「…」
目がさめた秋は自分がどこにいるのかも分からなかった。ここ数時間の記憶がないのである。
空が見える。さっきまで学校でみていたのと同じ、快晴の空である。
良い天気だ…。 仰向けに寝ていた秋はそう思った。
起こそうとした体は、なんだかやけに重く感じた。なんとか無理やり起き上がると、目の前には大きな川が広がり、その手前には菜の花が美しく咲いていた。
「嗚呼、俺は死んだのk…」
『かんぱーい!』
俺のつぶやきを無視して、そんな陽気な声で花見を勝手に楽しんでいる奴らがいる。
義理の母の里美さん、妹の利里奈と香里、姉の沙里である。
そんな時、ようやく秋は今、どのような状況なのかを思いだした。
香里の入学式から帰還すると、大根を投げられながらお花見に誘われたのだ。なんて答えたか記憶が曖昧だが、その後もう一度大根を投げられ、気を失ったのは覚えている。…きっと良くない返事をしたのだろう。
まあまとめるとこんな感じになるだろうか。
気を失った俺は妹たちに連行され、お花見に連れてこられた。が、その後は放っておかれ、他の連中は今も俺抜きで花見を楽しんでいる、と。
「…」
自分なりにそうまとめてみたつもりだったが、なんだか虚しくなった。
「お兄ちゃぁぁん!」
「うわっ!?」
飛びついてきたのは香里だった。ドサッと音をたて、二人は草むらに倒れた。
「なにすんだよ!?」
「えへへー、おはようっ」
「おはようじゃねぇよっ」
「妹に押し倒されるなんてー、 どきってした??」
話がかみ合っていないことを少し不快に思いながら秋は再び起き上がった。
香里はなぜか起き上がらず、
「うふふふー えへへへー」
と、わけのわからない笑い方をしながら草むらでゴロゴロしていた。
そんな香里を横目に俺は里美さんたちのほうへと向かった。
里美さんたちは秋が寝ていたところから10メートルほども離れた場所にブルーシートを広げていた。
「あ、アッキー!」
里美さんがテンション高めにそう言ってきた。まあ、この人はいつもこんな感じである。
「あ、あれ?そういえば里美さん、親父は来てないんですか?」
秋はふと今思ったことを問いかけた。
「ええ、ダメ男さんは呼んでないわよ?」
「…」
再婚相手にまでダメ男と呼ばれる父を少し気の毒に思ったが、同時に本当のことなのだから仕方ないだろう、と も思ってしまった。
里美さんは何故そのダメ男なんかと結婚を決めたのか本当に分からない。
「秋ー!お前も飲むかーっ」
そう言ってきたのは沙里姉である。彼女は完全に酔っていた。
沙里姉は一応成人もして、酒を飲める年齢ではあるが、とにかく弱いのだ。
大学での集まりで飲むときも何かしら人様に迷惑をかけているらしい。
「いや、飲まないよ…未成年だし…」
「良い子ちゃんぶんなよあきぃぃ」
酒瓶を振り回す沙里姉の腕が里美さんに激突した。
「いたぁあい!」
「ちょ、沙里姉、危ないからっ」
泣き始める里美さんに、暴れて倒れてそのまま寝始める沙里姉。さっきからずっと戻ってこないと思ったら草むらで熟睡している香里。
なんだかもうめちゃくちゃである。
「里美さん、大丈夫ですか!?」
「ふえぇえ…」
そう声をかけても泣き止まない里美さんのことはもう放っておくことにした。
「そういえば利里奈は…?」
利里奈がいないことにやっと気が付いたのはこの時だ。
思えば気を失って目が覚めた時もいなかった。
「里美さん、利里奈は来てるんですか」
もう一度たずねると意外にも早く返事が返ってきた。里美さんは泣きやみ少し落ち着いたようだ。
「利里ちゃんなら連れてきたはずだけど…あれ?利里ちゃんはどこ?」
快晴だった空がすこしゆがみ、日がしずみはじめていた。
「俺、探してきますよ! もう暗くなるし、里美さんも沙里姉と香里おこして先に帰っててもいいですよ」
そう言葉を残して秋は走りはじめた。
川沿いを走っていると徐々に沈んでいく夕日がよく見えた。
草むらをぬけ少し大きな広場に出た。花壇があり、丁寧に手入れされた花がならんでいる。
その広場に利里奈がいた。
「利里奈!」
秋の声は届かなかったようでこっちに気付いていない様子だった。
秋がかけよると利里奈はしゃがみこんで何か話しているようだった。
利里奈の見ている地面に目を向けると、そこにはアリの行列ができていた
「アリさんアリさん、アリさんたちはなんでそんなに仲が良いの?」
「利里奈」
アリの行列にそう語りかける少し変わった妹に、秋はもう一度声をかけた。
「あー…秋だー」
利里奈は突然声をかけた秋に特に驚いているような様子も見せず、ゆっくりと振り返ってそう言った。
利里奈の腕にはあの引きつった笑顔の人面キノコのぬいぐるみがしっかりと抱かれている。
「秋だー、じゃない こんなとこでなにやってんだよ、」
「あのね、アリさんたちはみんな仲良しなんだよ」
やはり利里奈は少し変わっていた。
「まあ、とにかく早くかえるぞ」
返事がなかった。
「なんか悩んでることでもあんのかよ?」
それでも返事はなかった。
「聞くから、早く立ち上がれよ、 帰るぞ」
そういうと、利里奈はうなずき立ち上がった。
もう日が沈みすっかり暗くなっていた。
おもむろに手を握ってきた利里奈の手を緩くにぎりかえして秋はもう片方の手でケータイを取り出した。
ケータイには一通メールが届いていた。里美さんからだ。
【利里ちゃんいた??今日は冷やし中華だよ(;゚Д゚)】
「…」
もう少し心配していてもいいんじゃないだろうか、どう考えてもこの季節に食べるものじゃないし、絵文字の意味もよく分からなかった。
「ショートケーキ、食べたい…」
そのメールを見てそうつぶやいた利里奈に、 悩みは!? と、あえて心の中だけで問いかけ、秋と利里奈は歩き始めた。