記録の地平線結成から翌日。シロエは、マリエール達に頼み、三日月同盟の協力を申し込んだ。最初は迷っていたマリエール達だったが、最終的に協力をしてくれるようになった。
記録の地平線、三日月同盟。この二つのギルドが、アキバ改善の為に動き始めた。
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それから数日後。アキバのマーケットに、一つの店が出店した。
「《軽食販売クレセントムーン》本日開店や!」
可愛らしい服を着ながら、明るい声で客を呼ぶマリエールと三日月同盟の女性冒険者達、そんな中にリルドは混じっていた。彼女達と同じような服を来て――――。
「な、何で俺がこんな服を着て・・・・・・」
「ほらほらリルドちゃん、そんな怖い顔したらあかんよ。笑顔♪ 笑顔♪」
「は、はは・・・・・・」
リルドはひきつった笑顔が精一杯であった。
開店からしばらく経過したが、客は誰一人買おうとはしなかった。その理由は二つあった。
先ずは値段。クレセントムーンの商品は、一番賃金が低い食料アイテムに比べると、3倍から6倍位の値段である。決して買えない値段では無いが、二つ目の理由が買うのに躊躇させる。そう、二つ目の理由は味である。調理の秘密を知らない冒険者にとって、味気の無い物にそんなにお金を掛けたくないという心理が起きていた為、誰もクレセントムーンの商品に目を向けなかった。
そんな時リルドは―――。
「っ!」
「あっ! ちょっとリルドちゃん!?」
何か思ったのか、クレセントバーガーを一つ持って、ある男性冒険者の元に向かい、クレセントバーガーを差し出した。
「お願いします! どうか食べてください!」
「え?」
「この分の御代はタダで良いので、食べてください! お願いします!」
「ま、まあ、タダでいいなら・・・・・・」
「あ、ありがとうございます!」
リルドは深々と頭を下げ、男性冒険者に礼を言った。
男性冒険者は、タダという事もあって、クレセントバーガーを一口食べる。すると――――。
「な、なんだこれは!? 美味いぞ!!」
男性冒険者は瞬く間に、クレセントバーガーを平らげた。そして直ぐ様、新たに注文をする。
「なあおい! さっきのクレセントバーガー、十個くれ!」
「はい! お買い上げありがとうございます!」
リルドは注文を受け、男性冒険者にクレセントバーガー十個を手渡し、御代を取った。それを見た他の冒険者達も、気になったのか、次々と注文をし始めた。
「なあ、俺にもクレセントバーガーを売ってくれ」
「あたしも!」
「俺はクレセントチキンで」
「俺はセットで!」
そして火が点いたかのように、クレセントムーンの商品は飛ぶように売れて言った。そして開店したその日で、クレセントムーンの名は、アキバ中に広がって行った。
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開店初日が終了し、三日月同盟では、本日の売上を集計していた。
「本日の売上は、予定されていた額を大幅に上回りましたわ」
ヘンリエッタのその言葉を聞いて、マリエールは目を輝かせた。
「ホンマかいな!? これやったら、500万なんてあっという間に稼げるやん!」
「普通に時間が掛かり過ぎるよマリ姐」
嬉しそうにしているマリエールに、シロエは首を横に振って言った。
「単純計算しても、正攻法で行くと数ヶ月は掛かる。それに、時間が経てば経つほど、誰かが秘密に気づくかも知れない」
「そうですわね。そうなったら、今日の様に稼ぐのは無理でしょうから、更に時間は掛かるでしょうね」
「それに、クレセントムーンはあくまでも餌。本命は“アレ”だから」
そう言って、シロエは何かを企むような顔をした。その表情はまさに、“腹黒シロエ”にピッタリな物であった。
そんな話をしていると、リルドが店員服を着たまま、御茶を持ってやって来た。
「ヘンリエッタさん、御茶を持って来ました」
「あれリルド? まだ着替えてなかったのかい?」
「そりゃさっさと着替えたいけど、ヘンリエッタさんは今日、集計やらなんやらで大変だと思ったから、少し元気が出るようにと思って・・・・・・」
それはリルドなりの、彼女への労いであった。因みに当の本人は、鼻血を出しながらいつも以上に興奮していた。
「ああ、夢にまで見たリルドくんの女装を、見れる日が来るなんて・・・・・・」
「・・・・・・やっぱり失敗したか?」
「ヘンリエッタさん。興奮するのはいいですが、ちゃんと仕事はしてくださいね」
「もちろんですわシロエ様。ところで、今以上頑張ったら、アカツキちゃんを貸して頂いても?」
「・・・・・・検討します」
シロエのその言葉に、ヘンリエッタはガッツポーズを取った。リルドは、これから起きる彼女の災難に、深く同情するのであった。
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それから更に数日後。クレセントムーンの名は瞬く間にアキバ中に知れ渡り、今日も行列を作っていた。
そんな中、リルドは見知った人物達と出会う。
「ん? もしかしてリルドか?」
「スマッシュの兄ちゃん達!?」
偶然にもスマッシュ達と鉢合わせしたリルド。いつもなら他愛の無い事だが、今現在リルドは、フリフリの可愛らしいウェイトレス姿だった。
「えっと・・・お前女だったのか?」
「ち、が、う! 俺は正真正銘男だ!」
「じゃあ何でそんなの着ているのよ?」
「こ、これには事情があってだな――――」
リルドは、このアキバを変えるためのお金を稼いでいる事を話した。
「500万なんて大金、一体何に使うの?」
「俺も詳しく知らないけど、シロ兄が必要って言うんだから、きっと何かに使うんだよ」
「女装してまでか?」
「女装の事には触れないでくれ・・・・・・」
「おお、悪い悪い。それにしてもアキバを変えるためのねぇ・・・・・・」
スマッシュがそう呟くと、他の三人と何やら相談し始めた。そして終わると、リルドにこう言った。
「よし、俺達ドレットパックも協力するぜ!」
「え? 良いのか?」
「ああ、俺達も今のアキバは好きじゃねぇ。もしお前らがそれを改善する為に動いているんだったら、手を貸すぜ!」
そう言ってスマッシュは、親指を立てながら笑った。こうしてドレットパックの協力を得たクレセントムーンは、更に売り上げを伸ばして行った。
そして更に数日後、今度はソウジロウと出会う。
「やあこんにちはリルド」
「あっ、ソウジロウ。来てくれたのか」
「色々と噂になっているからね。あと、ウェイトレス姿似合ってるよ」
「そこには触れないでくれ・・・・・・」
「ああ、ごめんごめん。似合っていたからつい・・・・・・」
「ところで、後ろにいる人達は? 何だか睨まれているような・・・・・・」
ソウジロウの後ろにいる女性達は、何故かリルドを睨み付けていた。
「彼女達は僕のギルドメンバーだよ。
今日は客として来た訳じゃなく、シロ先輩とにゃん太老師に頼まれて、手伝いに来たんだ」
「へ? もしかして、ソウジロウも?」
「うん、僕も放蕩者の御茶会のメンバーなんだ」
ソウジロウの言葉に、リルドは驚きを隠せなかった。
「そうだったんだ。ソウジロウがお茶会の・・・・・・」
「凄い偶然だよね。あの時泣いていた君が、シロ先輩の仲間だったなんて」
「出来れば、泣いていた事も忘れて下さい・・・・・・」
リルドはソウジロウに頭が上がらないと、心底思った。
こうして、西風の旅団も店を手伝うようになり、クレセントムーンの売り上げは更に上げていった。
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多少のトラブルが起こったものの、クレセントムーンの売上は順調に延びていった。
そんなある日、その上手い話に乗ろうと、アキバ三大生産ギルドである、海洋機構、第8商店街、ロデリック商会が動き出した。そして今日が、その会談の日である。
リルドとシロエは、その結果を三日月同盟のギルドホールで待っていた。
「大丈夫かな二人とも・・・・・・」
「大丈夫。ヘンリエッタさんはかなりのやり手だから、きっと上手く行くよ」
不安そうにしているリルドに、シロエは安心させるようにそう言った。そしてしばらくすると、マリエールとヘンリエッタが戻って来た。
「どうだった!?」
リルドは期待と不安を抱きながらそう訪ねると、二人は微笑みながら答えた。
「ばっちしや♪」
「海洋機構、第8商店街、ロデリック商会の三者共に、取り引きに応じてくれましたわ」
「よっしゃー!!!」
リルドは嬉しさのあまり、ガッツポーズを取った。
シロエの本当の目的は、クレセントムーンという餌で、この3つのギルド釣り、調理の仕組みを法外の値段で売るという、何とも詐欺に近い方法であった。
それはまんまと上手くいき、目標額の金を手に入れる事が出来た。
(これで、これで二人を助けられる! 待っていろよトウヤ! ミノリ!)
目的達成まで後一歩まで来ている事に、リルドはいつも以上のやる気を見せていた。するとヘンリエッタが――――。
「ところでリルドくん? 今回私は頑張ったので、御褒美が欲しいのですけど?」
「げっ」
ヘンリエッタはまるで獲物に食らいつく狼のような眼差しで、リルドを見ていた。本来なら断固として断るのだが、取り引きの立役者を蔑ろに出来る筈もなく、了承するしかなかった。
「わ、わかったよ・・・ドレスでもメイド服でも着るよ・・・・・・」
「さあ♪ それではお部屋に行きましょうね♪ ムフフフフ♪」
何もかも諦めたリルドをヘンリエッタはとても楽しそう連れて行った。
その日、彼は彼女の気が済むまで、着せ替え人形にされるのであった。
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ここはとあるギルドのギルドホール。そこの一室に、トウヤの姉であるミノリがいた。彼女がいる部屋は、御世辞にも良い部屋とは言えず、一種のタコ部屋であった。彼女と同じ境遇の人が他にもおり、この悪環境の中、誰もが疲れきって眠っていた。
(もう少し、もう少し我慢すれば、きっとシロエさん達が助けに来てくれる)
それは1週間ぐらい前の時の事である。いつもの労働の疲れで寝ていると、シロエとリルドから連絡が来たのである。その後もシロエ、或いはリルドと幾度と無く連絡を取り合い、彼らが自分達を助ける為に奔走している事を知っていた。
(あっ、念話)
ミノリは周囲の仲間を起こさないように、念話を出る。相手はリルドであった。
『よっ、こんばんはミノリ』
その明るい声に、ミノリは安堵の息を漏らす。
エルダーテイルを初めてプレイした日、最初に声を掛けた冒険者がリルドであった。二人はリルドに、今こなしているクエストのアイテムが何処にあるのか尋ねると――――。
“いや、何処にあるか俺も知らない。ああでも、シロ兄なら知っているかも”
そう言ってリルドは、二人にシロエを紹介したのである。その後、シロエとリルドと共に、アイテムがあるダンジョンに挑んだ。高レベルである二人だが、師範システムを使い、ミノリとトウヤと同じレベルで挑んだ為、四苦八苦してしまう。それに関してミノリは二人に頭を下げるが―――。
“そんなに気にすんなって、こういうのも冒険の醍醐味だろ?”
“そうだね、ピンチだからこそ身につく技術がある。それに、僕は楽しかったよ”
経験値は手に入らず、死ねばペナルティが発生するのにも関わらず、二人は一緒に冒険をしてくれ、そして今は自分達を助けようとしてくれている。ミノリは二人に、言葉を言い表せ無い程に感謝をしていた。
『――――ミノリ? 聞いているか?』
どうやら思いで話に浸っていた為、リルドの話を聞きそびれていたようである。ミノリは申し訳無さそうに、否定の合図である咳を二回する。
『それじゃもう一度言うけど、ようやく皆を助ける目処が立ったんだ』
「!?」
『随分待たせちまったな』
そう謝るリルドに対して、ミノリは二回咳をする。
『ありがとう。あとこれは提案なんだが、これが終わったらさ、二人でうちのギルドに来ないか? シロ兄が作ったギルドにさ』
リルドの言葉に、ミノリは戸惑った。自分達にそんな資格があるのだろうか?と。
『答えは今出さなくて良い。ゆっくり考えて出してくれ』
ミノリはその言葉に、咳を一回して返事をした。
『そろそろ時間だから切るな。あと最後に――――また四人で冒険しような。約束だ』
そう言って、リルドからの念話は終った。ミノリは、シロエと同じ事を言ってくれた事に、心から嬉しく思った。
自由はもう目の前に来ていると、彼女は実感した。