旅の始まりには
「ッここは、どこだ?」
目が覚めると、つい先ほどまでいたはずの白亜の公宮は影も形もなかった。
恭弥はぼんやりとしつつも、辺りを見回すと物静かな佇まいの日本家屋や灯篭や松などが独特の雰囲気を持つ日本庭園が目の前に広がっていた。
どうやら、自分は庭園の縁側辺りにいるのかということに思い当たり、一先ず落ち着いたことで、恭弥は気付く。
「サーシャも転移に巻き込まれたはずッ」
恭弥は周辺を必死に探すが、近くに彼女の姿は見当たらない。
「……サーシャ‼どこにいるんだ」
「うわあぁぁぁ‼」
恭弥が叫んだ瞬間、サーシャは落ちて来た。そう空から。
そして恭弥の上に見事に不時着したのだった。
まさか、『親方、空から女の子が‼』をリアルに体験できるとは。とつい益もないことを恭弥は考えてしまっていた。
「ご、ごめんよ。まさか下にキョウヤがいるとは気付かなくて」
「いや、いいよ。無事でいてくれるならそれだけでさ」
サーシャの無事を確かめたことで、恭弥は胸をなでおろし、笑みを零した。
「キョウヤ…」
恭弥としては純粋に安堵からくる言葉だったのだが、例の月夜から彼を強く意識しているサーシャとしては、その言葉だけで胸を高鳴らせるのに十分だった。
そんな、なにげない一言を恥ずかしげもなくさらりと言ってしまえるところが分家筋で、いとこでもあったレオに天然タラシだと揶揄される一因であるのだが、そのことを指摘できるものは今ここにはいない。
「さて、そろそろおアツいラブコメを止めてくれると話しやすくて助かるのだけど?」
「誰だッ‼‼」
「誰とはご挨拶ね、アレクサンドラ=アルシャーヴィン」
声がする方に視線を向けると、そこには黒いドレスに身を包んだ女性が悠然と二人を眺めていた。
「…次元の、魔女か」
その女性の方に振り向きながら半ば予測していたように、恭弥はその名を口にした。
「やっぱり、貴方は私のことを知っているようね。橘恭弥」
「彼女のことを知ってるのかい?」
「ただの強欲クソばb、い、いや対価次第で大抵のことをしてくれる優しいお姉さんだ……」
恭弥はサーシャの問いかけに答えようとして睨みつけられる鋭い視線を感じ、とっさに言い回しをかえた。
「あ、アハハ。それでその人がなんでこんなところにいるんだい?」
そんな恭弥に苦笑いを浮かべながら、サーシャは幽鬼のような肌をした女性、次元の魔女に疑問を投げかけた。
「それは、貴方が一番よく分かっているのではなくて、橘恭弥」
「まさか…」
「そう、貴方は
その言葉に恭弥はあからさまに顔を顰めた。
「どこまで……どこまで人の人生を弄べば気が済むんだ‼‼‼」
握りしめる拳からは血がにじみ出していた。
サーシャはここまで怒り、いや憎悪を露わにしている恭弥は見たことがなかった。
彼と触れ合った時は決して長くはなかったが、いつもどこか余裕を残したまま立ち振る舞う。感情を露わにしてもそれは誰かの為。そんな姿しか見たことがなかった。
激情に駆られる恭弥を見ていられず、サーシャは声を掛けようとして踏みとどまった。いや、踏み込めなかった。そこで愕然とした。自分は恭弥のことについて、公宮にくる以前のことをほとんど何も知らない。聞こうともしてこなかった。
自分を救ってくれた、恩人であるはずの彼のことを。
「橘恭弥、落ち着きなさい。彼女も怯えているわよ」
そんな言葉を投げかけられ、恭弥はハッとしたようにサーシャの顔を見つめた。
「こんな俺の姿を見て幻滅したか?…キミにこんな情けない姿を見せるつもりはなかったんだけどね」
肩を竦め、なんでもないように振る舞おうとする彼は怯えていた。少なくともサーシャにはそう感じられていた。
「…」
「次元の魔女が俺に用があって呼び出したからには、同情はしても逃がしはしないんだろう?」
「そうね…否定はしないわ。あなたの父親が交わした契約通り、貴方には世界を渡り歩いてもらうことになるわね」
「そういう事だ。サーシャは巻き込まれただけだ。…キミは君のいるべき世界に戻って自身の人生を謳歌するんだ。そう、俺のことは忘れて。元々俺は存在しなかったはずの人間なんだから………ッ‼」
サーシャはそう言い放とうとする恭弥の胸倉を掴み上げた。
「ボクの好きな
「少しずつでいい、ボクも話すから、聞かせてくれないかい?ボクが知らない、キミのことを。そうやって互いのことを知っていこう?僕たちはまだ思いが通じ合ったばかりじゃないか。置いてくなんて言ったらユルサナイからね」
そう言い切って、サーシャは恭弥に掴みあげる手を緩め、胸板に頭を預けるように寄り掛かった。
『参った…これは……』
突然のサーシャの言葉と仕草に恭弥は思わず、息を飲んだ。
それは月夜にサーシャに語った自分の覚悟のようなものを今度は彼女から返されたようなものであった。
その言葉の一つひとつが恭弥を想って向けられたもので、恭弥は自分でも訳が分からなくなるほど彼女を愛おしく感じた。
そんな彼女を抱きしめようと手を伸ばす。
しかし、この場には先日の月夜の時とは違い、
「…愛されてるわね」
「うるさいッ...」
「…」
そう吠え掛かる恭弥に次元の魔女は生暖かい微笑みを返す。
「おい、何か言えよ‼」
「お幸せに…」
その言葉に、今度こそ二人は固まったまま、羞恥に打ち震えるのだった。
ハーメルンよ、私は帰ってきた!
っと冗談はこのぐらいにして本当にお久しぶりです。前回の更新から大変遅れて申し訳ありませんでした。最近は他のことが忙しくて全然手が伸びていませんでした。(ほかの小説を進めていたというのもありますが…)
見てくれている人がいるかどうかは分かりませんが、少しでも楽しんでもらえると幸いです。
次回はひと月以内に更新しようと……できるといいなぁと思います。
それではまた。