ビズリーの力は圧倒的であった。
ガイアスを殴り飛ばし、ミュゼを蹴り飛ばし、エリーゼを踏みつける。
アルヴィンを投げ飛ばしてローエンに叩き付け、突き出された棍を真っ二つに割ってレイアのこめかみを強打し、もう片方はミラの鳩尾に叩き込む。そして、蹴り技を仕掛けてきたジュードの足を掴み取ると、無造作にへし折った。
「う、ああああっ!?」
「ミラ! ジュード……!」
あまりの強さに、ルドガーは割ってはいることを思いつきもしなかった。皆が地に伏したところでようやく我に返り、駆けつけようと足を一歩踏み出して――
「待て、ルドガー!」
「ユリウス!? どうしてっ」
腕を掴まれて制止され、思わず非難がましくユリウスを見た。
「…………」
ユリウスは、ルドガーの腕を掴んだまま――ビズリーの動向を険しい顔で窺っている。
「……ユリウス……?」
「お前はかかってこないのか? ユリウス。私を止めて見せようとは?」
「…………」
ユリウスは答えなかった。
「――さて」
ビズリーはユリウスに動きが無いのを見ると、それ以上は頓着せずに、倒れているリドウのもとに向かった。
「くそ、俺は、こんなところじゃ……っな、に!?」
逃げ出そうとしたリドウだったが、ビズリーが取り出した装置のスイッチが入れられるなり、身体から力が抜けた。逃げることはおろか、動くことすらままならない。
「ユ、ユリウスさん……ビズリーさんを……っ」
足を折られたジュードが、痛みを堪えながらユリウスに懇願するが――
「……俺は……この茶番が終わるのなら、それで……」
ユリウスは、己の判断を苦々しく思いつつも、そう告げた。
「ユリウスさん……っ」
ショックを隠さないジュードの表情に、ユリウスの胸は痛んだ。だがここでビズリーに楯突けば、ルドガーの身も危険に晒しかねない。分史世界のルドガーを看取り、更に今、リドウによってルドガーを失う恐怖をまざまざと突きつけられたユリウスは、そのリスクを負う気には、どうしてもなれなかった。不甲斐ないとは思うが、ビズリーに勝つ自信が無かった。
だから――ユリウスは傍観を選択した。
ユリウスにとって何より大事なのはルドガーだ。
言ってしまえば、ルドガーさえ無事ならば、人と精霊の共存でも、あるいは人間による精霊の支配でも、どちらでもよいのだ。
「ははははは!」
ユリウスの選択に、ビズリーは高らかに笑った。
「いいだろう。ユリウス、望むのなら、お前も共にくるがいい。全てを見届けにな」
そう言ってビズリーは、抵抗出来ないリドウの首を掴んで持ち上げた。
リドウの身体を軽々と持ち上げ――そして、その首の骨を容易くへし折る。
「……がっ……」
「っ」
ルドガーは思わず目を背けた。
ルドガーを始め、皆が少なからず衝撃を受けている間に、ビズリーは軽く片手を上げて合図をする。
すると、近くの物陰から一人のエージェントが現れた。
「! エル!?」
そのエージェントは、ぐったりしているエルを抱えていた。
エージェントからエルを受け取ったビズリーは、魂の橋が架かるやいなや、一歩を踏み出した。
「エル……! ちょっとユリウス! 貴方ねえ……っ」
未だ立ち上がれないミラが、動こうとしないユリウスを非難する。
だがユリウスは、ミラの声には応じなかった。
「……ルドガー。お前はここで待っていろ」
「でもユリウス、」
「いいな」
ルドガーは、ビズリーに連れ去られたエルを追いたそうにしていたが、ユリウスが腕を掴む手に力を込めて念を押せば、黙り込んだ。
「……いい子だ」
ユリウスは、ルドガーの頭を優しく一撫ですると、ビズリーを追って橋に乗った。
「…………っ」
ルドガーは、少しの間それを見送ってから――吹っ切るように背を向けて、倒れているミラたちに駆け寄る。
以前から、有事に備えてユリウスに持たされていた各種グミがある。それをまず、手近に居たミラに食べさせた。
「あ、ありがと……」
比較的軽傷だったらしいミラは、グミ一つで十分な回復を見せた。
「っいかん、橋が……!」
「橋が、消える……!?」
ガイアスたちの声に橋を振り返れば、確かに橋の接岸部分が今にも消えそうになっていた。
「ルドガー、お願い! ビズリーさんを止めて!」
「え?」
「精霊を支配するなんて、間違ってる!」
「……俺、さっきから、話が見えてないんだが……」
ジュードに懇願されるも、今がどんな事態なのかよくわかっていないルドガーは戸惑うばかりだ。
加えて、ルドガーはユリウスに来るなといわれている。人質になってしまったばかりで、この上、下手に動いてユリウスの足を引っ張ることはしたくなかった。
「っいいから、来なさい!」
「うわ、ちょ!?」
反応の鈍いルドガーの腕を、業を煮やしたミラが引っ掴んで、二人は橋を駆け上がった。
走るそばから消えていく橋に追い立てられるようにして、それでも二人は何とかカナンの地にたどり着いた。
カナンの地に着いたはいいが、そこはクロノスによって次元がゆがめられていた。目に見えている道が本物とは限らない。これに惑わされぬようにするには、四大の力で対抗するしかない。仮にここに全員で来ていても、先に進むことが出来るのは精々四人であったことだろう。
「――なるほど。皆、大変なことに関っていたんだな」
四大の加護を受けつつ進む間に一通りの説明を受けたルドガーは、そうコメントした。
どこか暢気なルドガーに、ミラは肩を竦める。
「……何他人事みたいにいってるのよ。最後の最後だけど、あなたもきっちり当事者なのよ」
「……まあ、そうみたいだけど……けど、なんで俺が一緒に行く必要があるんだ?」
「あなたの兄さんを止めるために決まってるじゃない」
ビズリーを止めて、とジュードがいっていたが、別にそれはルドガーの戦闘力を買ってではない。ミラは熊狩りでルドガーがそれなりに戦えることを知っていたが、ジュードはそうではないからだ。ジュードが望みをかけているのは、ルドガーの願いを聞きいれたユリウスがビズリーを止める可能性だ。
「……そこがよく分からないんだけど……ユリウスは、人間が精霊を支配するを支持派なのか? 一応、どっちでも良さそうなことを言ってた気がするんだが……」
「……そうね。どっちでもいい派なんでしょうね」
ミラは、ユリウスの心を的確に見抜いていた。
「彼はきっと、あなたが無事ならどんな世界でもいいのよ。愛されてるわね、弟くん」
「……そうだな」
冷やかしのつもりだったのに、ルドガーは苦笑した。
満更でもなさそうなその反応に、ミラは呆れるやら、ちょっとムカつくやらだ。
「――何よ。あなたも、お兄ちゃんが無事なら、どっちでもいい派?」
「……と言い切るには、俺、ミラたちのこと好きだしな」
「な、ななな、なによ、好きって!?」 さらりと告げられた結構な爆弾発言に、ミラは非常に分かりやすく動揺した。
しかし、言った本人は自覚無しだった。
「? だって、皆いいやつじゃないか。ユリウスとは勝負にならないけど、ビズリーとミラたちだったら、俺は間違いなくミラたちの味方をする」
ルドガーは断言した。
ユリウスにとっての一番はルドガーで、ルドガーにとっての一番も、ユリウスだ。
十数年、大事に大事にされてきたのだ。余程のことでもない限り――いや、余程のことであっても、その思いは揺るがない。
堂々たるブラコン宣言に、ミラは突っ込む気力も失った。
「……そ、そう。なら精々お兄さんの説得を頑張んなさい」
「まあ、やるだけやってみる」
あまり積極的ではない感じで、ルドガーは頷いた。