金色のガッシュ!! Episode RISING   作:ホシボシ

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一応今回で最終話です


第7話 飛翔する世界

 

「う――、くっ!」

 

「大丈夫!? 恵さん」

 

「うん。平気……!」

 

 

清麿の残っている心の力が少なかった為、その分呪文の発動に恵の心の力を使ってしまった。

思わず膝が折れて崩れ落ちる恵、清麿は彼女に手を差し伸べると、彼女を支える様にして立ち上がらせた。

 

 

「ごめんね、ありがとう」

 

「いや、いいんだ。それより無事で本当に良かった」

 

「うん、私もティオも……ずっと、思ってたから」

 

「え?」

 

 

恵は表情を落としながらも、少し頬を紅く染める。

 

 

「助けに来てくれるって、信じてた」

 

 

助けてと。

君に、この声が届きますように。

 

 

「……ああ、当たり前だよ」

 

 

清麿も少し頬を染め、恵に微笑みかける。

一方ティオも大丈夫だとジェスチャーを。

その後、ティオは崩れ落ちた聖堂の中に立ち尽くすガッシュを切なげな表情で見つめていた。

ガッシュはマジルが消え去った場所で、目を閉じて立ち尽くしている。

 

するとヘラーが消え去ったところから大量の光が散布。

同時に崩れた聖堂が元通りに修復されていく。ユリアスが掛けた修復機能、ヘラーを倒した事で戦いによって崩壊した存在が元に戻っていくのだ。

それはこの建物であり、何より命であり。これでヘラーに殺された人々も元に戻ってくれるだろう。

 

 

「清麿、ガッシュ! 無事か?」

 

「ッ、みんな!」

 

 

丁度その時、別れていた章吾達が合流して聖堂にやって来る。

清麿達を助けようと思ってきてみれば壊れていた建物が直っていくのだから困惑した物だ。

だがそれがヘラーを倒した事と分かれば安堵の気持ちが湧き上がるという物。

しかしガッシュが落ち込んでいるのが分かる。デモンは疑問に思って清麿に何があったのかを問いかけた。すると同時にマジルがいない事に気づく。

 

 

「まさか――」

 

「ああ、それが使徒の運命ってヤツらしい……」

 

「ッ、そうか、そうなのか」

 

 

どの道、彼は助からなかった。

デモン達もまた表情を険しい物に変えてゆっくりと息を吐いた。

悲しい話だ。しかし、それを一番に理解していたのは他ならぬマジルであった事だろう。

命は尊い、それを改めて人間は自覚しなければならないのかもと思う。

 

 

「でもメグさん達が無事でよかった。とにかく、ココを離れよう」

 

「ああ、そうだな」

 

 

取り合えずココにいても何もならない。

清麿たちは改めて勝利したと言う実感を噛み締めながら教会の外に出る事に。

だが、まさに、外に出た時だった。

 

 

「な、なんだ!?」

 

「「ッ!」」

 

 

清麿達の視線の先、空の上に浮遊する大きな龍が見えた。

ヘリコプター程はあろうか、それほど大きくは無いが、決して小さな物ではない。

何だあれは? 誰もが一瞬言葉を失う。龍と言うよりは西洋に伝わるトカゲに翼が生えた(ワイバーン)と言うべきなのか。当然人間界には存在しない生き物だ。

そして何よりその姿の印象に『生物』は無い。メタリックな光沢を持つ体は、電子音を上げながら所々に廃熱のスチームを上げている。そして鉄が擦りあう音、特に間接部が動く際にその音は際立っている。

そう、機械。飛翔してくる竜はどう見ても生物ではなかった。だとすればアレは一体何なのか? 清麿はその答えを求め、そして知り、思わず声を荒げる。

 

 

「何ッ!?」

 

「清麿? 分かったのか?」

 

「あ、ああ。アレは……! アレは!!」

 

 

半ば信じられないと言った表情の清麿。

しかしアンサー・トーカーが齎す答えは絶対、文字通り答えが彼の脳内に提示される。

飛翔するドラゴンは『敵』。ではその正体、それは今最も知りたくは無い存在であった。

 

 

「破壊神!」

 

 

清麿の言葉にデモンとマリーが顔を見合わせ表情を変える。

その言葉には覚えがあった。バオウ・ザケルガ――、正確にはバオウを神の座から降ろした者がいるのではないかと。

バオウの性質は破壊、そして今目の前に現れた神が破壊を司っているのなら、だ。

そして、清麿が感じた危機はそれだけではなかった。神は神、しかしその肉体は完全なる機械に見える。

魔科学か、清麿は一瞬過去の記憶から答えを独自に導き出すが、能力を使用して答えを求めた時、更に大きな衝撃が身に走った。

 

 

『ヘラーを倒したか。人間――、少々我の理解を超えていた様だ』

 

「お前は!」

 

 

デモンとマリーは知っている。

この気、この力の波動、間違いなくそれは神が放つ波長のソレだ。

つまり上空に浮遊する竜は完全に神、破壊神の席に座る物だ。

そして清麿が導いたもう一つの答え。それその肉体の正体だ。

 

 

「カイロス!!」

 

「ッ! あれがか!?」

 

 

カイロス。それは人の世に、人の手によって作り出された兵器。

未知なる力とも言われており、現在は紛争地域で使用された情報を最後に、詳細はまだ明らかになっていない存在。

それが今目の前に、それも神の力を纏っている。

 

 

『我が名はエグゼス。魔界の神、破壊を司る者』

 

 

竜の目が光る。魔神エグゼス、ヘラーと同じく人間界を否定する神である。

そしてもう一つ言うなれば、この舞台を作った者とも言えるのか。つまり彼がヘラーを唆したと。

 

 

『答えを導きし者よ。この肉体、知っている様だな』

 

「カイロス、人間界の兵器か……!」

 

『その通り。我はカイロスに寄生し、今こうしてこの世界に形を得ている』

 

 

エグゼスは破壊を司る神。同じくして、その背景には強大な虚無が存在している。

それは彼の肉体にも言える事。つまりエグゼスに肉体は無い、特定の色を持たぬ彼、破壊は無、故に彼自身も限りなく無に近い存在。

今は人間が作り上げたカイロスに寄生し、その存在を確立している。つまりあの現実離れした姿は人間が作り上げたという事だ。

カイロス・『ドラゴン』。アンサー・トーカーの力によって生み出された常識を超えた兵器である。

 

 

『我は、恐怖している』

 

「ッ」

 

 

エグゼスはヘラーとは違い、すぐに攻撃と言う事ではなかった。

それは清麿たちにとってありがたい話ではあったが、だからと言って話し合いで解決しようと言う気配は全く感じない。

清麿たちは皆心の力を大きく消費している状態、このままではいくらなんでも勝てる可能性は……。

 

 

『我は、バオウの座を奪い、神の座からヤツを引き摺り下ろした』

 

「やはり、お前がバオウを!」

 

『そう。バオウは破壊の神として、あまりにも優秀だった』

 

 

神の中でも頂点に君臨する者としてバオウは存在を確立していた。それが問題だとエグゼスは思っていたのだ。

彼は大きすぎた。彼と対を成す『創生の神・ユリアス』とは均衡が取れていなかったのだ。

 

 

『我は――、そう、このエグゼスは元『調和』を司る神だった』

 

 

世界は均衡によって成り立っている。均衡によって満たされている。

光があれば闇があり、火の対は水となり、正義があるからこそ悪が存在する。存在があるからこそ存在が存在する事が許される。

一方だけの存在はもはや無だ、虚構の未来が待っている。それは滅び、エグゼスは恐れた。世界は均衡でなければならない、調和の乱れは許されない。

だからこそバオウは大きすぎた。故に、彼を排除しなければと思いに駆られる。

 

 

『我は恐れている。無に近い存在であるからこそ、無を大きく恐れている』

 

 

滅びはあってはならない。魔界は未来永劫存在するべきだ。

その為には、危険因子は排除しなければならないと強迫観念に駆られた。

バオウを引き摺り下ろす、それは意外と簡単なことだった。彼は強い、しかし様々な神の力を借りればそこまで難しい事ではなかった。

嫉妬の神ヘラーもその一人だ、バオウの座を恐れ、憧れ、嫉妬して存在を排除することを賛成してくれたのだから。

こうして、エグゼスはバオウを奇襲、彼を瀕死の状態まで追い込んだ。

 

 

『バオウは、ユリアスが助けたようだが――』

 

 

瀕死のバオウを何とかして助けようとしたユリアスは、彼女を強く信仰していたガッシュの父にバオウを与えた。

バオウはこうしてバオウ・ザケルガとなり、もろはの剣として彼の力になったのだ。

結果として、ガッシュの父はバオウの扱いを間違える事はなく、見事に王の座についた。

ある意味、(ユリアス)が一魔物の子に肩入れをしたと思われるかもしれないが、バオウの力はガッシュの父を滅ぼす可能性もあった。

だからこそ神々は特に処分は下さず、堕ちたバオウを追いかけて殺す事も無かった。エグゼスは何もむやみに命を奪うことは無い。調和を、世界を守る事を主としているのだから。

そして今、彼は、彼が、人間界を滅ぼすことを初めに提案した。その一番の理由こそが今彼が寄生しているカイロスだ。

ドラゴン、寄生してみて分かる。この力は人が手にして良い物ではない。

 

 

『我は、恐怖している』

 

「恐怖、だと?」

 

『その通りだ。何故、お前達は人である事を拒むのか』

 

 

人は、人のままで良い。

人は、人で在ればいい。

人は、人間のまま、存在し続ければいい。

 

 

『なのに、何故――』

 

 

エグゼスはユリアスが人間と魔物を組ませて戦わせようと言った時、非常に賛成の意を示した。

そこにはまた対極があったからだ、魔物と人間、その二つの種は互いの存在を高めあい、そしてよりよい進化と豊かさを齎してくれるだろうと彼は信じたからだ。

 

 

『高嶺清麿。貴様は罪人だ』

 

「何……ッ!?」

 

『そう。何故力を手に入れた。何故望まぬ進化をする』

 

 

嘆きの事態だとエグゼスは告げる。

それはアンサー・トーカー。過去にも、その力を持った例はある。

卑弥呼、ジャンヌダルク、ナポレオン、織田信長、ノストラダムス、中にはジョン・タイターなどの存在もまた同じくして、だ。

しかしいずれもその力は未成熟であったり、早期段階にて予期せぬ死を遂げたりと未熟さが目立っていた。

だが清麿はデュフォーはその力を確実に成長させていっている。今もまた、この世には彼らの他にアンサー・トーカーが存在している。もしかしたら生まれているのかもしれない。

怖い、恐怖だ、エグゼスはかつてない危機を感じていた。

 

 

『恐ろしい。均衡が、我が信じる世界の天秤が崩れる』

 

 

何故人を超えようとする? 何故人のままでいる事ができない?

進化し、力をつければ、それはもはや人ではない。人でなければ、対になる物がいなくなる。

 

 

『人は弱い。脆弱な生き物だ。我々魔界の民とは対極の存在。だからこそ、今までは均衡が保たれた』

 

 

だが、このカイロス。

少なくともこの力は人の成長を何倍にも早めてしまった。

今はまだ力は不安定、そしてこの存在を知る者も少ないだろう。

しかし、もしも研究が進めば? 世界に散らばるアンサー・トーカーたちが終結して研究が進めばどうなる?

もっと優れた兵器が生まれ、人はもう人ではなくなってしまう。そして魔界の扉が開かれ、魔界は人の手によって――。

 

 

『ああ、我はかつて無い程に恐怖している』

 

 

人間界は、魔界に使われる存在であればよかった。人間は、魔物よりはるかに劣っている存在でよかった。

なのにその均衡が、ルールが崩れようとしている。理解ができない、意味が分からない、だからこそ凄まじく怯えている。

 

 

『均衡が崩れれば、調和が破壊されれば、待っているのは終焉だ』

 

 

時間は掛からない。

いずれ魔界は崩壊し、そして人間界もまた同じく滅びの道を辿るのだろう。

 

 

『視えるのだ。我には、分かるのだ』

 

 

ではどうすればいいのか。清麿を殺す? 駄目だ、そんな物は一時的な"しのぎ"でしかない。

彼が死んでも、デュフォーが死んでも、結局はまた新たなるアンサー・トーカーが生まれてしまう。

そうなればまた同じだ、ならばもう残された道は一つしかない。

 

 

『我は、人をも愛していた』

 

 

しかし、もう、その愛する『人』はいなくなろうとしている。

間違った進化を遂げた人は、もう人ではない。

それにカイロスの目的は人を殺す事ではないか。なんと哀れな、なんと愚かな。

 

 

『我もまた、答えを出した』

 

 

調和を乱す『人』は、不要だ。

病と変わらない。悪いものは取り除かねばならない。癌は、平和な世界には不必要なのだ。

 

 

『この世界もまた、存在する価値は無い』

 

 

魔界の対は魔界で作る。

人は人であれば良かった。もう今の人は、人じゃないのかもしれない。

だとすれば未知の存在、人は全く理解できないものに酷く恐怖する。それは神もまた同じだ。

アンサー・トーカーをはじめとする人は、進化のスピードを超えている。

 

 

『だから滅べばいい。その役目は、このエグゼスが請け負おう』

 

「くッ!!」

 

 

エグゼス(カイロス・ドラゴン)の目が光を放つ。

そしてその翼を広げると、赤い光が発射された。高威力のレーザー砲。

 

 

「ラシルド!」

 

「シルド・ラブル!」

 

 

心の力の存在量が膨大な章吾とサンディが盾を張る。

唯一心の力が残っている二人ではあるが、言うて彼らも戦いの後、つまりたかが知れていると言う事だ。

だが結果として光は二人の盾を破壊する事はできなかった。レーザーの一つはラシルドに反射されてエグゼスの方へと返っていく。

しかし一方でエグゼスも翼を盾にして簡単にレーザーを防いでみせた。

なんとか耐えられた。呼吸を荒げる章吾とサンディ。エグゼスは二人を見て、それもまた危険因子だと語る。

 

 

『心の力は、魔物のエネルギーともなる』

 

 

言い方を返れば、魔物の才能を左右する事にもなりえるのだ。

だが考えて見れば、そんな才能は人間の世では必要の無いものでは無いだろうか?

それが発揮されるのは魔物と関わったとき、つまり両種族が交差する時。

 

恐ろしい話だ。

人は、魔物の力を左右できる様になるのかもしれない。

可能性がある限り、それはいつか形になるのではないかと怯えなければならない。

もしもやがて生まれ出る人々が清麿のような能力を持てば、章吾の様な才能を持てば、いつか魔物は人の前にひれ伏す時が来るのかもしれない。

 

 

『人間は恐ろしい生き物だ』

 

 

初めはただの猿だったのに。

道具を使う事を覚え、言葉を使う事を覚え、状況に抵抗する様に進化し、そして争い合う。

その時、ドラゴンの胸の部分が展開し、そこから大量のミサイルが顔を出す。

 

 

「マジか……!」

 

 

正直、章吾もサンディも心の力が全く残っていなかった。

もうアレを防ぐだけの力は無い。そして何より、アレを人間が作ったというのが頭が痛い話だ。

 

 

『次はこの一撃に我が魔力を込める』

 

「!!」

 

 

次々にミサイルが発光していく。人が作った物に魔神の力が込められたのだ。

 

 

『永久に、還れ』

 

「――ッ」

 

 

轟音とともに次々と放たれるミサイル達。息を呑む清麿達。

その全てを表情を変えずにジッと見ているエグゼス。もちろん機械ゆえ無表情は当然なのだが、感情がそこには一切感じられなかった。

破壊、無、彼はそれを司るが故に全てに関心を無くしてしまったのではないかと思われる。

 

 

『恐怖せよ、ガッシュ・ベル。そして哀れな王に従えし者達よ』

 

 

滅びの時が来た。人が作った力によって、滅びを迎えるが良い。

 

 

「私は、あきらめぬぞ!」

 

『愚かな。希望など、もうどこにも存在しないのに』

 

 

自身が定めた基準をはみ出せばそれを排除する。それを繰り返すまさに機械、ただのシステム。

 

 

「よく言ったぞガッシュ!」

 

「!」

 

 

その時、声が聞こえた。

 

 

「バベルガ・グラビドン!!」

 

『!』

 

 

だから、予想外の事態に彼は大きくおののいた。

超重力の壁が次々にミサイルをその場に墜落させていく。

下に掛かるベクトルの力、それはミサイルを押し潰し、爆風さえも押し潰すように消滅させていく。

ただの重力ではない、魔力が篭った、特殊な力。

 

 

「ジャウロ・ザケルガ」

 

 

混乱が場を包む中、銀の閃光が次々に飛来しエグゼスの体を捉えていく。

エグゼスは防御をすぐに取ったが、縦横無尽に襲い掛かる雷撃は的確にエグゼスの防御を崩し、その身に雷光のダメージを蓄積させる。

 

 

『グォオオ!!』

 

 

地面に墜落し叩きつけられるエグゼス。

混乱に苛まれる彼と、表情を明るい物に変える清麿達。

一方で何が起こっているのか分からない章吾やサンディと言った表情もあったが、とにかく一同の視線はこの攻撃を行った者に向けられる。

 

 

「下らん。神って奴はギャーギャー騒ぐだけで、話はつまらんな」

 

「どうでもいい。興味が無い」

 

「ゼオン! ブラゴ!!」

 

 

空中に浮かぶ飛行機に乗っているのはガッシュの良く知る顔ぶれだった。

ガッシュの兄であるゼオンと、王を賭けて戦ったブラゴ、彼らのパートナーであるデュフォーとシェリーも飛行機の座席には確認できた。

 

 

「みんなー、平気ー?」

 

「た、高いですね……!」

 

 

オープンカーの様に座席が開けているコックピットには、まだ人影が確認できた。

手を振っているコルルや、不安そうに下を見ているのはシェリーの友人であるココだった。身を乗り出せば落ちそうになる状況に怯んでいる様だ。

そう、飛行機の形状がおかしい。オープンカーの様な形状もそうだし、何より先端部に目がついている。見れば、ゼオンたちの他に見慣れぬ少年が。

 

 

「ミュラーか!」

 

「ッ、知り合いかデモン?」

 

「ああ、機神だ。おれ達と同じ神子なんだ」

 

 

どうやらガッシュ達のところにデモンが現れたように、ゼオンたちをココまで導いた者がいた様だ。

機械の力を持っている神子、名前はミュラーと言うらしい。彼がココまでゼオン達を運んできたと。

 

 

『神子か。ユリアスの意思、それほどまでに人を守る思想が理解できない』

 

「理解できない者は排除するか。独裁的にも程がある」

 

 

ミュラーから飛び降りたのはゼオン。

彼は一瞬でエグゼスの眼前に移動すると、その手を前に突き出していく。

 

 

「理解しろ、魔神。お前達がオレ達を見限ったんじゃない」

 

『!』

 

「オレ達がお前を見限るんだよ」

 

『なんだと……?』

 

「ザケルガ」

 

『グッ! ォオオオオオオ!!』

 

 

ゼオンの放つ直線状の雷がエグゼスの肉体を押し出していく。

流れが変わった、それを理解したエグゼスはかつて無いほどの恐怖を覚える。

ヘラーが倒され、そして次は誰が――?

 

 

『ゼオン・ベル。お前も、神を拒むのか――!』

 

「馬鹿を言うな。お前、オレにも魔神を向かわせただろ」

 

 

結局、魔神連中は初めからガッシュやゼオン、王族を排除しようと考えていた様だ。

魔神が魔界を支配する魔神政権の姿を確立するには、まずは王を排除しなければならない。

おまけに、現在は『優しい王』と言われるガッシュ。魔神にとってコレほど邪魔な存在も無いのだ。

 

 

『……貴様は今生きてココにいる。それが答えか。驚きだな』

 

「ああ、オレも驚いているぞ。まさか魔界の神があんな雑魚だったとはな」

 

『ッ!』

 

「弱すぎてもう名前も覚えてない。次はお前だ、せめてオレの脳の片隅には残る様に祈れ」

 

『愚かな――ッ!』

 

 

動き出すエグゼス。しかし同時に動く男が一人。

 

 

「ディゴウ・グラビルク!」

 

「ォオオオオオオオオオ!」

 

 

ブラゴが重力の力を纏い一人でエグゼスに勝負を仕掛けていく。

破壊神と殴り合っていくブラゴを横目にゼオンはガッシュの元へ。

 

 

「よくぞ頑張ったなガッシュ。兄として、誇りに思うぞ」

 

「う、ウヌ。ありがとうなのだ」

 

 

ヘラーに受けた傷を見てゼオンは深く頷く。

いかなる困難にも諦めずに活路を見出す。その姿こそが魔界の民の頂点に立つ王の姿ではないかとゼオンは説いた。

そしてその姿をガッシュは見せた。だからこそ、こうして仲間達が集うのだ。

 

 

「お前には仲間がいる。その事を忘れるな」

 

「ウヌ……!」

 

『仲間か、下らぬ存在だ。馴れ合いが危機感を鈍らせ、均衡は乱れていく』

 

 

ドラゴンは次々に光線やミサイルをブラゴに命中させ怯ませながら、再び自身は空中に浮遊していく。

そんな彼をしっかりと睨んでいるゼオン。彼は鼻を鳴らし、全く怯まぬ態度、仁王立ちでエグゼスを視線で貫いている。

 

 

「確かにオレも以前はそう思っていた」

 

 

しかし結果として、ガッシュの姿、思想に惹かれ彼らは友となった。

そして助け合い、数々の困難を乗り越えてきたのは事実だ。

ゼオンもまた、ガッシュと仲間達の絆の前に敗北したも同じなのだから。

そして今、彼がガッシュを助けに来たのはガッシュを助けたいと思ったからだ。

当たり前の様に聞こえるかもしれないが、それはとても大きく重要な事なのである。

清麿もその言葉に頷き、一歩前に足を踏み出す。

 

 

「そうだ、エグゼス。オレ達の関わりは決して負に変わる物じゃない筈だ」

 

 

確かに衝突や不幸はあったのかもしれない、しかし必ずしもそれだけでは終わらなかった筈だろう。

アンサー・トーカーもまた同じだ。それは決して間違った進化ではないと清麿は思いたかった。

自分達が手にした力を滅びの為に使うのかは、当然その力を持った者が決める事だ。

確かに過去、力を持つが故に滅びた文明もあろう。現に今、カイロスが生まれている事も事実。

しかし、それでも清麿は信じている。

 

 

「オレは、オレ達人間は絶対に間違えない!」

 

『黙れ。病原菌を放置しておけば、周りの者達もまた病原菌に変わっていく。消去、排除、混乱の元を断つには根本を排除していくしかないのだ』

 

 

特大のレーザーがブラゴを襲うが、同じくして強力な重力の球体がレーザーを押し込んでいた。

一方で飛行機の上でモゾモゾと動いているシェリー、何やら声を荒げている様で、誰かの襟を掴み上げていた。

 

 

「ほら! 貴方もさっさと働きなさい!!」

 

「あ、扱いが雑です! すごい雑!」

 

「うるさい! 黙りなさい! ほら早く! ほらほら!!」

 

「ち、ちくしょー! どうして私がこんな――ッ!」

 

 

飛行機の座席からひょっこりと顔を出したのは一見すれば看護婦の様な格好をしている魔物の子であった。

相当おしゃれに気をつけている様だが、飛行機の運転が荒かったのか、繊細なのか、顔を真っ青にしていた。

どうやら酔っていた様、しかしシェリーはおかまい無しに彼の襟元を掴んで鬼気迫る表情を。

 

 

「やればいいのでしょうやれば! ココ、お願いします!」

 

 

苛立ちと恐怖と焦りと吐き気が織り交じった複雑な表情を浮かべながら顔を見せたのは、かつての敵であった魔物の子、ゾフィス。

ユリアスが選出した人間界に送られた百人の中に入っており、フランスに転送された為にシェリー達と鉢合わせになり現在に至る訳だ。

彼も協力するかどうかは一瞬迷ったが、シェリー達に強制的に連れてこられしまい、彼自身も逆らえない身の為にこうなっている訳である。

 

 

「う、うん。ディガン・テオラドム!」

 

 

戸惑いの表情を浮かべながらもココは言われたとおり呪文を唱える。

彼女は本来争いを好まない優しい性格だ。しかし一つ特徴を挙げるならば、彼女もまた章吾やサンディと同じく膨大な心の力を持つ才能があったのだ。

故に、彼女が込める心の力がそれだけ多く、ゾフィスの力を膨れ上げる。

 

 

『グゥゥウウウゥッッ!』

 

 

隕石の様に次々と飛来する爆炎。

それは次々にエグゼスの身に直撃していき、動きが止まった所でブラゴが踵落しで再びエグゼスを地面に墜落させる。

それが好機と見たか、ゼオンはガッシュに合図を送る。

 

 

「決着をつけろガッシュ。間違った神、狂った邪神を、お前の手で倒すんだ」

 

「しかし、もう清麿の心の力が――」

 

「問題ない。清麿、魔本の最後のページを見ろ」

 

「ッ、最後……?」

 

 

清麿がゼオンの言われたとおり魔本の最後のページを見ると、そこには確かに色が違う文字が記載されていた。

なんだこれは、清麿には覚えの無い物。能力を使って詳細を調べようとしたが、その前にゼオンが説明を入れる。

 

 

「王の特権だ」

 

「特権?」

 

「ああ。先程魔界から人間界に転送された魔物の子が50に達した事で使える様になった。それを使え、心の力はいらん」

 

「ッ?」

 

「使えば分かる」

 

 

頷く清麿。彼は魔本を開くと、その言葉を口にする。

 

 

「ベルワン・オウ・エルザルク!」

 

 

するとどうだ、心の力がなくなっているのにも関わらず赤い魔本が光を放ったではないか。

いや、違う。清麿は見る。その光は初めは赤だった、しかしすぐにその『色』を変化させる。

それは誰もが確認できた色。今この場にいる全員がその色の光を視界いっぱいに満たしていく。

当然それはエグゼスもまた同じ。

 

 

『ッ』

 

 

――思わず、彼は呟いた。

 

 

『美しい……!』

 

 

そう、それは眩い黄金の輝き。

エグゼスは思い出す、彼が王になった戦いを。

 

 

『金色の、ガッシュベル……!』

 

 

清麿の魔本が放つ光は、紛れも無い金色であった。

そしてガッシュの体もまた同色の光に包まれ、その光が弾けた時、彼の姿が変化を遂げていた。

いつもの服装ではなく、荘厳な衣装に包まれ、さらにはその頭には魔界のシンボルが刻まれた冠が。

 

 

「王の衣装!」

 

 

ティオが思わず口にした。清麿もその姿には覚えがあった。

送られてきた手紙に添えられていた写真、そこに今ガッシュが纏っている衣装があったのだ。

王が身に纏うソレ、ガッシュはマントを靡かせながらエグゼスと睨み合う。

 

 

「魔界の王ガッシュ・ベルとして神、エグゼスにお願いがある」

 

『……聞こう』

 

「考えを改め、人間界と友好の道を歩まぬか?」

 

『――、心に刻むがいい』

 

「ッ」

 

『我の答えは一つのみ。人間界は滅び、人は全て死滅するべきだ!!』

 

 

不必要な存在と友情を結ぶ意味は、価値は欠片として存在しない。

エグゼスは迷わなかった。神は絶対の存在、彼もその意思を抱える物だ。

故に妥協と言う言葉は無かった、故に協力と言う言葉も無かった。

エグゼスはその口から巨大なミサイルを発射、そこに自身の魔力を加えて魔科学兵器と変える。

ミサイルは空中を切り裂きながら飛来、ガッシュを周りの景色もろとも消し炭に変えるつもりだった。

 

 

「ラギコル・ファング!」

 

『!!』

 

 

ガッシュの口から巨大な狼の形をしたエネルギーが射出。

その牙でミサイルを捉えると、一瞬でミサイルが凍りに覆われ、直後砕けるように消滅した。

エグゼスには見えていないが、ガッシュと清麿にはたった今ガッシュに力を貸してくれた人物が目に映る。

レイコム、かつてガッシュが戦った魔物であった。

 

 

「ウヌ、恩に着るぞレイコム!」

 

『しっかりやれよ、ガッシュ』

 

 

それを見て雰囲気を変えるエグゼス。

知っている、クリア戦で見せた物と限りなく近い状態。現在はまだ転送が完全ではない為、以前よりは力は劣っているかもしれない。

しかしそれでもガッシュの力としてはこれ以上ない物。

 

 

『金色の魔本か。あの時と同じ!』

 

「ドルク!」

 

 

ガッシュの横に現れたのは犬の魔物、ゴフレ。彼の力を借りてガッシュの体が鎧に包まれる。

肉体強化、ガッシュはそのまま地面を蹴って飛翔、王のマントが翼の様に変わり彼を一気にエグゼスの前に運んでいく。

もちろんエグゼスも抵抗はするが、ビームを撃てどミサイルを撃てどガッシュの鎧を貫くことはできなかった。

そして――

 

 

『頑張れ……王様』

 

「ディオ・ジュガロ!!」

 

 

ガッシュの肉体強化が終わる時、隣に現れたのはスギナ。

同時にエグゼスの眼前に現れる巨大な花。それを確認した時にはそこから大量の花粉が煙幕の様に放出されている所だった。

視界が粉末にジャックされる、エグゼスはモードを切り替えセンサーでガッシュの居場所を探すが――

 

 

「ウルク!」

 

『この私の呪文を使うのよ、ありがたく思いなさいガッシュ・ベル』

 

「う、ウヌ」

 

 

フェインの力を授かったガッシュは既に高速移動でエグゼスの背後に回っているところだった。

しかしエグゼスは翼がある。それは飛行能力を与えるのはもちろん、強力な刃にも変わる。

このままガッシュを引き裂いてくれる、そう思っていたが――

 

 

『オレは、エリートだ!!』

 

「グラン・バイソン!!」

 

 

エシュロスの咆哮と共に、巨大な土で構成された大蛇がエグゼスの翼に牙を立てる。

大蛇は翼を咥えたまま体を伸ばし、ガッシュとエグゼスの距離を大きく空けた。

 

 

『わっれは戦う彫刻家ーッ! ガッシュ、今がチャンスだ!』

 

「ガンズ・ビライツ!!」

 

 

ロブノスの力。連続して放たれた光のレーザーが次々に翼に命中し、無数の亀裂を作らせる。

馬鹿な、エグゼスは深くそう思った。神の力を与えたカイロスの肉体にヒビが走るとは。

当然、亀裂が走るだけで終わる訳が無い。

 

 

『僕の力で壊せ! ガッシュ!』

 

「ギガノ・ガランズ!!」

 

 

ガッシュが手を前にかざすと、現れるのは巨大なドリル。

魔物の子、マルスの意思を受けてガッシュはそのドリルをエグゼスの背に押し込むように進入させた。

亀裂が走った翼にドリルの貫通力、結果エグゼスの刃は粉々に砕かれる事に。

 

 

『この様な事が――ッ!!』

 

 

破壊神の無心に初めて明確な焦りが生まれた。

それは自分が今現在劣勢になろうとしている事ではない。いや、もちろんそれもある。

神の力が魔物の子に圧倒される事がそもそも理解できない。しかし一番意味が分からないのは、ガッシュに力を貸す魔物がこれだけ多いという事だ。

ふと先程のゼオンの言葉を思い出す。ガッシュの王として、つまり優しい王様の姿に心を打たれた者が彼を助ける為に力を与えている。

神に、逆らおうと言うのだ。

 

 

『認めるものか、均衡は絶対、神は絶対だ!!』

 

 

粉々に砕け散った翼ではあるが、その羽は遠隔操作できる刃。

エグゼスはすぐに無数の羽をガッシュに向けて発射する。

四方から迫る短刀、容易く防げる物ではない。ガッシュの体を引き裂き、ミンチにするつもりであった。

しかしそこでガッシュは回転。すると彼の体から無数の花びらが。その一つ一つは意思を持った様に独自飛行、それぞれ迫る刃に一つずつ付着する。

同時にガッシュの隣に現れるバルトロ。

 

 

「ゼベルオン!」

 

 

花びらが付着した刃がガッシュの意思に支配される。

王を引き裂こうとした刃がその軌道を変えて神の肉体を切り刻む。

 

 

『グッ! 何故だ、何故神の導きを拒む! 何故神の意思を阻む!』

 

「それは支配だからだろう! アムルク!」

 

 

キクロプの残像。

ガッシュの手が巨大化し、その拳がエグゼスを殴り飛ばす。

 

 

『王もまた、支配する物ではないか! 何が違う!』

 

「統治と支配は違う! ガッシュはそれを、間違えたりはしない! オル・ドグラケル!」

 

 

エグゼスは巨大なエネルギーボールを発射。

ガッシュもまたゾボロンの力を与えられ、巨大なエネルギーボールを発射。

二つの攻撃はぶつかり合い、激しいエネルギーを撒き散らせながら互いに互いを打ち消しあった。

どうやら各魔物の力はガッシュを経由する事でかなりのパワーアップを果たしているらしい、それもまたエグゼスには不愉快な話だった。

 

 

『神に逆らって良い道理など、どこにもありはしない!』

 

『うるせぇ雑魚!』

 

『なっ!』

 

「オル・ウイガル!!」

 

 

ザバスが生み出した暴風の鞭。

自由自在に動かす事が可能であり、清麿の指示を受けたガッシュが的確にそのルートに風を通していく。

縦横無尽に飛行する風のエネルギー、そして最終的に一点にそれは直撃する。

 

 

『グゥウウ!』

 

 

エグゼスの脳天、コア部分にエネルギーが直撃。

いくら神と言えど今のベースは機械、コアが破壊されればその動きに制限が現れる。

 

 

『ボウヤ! 今よ!』

 

「ギガノ・ガドルク!!」

 

 

バランシャ最大の鎧がガッシュに与えられ、ガッシュは体を丸めて回転。

無数の棘がついた鎧で突撃、エグゼスの装甲をガリガリと削っていく。

次々に破壊され地に落ちていくエグゼス、カイロスのパーツ。

人が作った兵器なら、それを間違いだと思った人間が壊せば良い。清麿達の視線がそれを物語っていた。

 

 

『ガッシュ! 清麿!』

 

「ああ、頼むぞ! キルデスゾル!!」

 

 

天才(ワイズマン)の幻影が(エグゼス)を捉えた。

放たれた巨大なカマキリの様な化け物は、標的に着弾すると体を変形させて己が体内にエグゼスを包み込んでいく。

巨大な闇の肉塊がエグゼスの動きを完全に封じ込める。

 

 

 

「確かに、神は尊い存在だ」

 

 

だが、干渉はいらない。

人は、人の力で己の未来を掴み取れるからだ。それは魔物もきっと同じ事だろう。

 

 

「オレ達は、そんなに弱くは無い! バオウ・テイル・ディスグルグ!!」

 

「ッ、新呪文か!」

 

 

デモンが知らない呪文だった。

ガッシュの背にバオウの尾が出現、彼が体を旋回させる事で強力な一振りがエグゼスの体を捉える。

ガッシュに力を貸してくれた魔物たちのパートナーの心の力を消費して発動する技のため、清麿の心の力が無くとも発動が可能だった。

ヘラー戦を経て覚えたガッシュの新たなる力。バオウの力を解放する一手だ。

 

 

『黙れ! 人間には可能性は無い。滅びに向かうだけの腐りきった存在なのだ!』

 

 

地面に叩きつけられたエグゼスは納得がいかないと最大の攻撃を放つ。

全身から放たれた凄まじいエネルギーのレーザー砲。巨大な光の柱がガッシュを焼き焦がそうと一直線に向かっていった。

 

 

「バオウ・アギオ・ディスグルグ!!」

 

 

ガッシュを包む様にバオウの巨大な頭部が出現。

ガッシュの口の動きに合わせ、バオウの巨大な口が開閉、レーザーと言う存在を真正面から受け止め、噛み砕こうと力を込める。

 

 

『ば、バオウ……!』

 

「バオオオオオオオオオ!!」

 

『グッ! くッッ!!』

 

 

レーザーがバオウに噛み砕かれ、飲み込まれ、そして消滅。

震えるエグゼス。かつては破壊の神であった彼も、今はガッシュに協力している様に思える。

もちろんそれは彼がガッシュの呪文になったから、と言うのはあるのだろうが、バオウ自身がガッシュに協力している様に見えて仕方が無い。

何故だ、エグゼスは全く理解できなかった。何故自分とガッシュにはここまで信頼の差があるのか。

 

 

「決まっておる。皆が私に力を貸してくれたのは、私が王だからではなく、私の考えに賛同してくれたからだ」

 

 

それは紛れも無い、人間界を滅ぼさぬ事。魔神が支配する世界を望まぬ事だ。

むろん、それを聞いてもエグゼスは納得できない。

 

 

『我の意思が正しいのに、何故!』

 

「正しいか正しくないか、それもまた私達が知っている事なのだ」

 

 

人間界を滅ぼす事が正しい事とは到底思えない。

だからこそガッシュ達は戦うのだ。仮に人間界を放置する事が破壊の未来を示すのならば、その破壊の種を排除するべきだとガッシュは説く。

危険因子はすぐに排除するのではなく、何故危険になるのか? ではどうしたら危険を取り除けるのか、それを考え、対処するべきだと。

魔神の考えは常に極論過ぎる。むろん、魔物よりも遥かに長い時を生きる魔神からしてみれば人間の時間は一瞬なのだろう。

だからこそ焦っているのかもしれないが、しかしと言ってすぐにその問題を排除するのはいただけない。

 

 

「人間はエグゼス殿が思っているよりも素晴らしい存在だと私は確信している」

 

『可能性は無い! 人に、未来は無いのだ!!』

 

 

あくまでも認めない、それがエグゼスの答えだった。彼は誰よりも均衡を、世界の安定を求めていた。

だからこそ力をつけすぎたバオウを排除したのだから。今の問題はそれと一緒だ。

人はエグゼスの考える『人』を超えようとしている。その事実そのものが彼は気に入らないのだ。

だからこそ滅ぼすしかない、それのみが彼の答えであり、唯一にして無二の意思なのだ。

 

エグゼスは叫ぶ。すると機械の体が黒い炎に包まれた。

今まではカイロスをベースにしていた彼だが、完全に神の力でカイロスを取り込んだのだ。

黒い破壊のエネルギーに包まれたドラゴンは赤い瞳を光らせて浮遊する。

 

 

「人は確かな可能性を持っている。何故それを認めない!」

 

『我が、神であるからだ!』

 

 

巨大な黒が、正確には無がガッシュに迫っていく。

いかなる呪文をもってしてもエグゼスの存在は止められない。彼はそう叫んだ。

しかし清麿は、ガッシュは怯まない。すると近くにいた魔本の持ち主達が一勢に表情を変える。

 

 

「魔本が光って――!」

 

 

恵達はすばやく本を開いてみる。すると一つ、読める文字が。

この呪文には覚えがある。一番初めに口を開いたのは恵だった。

 

 

「バルド・フォルス!」

 

『!』

 

 

それはスイッチ。次々に周りから同じ声が聞こえてくる。

可能性と希望の呪文だ、それはこの場にいる全ての魔本の持ち主に現れている。

以前もこの呪文が浮き上がった事がある。効果を知っている恵はもちろん、サンビームとフォルゴレもまた同じく呪文を唱えた。

 

 

「「バルド・フォルス!」」

 

 

そして効果を能力で理解したデュフォー。

 

 

「バルド・フォルス」

 

 

取り合えず適当に口にしてみる他のメンバー。

 

 

「「「「「バルド・フォルス!」」」」」

 

 

魔本から無数の光が飛び出し、それが次々に清麿の黄金の魔本に宿っていく。

 

 

『そ、その力は――ッ!』

 

「可能性だ! 人間と、魔物の!!」

 

 

眩い黄金の光がエグゼスの視界を満たす。

凄まじい光だ、人間の未来、人間の可能性、エグゼスはただ叫びを上げて突撃するしかできなかった。

もう言葉が思い浮かばない。だからこそ、ただ力でねじ伏せるしかできなかった。

 

 

「オレ達には未来に羽ばたける力が、翼がある!」

 

 

人間には、見えない翼があるのだと。

 

 

「バルド・フォルスーッッ!!」

 

 

ガッシュから金色の光が放たれたかと思うと、光が明確なシルエットを形成して弾ける。

現れたのは金色の鳥、眩く煌く翼を広げ、咆哮と共にエグゼスへと突撃する!

直撃する二つの力。片方は全てを飲み込む破壊の炎、片方はそれを包み込む様に雷撃を放つ金色の鳥光。

 

 

「クオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

『オォ、オォォ!!』

 

 

エグゼスは声を上げた。

それはもはや称える様な声色。目を覆う金色が力の均衡を超え、エグゼスの身に流れ込んでくる。

 

 

『こ、コレが――ッ! 魔物の出せる力だとでも!!』

 

 

いや、違う。

 

 

『魔物と人が生み出す力なのかッッ!』

 

「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

『グッ! ガッ! グァァアアアアアアアアア!!』

 

 

金色の鳥はエグゼスを貫くと、そのまま大空に向かって飛び去っていった。

金色の羽が舞い散る中、同じく金色の光に包まれたエグゼスは悲鳴を上げながら消滅していった。

明確な答えが出た訳では無い。しかし答えはきっとある筈だ。そしてそれは滅びなのではない、清麿はそれを深く思いながら、ゆっくりと息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決着、と言う訳ではないのかもしれないが取り合えずは何とか落ち着きを取り戻す事ができた一同。

つもる話しもあるのだろうが、疲れたとデュフォー達はすぐに飛行機(ミュラー)に乗って帰る事に。

どうやらしばらくはゼオンと共にフランスに留まるらしい。黒幕である筈のエグゼスは一応倒した。

しかしその意思は死んだのか? 複雑なところである。それに一番の問題はカイロスだ、エグゼスが寄生していたとは言え、それを除いてもあの兵器を野放しにしておく訳にはいかない。

エグゼスは紛争地域からエグゼスを盗んできた。それは神がアレを利用できると言う事の証明でもあるのだから。

 

 

「いずれにせよ、アレは一つ残らず破壊する。必ずな」

 

 

それが自らの責任だと。帰り際、デュフォーはそんな事を呟いていた。

カイロスは彼が利用された事で作られた兵器だ。十年以上の時を経て形になったと言う事なのか。

とにかく神が危惧していたように、それは放置できる存在ではない、清麿達もまた彼に協力の意を示した。

その時だ。デモンとマリー、そしてデュフォーたちを乗せているミュラーから光が飛び出してきた。

その三つの光は一つになると、ひとりの女性のシルエットを形作る。

 

 

『――はじめましてですね、人間の皆さん』

 

「ユリアス様!」

 

「ッ、彼女が――」

 

 

光の中にうっすらと女性の姿が見える。創生の神ユリアス、金色の髪を持った美しい女性だ。

そしてその笑みは何とも慈悲深い物だった。彼女の声を聞いてガッシュも反応を示す、ほんの僅かではあるが、彼女はガッシュの母として関わりを持った事があるからだ。

それは本当に短い時間だったが、感慨深い物がある。

どうやら神子が集まるとそれだけ体内に眠るユリアスの力が共鳴するのか、彼女も動きやすくなるようだ。デモンとマリーはすぐに跪き、機神であるミュラーも挨拶を行っていた。

 

 

『この様な姿で申し訳ありません』

 

 

所詮は神子に授けた力を三つだけ合わせたもの、実体化できる時間は短い様だ。

 

 

『まずは、天界が大変な迷惑をお掛けしましたね。本当にごめんなさい、神として何と申し上げたらいいのか……』

 

 

不思議な物だ。魔神は遥か昔から均衡を守ってきた。

些細ないざこざはもちろんあったが、それでも今までは何とか保ってきたのだ。

それが崩れたのは、やはり神もまた心を持つが故なのか、それともこの変化も些細ないざこざの内が一つなのか。

 

 

「いや、貴女みたいな人が――ああいや、神がいてくれて助かった」

 

『魔神は恐れているのです。人に、遥か昔から守ってきた規律を崩されるのを』

 

 

今までは二つの世界は確固たる壁に守られてきたと言う安心があった。

しかしカイロスを見て、人間は思っていたよりも賢い生き物なのではないかと思ったのだ。人間はいつか魔界に侵入して、争いになるのではないかと。

 

 

『魔神は執着とも言える程に魔界に固執しています』

 

 

良く言えば魔界の平和を考えているのだろう。

しかし悪く言えば、それは自分が理想とする魔界の平和だ。

その思い描いていたビジョンから外れる様な要素は、魔神は大変気に入らないと言う態度を示す。その延長戦が今だ。結果として邪神と思われる連中が手を組み、人間界を消滅する手を取った。

 

 

『ですが、私もそんな魔神である事には変わりありません』

 

 

少なからず人間対する不信感もあると言う。

現に今、神子の中からカイロスの存在を確認した。やはり人間は恐ろしい、アレはまだまだ進化するだろう。

そうすれば世界は、魔神が滅ぼさずとも人間の手で終わるのかもしれない。

 

 

「しかし、ユリアス殿は……」

 

『ええ。私はあくまでも、この問題は人間が解決するべきだと思っています』

 

 

少なくとも魔神が介入する物ではないし、だから人間を滅ぼす理由にもならない。

人は確かに恐ろしい顔を持っているが、同時に素晴らしい希望を示す事ができる。

ユリアスは人間の可能性を信じている。だからこそ、こうして人間に味方をしているのだ。

 

 

『人だけではなく、神もまた変わらなければならないのかもしれませんね』

 

 

ユリアスは手をかざす。するとそこに淡い光の球体が。

 

 

「ッ、それは?」

 

『ヘラーの魂です。彼女はこれより魔物の子として転生されるのです』

 

 

そこでユリアスは優しげな笑みをガッシュに向ける。

ヘラーの魂を持つ右手、そして左手にも同じく光の球体が四つ浮かんでいた。

 

 

『こちらは、彼女の使徒の魂です』

 

「!?」

 

 

その言葉に反応するガッシュ。ユリアスは笑みを浮かべて説明を行う。

確かに、使徒は魔神の力によって構成された偽りの存在だったと言えよう。

しかし仮に存在を構成する物が全て偽りだったとしても、この世界に存在していた事は偽りなどでは無い。

それは、生きていると言えるのではないだろうか。

 

 

『私は創生の神、使徒ザムザ、使徒バムロア、使徒ガジュル、そし使徒マジルに命を与え、心を与える事をお約束しましょう』

 

「ッ! 本当か!」

 

『はい。全てが終わった時、必ず』

 

 

使徒もまた生まれた意味を与えなければならないとユリアスは思っている。

傷つける為に生み出された使徒達を、そのままで終わらせて良い訳はないと彼女は思うのだ。

クリアが悪しき心をバオウによって砕かれたように、彼らもまたユリアスがその手で新しい人生を歩ませてようと。

 

 

『少し、時間は掛かるかもしれませんが、またマジルと再会できますよ』

 

「ありがとうなのだ……! ユリアス殿!」

 

 

ユリアスはニッコリと微笑んでガッシュの頭を撫でた。

デモン達三人分の力では実体化とはいかないのか、その手の感触はガッシュには伝わらない。

しかし彼に思いは伝わっているのか、ガッシュもまた笑みを彼女に返す。

 

 

『大きくなりましたね、ガッシュ』

 

 

目を閉じれば彼の母親として過ごした日が思い出される。

気まぐれと言ってしまえばそうだ、しかし辛い境遇にいた彼を哀れみ、ユリアスはガッシュの母として、仮初ではあるが親子の時を過ごした事がある。

 

 

「凄いな。命を作る、そんな事ができるのか」

 

『私は創造に特化した神ですからね』

 

 

それにユリアスそのもののレベルも高い、ユリアスは少し自慢げに清麿へ笑みを向けた。

人間にはいまひとつ実感の湧かない話かもしれないが、言うなれば粘土で人形を作るような感覚で魔神たちは魔界を作り上げた。

 

 

『むろん、我らが民は粘土でできた人形ではありません。ありませんが――』

 

 

その事を理解していない神がヘラーやエグゼスだったと言う事だ。

本音を言えば、魔神たちは皆システムとして振舞うべきだった。

一切の干渉を控え、魔界の安息を保つ為に最低限の力を下界へ与えれば良いと。

しかし神は力を持つが故に、その力におぼれ、結果としてこの様な事態になってしまったのかもれない。

 

 

『いつしか、私達に自己主張と言う想いが強まったのでしょう』

 

 

それはユリアスとて同じだ。自分を信仰してくれていたベルの家系を贔屓していたのだから。

それは紛れも無いエゴ、ユリアスも邪神に対してあまり強く口を出せないのがつらい所であると。

 

 

『しかし、人を滅ぼす道が違うと言う事だけは分かります』

 

 

まだ、邪神の意思は死んでいない筈だ。

そして人間自身の邪悪なる意志もまだ新ではいない。

後者に関しては無くならない問題なのかもしれないが、それでも人は戦い続け、人間自身の手で平和を掴みとってくれるだろう。

ユリアスはそれを信じたいと言い残し、その姿をデモン達に戻していった。

 

 

「はぁ、取り合えず、終わったな」

 

 

章吾がポツリと漏らした声で一同は勝利を実感する。

空を見れば、その色は綺麗な紫を映している。夕焼けと夜の中間、涼しげな風が一同の髪を揺らした。

 

 

「帰ろうか」

 

 

清麿の言葉に、ガッシュ達は笑みを浮かべて頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えい」

 

「ンアーッ!!」

 

 

清麿の部屋に響く悲鳴。サンディが消毒液を章吾の傷口に容赦なくドバドバと流し込むようにつけていく。

沁みるのか、先程からしきりに悲鳴を上げている章吾をデモンはじっとりとした目で見ていた。

戦いが終わり、それぞれは再会の約束を交わし自分達がいる国に帰って行った。

本当は久しい再会を喜びたかったが、それぞれも多忙な身だ。取り合えず近いうちにと言う事で今は分かれる事となった。

各々、受けた傷もある。日本組みは取り合えず清麿の家に帰り、傷の手当をする事になったのだが――。

 

 

「サンディさん! もっと優し――ッ! ンアッーフッフゥウウウウウウッー!!」

 

「だぁーもー! 男の子なんだから我慢我慢! ほら、ジッとする!」

 

「ホアーッ!!」

 

「………」

 

 

大変だなぁとデモンは思う。

とは言え、現在のデモンは包帯でぐるぐる巻きである。

かろうじて目だけが露出している状態と言っても良い。と言うより怪我をしていない部分まで巻かれている。

まるでミイラ男だ、彼はこの手当てを行った者を横目で見ている。

 

 

「んー! 人間のゲームって面白いわぁ!」

 

 

デモンにもたれながらニヤニヤとサンディの携帯でパズルゲームをしているマリー。

愛の力を司どる彼女が愛の欠片も無い結び方である。サンディもサンディでガサツな面があるのか、先程から章吾を手当てしていると言っているものの、デモンから見ればプロレスにしか見えない。

 

 

「サンディさん! もっと優しく! 優しくお願いしますよ!!」

 

「くどいなぁ! 本当はこんなのツバつけとけば治るんだよ! 私が舐めてあげよっか?」

 

「治るか! つかどんなプレイだよ! 俺はそんなモンより現代が生み出してくれたお薬を信じます!」

 

「じゃあ、ほい、消毒しましょーね」

 

「ホォオオオオオオオオオオゥ!!」

 

「……ハァ」

 

 

つくづく人間には個性があるものだとデモンは思う。

サンディやマリーも手当てを受けているのだが、それは恵が行ったもの。

見て御覧なさいとデモンは思う、綺麗なものじゃないか。少なくとも消毒に吼えたりミイラ男にはなっていない。同じ女性でココまで手当ての腕前が違う物なのかと。

そして数分後、そこには包帯を巻かれた章吾が転がっていた。

そう、包帯で亀甲縛りをされた章吾が……。

 

 

「なんでだ! 逆に何でこうなった! 何がどうしたらこうなる!」

 

「凄いでしょ、人間の世界について勉強したのよ」

 

「何を! どんな!?」

 

 

包帯を結んだマリーは自慢げに鼻を鳴らすと、再び携帯に手を伸ばしてゲームを。

これなんなんだ? なんの時間なんだ? 章吾はただひたすらに混乱しながら地面を転がるしかできなかった。

 

 

「ったく、それにしても今日は長い一日だったな……」

 

 

改めて勝利を噛み締めてみる。

こう言っては何だが充実感はある。とは言え、緊張感から解放された事に加え絶大なる疲労感、こんなのは生まれて初めての経験だった。

 

 

「はぁ、もう今日は一歩も動けない」

 

「亀甲縛りで何言ってんだよお前」

 

「うるさいな! と、ところで清麿達はどこ行ったんだよ!」

 

 

章吾は取り合えず周りを見回してみる。

部屋の主である筈の清麿の姿が先程からずっと見えない。それはガッシュ達も同じだ。

章吾の記憶では先程恵が清麿とガッシュの手当てをしていたのを最後に姿を見ていないのだ。

 

 

「ん、確かに。二人は知らない?」

 

 

サンディも章吾の手当てに必死だったか、周りを見ている余裕は無かったようだ。

するとゲームをしているマリーが視線を外さずに口にした。彼女は清麿達がどこに行っているのかを知っている様だ。

 

 

「買い物行くって言っていたわよーん」

 

「買い物……?」

 

「うん、夜ご飯の。あ、やった! 8コンボ!」

 

「清麿とガッシュが?」

 

「ううん、ガッシュはリビングでティオと一緒にバルカンで遊んでる」

 

「ふぅん……」

 

 

沈黙。一定の間。章吾もサンディも無表情でピクリとも動かず一点を見つめて固まっていた。

分かる、これは何かを考えている時の仕草だ、デモンは冷静にそう一つ考察を。

 

 

「――え、清麿だけが買い物に行ったの?」

 

「ううん、恵も一緒」

 

「ふぅん……」

 

 

日本に住んでいる仲間以外は皆それぞれの国に帰って行った。

そして今、章吾とサンディ、デモンとマリーは清麿の部屋にいる。

そしてガッシュはティオと一緒にリビングでお遊び中。清麿の母親はいろいろと気を利かせてくれたのか、今日は友人と一緒に夜を食べに行くとかで、遅くまで帰ってこないとか何とか言っていた様な気がする。

と言う事は、だ。

 

 

「どういう事だ?」

 

「………」

 

 

再び口を開けてポカンと章吾とサンディは固まっている。

一秒、二秒、三秒、その後も少し間が空いて。

 

 

「「こんな事してる場合じゃねぇええッッ!!」」

 

「おわわわわ!」

 

「きゃ! な、何!?」

 

 

声を揃えて章吾とサンディは勢い良く立ち上がった鼻を鳴らしていた。

章吾に至っては縛られていた包帯を引きちぎっての勢いである。

血走った目で前のめりになる二人を見てデモンは思わず怯んで転倒、彼にもたれかかっていたマリーも釣られて倒れる事に。

 

 

「な、なんだよ章吾。どうしたんだよ」

 

「手当てなんてしてられるかって話しよ! サンディさん!」

 

「オッケー章吾、レッツゴー!」

 

「あ、あ! ちょっとサンディ!」

 

 

サンディはマリーから携帯を奪い取るとサムズアップで視線を返す。

ドタドタと清麿の部屋を出て行く章吾とサンディ。デモンはハテナマークと汗を浮かべながら二人を背中に向かって声をかける。

 

 

「なんだなんだ!? 動けないんじゃなかったのかよ章吾!」

 

「こんなモンなツバつけとけば治るんだよ!」

 

「さっきといってる事がまるで違うぞお前!!」

 

 

デモンの言葉はなんのその、章吾たちはさっさと清麿の家を出て行ってしまった。

 

 

「アクティブだなぁ、あいつ等」

 

「もー、サンディってば! 良い所だったのにぃ!」

 

 

遊び道具を取られたマリーは頬を膨らませて怒りを示す。

とは言え取られてしまったのはどうしようもない。彼女はロリポップを咥えると、下にいるガッシュ達の所へ顔を見せる事に。

デモンも暇は暇だったので彼女についていく事に。

 

 

「おぉ、デモン。ミイラ男ごっこで遊んでおるのか?」

 

「いや、遊んでるって言うか遊ばれた結果と言うか――」

 

 

下ではガッシュとティオが清麿製の玩具(バルカン)で遊んでいる。

デモンとマリーも同じくお菓子の箱で作った玩具を持って参戦し、じゃれあう事に。

 

 

「そう言えば章吾とサンディはどこに行ったの? 凄い勢いで家を出て行ったけど」

 

「え? ああ、どこに行ったんだろ? 行き先言ってなかったなぁ」

 

「ハァ、ティオもデモンもまだまだだわね」

 

 

マリーはため息をつくと、両手を広げてやれやれと行った様子でデモンをニヤリと小馬鹿にした様な目で見る。

 

 

「な、なんだよぅ」

 

「わっかんないのぉう? 簡単よ簡単」

 

「???」

 

「愛よ愛、ラ・ブ!」

 

「はぁ」

 

「それは時として神をも狂わせる甘美なる元素。日本の神だったそうでしょ? 愛が神を狂わせ、愛が世界に希望を齎すの!」

 

「あ、愛……!」

 

 

よく分からないが気になる単語なのかティオは赤くなって口を押さえていた。

マリーはニヤニヤと楽しそうで、どこか自慢げに頷いていた。愛を司る彼女、そう言う話には敏感なのだろう。

とは言え、男性二人の反応は薄い。デモンは興味無さそうにあくびを一つ、ガッシュに至ってはきょとんと目を丸くしているだけ。

 

 

「私は鮎よりブリの方が好きだの」

 

「あ、あちゃちゃ。鮎じゃなくて愛よガッシュ。貴方だって目を背けられない問題なのよ」

 

「?」

 

「王ともなれば、確実に子孫は残さなきゃいけない訳よねぇ」

 

 

ニヤリと笑うマリー、今度はデモンが呆れた様に首を振ってため息を。

 

 

「どうなの実際、王妃候補は決まっているのかしら?」

 

「王妃?」

 

「正妻、つまり奥さんよ。ガッシュと結婚する人の事!」

 

「!!」

 

 

その言葉を聞いた瞬間ティオがビクンと体を跳ね上がらせて表情を強張らせる。

 

 

「あのなマリー、そう言うデリケートな問題はいくら神子とは言えどおれ達が「ほいしょォー!」ウァアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

デモンの言葉を封じる様にマリーは首をブンブンと振ってツインテールをビシバシとデモンに叩き込みダウンさせた。

何故倒れたのか、どんな力が働いたのかは謎だが、マリーは会話を続ける事に。

 

 

「そういう話は、やっぱりあるんでしょ?」

 

「ヌゥ、アースがそんな事を言っておったのう」

 

「決めておいた方がいいわよ。もしも自分の意思で決められなかった場合、許婚を作らされちゃうかもしれないんだから」

 

「許婚?」

 

「そう。他の人がガッシュの奥さんを決めちゃうのよ!」

 

「う、ウヌゥ。それは嫌だの」

 

「………」

 

 

不安そうに視線を泳がせ、落ち着きの無い様子のティオ。

 

 

「だったらガッシュは、どんな人が奥さんになって欲しい?」

 

 

マリーは少し口調を優しくガッシュにそう問いかけた。ギュッと目を閉じるティオ、祈る様な想いが彼女から伝わってくる。

一方であくまでもマイペースのガッシュ。確かにそういう話は聞いているが、だからと言ってだ。

 

 

「まだよく分からないのだ!」

 

「ま、それもそうよね。まだまだお子様だもの」

 

「………」

 

 

ホッとした様に息を吐くティオ。

彼女は少し安心したように笑うと、鼻を鳴らしてガッシュをからかおうと声を出す。

 

 

「そうよそうよ、まだガッシュはお子様だもの。そんな話まだま――」

 

「ただ、私はティオの顔が思い浮かんだのだ」

 

「だ……」

 

 

一瞬、停止。

 

 

「!?!?!?!?」

 

 

ボンッ! と、音がする程ティオの顔が一気に赤くなると彼女は言葉にならない悲鳴を上げて視線をあちこちへ。

 

 

「なッ! ななななななな!!」

 

「ティ、ティオ?」

 

「はぁぁわぁぁぁ」

 

 

目を回して倒れたティオ。

あまりの情報に脳がオーバーヒートを起こしてしまったらしい。

りんごの様になったまま彼女は白目を剥いているデモンの横に頭を並べる事になってしまった。

 

 

「きゅぅう」

 

「あらあら」

 

 

尤も、デモンよりは余程幸せそうなニヤケ顔ではあったが。

とは言えうろたえるガッシュ、彼視点ではいきなりティオが煙を上げて倒れたも同じなのだから。

 

 

「な、何かマズイ事を言ったかの?」

 

「ううん別に。それがガッシュの気持ちなら、ティオも喜んでくれるわよ」

 

「ぬ、ヌゥ???」

 

 

ガッシュとしては特に意識していなかった発言ではあったが、マリーはニヤリと笑って彼の頭を撫でていた。

やはり時間なのか、それとも彼女の人間性に惹かれたのか、ガッシュも少なからずティオの事を無自覚ながらに意識している様だ。

魔物の中には元々呪文以外にも特殊能力を持っている者が存在する。そしてそれは神子も例外ではない。

雷の神子、デモンは魔力が込められていない電撃の超耐性、そしてマリーは愛の神子、彼女は特殊能力として好意の矢印を感じる事ができる。

つまり簡単に言えば誰が誰の事を好きなのか、それが分かるのだ。

 

 

「フフ、がんばってねティオ」

 

 

ティオの家系もまたユリアス信仰の家系であり、かつマリーはティオに力を与えた手前、やはり彼女の事が可愛いのだろう。

少なくとも、今はティオが幸せな夢を見られる様にマリーは強く祈った。

 

 

(あっちも、上手く行っているといいんだけど……)

 

「のうマリー、どうしてティオは眠ってしまったのだ?」

 

「そりゃあもう愛の悪戯ってヤツよね、ガッシュ。どう? キスでもしてあげたら? たぶんティオ泣いて喜ぶわよ」

 

「ヌゥ、私はキスよりブリの方が好きだのぉ」

 

「いや――ッ、あの、何ていうか……まあいいか」

 

 

愛と言う奴はいつだって『なるようになれ』で動いてきた。

マリーは想像に想像を膨らませてニヤリと再び唇を吊り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「いっぱい買っちゃったわね」

 

「ああ、でもアイツ等ならすぐに胃袋の中さ」

 

 

スーパーの帰り、清麿と恵は肩を並べて薄暗くなった道を歩いていた。

この時間は丁度良い、モチノキはそれなりの田舎だ、恵が目立つ事も無いだろう。

 

 

「それよりゴメン、スーパーアイドルに荷物持たせちゃって」

 

「もう、お姉さんをからかわない! このくらい何とも無いから」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

 

静寂の世界だ。清麿と恵の声以外は物音すらしない。

二人はその中で笑い合い、けれどもどこか言い様の無いぎこちなさを見せている。

それは――、そう、一言で表すのならば『緊張』と言うものなのか。

清麿も恵も先程から視線を何度も交差させ、視線が合えばすぐに他の場所に目をやるという行為が見られる。

そしてふと、どちらも時折見せるのは寂しそうな切なげな表情だった。おそらく、怖がっているのだろう。踏み出す事を。

ただ同じくして、お互いは分かっている筈だ。このままで良い訳が無いと。

ずっと胸にある引っ掛かりを解決しなければ、ずっと気持ち悪いままなのだから。

 

 

「あの、恵さん……」

 

「う、うん。なに?」

 

「えっと――、その」

 

 

珍しく歯切れが悪い。

やはりそう言う事なのだろうと清麿は自覚する。

しかしこのままだともうすぐ家についてしまう。

そうなるとやはりガッシュやティオとどうしても一緒になる為、二人きりの話とはいかなくなる。

大きく深呼吸を行う清麿。思わず能力に頼ってしまいそうな自分を叱咤しながら、彼は恵の方を見た。

 

 

「少し、話したい事があって……」

 

「う、うん」

 

 

たまたま近くにあった公園により道。

清麿と恵はベンチに座ると、言葉を詰まらせた様にして再びしばらく視線を交差しあう。

しかしいつまでもこうしている訳にもいくまい。清麿はグッと拳を握り締めると恵の方に顔を向けた。

 

 

「「あの――ッ!」」

 

 

ハッと顔を合わせて言葉を止める二人。どうやら同時に言葉を重ねてしまったらしい。

 

 

「あ、ごめんね! 清麿くんからどうぞ」

 

「いやっ! その、オレは後でいいから」

 

 

軽いパニックになってアワアワと二人はしばらく譲り合いを繰り返す事に。

その内に折れたのか、恵が初めに内容を告げる事に。

 

 

「まずは、その――、ありがとう本当に」

 

「え?」

 

「助けに来てくれて、嬉しかった」

 

「ああ、もちろん。恵さんとティオは大切な仲間だから」

 

 

ふいに呟いた言葉。

他意はない、それは彼の本心だ。しかしその言葉が恵には少し引っかかった様で。

恵は少し表情を落としながらも微笑んだ、それは何と儚げな物だろうか、清麿は思わず心臓をグッとつかまれた気分になり、とても悪い事をしてしまった気分になってしまう。

 

 

「仲間……」

 

「え?」

 

「あの、ね」

 

 

恵は語る。

確かに、自分達は共に戦った仲間だ。

大切な仲間。けれど、それは魔物の子との戦い、王を決める戦いと言う舞台の上に成り立っていた関係ではないか。それが無くなってしまえば、自分達の関係は何なのか?

仲間、友達、もちろんそれで良い。

いや、本当にそれで良かったのか?

 

 

「私、ティオと再会できたとき、ホッとしちゃったの」

 

「ホッと?」

 

「うん、これでまた――」

 

 

言葉を切る恵。何やら言いにくそうな表情だった。

どうしていいか迷う清麿。何となく察しがつきそうな物かもしれないが、今の彼は焦っているのか頭が真っ白で全く思考が回らない。

 

 

「また、清麿くんと、昔みたいに会えるって」

 

「えっ!?」

 

 

ドキッとして目を見開く清麿、恵も言い方が言い方だったからか頬を染めて肩も竦めていた。

 

 

「あの、えっとね、会う回数が最近……その、減ってたから!」

 

 

やはりトップアイドルと二人きりで会うには、清麿も色々な事が頭を過ぎってしまった。

彼女の夢を邪魔してしまうかもしれない、そういう思いから少し距離を置いていたが、逆にそれが恵には不安だった様だ。

 

 

「ご、ごめん。オレも色々考えちゃって……! でも恵さんが嫌いになったとかじゃないから!」

 

「あ! そ、そういうつもりじゃないの。ごめんね、変な事言って!」

 

「いやっ! オレなんかが恵さんと二人きりで会っていいものなのか……って。ほら勘違いされたらマズイから」

 

 

アワアワと二人は何とかその場をしのごうと言った感じで言葉を並べていく。

普段はハキハキと物を言うタイプの二人だが、普段の調子を乱される程の大きな物が心にはあるのだろう。

 

 

「………」

 

 

恵は視線を下に落とす。

そして潤んだ瞳と、震える唇で言葉を紡ぎ始めた。

 

 

「清麿くんとなら、いいのに」

 

「えッ!?」

 

「私ね、ずっと引っかかってて」

 

 

アイドル業は楽しい。それが夢だったし、それはもちろん今だってそうだ。

それはたまには疲れたりもするが、アイドルとしての大海恵である自分を嫌いになったりはしない。それにサンディをはじめ、学校には素を出せる相手もいるわけだし。

けれど、それなのに、最近はずっと胸に大きな穴が開いた様な感覚だったと恵は言う。何をするにも上の空と言うべきか。ずっと心に引っかかる物を感じていたという。

 

 

「そしたらね、やっぱり思い浮かべるのは清麿くんの事で――ッ! その、えっと」

 

 

真っ赤になって俯く恵。流石の清麿もココまで言われてしまえば察する事ができた様だ。

となると、このままでいいのかと思ってしまう。このまま彼女に言わせるだけと言うのも、男としてどうなのかと思ってしまうのだ。

だから彼は口を開く。はじめてかもしれない、ココまで緊張したのは。

ああいや、もちろんクリア戦に比べればマシなのかもしれないが、少なくとも今の清麿にとって現在抱いている感情はとてつもなく大きい筈だ。

 

 

「恵さん。オレも、同じだった……!」

 

「ッ」

 

 

清麿は恵の方を向いて必死な表情を浮かべていた。

いつもはクールな彼が汗を浮かべ、顔を赤くして自分を見ている。

新鮮な光景だ、ある意味歳相応とでも言えばいいのか、彼には悪いかもしれないが思わず恵は清麿に可愛いという感情を抱いてしまった。

ただ同じくして彼女は理解しているだろうか? 必死になるには、それなりの理由があると言う事を。

 

 

「分からなかったんだ。恵さんとこのままで良いのかって」

 

 

天才だ何だと言われても、魔界の王のパートナーだとしても、所詮はただの一般人。恵とはやはり大きな壁があるのではないかと。

しかしそれで割り切れる程、簡単な話じゃなかった。考えれば考えるほど自分の選択がコレで良かったのか分からなくなる。

どんな問題も解ける自信はあった、しかし今回ばかりは考えれば考える程に深みにハマってしまう。

だが清麿は答えを見つけたい。その想いに嘘はなかった。

 

 

「ずっと最近恵さんの事が頭から離れなくて」

 

「!」

 

「でも考えても、やっぱり分からなくて――ッ」

 

 

思えば、彼女の事は知っている様で知らない気がした。

いつも笑顔で、危なくなったら助けてくれて。だけど彼女だって人間だ、きっと自分の知らない所で色々苦しんだり悩んだりしているのだろう。

清麿だって彼女には話していない事も色々とある。根本的な話、しばらくの間学校に行っていなかった事だとか、一時期は本当にスレていた事だとか。

そう思ったら何故かとても寂しくなった。言いようの無い疎外感とでも言えばいいのか。より彼女との壁が大きくなった様な気がして息が詰まりそうだった。

胸にずっとナイフが刺さったような感覚、その正体を、もう清麿は理解している。

 

 

「オレは――ッ!」

 

 

呼吸が止まる。そして言葉も止まる。

心を支配する感情は不安と恐怖だ。言葉を紡ぐ事を異常に恐れている。

望まぬ未来に、見えない『先』に恐怖している。かと言って能力は使いたくないと言う矛盾、エゴ、わがまま。

そんな感情の裏にあるのは、男のプライドと言う奴なのか。

 

 

「オレは、いつからか思ってた!」

 

 

答えを出したい。答えを知りたい。

だから清麿は意識を研ぎ澄ませ、その想いを言葉に乗せた。

 

 

「もっと、恵さんの事を知りたいって!」

 

「そ、それって……!」

 

 

真っ赤になって見合う清麿と恵。

呼吸が苦しい、お互いの心臓の爆音が聞こえてしまうんじゃないかと思ってしまう程。

 

 

「それで、できればオレの事ももっと知って欲しい……とか、思ったんだ」

 

 

そうすればもっと恵に近づけるのではないかと思った。

そしてそう思うからには、当然ながら恵に近づきたいと言う意思があるからだ。

壁を壊したい、そして彼女の笑顔に触れたい。少なくともこのまま終わりたくはないと。その感情の正体は難しい、難しいが、分からない訳では無い。

今、ガッシュ達がココに来てくれて彼女とまた以前の様な関係に戻れた。そこに抱いたのは安堵だ。しかしいつかまたガッシュ達は魔界へ戻るのだろう。

それに彼らを理由にするのはパートナーとしても申し訳ない。それにヘラーに彼女達が連れて行かれたとき、心が自分でも予想外な程にザワついた。

 

 

「恵さん、オレ……やっと分かったんだ」

 

 

立場だとか距離だとか、色々と心をかき乱すノイズはあった。

しかしそれでも割り切れない想いと言う物がある。全身が寒いのだか熱いのだか分からない、断られた時の事を考えると泣きそうだ。

だがそう言ったリスクを超える程の想いが、今彼を取り巻いているのは確かだった。

 

 

「オレは――」

 

 

一瞬言葉が詰まる。

しかし、最大の勇気を振り絞って言葉を紡いだ。

 

 

「オレは、貴女の事が好きです」

 

「――っ」

 

 

静寂があった。

清麿も恵も互いに目を合わせながら、言葉は一切無い。周りの音も無く、世界にはただ無音だけが存在している。

唖然とする恵、清麿は頬を染めながら必死な表情で彼女を見ている。

言ってしまった、少なからずその思いはあったが、このまま泥沼の様な想いを引いていくよりは余程良いと思った。

戦いが終われば終わる関係を想像したとき、終わらせたくないと強く思った。だから、頼む、どうか終わってくれるな。清麿はその事を祈りながら返事を待つ。

 

 

「――そ」

 

「え?」

 

「うそ」

 

 

ボロボロ――と、恵の瞳から大粒の涙がこぼれる。

思わず息を呑む清麿。何故泣いている!? 何か悪い事を言ってしまった――としたら今の告白以外には無い筈か。

 

 

(お、終わった……!)

 

 

よりにもよって泣かせてしまった。清麿は自己嫌悪に陥りながら軽く絶望を。

終わった、さよなら恋心、清麿は断られる覚悟を固め――

 

 

「本当に……!?」

 

「へ?」

 

「い、今の言葉、本当?」

 

「え? あ、う、うん。もちろん」

 

「嘘、じゃなく?」

 

「もちろん! オレが本当に好きなのは恵さん、貴女だ!」

 

「ッ!!」

 

 

ブワワワワワーっと更に涙が恵の瞳から溢れてくる。

どういう状況だ!? 清麿は訳が分からずただあたふたと彼女を見守るしかできなかった。

終わったのか? どうなのか? まあ尤も、その答えはすぐに明らかになるのだが。

 

 

「嬉しい……っ!」

 

「!」

 

「本当に、嬉しい……!!」

 

「そ、それはどういう――」

 

「私も、ずっと――」

 

 

思えば、恵達にとって清麿達は始めての仲間だったろう。

自分達以外が敵だと思っていたときに、彼らの存在は大きく、それだけ惹かれていったのも無理は無い。

恵は初めての恋を知った。彼のことを考えれば自然と笑みが出てきて、彼が他の女の子と話しているのは面白くなかった。

嫉妬、初めて抱く感情だ。そこまでして想っていた彼が自分の事を好きだといっているのだから、コレほど嬉しい事は無い。

それこそ、涙が出るほどに。

 

 

「私もずっと、清麿くんが好きでした」

 

「!!」

 

 

と言う事は――、どういう事だ?

一瞬フリーズする清麿の脳、しかし冷静に考えてみればコレほど簡単な話は無い。

清麿は恵の事が好きだと言った、そして恵は清麿の事が好きだと言った。

 

 

「つまり、オレ達は両思い……って事で?」

 

「うん!」

 

「はっ! はは! そ、そっか! あはは!!」

 

 

太陽の様に微笑む恵みを見てドッと清麿から力が抜けていく。

そして湧き上がってくる笑みと暖かな感情。ああ最高だ、今すぐココでよっしゃぁあと叫びまわっても良い。

それくらいの高揚感が清麿を取り巻く。ずっと苦しい棘の様な物が心に刺さっていたが、今となってはその痛みさえも喜びに変わっている様だ。

つくづく同じ感情が元とは到底思えないものである。

 

 

「………」

 

 

そこでふと、恵は意地悪な笑みを浮かべる。

何か嫌な予感が、清麿は汗を浮かべ引きつった笑みを彼女に向けた。

 

 

「酷いよ清麿くん。女の子を泣かせるなんて」

 

「え? えぇ? いや、でもそれは恵さんが――」

 

「あら、言い訳するの? 許してあげないわよ」

 

「うぇ! ご、ごめん!」

 

 

恵は涙を拭ってより意地悪な笑みを深くした。

どうにも彼女のペースには勝てない物がある。

清麿はそう思いつつも、内心悪くないと思っている。もしかしたらこの男意外とMな面もあるのかもしない。

 

 

「許して欲しい?」

 

「ゆ、許して欲しいです」

 

「なんでもする?」

 

「な、なんでもします……」

 

「じゃあ、その――」

 

「?」

 

「えっと……だから、あの」

 

 

何故か余裕の笑みが消えて赤くなる恵。

彼女は目線を外しつつ、何かモニョモニョと小さな声で呟いていた。

聞こえない、清麿が顔を近づけると、恵は言葉の続きを。

 

 

「キス、してくれたら、許そうかなぁ……なんて」

 

「!?」

 

 

一気にトマトの様に変わる清麿。恵も調子に乗ったは良いが、いざ言ってみたらとても恥ずかしいのか再びパニックになってしまった。

はたから見れば何をやっているのかと思われる程うろたえる二人、まあ内容が内容の為に仕方ないとは思うのだが。

 

 

「ご、ごごごめんね清麿くん! いきなりこんな事を言ったらビックリするわよね! やっぱり無し! 無しにして!!」

 

 

とは言うのだが、どうやら今度は清麿にスイッチが入ってしまったらしい。

清麿は恵の肩を掴むと、頬を染めながらもしっかりと彼女の眼を見た。

 

 

「……本当に、許してくれるんですね」

 

「は、はい」

 

「後悔、しませんね?」

 

「も、もちろんです」

 

 

何故かお互い敬語のまま進行していく事に。

清麿としても最初は驚いたが、言うて彼だって男だ。

ずっと気になっていた彼女からのお誘いを断る訳は無いというもの。

それに据え膳食わぬわ~等という言葉だってあるだろう?

 

 

「「………」」

 

 

二人は見つめあったまま一センチ、もう一センチと距離を縮めていく。

心臓が爆発しそうになる。それはお互い、清麿も恵も自分の鼓動の音が耳を貫く感覚を覚える。

あれだけ気になっていた人物の顔が間近に迫ってくる。時に恋焦がれていた時間が長かった恵はもう今にも倒れそうだった。

しかし喜びも確かにある訳で、吸い込まれそうな瞳から視線を外す事はできなかった。もちろん清麿も清麿で冷静でいられる訳が無い。

綺麗な髪に見とれ、頬を染めて目を潤ませた艶やかな彼女の雰囲気に魅了されていく。どうしてこんなに良い匂いがするのかとか色々考えてしまう。

もちろんそうしている間にも距離は近づいていく訳で。

 

 

「ッ」

 

 

恵が目を瞑った。いよいよその時が来たのかと一番の緊張が清麿の中を駆ける。

今までキスなんてした事がない(と、本人は思っているが、既にモモンと一発濃厚なヤツをかましている事は知る由も無い。まあアレがキス、口付けに入るのかは微妙なラインではあるが……)為、若干の不安はあった。

しかしもうココまで来たらなる様になれというヤツである。そう、そうだ、もう走ってしまえ、走りきってしまえ、清麿は覚悟を決めて目を閉じた。

 

 

「……んっ」

 

「っっ」

 

 

ふにゃん、と柔らかい感触が二人それぞれの唇を支配する。

本当に軽く触れ合っただけだ。それはもしかしたらキスと言うよりただ唇が当たっただけ、なのかもしれない。

しかし確かに唇と唇は当たっている訳で。

 

 

「「―――」」

 

 

二人の頬は赤いままだ。

しかし次第に変化は訪れて、赤は青へ――。

 

 

「「ぷはっ!!」」

 

 

急に唇を離した二人がまず行った事と言えばそれはそれは大きな『呼吸』と言う物である。

大きく息を吸っている二人、なんだかとても苦しそうだ。どういう事なのか? 何をしているのか?

その答えは今清麿が考えている事が物語っているだろう。

 

 

(き、キスっていつどこで呼吸すればいいんだ!?)

 

 

無理も無い。

キスなんてのはドラマの中くらいでしかまともに見た事が無かったもの。

恵も恵でキスシーン等は断ってきた為、全く呼吸のタイミングがつかめないでいた。

そんな時、ふとぶつかる視線。お互いはお互いの心内が分かったのか、思わず吹き出して笑ってしまう。

 

 

「あはは、まだまだ勉強不足みたいね、私達」

 

「全く。ハハハ……」

 

「……本当に、しちゃったのね、キス」

 

「あ、ああ」

 

 

嬉しい、素直に。

ただそれ以上に恥ずかしくなって清麿は恵から視線を逸ら――

 

 

「もう一回」

 

「!?」

 

「もう一回、しよっか?」

 

「――ッ!」

 

 

こう言う所で年上感が出るのか、恵の押しがグイグイと。

清麿も清麿で拒む理由は全く無い。むしろそう言ってくれて助かる部分がある。

だが、やはり気恥ずかしいからか、彼は無言でコクコクと頷くしかなかったのだが。

 

 

「清麿くん……」

 

 

グイッと、恵の顔が清麿の眼前に迫る。

ああ、やっぱりこの人には敵わないのかもしれないと清麿は直感した。

ニッコリと笑う恵、清麿も釣られて笑みを返す。

 

 

「好きだよ」

 

「――オレもです」

 

 

もう一度、二人の唇が確かに触れ合った。

愛おしい。まるで世界に二人だけが残った様な感覚に――

 

 

ピロリーン、と一つの音声が。

 

 

「「!?」」

 

 

バッと勢い良く顔を離した清麿と恵。

なんだ? なんの音だ? 二人が音がした方向を反射的に振り向くと、そこには公園の茂みの中から頭と手を出している章吾とサンディが。

や、ま、それはまだギリギリ良いとして。本当にギリギリ良いとして、問題はやはりサンディが持っている携帯電話であろう。

やってしまったと言う表情をしているサンディと、白目を剥いている章吾。

 

 

「やっばい、忘れてた。写真ってマナーモードにしててもシャッター音、鳴るんだね」

 

 

汗を浮かべながら、サンディが一言。

 

 

「「―――」」

 

 

それは、一瞬だった。

しかし四人にしてみれば永遠にも近き時間であったろう。

 

 

「おわああああああああああ!」

 

「きゃああああああああああ!」

 

 

清麿と恵の絶叫が綺麗なハーモニーを作り上げたのは、言うまでも無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、悪趣味なんだから!」

 

「ごめーん、悪気は無いんだよぉ」

 

「悪気しか感じられなかったけど!」

 

 

清麿の家、キッチンで夕食の準備をしながらサンディは隣に居る恵に謝罪を。

やはり他人の色恋沙汰と言う物は興味が湧いてしまうと言うもの。

それが応援している友人の物となれば、分かっていても気になってしまうのが性と言うもの。

 

 

「でも良かったじゃん。ね?」

 

「そ、それは……うん」

 

「でも気をつけて。あんまりお外ではしゃぎすぎると、今度は本当に撮られちゃうかもよ」

 

 

ニコリと含みのある笑みを恵に向けるサンディ。

それは、ただからかっているだけとは違う雰囲気を出している。

ハッとする恵、彼女の言葉と行動の真の意味を察した様だ。

 

 

「あ、もしかしてサンディ、その事を教える為に?」

 

「ま、気をつけてって程度だけどね。別に大海恵は恋愛禁止じゃないんだから」

 

 

きっと恵のファンなら分かってくれるとは思うのだが、スキャンダルと言う物を取り扱っている人間もいる訳で。

そこら辺は程々にサンディは念を押しておく。デートの時だってガッシュ達を連れて行けば問題は無いだろう。

自分達がいれば二人きりの時間を作ってみせるとサンディは胸を張る。どうやら色々と考えてくれている様だ。

 

 

「ありがとう、サンディ」

 

「いいのいいの、恵は頑張ってるからね。皆応援してくれるよきっと」

 

 

ニッコリと微笑みあう恵とサンディ、そこで恵はポツリと。

 

 

「本当にあの写真は私達の為を思って撮ったの?」

 

「………」

 

「神様に誓える?」

 

「………」

 

「汗が凄いわよ?」

 

「………」

 

 

その時、上の方からドタドタと物音が。

ためしに耳を澄ませて見ると、何となく声が聞こえる様な聞こえない様な。

 

 

『まて! 清麿! 話せば分かる!』

 

『ガッシュ、セット』

 

『違う違う違う! あの写真は――、その、なんだ! そう! 興味心!』

 

『………』

 

『興味心! 俺の心に、興味心! どうだ!? 見事な川柳だろ! だから許し――!』

 

『ジオウ――』

 

『駄目駄目駄目! それ人に向かって撃つヤツじゃないだろ!』

 

『レンズ』

 

『わ、分かった! この写真をやろう! どうだ? メグさんとお前がキスしてる所! 客観的に見たくない!?』

 

『……ッ!』

 

『お?』

 

『ぐっ!』

 

『おお、おお、やっぱお前も男だよなぁ。ふへへ、待ってろ、今見せてやるからな。いやしっかし清麿くん赤いねぇ! 照れちゃってば可愛いんだからなぁ! ぶはははははははは! ヒィーヒヒヒッ! オーッホホホ!!』

 

『ザケルガ』

 

『ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』

 

「………」

 

 

すぐ調子に乗るから。サンディは章吾の悲鳴を聞きながら汗を浮かべている。

もちろんその表情に余裕は無い。それはやはり今自分の状況が決して人事とは言えない訳で。

目の前には笑顔の恵、しかしなんだか笑っている様で笑っていないような。

 

 

「合気道」

 

「!?」

 

「サンディが素直に謝るなら、許してあげるけど……素直じゃないなら、私――」

 

「……い」

 

「うん?」

 

「まあ、ごめんなさいだよね」

 

 

結局、撮った写真はこの後恵達の手で消されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『エピローグ』

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きろ清麿!」

 

 

月曜日。学校が始まる日、清麿は眠い目を擦りながらゆっくりと目を開ける。

目の前にいたのは笑顔のガッシュ。結局ヘラーとエグゼスを倒した後も彼が魔界に帰る事は無かった。

それは黒幕である筈のエグゼスを倒した後も、彼の思想を受け継いだ邪神がいるだろう事と、加えてユリアスがカイロスの破壊にガッシュ達の力を使わせてくれると言う事なのだろう。

まあ色々と身構える話ではあるが、とりあえずはガッシュも適応している様だ。当然戦いが終わるまでは安心できないが、神の中でもトップランクのユリアスが味方だと言う点や、今回はゼオン達も仲間になってくれていると言う点もあるので、そう言った面では余裕はあるのか。

それにやはりこう言ってはなんだが、ガッシュとまた一緒にいられるのは、清麿にとって何よりも嬉しい事であった。

嬉しいと言えば、だ。

 

 

「!」

 

 

枕元に置いてあった携帯が震える。

誰だろうか? 清麿はチラリと画面を確認、すると一気に表情が変わっていく。

先程までは気だるそうにしていた訳だが、彼は一気に携帯を拾い上げると通話ボタンをタッチ。その動きは何ともスムーズなものだった。

 

 

「おはよう恵さん!」

 

『おはよう、清麿くん』

 

 

どうやら電話の向こうには恵がいるようだ。

思わず背筋が真っ直ぐに伸びる清麿、しかし以前とは違い、その表情はなんとも楽しげなもの。

一切の複雑な感情が混じっていない、真っ直ぐな瞳だった。

 

 

「どうしたの?」

 

『うん。ガッシュくんから聞いたんだけど、清麿くんはいつもこの時間には起きてるって。それで、あの――』

 

「?」

 

『お、おはようが言いたくて……』

 

「!」

 

 

再び赤くなる清麿。

恵としてはいきなり電話をしたら重いと思われるのではないかと思った様だが、それでも溢れる想いを抑えられなかったと。

意中の相手にそんな事を言われて嫌な訳が無い。清麿は頭を掻き、抑え様としても零れる笑みを抑えられない様だ。

 

 

「オレも、恵さんの声が聞きたかったから」

 

『本当? 嬉しい、ありがとう! でもちょっと恥ずかしいけれど……!』

 

「う、うん。あはは、あはははは」

 

(気持ち悪いのう……)

 

 

普段キリッとしている清麿が今はトロトロのフヤフヤでニヤけている。

流石のガッシュも違和感が凄まじいのか汗を浮かべて清麿をジットリとした目で見つめていた。

とは言えだ、すぐに彼は笑顔に変わると、電話を切った清麿に一言。

 

 

「いい表情になったの、清麿」

 

「そ、そうか?」

 

「ウヌ。『生きている』表情だ」

 

「て、照れるな」

 

 

生きている、か。

なんだか少しその言葉が引っかかって、清麿は登校中、章吾にそれとなく会話を振ってみる事に。

すると意外にも彼はその言葉に興味を示した。どうやら同じ事をデモンに言われたらしい。

 

 

「まあ、なんだろうな」

 

 

人間は結局楽しい時が一番良いんだ。

一番幸せなんだから、それだけ希望を持てる。

辛い事ばかり起こる人生が良いか、良い事ばかりある人生が良いか、そんなのは誰だって後者を選ぶに決まってるだろう。

何故か? 簡単だ、その方が良いからに決まっている。そういう人生が理想だと誰だってわかっている。

 

けれども、この世の中そう上手く事が運んでくれないのが現状である。

だからこそ人は少しでも自分が満足する人生の形、理想に現実を近づけたい。

その落差は大きいのかもしれないが、一歩でも自分が信じる生き方に自分自身が近づけたのなら、きっと生き甲斐と言う奴を覚えられるのではないだろうか。

 

清麿は悩んでいた。章吾は燻っていた。

双方、その苦悩を少しは取り払えたのだから、今を生きている実感が湧く筈だ。

もちろん一つの迷いが消えれば、また別の迷いが湧いてくるのが人間の面倒な所かもしれないが。

 

 

「――的な、感じか」

 

「へぇ、意外と考えてるんだな」

 

「まあな。んな事よりせっかく憧れのフォルゴレに会えたのにサイン貰いそびれちまったよ!」

 

「ッ、本当に好きなんだな……」

 

「……なんでちょっと引いた目で見てるんだよ」

 

「いやッ! 別に。ま、まあまた会えるさ」

 

「え? あ、そうか……!」

 

 

戦いはまだ終わった訳じゃあない。

となると、再び自分達が集まる時は来るだろう。

章吾は空を見上げ、少し物悲しげな表情を浮かべる。まだ実感が湧ききれていないのかもと。

 

 

「不安か?」

 

「いいや。お前らがいるし、何よりデモンがいるしな」

 

「そうか……」

 

「お前だってそうだったんだろ?」

 

「え?」

 

「ガッシュが、仲間がいたから戦えたんだ」

 

「――ああ、そうだな」

 

 

先程の言葉。生きていく中で迷いをどれだけ消せるのか、それは一人では限界のある事なのかもしれない。

けれど人間は他者と関わる中で、いろいろな事に触れて成長ができる。事実清麿だってガッシュ達と出会えたからこそ今がある。

章吾もデモンがいたから一歩前に踏み出す事ができた。

その出会いは奇跡だ。しかし確かな現実だ。だからこそ、その今を大切にしたい。同時にそれぞれのパートナーに抱く想いもあろう。

 

 

「どっちかって言うと変えてもらったからな。俺もデモンを変えられる様な存在になれたら、それは嬉しいけど」

 

「ああ、そうだな。オレはガッシュと組めて本当に良かった。だからアイツにもそう思ってもらえる様な男でありたい」

 

「ああ、だから、頑張らないとな」

 

 

ニヤリと笑い合う清麿と章吾。

少なくとも、数日前までの表情よりは輝いている様だ。

お互いはお互いにその事を思いつつ、学校を目指す事にした。普段と変わらない行動ではあるが、その中で確かに二人は成長していたのだ。

 

 

 

 

 

「お、引いてるぞガッシュ」

 

「ウヌ! 任せるのだ!」

 

一方、そんなガッシュとデモンは渓流にて釣りを楽しんでいた。

ヘラーが潜んでいた教会に行くまでの道にあった場所だ。

デモンは場所を覚えていたか、暇なガッシュを誘って釣りをしに来ていたのである。

木の棒と蔓で作った適当に作った釣竿だが、才能なのか運なのか、先程から少なくは無い頻度で当たりが来る。

まさに今がそう。ガッシュは思い切り竿を引くと、そこには見事に釣られたイワナが。

 

 

「おぉ! 結構大きいぞ!」

 

「ウヌ! やったのだ!!」

 

 

とは言え、釣った魚を入れるバケツやクーラーボックスは無い。

ではどうするのか? 答えは――

 

 

「あむっ!」

 

 

ガッシュは釣り上げた魚をそのままお口の中へスロットインである。

無茶苦茶な話に聞こえるかもしれないが、ブリを召し上がる時はそのままの彼、こんな物は人間で言う"ししゃも"レベルだ。

ガッシュはモグモグと数回租借した後、イワナを丸ごと胃の中にぶち込んでいった。

 

 

「お、デモンのも引いておるぞ!」

 

「よっしゃ! 頂きます!」

 

 

隣にいる男も同じである。

デモンは釣り上げた魚を空中に放ると、口を開けて待機、そのまま魚は彼の口にダイブして一気に胃の中へと送られていった。

 

 

「おいガッシュまた来てる!」

 

 

次々と魚を釣り上げてはそのまま口の中にぶち込んでいく二人。もはや釣りではなく食べ放題だ。

 

 

「ウミュゥ、大量なのふぁ!」

 

「はべひへねぇなほへは(食べきれねぇなコレは)」

 

 

イワナだのヤマメだの、あらかた胃の中に収めた二人は、休憩と言う事で河原に寝そべって空を見上げた。

すがすがしい程に青い空だ。わたあめの様な雲も見えるし、耳を済ませれば川の音が心地良い。

木々を移り飛ぶ鳥達、山を歩む虫達、水中を泳ぐ魚達。その命が生み出す景色は芸術とも言えるだろう。

 

 

「綺麗だなガッシュ、どうして太陽系の中で地球が一番美しいって言われるのか、マジマジと知らされるようだぜ」

 

「ウヌ。守っていかねばならぬ場所だ」

 

「ああ、そうだな」

 

 

生命が溢れる地球が何故今まで存在を保ってこれたのか?

それは地球に住む人間が、生命が地球を、人間界を守ってきたからだろう。

確かに人は争い合う、動物もまた同じだ、だが確かに彼らはそれを過ちとし、認め、平和を目指してきた。

人間は決して愚かな生き物では無いとデモンはこの景色を見て思う。

邪神達が考えている程、人は滅びの道を望んではいないのだ。でなければこんな美しい景色が残っている筈が無い。

魔神たちは見極めたつもりなのだろう、人々が支配者である器に足る存在かどうかを。その結果がアレなら、やはり魔神は間違っているのだとデモンは思う。

 

 

「ガッシュ、人間は面白いな」

 

「ヌ?」

 

「清麿も恵も章吾もサンディも、みんな違うのに一緒の思いを持っている」

 

「ウヌ。それは魔物も同じではないか」

 

「ああそうだ、俺たちは同じだ」

 

 

自作の釣竿を見るデモン。

何かを作り、それをどう使うかは使用者の自由だ。武器も、力も、種族もまた同じでは無いだろうか。

鉛筆は字を、絵を書く為の道具だ。しかしその鋭利な筆先で相手の目を突けば? ありったけの力を込めて色々な場所を刺せばどうなるか?

思いを文にしたり絵する道具は凶器へ変わる。それと同じではないか? 魔物の力、人間の知恵、それらは決して互いに拒絶しあう物ではない。

お互いがお互いを理解し、そしてその力を組み合わせれば、世界をより平和にしていく事は可能な筈だ。

 

 

「いつかその未来が描ける様に、頑張ろうぜガッシュ」

 

「おお、頑張ろうぞ」

 

 

深く頷くガッシュ。その目にはやはり、強き王の光が見えた。

強い目だ。あの気弱だった彼がココまで成長したのかと思うと、デモンとしてもやはり嬉しい物がある。

 

 

「本当に大きくなったな、王の器だよ、お前は」

 

「清麿のおかげだ。私一人ではココまで成長できなかった」

 

「そうか。おれも章吾と出会って、少しは大きくなれたよ。見えない物が見えた」

 

 

立ち上がるデモン。

彼は笑みを浮かべ、ガッシュに手を差し出した。

この手は、力は傷つけるためでは無い。分かり合う為に差し出そう。

 

 

「こんな戦い、さっさと終わらせよう」

 

 

もう誰も苦しまず、傷つかない世界を目指すんだ。

綺麗事かもしれないが、それが一番に決まっている。

それに、できる筈だ。

 

 

「優しい王様と正しい神様、後は愉快な仲間たちがいるんだからさ」

 

「おぉ、それは心強いの!」

 

 

ガッシュはデモンの手をしっかり取って立ち上がった。

双方思う、これからもまた大変な事が待っているのだろうと。

しかし必ず乗り越えられる。それを思えるだけの証拠がガッシュとデモンの中には存在している。

 

 

「さて、食べ放題(つり)の続きだガッシュ。ラムネとスイカも持ってきたから、後で食べよう!」

 

「ウヌ! 楽しみだのう!」

 

 

笑いながら走り出すガッシュとデモン。

二人が見る景色(にんげんかい)は何よりも美しく輝いて見えた。

 





ガッシュは丁度小学校の時にアニメが放送していた物で、そこから原作を買い、ゲームやらカードやらCDやら、とにかく色々集めました。
しまいには続きが気になりすぎてサンデーを買う様にもなり、そのまま最終回まで買い続けた思い出があります。
もうココまで夢中になった作品はガッシュだけですね。今でも僕が一番好きな作品です。

まあ今回は息抜き用の作品という事でちょっとした短編にしようと思ってましたが、書いている内にやりたい事を詰め合わせた感じになりました。
一応今回で終わりですが、まだいろいろやりたい事は残っているのでゼオン編や、ちょっとした短編は更新するかも。
時間が経った後また覗きに来ていただければ、もしかしたら何か追加されているかもしれません。


最後になりますが、この作品を読んでくれた人に感謝を。
どうもありがとうございました。

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