分史世界探索は順調に進み、カナンの鍵は五つのうち三つが揃った。
そして仲間もまた、ガイアスとミュゼの二人が加わった。
「ユリウスさん、これから駅の食堂にいきませんか?」
「たまには一緒にご飯しましょうよー」
ジュードとレイアが、いつも付き合いの悪いユリウスに、めげることなく誘いをかける。
「……いや、俺はこれから……失礼」
いつもの如く断ろうとしたユリウスだったが、GHSが専用のバイブを始めたので短く断りを入れてから通話に出た。
「もしもし? どうした?」
その声は、エリーゼたちを驚かせた。
「え、今の、ユリウスさんの声ですか!?」
「今まで聞いたことの無い、優しい声だよー」
「ユリウス、あんな声出せたんだな……」
「これは……お相手が気になりますねえ」
外野の反応など気にも留めずに、ユリウスはGHSの相手――ルドガーの声に集中する。
「――そうか、それじゃあ仕方が無いな。ああ。わかった。その代わり、この埋め合わせはしてもらうぞ? はは、それは楽しみだな。ああ。それじゃあ、気をつけるんだぞ。ああ」
ユリウスはGHSをしまうと、驚き戸惑っているジュードたちを振り返った。
「――気が変わった。駅の食堂なら付き合おう」
その声は、ルドガーに対するものとは明らかに違った。パーティを組んだ当初を思えば、今のユリウスの声や態度は大分穏やかになっているが、それでもルドガーに対するそれとは比ぶべくもない。
「あら、変わったのはデートの予定じゃないの? うふふ、振られちゃった?」
「同僚が病欠だそうだ」
すい、と宙を滑ってユリウスの周りを巡るミュゼに、ユリウスはそっけなく答えた。
「ねえねえ、ユリウスさん、今の、恋人!?」
「どんなひとなのか、気になっちゃうわね~」
レイアとミュゼが追究を始める。
二人にはノーコメントを貫き、ユリウスはさっさと駅に向かって歩き出した。
「レイア、ミュゼ、やめなよ」
「コイバナに食いつく女たちって、怖いもの知らずだよな」
「…………」
「? エル、どうかしたの?」
「……ううん。なんでもない」
一人、ユリウスの電話相手に察しがついたエルだったが――賢明にも沈黙を守って、皆の後についていった。
「……なんか、日に日に行列が長くなるよね、ここ」
食堂にたどり着く前から長蛇の列が確認できて、レイアは肩を落とした。
「それだけ、ルドガーの料理が凄いってことなんだろうけど……」
「腹すいてるときには、きっついなー」
「! ねえねえ、貴方!」
アルヴィンがぼやいたところで、後ろに並んでいた若い女性がエリーゼに目を留めて、勢い込んで話しかけてきた。
「え? 私ですか?」
「そうよ! ねえ、このぬいぐるみ、何処で手に入れたの!?」
「え? ティポですか?」
抱っこしているティポを指差されて、エリーゼは首を傾げた。
「ティポっていうの? ピンク散らし寿司のデザートの子よね? ねえ、どこで買える!?」
「え、と……これは……」
エリーゼは困った。ティポは女性が求めるような、お店で買える品ではない。
「もしかして手作り? 非売品!? あーん、悔しい!」
「……もしかして、お姉さん、このぬいぐるみが欲しかったり?」
「もしかしなくてもそうです!」
アルヴィンの確認に、女性は力強く頷いた。
「今じゃ、このゆるきも系キャラクターが大人気なんだから! あのバーニッシュも追い抜く勢いよ!」
「ゆるきも……?」
「ゆるくて、きもいって意味なんだって、ミラさん」
「解説しなくていいよーっ」
「きゃあ、喋った!? なになに腹話術!? すごーい!!」
ミラとジュードの会話に思わず突っ込みを入れたことで、ティポは更なる大絶賛を受けた。
その女性のテンションの高さに、アルヴィンは商機を見出した。
「……これは、新商売のチャンスか……?」
「――だとしたら、早くするんだな。既に誰かが動いているかもしれない」
のんびり構えていては他にとられるぞ、とユリウスは忠告した。
「げ! それはマジ勘弁! あ、でも、それってデザインした奴の許可が必要なんじゃねえの?」
「それは意見の分かれるところだな。登録したもの勝ちの可能性も高い」
「……っ悪い、ちょっと行って来る!」
進みの遅い行列から抜けて、アルヴィンはGHSを取り出しながら走り去った。
「……いいなあ、アルヴィン。順調そうで」
「レイアさん?」
「……私も、もう一回取材申し込みしてみようかな! 実名出さなくても、コックAとかで!」
「レイアさんの成功も、近いと思いますよ、ほっほっほ」
めげずにテンションアップを図るレイアを、ローエンが微笑ましく見守っていた。