本格的に分史世界探索を始めたエルたちは、そこでジュードたちのかつての仲間――しかし、分史世界であるため別人であり、初対面となるミラに出会った。
分史世界から正史世界に戻るには、分史世界を破壊するしかない。
本来ならば、分史世界を破壊した時点で分史世界のミラも消滅するはずであったが、エルのクルスニクの鍵の力は、カナンの道標だけでなく、分史世界のミラすらも正史世界へ運ぶことになった。
自らの世界が破壊されたということに憤るミラであったが、子供のエルにはそうそう当り散らすわけにもいかず、お腹がすいたと訴えるエルにスープをご馳走するくらいには気遣いも見せた。
「ありがとう、ミラ、美味しかった! エルのパパには負けるけど!」
「あら、言ってくれるじゃない。なら私は二番目って事?」
エルにとっての一番は、絶対にエルのパパである。
それを子供の身内びいきと判断して、ミラは軽口のつもりで返した。
「ううん、二番目はルドガー!」
「? ルドガーって誰よ」
「えっとね、」
「…………」
ミラに説明しようとしたところで、エルはユリウスに睨まれているのに気がついた。
ルドガーのことを話すなと口止めされていたのを思い出したエルは、焦った。
「? 何よ」
不自然に言葉を止めたエルを、ミラが怪訝に覗き込む。
「ルドガーは、エレンピオスのお店で働いている友人だよ」
「……」
エルに代わって説明したのは、ジュードだ。
ジュードがルドガーと再会していたことに驚いたユリウスだったが、会話の輪から少し離れていたし、無表情を貫くことにも成功したので、気付くものはなかった。
「うん、確かにルドガーの料理は美味しいよね。だから、ルドガーより美味しいっていうのは、ちょっと想像できないかな」
「嘘じゃないもん!」
「へえ、面白いじゃない。じゃあ、その美味しいルドガーの料理とやらを食べさせてみなさいよ」
「…………」
ルドガーに近づいて欲しくないのに、エレンピオスの食堂に行くことが決定されてしまった。
ユリウスは、どうしたものかと内心頭を抱えた。
カナンの道標入手をビズリーに報告したエルたちは、トリグラフの駅に向かった。勿論、ルドガーの料理を食べるためである。
弾む足取りで、エルがミラを食堂まで案内する。
「ミラ、ここだよ! ここが、エルのパパの次に美味しいルドガーのいるお店」
「……どんなものか、しっかり見定めてやろうじゃない」
勢い込んで、ミラは足を踏み入れた。食事時をいくらか過ぎているからか、店内はさほどの混雑もなさそうだ。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「ええと、七名で」
ジュードとエル、ミラ、アルヴィン、レイア、ローエン、エリーゼである。ユリウスにも声をかけたのだが、メディカルチェック中に他部署から応援要請が来たとのことで不参加である。
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
ウェイトレスの案内を受けて席に着き、メニューを広げる。
「あ、アルヴィン、これこれ!」
目ざとくスペシャルメニューの表示を見つけたレイアが指差した。
「お! トマト入りオムレツ考案シェフの新メニュー、リーゼ・マクシア風オレンジスープ……おお、すっげーな、本日分は終了しましただと!?」
アルヴィンは感激した。
ルドガーがオレンジスープを提案してくれたのは知っていたが、それがここまで評判になっているのは知らなかった。
「ほほう、素晴らしく評判がよいようですね」
「金運アップ……心惹かれるう~」
メニューには、金運アップのご利益ありと大評判! の煽りも入っていた。
「でも、ちょっと残念です。私たちも食べられませんね」
「そうだね。けど、仕方ないよ。とりあえず、注文をすませちゃおう」
ジュードたちは手早く注文を決めると、ウェイトレスさんを呼んだ。
品物が一通り揃って、まずはミラが一口食べた。
「……美味しい」
「でしょ!? でも、エルのパパのほうが、もっと美味しいよ!」
素直に驚くミラに、何故かエルが勝ち誇る。
「わ、私だって、本気で作れば、貴方のパパよりもっともっと美味しいものが作れるわよ!」
「作れませんー」
「作れますー」
「食べてみるまで、信じないもん!」
「なら、食べさせてやろうじゃない!」
「おーおー、火花が散ってるねえ」
子供じみた言い合いをする二人を面白く見学していたアルヴィンだったが、不意に思い立って厨房のほうを眺めた。
「それはそうと、ルドガーと話でも出来ねえもんかな……あ、ウェイトレスのお嬢さん、ちょーっとお願いがあんだけど」
「はい、なんでしょう?」
「ルドガー、いるだろ? 話できないかな? 忙しいかな?」
「……少々お待ちください」
突然の御指名に、ウェイトレスは戸惑いながらも厨房に確認に行った。
「アルヴィン、迷惑だよ」
「ちょっと確認してもらうだけだって」
窘めるジュードにアルヴィンが軽く手を振って見せたところで、厨房からルドガーが出てきた。
「――何だ、俺に用事って、ジュードたちか?」
「あ、ルドガー、ごめんね、仕事中に……僕がっていうか……」
「俺だよ、ルドガー。いやあ、悪いな。出てきてもらちゃって」
「まあ、今はそれほど混んでないから……で、何?」
混んでないとはいえ、お客が居ないわけではない。ルドガーは、アルヴィンが勧めた椅子に腰掛けるなり、早速本題を促した。
「おう。いやあ、リーゼ・マクシア風、大人気みたいじゃん、さっすがルドガー!」
「ああ、それか。うん。でもこれはリーゼ・マクシアの野菜が美味しいっていうのも大きいよ。初めて食べたときは驚いたもんな」
「こっちの野菜って、そんなにまずいの?」
「まずいっていうか……味が薄い? のかな、ってええと、初めまして?」
ルドガーは、そこで初めての顔があることに気付いた。
「……ええ」
「あ、ルドガー、こちらミラさん。リーゼ・マクシアの人。ミラさん、こちらがルドガー」
「よろしく」
「……ええ」
愛想よく挨拶するルドガーだが、ミラの表情は固い。
が、ルドガーにミラを気にする暇など与えずに、アルヴィンがさっさと話を戻した。
「さて、挨拶が済んだところで、だ。なあルドガー。第二弾、考えてみないか?」
「第二弾?」
「そう! そうだなあ、ほら、今B級グルメが人気だろ? 今度はその路線で!」
「B級グルメねえ……あ、じゃあピンク散らし寿司は?」
上着を脱いだエリーゼのピンク服が目に入って、軽い気持ちで提案してみたルドガーであったが。
「ピンク散らし寿司……! それ、食べたいです!」
「むしろ、今すぐ作って、ルドガー」
エリーゼとティポが予想外の食いつきを見せた。
「どうせなら、もっとピンクにしませんか? 桃を乗せるとか」
「いちごのピンクムースとか」
「おいおい、散らし寿司だぞ? スイーツすぎ……」
「……成程。……よし、じゃあ早速今から試作品を作ってこよう」
「っておい!? 本気かルドガー! 悪いことは言わない、考え直せ、な!」
しかし、アルヴィンの必死の制止にもかかわらず、ルドガーは、エリーゼとティポの期待の眼差しを受けて厨房に戻ってしまった。
「さて、一体どのようなものが出てくるのか。楽しみですねえ」
ほっほ、と笑いながら、ローエンは食後のお茶を啜った。
「お待たせ!」
意気揚々と厨房から出てきたルドガーは、皆の前に試作品を置いた。
「! こ、これは……!」
「本当に……全面ピンクの……ピンク散らしずし!」
「ルドガー、すごいー!」
予想以上にピンクの散らし寿司に、エリーゼとティポは大感激だった。
「……ねえ、ルドガー。桃とイチゴは?」
エルは首を傾げてルドガーを見上げた。ほっとしたような、拍子抜けのような気持ちである。
「ああ、流石に、桃とかいちごムースは統一感ないだろ? でも、和菓子系にいけばいいんじゃないかって思ってさ。イチゴ大福をデザートにしてみた。名づけて、ピンク散らし寿司改! 」
「そっか、成程ねー。……ん、ねえルドガー、この形ってもしかして……」
イチゴ大福を見たレイアは、その形に思い当たるものがあった。
「ほほう、これはまさしく」
「ぼ、ぼ、ぼ、僕ー!?」
お腹の模様こそ省略されているが、他は正に、ティポの姿。
「ご名答! 女子のハートを掴むティポを形作ってみた」
指摘待ちだった造形に思い通りの反応が来て、ルドガーは笑った。
「すごいです! 可愛いです! 絶対欲しいです!」
「本当、ルドガーって器用だよね」
「…………」
ジュードとミラも、まじまじとティポイチゴ大福を見つめる。
「なかなか心憎い演出してくれるじゃないの、ルドガーくん。だが、一番大事なのは味だ!」
「ふっふっふ。勿論味にも自信ありだ。さあ、食べてみてくれ」
アルヴィンの挑発に、ルドガーは自信満々で実食を促した。
そしてこの数日後――トリグラフ駅食堂に加えられた新メニューは、特に若い女性の圧倒的な支持を獲得したのだった。