季節は春、桜の花が蕾から花開くのも時間の問題であろう三月下旬。そんな時期、日本の地方都市のベッドタウンとして建設された街のとある一軒家。二階建てであり、一家庭が住めるくらいの広さはあり、一人暮らしとして使うには勿体ない様な家だ。
「ふぅ~・・・すっきりすっきりっと・・・」
そんな家のバスルームからパンツ一丁姿で出ると、俺は全身にへばりついたシャワーの残り湯をバスタオルで吹き取りながらリビングに向かい、近場の椅子に腰を下ろした。そしてやる事も無いので目の前にあるテーブルの上に転がっていたチャンネルを手に取り、テレビの電源を入れる。
「――からです。学園から卒業式を終えて、三年生が卒業生として学園から出てきました!」
電源が入るとニュースが始まり、ニュースキャスターの後ろに映し出されているそこには学園と本島を繋ぐモノレール駅から大量の女子が出てくるのが見えた。制服の作りを見るに、どうやらその女子達はIS学園の卒業生のようだ。
IS、それは宇宙空間での運用を思案されて作られたマルチフォーム・スーツ。正式名称は『インフィニット・ストラトス』。まあ、宇宙での運用なんて言われていたのはもう何年も前の話であり、『製作者』の意図から外れたそれは圧倒的な性能を持てあまし、とある点に行きついた。それは『兵器』だ。戦争兵器として、ISの性能はもはや既存の兵器の性能を遥かに上回っていた。一瞬での展開を可能とし、武器の持ち込みが異常なまでに効率的で、なおかつ現存する戦車や戦闘機を遥かに上回る機動性と防御力を有している。各国が望んだ、まさに理想の兵器だったのだ。
それを危険と見た各政府は『アラスカ条約』を締結し、ISを競技用として『スポーツ』とする事によって落ち着いた。
「しっかしまぁ、本当に女ばっかりだな・・・当然だけどさ」
当然、と言うのはISの・・・ある意味欠陥ともいえる特性があるからだ。このIS、何と女しか扱う事が出来ないのだ。
何故このような特性を持っている、否、何故『製作者』はこのような特性をISに付けたのか。真相は定かではないが、問い詰める者ももうおらず、それが常識として世界に知れている。かに言う俺もそこまで疑問に思っていない。
「疑問に思うほどでもないしな・・・それに――」
それに俺は知っている。その常識が完全ではない事を知っている。全てと言わずとも、この世の出来事には大概例外が存在するものだ。
・・・プルルルルッ・・・プルルルルッ・・・
「・・・・ん?」
そんな事を考えていると不意に音が聞こえた。それは俺の携帯電話だった(着信音は1)。
「誰からだ?」
首を傾げて、電話へと向かう。正直、俺は自分の電話が鳴った事に驚いていた。時刻は丁度正午を回った頃、時間としては電話が来ても何の不思議も無い時間帯だが問題はこれが俺の携帯電話だと言う事だ。俺はこの携帯電話の番号を知っている人物は少なく、必然的に限られており、その人物達はどれも二度と電話の来ないであろうと思っていた人物達だったからだ。
「これは・・・」
手に取って、着信を知らせる液晶画面を見てさらに驚きを大きくした。俺は少し戸惑いながらも、着信のボタンを押して携帯電話を耳にあてた。
「・・・もしもし?」
『出るのが遅い』
出ると早々に不機嫌そうな声が飛んだ・・・いきなりお叱りですか、相変わらず変わってないなこの人・・・
「すいませんね、風呂上がりだったもんで」
『こんな時間に風呂とは、お前は乙女か・・・』
そんな呆れ声で言われてもな、汗かいたらシャワーだって浴びるだろう。ちなみに汗は倉庫整理のバイトでかいたものだ。
『まあ、それはそうと・・・・久しぶりだな、零司』
ふと声色が優しくなる。俺は無意識に入っていた肩の力を抜いて、少し緩む頬を掻きながら返事を返した。
「お久しぶりです、千冬さん」
電話の相手は織斑千冬さん。俺の知り合いであり、恩師でもある人物だった。しかし、今更俺に何の用なのだろうか。
「一体どうしたんですか?俺なんかに電話なんて・・・それに今は卒業式の片付けとかで忙しいんじゃないですか?」
『卒業式か・・・見てたのか?』
「テレビでやってますよ。さすがに卒業式の現場に居合わせた訳じゃないです」
『だろうな、今何処に居る?』
「家です」
『家?そんなものあったのか?』
「あー、ほら妹の・・・奏の持ちものの家ですよ。千冬さんも来たことあるでしょ」
『あれか・・・まあ、身を隠すにはいいかもな』
妹の持ちモノ。はたから訊いたら首を傾げるような言葉だが俺の事情を知っている千冬さんはただ納得したのか、そう呟いた。
「まあ、そんな話はいいとして・・・結局何用ですか?」
『ああ、そうだったな。では単刀直入に言おう』
「はい、どうぞ」
『IS学園に来い、零司』
・・・・・・はい? 今、このお方は何とおっしゃいましたか?
「・・・・今、何と?」
『IS学園に来い、と言ったんだ。同じ事を言わせるな』
いや、いやいやいやいや。訊き間違いかと訊き返したくなるような内容を言っておいてそんなこと言わんで下さいよ。どうしていきなりそんな事を言い出すんですか。
「IS学園って、またなんで急にそんな・・・」
『実はお前の情報がドイツから日本に流れたらしい』
「・・・え?」
お前の情報、という言葉を訊いて頭の中が一瞬で冴えてきた。ドイツにある俺の情報、その上に千冬さんが取り上げるほどの事というと一つしか思い浮かばない。
「それって・・・」
『ああ、お前がISを使えるという情報だ』
やっぱりか。ため息を吐きながら頭を抱える。
俺、黒瀬零司は男である。
生物学的にも精製心的にも正真正銘、まっとうは健全男子である。それなのに『ISを使えるという情報』がドイツから流出するなんて、その情報自体おかしいんじゃないかと思う人間も多いだろう。だが、それは紛れもない真実なのだ。先に話した例外の話。それはこういう事だ。
そう、俺は『世界で初めてISを使った男』なのだ。
『政府側としては情報の信憑性を確かめた後にお前を即刻、IS学園へと強制連行するらしい』
「つまり俺にIS学園に来いってのはその手間を省けさせろってことですか?」
『根掘り葉掘り聞かれるとお前にとって厄介な事しかないだろう。どちらにしろ、ここには来ることになるんだ。準備はしておけ』
話を聞いて、俺は黙りこんだ。条件としては正直、悪いものではない。一人暮らしでの金銭関係も気にしないでいい上に寝どこまで用意してくれるのだ。
「千冬さん、でも俺は・・・」
だが、俺には決定的に駄目な点が一つだけあった。どうしても駄目な点が・・・これがある限り、俺は・・・
『構わんさ』
「え?」
『お前のアレは精神的な問題だ。直そうとすれば直せる』
「だけど・・・」
『お前の精神状態も大分落ち着いてきただろう・・・大丈夫さ』
「・・・・・・」
千冬さんからこんな優しい言葉を掛けられるのはもしかして初めてかもしれない。それだけこの人は俺に期待してくれているのだろうか・・・
『それに・・・お前はどうなんだ?』
「俺?」
『ああ、お前はもうISには乗りたくないか?』
その言葉を訊いて俺は無言で左手を握り締め――
「乗りたいです・・・」
――と答えた。
『・・・分かった、手続きはこちらで済ませる。すぐに迎えの者を送るから来るまでお前は準備してそこに待機していろ』
そう言うと電話が切れた。俺は携帯電話を持ったまま、さっきまで座っていた椅子に腰を下ろす。まさか、再びISに関わる事になるとは思わなかった。だがこれが望まれた事であるなら、丁度いいのかもしれない。
「色々と吹っ切れるかもな」
横へ視線を移す。そこには一つの写真立てがあった。四人の女・・・写真の当時の俺と同年代くらいの女子達が作りの同じ黒い服を着て、俺と一緒に映っている。
「さてと・・・じゃあ準備するか」
写真への一瞥を終えて、腰を上げると携帯電話の電話帳を開いて、とある人物を呼び出す。一、二秒程度の呼び出しで相手はすぐに電話に出てくれた。
『もしもし、兄さんですか?』
「奏、俺IS学園に行くことになったよ」
『ええ!?』
「だからこの家を空ける事になるから、そこんとこよろしく」
『そ、そんないきなり・・・ちゃんと説明をして――』
プツンッ。長い文句は後で訊くことにして電話を切り、俺は自室へと向かう。その足取りは少し高揚を孕んだように軽く感じていた。