ルドガーとミラがカナンの地の最奥に到達したとき、そこでは激闘が繰り広げられていた。
槍を持ったビズリーと、骸殻変身したユリウスが、クロノスと戦っている。
「……っエル!」
ミラは、少し離れた場所で蹲っているエルを見つけて声を上げた。
「!? っルドガー! 何故来た……がっ!?」
ルドガーを認めたユリウスが、その隙をつかれてクロノスに弾き飛ばされた。
「っユリウス!」
「来るな!」
「っ」
駆けつけようとしたルドガーは、ユリウスに鋭く制止されて身体を強張らせた。
何とか身を捻って着地したユリウスに、クロノスが襲い掛かる。
「……くっ」
体勢が崩れたままのユリウスは、それ以上逃げることは出来なかった。
一撃喰らうのを覚悟したその時、クロノス目掛けて、横手から槍が突き出された。
「くっ」
今度呻いたのは、クロノスだった。
突き出された槍は、クルスニクの槍。無の精霊オリジンの力を宿す、クロノスにも致命傷を与えうる槍である。
クロノスはユリウスへの追撃を諦めてビズリーと対峙した。
ビズリーとクロノスがしのぎを削る間に、ルドガーがユリウスに駆け寄る。
「ユリウス……!」
「ルドガー! 来るなといっただろう!」
「っごめん……」
ユリウスに叱責されて、ルドガーは俯いた。
そこへ、エルを抱えたミラが割って入る。
「私が連れてきたのよ! ほら、じっとして!」
ミラは、ユリウスとエルに治癒術を施した。
が、ユリウスの怪我は治っていくのに、エルには効果がないようだった。
「どうして……」
「……怪我ではなく、タイムファクター化だからだ。精霊術では治らない」
「っ」
ユリウスの言葉を聞いても、ミラは諦め切れなかった。
更に力を込めて治癒術を発動させるが――やはり、効果はみられない。
「そんな……エル……!」
駄目なのかと肩を落とした、その時。
「っミラ、危ない!」
ルドガーが剣――ミラの予備を借りていた――を構えて、ミラの背を庇うように立ちはだかった。
「ルドガー!? きゃあっ」
きん、と何かを弾く音がしたかと思えば、ミラのすぐ前を、ビットがすり抜けていった。
クロノスは今もビズリーと対峙しているが、クロノスの操るビットが、ルドガーたちを狙ったのだ。
「っルドガー! まだだ!」
続けて飛来するビットを、今度はユリウスが叩き落す。
だが、次々と押し寄せるビットは縦横無尽に動き回り、ユリウス一人では全方向に対応できない。ルドガーとミラも善戦はしたが、ルドガーは戦い慣れしていないし、ミラは純粋に腕力不足で押し負ける。
一度崩れれば、あとはなし崩しだった。 ビットの一撃がルドガーたちの中心――横たわるエルの傍に着弾し、皆は爆風で吹き飛ばされた。
「く……っ」
「う、うう……」
ユリウスとミラの呻き声を聞きながら、ルドガーは身体を起こし――そして、目の前に転がるエルを見つけた。
「っエル?!」
ルドガーはエルを抱き上げた。
首筋はおろか、顔面にも、黒い侵食が始まっている。
これが、タイムファクター化。
ミラから聞いたその言葉を思い出して、ルドガーはぞっとした。
「……!」
ふと、ルドガーは、エルのすぐ傍に金色の懐中時計が落ちていることに気がついた。
「これは、ユリウスの……」
「っ駄目だ、ルドガー! お前はそれに触れるな!」
「え?」
ユリウスの制止は遅かった。
既にルドガーは時計を掴み上げ――
「っ!? う、あああああっ!?」
全身が作り直されるかのような衝撃が、体中を駆け巡った。
奥底から、力が湧き上がる。
「何!?」
攻防を繰り広げていたビズリーとクロノスも、ルドガーの異変に気がついた。
そして――
「っいきなり……ハーフ骸殻……!」
有り得ない光景を目にして、ユリウスは呆然と呟いた。
まさか、初めての骸殻変身で、初期段階をすっ飛ばし、二段階目に到達するとは……予想もしていなかった。
「おおおおおっ!」
当のルドガーは、周囲の反応には構っていられなかった。
あふれ出す力が、制御できない。
このままでは、この暴走する力にユリウスたちを巻き込むのではと不安を抱いたルドガーは、ユリウスたちから離れ――ビズリーとクロノスに向かって力を解放した。
ビズリーとクロノス目掛けて、一条の閃光が迸る。
「むっ!?」
「くっ!」
ビズリーとクロノスは飛び退ってそれを避けた。
「おおおおおっ!」
だがルドガーの力の暴走はそれでは終わらなかった。
駆けるルドガーは、瞬時にしてクロノスの前に到達。すぐにも身を引こうとしたクロノスの腕をわし掴むと、その鳩尾を抉る一撃を叩き込んだ。
「かは……っ!?」
「あああああっ!」
身体をくの字に折ったクロノスに、ルドガーの追撃が迫り――
「ルドガー! 避けて!」
ミラの悲鳴とほぼ同時に、ルドガーはこめかみに衝撃を受けた。
破壊を免れていたビットの攻撃だ。
ルドガーの意識がそちらに逸れた瞬間に、クロノスはルドガーの手を打ち払い、飛び退った。
クロノスの前面に、歯車のような文様が浮かび上がる。
「っまずい、時間を戻すつもりだ!」
クロノスは時空を操る大精霊だ。時を戻し、その身に負った怪我を無かったことに出来る。
「――させん」
だが、時を戻すには術の発動が必要であり――そこに、隙は生まれる。
「!?」
クロノスの胸中央を、漆黒の槍が貫いた。
クルスニクの槍。クロノスの力をも無効化する槍だ。
「……くっ。我はまだ……っ」
胸を貫かれても、やはり大精霊である。クロノスにはまだ若干の余力があった。
「…………」
その様子にビズリーは目を眇めると、無言のまま、クロノスの胸に刺さっている槍を、更に捻りいれた。
「――――っ!!」
声なき悲鳴がクロノスの喉から迸る。
そして――クロノスは倒れ伏した。
「……っ」
「……ルドガー……!」
同じ頃、ルドガーも力を消耗し、骸殻変身が解除された。前のめりに倒れようとするルドガーにユリウスが駆け寄り、その身体を抱きとめた。