「え!? エルが行方不明!?」
マクスバードへ向かう途中、ジュードはレイアからの連絡を受けて驚いた。
レイアとアルヴィン、そしてエリーゼと一緒に、マクスバードのリーゼ港ホテルに残っていたエルが、突然姿をくらましたのだという。エルのGHSにも繋がらない。
なのでレイアは、GHSに詳しいユリウスに、位置情報を調べて欲しいというのだが――
「……ごめん、レイア。こっちもちょっと立て込んでるんだ」
今のユリウスは、エルの位置情報を聞けるような状態ではない。エルも心配だが、ルドガーのほうが、より危険度が高いだろう。
どういうこと、と問うレイアに簡単に説明すれば、すぐにエレンピオス港に渡ってリドウとルドガーを探しておく、という話になった。見つけ次第、ルドガーを救出して連絡をいれる手筈になったのだが、結局、レイアたちからの連絡が入ることはなかった。
そして――
「ルドガー!」
「ユリウス……!」
ユリウスがマクスバードに駆けつければ、埠頭の一角に、リドウに拘束されたルドガーを見つけた。手を後ろに縛り上げられたルドガーは、ユリウスたちが姿を見せた時点で膝をつかされる。
「お早いおつきで、副社長殿」
リドウが慇懃無礼に一礼してみせる。その言葉も動作も、ユリウスを苛立たせた。
「リドウ、ルドガーを離せ!」
「離してもいいが……条件は、わかってるんだろうな?」
「…………」
リドウの要求に察しがついているユリウスは、ぎり、と歯噛みした。握った拳が怒りで震える。
「何が望みなのよ!」
「おやあ? そちらさんがたはまだ何も聞いてないのか? 暢気なものだねえ」
「どういうことですか!」
「カナンの地に行くためには、道標をそろえた後、優秀な骸殻能力者を生贄に、魂の橋をかける必要があるってことさ」
「っ優秀な、骸殻能力者を生贄……それって……」
ジュードはユリウスを見た。ジュードが知っているのは、一人だけだった。
「そう。ちなみに、現在橋になれそうなのは、ビズリー社長とユリウス副社長。そして俺ってとこか。ああ、確認して無いけど、弟君はどうかなあ? あの人の息子だし、資質としては十分そうじゃないか? どう思う? お兄ちゃん」
リドウは手にしているメスを、これ見よがしにルドガーの頬に当てた。
「っ止めろリドウ! ……ルドガーでは無理だ」
「へえ、本当? ま、俺はどっちでもいいんだけど? 駄目だっていうからには、お兄ちゃんが橋になってくれるってことだよな?」
メスは、ルドガーの頬に傷をつけた後――首筋に動いた。頚動脈でぴたりと止まる。
「――ああ。俺がなる」
「ユリウスさん!?」
「ちょっと、貴方本気なの!?」
ユリウスの言葉に、ジュードとミラが色めきたった。
「……ユリウス……」
しかしユリウスは、傍の二人の声ではなく――ルドガーの囁くような声にのみ、意識をむけていた。
駄目だ、とメスが据えられているにも関わらず首を振って訴えるルドガーに、ユリウスはこんなときだというのに、穏やかに微笑みかけた。
「……俺が橋になる。ルドガーを離せ、リドウ」
ユリウスは、リドウに――いや、ルドガーにむけて、一歩を踏み出した。
「おっと、近づくなよ。お前が橋になるのが先に決まってるだろう? ちゃんと役目を果たしたら、解放してやるよ」
「…………っ」
そんな保証がどこにある、と怒鳴り返したくなったユリウスだが、ルドガーが人質に取られている現状、口答えは賢明ではないと耐えた。
ユリウスは――己の剣を、首筋に当てた。
「ユリウス、止めろ! 止めてくれ!!」
「……ルドガー、目を閉じていろ」
嫌な光景を見ることはない。
そう告げて、ユリウスは刃を――
「っユリウス! ――っ!」
そこでようやくルドガーは、隠し持っていたナイフで、手を縛るロープの切断に成功した。これは、鳥の羽アクセサリー――以前、友人たちといったドヴォールのバザーで買った――に仕込まれていたものだ。不要と思っていた機能がまさかここで役立つとは、世の中、何が幸いするかわからないものである。
ルドガーは、両手が自由になるやいなや、すぐ傍にあったリドウの膝を、渾身の力で殴りつけた。
「ぐ!? お、前……っ!」
ルドガーはノーマークだったリドウは、完全に不意を衝かれてぐらついた。
「ルドガー!?」
「今だ!」
その隙を、ジュードたちは逃さなかった。
合流したレイアたちも加わって、体勢を崩したリドウに容赦なく打ちかかり、制圧する。
「……っくっそおおお、こんな、こんなところで、俺は……!」
「ルドガー、無事か!? 怪我はないか!」
リドウの叫びは無視して、ユリウスはルドガーの元に駆け寄った。
ルドガーはリドウに一撃喰らわせた後、エリーゼとティポの誘導で戦闘範囲から離されていたのだ。
「ああ。俺は大丈夫……ごめん、ユリウス。迷惑かけて……」
しゅん、と俯くルドガーの頬には、一筋の血。ユリウスは、それをそっと指で拭った。
「……いや、お前が無事ならいい……」
「……ん」
小さく頷くルドガーの頭に、ユリウスは、ぽん、と優しく手を置いた。
「……ったく。世話焼かせないでよね」
「ミラも……ジュードたちも、有難う」
「ううん。ルドガーが無事でよかったよ」
申し訳なさそうにお礼を言うルドガーに、ジュードは笑いかけた。
「……でも、ユリウスさん。橋って……本当に?」
「――そう。リドウの言うとおり、カナンの地に行くためには、魂の橋が必要だ」
ジュードの躊躇いがちな質問に答えたのは、ユリウスではなかった。
「ビズリーさん!」
「……チッ。もうきたのか……」
ガイアスらに拘束されているリドウは、ビズリーの姿を見て忌々しげに吐き捨てた。
「手間をかけさせたな。……ほう、君が、ユリウスの弟か……」
「……?」
ビズリーに意味ありげな視線を向けられて、ルドガーは小首を傾げた。
「君の兄さんには、助けてもらっているよ」
「あ……いえ、こちらこそ、兄がお世話に……」
「ルドガー」
ルドガーの返答を遮って、ユリウスがビズリーとの間に立ち塞がった。ビズリーの視線から、ルドガーを隠すように。
「……」
礼儀にはうるさいユリウスが、あからさまに警戒している。いや、敵視しているといってもいい。
そのことが、ルドガーの警戒心をも呼び起こした。
「――ふふふ。まあ良い。……さて」
兄弟の様子に笑みを漏らした後、ビズリーはリドウを見下ろした。
「……はっ。おい、いいのか? 橋を架けちまって」
リドウはビズリーにではなく、ジュードたちに向けていった。
「……良いも何も。かけなきゃカナンの地にいけないじゃない」
「は。甘っちょろいお前たちのことだ。オリジンに分史世界消滅を願う、なんて建前を信じてるんだろ?」
「――リドウ」
「っどういうことですか?」
ビズリーは黙っていろというようにリドウの名を呼んだが、既にジュードが食いついていた。
ここぞとばかりに、リドウが暴露する。
「ビズリーはそんなこと考えちゃいないぜ! こいつが考えているのは、全ての精霊を人間の支配下に置くこと! 精霊を意志のない道具にすることだ!」
「な……ビズリーさん! それは本当ですか!?」
「……分史世界の消滅は、精霊どもに命じてさせる。世界の危機は救われる」
確かに、ビズリーは世界の危機を救うつもりではあるのだ。
ただ、その方法が、ジュードたちの理想とはかけ離れているだけで。 「だからってそんな……!」
精霊と人間の共存を願うジュードたちにしてみれば、それは受け入れられない世界だ。
「――気に食わないわね」
「ふふふ。ならば止めてみるか?」
ビズリーは不敵に笑い――身構えた。