ちっとも話進んでないですが、これから時間があるときに書いていけたらいいと思っています。
笹木、と俺を呼ぶ声がする。
「君が、好きだったんだよ」
見なくてもそれが俺の番だったからで、何のことではない。何のことではないのだ。それが当然で期待がこもった声だった。知らない声、あまり聞いたことがない声。様々が俺を期待し、急かし、待っていた。
「好きでした」
がつん、と頭を殴られた気がして。視界が少し暗くなった。
どくん。
鼓動が脈打つ。息はまるで獣のように荒くなってきた。視線を逸らせなかった。その視線を、俺は逸らせなかった。後ろから、彼女がいると分かる。ずっといたのだから。
笹木、と呼ぶ声がする。
急かしている。もう一分は経っているのではないだろうか、時間を忘れてしまうほどに。彼女がいる。彼女がいる。彼女がいる。すぐそこに
笹木。笹木。笹木。笹木。
四人が名前をよんだ。待ちきれないと俺を呼んだ。
笹木。笹木。笹木。
何度も何度も俺を呼んだ。知らず足は向く。歩き出す。
―――――大輔、好き
「―――うるせえよ」
何ともなしに呟いた。何か少しだけ壊れそうで、脆かった俺は何ともなしに呟いた。そうしないと歌う気は起きなかった。歌える気はしなかったけれど。立ち続けることもできる気はしなかったけれど。
震えて崩れそうになる体はまだ立っていて、気分が悪くなった。音はないけれど、照明が眩しく感じる。視界の端を霞めていく光。嫌な汗が一つ、ぽとりと落ちた。
「大輔?」
声がする。大輔の声だった。どうしてか、それで思考は少しだけおさまった。久光の声も聞こえたような。どっちでもよかったと思う。よくはなくて、本当は聞こえたらいいなという願望があって。
足を進める。視線は自然と逸らした。
ステージには椅子が一脚。マイクスタンドが二本、ご丁寧に準備されている。薄暗い照明。そこまで気にはならなかった。考える余裕はなかった。考えるといけないような気がした。
椅子に座ってマイクを調節メインは少しだけひねってみて。座高の高さは八十センチ、うまいこと届く。
相棒を体の前に。もう一本を少し下げた。軽くチューニングをして鳴らしてみる。歓声が少しだけわいた、ような気がする。目の前には何もいない。いることはない。
足を組もうかと思案して、今日は何を弾くのだったかと、
汗が、ぽたりと落ちていく。ぽたり。ぽたり。ぽとり。
後ろには何もいない。音は響いてこない。ギターと、俺と、みんな。
何もいない。何もいない。誰もいない。俺はソロだからそれで正しいのだ。右手を持ち上げて、弦をはじいてみる。弾くけれど音が鈍い。断続的に響く音色が歪だった。
足を組まないと、弾きづらい。右足が上がらない。しょうがなく組まないことにした。ボディが歪で弾きづらい。けれど足は上がらないし、足置きはなかったし。出来ないことはないし。マイクの位置がずれる。修正するけれど、右手でいじってしまいピックが落ちた。拾おうと手を伸ばすと、視界が動く。反転するように動く。
音が派手におきて、耳障りな金属音。一瞬の浮遊感。衝撃を受けて息を吐き出す。
体の背面に感触がある。指先に固い感触。呆然と転んだことを理解する。頭はだらりと倒れており、きっと無様に見えただろう。息をもう一度、吐きだして。
視線が上を向く。正確にはステージの後ろ。バンドであるならばそこには楽器が置いてる。俺はソロだからそんなことはない。右を見る。何もいない。何もいない。
しん、と止んだ教室を声が飛び交う。揺れるような感覚。頭の後ろから伝わってくる。高い音だった。耳に入る。よく入る。よく知っている。響くの高い音。染み入る彼女の声。
私、―――――あんたのこと好きだから
―――――大輔、好き
好きでした
それは苦しげで、細められた視線が射貫く。それでも漏らす。心耐え切れずに漏らす。ごめんなさいと声を出して、俺の声は霞のように消えていく。届くことはないから、ずっと溢れている。
うるせえよ、うるせえよ、うるせえよ。
壊してしまった絆がある。受けられなかった想いがある。惨めに拭った思いがある。離れられない願いがある。それでも好きだった。全力で駆け抜けて好きだったのだ。否定したくとも消えてはくれない。
目前には女がいる。よく知ってる女がいる。全く知らない女がいる。好きだった人がいる。今の彼女がいる。頭の中真っ白で視線を虚空へさまよわせる。ぐるりと回って視界の端。
伸ばした手は空を切る。その手はもう届かない。この手はもう届かない。はじくギターの音。すっきりとしみわたって消えていく。呆然と馬鹿みたいだって思った。
歌う気はしなかった。歌える気はしなかった。世界の音が野次のように聞こえてきて、吐き気が思考を埋め尽くす。あるまじき人間性。無様。無様。無様。
意識は遠く掻き消えそうで、ゆっくりと瞼を閉じる。
視界の隅では別の女が笑ってて、誰かに似ているような気がした。
瞼を開けた。
起き上がって何でもないように椅子に座る。
皆は怪訝そうに見ている。
ゆっくりと呼吸を整え、空気を数える。一つ、二つ、三つ。
タイミングが合わなくて、一瞬息をのんで、そうして弦を弾いた。
音は鳴った。よくわからなかった。ぐちゃぐちゃだ。
エリカが見える。俺を見つめていた。俺もエリカを見つめた。でも照明が眩しくて、部屋が暗くて見えなくなった。どんな表情をしているのか。ここに鏡でもあればよかった、歪に笑う俺が見えるのに。
ゆっくりと口を開いた。
視界の隅で小山が見えた。どうしてか、悲しそうな顔が見えた。滑稽だったのだろうか。だったら笑えよって話で、どこか勘違いをしたまま俺を歌った。
―――――ひどい演奏だった。