矢野さんが好きすぎて書いた小説   作:linda

9 / 9
映画化記念にすこしだけ書いていたものを投稿します。
ちっとも話進んでないですが、これから時間があるときに書いていけたらいいと思っています。



過去その五

笹木、と俺を呼ぶ声がする。

 

「君が、好きだったんだよ」

 

見なくてもそれが俺の番だったからで、何のことではない。何のことではないのだ。それが当然で期待がこもった声だった。知らない声、あまり聞いたことがない声。様々が俺を期待し、急かし、待っていた。

 

「好きでした」

 

がつん、と頭を殴られた気がして。視界が少し暗くなった。

 

どくん。

 

鼓動が脈打つ。息はまるで獣のように荒くなってきた。視線を逸らせなかった。その視線を、俺は逸らせなかった。後ろから、彼女がいると分かる。ずっといたのだから。

 

笹木、と呼ぶ声がする。

 

急かしている。もう一分は経っているのではないだろうか、時間を忘れてしまうほどに。彼女がいる。彼女がいる。彼女がいる。すぐそこにエリカ(彼女)がいる。

 

小山(彼女)が俺を見あげている。それがどうということではなかったけれど。うしろのあいつが見ていることもどうということではなかったけれど。俺がただ震えていることもどうということもなかったけれど。ただすべてがどうでもよかったのだけれど。

 

笹木。笹木。笹木。笹木。

 

四人が名前をよんだ。待ちきれないと俺を呼んだ。

 

笹木。笹木。笹木。

 

何度も何度も俺を呼んだ。知らず足は向く。歩き出す。

 

―――――大輔、好き

 

「―――うるせえよ」

 

何ともなしに呟いた。何か少しだけ壊れそうで、脆かった俺は何ともなしに呟いた。そうしないと歌う気は起きなかった。歌える気はしなかったけれど。立ち続けることもできる気はしなかったけれど。

 

震えて崩れそうになる体はまだ立っていて、気分が悪くなった。音はないけれど、照明が眩しく感じる。視界の端を霞めていく光。嫌な汗が一つ、ぽとりと落ちた。

 

「大輔?」

 

声がする。大輔の声だった。どうしてか、それで思考は少しだけおさまった。久光の声も聞こえたような。どっちでもよかったと思う。よくはなくて、本当は聞こえたらいいなという願望があって。

 

足を進める。視線は自然と逸らした。

 

 

ステージには椅子が一脚。マイクスタンドが二本、ご丁寧に準備されている。薄暗い照明。そこまで気にはならなかった。考える余裕はなかった。考えるといけないような気がした。

 

椅子に座ってマイクを調節メインは少しだけひねってみて。座高の高さは八十センチ、うまいこと届く。

 

相棒を体の前に。もう一本を少し下げた。軽くチューニングをして鳴らしてみる。歓声が少しだけわいた、ような気がする。目の前には何もいない。いることはない。

 

足を組もうかと思案して、今日は何を弾くのだったかと、思案した(・・・・)

 

汗が、ぽたりと落ちていく。ぽたり。ぽたり。ぽとり。

 

後ろには何もいない。音は響いてこない。ギターと、俺と、みんな。

 

何もいない。何もいない。誰もいない。俺はソロだからそれで正しいのだ。右手を持ち上げて、弦をはじいてみる。弾くけれど音が鈍い。断続的に響く音色が歪だった。

 

足を組まないと、弾きづらい。右足が上がらない。しょうがなく組まないことにした。ボディが歪で弾きづらい。けれど足は上がらないし、足置きはなかったし。出来ないことはないし。マイクの位置がずれる。修正するけれど、右手でいじってしまいピックが落ちた。拾おうと手を伸ばすと、視界が動く。反転するように動く。

 

音が派手におきて、耳障りな金属音。一瞬の浮遊感。衝撃を受けて息を吐き出す。

 

体の背面に感触がある。指先に固い感触。呆然と転んだことを理解する。頭はだらりと倒れており、きっと無様に見えただろう。息をもう一度、吐きだして。

 

視線が上を向く。正確にはステージの後ろ。バンドであるならばそこには楽器が置いてる。俺はソロだからそんなことはない。右を見る。何もいない。何もいない。

 

しん、と止んだ教室を声が飛び交う。揺れるような感覚。頭の後ろから伝わってくる。高い音だった。耳に入る。よく入る。よく知っている。響くの高い音。染み入る彼女の声。

 

私、―――――あんたのこと好きだから

―――――大輔、好き

好きでした

 

それは苦しげで、細められた視線が射貫く。それでも漏らす。心耐え切れずに漏らす。ごめんなさいと声を出して、俺の声は霞のように消えていく。届くことはないから、ずっと溢れている。

 

うるせえよ、うるせえよ、うるせえよ。

 

壊してしまった絆がある。受けられなかった想いがある。惨めに拭った思いがある。離れられない願いがある。それでも好きだった。全力で駆け抜けて好きだったのだ。否定したくとも消えてはくれない。

 

目前には女がいる。よく知ってる女がいる。全く知らない女がいる。好きだった人がいる。今の彼女がいる。頭の中真っ白で視線を虚空へさまよわせる。ぐるりと回って視界の端。

 

伸ばした手は空を切る。その手はもう届かない。この手はもう届かない。はじくギターの音。すっきりとしみわたって消えていく。呆然と馬鹿みたいだって思った。

 

歌う気はしなかった。歌える気はしなかった。世界の音が野次のように聞こえてきて、吐き気が思考を埋め尽くす。あるまじき人間性。無様。無様。無様。

 

意識は遠く掻き消えそうで、ゆっくりと瞼を閉じる。

 

視界の隅では別の女が笑ってて、誰かに似ているような気がした。

 

 

 

瞼を開けた。

起き上がって何でもないように椅子に座る。

 

皆は怪訝そうに見ている。

 

もう、慣れた様な気がする。(・・・・・・・・・・)

 

ゆっくりと呼吸を整え、空気を数える。一つ、二つ、三つ。

タイミングが合わなくて、一瞬息をのんで、そうして弦を弾いた。

 

音は鳴った。よくわからなかった。ぐちゃぐちゃだ。

 

エリカが見える。俺を見つめていた。俺もエリカを見つめた。でも照明が眩しくて、部屋が暗くて見えなくなった。どんな表情をしているのか。ここに鏡でもあればよかった、歪に笑う俺が見えるのに。

 

ゆっくりと口を開いた。

 

視界の隅で小山が見えた。どうしてか、悲しそうな顔が見えた。滑稽だったのだろうか。だったら笑えよって話で、どこか勘違いをしたまま俺を歌った。

 

 

―――――ひどい演奏だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。