20150904 1話改訂に伴い改訂
横須賀港に係留された【はりま】格納庫から軍への補給物資が降ろされていく。【はりま】は燃料や鉄などを満載した輸送船団の護衛を行っている船だ。当然、空いたスペースを埋めるように燃料や鉄が載せられている。
「輸送任務お疲れさまです……なんて、当然ながらだーれも迎えに来ないのな」
タラップを降りて目に入ったのは作業中の港湾関係者だけだ(もちろん軍属)。【鎮守府】の連中に嫌われているとはいえ、連中が運用する艦娘のためにわざわざ南西くんだりまで危険を冒して往復してきたのだから、迎えの一つくらい寄越せと言いたくもなる。
「日下大佐、積荷は如何致しましょうか? 横浜鎮守府からは到着次第送って欲しいと注文を受けていますが」
「じゃあ順次送ってくれ。――ああ、赤いコンテナは貯金箱に頼むよ」
資源管理のリスト表だろう、ファイルを脇に抱えた作業員に、船から運び出された赤いコンテナを指さしてそう言った。赤いコンテナの中身はもちろん資源だ。貯金箱は海軍保有の倉庫を示している。
「鎮守府の連中にバレても知りませんよ……?」
「ははは、何を言っているのか見当付かんよ? このこと知っているのは私を含む少しの海軍軍人とリストを改竄した君だけ。なーに、見つかった場合は犯人くらいすぐに分かるさ」
「誠心誠意励まさせていただきます!」
「ははは、顔が蒼いぞ?」
この青年は勘違いしているのだろうが、実は資源の横領などではない。これは私の古巣である【海軍】からの正式なオーダーだ。鎮守府に連絡は入っていないだろうがね。
燃料の一滴すら無駄に出来ないのに、役立たずの海軍は不正に燃料を溜めこんでいる―――などと噂が広まれば、次の日には私の名がマスコミから市民の敵として晒されるのかな? 『生活に困窮する中、軍の物資を不正流用させた疑い』の見出しでも付ければ、新聞は飛ぶように売れるだろう。まあ、正式な辞令がある以上はイチャモンでしかないが。
ちなみに、私に命令を下した【海軍】の主張はこうだ。
『鎮守府は艤装の建造、改良のためと称した資源の消費が酷い。海軍としては通常艦船も戦力であり、補給船の護衛や哨戒任務のためにも鎮守府に全資源を預けることはできない』だそうだ。
なら正面切って無駄遣いは辞めろと言えばいいものを。海軍のお偉方は貯め込んだ資源を鎮守府との利権争いのために使うつもりだ。深海棲艦が現れて以降、艦娘を運用する鎮守府と海軍はこの戦いにおける主導権を握ろうと躍起になっている。一度日本近海まで押し返された経験があるにも拘らず利権争いとは、現場の人間を舐めているのかという憤りを超え感服すら覚える。人類共通の敵が現れれば同族間の争いはなくなると誰かが言っていたが、その兆候はまだまだ見えてこないのが現状だった。
まあ、それに対して何かアクションを起こそうとも思わないがね。現状に甘んじる軍人で十分な私としては、波風立たせず無難にしておくことが懸命だと考えている。このご時勢、出る杭は打たれた挙句、海へポイだ。
「そういえば何ですけどね、大佐」
「なんだキョロキョロして。いい大人が気持ちの悪い」
「酷いですよ。いやね、今日は艦娘の子たちは居ないので?」
「君も好きだな。艦娘なんて、軍関係者には珍しいものでもないだろう」
「だって可愛いじゃないですか。ネットじゃ写真まで出回っているくらいですよ」
「・・・・・・艦娘の容姿は最重要機密だぞ。情報部の怠慢じゃないか」
「私に言わんで下さいよ」
一般市民は、アイアンボトム・サウンド攻略以前は艦娘の存在すら知らなかったのだがね。攻略作戦後の本土強襲から反撃までに艦娘の献身ぶりが噂で流れ、後はなし崩し的に広まったのだろう。しかし写真までとは……最近のカメラは性能が良すぎて困る。
「今頃は鎮守府ですか? 大佐が指揮している子たちって、陸にいる間は横須賀鎮守府に宿泊しているんですよね」
「ああ、彼女たちならもう鎮守府に「あ! 見つけたよ、提督さん!」 ……ああ、ちょうどこっちに来てしまったな」
大声で私を指さし、ツインテールを揺らしながら近づいてきた翔鶴型航空母艦2番艦「瑞鶴」。自称、横浜鎮守府最強と呼ばれる空母「加賀」の一番弟子。
これは決して私だけの見解ではないと前もって言うが、同じ空母艦娘に比べ自己主張の小さいオモチの持ち主である。この件に関しては鎮守府連中とも意見が一致する。男とはそういうものだ。加えて、私の艦隊に所属する妹分の瑞鳳君と毎日努力している姿はとても微笑ましいものだと付け加えておく。
「先に横須賀鎮守府へ向かうよう告げたはずなのだが。瑞鶴君、君はどうしてまだここにいるんだ?」
「そうしようと思ってたんだけど、よくよく考えたら今の私って秘書艦じゃない? 提督さんも報告とかあるだろうし、秘書艦が一緒じゃなきゃ格好付かないと思って」
「君にしては頭が回るなぁ。偉いぞ瑞鶴君、誰の差し金だい?」
「誰の差し金でもないわよ――って日下、あんたまた私を馬鹿にしたわね!」
「はっはっは、部下《ファン》の前だぞ瑞鶴君。提督、もしくは大佐と呼びたまえ」
「うっさい万年大佐!」
「それは褒め言葉だよ」
お堅い海軍での上下関係からは考え付かないが、鎮守府では私や瑞鶴君のような緩い関係も珍しくはない。むしろ第六駆逐隊のような子供にまで軍隊式を押し付けてもこちらが心苦しくなるだけなので、自然とそうなった。
「やっぱ仲良いんですね大佐……こんな美少女と仕事一緒とか正直羨ましいっす」
「まあ、こんなのでも筋肉達磨のむさ苦しい連中よりはマシって痛っ、何故私を叩く」
「そこは同意しなさいよ! 有難がりなさいよ!」
「君、訂正しよう。このじゃじゃ馬は顔はいいが暴力的だ。私の手には負えないよ――ってイタタ! 耳を抓らないでくれ!」
「ああそうだー、中将に報告に行くんだったわー。ほら早く報告に行くわよー」
「分かった、分かったから! 君、スマンがあとのことは頼むよ」
「任せてください。上手く誤魔化しておきますよ!」
「頼むよ!」
「へえ、意外と耳って伸びるのね」
「もう辞めないか」
これ以上は耳が伸びる。
◇
「――では中将、以上が今回の海上護衛任務の報告となります」
所変わって横浜鎮守府内。報告書を纏めた日下と瑞鶴は、上官である中将に先の輸送任務についての報告を済ませた。
「了解しました。ああそうだ、まだ言ってなかったですね。おかえりなさい日下大佐、瑞鶴特務官。横浜鎮守府は貴方たちの寄港を歓迎します」
「ありがとうございます。中将だけですよ、そう言って労わって下さるのは」
「そうそう、コレのせいで瑞鶴たち嫌われ者だもん」
「私だけではないだろう? 私の部下は余所から要らない子扱いされた連中だと記憶しているが」
「嫌われている自覚があるのなら、もう少し周囲に気を配ってみては? 五航戦は別として、日下提督。貴方には期待しているのだけれど」
日下と瑞鶴に対面して座るのは、【はりま】を預かる比野艦長と同じ御年65の女性中将と、その秘書艦『加賀』。女性で中将の地位にあるということで、この二人にも様々な逸話がある。
例えば加賀。
加賀の艦装を受け取る艦娘には、冷静・冷淡・平静など精神的に安定した者が多く見られる。中将指揮下の加賀はその度合いが強く、氷の女などと諸提督の間では噂されている。
そんな加賀を秘書艦にしている中将が、縁側でお茶を飲む姿が似合う田舎のおばあちゃんな訳がない。見た目は優しい老婆だが、女伊達らに中将に居座るために相応な経歴を持っている。
「おやおや、ではまた再研修ですか?」
「その必要があるかと思われます」
面白そうにほほ笑む中将と、口の端が吊り上る加賀。楽しそうにする二人と逆に、瑞鶴と日下は青白くなる。事なかれ主義の日下と、それに毒された瑞鶴は二人の言う研修が恐怖の対象なのだ。
「いや、加賀さん? 私も一端の提督になれたと自負しています。その必要はありませんよ」
「あら、そうなの?」
「ええ、ええ。一端の参謀補佐が提督に成り上がるため、中将と加賀さんからみっちり学ばさせていただきました」
「そう。なら、私のことを加賀『さん』 などと呼ばないことね。艦娘の上に立つ自覚から足りないのではなくて? 仕方ありませんので、明日からまた心構えを教えて差し上げます」
「……瑞鶴君、助けたまえ」
「ごめんくしゃかぁ……それだけはむりぃ……」
加賀の剣幕に冷や汗たらたら目はぐるぐる渦を巻き、半ばトリップしてしまっている。
「そうなると瑞鶴さんが暇になりますね。じゃあ折角ですし、瑞鶴さんは私の指揮下で訓練しましょうか?」
「あああぁぁぁ、私の幸運もここまでね……」
中将と加賀。二人は嘗ての担当上官だった。
日下が提督になると決まった日から、中将と加賀は短期間で提督となるための知識を叩きこんだ。提督になる前の日下が海軍に籍を置いていたことから、諸提督を黙らせるための実力が必要だった。そのため、中将と加賀からどこに出ても恥ずかしくないよう『教育』を受けた。
瑞鶴もまた、訓練校で『瑞鶴』への適正が発覚した後の戦技教官が加賀だった。根を上げようがゲロをまき散らそうが関係ない。容赦のない扱きに、何度枕を濡らしただろうか。日下と瑞鶴は遠い目を浮かべた。
「「許してください何でもしますから」」
「では再研修を」
神は死んだ! 二人は絶叫と共にソファーに沈んだ。
「ところで日下大佐、ひーくんから連絡があったのだけれど」
「比野艦長から? 何でしょう」
「霞ちゃん、旗艦として頑張っていたようですね。何故外したのですか?」
「耳が早いことで……」
霞の件は内々で片づける予定のため報告していない案件だった。比野艦長にクソ爺と心の中で罵りながら、日下は勤めてポーカーフェイスを保つ努力をした。もっとも、そんな努力が通用するほどこの場の面子は甘くはない。じっと睨む加賀に、日下の精神は早々に根を上げた。
「実はですね――」
日下は簡潔に話を纏めた。部隊の不和が如何にして起こったのか。
冷静であろうとする者、孤高であろうとする者、怯えて後ろに下がる者、愚直に前へ進む者、それらを纏めようと空回りする者。隊発足後からの不和はなくならず、ぎこちない艦隊運動はいずれ代償を払うことになる。そう締めくくった。
「おやおや、それは良い環境とは言えませんね」
「返す言葉もありません。部隊の命を預かっておきながらこの体たらく、弁解のしようもございません。直接的な被害が出なかったことだけが不幸中の幸いでした」
「日下大佐、私が叱っているのはそういう意味ではありませんよ」
「はあ……では、どのような意味でしょうか」
「貴方もご存じの通りだとは思いますが、艦娘となるのは年頃の女の子です」
「はい、それは分かります。彼女たちとどう接すればいいのか、私は常日頃から苦心しています」
そう言って隣の瑞鶴を見る。目が合った途端に満面の笑みに変わるアホ面ツインテールの顔面を無性に凸ピンしたくなる日下だった。
「年頃の乙女心を理解しろ、などは言いません。貴方に言ったところで意味はないでしょう」
「中将は何を仰りたいのでしょうか?」
「あの子たちはまだ子供なのですよ、日下大佐。貴方のように、給料に似合う働きをすればいいと割り切れる子は少ないでしょう」
「一理あります。彼女たちはまだ幼い。心のケアは必要であると私も感じています」
「……日下大佐、貴方と私の意図は少しズレているようですね。私はそのような事を言ったのではありませんよ」
「はあ……では、どういうことでしょうか?」
「貴方には彼女たちの拠り所になって欲しい、ということです。提督と艦娘という書類上の関係ではなく、心が通じ合う仲間として。提督は戦場へと送る艦娘を勝利に導き、日々の苦楽を共にするパートナーとしてあるべきだと私は考えています。日下大佐、私はもちろん貴方にもそうであって欲しい」
「しかしそれでは……情は判断を鈍らせます。一定以上の接触を持つことは軍規でも禁じられているはずです」
軍人という職業柄、どうしても男所帯になるのは仕方がない。そんな職場にうら若き乙女が入れば何が起こるか、簡単に予想が着く。また、ストレスの溜まる職場ということから万が一の事態もありうる。
「『そうなれ』とは言いませんし、貴方に期待しても無駄でしょう。関係に至った結果、轟沈という唐突の別れ以降、使い物にならなくなった提督も見てきました。
だから日下大佐。貴方には彼女たちと共に歩み、支えになって欲しいのです。心のケアなどと格好付ける前に、彼女たちと一緒に泣いて笑ってみてはいかがですか?」
「……命の危機に付け込むような形で取り入れと?」
「方法は一任します。そのような答えがすぐに出せるのです、得意分野なのでしょう」
任務中は命の危険など何処にでも落ちている。並んで歩くなら方式なら吊り橋効が狙える。保護者として動くなら、激戦の合間に甘い言葉を掛け、依存させることも可能だろう。
一任すると言われて真っ先にそう考えた自分の内心に、日下は唾を吐きかけたい思いだった。
「貴女は艦娘を軍人扱いするなと言い、一方で私には軍人として働けという。中将、貴女の座るその椅子はさぞお高いんでしょう」
「でなければ、人類は既に敗れています」
日下の皮肉も、中将は淡々と受け止めた。
勝利の為なら何でもする、利用できるならそれを使うことに躊躇いはない。自分がそういう男だと日下は自覚している。それでも、心の何処かで艦娘だけは例外になっていた。とんだフェミニストだと薄ら笑いが零れる。
でも、それでもいいじゃないか。やりようはある。日下は決めた。
部隊内不和を無くす、犠牲は一人も出さない、勝利を分かち合い、苦楽を共にしようと。仕事量は増えるが、教師を目指していた自分には案外遣り甲斐のある仕事になるかもしれない。指揮官としても一人の男の大人としても、子供の前では恰好良く生きてみようじゃないか。
あ、でも給料増えないかな……日下は喉から出かけた言葉を飲み込んだ。
「艦娘が深海棲艦と戦うことが当り前と論じられる時勢に流されるつもりはありません。拠り所になってみせますよ。提督として、一人の大人として」
「よろしい。期待していますよ」
言葉の端から読み取れた日下なりの答えに満足したのか、中将は深く頷く。話を一度区切り、中将は隣に座る加賀へと目配せした。
はい、と一度咳を置き、加賀は手元の資料を読み上げる。
「日下提督も既にご存知の通り、来春には反抗作戦が発令予定です。本作戦は南西海域サメワニ沖を抜け、ポートワイン沖の敵主力を殲滅することにあります。然る後、日下提督には前線での補給任務が任じられるはずです」
「艦娘の一時拠点としても期待されてそうだな。【はりま】のドッグは海軍の技術師が死に物狂いで作り上げたものだ、上層部の怒号が目に浮かぶよ」
強襲揚陸艦はりまの整備ドッグは広大な広さを誇る。本来は哨戒ヘリや上陸用のホバークラフトが搭載されていた場所だが、艦娘の運用に合わせてドッグや入渠施設に作り替えられており、前線基地としても十分な設備を誇っている。これを利用しない手はないというのが鎮守府上層部の考えだ。
「いっそのこと、日下提督が総指揮を執られればよいのでは?」
その方が早く安全に終わりますよと、加賀は言外にそう言ってのけた。
そんな加賀が面白くない日下は頭を振って否定する。
「加賀さん、貴女は中将と一緒になって私を過労死でもさせるつもりですか。冗談でも中将の秘書艦が言ってもいい事案ではないですよ」
「本心です。貴方の才覚は前線で指揮を執るに値する。それは既に実証されています。確かに補給任務は戦略上の最重要任務の一つですが、航路が安定すればある程度の人物でも可能です。ですが、深海棲艦に奪われた海域で戦う前線では違うわ」
「何を言われようが、何を思われようが私は軍人です。命令される側の人間であって、命令する側の人間ではないのです」
「向上心の欠片もないのですね」
「己の限界とやらはよく理解しているつもりですよ、私は」
向かい合って笑う加賀と日下。黙って事の進捗を見ていた瑞鶴だったが、のけ者にされていては面白くない。日下在るところに己在りと公言している瑞鶴にしてみれば、日下の進退は自分の進退と同じことだ。ここで口を出さずに何時出す、今でしょ! 後輩の言葉を心に――加賀のことは苦手どころか怖い部類だが――関係あるかと机を叩いて立ち上がった。
「ちょっと待って加賀さん! そりゃあ日下の指揮は適格だし、意外と細かいところまで気が利く奴よ。でも部屋は汚いし、日に日に書類仕事は霞の負担分が増えきてるし、勤務中なのに煙草を吹かしにフラッとどっか行っちゃうサボり癖もあるわ。この前なんか哨戒任務を私と瑞鳳に任せて、自分は省エネで任務を終わらせようとする奴よ? 前線勤務なんてしたら過労死するわ!」
「……は? 貴女は、えっと……つまり、何が言いたいのかしら?」
「日下だってこう言ってるわけだし、私だって忙しいのは嫌だし、今みたいにのほほんと暮らしたいの。確実な補給だって私たち以外には無理かもしれないし、その部隊の要である私にも反対する機会は当然あるわよね!?」
鼻息を荒くする瑞鶴に、加賀は手を額に当てた。
日下は青くなって震えていた。
「……手の込んだ自殺ですね。理解に苦しみます」
テメェなにサボりたいんです宣言してんだよ七面鳥が沈めるぞ。目でそう訴える加賀に日下と瑞鶴の腰が抜けた。
「ヒェッ、ちょ、ちょっと日下! 何とか言いなさいよ!」
トーンの下がった脅し文句に縮みこんだ瑞鶴は日下の手を揺すって言うが、当の日下はもうどうにでもなれと天井を向いた。
「あー……正式な辞令があるなら仕方がないと小官は思います。10割無いと睨んでますけど」
「私から推薦しておきましょうか? 現場の、それもこの加賀からの推薦なら無下にできないでしょうし」
「いや、ほんと勘弁して下さい。やるにしても、せめて部隊内不和を無くしてからにして欲しいかなーと愚考するわけでして、はい。
……瑞鶴君は知っているだろうが、私は人間関係が苦手なんだぞ。誰も本音を話そうとしない、上官には盾突く、なのに無駄に優秀ときた。そんな連中相手に無暗やたらに手を出すとどうなると思う? 下手すれば今の状況よりずっとこじれる。中将も言うけど、艦娘だって年頃の女の子と変わらないんだぞ? 子育ても知らない私があの子達をどう導いてやればいいのかなんて分かるもんか。あーやってられんよ全く」
もうどうにでもなーれ。隠していた省エネ戦法を付き合いの長い秘書艦にバラされ、ソファに沈み込みだらしなく足を投げ出した。
「ふふ、瑞鶴さんは本当に日下大佐が心配なのですね。でも安心しなさいな。現状で日下大佐が前線を任せられるなんてことはありませんよ」
「え? そうなの? てっきり前線勤務にでもなるんじゃないかって」
「大本営が有能ならそうするでしょうけど、権力闘争に明け暮れるクズ共にそんな脳はないわ。少しでも考えれば分かることなのに、これだから五航戦は……」
「あはは……なんだ、よかったぁ。――って、何よ日下。難しい顔して」
「いや、何でもないさ」
自分が前線勤務を命じられる時は、この国が藁にも縋りたくなるほど追い詰められたときだろう。そうでなければ、御上の覚えが良くない自分が『武功を上げられる戦場』に行くことはないと日下は考えている。だから生かさず殺さず、現状を維持したまま補給船団護衛の任務が長く続けられるだろうと。
「それはそうと日下大佐。霞ちゃんを旗艦から外す際、何か言葉を掛けましたか?」
思い出したように中将がそう問いかける。
「幾つか理由を告げました。霞君は理解も納得もしていましたし、件の曙君とも直接話をしたいと言っていました。ただ――」
「感情は別、と」
「はい。『責任を果たせなかったと泣いていました』と、船を降りる前に不知火君に言われました。久しぶりに不知火君から非難する眼を向けられましてね、中々堪えましたよ」
日下は目頭を揉み、吐き出すように言った。
「中将、私は軍人です。敵を倒すため部下を利用し、守るために死ねと命令する。部隊内の不和すら利用しようとする計算高い男です。困ったことにそうなっているんです。だから人の心の動きには聡いつもりです。そんな自分にあるのは、人の心を誘導して如何に効率よく部隊を運用するくらいです。けれど、彼女たちにはそうしたくない自分がいるんです。――まあ、これからは趣向を変えて上手くやっていくつもりではありますが」
冷徹に、時には冷酷に。どこから知ったのか人の弱みに付け込み、様々な無理難題を押し通すことに長けたことから【銀蠅】と呼ばれて久しい。
その日下が自身の内心を正直に話すどころか、艦娘限定ではあるものの自身のやり方を変えると言ったことに、中将どころか加賀でさえも目を丸くした。言葉の端々から読み取るのではなく、本人の口から本心を聞けるのは、付き合いの長い瑞鶴を含めてあまりないことだから。
「日下大佐。貴方を血も涙もない者と罵る輩も多いでしょうし、貴方自身そうであろうとしているのでしょう。ですが、時には血も涙もない人間でなければならない場合があります。この戦いの初期を考えれば尚更でしょう。
人的資源が減った現状では、最小限の犠牲で最大限の戦果が必要です。だからこそ、情に惑わされず合理的な判断を下せる貴方には働いて貰わなければなりません。貴方が軍人であり続ける限り、この国に尽くす義務があります。そのために部隊内の不和が邪魔だと言うのなら、不和を無くす努力をしなさい。接し方が分からないと言うのなら、ありのままの貴方を見せなさい。彼女達はきっとそれに応えてくれます」
「ええ、中将の仰る通りでしょうね。
日下提督は横浜鎮守府防衛戦の時、沈むまで戦う覚悟をした私たちを覚えていて? 必死を誓った私たちを、参謀だった貴方は大局を見誤るなと説得して内陸へ逃がした。その結果に多くの艦船が沈んだけれど、無事だった主要な艦娘によって反攻作戦は成功した。多くの仲間が逝って、それ以上の多くの市民が助かった戦いを指揮した貴方が、今では提督となりました。――だから、あなたには責任がある。血を流した分、何かを為さなければならないという責任が。それはあなたが一番分かっているいるのではなくって?」
中将の言葉を引き継いだ加賀がそう言った。言い方は厳しいが、加賀なりに日下を気遣った優しい声色だった。柔らかい笑みを浮かべる加賀のことを、日下が純粋に美しいと見惚れるほどに。
「ふん! 一航戦に言われなくても日下は理解してるわ。それに艦隊は私が守るんだもの。そう簡単に『死ね』なんて命令ださせやしないわよ!」
「そうだな……瑞鶴君が傍にいてくれれば大丈夫だ。――ああ、もちろん君だけではなく瑞鳳や加賀さん、隊の全員もだが……って、なんだその微妙な顔は」
苦虫を潰したような表情を浮かべる瑞鶴に、満足気に頷く加賀。一人納得顔で微笑みを崩さない中将に、日下は首を傾げた。
「しかしこうなると、基本不干渉だった艦娘同士の関係に踏み込むことになるのか……」
「なによ、何かマズイことでもあるの?」
困り顔で唸る日下。いったい何が問題なのかと、瑞鶴は何気なしにそう聞いた。
「いや、なんだ……」
「なに? 勿体ぶってないで言いなさいよ」
「あー……笑わってくれてかまわないが、私は教師を目指していたのは知っているね? しかしだね、思春期の女の子の気持ちとやらに疎いときた。瑞鶴君や加賀さんでさえ、どうにも理解が難しい」
「アーソウデショウネーソウジャナイカトオモッテタワー」
「分かってくれるか! ――時に瑞鶴君と加賀さんに聞きたかったことがあるんだ。君たちは、私のことを好意的に見てくれているのか?」
「大っ嫌いよこのバカーーーー!」
「頭にキましたお断りします」
執務室に、軽快な打撃音が二回鳴り響いた。
艦娘となる素体は主に一般から公募、または身体測定で適正が見つかれば国から依頼されて艦娘となる。訓練校で詳しく各艦装との適正を調べ、訓練の後に各鎮守府へと配属される。
プレイヤーが手に入れた艦娘がレベル1なのはそんな理由があるのではないかと妄想が捗ります。