艦娘達が市民権を持ったという所で、特集は終わった。
始まったのが九時、終わったのは12時と、実に三時間の長丁場。
俺達は一言も話さず、席も立たず、ずっとそれを見続けていた。
長時間同じ体勢だったから体が硬くなってしまっている。
伸びの一つでもしたいのだが、水夏は体勢も、真剣な面持ちも崩していないので、どうにもタイミングが掴めない。
俺はなんとも言えない奇妙な雰囲気の中、しばらく明日の天気を見つめていた。
だがこのままいてもしょうがないので、明日の天気が終わる頃合に話しかけようとして、
「お兄ちゃん、話があるの」
先制攻撃を食らった。
水夏は真剣な面持ちをしてこちらに向き直った。
「お、おう」
「私、艦娘になろうと思う」
唐突な告白だった。
人は本当に驚いた時、口をぽかーんと開けてしまうのだと始めて知った。
とりあえず俺は震える手でお茶に手を伸ばし、口を潤す。
心を落ち着けないとやってられない。
「一先ず説明をしてくれ。お前美大に推薦決まってたろ?卒業半年前だってのに未だ部室で描いてるぐらい絵好きなんだろ?」
「その前にさ、宣言しておくね。私は何もかも正直に話そうと思う。だから、お兄ちゃんも全部話して」
こんな真剣な表情で話しあったのは、一年前、家を売りに出すと話した時以来だろうか。
とりあえず、受け入れるしかないよな。
「ああ、わかった。全部話すし、全部聞く」
「うん、ありがと。とりあえずさっきの答えを返すね。
大学には行かない。絵を描くのは大好きだよ。けどね、私が部室にこもってたのは、一人きりになる家が嫌だったから」
俺は言葉を詰まらせる他無い。
それは、
「ごめん、これは愚痴だね。どうしようもなかった事なのに」
俺達の両親は第二次深海棲艦侵略時に行方不明になった。
全世界誘拐誘拐事件を第一次、海上施設及び海上航行機破壊を第二次、人型深海棲艦の侵略を第三次とつける。
この中で行方不明となった人間の生存率がもっとも低いといわれているのは、破壊に重きを置かれていた第二次侵略である。
両親は飛行機に乗っていたので、生存率は更に低いと思われる。
だからまあ有体に言うなら、両親は数年前に死んでしまったという事だ。
残された俺達は、施設に行くか、二人で生きていくかを選択させられた。
この辺りの施設は第一次侵略の段階でパンパンで、そりゃもう酷い有様だった。親がいなくなるという悲劇、その悲劇についても何もわからず、感情の吐き口が見当たらない。
施設に入った友達が、やせ細った顔をして言っていた。
施設内にいると負の感情が何倍にも増幅されてしまう。もうね、本当に混沌として、救いようが無い、と。
友達の横顔と言葉を決定打に、俺は自立の道を取った。
高校を中退して父との親交が篤かった人のコネで不動産系の仕事についた。
家は売りに出し、家財の何もかもを売り払い、アパートを借り、今に至る。
家を売ったのは、思い出に縋り付きそうだったからだ。
水夏は嫌がるだろうと思っていたが、寂しそうな笑顔を見せながらも頷いてくれた。
それから水夏はずっと、良い子だった。
それは俺にとって都合の良い子を演じてくれていたんだと気付いてはいたのだ。
けれどそれに甘えるしかなかった。
「私、もうお兄ちゃんとすれ違いたくないんだ。
顔も合わせられない生活サイクルも、互いに気を遣いあう関係も、無くしたい。
だから、私と一緒に海軍に入って」
「は?待て待て待て待て!とりあえず待て!どうしてそこからそうなるんだ?!」
「私、考えたんだ。将来について、家族について。
美大に行っても、将来絵を描く職業につくなんて無理だと思ってる。艦娘の登場で状況は多少好転したけど、逼迫してるのは間違いないよね。絵を描くって娯楽に属する職業は、なくなりこそしないだろうけど、門は狭くなるのは絶対だし」
「まあ、確かに」
こんな世の中だからこそ、心を休める娯楽や芸術という物は絶対に必要だ。
けれどもこれからどんどん状況が悪化すれば、真っ先にアシを切られるのはそういった産業からになる。
「でね、家族についてなんだけど。
私さ、お兄ちゃんに何も返せてないの。
高校をやめて、友達との関係もほとんど切っちゃって、朝から晩まで働き尽くめのお兄ちゃんに返せるものってなんだろう?って考えたの。
そしたら友達が、今一番人気の職業が海軍の提督だって言ってたの思い出したの。改めてその友達に相談したら、艦娘達と直接やり取りが出来る提督が全男の夢で憧れなんだよ、きっとお兄さんも提督になって艦娘達ときゃっきゃうふふしたいに決まってるよ!って」
「そんな妄言をぶっ放す友人とはさっさと縁を切りなさい。
確かに海軍は今超人気の職業だけどさ、倍率どんだけだと……」
そこで俺は赤い紙の存在を思い出す。あそこには海軍への徴兵とあった。
「大丈夫!キャンペーンやってて、夫婦とか兄弟とかで応募すると艦娘、提督になれるチャンスがぐぐっと近づくんだよ!それで選ばれたら一緒の部隊に配属されるんだって!」
「なんだよキャンペーンって!そんなんやる程海軍って人員不足なのかよ!」
「それで私の方には赤紙が来たんだけど、お兄ちゃんには来てない?」
「頼む妹よ、会話をしてくれ……」
妹の勢いに押されっぱなしだ。
けれどここで全てが氷解した。
俺に赤紙が来たのは、妹が届けを出し、それが当選したかららしい。
「全部お前の仕込みだったのか……。
来てるよ、今日の帰りにさ。これって拒否って」
「多分できないんじゃないかな、国からの正式な命令だし」
「だよな~~」
あまりの出来事に、空気が抜けるような言葉しか出てこない。
国の命令ともなれば従わざるを得ない。
けれど、ちゃんとした理由が聞きたい。
俺の為、というのもあるにはあるだろうが、それだけで夢を諦められるだろうか?
もっと個人的な理由がなければ、死ぬ可能性がある戦場に赴こうなんて考えないと思うのだ。
「分かった、ここまでくれば俺も腹を括る。
だけど、お前の胸の内もちゃんと知りたい」
じっと見つめると、水夏は気まずそうに、しかしほっとしたかのような表情になり、話しだした。
「私ね、本当はお父さんお母さんの死を受け入れる事が出来てないんだと思う。
あの時から夢みたいにふわふわした感覚が続いてるの。
けど最近お兄ちゃんの帰りが遅くなって、どんどん私達が離れていく感覚があったの。
そしたら何かもう色々な感情が溢れて、すっごい怖くなって、すっごく心細くなって……。
一人きりになった部室で絵を描く虚しさとか、一人夜道を歩く怖さとか、暗い家に帰ったときの寂しさとかに気付いちゃったの。
そこで私はお兄ちゃんに守られ続けてたから、夢見心地でいられたって気付いたの。
でね、お兄ちゃんにこれ以上頼っちゃいけないって、一人の部屋で怖いのを押し殺してたらね、ふっと頭に良くない考えが浮かんだの。
今の状況はお父さんお母さんのせいなんじゃないかって思っちゃったの。
なに思ってるの?!ってすぐに打ち消したんだけど、一度思っちゃったらダメな考えで。
全部深海棲艦が悪いって理解してる筈なのに。
そしたらまた気付いたんだよね、そういう番組って私もお兄ちゃんも自然と避けてて、深海棲艦について全然知らなくて、憎しみが全然生まれて来ないんだって。
だから色々言ったけど、最終的には私のわがままなの。
私は家族を憎しみたくないから、海軍に入ってあいつらの敵になって、あいつらを憎しみの対象にしたいの。
私の復讐にお兄ちゃんを巻き込んじゃって、本当にごめんなさい」
そう言って水夏は頭を下げた。
やめてくれ、頭を下げるのは俺の方だ。
水夏の気持ちも状態も気づいてやれなかった、気まずく成りたくないが為に大事な話を避けてしまった、守るという事を履き違えていた俺の方こそ頭を下げるべきだ。
「水夏、俺の方こそすまん。お前の事をちゃんと見れてなかった」
しばし無言で、二人とも頭を下げ続ける。
十秒ほどで互いに頭を上げ、どちらからともなく困ったような、気恥ずかしいような、そんな笑みを浮かべた。
「なんか、時間が動き出した感じがする」
「そうだな、初めからこうして話し合うべきだったんだよな」
なんともすっきりとした気持ちである。
互いに変な気遣いを回しすぎたと気付けたのは、二人にとってとても大きな一歩に違いない。
「それじゃあちょっと紙取ってくるわ」
「私はお茶淹れ直すね」
そして俺達は赤紙を互いに見直し、水夏の卒業まで準備期間があると知った。
それまでの間、互いに後悔の無いよう過ごす事にした。
水夏は絵を描き、友達と遊びに行き、先生達にお礼をしていた。
俺は仕事でお世話になった人に挨拶に行き、引き継ぎの準備をして、後見人だった人に報告を済ませた。
二人で家の片付けをし、必要な物を買い出し、両親の墓参りに初めて二人で行った。
そうこうしている内に時間は進み、水夏の卒業式がやってきた。
俺も父兄として参加し、水夏が卒業証書を貰う時には密かに涙を流した。
式が終わり、校門で水夏を待っていると、水夏が友達と共にやってきた。
全員の目が赤い所を見ると、感動の別れはきちんと済ませたらしい。
俺はそんな事にも目頭を熱くしていると、向こうがこちらに気付いた。
「お兄ちゃん!来てくれてたんだ!」
「なんとか引き継ぎが終わったからな、来てみた」
実は一昨日ぐらいに終わっているのだが、用事終わりに寄った感を出す。
妹は思春期まっただ中だし、俺が来るのを嫌がるかも知れないと気を遣った。
けれど妹のテンションを見るに、杞憂だったらしい。また間違った気遣いをしてしまったかも。
「あっ、この人が噂のお兄さん?!はじめまして、私水夏の友達で美樹って言います!
あのあの、ともかく水夏の事大事にしてあげてくださいね!」
「美樹ちゃん何言ってるの?!も、もう、お兄ちゃん!行こっ!」
「お、おう」
「皆それじゃあね!またいつか絶対に会おうね!」
そう言って水夏は俺の腕を取って走りだした。
目には涙をいっぱい浮かべて、
「またね、水夏ちゃん!」
「水夏!気をつけてね!」
「水夏!幸せになるのよ!」
けれどその表情はとても綺麗な笑顔だった。
こうして俺達の準備期間は終わった。
これから軍人としての道を歩む事になる。
けれどそれについては一切の後悔はない。
水夏と一緒に歩めるのなら、それだけで俺は幸せだ。