矢野さんが好きすぎて書いた小説   作:linda

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現代その二

「それで、弊社を希望された理由はどういったものでしょうか」

 

どこか堅苦しいというわけではなく、崩れたわけでもない。目の前にいるのは名前もよく聞くような一流音楽企業の面接官だった。セールスマンというような見た目ではなく、おしゃれに、けれども身ぎれいに激しく見えないような印象を与える。

 

出来る大人というか、実際に成功しているわけで。個室に通された俺はその一人の面接官をただ見ながら、言葉を発した。

 

「私は―――」

 

言葉に詰まる。喉から出そうと思った言葉は少しだけ固まって喉の中で行き止まった。うまく発せない。単純なこと何に、どうしてか理由も浮かばなくて。頭の上に疑問符が見える彼は、けれども穏やかな表情で俺を見た。

 

他には誰もいない、恥ずかしいのだろうか。これが本当にしたかったのだろうか。果たして本当にそうだったのだろうか。自信の持てない小さな声で発した言葉は、俺の耳にはうまく響かない。

 

「自分の想いを誰かに届けたくて」

 

きっとそう言った。そう、言った。

 

嘘だろうと言うほどに唇の感触はなくて、それでもきっとそう言った。そう動いた。心の底から俺はきっとそう思っていたのだ。用意していた言葉は、なんかもっと、こう社会人らしいそんな台詞。つい言葉を紡いだのならそれがきっと俺の本心なのだろう。

 

彼は別段驚くわけもなく、しかし少し気まずそうに俺を見た。頬を掻きながら、彼の視線は俺を捉える。驚きはしていないのだ、少しだけ落胆しているように見えるのは見間違いなのだろうか。

 

「あー、えっと…、参ったな。まるで詩のようだね」

 

表情はそのまま、変わらずに彼は続ける。

 

「まあ…、アーティストの、詩、いや曲を作る人間の会社だからね。僕らはそうじゃないけど、君はそれでうちに希望してきたわけだ」

 

頷く。強くは出来ない。どうしてかゆっくりと自信もなく俺はその顎を動かした。期待も無かった、なんとなくその先の言葉を知っているから。もう何回も言われたその言葉を知っている。

 

しっかりと彼は俺を見つめて、目を見て言うのだ(・・・・・・・)

 

「君の過去とかそういったものは知らないからね。だから一つだけ。それは―――本心かい?」

 

やはりというか、なんというか首は遅く、同時に放とうとした言葉も遅かった。彼はそれを受けると分かったように、悟ったように頷いた。もうすでに顔には真剣な表情しかなかった。

 

彼は席を立ち見下ろすように俺を見るのだ。

 

知っているのだその言葉を。何度も何度も。遊んできたわけじゃなかった。必死にやってきたことは一つだけはある。必死にギターを弾いた、心に響くような音を探した。それでも彼らには伝わらない、俺の夢はあくまでそういうものだと笑うよう。

 

いつしかその顔が笑みに見えてしまう。そんなはずはないのに。皆が俺をそういうように見ている気がしたのだ。

 

 

「―――そんなんじゃ(・・・・・)、止めた方がいいよ。君のそれは安っぽすぎる」

 

やはりというか、なんというか。放たれた言葉は何度も聞いたフレーズの一つだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういった世界だった、そういう社会だった、そういう人たちの集まりだった。

 

「大輔―――?」

「え?」

 

ふと、顔を上げると彼女の顔があった。金髪で、ツインテールで、小さい、女の子。もうそういった表現はいけないのだろうか。お互い二十を半ば過ぎた身、もう女性という表現が正しいのだろうが、何度見ても彼女のその体格は中学生のそれを想像させる。

 

「何か失礼なこと考えなかった?」

「……………いや、なんでもない」

 

そう、と言って彼女は少し酒を口に含んだ。少しだけ犯罪の匂いがするのだが彼女は成人している。よく分からないギャップが数年を越えて思い出す。

 

ビールの味が分かるようになって、仕事のきつさを知って。彼女はもう以前の俺とは知らない彼女になった。そもそも、以前を知っていたかとそうでもなかったかもしれない。

 

自分もジョッキを掴んでみるが、口につける振りだけして机に置いた。隣に座る彼女は騒ぎ出している皆から離れ二人端の方でで飲んでいる。ふと、顔を上げれば磯川が平岡をつかんで暴れまわっていた。叫んではいるが平岡もまんざらそうでもなく、口元は少し笑っていた。

 

自虐的に、それでも笑いに見えるように口を歪めてはみたが、鏡を見なくても下品に見える。

 

「なんか、懐かしいよね」

「…何が?」

「昔みたいでさ、最近少し吹っ切れたからかな。平岡くんも活き活きしてる気がする」

 

目を上げると、やはり彼は笑っていた。そういえばと一年前ほどにあった時は俺と似たような目をしていた。そういえばと思えるほど心は穏やかではなかったが。何もない自分のどうしようもなさが残って、服を掴んでいた。

 

笑ってしまえるのならよかったが笑うことは出来ない。まだ何も俺は見つけられずにいる。それが何かは分からないが、彼らに言われてきたことを探さないといけない。

 

「………、そうだな」

 

震えるように、それでも気取られないように出した声は、とても聞けたものではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぃー、じゃ、あえっと、二次会行く人ー?」

 

遠くで声が上がる。咽かえる夏の日。暑くて仕方がなく、もう早々に帰ってしまいたい気分だった。彼らに会って、彼女に会って、そうして得た感触は、どこか悲しいのだ。早くシャワーを浴びて洗い流してしまいたい。

 

止まってしまったのは俺だけなのだ。夢を追えなくなったのは俺なのだ。こぶしは握らなかった。力も入らないし、悔しがることさえ許されていないような気がした。

 

手を上げていくその中にはエリカの手も上がっていて、見ると磯川言わずとして平岡も無理矢理にと上げられていた。どこか少しほっとしたようなそんな気分で一歩後ろに下がった。

 

「あれ、大輔行かねえの?」

 

レーダーのように目ざとく俺をこいつは捉える。どうでもなく放っておいてほしい気分を堪えながら必死で笑顔を作る。下品なそれを彼らに見せるのは嫌だったが、綺麗に笑えなくなってしまってはどうすることもできないだろう。

 

「ああ、悪いな久光。昨日徹夜でさ、寝不足で倒れそうなんだ」

 

大丈夫か、と磯川が寄ってくるがそれを手で制する。そう言っておけば今日の汚い笑顔も少しは誤魔化せるだろう。心配される筋合いも無いのだから、と落ちるとこまで落ちていく自分に反吐が出た。

 

 

「それじゃ、そういうわけで。また今度」

 

踵を返して帰路に就く、後ろ手にさっそうと手を振る姿は映画のワンシーンのようか。馬鹿馬鹿しい思考、呆れを覚えながらも歩を進めていく。後ろが見えないから分かりはしないが彼女はどんな顔をしていただろうか。

 

分かりはしない、興味ももうあまりないのだから。

 

それが嘘だと分かっていても彼女への何かは数年経っても言うことはないだろう。俺はきっと、それを自覚してしまうのが怖いから。もう、どうしようもなくて、ただ何かそれが怖かっただけ。

 

月を眺めながら、何かを歌ってみた。

 

ちんけな、安っぽい、糞みたいな俺のそれはきっと届きはしないだろう。きっと叶いはしないだろう。願ってもいないのだから何が叶うとかそういう問題ではないが。蜃気楼のようにゆれる彼女()が、掴めなかった夢のようで腹立たしい。

 

住み慣れた町、もう何年も何年もここに住んでいる。変わらず、彼女に告白された公園のベンチは少し腐っているがまだどうにかはなるだろう。あの日あった傷が分からないほど塗装は剥げたし、もしかしたら別のものかもしれない。

 

座り込んで、大きく息を吐く。

 

季節は似ているが、咽かえるほどの暑さ。傍には誰もいない。街灯には数えるのは億劫な小さな虫が止まっている。風の抜ける音が木々を揺らして不気味に響いた。

 

「―――――こんなはずじゃなかったのにな」

 

もう音は響かない、声は出るのに空っぽのように消えた。あの時と変わらない音で俺は歌える。書ける。響くはずなんだ、変わっていないのならあの日(・・・)の音を俺はまだ残っているんだ。吐き出したいんだ。吐き出したいんだ。吐き出したいんだ。

 

ずっと胸の中には残っている音がある。けれでも世界がそれを認めない。許可してくれない。俺に歌わせてくれないんだ。歌いたくて、奏でたくて、響かせたくて、数年分もため込んだ俺のうめき声は、やはり聞けたものでもなかった。

 

八月、一人ぼっちの夜、午前零時―――――そうして俺の数年ぶりの同窓会は終わった。

 

 

 

「おっさんくさいよ?」

 

暗がりから声がした。見ると、こつこつと近づいてくる。街灯に照らされる顔は見るまでもなく、聞くまでもなく、雰囲気のようなもので分かる。そもそも声をする前からなんとなくそんな気がしていて、それでも独白は止まらなかったのだ。

 

「久々の外出は疲れるんだよ」

「こもりがちだもんね、ニートだから」

 

なんとなく、彼女の顔を見ることは出来なかった。どんな顔をしているのか、どことなく想像できてしまったので。声もどことなくそんな感じで、学生時代なら震えるように相手しただろうが、今はどうでもよかった。

 

「……二次会、行ったんじゃなかったのか」

「行こうとしたよ、でも大輔が寂しそうだったから」

 

そうして、彼女は蠱惑的な笑みを浮かべる。攻められるのが好きなわけではないのだが、しかしその笑みは背筋が凍るようでぞくぞくしてたまらない。どうしてか手を伸ばしたくて、でもつまらない何かが頭をよぎって、薄く笑うことしかできない。

 

「寂しがってない。元々息苦しかったんだ」

 

軽薄なのだ。最低の自己評価。言われ続けて死んでいるのではない、きっと根っから俺はそういうものだ。だから響かない。届かない。随分と小さくなってしまった。

 

弾けない、もう俺の指はあれを弾くことができるだろうか。触ることを許してくれるだろうか。

 

「痩せたね…、ちゃんとご飯食べてるの?」

「…まあ、バイトはしてるから食ってはいるよ」

 

柔くなった指の先、豆なんて欠片もありはしない。随分と、そう随分と綺麗になった。それは俺の指先もであるし、彼女でもある。違うか、俺の指は醜くなった。醜悪で、穢れて、普通の何かへと変わったのだ。成長した彼女と、堕落した俺。釣り合わあい、釣り合いたくもない。

 

「どうせ、まともなもの食べてないんでしょう」

「そうでもないだろ、コンビニ飯はうまいんだ」

「……全く、しょうがないなあ」

 

強がりを放っても、薄く残る。

 

「作ってあげるから、まだあの部屋にいるの?」

 

何故か、声が出せなくて。

 

「聞いてる、大輔? 作り置きしてあげるからスーパー寄っていこ。まだ開いてるでしょう」

 

その言葉が、まだそこに留まっているのかと。どうしてか取れてしまって。

 

「面倒見てあげないと、大輔拗ねるから―――って、このやり取りも久しぶりだね」

 

「―――放っといてくれ」

 

言葉は、正直だ。頭の中いろいろ考えてても、一言は余計なもの引っこ抜いて大事なとこだけ伝える。重要だ、とても大事だ。作詞をしたって報われない。俺の表現はチープだから。作曲は良いって言われた。バラード調のスローテンポ。どうしてか激しい音は生み出せず、彼らは俺から楽譜を作ることは許すのだ。俺もそれに乗っかって、声を出すことを止めるのだ。

 

「………え?」

 

エリカが声を上げても返せないのだ。見ることもできないのだ。そんな人間に成り下がってしまったから。楽しいと思えない、作業のように音を紡ぐ。悔しくて、悔しくて、悔しくて。

 

たまに曲を書いては俺じゃない奴に提供する。そうしないと生きてはいけないから。縋りついていないと音を出すこともできなくなる気がしたから。作曲としては名は残る。ゴーストライターというわけではない。けれども俺は自分で歌いたいのだ、どうして歌いたいのかはわからないのだが。

 

「もう、いいんだ。構ってくれなくて。そうされたいわけでもなく、そうされるべきでもないから」

「…どういうこと」

「だからもういいんだって。惰性で構うな。放っておけ、俺は安っぽい男だ」

 

一歩後ろに下がる。俺は理解して立ち上がった。彼女の眼を見る。ひどく濁った瞳で彼女を見る。

 

「あの時の返事、してなかったよな」

「―――え?」

 

横を通り過ぎるように、声を放つ。

 

きっとそれが最善だ、掴めない夢は捨てろ諦めろ。どうして目指しているのかもわからないくせに語るのはおこがましいだろう。尽きた、あの時から、固まったまま、惰性で続けていた何かが壊れていく。

 

摩耗して、崩れて、もう何かが限界だった。何もかも破壊したくて、消し去ってしまいたくて。

 

「俺とお前は釣り合わないよ、付き合わない。絶対に」

 

だから、彼女との関係をぶち壊したのだ。

 




途中の描写がなくて軽いと言われることがよくあって、でもそこまで深く書いていると文字がすごいことになりそうだったので。あとこのくらいが自分の性にあってまして。

理解不能ですみません。
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