眩しい、俺が抱いた第一印象はそれだった。
視界に広がるのは白い花。それも一つや二つじゃない。月に照らされた地平線を埋め尽くす様に咲き乱れ、俺の足元を埋めている。この花はユリだ。華に興味がある訳じゃないが、これくらいは知っている。
静かだ・・・およそ都会の喧騒とはかけ離れた情景。闇夜の月に照らし出されたこの場所は美しく、この世のどの景色よりも美しいのではないかと思ってしまうほどだった。
凝縮された美の世界。とても心地よく、ある種の安らぎを感じさせる。それはまるで揺り籠を連想させる様な気持ちだった。
でも、ここは何処だろう。これはいつも見る幻風景ではない。こんな美しい風景を今まで俺は見た事がない。
そして何故だろう。この景色はこんなにも美しいのに・・・どうしてこんなに物悲しくて、寂しいと感じるのだろう。
「それは君が抱く感情・・・つまりは君自信しかわからない事」
不意に声がして振り向くと、『女性』が俺の目の前を掠めすぎた。その姿はとてもおぼろげで、不可思議。たとえるなら穴だらけの影絵の様。ボロボロの外套で全身を覆った姿は、ファンタジーの出てくる魔術師を連想させる。
「やあ、また逢えたね」
また・・・逢えた?
「俺の知り合いに君みたいな奴はいなかったと思うけど?」
「それは困るな。君は私を知り、そして私は君を知っている。それは知らないのではなく、覚えていないだけだ」
『女性』から小さな笑い声が零れる。良く見ると、頭の位置するところに顔は有り、世にも美しい笑みを浮かべている。不思議とその笑みに懐かしさを感じた。
「寂しくは無かったかい? ずいぶんと長い間、一人にしてしまった。私を怨んでいるだろう?」
「寂しいも何も・・・まあ、この場所に一人でいるのがちょっとあれだったくらいで・・・」
「そうか、それはすまない・・・だがもう寂しい思いはさせないよ、これからは一緒だ」
「・・・ああ」
頷きながら、心の中で首を傾げる。この『女性』は一体何者だろうか。彼女を見ているとひどく懐かしい感情に駆られる。まるで旧知の親友・・・もしくは恋人に再会した様な感じだ。
「それで、謝罪の後に頼みごとをするというのも、些か恥知らずな話なんだが・・・」
「ああ、なんだ」
「君に・・・触れてもいいだろうか?」
「・・・は?」
いきなり素っ頓狂なお願いに俺は唖然となった。訊き間違いではないかとも思ったが、影から見える彼女の表情は相変わらず薄い笑いを浮かべており、真剣なのかそうでないのか、差し図る事は出来ない。
「どうだろうか?」
「別に・・・構わないけど」
「そうか・・・では失礼」
了承すると、『女性』はスッと音もなく近付くと右手を差し出し、俺の頬へ触れる。そして息がかかる距離で俺へと囁きかける。
「やはり君は美しく、強い。昔と幾分変わらない・・・君に勝る者を私は未だに見た事がないよ」
「な、何言ってるんだ・・・そんな事ない」
ストレートな褒め言葉に少し戸惑ってしまう。普通なら軽くあしらうくらいで終わるのだが彼女にはどうしてもそれが出来なかった。何故だろう、わからない。わからないが心が言っている。彼女に嘘やまやかしは通用しない、と。
「そんな事思ってないし、誰も言わないだろ」
「然り――それ故にだよ」
そう言うと、彼女の表情から笑みが消え、眼を細める。
「昔、誰もが君を恐れ、憎み、直視を躊躇い、忌避を選んだ。何故か――それは君の美しさに・・・君の強さに絶望し、己の矮小さを認めたくないがためだよ。人は理解不能なものを悪と呼び、恐怖するように出来ている。くだらん。実にくだらんね。そんな保身や虚栄を大義に、いったいどれだけの輝きが失われてきたと思う。それは私の最も嫌う行為だよ」
その言葉には確かな呆れと微かな怒りを読み取れた。そして
「君の同志以外はね」
と、付け足して笑みを戻す。ここで確信する、この人物は俺の過去を知っていると言う事・・・それも知られたくはない秘密を知っているということを。
「ただ、私は君の同志達には憎まれている様だ・・・全く皮肉なものだ、同じ様な想いを君に抱いているというのに」
「あんた・・・何者なんだ? 何故俺の過去を知ってる?」
問い掛けるが彼女は答えずに、微笑むと俺からゆっくりと身体を離した。
「我らが英雄、真実の奇跡、運命の人―――私は君を信仰し、彼女らもまた似た様な思いを持っている。故にこのオペラの主役となるのは・・・零司、君だ」
「オペラの主役?」
「そうだとも、君こそがこの
やけに仰々しく喋る『女性』の言葉に俺は飲み込まれる様にして、聞いていた。そしてそれと同時に不安感を覚え始める。この人物は一体何を言っているのかは分からない。だが一つ、頭の中で理解している事が在る。
・・・この人物は――
「どうかね、君はこの世界の主役を演じるかい?」
「分からない・・・少なくとも今はまだ――」
「今はまだ答えが出ない、か・・・答えを急ぎ過ぎたかな」
『女性』がそう言うと、風が吹き、白い花弁が舞って俺の顔に吹き付けると、俺は気付いた。さっきまで真上にあった月が西へと沈み始め、空が白んできている。
「・・・朝?」
「どうやら時間の様だ。口惜しいが、私はここで消えさせて貰おう」
「ま、待ってくれ!」
日が上がるにつれて消えて行く彼女を俺は呼び止める。問わなければならない、この『女性』が何者なのか。そう、俺の心が叫んでいた。
「名前を教えてくれないか?」
「ああ、いいとも」
俺の問いに影絵はゆらゆらと揺れて、まるで存在そのものが笑っているようだった。そんな彼女を見ながら、俺は耳を傾ける。
「恥ずかしながら私には名がない。だが過去に君が付けてくれた名前が有り、私はそれ以来その名で自身を示している」
「その名前は?」
「許されざる光、メフィスト・フェレス・・・君の番いだ」
名を告げると同時に日は上がり、俺の視界を全て飲み込んで行くのだった。
・
「・・・・・あ?」
光が明けたと思い、瞳を開けると視界には白い天井が見えた。なんとも見覚えのある光景だ。四月ごろにもこの天井を見た気がする。そう、それはクラス代表選が終わった後だったはずだ。
「保健室か・・・」
ゲンナリと呟く。まさか一カ月に一回のペースでここのお世話になるとは思わなかった。俺ってもっと健康男児だったはずなんだけどな。
「しかし・・・今のは一体・・・」
ギュッ―――
「うん?」
先ほどの光景を思い返そうとした時、不意に左手を握られる感触がしてそちらを向く。そこにはブラウン色の長髪があった。
「奏?」
「すー・・・すー・・・」
何故か奏は保健室の丸椅子に座り、俺の左手を握ったまま寝息を立てていた・・・・というか、待て。何故俺は保健室にいて、どうして奏がここにいるんだ?
「起きたか?」
シャッとカーテンが開かれて、千冬さんが現れた。急に現れた彼女の存在に、俺は少々びっくりしてしまった。せめて確認を取ってから開けて欲しいものだ。
「千冬さん・・・俺、一体どうしたんですか?」
「覚えてないか・・・まあ、こっちに着いた途端に気絶したから無理もないか」
気絶・・・そんでもってそれより前の行動内容をあんまり覚えてないってことは・・・
「・・・俺、またやりましたか?」
「『人形退治』を終えた後、単に時間切れで気絶しただけだ。暴れてはいない」
「人形・・・ああ」
近くにあったパイプ椅子に座りながら言われ、俺は頭を押さえる。思い出してきた。確か先生に呼ばれて、未確認ISを倒しに行ったらそれが自立起動兵器で・・・
「・・・そうだ、山田先生は?」
そう訊くと千冬さんは無言で隣のベッドのカーテンを開ける。するとそこには額に包帯を巻いた山田先生の安らかな寝顔が見て取れた。
「軽い脳震盪だ。お前より早く目が覚めて、やたらと心配していたぞ」
「そうですか・・・・一夏達は」
「学園に侵入した人形は織斑と凰はオルコットと協力して破壊した。皆無事だから少しは落ち着け」
千冬さんにそう言われ、安堵の息を吐くと一気に身体から緊張が抜けて行く。よかった、本当に。もしあんな時に山田先生に死なれてしまったら、俺は自分を責めても責めきれないだろう。
「とにかく、皆無事でよかった・・・」
「おや、私の心配はしてくれないのか?」
「え?」
声が聞こえ、顔を上げると目の前にあるベッドを囲むカーテンが開いた。そこには白いスーツに身を包んだ美人教師、イリア・ブルシロフスカヤ先生がベッドに腰掛けていた。
「やあ、黒瀬君」
「イリア先生、いつからそこに?」
「さっきからいたよ。心配されない、その上に気付かれもしないなんてな・・・私はそんなに影薄いかね? 織斑先生」
「自分から隠れて置いてそれを言いますか、ブルシロフスカヤ先生」
千冬さんに横目で睨まれ、イリア先生は肩をすくめて軽く笑いを返す。なんというか、イメージ的に掴み難い先生だな・・・
「そういえば、学園内に侵入されて・・・大丈夫でしたか?」
「まあ、サプライズとして要人達をどうにか騙す事には成功したよ。おかげで事態は感づかれる事もなく終わった。結果だけ言えば完璧に近い」
「そうですか・・・」
本当に完璧に近い成功だ。各国の要人達には学園への不信感を持たせることなく、それでいて学園自体の被害も俺と山田先生だけ、最小限と言える。ただ―――
「ただ気になる点が在る」
「奴らが何処から来たのか・・・ってことですか?」
俺の言葉に千冬さんは頷く。だろうな、俺達の接触したあのISは明らかに現段階であらゆる国家に配属されているISとは違うものだし、何処かの国の新型だとしても『絶対防御』を取り除いた機体なんてものがあっていいはずがない。
「新型でもないだろうし・・・破壊した機体から何か出なかったんですか?」
「でたよ」
「え?」
質問に対してイリア先生の口から出たちょっと予想外のセリフに俺は声を上げる。てっきりプロテクトとかが在って何の情報も得られなかったのかと思っていた。
「じゃあそれを元に色々調べれば出るんじゃ」
「いや、出たのは出たんだが・・・」
「零司、これを見てくれ」
そう言われ、俺は千冬さんの差し出した物を受け取る。そして激しく眉を顰めた。それは様々な数式と図形、そして文字が描かれた紙をクリップでまとめた書類であり、ざっと見ても二十枚くらいある。
「なんですか? 数学の宿題?」
「あの人形から出てきた情報だ。元は暗号化されていたが、奏君が解析して、ブルシロフスカヤ先生がまとめたものだ」
「デスクワークは私の管轄じゃないから見辛いかもしれないが勘弁してくれ」
「いや、見辛いも何も・・・」
正直、描いてある文字は読めるが数式や図形に関してはチンプンカンプンだ。しかも文字だってただ読めるってだけで内容を理解する事なんて出来ないほどカオスな文章だし。まるで千冬さんの部屋の様だ。
パシッ
「・・・なんで叩くんですか?」
「自分の胸に手を当ててよく考えてみろ」
ジロリと睨まれ、俺は軽く叩かれた頭を掻きながら肩をすくめて書類を返す。
「で、どうだい黒瀬君。何かわかったか?」
「意味不明ですよ。数式や図形はともかくとしても、文章まで良く分かりませんよ」
「ふむ、やっぱり駄目か・・・だとすると本当にその書類は迷宮入りかねぇ」
「奏に解かせてみればどうですか?」
奏なら俺達にもわからない事をサラッと理解不可能な言葉で解析し、良く分からない理論に基づいて解いてくれるんじゃないだろうか。我ながら名案だと思うんだがね。
「・・・奏君か」
「それが出来たら苦労は無かったんだがな」
だがこの名案に女性教師二人は表情を曇らせる。もしかして、何か問題でもあったのだろうか?
「実はな、奏君でもそれに関してはわからないと言ったんだ」
「奏が?」
ああ、と小さく頷く千冬さん。俺にとってあの奏がわからないというなんて・・・少々信じられないものがあった。贔屓目を引いたとしても、奏はIS関係の知識に関しては制作者である篠ノ乃束以外ならば類を見ないほどだ。だがそれが真実だとすれば、今この書類を解析できる人間は可能性的に篠ノ乃束以外に思い当たらない。
「もしかして・・・」
「いや、あいつではないだろう。今のところこちらにこの様な事をする理由もない・・・それに何よりも、こんな強引なやり方はあいつらしくない。やるならもっとスマートにやるだろう」
「完璧にして十全でなければ意味がない・・・ですか」
「そういうことだ」
だとすれば、一体誰がこんなプログラムを入れるのだろうか。それに何故、このIS学園に攻め入るのだろうか。新型を奪いにきたにしても、あの兵装じゃ新型機ごと破壊しかねない。捕縛して連れて行くのならば、それなりの作戦を立てて来るだろうに、やり口は正面突破だ。襲撃者の意図が掴みきれない。
「ま、どうにしろ私達じゃあこの書類はただの紙の束でしかないってことだね・・・」
「すいません、お役に立てずに」
「君が謝る事じゃないよ。むしろこういうのは私達がどうにかしなくちゃならないんだから、頭下げなきゃなんないのはこっちの方だ」
頭を下げるとイリア先生は苦笑を浮かべる。だがわからないでは済まされないと思っているのか、彼女の眼は笑みを浮かべてはいない。そう、わからないでは済まされないのだ。今回、襲撃してきた相手がまた襲撃してこないとは限らない。早々に手を打つか、その準備を少しでもしなければならない。それなのに相手の素姓どころか、回収した機体からすら何の情報も得られないとなると、あまり良い状況ではない。内心、結構焦っているのかもしれない。
「イリア先生・・・」
「そんな顔するんじゃない。良い男が台無しだぞ」
顔に出ていたのか、イリア先生はそう言うと立ちあがってクスッと小さく笑うと俺の額を人差指で突っついた。
「それにそんな顔、私ばっかりに向けてくれるな。周りから嫉妬される・・・なあ、織斑先生」
「いちいち私に絡まないでくれませんか?」
「年上をそう睨まんでくれよ・・・怖い怖い」
笑うイリア先生を何処か怒った表情で睨む千冬さん。はて、今千冬さんが怒る様な要因があっただろうか。良く分からん。
「・・・なんだ、零司」
「あ、いえ・・・なんでもありません」
俺まで睨まないでくださいよ。まるで俺が悪いみたいじゃないですか・・・
「ふん、まあいい・・・あと一つ、お前に聞いて起きた事が在る」
「なんですか?」
「愛すべき者よ、聞こえるか」
「・・・・え?」
千冬さんの言葉を聞いた瞬間、俺は妙な感覚に囚われる。
・・・それは何処か懐かしく、頭の奥底に響く様なフレーズ。そして先ほどの光景が・・・夢の光景が頭の中でフラッシュバックする。そして聞こえて来る、あの女性の声――
――――――目覚めよ、愛しき者よ
「この言葉に聞き覚えは・・・零司?」
「は、はい・・・」
ハッと我に返ると、少し焦りの色が見える千冬さんとイリア先生がこちらを見ていた。今のは何だ。あの女性は夢で出てきただけなのに、なんで今夢に見なかったセリフを吐いたんだ?そう言えば彼女は言っていた。知らないのではなく・・・忘れてるだけだと・・・
「千冬さん、メフィストって女・・・知りませんか?」
「メフィスト? 知らん、その様な名前は聞いたこともないが・・・」
「そう・・・ですか」
千冬さんの反応を見て、俺は肩を落とす。どうやら本当に知らないようだ。だとすると、千冬さんが俺と居なかった時期に会った人だとでも言うのか・・・だけど・・・だとすると・・・
―――あの頃に・・・出会ったとでも――
「大丈夫か、黒瀬君。顔が真っ青だが・・・」
「大丈夫・・です」
イリア先生に短く答えて、その考えから思考を振り切る。そんなことはない、あの時俺が一緒にいたのは・・・・いや、これは考え過ぎだろう。
「・・・織斑先生、質問はこれくらいにしておこう。黒瀬君も目覚めたばかりだ」
「そうですね・・・零司、歩けるなら部屋に戻ってゆっくり休め。ここより、自室の方が休まるだろう」
「はい、わかりました」
返事をすると千冬さんは無表情に、イリア先生は手を振って保健室から出て行った。それを見届けると身体を倒し、全身をベッドに預ける。
「・・・皆無事か・・・」
呟き、その言葉に確かな嬉しさを感じる。誰も欠ける事もなく、この場所の何処かにいる。その事が嬉しいのだ。
「今度はちゃんと守れた・・よな?」
――ガラッ
「零司! 目が覚めたって!?」
「黒瀬さん! 無事ですか!?」
「外で戦闘があったというのは本当ですの!?」
「ちょっと黒瀬! あんた、奏泣かせたら承知しないわよ!」
「お前ら・・・」
保健室の扉が開き、一夏と篠ノ之、オルコットと凰が入ってくると、そろって俺のベッドに押し掛けて来る。騒がしいな、ここは保健室だぞ。もうちょっと静かにしなさい。寝てる人もいるんだから。
「あふ・・・なんですかぁ、騒がしいですね・・・」
「あ、山田先生」
「はい、私は山田先生ですよ・・・あれ?皆さん、なんでここに?」
そう言って一夏達を見回し、山田先生の寝ボケ眼に俺の顔が止まる。すると一瞬で目が覚めたのか、いきなり慌てふためき始めた。
「く、黒瀬君!?大丈夫なんですか!?怪我はありませんか!?」
「大丈夫ですよ・・まあ、身体中が痛みますが」
「そ、そんな・・・先生の私が付いていながら・・・ああ」
ガーンといった風に肩を落とす山田先生を見て、俺は少し笑ってしまう。本当に責任感強いな。大丈夫だって言ってるのに・・・この人は。
「ごめんなさい、黒瀬君・・・」
「俺の方こそ、守るなんて大層な事を言っておいてこんなザマになってしまって」
「い、いえっ!そんなことないですよ!」
「・・・山田先生」
「はい?」
「今度戦う時は・・・その時こそ、あなたを全力で守りますから・・・絶対に」
そう宣言すると山田先生の顔がボッと一瞬で紅くなる。まるで茹で上げられたタコの様に、これでもかというくらいに。
「そ、そんな・・・こ、こんなタイミングでそんな・・・ゆ、夕焼けの保健室というのはとってもロマンチックですけど・・・でも、私達は教師と生徒ですし・・・あ、別に護ってもらいたくないとか、そう言う事ではなくてですね!」
おおう、何やら変な方向に暴走を始めてしまったぞ。熱暴走か? あれは厄介だ。何より回復までやたら時間がかかる。対戦でやったあかつきには死を待つしかできなくなるぞ。皆、エネルギーには常に目を配ろう、ドミナントとの約束だ。
「ちょっと、あんた何堂々と教師ナンパしてるのよ!」
「は?何を言ってるんだ、凰。俺は別にそんなこと――」
「いや、零司。今のは殺し文句過ぎるぜ・・・」
「一夏、お前に言われると無性に腹が立つのは何故だろう」
そう言いながら、俺は一夏と凰を見る。こうして肩並べてるって事は、ちゃんと仲直りしたんだな。人形との戦いで何かあったのだろう。良き事かな良き事かな。
「ともかく、無事でよかったです」
「そうですわね、やられてしまってはリベンジ出来ませんもの」
「そんなこと言ってさ、結構心配してたくせに」
「なっ!? り、鈴さん、一体何を!」
ホッと肩を撫で下ろす篠ノ之と凰に喰ってかかるオルコット。皆が笑ってる、こうしてこの場所にいる。そしてそこには、俺がいる。こんなに温かく、こんな嬉しい事が在るだろうか。
「皆・・・」
なんだという様な視線がこちらに向く。俺は今表せる感謝の意を言葉に乗せて、紡ぐ。
「無事でいてくれて・・・ありがとう」
心からの言葉だった。だが、俺のセリフを聞いて皆がポカンとした顔でこちらを見た後、
「そりゃこっちのセリフだよ」
と一夏は笑い、
「まったくだ」
と篠ノ之が少し怒り、
「それよりも、自分の事を気にしたらどうですの?」
とオルコットが呆れ、
「そんな風に礼を言われると・・・なんかくすぐったいわね」
凰が頬を掻いている。
皆の言葉一つ一つが、俺がこの場にいるという実感をくれる。優しさが俺の心を揺らしていく。そして俺は再確認する。俺はなんて幸せなんだ、と。
「う、ううん・・・」
「あ、奏・・・」
眠たそうな声が左側から聞こえ、そちらに向く。騒がしさに目を覚ましたのか、奏が眠そうに目を擦っていた。
「皆さん・・・それに・・・あ」
「おはよう、奏」
優しく笑みながら、奏に挨拶を送る。すると少しの間、奏は虚を突かれた様な顔をしていたが、クシャッと表情を崩す。
「・・・・兄さんっ!」
自立起動兵器、謎のプログラム、そしてメフィスト・フェレス。まだ分からない事が多いが、とりあえず今はこの嬉しさを噛み締めよう。一度は諦めた平穏を、そして目に前にある大切なものを抱き締めよう。それぐらいは、許してもらえるだろうから。
・
Side 織斑千冬 イリア・ブルシロフスカヤ
学園地下五十メートル。そこには隠された空間が在った。レベル4権限を持つ者、つまり教師陣でも持っているものは少ないとされる権限を持つ者にしか入れない。その場には四機の無人型ISが並べられ、解析作業が行われていた。
そこに、揺らぐ紫煙があった。
「なんだか、黒瀬君とずいぶんと仲良さそうじゃないか」
その空間で煙草を咥えながら椅子に座り、電子キーボードを叩くイリアは浮かび上がる様々な記号を眺める千冬にそう問いかける。すると千冬は少し鬱陶しそうに返答する。
「・・・そう見えますか」
「ああ、そうだね。なんというかツーカーな感じで、私だけ置いてかれた感じだった・・・ちょっと悔しかったな」
「そうですか」
短く返し、会話はあまりしない。正直、千冬はこの教師の事が苦手だった。表情で内面を測れない、掴みどころのない、まるで今目の前を漂っている紫煙の様な女性。決して嫌っているわけではないのだが、少なくともあまり関わりたくはないと思っている。しかしイリアは彼女の気も知らずにこうして何かと絡んでくる。
「そういえば名前で呼んでいたな・・・どういう関係なのかな?」
「私とあいつがどのような関係でも、あなたには関係ないのではないでしょうか」
「無くはないよ。黒瀬君は大事な後輩の、真耶の教え子なんだからね・・・・って――」
そんな事を言っていると、キーボードに直結している大型ディスプレイが赤く染まって警告音を流すと暗転し、最初に画面まで強制的に戻される。それを見て、イリアは重々しくため息を吐く。
「・・・これは正直、解析不可能で間違いないな。これだけやっても、結果は何一つ出ないんだから」
「機体の破損状況も悪い・・・無理もないでしょう」
一機は胸部を貫かれ、一機は両腕と頭部破損、そして残りの二機は上半身の大部分が消滅している。
「コアとれたのも腕切り落とされた奴と織斑君達が落とした奴だけだったからな・・・」
「残りの一機はコアどころの話でないですからね」
そう言って、千冬が人形達の横に積まれた金属の塊を見る。良く見るとその金属はこの無人機達に使われたものと同じである事がわかる。しかし、その形は明らかに変形しており、傍から見たら十人中十人が金属ゴミだと見間違うだろう。
「反省はしているよ・・・ちょっと壊し過ぎた」
そう肩をすくめるイリアを千冬は睨む。
(壊し過ぎたか・・・・一撃でこれだというのにな)
一瞬、イリアの目の前に現れた人形がこの金属のゴミとなるまでほんの一瞬であった。破裂する様な音とこぼれ出る内部燃料。まるでティッシュを丸める様に、イリアは人形の一機を鉄塊へと変形させたのだ。異質なまでの強さ。おそらくこの学園の教師の中でも、トップクラスの実力を持つであろう、イリア・ブルシロフスキカヤの力の餌食となった者の末路がそこにはあった。
「そう怒るな、シワが増えるぞ二十四歳」
「怒ってなどいません・・・それよりも手に入った情報は一つだけですか」
「ああ、こいつらの名称だけだな」
ディスプレイが移り変わり、回収された球体状のコアを映し出す。そこにはPuppeと記されている。
「『プッペ』・・・ドイツ語で『人形』だな」
「ドイツか・・・」
「心当たりでも?」
「いえ・・・」
そう返事をするも、千冬の内心では黒い影がよぎっていた。もしも、考えたくもない事であるが自分の予想通りならば、単なる学園に対する襲撃では済まされない事となるかもしれない。
「今はまだ・・・なんとも」
「そうか・・・」
二人の女性教師・・・いや、二人のIS乗りはディスプレイを睨みつける。その瞳は紛れもなく、歴戦の勇士の瞳、戦いを見定める瞳であった。
EP13 End