「あそこに見えている塔が昨日あなたが寝ていた部屋があったところです。」
恭弥は公宮内の食堂で朝食をいただいた後、文官であるロイドについて案内を受けていた。恭弥はアレクサンドラ=アルシャーヴィンの食客という扱いでこの公宮に住まうことになっていた。
「そして、ここが中庭と調練場です。裏には汗を流すための施設も用意されています。まあ、昨日あなたがうちの兵士と戦姫様相手に大暴れされたところですので、よくお分かりですよね。」
案内役であるこのロイドという老紳士はかなりできることを伺わせる風貌ではあるのだが、言葉の端々に皮肉が効いていた。
それが本来の気質によるものなのか、それとも恭弥を主の代わりに警戒しているのかは、恭弥自身には判断できなかったが。
「最後になりますが、あの城壁の向こう側には、城下町になっております。なにか、質問等、ございますか?」
「いや…特にはないけど。」
「そうでございますか。では公宮の中は自由にしていいと戦姫様に仰せつかっておられますので。」
「え!自分で言うのもなんだけど俺、めっちゃ怪しげな奴なのにある程度軟禁とかしなくてもいいの?」
その言葉に恭弥はかなり驚かされていた。
「戦姫様と渡り合える実力を持つあなたなら何か仕掛けるなら既に仕掛けたはずです。まあ、害意なら戦姫様が感じ取れますから。…監禁されていた方がうれしいというのならそうさせますが?」
ロイドは薄く笑みを浮かべそういった。
「いえ、結構です‼」
彼の言葉に若干の引っ掛かりを覚えたものの、そのあとの彼の言葉に全て、吹き飛ばされてしまっていた。
「まあ、私的には戦姫様と歳も近く、何のしがらみもない、さらに実力もおありのあなたには戦姫様の近くにいていただきたいものです。………あの方はなかなかに大変な運命をお持ちなのです。」
その言葉からアレクサンドラのことを大切に思っているのが恭弥には伝わっていた。
先程、恭弥をからかった言葉とは違い、最後の言葉がかなりの重みを持っているように恭弥には感じられたのだった。
「…」
「それでは、私は、この後仕事がありますのでこの後はご自由に。」
「あ、ありがとうございました。」
恭弥はロイドのそんな言葉の意味を考えながら、ロイドとは逆の方向に歩き出したのだった。
それから、数日が経ち、恭弥は視察という名目でアレクサンドラと城下町に来ていた。お忍びである。どうやら今日は祭りのようで、それが見たくてこんな時間に出て来たんだと彼女は恭弥に話していた。もちろん恰好は目立たない村人の服装である。
「…それにしても抜け穴から出てくるとはね。」
「別にいいじゃないか。門から出ると護衛がついてきて、祭りが楽しめなくなっちゃうじゃないか。…それともボクと二人は嫌かい?」
「…ッそんなことねーよ。俺もうれしいかな。」
彼女に上目遣いで覗き込まれて恭弥は何も言えなくなる。
元々表情を隠すのがうまいだけで、あまり女性に対して耐性は持ち合わせていない恭弥である。この反応になるのも当然であった。
ただ、半天然で一言付け加えたりするので、向こうの世界ではレオに天然たらしだと揶揄されていたが。
「ッそれならよろしい‼じゃあ、他の露店も見てまわろうか。」
そんな反応をする恭弥に頬を染めつつ、気を良くしたのか恭弥の手を取り先へと進んでいった。
露店を回り、ライトアップされた中央の広場につくとそこでは皆が音楽に合わせ、踊っていた。宮廷で踊るようなものほど、厳かなものではなかったがアコーディオンのような楽器が調べを奏で、とても華やかな空気を醸し出していた。踊っているペアも男女の組み合わせが多く、皆楽しげであった。
そんな様子を見ていた彼女を見て、恭弥は先程の彼女の言葉にしてやられたのを思い出し、
『姫、私と一曲踊っていただけませんか?』
片膝をつき、やや芝居がかった口調でそう言うのだった。
『姫、私と一曲踊っていただけませんか?』
ボクは、キョウヤの急な誘いに驚かされていた。戦姫としてダンスを覚えなければならない自分ならともかく、異世界から来たという彼には踊れないだろうと、みていただけだったのに。まさか、向こうから誘われるとは思いもしなかった。
しかも、こんなことを彼がいえば当然、注目の的になるわけで、
「よ、いいね兄ちゃん。かっこいいよ。」
「いやー、若いっていいねえ。アタイにもあんな頃があったもんさ。」
周囲の視線を一身に集めていた。
宮廷では、ボクも戦姫として注目されることもあり視線には慣れているけれど、視線を独り占めする機会は初めてで、それも少し気になっている彼が相手なんだ。動揺しないわけがないよ…それを察してか、ボクがおずおずと出した手を取り彼はボクをリードしていった。
曲が始まり、彼はボクを気遣いながらも流麗なステップを刻んでいた。ボクも踊るうちに調子を取り戻し、互いにターンやステップを踏んでいった。
いつも面倒だと思っていたダンスがこんなにも楽しく、こんなにも心地の良かったのは、初めてのことだった。
曲が終わり、ボク達は広場に集まるみんなから拍手を送られていた。ボクらはふたりして、どちらともなく笑いあった。
そうしてこの夏の夜の一幕は過ぎていったのだった。
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