「おい、零司」
「・・・・・」
俺の名前を呼ぶ一夏の声がする。反応しようと身体を起こそうとするが、俺の思いとは反して、一向に身体は起きようとはしない
「おい、起きろって・・・いくらなんでも寝過ぎだろ」
千冬さんとの夜間訓練の次の日、俺は机の上に伸びていた。眠い、やたらと眠い。ついでに全身が痛い。原因はわかっている、昨日の夜間訓練の所為だ。
「一体どうしたんだよ、朝もギリギリまで寝てたし」
「すまん一夏・・・寝かせてくれ」
気休め程度の準備運動なんかでは俺の運動不足は補えなかった様だ。いや、運動不足ってわけでもないんだが・・・三時間、ほとんどフルボッコっていうのはかなり堪えるものがある。元々勝てるつもりでは遣ってなかったにしろ、容赦無さ過ぎ。終わった直後は爽やかな感じはあったけど、千冬さんに送ってもらっている途中からもうすでに全身激痛の嵐だったからな。
「寝かせてくれ・・か。もしかして織斑君、黒瀬君の事を寝かせないほど何かしたのかな」
「ま、まさか!昨晩、男同士の熱い肉のぶつかり合いが!?」
「結局、どっちが受けでどっちが攻めなのかしら・・・会話からすると織斑君が攻め?」
「・・・・・」
HUZYOSIの方々は何やら論じているが、もはや止める気力すらもない。というか、どうしてそうなってしまうのか・・・そんな事を論じるなら、その労力は違うところで発揮してほしいものだ。
「・・・だが、さすがに寝過ぎかね」
筋肉が引き攣る痛みを感じながら、ゆっくりと身体を起こす。まったく呼びかけに反応しなかった俺を見て涙目になっていた山田先生の事を、心を鬼にして無視し、一時間目の始まりから、今の今まで寝ていた為か、疲労は十分回復した。だが痛みは取れない。こりゃ、今日一日はお世話になりそうだ・・・
「それはそうと、一夏。お前、ISの調子はどうなんだ?」
「どうって?」
「クラスマッチ、いけるか?」
ふと、昨日の放課後の事を思い出して、一夏に訊いてみた。
「さあなぁ・・・専用機持ちはこのクラス以外だと四組と――」
「二組の凰だけだから、余裕・・・なんて考えてんじゃないだろうな?」
「まさか、むしろ当たりたくないとすら思ってるよ」
肩をすくめて、ため息を吐く。どうやら未だにISに乗る事に対しての自信が付いていないようだ。まだ実戦らしい実戦もしていない所為もあるのだろう。しかしこれではクラスマッチが少し心配だ。
「専用機持ちがなんだ、やってやる・・・くらいの気合いは無いのか?」
「俺はまだ、IS操縦者としては素人だぞ?ましてや訓練でセシリアの実力見せつけられて・・・楽観視なんてできないし・・・それに現実問題、結構無理があるだろ、それ」
「出場するお前がそんな弱気でどうする」
「そうです、最初からそんな負け腰では勝てる勝負も勝てませんわ」
俺達の話に首を突っ込んで来たのは呼ばれてないのに飛び出て来た篠ノ之&オルコット。
「一夏さん、私の訓練を受けておいて負けるなんて、そんなことは許されませんわ」
「中距離射撃訓練の戦闘方ばかりのあれを訓練と言うか。第一、白式には射撃装備は無い」
「篠ノ之さんの擬音説明を永遠と訊くよりはまだマシかと思いますけれど?」
そしてさっそく並ぶ二人の間に火花の様なものが見えた。完全にライバル関係になってるな、今更だけどさ。ただ篠ノ之、擬音で説明ってのは止めた方がいいぞ。大阪の人じゃないんだから・・
「・・・苦戦してるみたいだな」
「・・・ああ」
張り合う二人を見て、同情の視線を向けると一夏がさらに大きなため息を吐く。うーん、訓練の手伝いでもしてやりたいんだが・・・せっかく篠ノ之とオルコットが手に入れた好きな人と一緒にいられる時間ってのを邪魔したくはないんだよなぁ。
「・・・と、そう言えば篠ノ乃」
「はい、なんでしょうか?」
「昨日は間に会ったみたいだな、良かったじゃないか」
俺がそう言うと、篠ノ之は礼儀正しく頭を下げた。
「その説では・・・どうもありがとうございました」
「そんな頭を下げる様なことじゃないけどな・・・どういたしまして」
「なんだ、昨日の訓練の事を知っていたのは箒から聞いたのか」
俺と篠ノ之のやり取りを見て、一夏がそう言ってきたので俺は「ああ」と短く返した。するとオルコットが俺に非難の視線を向けてきた。
「黒瀬さんでしたの・・・余計な事を――」
「いやぁ、あんな状況を見せられたら協力したくなっちゃうのが男ってもんでね」
「なっ!?黒瀬さん!?」
ちょっと意地悪に言うと篠ノ之の表情に焦りの色がうかがえる。へえ、そんな顔もできるのか・・・いつも落ち着いた感じだから、そういう顔を見るのも新鮮だな。
「・・・箒、なんかあったのか?」
「な、なんでもない!どこも、微塵も、何一つ問題などなかった!」
「そ、そうか・・・」
あまりの迫力に気押されたのか、一夏は追及を止めた。それに安堵の息を吐いた後、篠ノ之は俺を非難の視線を向けてきた。
「く、黒瀬さん、余計な事は言わないでください」
「すまんすまん・・・ちょっと悪戯が過ぎたね」
「まったく・・・」
笑う俺を見て、拗ねたような顔で腕を組む篠ノ乃。こうみると、やっぱりこの娘も思春期の女子なんだな。あの天才、篠ノ之束の妹とは思えない。
・・・・・まあ、あの人も年中頭ん中思春期っていうか・・・真っ白っていうか・・・
「なんか箒と仲良いみたいだな、零司」
一夏はそう言う。なかなか周りと打ち解けていなかった篠ノ之と気兼ねなく話しているのにちょっと驚いている様だった。
「そう見えるか?」
「ああ。箒の奴、ちょっとぶっきらぼうなところがあるけどさ、良い奴だから、友達でいてやってくれよ」
「・・・良く見てるんだな」
ちょっと含みのある言い方すると、篠ノ之がハッとなって一夏を見る。さて、どんな反応を見せるか。俺の言葉の真意を理解することができるのか・・・
「そりゃあな、幼馴染だし」
ズパッと切り裂く様な音が聞こえる。見事、幼馴染という事で切り捨てやがった。ああ、そんな肩を落とすな篠ノ之。半ばわかってた事じゃないか。こいつの唐変木ぶりには何度も呆れさせられただろう。
だがここで諦めるのもなんだ、少し突っ込んだ質問をしてみよう
「まあ、なんだ・・・お前は幼馴染の女子に男友達が出来ても・・・その、なんかないのか?」
「???」
「いや・・・・なんでもない」
そんなあからさまに「何言ってるんだコイツ」みたいな顔をするな。お前にそんな顔をさせる筋合いはない。
「・・・まあ、なんだか知らないけどさ。新しい友達で来てよかったな、ほう――」
篠ノ之に何か言おうとして、笑顔だった一夏の顔が引きつる。それもそうだろう。目の前にいる人物が鬼をも射殺せそうな眼光を放っているのだから。紅くて殺意に目覚めてしまいそうな波動を出しているのは俺の気のせいだろうか・・・・・・・気のせいであってほしいと切に願う。
「・・・一夏」
「は、はい!?なんでしょうか篠ノ乃さん!?」
「放課後、待っていろ・・・つまらない裏切りを後悔させてやる」
言葉にはこれほどのプレッシャーを掛けられるものなのだろうか。近くにいるだけの俺にさえ感じさせるほどの重圧を乗せた言葉を一夏に吐きかけると、篠ノ乃は自身の席へと戻って行った。
「い、一体なんだったんだ・・・」
「なんだったって・・・・なあ、オルコット」
「そうですわね・・・これは一夏さんが悪いですわ」
「可哀想にな、篠ノ之」
「同じ立場なら一夏さんを撃っているところですわ・・・同じ女子として、同情します」
俺はさっきまで珍しく黙っていたオルコットと一緒になってうんうんと頷く。やっぱり恋のライバルであるオルコットもそう思うだろう・・・いや、恋のライバルだからこそか。
「な、なんだよ二人共。俺が何かしたのか?」
「何もしていないとでも思ってるのか?」「何もしていないと思ってますの?」
「・・・訳がわからん」
キーンコーンカーンコーン
「はい、皆さん授業を始めますよー。席についてください」
チャイムが鳴り、山田先生が教室に入ってくるとオルコットは自分の席に戻り、今度は一夏の方が机の上に伸びた。柄にもなく恋のキューピットを買って出たわけだが、どうもこれは苦戦しそうだ。
「織斑君?どうしたんですか?気分でも悪いんですか?」
「いや、その―」
「山田先生・・・授業を始めましょう」
「は、はいっ!ごめんなさい、篠ノ乃さん!」
・・・すまない、篠ノ之・・・すまない、山田先生・・・・
・
キーンコーンカーンコーン
「早く行かなくちゃ」
「どんな感じなのかな」
「出来れば専用機持ちは避けたいよね」
四時間目終了のチャイムを訊いて、クラスがあわただしくなり始める。昼前ということで、ある程度騒がしくなるのはいつもの事なのだが、なんだか今日はちょっと違う騒がしさの様だ。
「なんか騒がしいな・・・一体どうした?」
「黒瀬さん、掲示板を見に行かないんですか?」
「掲示板?・・・あ」
隣の席に座る青嶋にそう言われ、思い出した。そういえば朝のSHRで千冬さんが俺を叩き起した時に言っていた。今日、昼休みにクラスマッチの組み合わせが発表されるのだ。
「なるほど、だから一夏ももういないのか」
「篠ノ之さんもオルコットさんも行っちゃいましたよ・・・行かないんですか?」
「いや、行こう。俺も気になるし・・・せっかくの青嶋のお誘いだしな」
「お、お誘いって・・・そんな私は」
笑いながら席から腰を上げて、青嶋と共に一年廊下の中央に位置する一年掲示板へと向かう。しっかしさすが青嶋、恋に恋する年頃の乙女だね。顔赤くしちゃって、可愛いじゃないの。
「だけど・・・何処と当たるかねぇ」
「わかりません・・・でも二組と四組は専用機がありますから、あまり当たりたくはないですね」
確か凰は二組だったな、四組の奴は誰だか知らないが専用機持ちってことは何処かの代表候補生なんだろう。
「だけどそういう話をしていると、結構当たったりするんだよな」
「まさかそんな・・・あ、織斑君がいましたよ」
ちょっと歩けばそこには人混みと、掲示板の前に立つ一夏と篠ノ之、オルコットの姿が合った。心なしか、その表情は少し淀んでおり、あまり良い組み合わせではなかった事を物語っていた。
「おい、一夏。組み合わせ、どんな感じだ?」
「・・・見てくれよ」
そう言って指差す先には・・・・
一回戦:一組代表『織斑一夏』対二組代表『凰鈴音』
「・・・・一回戦目からこれか」
見事に的中しやがった。しかも相手が凰とは、何か因縁めいたものを感じる・・・誰かこれ仕組んだんじゃないだろうな?
「私との訓練、その成果を知らしめる絶好の機会ではありませんか」
「一夏、相手が誰であろうと手を抜く様な事はするなよ」
「当り前だろ、手を抜いて勝てるなんて思ってないしな」
「大丈夫大丈夫、勝てるって」
「頑張って、織斑君」
周りの女子、何故か一組以外の女子からも応援される一夏。人気なのは良い事かもしれないが、他のクラスの代表を応援するってのはどうなんだろうか。
「ここで織斑君が勝てば、また写真の値打も上がるしね・・・」
「男で、クラスマッチ優勝の英雄談まで付いたらうなぎ上りよね・・・うひひ」
「その前に、今回の試合で指定席の話が・・・」
・・・他人のやる事に口出しするつもりはないが、一夏をネタに商売をする時は気を付けろよ。あとで千冬さんに掴まっても知らんぞ。
「しかし、凰相手に一夏はどんな試合をするかね・・・ん?」
そんな事を呟いて、掲示板から目を離すと人混みの端の方に人影を見つけた。凰だ。なかなか小さい見た目、そんでツインテールなんてわかりやすい女子は彼女くらいだろう。そしてさらにもう一人。凰の後ろに立つ、IS学園の制服を着ていない少女。この学園内で、制服を着ていない少女なんて、一人しかいない。
「凰、それに奏」
「あ・・・」
「兄さん」
人混みをかき分けて行くと俺に気付いたのか、凰は小さく反応し、奏は笑顔を浮かべた。
「どうしたんだ、こんなところで・・・」
「奏があんたに渡したいものがあるんだってさ」
「立ち話ではちょっと長くなりそうなので、食堂で話したいんですけど・・・これから空いてますか?」
「ああ、青嶋と一緒でも良いなら・・・」
「構いませんよ」
「・・・鈴」
青嶋の承諾を得てから、食堂に向かおうとすると不意に一夏の声が聞こえ、俺の隣に出て来ると鈴の表情が急に険しくなった。おそらく、昨日の事をまだ引き摺っているのだろう。
「・・・フンッ」
「・・・まだ怒ってるのかよ」
「別に・・・」
凰は露骨に一夏と視線を合わせようとしない。明らかに機嫌が悪い。全方位へと「怒ってますよ」オーラを出している。例としては、永続的に発射される
「見るからに怒ってるじゃねえか・・・」
「怒ってないって言ってるでしょ!」
いや、おそらくこの空間にいる人間の十人中十人がお前の姿とそのセリフを訊いて、怒っていないとは認識しないんじゃないだろうか・・・昨日の事を思い返せば、怒って当然だとは思うが。
「・・・なんで怒ってるのか、理由くらい教えてくれよ。そうじゃなきゃ俺だって謝るに謝れないだろうが」
「あの話を聞いて、理由が分かんないってところに私は怒ってんのよ!」
「やっぱり怒ってるんじゃないか・・・」
「うっさい!」
「あーあー、はいストップ、そこまで」
このままでは埒が明きそうにないので、仲裁役として間に入る。まったく、世話のかかる奴らだな・・・
「こんなとこで喧嘩すんなって、周りにも迷惑だし、それにいつあの鬼教官が物理的な仲裁を入れるのかわかったもんじゃ――」
パァンッ!
「陰口は女の特権だ。男がする様なことじゃないな、黒瀬」
「・・・・聞こえてる時点で陰口じゃない気がするんですが・・・・」
いつの間にか姿を現した千冬さんのいつもの
「ちふ・・織斑先生」
「織斑、凰。貴様らが喧嘩をしようが、私には関係ない。だがな、ここは通路だ。人が移動する場所だ。つまり貴様らは邪魔になる・・・わかるな?」
ギラリと光る有無を言わせぬ眼光に、一夏と凰はコクコクと頷いた。まるで蛇に睨まれた蛙だな・・・いや、蛙の場合は動きが止まるか。じゃあフクロウに睨まれた鼠だな・・・似たようなもんか・・・
「お前らもいつまでもここに溜まるな、わかったな」
そう言い残して、二階へと上がって行く千冬さんに対して「はーい」という返事が聞こえたかと思うと蜘蛛の子を散らすように女子達が掲示板の前から離れて行った。完全に殴られ損だな・・・俺。
「だ、大丈夫ですか? 兄さん」
「相変わらず凄い音がなりましたけど・・・」
そう言って俺を心配してくれる奏と青嶋に俺は引き攣った笑みを浮かべる。痛いのは痛いが、二人に言ってわざわざ心配させる様なものでもない。
「大丈夫だよ・・・それより先に食堂に行っていてくれ。席が無くなってしまう」
「は、はい、行きましょう鈴さん」
「うん・・・」
奏に促されて、凰は一夏にそっぽを向くと掲示板前を後にした。こりゃ、二人の関係修復はしばらく先になりそうだな。
「一夏、凰と何かあったのか?」
「大分怒っていらっしゃいましたけど・・・」
「俺が訊きたいよ・・・なんであんなに怒ってるんだ・・・」
「そりゃ、お前が悪いからに決まってんだろ」
「だから、零司もわかってるなら理由くらい教えてくれっての」
一夏は不貞腐れた風に言う。どうも凰の怒りに理不尽さを感じて、一夏も苛立ってるみたいだな。だけど・・・
「教えてやる事はできない」
「だから、なんで――!」
「それはお前自信が意味を知る必要があるからだ・・・それに教えたら、今度は俺が凰にキレられる」
「なんだよそれ・・・」
苛立ちのあまり、グシャグシャと頭を掻く。悪いな、一夏。こればっかりは教える事は出来ないよ。これは凰の大切な思いだ。俺が軽々しく教えていい事じゃない。
「ま、迷えよ青少年。青春ってのはこんなもんだ」
「・・・お前、何歳だよ」
「青春を食いっぱぐれた、擦れた十七歳だよ・・・じゃ、篠ノ乃もオルコットも、五時間目な。行こうぜ、青嶋」
「は、はい」
そう言って俺は一夏達に背を向けると、青嶋を連れて、奏達の後を追う様に食堂に向かって歩き出した。しかし、青春食いっぱぐれ、か・・・なんか泣けて来る・・・
・
「で、話って何だ?」
数分後、俺は奏に鈴、そして青嶋と共にテーブルを囲んでいた。ちなみに俺の昼飯はやたら具のデカイBLTサンド、鈴はラーメン、青嶋がミートソーススパゲッティ、奏がブロック型の栄養食品だ。
「最終調整が終わったので、渡しておこうと思いまして」
そう言って奏は『黒天』の待機状態である、黒いチョーカーを俺に手渡した。と、そこで俺は最終調整前とは違う点に気が付いた。
「・・・この右側についてる丸は何だ?」
「それについて説明しようと思ってたんです・・・はい」
今度は肩に斜め掛けていたカバンから一台の黒いノートPCを取り出した。飾りっ気のない、質素な感じ。それはシンプルさを追い求めた様なフォルムをしており、最近のノートPCではこれと同じ様な機種は見た事がない。
「・・・見た事のない形ですね・・・何処の会社のですか?」
「何処の会社にもありませんよ。私のお手製ですから」
「完全ハンドメイド・・・それも三日で作ったって言ってるのよ、この娘」
「三日・・・三日ですか・・・ははは」
呆れたように言う鈴に、驚きのあまりぎこちない笑いをこぼす青嶋。だが俺的には結構これクラスの物を奏が作るというのは日常茶飯事であり、そこまで気に止める事もなく会話を続ける。
「パソコンが必要なほど情報に困っちゃいないぞ?」
「別にネットサーフィンして欲しいから上げるわけじゃありません・・・そのPCの横を見てください」
「横?」
見てみると、円柱の形をした突起物がそこにはあった。それはAV機器をテレビなどに接続する時の金属端子にも見える。
「それは『黒天』の丸の部分に接続する為の端子です」
「『黒天』って、黒瀬のISでしょ?PCに接続なんかして、どうすんのよ」
「『拡張領域』と『改良領域』の操作です」
「『拡張領域』は知ってますけど・・・『改良領域』って何ですか?」
「ま、簡単に言うと『黒天』だけの特殊機能ってところだよ、青嶋・・・それはそうとノートPCでそんな操作できるのか?」
ISの武装データや強化データなどをパソコンで操作し、あの『拡張領域』や『改造領域』スロットに入れる。操作の理屈はまあ、理解できる。だが、それらのデータをこのPCに情報としてまとめ、それを操作するという事が出来るかというところに、少し疑いを持ってしまう。
「はい、出来ます。粒子体としてあるISをデータ状にして、電子無線により各国に移転させるという技術が研究されていて、その発展途上としての方法ですけど」
「粒子体の電子化・・・ね」
「圧縮するところでかなり苦戦しましたけど、概念としては『拡張領域』から武器を『展開』するのに近いです。束さんもバッチリだって言ってましたから、大丈夫ですよ」
「う~ん・・・あの人のバッチリって若干信用できないんだよなぁ」
あの人なら乗りで「バッチリバッチリ!お姉ちゃんに任せなさい!」とか言って、全然バッチリじゃないものとか押し付けて来てもおかしくはない。
「そんな不安そうな顔しないでくださいよ。大丈夫ですから・・・」
「・・・奏がそう言うなら、信じよう」
可愛い妹の言葉だ、信じるとしよう。それにISに何かあっても、俺に直接危害が出るわけでもないだろう。帰ったら早速やってみるか・・・
「でも凄いですね、こんなことまで可能にしてしまうなんて・・・さすが黒瀬先生ですね」
「せ、先生は止めてください・・・」
青嶋に言われ、奏は苦笑している。おそらく過大評価し過ぎていると思っているのだろう。だが、これだけの事をやってのけたんだだから、先生と呼ばれても良いレベルだと俺は思うんだけどな。
「何はともあれ、これで『黒天』のスペックを完全に発揮できる・・・ありがとな、奏」
クシャッと隣に座る奏の頭を撫でてやると、擽ったいのと恥ずかしいのと半分半分といった笑顔を浮かべる。そんな俺達を見て、凰は眉を顰める。
「あんたらって、なんかやたら仲良いわよね・・・」
「・・・まあ、兄妹仲良いぞ」
「いや、そうじゃなくてさ・・」
何処か歯切れの悪い凰に俺は少し困惑する。なんだ?何が言いたいんだ?最近は兄妹仲が悪いっていうのを良く聞くけど、世界の兄妹全部が仲悪いってわけじゃないんだぞ。
「・・・もっと違うベクトルで仲が良さそうなんですよね、凰さん」
「そうそう・・・」
「何が言いたいんだよ、二人共。はっきり言ってもらわないとわからんぞ」
「・・・んじゃあ、はっきりと訊くけどさ」
「ああ」
「あんた達、恋仲なの?」
「・・・・・・・は?」
いきなり飛んできた質問は俺に素っ頓狂な声を上げさせる。何を言ってるんだ、この日系中国人は。
「凰、お前は何を―――」
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
勢いよく腰を上げてバンッとテーブルを叩き、顔を真っ赤にしながら奏は声を荒げ、食堂の視線が一瞬で俺達に集まる。奏は俺がため息を吐きながら袖をチョイチョイと引くと、肩で息をしながら腰を下ろした。
「・・・わ、私と兄さんはそんな淫らな関係じゃありません」
「淫らなって・・・別にそんな事言ってないわよ。単純に恋人同士なんじゃないかって」
「で、ですからそんな・・・」
「奏、落ち着け。あんまり興奮すると身体に障る・・・ほれ、水」
そう言ってコップを差し出すとまだ何か言いたそうな顔をしていたが、奏はそれを受け取り、水を一気に飲み干した。それを見て、俺は凰に向けて口を開く。
「凰、俺と奏は別にそんな関係ではないよ」
「でもやたらと親密そうだったじゃない」
「単純に仲が良いって事じゃ駄目なのか?」
「はぁ・・・ちょっと度が過ぎてるというか、なんというか・・・」
青嶋は苦笑を浮かべる。ふむ、やっぱりちょっとそう見えるか・・・だが恋仲ってのはちょっとな。
「それは俺がかなり奏を大事に想っているってのもあるかな」
「自分で言う?」
「奏に対して、過保護だってことは認めてるからな」
奏は身体が弱い為に過保護になっている事は認める。昔はシスコン云々と言われ、ヘコんだ時もあったが、今となっては屁でもない。むしろ、それだけ仲が良く見えているならばバッチ来いである。
「俺は単純に、奏を愛しているだけだよ」
「愛して・・・あわわ」
今度は青嶋が顔を真っ赤にして、泡を食った様に慌てる。そんな横で、凰も少し頬を朱に染めながら、微妙な表情でこちらに口を開く。
「ず、随分とどストレートに言うわね」
「家族を愛するのに、理由はいるかい?」
「・・・それでも、奏はそう思ってないみたいだけど」
そう言われて、奏を見るとこれまた先ほどよりも倍は顔を赤くした状態で口をパクパクさせている。まるで酸欠の金魚だ。
「に、にににに兄さん!? そういうのは人前では言っちゃダメです!」
「つまり、人前じゃなければ言っていいんだ」
「やっぱり二人は・・・はうぅ」
「えっ!? いや、そうじゃないんですよ! そうじゃなくて・・・ええと」
オロオロと辺りを見回す。だが、誰も救いの手は差し伸べることなく、注目の視線だけが俺達の下へと届いていた。
「家族・・・か」
そしてそんな中で、少しだけ影を帯びた表情を浮かべる凰を俺は見逃さなかった。
「凰、どうした?」
「あ、ううん・・・なんでも」
すぐに元の明るく何処かふてぶてしい表情に戻る。そんな凰に対して、俺はそれ以上追及する事はしなかった。おそらく、先ほどのタイミングと言葉から、凰も家族に何かしらの悩みを抱えているのだろう。だが、それは俺が踏み入っていいことではない。
「とにかく、家族的な・・・親愛の感情ならあるけど、恋愛的な感情は無いよ」
「そ、そうですよ・・・私達は家族なんですから、恋愛感情なんてありません」
「そんなものなんですか?」
「そんなもんだよ」「そんなものです!」
少し可哀想になってきたので助け船を出すと、その言葉で納得したのか、凰と青嶋はそれ以上の詮索を止めた。
「まあ、あれだ・・・一夏が千冬さんに憧れ抱くのと同じ」
「ああ、一夏もシスコンだからね」
話を一夏へと移り、一夏の名前が出た瞬間、凰は一気に嫌な顔をした。一夏もそうだが、この娘も感情が素直に表情に出るな・・・わかりやすい。
「すぐにとは言わないが、ある程度怒ったら許してやれよ?」
「・・・ヤダ」
「ヤダって・・・まあ、一夏が悪いのはそうなんだろうけどな」
「織斑君、何かしたんですか?」
「まあ、ちょっとね」
「私は鈴さんから聞きましたけど・・・ちょっと酷いですよね」
苦笑を浮かべる奏と首をかしげる青嶋をしり目に凰は苛立たしげにラーメンのスープをゴクゴクと飲み干していく。これについても俺はどうすることもできない。これは二人の問題だ、俺の首の突っ込む事ではない。
「あいつが謝るまで、こっちは謝る気ないから・・・ごちそうさま」
そう言うと凰はお盆を持って席を立ち、去って行った。凰は謝るまで許さないと言って、一夏は一夏で理由がわかるまで謝れるかという。意地の張り合いか・・・なるほど、こりゃ長引きそうだな・・・
「内容が内容だけに話し辛いだろうしな・・・」
「クラスマッチで恨みをぶつけるみたいな事も言ってましたよ」
「織斑君、大丈夫かな・・・」
奏の不穏な一言を聞いて、青嶋は呟いた。彼女の心配はもっともだ。どんなISなのかはまだ分からないが、実力的にも精神的にも、一夏には辛い相手だろう。もしかしたら一回戦敗退なんて事は十二分にあり得る。
「大丈夫ではないだろうな・・・」
「そんな・・・」
「そんな簡単に勝てるとは思えん・・・フリーパスは諦めた方がいいかもしれないな」
「兄さん、織斑さんを鍛えてあげては?」
「う~ん・・・どうするかねぇ」
奏の提案に俺は快諾を渋った。クラスマッチで一夏を勝たせたいという気持ちはあるのだが、あの二人が一緒にいる状況に俺が入って行くのはお邪魔虫に他ならない。特に篠ノ乃と協力関係にある現状況を考えると、その行動は篠ノ乃に対して裏切り行為になるんじゃなかろうか・・・
「・・・なんでそんなに迷ってるんですか?」
「色々あるんだよ、色々ね・・・」
「黒瀬」
青嶋に言葉を返すと、後ろから俺を呼ぶ声がする。誰だかわかっているが、首を回して、背後を見る。先ほど叩かれた頭がまだ痛い。
「なんですか、織斑先生?」
「ちょっと話がある・・・いいか?」
「良いですけど・・・ちょっと待っててください」
千冬さんにそう断ると、一口しか食べていないBLTサンドの先っぽに齧りつく。そのままシュレッターに入れた紙の様に咀嚼し、喉を通って胃袋へと落ちて行く。やたら具が大きかった為に呑み込み辛かったが、サンドは見事に胃袋へとおさまった。
「けふっ・・・オッケーです」
「・・・・・早食いは身体に悪いぞ」
「急かしたのは織斑先生ですよ・・・さてと、そろそろ授業も始まるから青嶋も早めに食べろよ」
そう言って乗せていたお盆を持って、腰を上げると返却口まで持って行き、その後千冬さんと並んで食堂を出る。
「で、用って何ですか?」
「ちょっと頼みがある」
食堂を出ると同時に質問すると、予想外な返答が返って来た。千冬さんが俺に頼み事をするとは、もしかしたら初めてかもしれない。そんな事に少し驚き、信頼されている嬉しさを感じながら、俺は苦笑を浮かべる。
「やたら無理難題じゃなければ、いくらでも答えますよ」
「そうか・・・・実はな――」
・
Side 織斑一夏
クラスマッチを来週に控えた土曜日の第三アリーナ。いつもの訓練時間である夕刻にはまだ遠く、陽光はまだオレンジ色にはならず、煌々と会場の真ん中に立つ、訓練をしていた俺と箒、そしてついさっき顔を出した千冬姉を照らしていた。
「千冬姉、いきなりやってきてどうしたんだよ」
「織斑先生だ・・・今日はお前に『雪片弐型』の説明をする為に呼びだしたんだ」
「『雪片弐型』の説明?」
説明と言ったって、これは接近戦用ブレード・・・それ以外に何かあるんだろうか?それコレには他に特殊な機能でも付いているんだろうか?
「『
「どんな能力が・・・」
「『バリア無効化攻撃』だ」
「――『バリア無効化攻撃』?」
俺がそう訊き返すと千冬姉は小さく頷いた。
「『雪片』の特殊能力が、それだ。相手のシールド残量に関係なく、それを切り裂いて本体に直接ダメージを与える事が出来る。そうすると、どうなる、篠ノ乃?」
「は、はい。ISの『絶対防御』が発動して、大幅にシールドエネルギーを削ぐ事が出来ます」
「その通りだ。私がかつて世界一の座にいたのも、『雪片』のその特殊能力によるとことが大きい」
さらりと言う千冬姉だったが、それでも凄い事である。たった一本のブレードで世界を制した、その行動がどれだけ過酷で、どれだけの努力が必要なのかは、俺の十五年の人生観点でははかる事は出来ないだろう。そしてそれだけの事をやってのけた姉を持つ弟の気持ちというものは、とてもプレッシャーのかかる物でもあった。
「ってことは、相手がどんな奴でも数発その『バリア無効化攻撃』を当てれば勝てるってことだよな」
「そうだ。しかしそれはあくまで当てられればの話、今の状態で『バリア無効化攻撃』を行ったところで、『雪片』にエネルギーを食われて終わりだろう」
「エネルギーを食われる?」
「もしかして・・・その『バリア無効化攻撃』というのは、自身のシールドエネルギーを攻撃に転換しているのですか?」
俺の代わりに尋ねる箒に、千冬姉は頷いた。
「察しが良いな、篠ノ之・・・詰まるところ、欠陥機だ」
――――って、おい!
「欠陥機!?欠陥機って言ったよな、今!?」
バシンッ!
「言い方が悪かったな。ISはそもそも完成していないのだから欠陥も何もない。ただ、他の機体よりちょっと攻撃特化になっているだけだ、大方『拡張領域』も埋まっているだろう?」
「そ、それも欠陥だったのか・・・イテテ」
「人の話を聞け。本来『拡張領域』用に空いているはずの処理を全て使って『雪片』を振るっているのだ。その威力は全ISの中でもトップクラスだ」
(だから千冬姉は『雪片』しか装備してなかったのか)
千冬姉は『モンド・グロッソ』の時に、『雪片』しか使っていない。それはつまり、他の武装を削っても、有り余る性能をこの『雪片』には備えられている事になる。先に千冬姉が言った通り、世界一となったのはぶっ飛んだIS操縦者としてのレベルもあるが、相手を一刀両断出来るこの『雪片』のおかげでもあるわけだ。
「大体、お前の様な素人が射撃戦闘などできるものか。反動制御、弾道予測から距離の取り方、一零停止、
「・・・ごめんなさい」
自分の非を認めたら謝るに限る。千冬姉は短く「わかればいい」と頷くと微笑を浮かべた。
「一つの事を極める方が、お前には向いているのさ。何せ――私の弟だ」
「千冬姉・・・」
「さて・・・お喋りはこの辺にしておこう」
笑みを消すと、千冬姉の表情がいつもの顔に戻る。
「とにかく実戦で試さない事には始まらん。今日はお前に演習相手を用意してきた」
「演習相手・・・」
つまり『バリア無効化攻撃』の練習台を用意してくれたってわけか。相手は誰だ?ここにはいないセシリアでも連れてきたのか?
「オルコットでは遠距離戦が主体となってしまう、おそらく当てる前に落とされる」
俺の考えを呼んだのか、千冬姉はそう言った。セシリアじゃない?だとすると一体誰だろう。顔も知らない人とかだったら、変に緊張してしまうんじゃないだろうか。
「安心しろ、知った相手だ・・・」
千冬姉の視線がBピットの方へ向く。俺と箒もつられる様にして、そちらを見た。するとBピットの入り口が開き―――
「よう・・・・一夏」
そこには―――黒が立っていた。
EP9 END