親切な青年に案内してもらって無事列車に乗り込むことが出来たジュードだったが、せっかく乗り込んだ特別列車内で、正体不明の敵に襲撃されていた。
どうやら殲滅を目的としているらしい彼らを、しかしジュードは危なげなく撃退した。
丁度同じ車両に乗り合わせていたエレンピオスの大企業、クランスピア社の社長ビズリーと、その秘書の女性ヴェルを護衛しながら、他の生存者を探して進む。
ほとんどの乗客が既に命を落としていたが、やがて一人の少女と一匹の猫を見つけた。
保護者がいないらしい少女は、エルと名乗った。
ビズリーが、これはアルクノアというテロ組織の破壊活動であり、列車を農業プラントに突っ込ませる計画だろうと告げたところで、「それは駄目!」とエルが叫んだ。
「この列車、ちゃんと走ってくれないと、エル、カナンの地にいけなくなっちゃう!」
「カナンの地?」
「……ほう?」
エルが口にしたカナンの地という単語に、ジュードは首を傾げ、ビズリーは興味深そうに応じた。
しかし、そんな二人の反応には構わずに、エルはジュードを見上げた。
「どうしよう! どうしたら、列車、止まる!?」
エルの必死な様子に、ジュードはともかく考えた。
「……先頭車両にいければ、あるいは……」
先頭車両の運転席にいってブレーキをかけられれば、と呟く。
「先頭車両って、あっち?」
「え、ちょ、待ってエル! 危ないよ!」
少女一人を、テロ組織に立ち向かわせるわけにはいかない。無鉄砲にも駆け出したエルを追って、ジュードも走り出した。
途中襲い掛かってくるアルクノアの戦闘員たちを、エルを庇いながらもジュードが倒し、二人と一匹は先頭車両まで到達した。
そして――
「……!」
そこに立つ、白いコートの背中を見つけた。
「…………」
双剣を持つ男がゆっくりと振り返る。
金髪を短く刈り、眼鏡をかけた男は、ジュードと――そして少女を見て軽く目を瞠った。
「……貴方が……皆を……?」
男の足元には、アルクノアの戦闘員たちが倒れている。アルクノアを倒したのが白いコートの男ならば、彼はジュードたちの敵ではないのだろうが――しかし、男の隙の無い佇まいに警戒心を刺激されたジュードは、知らず、身構えていた。
「……その時計は……」
「え……?」
しかし男はジュードの質問には答えずに、エル――胸元に金色の懐中時計を下げたエルに向かって、一歩を踏み出した。
「っ」
エルは時計を抱き込んで、思わずといったように一歩下がったが、それよりも男が距離を詰めるほうが早かった。
男の手が、エルの時計に向かって伸び――突然、時計が輝きだした。
「え……!?」
驚いたエルは時計から手を離した。紐で首に下げられた時計は、重力を無視して浮き上がる。
「な、何……!?」
「これは……!?」
「く……やはり……!」
何か心当たりがあるらしい男の手が、なおも時計に伸ばされる。
「だ……駄目! エルのパパの時計……!」
慌てて時計を掴みなおそうとしたエルであったが、男の手のほうが速かった。
「……くっ」
時計に触れた瞬間、男が呻いた。
時計は一際強く輝いたが、それも一瞬のことだった。今は普通の様子に戻り、男の手の中に収まっている。男の手は、何らかの衝撃が伝わっているのか、小刻みに震えていた。
「……か、返して! エルの時計!」
「……これが君の時計であるはずが無い。どこで手に入れた」
「っ」
男の険しい眼差しと、冷たく響いた低い声音に、エルは怯えた。
が、負けん気が強いのか、拳を握ると果敢にも言い返す。
「っえ、エルのじゃないけど、でも、エルのパパのだもん!」
「……父親だと……?」
「――それは、私も興味があるな」
男の呟きを引き継いだのは、ビズリーであった。ヴェルも共に来ている。
「……社長」
「え……?」
コートの男の呟きを聞きつけて、ジュードは思わず二人を見比べた。
知り合いなのか、と訊ねようとしたその時、男の足元に倒れていたアルクノアの一人がやにわに立ち上がった。
「――くそおおお! 貴様らああああっ」
手にした機関銃が、標的も定めぬままに振り回され、銃撃が行われる。
無軌道な動きを見せた銃口が、エルのほうに向かった。
「っ!?」
「っエル、危ない!」
咄嗟にジュードはエルを庇い――追いかけるように動いていた銃口は、横手から放たれた一本の黒い槍によって弾き飛ばされた。
「え……槍……? 一体、どこから……」
エルを背後に庇いながら、ジュードは黒い槍を凝視した。
この場にいる人間は、誰も槍などもっていなかった。
角度からして、槍を投げたのは白いコートの男なのだろうが、しかしその男自身が、どこか険しい表情で槍を見つめている。
戸惑い、沈黙が降りたところに、「――ふふふ」と低い笑い声が響いた。
「流石は我が社の誇るトップエージェント。見事な腕前だな。……少し見ぬうちに、新たな力も得たようだ」
「…………」
ビズリーの賞賛の言葉に、しかしコートの男は嬉しそうな表情をちらりとも見せなかった。
「……ええと、それじゃあ、この人はクランスピア社のエージェントなんですね?」
「そうだ。ユリウス・ウィル・クルスニクの名は、聞き覚えがあるのではないかね?」
「ああ……はい。確かに。じゃあ、ビズリーさんの護衛として?」
「信憑性はそれほどでもなかったが、アルクノアの活動情報が耳に入ったものでね。――それよりも。……お嬢さん」
「……な、何……」
突然ビズリーに声をかけられたエルは、心細かったのか、ジュードの服の裾をぎゅ、と握り締めた。
「カナンの地に行きたいといっていたね?」
「カナンの地……!?」
ビズリーの言葉を聞きつけて、それまで考え込み、黙っていたユリウスが反応した。
「っ」
またしてもユリウスに強い視線を向けられたエルは、ジュードの背中に身を隠した。
「カナンの地のことを、誰に聞いたのかね?」
ビズリーが、ジュード越しにエルに訊ねれば、エルは顔だけを覗かせた。
「……エルのパパ。お願い事を叶えてくれる場所だって……ねえ、カナンの地、知ってるの!? どうやったらそこにいける!?」
話しているうちに勢いづいてきたのか、いまやエルは、ジュードと並んでビズリーを見上げていた。
「……その前に聞かせてもらえるかね? 君のパパの名前は?」
「パパ? ……ヴィクトル」
「ヴィクトル。……ほう、成程……」
面白い、とビズリーが呟いた。だが、面白いと思っているのはビズリーだけのようだ。ユリウスは、相変わらず険しい顔でエルを睨んでいる。
「ねえ、カナンの地!」
しかしカナンの地の手がかりが手に入りそうな今、エルはユリウスの視線には気付いていなかった。訳知り顔のビズリーに詰め寄る。
ビズリーは必死な様子のエルを見下ろし、焦らすことなく答えた。
「――カナンの地に行くには、五つの鍵を集めなくてはならない」
「五つの……鍵?」
「ああ。そして……その鍵を手に入れるためには、お嬢さん、君の力が必要だ」
「エルの……力?」
自分にそんな力があるとは信じられないのだろう。首を傾げるエルに、ビズリーはしっかりと頷いて見せた。
「そうだ。どうだろう。カナンの地には私も興味がある。お嬢さんがその気なら、私が全面的にサポートしようじゃないか」
「……本当に、行けるの?」
「行けるとも」
「……わかった。……協力、する」
今のところ、エルにはビズリーの言葉しか目標に出来るものがないのだろう。迷いを見せながらも、承諾した。
「よし、契約成立だ。では、本社に戻ろう。何、心配することは無い。衣食住は保証する」
「…………うん……」
頷いたものの、心細さは押さえ切れていないようだ。エルの手は、ジュードの服の裾を掴んでいる。そのことを察したジュードは、エルの肩にそっと手を置いてから、ビズリーを見た。
「……あの、ビズリーさん。僕も一緒に行っていいですか」
「……まあ、構わないだろう。それはそうと――」
話が一段落したあたりで、ビズリーはユリウスを見遣った。
「そろそろ、列車を止めてはどうだ?」
「…………」
ビズリーの指示に、ユリウスは無言で踵を返し、運転席に踏み込んだ。