浜辺で貝殻を拾っていたエルの前に、突如、魔物が現れた。
「っ下がれ! エル!」
ユリウスは咄嗟に骸殻変身をすると、エルと魔物の間に割り込んだ。
突き出した槍は魔物の身体を貫いたが、触手の一本が、ユリウスの右腕に巻きつく。
「ぐ……っ!」
みしり、と骨が軋む音を聞いた。
魔物のほかの触手が、更にユリウスに迫る。
「ユリウス!」
その触手を、ミラが打ち払う。
「気をつけて! 術が発動しかけているわ!」
「ティポ!」
ミュゼの警告に続いてエリーゼの声が響き、巨大化したティポが、魔物の身体を押しつぶした。
「っ」
右腕の触手が緩んだ隙に、ユリウスは身体を引いた。
魔物から間合いを取ったところで、ユリウスの視界に、驚き硬直しているエルの姿が入ってきた。
あの場所では戦闘に巻き込まれる。
そう判断したユリウスは、エルに駆け寄ると、その身体を抱きかかえた。
「っちょ、はーなーしーてー!」
我に返ったエルが叫ぶ。
ユリウスはエルの抗議を無視して跳躍。ある程度距離を取った場所に降り立つと、エルを放し、すぐさま戦闘へ駆け戻った。
タイムファクターでもあった魔物を槍で貫き、ユリウスたちは正史世界へと戻る。
そして――ユリウスは険しい顔で、エルの前に立ちはだかった。
「――勝手に一人で動くなといっておいただろう!」
「っ」
開口一番の叱声に、エルは身を縮めた。
が、負けん気の強いエルは、すぐに言い返した。
「ひ、一人じゃないもん! ルルも一緒だし!」
「そういうの、屁理屈っていうのよ。ルルは猫だから一匹」
ユリウスが何かを怒鳴り返そうとするのより先に、ミラが言葉を滑り込ませた。
先手を取られて思わず言葉を飲み込んだユリウスに、エリーゼが歩み寄る。
「――ユリウスさん、怪我、見せてください」
「……ああ、すまない」
ここ最近は、当たりが柔らかくなってきたユリウスは、素直にエリーゼの手当てを受け入れた。
「もう大丈夫だ、有難う」
「いいえ」
ユリウスが問題なく右腕を動かすのを見て、エリーゼは、ほっと笑った。
そして――少し離れたところで、ちらちらと様子を窺っているエルを見る。
「――エル。ユリウスさんに、助けてもらったお礼をいいましょう?」
「……た、助けてくれなんて、頼んでないし」
エリーゼが優しく促すのに、しかしエルはそっぽを向いてそういった。
「そ、それに、眼鏡のおじさんは、そもそもエルのごえーなんでしょ! エルを守って当たり前……」
「エル、それ、本気で言ってますか?」
「…………」
非難の篭ったエリーゼの問いに、エルは顔を俯けた。
エルとて、お礼を言うべきだということは分かっているのだ。
だが、叱られて、反発してしまった手前、そうそう素直にはなれなくて。
そんなエルの気持ちを察したエリーゼが、柔らかく話しかける。
「……素直になれない、嘘をつく悪い子のところには、バーニッシュは来てくれませんよ?」
「でも、ちゃんと謝れる子のところにはー、きっと来てくれるよー」
エリーゼとティポの言葉に、エルは、ちらりとユリウスを見てから――思い切って、顔を上げた。
「…………ごめんなさい。……助けてくれて、ありがとう」
小さめの声ながらも、謝罪と感謝の言葉は、しっかりとユリウスまで届いた。
「…………無事なら、いい」
ユリウスはそうとだけいって――踵を返した。
遠ざかるユリウスの背中を見て、ミュゼが笑う。
「……ふふ。なんだか良く似た二人ね。意地っ張りで、素直になれないところなんて、そっくり」
「えー、エル、眼鏡のおじさんに似てなんかないもん」
ユリウスと一緒にされたのが不満で、エルは唇を尖らせて文句を言った。
「あら、似てるわよ~。ずっとあなたのこと気にかけているのに、素直に心配なんだって言えないところとか」
「嘘だー。眼鏡のおじさん、エルのこと嫌いだもん。気にかけてるはずないし」
ユリウスに優しくされた覚えのないエルは、ミュゼの言葉を信じない。
が、そんなエルに、エリーゼとティポも言葉を重ねた。
「そんなことないですよ、エル。確かに、ユリウスさんはちょっと、エルに厳しいかもしれませんけど……」
「でも、エルが疲れてないかとか、危ないところにいってないかとかー、ちゃーんと見てるんだよー?」
「え……? それ、本当……?」
「……それこそ、エルの護衛だからじゃないの?」
戸惑うエルに代わって問うミラに、ミュゼは微笑んだ。
「ううん。きっと違うわ。だって、そういう視線じゃないもの」
「……どうしてわかるの?」
「うふふ、わかっちゃうのよ。私、お姉ちゃんだから。あれはね、お兄ちゃんの視線よ」
「……兄弟って言うより、親子って歳の差だと思うけど」
もうすっかり遠ざかっているユリウスの背中を見ながら、ミラは呟いた。
ニ・アケリアで口論していた二人をみたとき、ミラは二人が親子だと思ったものだ。
「ああ~、そうかもしれないわね」
ミラの言葉に、ミュゼは手を打ち合わせて笑う。
が、笑えないのはエルだ。
「……エルのパパは……眼鏡のおじさんみたいに、怖くなんかないもん……」
エルのパパは、料理上手で、優しくて、暖かくて、強くて、エルのことを大好きで――とにかく、ユリウスとは、全然違うのだ。
だが――
「……でも、パパは……パパの、剣は……」
ユリウスの扱う双剣。その構えは――エルのパパに、似てなくも無い。
いや、むしろそっくりといっても良くて――
「……ううん、違う。エル、信じないもん……」
けれどエルは、頭を振って、その思いを振り払った。