俺の妹が榛名になった件   作:薬丸

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2ちゃん要素はないです。


1.俺の家に赤紙が届いたんだが?

 現実味がない。

 

 秋口、風が冷たくなってきた事を実感しつつ、いつも通りの帰り道を歩いていた。

 今日は珍しく、定時前に帰れるという一年に一度あるかないかの奇跡が起こっていた。

 高揚した気分でアパートについた時に違和感があった。

 家の前に見慣れぬごつい軍用車が止まっていたのだ。

 それからの流れは早かった。

 俺が気付いた時には軍服を来た人間が降りてきて本人確認をされ、封筒を渡された瞬間から、現実味がなくなった。

 

 いつも通りだった日常が、僅か3分の出来事で非日常へと乖離した。

 

 用は済んだと軍服を着た人物はさっさと軍用車に乗って去っていった。

 抜け殻のようになった俺は、家の鍵を開け、靴を脱ぎ、リビングのソファに鞄を置き、テーブルに置かれたリモコンでテレビを点け、手洗いをしに洗面所に行き、リビングのソファに座り、封筒を開けた。

 いつも通りの行動を無意識の内に済ませ、ふわふわとした感覚の中で、封筒の中身を取り出し、予想通りの物が入っていたと確認した瞬間。

 

 現実が重みを伴って帰ってきた。

 

「まじかよ」

 

 

 

 俺は今リビングに置かれたソファに座りながら、手に持った一枚の紙切れを蛍光灯の光に翳して眺めている。

 赤く薄っぺらなその紙には、召集令状とでかでかと書かれている。

 何かの間違いか冗談だと思いたいが、そこには俺の名前と日本海軍の印がしっかりと書き込まれていた。

 

「まじかよ」

 

 先ほどと同じ言葉を吐く。

 疑問ではなく、否定したいという思いから零れたその言葉はとても重たく響いた。

 

「あーこれどうしよ、水夏になんて説明したら……というか、被扶養者がいる人間に赤紙はこないんじゃなかったか?」

 

 確かそういう風に言われていた筈だ。

 やっぱり間違いか?けど氏名には俺の名前がしっかりと書かれている。

 なら、戦況の悪化で基準が変わった?でもニュースじゃあそんな事言ってない……本当の重大情報ってニュースにも乗らないって事も……

 

「あーもうわからん!」

 

 と感情を爆発させた所で、玄関の扉が開く音がした。

 時計を見ると、針は午後七時を指している。

 それが妹の帰ってくる時間だと気付いた俺は、慌てて赤紙と封筒をソファのクッションの下に隠した。 

 テレビを真剣に見ていますよ、という体勢を作った瞬間、リビングのドアが開いて妹が入ってきた。

 

「あ、おかえり」

 

「うん、ただいまお兄ちゃん。この時間に帰ってくるって珍しいね」

 

 俺の唯一の肉親である妹、平山水夏のご帰宅である。

 高校三年生だが、絵の推薦で芸大への進路が決まっており、秋口の卒業が間近に迫る今でも、日が沈むまで美術室にこもってに絵を描きまくっている部活少女である。

 

「おう、なんか今日はあがっていいって言われちゃってさ。いつもこき使われるのに、珍しい事もあったもんだよ」

 

 働きに出て一年、残業も無く帰れたのなんて初めてだ。

 そっか、もしかしたら軍が手を回したのかも知れないな。

 そう考えた瞬間、現実が再び重くのしかかって、

 

「お兄ちゃん、どうかしたの?顔色悪いよ?」

 

 心配そうに見つめてくる水夏に、俺は頭を一度振って答える。

 

「上司の優しさが少し怖かっただけさ。今度デスマーチかなんかしなきゃならんかも。そうだ、お前部活で疲れてるだろ?今日は俺が夕飯作るよ」

 

「えっ、でも」

 

「久々に作ってみたいしさ、頼むわ」

 

「そっか、それならお願いしようかな。お兄ちゃんの手料理久しぶりだから、すっごい楽しみ!」

 

「そんじゃちゃちゃっと作るから、シャワー浴びてくるなりして時間潰しててくれ」

 

 

 

 男の鉄板料理であるチャーハンと肉野菜炒めを作り、テーブルに並べ終えた俺は、シャワーに行った水夏をぼーっと待っていた。

 テレビを見ている風を装いながら、いつ打ち明けようとか、けどこれやっぱ冗談じゃね?とか、でも偽造は重罪だし本物だよなぁとか、働かない頭でぐるぐると考える。

 正しく下手の考え状態である。

 適当に流していたテレビの画面が、CMからニュース番組に切り替わった。

 画面の右上には20時の文字。

 ん?汗を流すだけにしては時間が掛かりすぎじゃないか?

 俺は立ち上がり、風呂場に向かう。

 洗面所の扉をノックして、声を掛ける。

 

「水夏、着替えてるか?」

 

 ……

 無音。気配も無いのでさっさと中に入ろう。

 

「入るぞー」

 

 ガチャリと扉を開け、洗面所に入る。

 うん、着替え中じゃなくて良かった。

 風呂場の方からシャワーの音が聞こえてくる。

 俺は風呂場への仕切りに向かって話しかける。

 

「おーい、水夏?」

 

 すると、

 

「えっ、あ、あれ、お兄ちゃん?!なんで?!!」

 

 慌てた水夏の声がすぐさま返ってきた。

 

「お、寝てた訳じゃなかったのか。良かった良かった」

 

「ちょ、良くないよ!何入ってきてるの?!」

 

「いや、別に風呂場覗いた訳じゃないんだし、そんな大声出さなくても……」

 

「その言葉はデリカシー無さ過ぎ!早く洗面所から出てって!!」

 

 女性がデリカシーを取り出してきたら話はおしまいである。

 

「あー悪かったよ。でもよ、汗流すだけで一時間近くシャワー浴びるのは良くないぜ?お前の身体にも、俺の料理にもさ」

 

「えっ?そんなに時間経ってたの?わっ!ごめんね!!」

 

 ありゃ、思春期の少女にしてはとても素直な反応。

 父さん母さん、うちの妹はとても良い子に育っているようですよ!

 

「別にいいよ。とりあえず身体ちゃんと温めてから出て来いよ。その間に料理は温め直しておくから」

 

「うん、ほんとにごめん。あーもうなにやってんだろ……」

 

 しょげ返った声を背に受けながら、俺はリビングに戻るのだった。

 

 

 

 10分程後、丁度料理を並べ終えた時に水夏がばつの悪そうな顔をしながらリビングに入ってきた。

 

「ごめんね、お兄ちゃん」

 

「ん、気にすんな。けど、大丈夫か?」

 

「うん、ちゃんと温まってきたよ」

 

 にっこり笑顔つきで返される。

 うーん、もう少し深い所が聞きたかったんだが、思春期という事で深く聞き過ぎるのを躊躇ってしまった。

 まあそこらへんは飯を食べながら聞いていくか。

 

「それじゃあ飯にすっか」

 

「うん!」

 

 

 

 

 俺達はニュースの音を背景に、久しぶりの家族団らんを楽しんでいた。

 こうしてゆっくり話すのは一ヶ月振りだ。仕事が忙しくなると、どうしても家族での時間が取れなくなる。だからこそ、この時間がとても楽しく感じられる。

 この一ヶ月、互いにどうしていたのか、何か問題は起こらなかったかという情報交換に近い話から、友達との会話などの取り留めもない話まで、離れていた時間を埋めるように話し合い、笑い合う。

 

 徴兵の事をどこかで言わなければいけないと、少し気まずいながらに話していたのだが、食べ終わる頃には自然体に戻れていた。

 今不確定な状態で話しても仕方ないから、明日仕事を休んで軍に連絡をしよう。水夏に話すのは、ちゃんと確認を取ってからでも良いじゃないか。

 水夏との会話のおかげで、そうやって落ち着く事が出来た。

 家族との会話がこんなにも大事な事だったとは、昔は思ってもみなかったなぁ。

 

 しかし、気になった事もある。

 時間を忘れてシャワーを浴びていた事、声を掛けた後の水夏らしくない対応がどうにも気になり、その事を聞いてみたのだ。

 けれど、微妙にはぐらかされた。

 今日何かあったのか?体調は大丈夫か?部活は大変なのか?いじめとかあるか?悩みがあるのか?と手を変え品を変え、最後は直球で聞いてみたのだが、大丈夫だよ、楽しいよ、何にもないよと普通に返された。

 無理をしている様子もないので嘘では無いと思うのだが……

 なら寝てたのか?けど風呂場へ向けた声にはすぐに返答していたし……

 

「後片付けは私がやるねー」

 

「お、よろしくー」

 

 はっとして返事をする。

 かちゃかちゃと皿を重ね、キッチンに持っていく。

 そしてキッチンから水音と皿が擦れる音に混じり、鼻歌が聞こえてきた。

 

 その様子に俺は小さく息を吐いた。

 駄目だ、どうにも徴兵の一件から物事を重く見すぎている。

 仮に水夏に深刻な悩み事があって時間を忘れていたのだとしても、いじめなんかの暗い方向へ考えが行きがちだが、恋だ愛だの桃色の悩みという事もある。

 本当に寝かけだっただけとか、思春期特有の何かとか、そういう可能性も十分にある。

 

 俺は今一度頭を振って、冷静になるようにと念じる。

 

「うん、おーけー、大丈夫だ」

 

 水夏はこれと一度決めた事には驚くほど頑固になるし、ここははぐらかされておこう。

 そして今度は言い逃れが出来ないように、妙に悩んでいたり疲れていたりする姿を見つけたら速攻で突っ込もう。さすがにそこまですれば、水夏も少しは打ち明けてくれるだろう。

 ……

 シスコンが過ぎるとは自分でも分かっている。

 だけど唯一の肉親となれば、家族を思う気持ちの比重はどうしたって重くなるって。

 …

 って、誰かに向けた言い訳だよ。どうやら相当疲れてるらしい。

 

「お兄ちゃん、お茶入れたよー」

 

 と、水夏がお茶を入れて戻ってきた。

 俺は慌てて眉間のしわをほぐして、努めて明るい表情をする。

 

「おう、サンキュー。気が利くな」

 

「どういたしましてー」

 

 水夏が浮かべる表情にも、声の調子にも陰りはない。

 その様子に少しほっとして、水夏の入れてくれたお茶を手に取るのだった。

 

 

 

 今俺と水夏は、リビングでお茶とお茶菓子をつまみながら談笑している。

 点けっぱなしのテレビから流れる、世界の名所を解説する落ち着いた声が良いBGMになっている。

 

「そういえば水夏、もうちょいで九時だけど寝なくていいのか?朝練とかあるんだろ?」

 

「明日からテスト準備期間だから、部活はしばらくないよー。それに九時に寝ちゃうほど子供じゃないよ?」

 

「あーもうそんな時期なのか。ならだべってないでテスト勉強を」

 

「お兄ちゃんはそう言われて、素直にテスト勉強してたっけ?」

 

「ぐっ、それを言われるとどうしようもない」

 

「大丈夫、明日からちゃんとやるし。今日はお兄ちゃんとゆっくりしたいかなー」

 

 ぐっ、そう言われるとどうしようもない。

 

「ならこのまま適当にテレビでも見るかね」

 

 そろそろ九時になる、そうしたら適当なバラエティが始まるだろう。

 名所巡りが終わり、次の番組の予告が始まった。

 

『あの凄惨な事件から今日で丁度五年が経ちました。今日の報道Nは生放送で特集を組んで……』

 

 アナウンサーが粛々とそう言った。

 俺は慌ててリモコンに手を伸ばそうとして、

 

「これ、見たい」

 

 水夏は少し硬い声でそう言った。

 二人にとって、いや、全世界の人間にとっての辛い記憶。

 これまで俺達はこの話題を執拗に避けていたのに。

 

「お願い、お兄ちゃんと一緒に見たいの」

 

 そう言われては、どうしようもない。

 

「そっか、わかった」

 

 俺は伸ばした手を戻し、お茶を一口飲み、心を落ち着けた。

 五年前から始まった悪夢に、向き合うとしよう。

 




導入は少しシリアスに。
すぐダイジェストの垂れ流しになります。
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