「…………ロイドさん、サーシャの容体は……どうなんですか?」
恭弥は、診察した医官から話を聞いているロイドにサーシャの容体を尋ねていた。
「…現在は小康状態で落ち着いて寝ています。今のところは、命に別状はありません」
「そうか、よかった。………ちょっと待て、
恭弥は、それを聞き、ほっとしたような顔を浮かべたが、すぐに表情を険しくした。
「…やはり、貴方は聡明なようですね」
その恭弥の反応に、確信を持っていたかのように老執事は言葉を発した。
「どういうことだよ‼ロイド‼答えろよ‼‼」
気付くと、恭弥はロイドに答えを求めるように詰め寄っていた。こんなにも激情を露わにしたのは恭弥にとって久しぶりのことであった。
「……」
「…教えてくれロイド、頼む。サーシャは何かの病気なのか?」
黙ったままのロイドに恭弥は懇願した。
「…遺伝性の血液の病気だと、聞き及んでおります。」
「それだけ、それだけのことが分かっているなら…なにか手立ては」
「………何もない、不治の病だそうです。事実、戦姫様の母君もこの病気で病死したそうです。唯一、手立ては発症しないことだったのですが……」
ここまで、言われてしまえばもう理解するしかなかった。
この世界では、サーシャの病気に対する治療法がないのだと。
「なんで…なんで俺に、もっと早くサーシャの身に起きていることを教えてくれなかったんだよ‼」
恭弥は自らの拳をきつく握りしめる。その拳からは血が滴り落ちていた。
「……遅かれ早かれ、こうなることは彼女自身、分かっていたことです。私も、アレクサンドラ様が戦姫を就任なされたときに伺っていました」
「だったら…」
それならば、自分にも。恭弥はそう思わずには、いられなかった。
「…戦姫様は、貴方が現れるまで、ほとんど笑うことをしないお方でした。ただ、ひたすらに実直であり続け、多くの仕事をこなしておりました。まるで、自分が生きた証を残そうとするかのように。それは、年頃の少女とは思えないほどでした。ですがあなたが現れ、貴方のことを話すようになって、彼女は目に見えて笑うようになりました。毎日が楽しいとあの方はおっしゃっていました」
その恭弥の反応に、それまで、淡々とした事務的口調で話していたロイドがおもむろに、だがはっきりとした口調で話し始めた。
「……」
「私にとって、彼女は敬うべき上司のようなものではありますが、娘や孫のようにも感じていることもあります。戦姫としての教育をしたのは私ですから。だから、死の運命にある彼女には少しでもいい、笑っていて欲しかった!…たとえ、それが身勝手な、自己満足を得るためだけの、偽善的な行いだったとしても‼‼‼」
「………」
今度は、恭弥が黙ってしまう番だった。
「そして、そんな彼女に安らぎを、笑顔を、与えてくれていたのが………他でもない、あなたなのです」
「私の勝手な言い分です。これをあなたが受け止める必要もなければ、重荷に感じる必要もありません。すべて忘れて下さっても結構です。ですが、少しでも何かを、彼女に思って頂けるのなら………武官としてではなく、人として、どうかそばに寄り添ってはいただけませんか」
現代日本から突然この世界に来て、毎日を生きることに必死だった。とにかく覚えることが膨大であった。なにせ、一般の市民が知っていることすら、俺は、知らないのだから。
戦闘方面には、技術を元から修めていたからほとんど問題はなかった。その世界で生きるために必要だった方法が、あの実家に起因しているのは皮肉だと感じはしたが。
彼女と過ごした現在については知っていても、俺は、彼女に自分と出会う前のことを聞いたことがなかった。そうしていれば、少なからず病気のことも知ることが出来たのかもしれなかったのに。
でも、聞けなかった。
聞いて、聞き返されることが怖かったんだと思う。
ここに来る前の俺のことを話すことが。
自分の過去を、家のことを、父親のことを、知られたくないから。醜い、家の道具に成り下がりかけた俺のことを知られたくは……なかったから。
思えば、最初に
どこの誰とも知らない、突然現れた、この俺を。
怪しくないはずがなかった。
見慣れない服を纏い、異世界から来たなんて、突拍子もないことを話す奴なんて信用できるはずがない。我ながら、何を言ってるんだか……と思った。
しかし、彼女は一笑に付すこともなく、真摯に話を聞き、信じてくれた。
なぜこんなにも、自分の都合で彼女と言葉を交わさなかったことを後悔しているんだろう?
彼女の生死に関わるような病気を知りえなかった自分が腹立たしかったから?
信じてくれた彼女に隠し事をしていたから?
違う、そうじゃない……
よくよく考えてみれば単純なことだった。
俺は………彼女のことが………………好きなんだ。
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