五月
緑色の木々がすっかり顔を出し、徐々に気温も上がって行く春という季節では最後の月に当たる、そんな頃。IS学園、第二アリーナは圧倒的な賑わいを見せていた。観客席にあるのは人、人、人。座れぬものは立ち上がり、アリーナからあぶれた者は食堂などのモニターから会場の状況を確認するのだろう。
「こりゃ凄い賑わいだな」
そんな会場をAピットから見て、この騒ぎの原因ともいえる男子である一夏はそう言った。
「これのほとんどがお前を見に来ているんだぞ?」
「マジかよ・・・さすがにこれは緊張するぞ」
「尻込みか、一夏」
「冗談だろ、箒・・・腹は据えてる、やれるだけやってみるさ」
同じピットにいるのは俺と篠ノ之という、あの時の訓練のメンツだ。結局、『零落白夜』の一件以来、俺は一夏との訓練に参加することはなかった。鍛えるという事よりも、一夏と少女達の交流の方を優先したわけだ。だが――
「あれ以来、感覚は掴めてきた・・・やってやるさ」
どうやらあの一件は一夏にはいい刺激になったらしく、先週からクラスでも「調子が良い」と言っていた。あとは相手がどんな兵装で来るかによるが、コンディションはバッチリの様だ。
「相手はあの凰だが・・・大丈夫か?」
「安心しろよ、相手が知り合いだからって手加減するほど自惚れちゃいない。全力でやる」
『白式』のが展開された拳をグッと握り締める一夏だが、どうもその顔には単純に勝つという意志だけではなく、他の事も考えている様な節が見られた。
おそらくそれは件の『毎日酢豚事件』だろう。あの時から結局今日にいたっても一夏と凰の関係は修復できず、未だ関係に大きな溝を作っている。どれくらいかというと、ここ一週間は双方一切口を聞いていないほどだ。まあ、主に凰の方が一夏を避けているみたいなんだが・・・
「ま、これで凰との関係に何らかの衝撃でも与えられればいいんだがね・・・」
「なんか言ったか?」
「いや・・・」
一夏の問いに頭を横に振る事で返答する。お互い拳でしかわかりあえない人種でもあるまいに・・・どうも意地っ張りなところは似ているみたいだからな、この二人。
『織斑君、対戦者のデータを送ります』
不意に山田先生の声が聞こえた。おそらくISのオープンチャンネルだろう。俺達の前に対戦相手である凰とその機体のデータが表示される。
『凰さんのISは『甲龍』といって、織斑君の『白式』とは類似する近接格闘型の機体となっています』
説明を聞きながらデータを見る。赤紫色主体のIS、小柄な凰と対照的ともいえる相手を叩き潰す様な『龍』にふさわしい見た目をしている。
「武装は近接用青龍刀型実大剣『双天牙月』が二基・・・山田先生、この肩の丸いのは?」
『はい、それは『龍砲』といって空間圧縮により砲身を作り出し、衝撃砲を撃ち出す遠距離装備です。その肩と他に両腕部に装着されています』
なるほど、こんなのが付いてるなら近接型ではなく遠近両方を兼ね備えるバランス型の機体と考えるべきだな。そしておそらく、『白式』として一番警戒するべきはこの『龍砲』だろう。
「聞いたか、一夏。相手は遠距離装備を兼ね備えている」
「『白式』と同じ近距離型で、追加で砲撃までしてくるのか・・・厄介だな」
「しかも空間圧縮による砲身って言うくらいだから、視覚による発射の察知は難しい。その上にこの球体である利点はあらゆる方向に向ける事だろう」
「あらゆる方向への視覚感知が難しい砲撃・・・黒瀬さん、これは――」
「うん、正直かなりヤバいな。慣れと直感で回避するには多少時間かかるし、何より一夏は相手の『龍砲』に対しいて初見だ」
『白式』の弱点は遠距離兵器を持った相手にとことん弱い事だからな。ましてや砲撃なんて威力の高いものを何発も受けたらシールドエネルギーはアッと言う間に削られる。つまり、『零落白夜』へと回すエネルギーも無くなるから一発逆転も厳しくなる。
「『龍砲』に穴だらけされる前に、あれの回避方法を掴むのが勝利の鍵になってくるだろう」
「一夏には『零落白夜』がありますから、当てれば一撃でひっくり返す事も出来ますからね」
「そうだな・・・一夏、わかってるとは思うが――」
「『零落白夜』は諸刃の剣・・・だろ?わかってる」
言いながら、一夏はアリーナを見据える。これ以上のサポートは不要だろう。後は本人の実戦に出てからの動き、そして相手の動きにどう対処できるかにかかっている。これは言葉では説明する事は出来ない。
『お話も終わったところで・・・黒瀬君、いいですか?』
「はい、なんですか?」
『今から職員会議室へ来てください、お話があるので』
いきなりの呼び出しに少しばかり困惑する。職員会議室・・・またなんでそんなところに。それになんだか山田先生の声が少し落ち着き過ぎている様な・・・気のせいか?
「わかりました・・・一夏」
「なんだ?」
「気の利いた事は言えんが・・・頑張れよ」
「それだけで十分だ・・・まかせろ」
返事を返しながら、一夏は俺の前に出した拳に自分の拳をぶつける。そして他に交わす言葉もなく一夏から離れると、すれ違い際に篠ノ之に一言。
「試合まで時間が在る・・・後は任せたぞ、篠ノ之」
「・・・はい」
しっかりと頷く篠ノ之を見て、小さく笑みを向けると俺は歩き出す。一夏の事は心配ない、今のあいつなら凰と互角以上に戦ってくれるだろう。そう信じて、Aピットを後にした。
・
「ここか・・・」
Aピットから出て、職員会議室まで一直線に移動し、今扉の前まで来ていた。他の部屋とほとんど変わらない扉なのに、なんだか威圧感のある雰囲気が感じ取れる。というより、なんか・・・空気がピリピリしているというか・・・
「良い感じはしないな・・・」
しかしここで足踏みしていても仕様が在るまい。覚悟を決めて、ドアを軽くノックする。
――コンコン
「一年の黒瀬です」
「来たな・・・入れ」
ノックに応じる様に室内から聞こえてきた千冬さんの声に命じられるがまま、ドアを開ける。そこで俺は小さく息をのんだ。
まず目に入ったのは正面、壁に掛けられる様にして存在する大型の電子画面。そこにはIS学園から周辺数キロ単位までを記した地図が映され、そしてその映像を見る数人の学園の教師達が部屋の中央にある長テーブルを囲んでいた。
「これは・・・ずいぶんと物々しいですね」
「急に呼びだしてごめんね、黒瀬君」
「なかなかに急を要する事なんでな・・・」
「まあ、構いませんけど」
電子画面の前に立つ千冬さんと山田先生はそう言われ、俺は返事をしながら教師達を見る。よく見てみると、そこにいるのは一年担当の教師達であり、二、三年の教師の姿が見当たらない。という事は、今日行われるクラスマッチ関係の集まりってことか・・・
「このタイミングで一年の先生ってことは・・・アクシデントでもありましたか?」
「ああ・・・これを見ろ」
テーブルまで移動すると、俺の目の前に電子マップが浮かび上がる。そこには上空から見たIS学園。海に浮かぶ孤島というほどの大きさのIS学園が完全に映し出されている。だが何よりも目を引いたのは、IS学園本体ではなく、そこから北に位置する海上だった。そこには四つの矢印がさらに上の方を指している
「この矢印は?」
「広げて確認しろ」
千冬さんに言われ、マップの距離を広げてさらに北の方を見てみる。すると、北西四十キロ方面に四つの点が見受けられた。
「この点・・・アクシデントってのはコレの事ですか?」
「ああ・・・では、現状を説明する」
俺に話が通った事を確認した千冬さんの声を聞いて、教師陣も電子画面に視線を向ける。
「現在、このIS学園から北西四十キロの場所に所属不明の未確認ISが四機、確認された。目標は海上で停止しているが、いつ動き出すかわからない状況だ」
「呼びかけはしたのですか?」
「はい、何度も信号を送っているのですが呼び掛けに応じる様子は見受けられません」
「ごり押しで来てるか・・・理由はロクなもんじゃないってことね」
教師陣から緊張感のある声が上がる。ロクなモノではない理由。それはおそらく、この部屋にいる誰もが気付いている事だろう。所属不明の
「・・・相手の目標はクラスマッチに出る専用機ですかね」
「わからん。相手の目的が専用機の奪取にしろIS学園の襲撃にしろ、それ以外だった場合でも警戒を怠るわけにはいかん」
「だったらまず、クラスマッチを中止して生徒を避難させるべきなのでは?」
「そういうわけにもいかないんだよ、黒瀬君」
教師陣の中から呼びかけられ、そちらを見る。そこには青い瞳に銀色のショートヘアー、細身のリクルートスーツを着た美人女性教師がいた。
「今、この場所にはクラスマッチを見学に来ている他国の監査官が来ている。主要国家に対して下手にIS学園の評判を落とすわけにもいかないんだろう。まったく・・・面倒くさい事だ」
「それは確かに面倒くさいですね・・・・えっと――」
「イリア・ブルシロフスカヤ先生だ・・・他のクラスの担任の名前くらい覚えていろ」
横から千冬さんに言われて、思い出した。確か三組の担任教師だったよな。名前からするとロシアの人か・・・なんか銀髪と碧眼って事で冷たい印象があったから話しかけ辛い先生だって三組の女子に聞いたことが合ったな。
「――で、詰まるところ学園内にこの事を知らせる事は出来ない。だから気付かれることなく、秘密裏にこの出来事を処理しなきゃならないってことですか」
「そういうことになるな・・・面倒な話である事には変わらないが、これも学園の為でもある」
「・・・だったら、なんで俺を呼んだんですか?俺も一応、学園の生徒なんですけど」
「君にも協力してもらう為だよ・・・そうだろう、織斑先生」
からかう様なイリア先生の言葉に千冬さんは無言になり、俺に視線を向けた。俺に・・・協力?
「なんで俺に協力なんて求めるんですか?教師陣が動けばどうにかなるんじゃないですか?」
「秘密裏に、と言っただろう・・・教師陣はおおっぴらに動く事は出来ん。それにIS学園自体の警備もある。今、この場所に二年と三年の先生がいないのはその為だ」
「・・・・なるほど」
大体理解できた。今回の事件の担当は二、三年の教師はこのクラスマッチを見に来ている各国の要人警護、そして一年の教師陣が問題の未確認ISの撃破。だが、今回の事件を学園にいる人間には感づかれてはいけない。だから一年教師陣もおおっぴらには動けない・・・そして今、この場には今回のクラスマッチに出場せず、身軽でそこそこ腕の立つIS乗りが一人・・・
「・・・俺にその未確認機をどうにかしろってことですね?」
今回のクラスマッチ、おそらく皆が注目するのは会場の賑わい加減から見ても完全に一夏に向いている。おそらく、要人達もそちらに注意が向いているだろう。その時、一人生徒がいなくなる程度では気付く者もいない。
「強制はしない。お前が断れば、我々で対処しよう・・・どうする」
極めて真剣な目をしながら、俺に問う。これは実戦だ。訓練や競技とはわけが違う。もし、この未確認機体が予想外の行動を取り、こちらがやられた時はどうなるかわからない。下手をすれば、命の保証もないかもしれない。普通の学園生なら、荷が重い。断るべき事なのだろう。
そう、普通の学園生なら――――
「いいですよ」
俺がそう返事をすると、部屋の教師陣が少しザワついた。こんな無茶な事を受けるとは思わなかったのだろう。
「・・・いいのだな?」
「進めといて、そりゃないですよ千冬さん・・・それに」
そうだ、それに何よりも――
「おそらく・・・この中にいる誰よりもこういう仕事は俺に向いてますからね」
皮肉げな俺に笑みを見て、スッと千冬さんは目を細めた。なるほど、確かに俺向きの仕事だな。千冬さんもわかってるじゃないか・・・これなら俺も思いっきり『黒天』を動かせる。
「・・・よし、では何か注文はあるか?」
「そうですね・・・では誰か一緒に来てください。さすがに四対一では分が悪いですから」
「そうか、では山田先生を付けよう・・・いいですね、山田先生」
「わ、わかりました」
授業をしている時よりも、さらに真剣でありながらも何処か焦った表情をして山田先生は頷く。
「現場の指揮は?」
「お前に任せる。状況によってはお前の方が良い指示を出せるだろう」
「ご期待に添えるようにしますよ・・・では山田先生」
「は、はい!」
「十分で用意を・・・その後、すぐに出ます」
「わかりました!」
「よし、では我々も持ち場に移動しましょう・・・解散」
千冬さんの言葉を聞いて、職員会議室から出て行く教師陣と共に俺も部屋を出て、近くの更衣室へと急ぐ。そんな中で頭の中をクリアにしていく。たった一つの事、今回の仕事のことだけを考える様にする。ああ、この感覚が懐かしい。久しぶりの・・・そう、久しぶりの・・・
「久しぶりの・・・仕事だ」
・
「お待たせしました!」
職員会議室を出て十分後、俺がIS学園の丁度裏口に位置する場所に立っているとISスーツ姿の山田先生がやって来た。さすが山田先生、時間は正確だ。
「丁度十分ですね。じゃあ、行きますよ」
「はい」
山田先生の返事を聞いて、俺は『黒天』を展開。それと同時に山田先生もネイビーカラーの量産型第二世代IS『ラファール・リヴァイヴ』を展開すると、二機とも一斉に飛び上がり目標へと進む。
「目標は北西二十キロから動いていませんね・・・少し不気味です」
「こちらをおびき寄せる為の寄せ餌か・・・だけど、放っておくこともできませんからね」
四機の未確認IS。軍事基地でも大体配備されるISは六から八機程度だろう。IS四機という多大な戦力を持っての寄せ餌とは考え辛いが、万一の事もあり得る。最悪の状況は考えておいた方が良いだろう。
「もし罠だとすれば・・・」
話を続けようとして、山田先生を見ると、彼女の手元が震えていた。そんな彼女を見て、ふと俺は思い出した。確か山田先生は新人教師だって言っていたな。それに教員として動くのと、こういう事態では状況が全く違う。こういう現場は慣れてないんだろう。
「山田先生」
「は、はいっ!?」
「もっと落ち着いてください。そんな状態じゃ実力出せませんよ」
「だ、大丈夫ですよ!私は緊張なんて――」
「そんな見栄を張らないでください。手、震えてますよ」
「あ・・・」
山田先生はハッとなり、自分の手を見る。やっぱり気付いていなかったか、まあ初陣で敵がIS四体なのは少し・・・いや、かなりのプレッシャーだろう。学園の守護を任されている教師でも、こんな経験はあまりないだろう。
「怖いなら無理する必要なんてないんですよ」
「わ、私は先生です。私が頑張らなくちゃ生徒の皆が・・・」
「頑張るのはいいですけど、少しは肩の力を抜いてください」
言いながら、山田先生に近づき、震える手に自分の手を重ねる。
「安心してください・・・もしもの時は俺が全力であなたを護りますから」
「・・・黒瀬君」
「だからそんなに緊張しないで、山田先生は自分のペースで動いてください・・・ね?」
「は、はい・・・」
緊張を解くように微笑みかけ、手を軽く握りながらそう語りかけると頬をほんのりと紅く染めて山田先生は頷いた。自分の生徒に情けない姿を見せたのを恥じているのだろうか、そんなに顔を赤くしちゃって・・・気にする必要ないのに、真面目だな。
「・・・あの、黒瀬君?」
そんな事を考えながら離れると今度は山田先生の方から声を掛けてきた。
「なんですか、山田先生?」
「いえ、大したことではないんですけど・・・あの時、黒瀬君は『誰よりもこういう仕事に向いている』って言ってましたよね・・・」
「ああ、それですか・・・」
もっともな質問を投げかけられて、俺は少し返答に困っていると―――
『山田先生、その話はまた後ですると言う事で良いだろうか?』
「ひゃ、ひゃいっ!?」
いきなりオープンチャンネルで聞こえてきたのは千冬さんの声に驚いたのか、山田先生は素っ頓狂な声を上げる。だが千冬さんは気にせず話を始める。
『零司、今織斑と凰の試合が始まった。学園内の生徒だけでなく、要人達も二人の試合・・・いや、織斑に夢中になっているはずだ』
「こっちの寄せ餌は良い感じに働いてくれてますね」
一回戦に一夏と凰の試合が在るというのは運が良かった。要人達の視線は完全に一夏に向いている。今のうちにターゲットを叩ければ、少なくとも要人達には気付かれることはないだろう。
『防衛はブルシロフスカヤ先生率いる一年教師陣で固めてある。もし撃ち漏らした時は即報告しろ』
『私達も腕に自信はあるが・・・ワザと撃ち漏らしたりするのはよしてくれよ?』
通信回線にイリア先生が横やりを入れて来る。こんな状況で冗談も言えるのだから、結構現場慣れしている教師だということが窺える。
「そんなことしませんから、安心してくださいイリア先生」
『それを聞いて安心したよ・・・でももしもの時は無茶するんじゃないぞ、黒瀬君』
「その時は思いっきり任せます」
『はっはっは! はっきりと言うなぁ。気に入ったよ』
「そいつはどうも」
笑い声を聞いて、苦笑を浮かべてしまう。この人はなんだかちょっと変わった人だな・・・こういう人がいると職場の雰囲気とか良いんだろうな。IS学園の職員室風景がちょっと気になる。
『・・・ブルシロフスカヤ先生、そろそろいいでしょうか?』
『名字じゃ長いから名前で良いよ、織斑先生・・・それにそうだね、お喋りしている暇もないか・・・』
千冬さんに話を止められると、一気にイリア先生の声も鋭くなる。ここからはこんな他愛もないお喋りは無し。俺も頭の中でスイッチを切り替えて、オープンチャンネルからの声に耳を傾ける。
『・・・零司、お前は目標に接触すると同時にまず回線を使って呼びかけろ。無駄だとは思うが、一方的に攻撃するわけにもいかん』
「もし返答がなかったら?」
『攻撃して構わん』
なるほど、そいつはわかりやすい。つまり警告して、それに返事がなかったら相手を撃って良しって事だ。まあ、IS学園に無断で侵入するってのは両国審判とかのレベルの話になってくるからな。
「了解しました・・・ちょっと荒っぽいですけど付いて来てくださいね、山田先生」
「わかりました」
『安心しろ。山田先生は元日本代表候補生だった人物だ、そう簡単にやられる様な腕ではない』
千冬さんの言葉を聞いて、山田先生を見る。確かにさっきので緊張が抜けたのか、出撃時よりも良い顔になっている。
「なるほど・・・期待してますよ、山田先生」
「はい・・・黒瀬君は無理しないでくださいね」
「はい、心に留めておきます」
山田先生はおそらく俺の疾患の事を言っているのだろう。千冬さんとの夜間訓練の成果により、十五分以上の持たせられるようになった。だが、それでも油断は禁物だ。なるべく早く、それでいて的確に目標を倒さねばならない。
「そろそろ目標と接触します。黒瀬君、準備を」
「了解・・・ではこれより相手に接近、以上通信を終わります」
『零司』
両手に『Anna』と『Dalia』を『展開』し、スラスターの速度を上げようとした瞬間、千冬さんが少し強めの声を出す。何事かと耳を傾けると――
『・・・無事に帰ってこい』
とだけ言って通信が途切れた。さてと、なんだか懐かしい一言を聞いて、さらにやる気も出てきたよ。まったく、あの人の言葉はまるで呪文だな。俺をこうも単純に突き動かしやがる。
「はい、
言葉と共に感じた温かさを心の底にしまい込み、呑み込まれる様な蒼海と蒼天に挟まれた世界で、俺と山田先生は速度を上げる。目標はまで・・・あと五キロメートル。
EP11 End