「ルドガー……」
「ユリ、ウス……」
ユリウスの呼びかけに、疲労の滲む声ながらも、返答があった。
ユリウスはほっと胸を撫で下ろした。
「――見事だったぞ、ルドガー」
だが、かけられた声に、ユリウスはすぐに気を引き締めた。
ユリウスはルドガーを守るように抱え込みながら、こちらを見下ろしているビズリーを睨み上げる。
「これで邪魔者は居なくなった。我が一族の悲願も――」
「……まだ終わってないわよ」
感慨深げなビズリーの言葉を遮ったのは、ミラだ。
剣を構えたミラが、ビズリーを見据えている。
「――元マクスウェル。お前も、精霊と人の共存という甘い戯言に乗るのか」
「…………さあね。私だって、そこまで人を信用しているわけじゃないわ」
「……ミラ?」
皮肉げに肩を竦めて見せるミラを、ルドガーが戸惑い見る。
そんなルドガーに、ミラは淡い笑みを向けた後――ビズリーへ、決然と言い放つ。
「でもね。精霊を道具にしようって言う考えには、虫唾が走るのよ!」
ビズリー目掛けて突進するミラ。だがそのミラの気迫も、突撃も、ビズリーを止めるには及ばなかった。
渾身の一撃は、より速いビズリーの体捌きによって受け流された。
カウンターの一撃が、ミラの左頬を捉える。
「きゃあっ!?」
ビズリーの豪腕によって、軽いミラの身体は容易く吹き飛んだ。
「ミラ! くっ!」
「っルドガー!?」
宙を飛ぶミラを見た瞬間、ルドガーは骸殻変身をしていた。
ユリウスの腕から飛び出し、ミラを受け止めに走る。
ミラの身体は、この場の床を跳び越し、何処とも知れぬ場所へ落ちようとし――
「おおおおおっ!」
そこで、ルドガーの力が増した。
「……スリークォーター骸殻……!」
顔の半分ほども骸殻で覆われた、第三段変身。
早すぎる進歩に、ユリウスは目を疑った。
が、ルドガーの速度と身体能力が格段に上がったのは確かだ。
力強く一歩を踏み切れば、届きそうにもなかったミラの身体に、手が届いた。
そのままでは床の外、異空間へと落ちそうになるところを、身を捻り、その勢いで持って方向転換に成功すると、危なげなく着地した。
「あ……ルドガー……」
「…………」
驚くミラの無事を確認したルドガーは、ふ、と笑みを漏らした後――ビズリーを睨み据えた。
「ふふふふふ。素晴らしいぞ、ルドガー。だが、才はあっても、初めての骸殻能力で、この私を止められるか!?」
ビズリーは、骸殻変身していないにも関らず、目にも留まらぬスピードでルドガーの前に至っていた。
「っ!?」
「甘い!」
驚愕するルドガーの腹に、拳が埋まる。
「が……っ」
「ビズリー!」
ルドガーに追撃をかけようとするビズリーへ、ユリウスが斬りかかった。
繰り出される双剣を、ビズリーは最小限の動きでかわし切る。
「――ふ。そんなものか? ユリウス」
ビズリーは余裕の笑みを浮かべ――
「っむ!?」
ハッとして頭上を振り仰いだ。
見上げたそこには――槍の切っ先。
「っルドガーか……!」
ビズリーの視界外で跳躍したルドガーが、頭上まで迫っていたのだ。
ビズリーは大きく飛び退った。だが、大きく飛びのいても、ルドガーの槍が突き刺さったのは、拳一つ分も離れていない場所であった。
「シッ!」
槍を支えに、ルドガーが蹴りを放った。
ビズリーはそれを両手で受け止める。そしてそのままルドガーの足を掴もうとしたところで――
「はっ!」
「!」
回り込んだユリウスの双剣が、ビズリーの足を捉えた。
「ぐ……っ」
流石のビズリーもこれには呻いた。
加えて、その隙にバク転で間合いを取ったルドガーが、再び槍を手に駆ける。
ユリウスはその位置をビズリーの横手側に変え、斬りつけ、ビズリーの体勢を崩すことに専念している。捌きながらでは、ルドガーの一撃から逃れられない。
「――――ふふふ……ははははは!」
ビズリーは、高く笑い――そして、骸殻を纏った。
「っ」
「うあ!?」
骸殻を纏ったビズリーから迸る力の余波によって、ルドガーとユリウスは弾き飛ばされた。
空中で体勢を整え、二人は油断なく着地する。
そして――全身を骸殻で覆った、フル骸殻のビズリーを見据えた。
「その力に敬意を表し、全力で相手をしよう! この世界、最強の骸殻能力者の力、お前たちに超えられるか!?」
ビズリーの豪腕が、唸りを上げてユリウスに迫った。
「く……っ」
咄嗟に双剣を構えてガードするが、その力は防ぎきれるものではなかった。
拳はガードもものともせずにユリウスを捉え、床に叩きつけた。
「ユリウス!」
ルドガーが駆ける。
繰り出した槍は、しかし柄を掴み取られ、逆にルドガーが投げ飛ばされた。
床に激突しそうなところで辛うじて手をつき、二回のバク転で体勢を立て直す。
視線をビズリーに戻し――しかし、そこには既にビズリーはいなかった。
「ルドガー、伏せて!」
ミラの警告の声に、反射的に従った。直後、ルドガーの頭上を、衝撃波を纏った拳が過ぎった。
「っ」
ルドガーはすぐに身を転がし、踏み出される足を、拳を、どうにか避ける。
が、そうそう続けられるものではない。ついに、ビズリーの足がルドガーを捉え――
「む!?」
唐突に、ビズリーの身体が硬直した。
「ルドガー、今よ!」
いつのまにか傍まで来ていたミラが、バインドでビズリーを拘束したのだ。
「――ふん!」
だが、ビズリー相手に、それは何秒とは持たなかった。気合一つでビズリーは拘束を脱し、ミラに拳を叩き込む。
「きゃあっ」
ミラの身体は強かに打ち付けられ、二度、三度と跳ねて転がり、ようやく止まった。
「ミラ!」
「待て、ルドガー! 油断するな!」
「っ!?」
気付いたときには、ユリウスの背中が目の前にあった。
いつかのように、ルドガーを守る広い背中。
「ぐ……っ」
だが今回、その背中は――呻き声と共に、小刻みに、震えていた。
ユリウスの身体越しに、フル骸殻のビズリーが間近に迫っているのに気付いた。
そして――足元にぽたり、ぽたりと滴り落ちる、赤い雫。
「ユ、リ、ウス……?」
ルドガーは呆然と……視線を動かして。
ビズリーの手に何かが握られていること。
それが、柄――槍の柄であること。その切っ先がユリウスに向いていることを、知った。
そして――赤い雫が、ユリウスの血であることに、思い至って。
「――――あ……う、……っおおおおおおっ!!」
ルドガーの中で、力が、爆ぜた。