、それはただの建前であり、本心はと言うと―――。
「是非、やらせてくれ」
退いたらただのバカ、だったらやるだけだろうと、少しばかりロックの何かを掴んだ気がした。
「そっか、じゃ今からリハでもしとこうか。音合わせくらいでいいから」
「だな、でもこんな飛び入りみたいなのって大丈夫なの?」
「うん、まあ多少オーバーしても許してくれるよ、多分」
そうやって笑う彼女は、苦労をしてそうで派手な見た目からは予想できないような面倒見の良さを感じた。少しだけあいつに似てて、現状の気まずさを紛らわせようとする俺は最低で、彼女にも彼女にも申し訳なかった。
「楽器、持ってきてる? 後ヘルプとかどうしようか」
そう彼女は俺のロッカーに立てかけたギターケースを見る。くたびれて既に糸くずとかが露見してて人に見せるのは少し恥ずかしいもの。中学から弾き続けそれでもまだ、同じ使い続けたアコースティックギター。メンテは怠っていないし古臭くは見えないが、もう数年も使い続けたもの。思い入れはあるが、変えなければという思いもある。
「大丈夫、いつもギター一本」
少しの寂しさを感じながら、そう笑う。誤魔化すように、そうすれば少しだけ何かが紛れた。
「―――そっか、じゃあ行こう!」
それを感じてか、彼女は気を遣うようにそう言った。やっぱり何か似ている。胸の奥がどうしてか痛んで、やっぱり似ている彼女に醜く、得体のしれないものを抱いた。ぞくり、と言わなければいけないこと、感じていることは昨日の段階で、もしかしたら常日頃から分かっていたのに、今は別のことを考えていたいと思った。
「ところで」
「なに?」
ずっと考えていた疑問があった。
「君、山田さんだっけ」
「小山だよ」
「大輔ってなんでモテないんだろうな」
磯川くんがそう言いだしたのは、昼のことで授業は既に終わりみんなで昼食をとっていた時だった。今日は少し早目に終わり、卒業制作の続きでもしようかと思っていた時だった。少々気まずい思いはあるが大輔を呼びに行ってそのまま移動、ご飯でも食べて解散。
ありきたりないつもの流れを想像しながら、私は弁当のトマトを口に含む。
「んだよ、嫌味か」
「お前じゃねーよ、顔良い方」
「それは暗に、俺が不細工だって言いたいのか、どうなんだ」
時々起る意思の疎通の障害。笹木大輔と平岡大輔、どちらも同じ読みで漢字も同じ。だったら苗字でいいではないかと思うのっだが磯川くんはどちらもそう呼ぶ。私が呼ぶのは笹木の方だが、互いには互いで名前呼びとかなんとか。
「なあ、そう思わないかエリカ?」
「―――、っ、なんで私に聞くかな」
突然の質問に、口に含んでいたお茶をのどに詰まらせ少し咽る。けほけほ、と数度咳をしていたら隣に座る友人も声を上げる。
「だってエリカ、一番大輔くんと仲良いじゃん」
「そうそう、昨日も一緒に出かけてたし」
磯川くんと畳みかけるように問いただされる。しかし待ってほしい、昨日のあれは間違いなくこの汗臭い男のせいであるし、大輔はしらないがこの隣に座る彼女もそれに一役買っている。
「それは―――、そうなんだけど………」
「まあぶっちゃけ顔は良いし、面倒見も悪くないからモテたっていいと思うんだけどな」
「そうだよ、もたもたしてると誰かに取られるんじゃないのかなー?」
どき、と胸が少し脈打った。それは別に取られてしまうという恐れではなくて、もうすでに私が行動を起こしており、それを彼女たちに黙っていたということ。少しだけの気まずさを感じながらお茶を含む。誤魔化すように少し残った弁当箱をかたずけながら相槌を打つ。
「あ、あー、うん、そうだね」
そう、大丈夫。全然動揺してない。あの後固まった大輔を引っ張って帰ったことも、恥ずかしくてあいつを見るときに無理矢理笑顔を作ってることも、今気取られないようにゆっくりと逃げ出そうとしていることも全く以て同様なんてしていない。
ゆっくりと、ゆっくりと、忍び足を開始する。幸い二人はあのバカのモテるモテないで一生懸命で、平岡くんは少しだけ拗ねて紅茶をしきりに啜っているから大丈夫だろう。
―――そう思っていた矢先に、鳴り響くのはマナーモードにしていなかった携帯電話。
声は出さなかったのだが、おかげで皆の意識が向いてしまう。
半ばやけくそ気味に携帯を開き、画面を確認すると絶賛話題中のアホからのメールだった。もしかして返事を―――いや、顔合わずに伝えるなんてありえない、とかなんだか乙女すぎてあほらしくなる思考に少し頭が悪くなった気を感じながらメールフォルダを開く。
いつもより少しだけ熱く感じる自分の顔を軽く扇ぎながら文章を読むと、それはお誘いのメールだった。
「大輔から?」
「なんで分かる」
「お前、顔めっちゃ赤いし」
くそ、と思いながら、文面をもう一度読む。簡単に要約して言葉に変える。
「今日、今からライブなんだって。よかったら来きてくれとか」
そういった後に、熱が冷めてくるともう一度熱がぶり返した。何故だか怒りがわいてきて、この文面からは少しも自分を意識していないというものがひしひしと伝わってきて。考えすぎかとは思うのだが、簡単には吹っ切れない自分がいた。
それでもまあ、―――来いって言っているのなら行ってやらないこともない。
惚れてしまった特権だろうか、私はみんなを連れて音楽科の階段を上った。
最近文字を書いていなかったのと、SHIROBAKOを見れていなかったのとでキャラ崩壊が起きているかもしれません。あまり怒らないでくださると私的には幸いです。
あと主人公をあんま嫌わんでやってください。