この世界の中心は、   作:ルニャス

3 / 27
分史世界

 

 無事に列車を停止させた後、押し寄せる記者たちを適当にあしらって、ビズリーたちは本社まで戻ってきていた。

 適当にあしらって、とはいうものの、事はテロ。大事件である。そしてそれを収めたのがクランスピアのトップエージェントともなれば、そう簡単に解放してもらえるものではない。

 クランスピア社に戻ってこれたのは、午後も遅い時間であった。

 「――さて、それではざっと説明しよう。この世界には、我々の住む正史世界のほかに、分史と呼ぶ世界がある」

 社長室の椅子に座ったビズリーは、ジュードとエルに向かってそう切り出した。ちなみにこの場には、ビズリーと秘書のヴェル、ユリウス。そしてジュードとエルの五人と、猫一匹がいる。

 「ぶんし、世界……?」

 「ああ。現実とは異なる可能性から生まれた世界だ。例えば、今ここではクランスピア社の社長は私だが、他の世界では、そう、ここにいるユリウスかもしれない、そういうもしもの世界だ」

 「…………」

 仮に社長とされたユリウスは、無表情ながらもどこか不機嫌な様子を滲ませて沈黙を守っている。

 ビズリーは、ユリウスの様子には頓着せずに話を進めた。

 「だが、そのような世界が増えすぎると、魂の循環に影響が出る。魂の浄化が追いつかなくなる。そうなれば、待っているのは滅亡だ」

 「……では、どうすればいいのですか」

 この世界が滅亡すると聞いては、ジュードには放っておくことは出来なかった。

 この世界は、ジュードの大切な人に託された、大切な場所だ。手をこまねいて滅亡を待つなんて、出来るはずが無かった。

 「分史世界を破壊するのだ」

 「破壊……? 世界を破壊するなんて……どうやって」

 「分史世界には、この世界と比べて、特に変化したタイムファクターという存在がある。人でも物でもありえるが、先ほどの例で言えば、クランスピアの社長がユリウスだという可能性。そこではユリウスがタイムファクターだとしよう。ならばこのタイムファクターを破壊すれば、分史世界は崩壊する。そのための機関が、我が社の分史対策室であり、分史対策室室長が、ここにいるユリウスだ」

 「……っ」

 再びユリウスに注目が集まり、エルもまたユリウスを見上げたが――変わらぬ厳しい眼差しに、ジュードの背に隠れこんだ。

 「さて、この分史世界には、こちらの世界では失われたものが存在することがある」

 「……失われたもの?」

 「例えば、絶滅した動物。例えば、こちらでは存在しない技術。違う歴史を辿ったが故に、存在するものがある。それが、カナンの地へ向かうための鍵だ」

 「――じゃあ、それを手に入れればいいの?」

 「そうだ。お嬢さんには、分史世界から鍵を持ち帰ってもらいたい」

 「どうしてエルなんですか。プロがいるんでしょう」

 そもそも、こんな小さな子供に一体どんな力があるのか。ジュードにはまだ納得できていなかった。

 「残念だが、分史世界はタイムファクターを破壊した時点で、全てが消滅する。分史世界のものを持ち帰ることは出来ないのだ。――普通はな」

 「……エル、普通じゃ、ないの……?」

 「何世代かに一人、クルスニクの鍵と言う力を持つものが現れる。私はそれが君だと確信している。分史世界からカナンの地への鍵を持ち帰れるのは、君だけだ。さて、どうするね?」

 「……わかった。やる」

 「よろしい」

 エルの決断にビズリーは満足げに頷くと、傍に立つヴェルに視線で合図をした。

 「では、連絡用のGHSを渡しておこう。まずは手ごろな分史世界で慣れてもらうことになる。用意が出来たら、連絡をいれる」

 「こちらがエル様のGHSになります」

 ヴェルはエルにGHSを手渡すと、淡々とした声で説明を始めた。

 「エル様の分史世界侵入には、ユリウス室長が同行することになります」

 「ええ!?」

 予想外の言葉に、エルは弾かれたようにユリウスを見上げ――そこに不機嫌な顔を見つけるなり、またしてもジュードの背に逃げ込んだ。

 「やだ! エル、このおじさんとは嫌!」

 「ですが、ユリウス室長は我が社のトップエージェントです。分史世界破壊に関して、室長より優れた方はいらっしゃいません」

 「…………」

 それでもエルは不満顔であったが、どうにか内心の折り合いをつけたらしく、「うん、わかった……」と頷いた。

 「次に、エル様のお住まいですが、ひとまずホテルにお部屋をご用意いたします」

 「ホテル? エル、ホテルって泊まったときない」

 「待ってください。子供を一人でホテルに泊まらせるんですか?」

 それまで成り行きを見守っていたジュードは、これは見過ごせないと口を挟んだ。

 十歳程度の女の子を、一人でホテル住まいさせるのはかわいそうだ。

 「もちろん、ボディーガードは手配します」

 「そうじゃなくて……そう、ユリウスさんと仕事をするのなら、ユリウスさんのお家とかは、駄目なんですか」

 エルは親とはぐれて心細いはずだ。一人にするのではなく、どこかの家に居候させてもらうほうが望ましいだろうとジュードは提案したのだが。

 「――駄目だ」

 「……エルも、やだ」

 その提案はユリウスとエルの反対によってあっさりと却下された。

 「……なら、僕がヘリオボーグで預かってはいけませんか。勿論、エルがよければなんだけど」

 「……うん。じゃあエル、ジュードと一緒にいく」

 「では、準備が整いましたら、ご連絡いたします」

 話は纏まったとみたヴェルが、淡々と締めくくった。

 

 社長室を辞したジュードとエルは、ユリウスと共にクランスピア社のエントランスまで出てきた。

 「……えと、それじゃあ、僕たちは、これで」

 ユリウスがついてきたのは見送りなのだろうと考えて、ジュードは入り口でユリウスを振り返り、頭を下げた。

 「ああ」

 「失礼します」

 浅く頷き返されたのに、もう一度挨拶を返して、ジュードはエルと歩き出した。

 「……あれ?」

 少し進んで、エルは足を止めた。ここまで一緒だった猫が、ついてきていないことに気付いたからだ。

 「あなたは来ないの?」

 振り返ってルルに呼びかける。

 「ナァー」

 ルルはユリウスの足に擦り寄って鳴いた。

 「この子は俺の猫だ。俺がつれて帰る」

 「え、そうだったんですか!」

 エルのお供だと思い込んでいたジュードは驚いた。険しい表情しか見せないユリウスが猫を飼っていることもまた、驚きだった。

 「……ねえ、その子、名前なんていうの?」

 「……ルルだ」

 「ルル……。ねえルル、眼鏡のおじさんじゃなくて、エルのうちの子にならない?」

 「ナゥー?」

 エルの誘いに、ルルはちょっとだけ首を傾げた。

 「――ルル、行くぞ」

 「ナァー」

 さっさと歩き出したユリウスに、ルルは迷うことなくついていった。

 「あ……ルル、またねー!」

 エルの呼びかけには、お愛想程度に尻尾をゆらめかせて。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。