根無し草の艦隊   作:じーらい

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2015/5/3 改定。後半部分が大きく変更されました


2話

 横須賀まであと半日となり、久しぶりの本土帰還に自然と気持ちが高ぶる艦内。到着前最後の食事ということもあり、食堂では各々が好物を頼める特別なメニューが用意されていた。乗組員たちが好みの食事に舌鼓を打ち笑いあう喧騒の中、艦娘たちもそれぞれ好みの料理を選んでいた。

 

「おじさん! 特盛り戦艦カレー1つ! ハンバーグ乗せてね!」

 

 夕雲型19番艦「清霜」も例に漏れず、トレードマークの笑顔を浮かべて元気に声を張り上げていた。

 清霜にとって、今回の海上護衛任務は初めての輸送任務だった。艦娘養成学校を卒業し、晴れて艦娘となってからの試験航海は本土近海だけ。こうして長期間を海の上で過ごすことは初体験の連続でもあり、その任務も物資輸送船の護衛ということで、いつ敵が襲ってくるかと思うと神経質にもなっていた。清霜が考えていた以上に辛いこと多い中で挫けずにすんだのは、時間になると笑顔で美味しい料理を出してくれる炊事班がいてくれたことも大きい。

 

「はいよ、清霜嬢ちゃん。半生卵も付けといてやっからな」

 

「ホント!? ゴチになります!」

 

「へいお待ち! 出しといて何だが、嬢ちゃんコレ残さず食えるか?」

 

「うん! 将来は戦艦の艤装を付けてもらう予定だし、清霜に任せて!」

 

 いつも清霜が頼むカレーは駆逐サイズだが、今日は特盛り戦艦サイズへと変えられている。積み上げられたご飯は清霜の頭が隠れてもまだ足りない程。小さな身体に入る量じゃないと調理場の男たちも思ったが、上機嫌に鼻息を鳴らしながらカレーを運ぶ姿が娘や妹に見えた男たちは萌えたまま見送った。

 

「みんなー、おまたせ!」

 

 ドスン、重量感のあるカレーを机に置く。そのカレーの量に駆逐艦の仲間「不知火」「霞」「曙」、重巡「羽黒」の表情が歪んだ。

 

「あんた馬鹿ぁ? こんなの食べられるわけないじゃない」

 

 どう見たって大和型サイズじゃないのと、曙が小馬鹿にするように言う。その通りだとコクコクと頷く羽黒、不知火と霞は揃って溜息を吐いた。

 

「食べるもん。ぼのちゃんは少なくない? 足りるの?」

 

「ぼのちゃん言うな。今日は非番だからコレで十分なの」

 

 そういう曙のプレートにはコロッケ、味噌汁、小ご飯と定番のコロッケ定食。非番でも自ら課した鍛錬を怠らないストイックな曙だが、意外にもその食は細い。

 

「食べた方が早く強く成れると思うけどなぁ」

 

「なんでそう思うのよ?」

 

「だって『戦艦になる方法? よく食べることだ』って、司令官言ってたよ?」

 

「あンのクソ提督いい加減なことを……。清霜アンタ、自分の適性忘れたわけじゃないでしょうね。訓練校でちゃんと適正測ったでしょ? だから駆逐艦は逆立ちしても戦艦にはなれない。食べたら無駄な贅肉が付くだけよ」

 

 チラッと曙の視線が羽黒の“おもち”に向いた。突然鋭視線を向けられた羽黒が怯えるように両腕で隠す。その怯えた姿に軽い舌打ちと野太い歓声が重なったところで、羽黒は堪え切れないように俯いてまま小さくなった。

 

「戦艦になれるもん! 適正が変わる可能性だってまだ残ってるもん!」

 

「駆逐艦の艤装にしか耐えられなかった子が戦艦になれるわけないでしょ。無理よ、む り」

 

「無理って言ったら出来ることも無理になるんだよ! ぼのちゃん」

 

「ぼのちゃん言うなバカ霜!」

 

「バカって言ったほうがバカなんだよ、バカぼのちゃん!」

 

 髪を逆立てん勢いで言い合い始めた二人を見て、羽黒は助けを求めるように他の二人を見た。気弱な性格から、ケンカを止めたくても間に入るのに勇気が持てないでいる。その点、羽黒からの視線を受けた霞と不知火はハッキリものを言う性格をしている。駆逐艦相手に情けない重巡だと思いつつも、制止の声を掛けることにした。

 

「はいはい、曙も清霜もそこまでよ。煩いったらありゃしない」

 

「霞の言う通りです。喋るのは構いませんが、せっかくのカレーが冷めてしまいますよ」

 

 霞と不知火は、日下が率いる水雷戦隊で中核を担っている。二人と日下の付き合いは長く、この二人より更に付き合いの長い空母と軽空母から秘書艦を任せられるほど、日下との信頼は厚い。衝突することはあっても、お互いが主義を理解しているため良好な関係を築けている。

 しかし、それは霞と不知火、二人の空母艦娘に限っての話。まだ日の浅く不器用な者には、既に確立されているコミュニティに入りづらいと感じる者もいる。

 

「――はぁ、たかがカレー如きでアホらし。クソ提督とアホのせいで食欲なくなったわ」

 

 曙は溜息一つ、食事もそこそこに立ち上がった。

 

「待ちなさいな曙、今は艦隊待機命令中よ。何処に行こうか自由だけど、おとなしく部屋で休んでなさいな」

 

 そんな曙に、霞が何気ない待ったを掛けた。霞自身も何気ない注意のつもりであり、周りから見ても気遣いの混じった口調だっただろう。言われた曙も、普段通りならハイハイと済ませるはずだった。

 

「はぁ? 別にどこでもいいでしょ? 私がどこで何してようが、アンタに関係あるワケ?」

 

 だが今日は違った。本土帰還が見えたことで気が緩んだのか、抑えていた気持ちが溢れだしたのか、溜めこんだ鬱憤を吐き出すように霞へと向き直った。

 

「別に自由時間まで拘束しようだなんて考えちゃいないわよ。艦隊命令を遵守してくれれば構わないわ」

 

 普段とは違い、いや普段以上に棘のある曙を諫めるように霞が言った。

 

「じゃあ別にいいじゃない。アタシは自由時間をアンタ達と過ごすために使うのが嫌なだけだから」

 

 まるで喧嘩腰だ。この場の誰もがそう感じた。曙は普段から我が強く、口調も少々棘が目立つ物言いをする。しかし、本気で他人を乏しめることは言わないと誰もが思っていた。だが、今回は違った。心底嫌そうな顔で仲間へと言い放った。

 

「……旗艦として一緒にやって来たけど、ここまで自分勝手に振る舞って仲間を乏したのは貴女だけよ。いま謝れば皆忘れて水に流してあげるから、早く謝んなさい」

 

「はぁ? たかが半年間旗艦を勤めただけでもうリーダー面? 堪ったもんじゃないわよ。仲間? フン、帰還サマはイイご身分よね! そうやって仲間ごっこに現を抜かして、英雄だの何だの持ち上げられておきながら、前線を離れてのうのうと生きるクソの下で甘えてられるんだから」

 

「あんたねぇ、意味が分かって言ってるんでしょうね!? 共に戦う仲間を乏したした上に、上官の侮辱まで言ってるのよ!?」

 

 吐くように叫ぶ曙に、霞も我慢ならないように叫び返した。ここまで言われてしまえば、霞も我慢の限界だった。

 

「旗艦として駆逐艦曙に命令するわ、横須賀到着まで自室で待機してなさい! あんたみたいに自分勝手な奴と一緒じゃ、いざって時に艦隊行動に支障がでる」

 

「そんな命令に従うと思う? わたしはアンタを旗艦として認めてないし。第一、この輸送部隊が本格的に襲われるなんてことがあったら、誰も助かりやしないわよ。艦隊行動もクソもないわ」

 

「そうならないように私たちがいるのよ。部屋で休みなさい、二度は言わないわ」

 

「好きにさせて貰うわ。自由にしていいって言ったのもアンタだし」

 

「どうしても命令に従わないなら、こっちにも考えがあるわ」

 

「フン、わたしを艦隊から外すつもりかしら? 上等! クソ提督に進言でもすればいいじゃない! こんな部隊、外してもらった方がせいせいするわ!」

 

 そう吐き捨て、曙は食堂から姿を消した。霞はそんな曙を睨み続けていた。

我関せずを貫いた不知火。いつの間にか悪くなった空気にオロオロするだけの羽黒と清霜。気がつけば、あれほど騒がしかった食堂が静かになっていた。

 曙の行動は決して褒められたものではないが、今まで不満が全面に出てこなかった方が不思議だった。曙が何を思ってこんなことになったのかは誰も知らないが、何か理由があってのことだと皆も信じている。

 

 前に配属された部隊で何があったのか、それとも艦娘になる前の曙に何があったのか。

 

 日下率いる艦娘は秘書艦である霞をはじめ、誰もお互いの過去を知らない。知ろうとしない。【今】を形成する上で起きた出来事を共感しようとは思わないでいる。

 共感してしまえば、それは悲劇の積み重ねと同情からの依存になる。深海棲艦が現れた以降、誰もが悲劇を体験したのだ。そんな過去を知ったところで、いったい何の意味があるのか。互いを慈しみ、愛する余裕すら今の人間には与えられていない。

 だから他人への詮索はタブーとなっていた。それはこの艦隊だけの話ではない。どの部隊でも似たり寄ったりだろう。だが、一人で抱え込んだ感情はふとした切っ掛けで暴発する危険を含んでおり、実際にこうなってしまった。間が悪かった、などと簡単に片づけられる話ではないが、霞たちにはどうすることもできなかった。

 

 嵐が過ぎ去ったように静まり返った食堂。その中で、清霜が声を上げた。

 

「ねぇ霞ちゃん、お願いがあるんだけど!」

 

「なに!?」

 

「カレー、一緒にたべよ!?」

 

「……」

 

「一人じゃ多くて……だめ?」

 

 テヘっと笑う清霜を見て、ふぅ――と、霞は長く息を吐き、何でこうなったのか思い返した。

 思い返せば、余裕を失っている自分がいた。旗艦として部隊を纏め上げる責任。艦娘としての責任。艦娘となってから毎日感じていたソレを、重いと感じたことはなかったはずだった。

 けど、それは鎮守府に居た頃の話。陸から離れ、海に浮かぶ小さな船で生活を送ることになってからは責任という言葉がより強くなっていった。

 

 部隊を新設したとき、旗艦に任命されたとき。その後に少しあって、今のメンバーが集まって……。曙に初めて抱いた印象は、非常に練度の高い駆逐艦という印象だった。ストイックで、駆逐艦としての矜持を体現したような艦娘。そんな曙を自分と比較するようになってしまうのも仕方がなかった。

 だから霞は曙に負けまいと努力を続けた。その結果、空母から旗艦を任せられると言われたことは自信にもなった。その自信を保つことで精一杯となっていったのは何時からだろうか。空母たちに舐められまいと強くでるようになったのは何時からだろうか。

 

 胸に抱え込んでいたのは曙だけじゃない。曙にあのようなことを言っておきながら、今になって自覚した自分を恥じた。優秀な彼女らを嫉妬するのなら、それ以上の成果を挙げればいいだけだと。

 

 ――これじゃあ、面子を気にしてた記憶の中の連中と変わらないわね。

 

 気づいてみれば、なんと馬鹿馬鹿しいことか。それを気づかせてくれたのは、目の前でスプーンを差し出す後輩だ。

 こんな空気を変えようとした清霜は、普段のアホッぽさからは考えられないが、とても思慮深い娘だ。彼女なりに、本土帰還を前に少しでも隊の仲が良くなるようにと、皆で食べられる特盛り戦艦カレーを頼んだのかもしれない。

 まだ艦娘として日の浅い後輩に自分を気遣わせてしまった己を恥じるのは簡単だ。それを恥じと受け止め、成長に繋げる。それが出来なければ、旗艦もなにもない。霞は顔を上げた。

 

「一人で食べられないのに注文するんじゃないわよ。……ほら、何見てるの。あんた達も食べるのよ! 特に羽黒! 重巡のあなたが頼りなんだから」

 

「では不知火はハンバーグを」

 

「あっ! それ私の!」

 

「私は半熟卵を貰うわ」

 

「あ、あの、せっかくのカレーですし仲良く……えっと、ごめんなさい!」

 

「「「何で羽黒(さん)が謝るのよ(ですか)」」」

 

 霞、不知火、曙、清霜、羽黒、そして二人の空母を加えた計7人が輸送部隊に配属されてから一月。隊の中核を担う5人が不和のままではいけない。曙とは一度腹を割って話そう。明るい笑顔を浮かべる面々に、霞は誓った。その脳裏で、ピンチになると何時も颯爽と現れるクズが動いているのだろうかと思い浮かべながら。

 

 

 ◇

 

 

 緑茶がすごく飲みたい。湯呑いっぱいに入った熱々の緑茶を啜るように飲みながら、海軍㊙指定本を読んで優雅に生きたい。だが悲しいかな、私には職務があるのだ。

 その職務ももうすぐ一段落する。横須賀まであと半日となったところで、凸凹5人組にも自由時間を与えた。諸手を挙げて休憩に入った4人と、頑なに秘書艦としての努めを果たそうとしていた1人は今頃昼食でも取っているだろう。手が掛からなくていい。

 

 現在の警戒活動は2人の空母艦娘と、艦娘運用のため無理矢理改修された強襲揚陸艦【はりま】、その僚艦から飛び立った哨戒ヘリコプターが対潜警戒にあたっている。

なぜ対潜警戒なのか? 何故なら、深海棲艦はその名の通り深海から突如として現れるケースが多いからだ。

 

 そうして自由の身となった私は艦橋にて、遠目に二人の空母を眺めていた。

 

「日下大佐。瑞鶴、瑞鳳とのデータリンクは良いのかね?」

 

「大丈夫ですよ、比野《ひの》艦長。敵発見の一報はこちらでも聞けますし、何せ横須賀が目と鼻の先です。大本営もせっかくの【資源】を無駄にはしたくないでしょう。潜水艦娘か、早期警戒機が我が艦隊周辺に目を光らせてくれているはずです」

 

 私こと日下が比野と呼んだ方は、【はりま】の艦長だ。御年65歳。階級は少将。ちなみに私の階級は中佐から一夜漬けして昇進した大佐だ。艦娘の運用は大佐からだそうで、やっつけ感が半端ない。つまり本艦と僚艦の艦隊指揮は比野艦長が、艦娘の指揮を私が執ることで指揮系統が分担されている。

 

 ちらっと初老艦長の傍に控える人物に目をやると、うむうむと頷いている。どうやら私の予想は当たっているらしく、船団は既に横須賀の庇護下にいるようだ。大本営としても、大規模反抗作戦前の貴重な資源が海の藻屑になるなど考えたくないのだろう。

 

「深海棲艦は神出鬼没。はぐれが近海に現れることもしばしばあるが、本営の連中もこの船団の重要性は理解しておるようじゃな」

 

「鎮守府を起点に幾重にも張られた警戒網、そう易々と突破されても困りますよ。本土襲撃を何度も繰り返されては、私たち軍人も立つ瀬がありません。最も、我々海軍が出来るのは敵を察知することだけですが」

 

「先の本土襲撃の件を考えれば口惜しいが、我々は牙を磨くより網を張ることに特化してしまったからのぅ」

 

 元々我が国ではその手の早期警戒に力を入れていたが、深海棲艦に現行兵器が通用しなくなってからはその傾向が更に強くなった。通常兵装、例えばミサイルでも当たれば何とかなるのだが、これが中々命中しない。その結果、使えない兵器を製造するくらいならと艦娘の兵装・管理に力を入れ、既存技術の大半は警戒態勢の強化に費やされた。

 

「いま海上で艦載機を操っている【瑞鶴】君と【瑞鳳】君は優秀な上、経験も豊富です。私が逐一口を出すまでもなく、自身の責務を全うできますよ」

 

「確か、君が少尉の頃から養成学校で担当していた二人だったか。抜け目無い君のことじゃ、艦載機運用に関しては教え込んでいるのじゃろう?」

 

「私は基礎的なことを少し手解きしただけです。ここに至るまでの全ては、彼女たちの努力の賜物ですよ」

 

 “元”横須賀鎮守府所属の正規空母「瑞鶴」、軽空母「瑞鳳」と言えば軍関係で知らないものはいない。私が提督になる前からの付き合いだが、担当した中でもあの二人の才覚はずば抜けていた。

 そんな彼女たちを実力相応の戦場へ出撃させてやれないことに申し訳ないと思うが、それを承知の上で付いて来た二人だ。苦労をかける分、狭い艦内に居るよりも少しは羽を伸ばせる機会を与えてやりたいとは思っている。

 

 などと、仕事《データリンク》をしない言い訳を作ってきた。

 しかし、彼女たちが帰還した時のことを考えると気持ちが沈む。瑞鳳は怒るだけですむが、瑞鶴には職務怠慢だと爆撃されるだろう。いや、最近は電気按摩か。奴のあれは重心が私に傾いていた。

 

 そんなわけで無理矢理暇を作った私は、強襲揚陸艦【はりま】の比野艦長と話をしに艦橋へ来たのだ。

 艦娘に囲まれた生活を送っていると、軍人としての自覚を忘れてしまいそうになる。彼女たち艦娘は、いい意味でも悪い意味でも自由な存在だ。好き勝手に人の城を荒らしていく連中だ。私のような給金泥棒なサボリ軍人でも、国を守る者として最低限の心構えは必要なのだ。

 だからコレといって用があるわけではないが、こうして暇を見つけては軍人としての自覚を保つために無駄話をしにきている。これが中々面白く、戦術面では堅固な守勢と柔軟な対応でハッとさせられることが多い。何といってもこの比野艦長、海軍でもかなり年季のいったお爺さんだ。昔はタカ派としてバリバリだったらしい。もっとも、今となっては将棋の盤上に限った話。今では余生代わりに艦娘との仕事を希望する変人で有名だ。

 

「日下大佐、哨戒活動中の2隻から入電です」

 

「読み上げてくれ」

 

「『仕事しろ!』 『お詫びに艦載機の整備手伝って欲しい』です。以上」

 

「委細承知と。ああ、瑞鳳君には『今から忙しくなるから無理だ』と伝えろ。比野艦長、私は少し席を外します」

 

「日下大佐、次はどこへ向かわれるのかね?」

 

「二人にどやされるのが怖くなりまして。帰還後に提出する書類もありますし、執務室へ帰ります。お騒がせして申し訳ありませんでした」

 

「良い良い。軍人としては失格じゃが、君やあの娘らは孫みたいなものじゃからの。しっかり構ってあげなさい」

 

「はっ。艦娘のケアも給料分に含まれておりますので」

 

「そうか、そうか。――ああ、まずはウェルドッグの艦装整備ドッグに寄るように。その次に食堂、最後に執務室。これは命令だよ」

 

「は……? 執務室とは反対方向ですが」

 

「何か問題でもあるかね?」

 

「……いいえ、了解しました。日下大佐、ウェルドッグに向かい、食堂を訪れたあと執務室に戻ります」

 

 まるで、私が霞君たちの様子を見に行こうとしているのがバレているみたいではないか。いや、確かにそろそろ食堂では霞君たちがヒートアップしているのではないかと考えはしたが、そんな素振りを見せた覚えはない。やれやれ、これだから年寄りには適わない。

 

 

   ◇

 

 

 霞たちと別れた曙は、そのままの足でウェルドッグを訪れていた。強襲揚陸艦【はりま】は艦娘運用のための改修を受けており、艦娘が出撃するウェルドッグ近くに艦装を整備するための【整備ドッグ】が整えられている。

 本来、艦装の整備は専用の訓練を受けた整備員と【妖精】が行う決まりだが、曙は人間の整備員に自身の艦装を触らせたことがなかった。

 

「砲のトリガーが少し緩いのよ。もう少し固くして。……ええ、それくらいでいいわ」

 

「艦装が汚いと格好が付かないじゃない! ……戦闘が少ないからこそ、見栄えはしっかりする!」

 

「新しいB型改二連装砲が欲しいかって? そりゃ新型があるに越したことはないけど……それは私じゃなくてクソ提督に言いなさいよ。あんたらが弄りたいだけでしょ」

 

 新型の砲を弄りたいという妖精にため息を吐く。ふと、曙は艦装を磨く手を止めて思った。実際提督に頼めば何とかなるのではないか? と。

 

 実のところ、曙は日下ことクソ提督のことを良く知らないでいる。

 

 この半年で曙が日下に感じたのは、掴み所がなく、何を考えているか分からない。急にバカじゃないのかと思う行動をして、実は的を射ていたりする。こと実戦となると、なぜ閑職部隊を任されているのか分からないほどの指揮手腕を見せ付けられる。更に閑職部隊に回されたとはいえ、艦娘の運用を考えられた強襲揚陸艦に、旧式とはいえ2隻の僚艦。空母を含む7人の艦娘を大本営から預かった腕前はクソ提督と罵る曙から見ても驚嘆に値する。

 しかし、曙にとってはクソ提督。乗組員の前でもクソ提督、一目見たときからクソ提督である。とはいえ、困ったときは頼りになったりする。心の底からは嫌いになれない曙であった。

 

「そうねー……B型改二連装砲の件、クソ提督に聞いてみるわ。アレでもやる時はやるみたいだし、案外なんとかなっちゃうのかもね」

「……え? 大丈夫よ。あいつ、わたしの言う事なら聞いてくれるし」

「……ちがッ、わたしは別にアイツの、あんなクソのことなんて信頼も信用もしてないし! とにかく! あんた達はB型改二連装砲が届くのを待ってればいいのよ!」

 

「どうだろうな。鎮守府連中が私に新兵装を寄越すとは思えないが」

 

 一人のはずが、後ろから声が聞こえた。曙が振り返った先には、話題のクソ提督が立っていた。

 

「艦装の整備をしていたのだろう? 続けたまえ」

「ナンデココニイルノ」

「艦長に命令されて。艦内の見回りも兼ねている」

 

 ワナワナと震える曙を、無表情の提督が見つめていた。

 

「イツカラ?」

「始めからだ。気づかなかったのか」

「っ―――(声にならない叫び)」

 

 恥ずかしさのあまり、ごろごろと鉄板の床を転がる曙。あれだけクソクソと罵っておきながら、妖精の前で心を乱したが最後。実は便りにしていたと感づかれたと知られたのは、曙の人生において最大級の不覚だった。

 

「ときどき、曙君もおかしな行動をとるのだな」

 

「誰のせいだと思ってんのよ! 誰の!」

 

「気配に気づかなかったのは貴官の責任だろうに……。しかし、そうだな。先程の面白い行動に免じて、新兵装の件は任せておきたまえ」

 

 にやりと悪い笑みを浮かべる日下に、曙は一歩下がった。

 

「……本当にできるんでしょうね。後になって無理だったとか無しだから」

 

「強襲揚陸艦に僚艦二隻、7人の艦娘とその装備を分捕ってきた私を信じたまえ。まさか君、私が大本営でなんて呼ばれているか知らないのか? 【銀蝿】だよ? 聞いたことがないかい? 装備一式が根こそぎ倉庫から消えていて、気づけば書類だけが上に通っていた話は有名だと思うが……ああ、一時期は給料泥棒だなんてことも言われてたなぁ」

 

 一時期大問題になった話題じゃないかと戦慄する曙。深くは考えないようにした。ひょっとすると、アレやコレと噂になったのは全て目の前の男のせいじゃないのかとは考えないようにした。

 

「さいっていの二つ名ね! ピッタリだわ!」

 

「そう言われると照れる。止めたまえ」

 

「アンタ、やっぱ十分おかしいわよ……」

 

 だから強襲揚陸艦とかその他諸々とか、いろいろあり得ないことになってるけどもういいやと悟る曙だった。

 

日下は少し微笑み、深く帽子を被り直した。

 

「さて……ここに来るまでの間に食堂での経緯は聞いた。君から私に、何か申し開きはあるかい?」

 

「ないわね。言ったことは全部本音よ。あいつが旗艦だなんて認めないし、前線に出ないアンタを乏しめたのも事実よ。さあ、独房でもなんでも入れて見なさいよ」

 

「君は前線に出て戦いたいのかい?」

 

「当り前じゃない! それが艦娘よ!」

 

 曙自身が驚くくらいの即答だった。認められないものは認められない。私を戦わせろ。

 言うだけのことは言った。それで不相応な評価を与えるのならやってみろ。何なら艦隊を外されても構わない。曙はそうやって気丈に日下を睨み付けた。曲げられないだけの理由があるのだと。

 

「そうか。わかった」

 

 そんな曙に対し、日下は特に何も言わず、何も感じさせず、言われた曙が拍子抜けするほどにそう言った。

 

「他に何か、私に言いたいことはあるか?」

 

「え? あ……いや、ない……けど」

 

「では、私は食堂へ向かうとしよう」

 

 腹が減ったと言って飄々と去る日下だったが、ふと立ち止まり振り返った。

 

「――ああそうだ。その前に一つだけ」

 

「……? なによ」

 

「はも一度、ゆっくり休んで周りを見てみたまえ。自分が以下に馬鹿だか気付けるぞ。馬鹿と自覚している私が言うんだ、間違いない」

 

「はぁ?」

 

「ではな。整備、頑張ってくれたまえ」

 

 今度こそ日下は去って行った。残された曙は何やら考えた後に、艦装の整備へと戻った。

 

 

 ◇

 

 

 そして何事もなく、輸送船団は横須賀に到着した。民間の輸送船が各母港へと散らばる中、【はりま】も軍港へと錨を降ろした。そして総員集めで集合した艦娘に向け、提督はこう告げた。

 

「駆逐艦『霞』の秘書官並びに旗艦の任を解く。以降は瑞鶴がその任を勤めることとする」

 

 季節は冬。横須賀に、寒く冷たい季節が訪れようとしていた。

 

 




瑞「あんたなんか電気按摩の刑よ!」

提「やめたまえ! 重心をこちらに乗せるのだけは止めたまえ!」

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