ずーっと説明回です。
契約書にサインし、正式に入隊した俺に宮守さんは改めて歓迎の証にと、艦娘の説明をしてくれるそうだ。
「改めて釘を刺させてもらうが、とにかく冷静に、まずは話だけ聞いて欲しい」
「はい、腹は括ってます」
「宜しい、ならまた驚くべき事から先に話してしまおう」
そう言って宮守さんは懐から一枚の写真を取り出し、見せてくれた。
そこには宮守さんと、黒髪長髪の穏やかな表情をした大和撫子然とした女性と、五六歳の少女の三人が写っていた。
「それは私の妻と娘でね」
「とても綺麗な奥さんと、利発そうな娘さんですね」
「ああ、自慢の妻と娘だった」
「だった?」
「ああ、過去形だ。娘は第一次侵略時に行方不明になった」
「そ、それは」
「いいんだ、私もある程度割り切っている。ともかくそれが元でね、妻と共に鎮守府に届けを出したのさ。君達と同じようにね」
「そうだったんですか…あの、それで今奥様は?」
「ん、君の眼の前にいるだろう?」
「はい?」
「わざとこういう言い方をしているが、君はとても良い反応をしてくれるね。
さっき私の隣に写っていた黒髪タレ目の妻は、今私の隣で秘書艦をしている不知火なんだ」
「冗談ではなく、私は宮守薫子であり、また駆逐艦不知火なのです。両者の記憶と人格を持って、全く別の不知火として私はここに在ります」
「えっ、いやだって、身長とか、髪色とか、似ている所すらありませんよ。むしろ娘さんの方が容姿は近い気がするんですが」
「ここからが非常に難しい所だ。妖精さんは完全なるファンタジーとして何となくで受け入れられる。だがここからはリアルが入り混じった受け入れ難い事実が多くなる。
冷静になって聞いてくれよ。
艦娘の本質とは、資質のある女性に憑依した英霊なんだ。
遠い昔にあったような、巫女と神の交信に近いものと我々は捉えている。
そして憑依された人間は、身体を作り替えられ、英霊の姿となる」
「作り変えられる……そんな!妹をどうするって言うんだ!」
「落ち着きなさい。水夏君は、その説明を受けた上で入隊を希望しているんだ。君が狼狽えてどうする」
「くっ、しかし、そんなの許せるはず」
「大事な妹さんの事だ、激昂するのもわかる。だが続きを全て聞け、それからでも遅くはないだろう?」
「……分かりました。すみません、取り乱しました」
「ああ、私も妻がそうなると知った時は同じような反応をした。仕方ない事だ。
……落ち着いたか?なら続きを話そう。
昔の戦艦等が英霊化し、それを、暫定的に巫女と呼ぼうか、巫女に降ろす事で艦娘となる。
だがこれも永遠に依代になると言う訳ではないし、依代となった巫女の身体や人格が消えるという事ではない。
だが、これを見てくれ」
そう言って宮守さんは机の引き出しから一枚の写真を取り出した。
そこには不知火さんと快活な笑顔を見せる少女のツーショットが写っていた。
「これは総督府に行った時に写した物でね、一年前に撮ったんだ。
不知火の隣にいる女性が誰かわかるかい?」
「いえ、でも随分お若い方ですね」
「その女性はかの始まりの艦娘、吹雪の依代となっていた新開海軍少将だ。御年35歳になるそうだよ」
「はい?35歳ですか?それにしては若過ぎるように見えます」
「それは見間違いでも何でもない。彼女の肉体は14歳と診断されたそうだからね」
「少し、意味がわからないんですが……」
「身体が一時的に英霊の姿となった後、依代としての役目を終えると記憶から姿形を復元し、最善の身体へ再構築されるんだ。だから彼女は若返った。
まさにファンタジーだろ?ああ、これ、最重要機密に該当するから、絶対誰にも喋っちゃいけないよ」
「いえ、しかしそんなの直ぐにバレませんか?」
「彼女だけは少し特殊な立場でね。簡潔に言うと、彼女はレベルを上げすぎたんだ」
「レベル、ですか?なんかゲームっぽい表現ですね」
「ああ、つい癖で言ってしまった、本当は練度と言うべきなんだが……まあいいか、ついでにレベルについて詳細を話そう。
レベルと言ってしまったのでありがちな誤解をまず解いておくが、敵を倒して経験値を貯め、レベルが上がればステータスが上がる。という認識は間違っているんだ。レベルが上ったからステータスが上がるのではなく、修練を積んだ結果がレベルとして反映されるだけなんだ。
では何故レベルと呼んでいるのかと言うと、彼女達が自身の能力をある程度数値化出来る事から来ている。その様子がとてもゲームっぽくてね、どこぞの提督がステータスだとかレベルと言い始めたら、そっちの方が馴染みが深くて分かりやすいと定着してしまった訳だ」
「ステータスが上がったら、レベルも上がるって事でいいんですか?」
「いいや違う、修練を積んだら、だ。火力を上げた所でレベルは上がらないし、レベルが上った所で火力の絶対値は上がらない。ステータスとレベルは微妙に切り離されているんだ」
「はぁ、じゃあレベルを上げる意味って有るんですか?」
「大いにある。ステータスとして表せない強さは全てレベルに集約されているのさ。ステータス上ではほとんど同じ数値の艦娘でも、レベルが違えば動きの次元が違うと言って良い。動きのキレは素人と体操選手並に変わってくる」
「……それまた何故ですか?」
「レベルの本質についてはまだ見解が一致していないのだが、私見として話させてもらうなら、巫女と英霊の結び付き、更新深度を表しているのではと考えている。だから戦艦であった英霊達の行動を模倣、つまり戦えば戦うだけどんどん結び付きは深く強くなり、本来持つ戦艦としての力が発揮できるようになっているのでは、とね」
「それはどうにも、経験値を貯めて、彼女達がレベルアップしているように聞こえますね」
「最初にレベルと言い出した人間は、案外的を射ていたのかもしれないね。
とまあこれでレベルそのものの話は大丈夫かな。
では彼女が何故特別になったのかを話そう。
それまで艦娘の運用は試験的で消極的でね、迎撃以外の出撃は控えられていた。艦娘の平均レベルは高い所で60前後低い所は40程度だった。
そこまでいった人間が憑依を解除した所で、怪我が治っていた、少し若返った、という誤差程度の情報しか上がってこなかった。
だが新開少尉は始まりの艦娘として長く最前線を駆け抜けた。そのおかげでレベルは上がり、更に戦場に駆り出される結果になった。
そんな状態が数年続いた後、彼女のご両親がなくなり、戦う為の根幹をなしていた気力を失った事で憑依の解除がなされたんだ。
最終レベルは125、現時点でも全世界最高レベルだね。だがそこで発覚したんだ、レベルが上がり過ぎるとどうなるのかが。
なんと彼女の肉体年齢は全盛期に戻り、少し弱かった呼吸器も以前より遥かに強くなり、今でも老化は常人の半分程度しか進行していないそうだ」
「っ!それはなんというか、ファンタジーですね」
「ファンタジーがリアルに残った状態だね。……本当に、可哀想だ」
「えっ、何故ですか?」
「彼女はね、鎮守府で自分を支えてくれる良い人に出会えたのさ。そして今では結婚され、両人とも総督府で身を粉にして働いている。
最初の艦娘としての軛を解かれ、さあ最愛の人と歩みだそうとした所で、二人の進む時間が違うという事実を突き付けられた彼らに、私は同情を禁じ得ない。
そして私はそのジレンマを抱えている」
ちらりと不知火さんの方を見て、悲しげな笑みを浮かべる宮守さん。
「力量が上がれば上がるほど、戦闘においての不安はなくなる。だがそれは同時に、二人の将来の時間を別つ結果に繋がる。ジレンマだろう?
そしてこれは、君にも関わる問題だ」
宮守さんには奥さんとの間に距離が、そして俺は妹との距離が生まれる。時間という決して埋めようのない距離が。
「その事実は対外向けには隠蔽された、不老不死に狂う人間が現れないようにするために。その後様々な制限が設けられた。
まず艦娘の任期は特例が許されない限り最低一年から最大で五年、レベルは許可無しで上げれる上限を80とする。それ以上は艦娘と憑依された女性に意思確認をする事になっている」
次々と明かされる艦娘の秘密に、頭がパンクしそうになる。
「大分参ってきてるみたいだね、覚悟が揺らいだかい?」
宮守さんは気遣うように聞いてきた。
だが大丈夫だ、妹が無病息災でいられて、身体は再構築されるとはいえ元に戻って、人格もしっかりと残る。なら何を躊躇う必要がある。
「妹が受け入れているのなら、俺も受け止めるだけです」
兄は妹のわがままを受け止める存在というのは不変だ。
そもそも妹と年は離れるかもしれないが、それがどうしたというのだ。恋人や夫婦と違って、兄妹は離ればなれになるのが普通だ。
だから特に気にする事もない。
安全な所でガンガンレベルを上げて、最前線に赴く際にはとにかく生きて帰ってきて欲しい。
「決意は固いか、では彼女の元に行こう。そして彼女が艦娘になる瞬間を見届けてくれ」
移動した先は工廠の奥にあった扉の前だった。
宮守さんは中に入らず、執務室に戻って仕事を済ませながら待機している、終わったら連絡をくれと言う。
一緒に見届けてくれると思っていたんですが?と聞いてみると。
英霊はランダムで降りて来て、英霊の種別によって待機する時間が変化する。早いものは十数分、長いものは数時間も待たなければいけない。さすがに数時間付き添うのは仕事が滞ってしまうので出来ない。
それにどの道私は中に入れない、ハプニングがあるかも知れないからなと言われた。
おいおい、軽いハプニングってなんだ?
詳しく聞くと、英霊を降ろした直後では巫女の方が意識が勝っており、巫女が持つ感覚で動こうとすると英霊になった身体との差異でよく転んだりするらしい。
だから衣服の乱れなどがよく起こるらしく、それを見ないようにするためだと聞いた。
納得する。そりゃ中に入りづらいし、不知火さん的にも入って欲しくはないだろうな。
俺はすっかり信頼し切った人から離れる不安を、よし!と声を上げることでかき消し、部屋に入るのだった。
三十畳程の広さの室内に、白無垢のような巫女服のような少し変わった衣装を羽織った水夏、大淀さんと明石さんが待機していた。
「すみません、お待たせしました」
「いえ、お待たせしてしまったのはこちらです。準備に手間取ってしまいました、申し訳ありません」
「大淀さんは悪くありません!この服に悪戦苦闘していた私が悪いんです」
「いやーそれを言うなら建造の準備を出来ていなかった私にも責任が」
「明石さんは急な要請を引き受けたから仕方のない事でした、何も悪くありません」
「いやいや」
「あのー全然気にしてませんので、準備進めて頂いて構いませんか?」
良い人にありがちな不毛な気遣い連鎖に割って入る。
「それもそうですね、では早速始めましょう。水夏さん、秋良さん、宜しいですか?」
「「はい」」
声を揃えて大淀さんの意思確認に答える。
大淀さんは頷き、明石さんの方を向いた。
「合点承知です!」
と元気に請け負った彼女は部屋の中央に進み、ポケットから取り出した白いチョークで床に何かを書き始めた。
薄暗くなっていたので気付かなかったが、部屋の広さをギリギリまで使って白い魔法陣の様なものが描かれており、四方には木箱が置かれていた。
「ちょちょい、とな!それじゃあ水夏ちゃん、こっちに来て。簡単には消えないけど、一応線は踏まないようにお願い」
一二分程で魔法陣の中央に何かを書き終えた明石さんは、そう言って水夏を誘った。
あっ、はい。と裾を持ち上げながら魔法陣の中央に進む水夏。
「ちょっとそのままで……魔法陣固定化……完了」
完了の声と共に魔法陣が輝き出す。
「それじゃあ水夏ちゃん、ここに寝そべってくれる。ああ、魔法陣の固定化が済んでるから線とか気にしなくて良いよ」
「分かりました」
不安気な面持ちでその場に仰向けになる水夏。
「それじゃあ目を閉じてリラックスして」
目を閉じる事に恐怖を感じたのか、こちらに不安げな視線を向けてきたので、俺は親指を立てて大きく頷いてみせた。
「なにそれ」と水夏は少し笑い、真剣な表情へと切り替えて明石さんの指示に従った。
「依代の準備完了、資材は燃料三百弾薬三十鋼材六百ポーキ三百で問題なし。では、いきます」
明石さんの声が終わった直後、室内が眩い光で満たされる。
しかしそれは一瞬の出来事で、目を開けるのも難しかった眩いまでの光はすぐさま落ち着きた。
代わりに部屋にはきらきらとした光の雪が舞っている。
「この光は?」
「妖精さんの移動光です、妖精さんの説明はされていますよね?」
思わずこぼれた疑問に大淀さんが答えてくれる。
「はい。あっ」
何度か目をパチパチさせて眩んだ視界を安定させる。そして周りを確認すると変わった点が二つあった。
四方に置かれた資材が消え、水夏の周囲に数人の妖精さんがいた。その中についさっき会った妖精が一人。
「親方だ……」
「あら、親方さんをご存知で?」
「はい、宮守さんの所で部屋を変えた所を見まして」
「そうなんですか、初日で妖精さんが、しかも親方が見えるとは、貴方はとても良い資質をお持ちのようですね」
「あっ、その、はい。ありがとうございます」
親方は明石さんと何やら話している……まあ妖精さんとは会話が出来ないので明石さんが一方的に話しかけて、親方は頷いたりジャスチャーで何かを伝えたりしている。しばらくすると明石さんが少し驚いた表情をして部屋の隅に備え付けられていた電話に向かった。
少し待っていると明石さんは電話を切り、また親方の元へ行って何かを話した後、こちらに戻って来た。
「どうしたんですか?」
「あっ、トラブルとかじゃないんですよ。どうやら戦艦級になるらしくて、建造に時間かかるらしいんです。それで一時間以上だったら高速建造材っていう資材を使っても良いと言われていたので、改めて報告をして高速建造材を回してもらうようお願いしたんです。あっ、早速来ましたね」
明石さんがそう言うと同時に、部屋の奥の天井一部が開いて給油ノズルのような物がするすると降りて来た。どうやらあれが高速建造材らしい。
妖精さん達は降りて来たノズルの周囲に集まり、それを協力して引っ掴んで水夏の傍に、
「あっ、先に一つ言っておきます、大丈夫なので動かずにいてくださいね」
大淀さんの言葉が終わると同時に、給油ノズルからゴウッと火が噴き出た
「ちょ!」
「大丈夫です、あの炎は一切熱くもありませんし、中にいても呼吸も普通に出来ますから。その証拠にここまで火の粉が飛んできていても熱くないでしょう?」
「た、確かにそうですけど、そうならそうと早めに言って下さいよ」
「あはは、何も知らないとあの光景は驚きますよねー。けど前もって言うと危ないことはして欲しくないと高速建造自体を忌避されてしまう人もいますから、建造に立ち会う際には先ほどのように直前に言うようにしてるんですよ。実際に炎を間近にして危険はないと知れば納得出来ますしね」
「心臓に悪い光景ですが、時間を短縮するメリットは数多くあります。母体である艦娘にとっても負担を軽減できますし、非常事態の際に艦娘が急遽必要となる場合もあります。なので高速建造を見た目だけで忌避されるのはどうしても避けたく、早い段階で受け入れて欲しかったのです。
ですが如何なる理由があったとしても黙っていた非があります。驚かせてしまい、申し訳ありません」
深々と頭を下げる大淀さんに俺は慌ててしまう。
「理由は分かりましたから、頭を上げて下さい!」
「ありがとうございます」
頭を上げて微笑む大淀さん、透明な笑顔を向けられるのが何とも慣れず、俺は心臓に悪い光景に目を移した。
二十秒ほどすると炎が止まり、親方がノズルから手を放すと、ノズルはするすると天井へ引っ込んでいった。
親方はてこてこと水夏に近寄り、おもむろにハンマーを水夏に振るった。
これまた心臓に悪いの光景だが、もう受け入れた。きっと大丈夫なんだろう。
カーンという甲高い音と共に再び白い光が一瞬室内を包んだ。
うっ、と目を閉じ、また目を瞬かせて視界を安定させる。
すると水夏の寝ていた場所には知らない女性がいた。
いや、知らないというと少し語弊がある。知らない顔の知っている気がする女性、とでも言うべきか。
黒髪長髪で眉目秀麗、身長も高そうでスタイルは抜群。可愛い感じのする水夏とは全然違う方向での美少女なのだが……なのに何故だろう、心が既に開いている?
俺がそうして戸惑っていると、彼女の傍にいた親方がこっちこっちと手招きをしていた。
俺は誘われるまま彼女の元へ。
まじまじと顔が見れる位置まで来て、改めてその綺麗な容姿に驚く。大淀さんや明石さん、不知火さんもだったが、艦娘はどの人もとても綺麗だ。世間でアイドル扱いされるのも分かるという物。
そんな変な納得をしていると、彼女の目が開いた。
うおっ、と内心驚くが、頑張って隠す。あまりに失礼な態度だしな。
とはいえ、どうすれば良いのか分からない。思わず目を泳がせていると、
「お、にい……」
と少し惚けた感じの彼女から微かな声が聞こえた。おにいちゃん、と言ったような気がする。
やはり彼女は水夏なのだ、そうだ、建造すぐは依代の意識が強いと言っていた。ならここは兄として気遣ってやらねば!
「大丈夫か?俺が誰だか分かるか?」
気遣ってやらねばと意気込んだ癖に、どうしても気になってしまった事をすぐに聞いてしまう体たらくだった。
彼女はゆっくりと頷いてくれた。
「そうか、これからよろしく頼むよ」
俺は心底安堵しながら、言葉を続け、手を差し出した。
彼女は手を取り、微笑んで言った。
「ありがとうございます、お兄様」