この世界の中心は、   作:ルニャス

15 / 27
かけがえないスープ

 ユリウスとルドガーが公園に出たところで、坂道を登ってくるミラの姿が見えた。

 「…………ミラ?」

 「……ルドガー……ユリウス、貴方も一緒なのね」

 ミラは、ルドガーとユリウスの前で足を止めると、弱々しい声で言った。

 いつものミラらしくない。

 戸惑うルドガーに代わって、ユリウスが尋ねた。

 「何か問題があったのか?」

 「…………エルが、食事をとろうとしないの」

 「エルが? 何か、あったのか?」

 「…………エルのパパが……亡くなったの」

 「っ」

 ずっと探していた父親が死んだ。そのことを聞かされたルドガーは、まるで我がことのようにショックを受けた。思わず数拍言葉を失ったが、心配なのはエルだ。

 「……それで、エルは……?」

 「……部屋に、引きこもっちゃって……スープを作ったんだけど……」

 そこでミラは言葉を止めた。

 宿屋の部屋に引きこもってしまったエルを何とか食堂に呼び、ミラが作ったスープを食べさせようとしたのだが、「こんなのパパのスープじゃない!」とひっくり返されてしまった。

 ミラもショックだったが、エルもまた表情を強張らせ――そして再び部屋に引きこもってしまったのだ。

 それでもめげずに傍にいようとしたのだが、エルにも余裕はない。「会いたくない、話したくない、どっか行って!」と追い払われてしまった。

 それに動揺したミラはふらふらと宿屋を出て、気がつけばトリグラフ行きの列車に乗っていて――そうして無自覚のまま、ルドガーのところに来ていたのだ。

 「――ミラ。大丈夫だよ」

 「……ルドガー……」

 優しい声と共に肩にそっと手が置かれ、ミラは俯けていた顔を上げた。

 ルドガーが、優しい微笑をミラにむけていた。

 「今は、ジュードたちが一緒なんだろう? 一人じゃないなら――大丈夫。きっと、乗り越えられる。俺も、そうだったから」

 そういって、ルドガーはユリウスを見た。

 「ルドガー……」

 ユリウスは胸が詰まった。

 ルドガーは、自分の母親の死を、一人じゃなかったから――ユリウスが傍に居たから乗り越えられたと、そういってくれているのだ。

 その気持ちが嬉しいと同時に――ユリウスの罪悪感が刺激される。

 ルドガーの母親が亡くなった頃は、まだユリウスは自分のことで手一杯で、己の不甲斐なさに自暴自棄になっていた頃でもある。ルドガーに感謝してもらえるほどルドガーの面倒を見ていたとは、どうしても思えないのだ。

 むしろ、ユリウスのほうこそ、その時ルドガーから貰った優しさで救ってもらったのだ。

 どこまでも優しいルドガーは、ユリウスに微笑みかけてから、再びミラに向き直った。

 「だからミラは、またスープを作ってあげるといい。食べなかったのを後悔するくらい、とびっきり美味しいスープをさ」

 そして茶目っ気を見せて片目を瞑って見せれば、ミラもつられるように微笑んだ。

 「……ええ。そうね」

 頷いて――そこでミラは、ふと考えた。

 エルの父親であるヴィクトルは、十年後のルドガーである。ならば、ルドガーも十年すればヴィクトル並みの腕前にはなるはずで……現時点でも、ヴィクトルのスープに一番近いのではないかと。

 「――……ねえ、ルドガー、あなたが……」

 「――いや、それはやめておいたほうがいいんじゃないか」

 ミラの言葉を、ユリウスが遮った。

 「それは、酷かもしれない」

 「……そう、ね。……そうかもしれないわ」

 ミラも頷いた。ヴィクトルのスープに近いことが、エルを喜ばせるのか、悲しませるのか、予測が出来ない。

 「……? 二人とも、何分かり合ってるんだ?」

 ユリウスとミラの以心伝心ぶりに、ルドガーは蚊帳の外の気分で少しばかり不貞腐れた。

 「……ふふ、秘密」

 存外子供っぽいルドガーの反応に、ミラは笑みをもらした。

 そして――ようやく、気持ちの切り替えが出来そうに思えてきた。

 腰に手をあて、胸を張る。

 「――いいわ。私が、一番のスープを作ってみせるんだから!」

 ミラの決意表明に、ルドガーが拍手を送った。

 「おう、その意気だミラ。何か必要なものがあるなら、俺も協力する」

 「あら、頼もしいじゃない。……そうねえ、それじゃあ、熊がどこにいるか知らない?」

 「は? 熊? 熊って、もこもこの?」

 「もこもこって……まあ、そうね。その熊よ。熊の手って、高級食材で、いい出汁が取れるのよ。貴方だってコックなんだから、聞いたことくらいあるでしょ?」

 「確かに、聞いたことはあるけど……実際どんなものかは……」

 「なら、いい機会じゃない。ちゃんとおすそ分けしてあげるから、とっとと答えなさい。知ってるの? 知らないの?」

 「ええー……ユリウス?」

 ミラに詰め寄られたルドガーは、困ってユリウスをみた。

 ルドガーのSOSを受けたユリウスが、GHSを操作してさくさくっと情報を集める。

 「……どうやら、街道に目撃情報があるらしいが」

 「街道ね? よっし、それじゃあ行くわよ!」

 「……行くって、俺も?」

 「当然でしょ。今、協力するっていったばかりじゃない」

 「いや、そうだけど……」

 何だか釈然としないルドガーが、どうしてこうなった? と首を傾げれば、ユリウスが口を挟んだ。

 「熊狩りくらい、一人で出来るだろう」

 「出来るわよ。でも、移動時間が退屈じゃない。折角だから料理の情報交換でもしたほうが有意義でしょ?」

 「…………はあ、わかったよ」

 抗弁は無意味だと悟ったルドガーは、溜息と共に頷いた。

 「じゃあユリウス、俺ちょっと行って」

 「――まて、ルドガー。俺も一緒に行こう」

 行ってくる、と言い切る前に同行を申し出られて、ルドガーは目を瞬いた。

 ミラ探しの同行といい、熊狩りの同行といい、今日は珍しいことが続く日だ。

 「ユリウスも? なんで? ……熊の手食べたいのか?」

 働かざるもの喰うべからずの精神かと、ずれたことを言い出すルドガーに、ユリウスは苦笑した。

 「お前が作る料理なら、何でも食べたいが……一応ギガントモンスターの情報だからな」

 弟の身を案じる優しい兄の言葉は、しかしミラの癇に障ったようだ。

 「……何よ。私が一人で行く分には構わなくて、ルドガーが加わった途端不安なの?」

 「ああ。君一人ではルドガーを守りきれないんじゃないかとね」

 喧嘩腰に睨み上げてくるミラに、ユリウスはノータイムで返した。

 「……言ってくれるじゃない」

 その言葉を侮辱と受け止めたミラの声が低まる。

 「いや、ユリウス、そもそも俺がミラに守られるって……」

 両者の間に火花を感じたルドガーは、場の雰囲気を変えられないかと、とりあえず突っ込みをしてみた。

 「守れるわよ! 連れに怪我させるほど素人じゃないわ!」

 「って、守る気満々!?」

 「戦場に絶対は無い。一人で出来るというのなら、一人でやればいい。俺はルドガーを守るだけだ」

 「~~っいいわよ。なら好きにすればいいじゃない! ついて来たけりゃ来なさいよ!」

 「ああ。そうさせてもらう」

 腕組みをしてぷい、と顔を背けるミラに、淡々と頷くユリウス。

 「……このブラコン」

 「たった一人の弟を大事に思って何が悪い」

 悔し紛れの言葉にも大真面目に返されては、お手上げだ。

 ミラはもう、ユリウスには構わず、ルドガーを見遣った。

 「……ったく。……大事にされててよかったわね」

 「……守られるのは確定なのか……俺、腕にはそこそこ自信があるのに……」

 「? 何ぶつぶつ言ってるのよ? ――さあ、行くわよ、熊狩り!」

 何故だか暗い影を背負った感じのルドガーを急きたてて、ミラは街道目指して歩き出した。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。