IS もう一つの翼   作:緋星

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EP14 とある日曜日の話

五月の終わり。それは夏という季節へと足を掛ける時期であり、学園生活を始めたばかりの一年生にとっては中学生から高校への準備期間が終了し、学園にも慣れ始めた頃に当たるのだろう。

 

だけどぶっちゃけ、一年生と言っても年齢的には三年生な俺は特に勉学に苦労する事もなく、奏も束さんの所に帰ってしまった。結果、そんな時期でも結構暇を持て余している俺はこの時期でもいつも通り生活していた。

 

ただし、今俺がいるのは一夏の部屋ではない。

 

「どれどれ・・・」

 

パクッ・・・

 

「ど、どうでしょうか?」

 

モグモグ・・・・

 

「う~ん、お前は面白いものを作るね、篠ノ乃」

 

ここは調理室、普段なら料理部のみが使用している場所である。普段なら自分から足を踏み入れる事は絶対にないであろうそんな場所で、俺は割烹着を着込んだ篠ノ之が作ったチャーハンを咀嚼しながらなんとも微妙な顔をしてしまう。

 

「面白いものですか?」

 

「このチャーハン、味がないぞ」

 

「そ、そんな馬鹿なっ!?」

 

俺の言葉に驚きながら、篠ノ之はスプーンを手に取り、口に運ぶ。そして固まった。

 

「・・・味がない」

 

「だから言っただろうに」

 

「くっ・・・」

 

ガクッと膝をつく篠ノ之。俺もさすがにこれは行けるんじゃないかと思ったんだがね。だって色合いはちゃんとしているし、ゴマ油で炒めた旨そうな匂いもあるんだ。でも逆にこれだけの見た目で味が無いってのは、ある意味奇跡に近い。

 

「失敗か・・・はぁ」

 

「ほらほら、落ち込んでる暇があったらもう一回だ。もしかしたらメニューがお前向きじゃなかっただけなのかもしれないし。時間と俺の胃袋は無限じゃないんだぞ・・・それにしても不思議だな、これ」

 

篠ノ之の背中を押して、一夏攻略同盟の俺達は部屋にあるコンロへと向かう。

 

それはいつものと変わらない、とある日曜日。事の始まりは数時間前に遡る。

 

 

 

 

「アップキープ、ドロー・・・〈沼〉プレイ、〈暗黒の儀式〉、〈惑乱の死霊〉をプレイ。ターンエンド」

 

「A定食かよ・・・〈山〉プレイ、エンド」

 

「スーサイド的には〈山〉出された時点で結構絶望的なんだぞ・・・〈沼〉、アタック」

 

「スタック、〈稲妻〉」

 

「戦闘ステップ終了、第二メインに再び〈暗黒の儀式〉、四マナで〈ファイレクシアの抹消者〉をプレイ」

 

「どぶんじゃねえか、どういうことだ・・・抹殺者じゃないのか?」

 

「ステロ相手にそんなリスクの塊出せるか」

 

そう言うと心底嫌そうな顔をする一夏。やる事もなく、暇を持て余していた俺と一夏は古き良きカードゲームをプレイしていた。いやぁ、まさか一夏がMTGプレイヤーだったとは思わんかった。しかもステロ使い。このリスキーな戦い、久しぶりに燃える。こんな戦いにこの暇な日曜日を使えるとは有意義有意義。ビバ、暇な日曜日。

 

「〈森〉、〈野生のナカティル〉と〈密林の猿人〉プレイ、エンド」

 

「〈沼〉、〈死の印〉で猿を殺す・・・一夏」

 

「なんだよ?」

 

「最近、どうだ?」

 

「どうだって?」

 

「篠ノ之から聞いたぞ、やたら訓練に熱心だってな」

 

ゲームを進めながら一夏へと質問する。例の人形襲撃事件により、クラスマッチが事実上中止となってから、一夏はやたら練習に生を出すようになっていたらしい。人形との戦いで勝利の実感を得たのか、それとも力の足りなさを悔いているのか。それは俺にはわからないが、練習に凰も加わって、徐々に頭角を現している様にも見える、との事だ。

 

「箒がそんなこと言ってたのか?」

 

「ああ、彼女はお前の事良く見てるからな」

 

それは他の二人にもいえることだろうが、あえて伏せておく。許せよオルコット、凰。残念ながら俺は篠ノ之の味方だ。

 

「で、どうなんだよ」

 

「実際、訓練に力入れているのは事実だ。前回の事件だって、俺一人じゃどうにもできなかっただろうし、実力不足だって事は前々からわかっていた事だしな」

 

「なるほど」

 

「それにさ・・・なんか女子に負けっぱなしっていうのもな」

 

「この女尊男卑の世界でそれを言うか」

 

「俺は古き良き日本人なんだよ。それに実際、お前はセシリアに勝ってるだろ」

 

「む・・・」

 

それは・・・そうなのだが、あれはまた別だろう。大体、俺は素人じゃないし・・・って、ここで言っても意味ないというか、隠しているんだから言ってどうするというか。

 

「だから、今は早く腕を上げてセシリアや鈴に勝ちたいんだよ・・・ある意味、お前が目標なんだぜ?」

 

「俺が目標ね・・・」

 

目標、同性からそう言われるのは初めてだ。今まで目標にしていた人物ならいくらか居たが、自分が目標なんてな・・・なんだかちょっとこそばゆい・・・

 

「俺なんか目標にしたって、良い事ないぞ?」

 

「そんなことないって、千冬姉だって零司の事を認めているんだ。千冬姉があんだけ他人を認める事なんてそうそう無いと思うぞ」

 

千冬さんか・・・認められているのかね。俺としてはそれなりに弟子として恥ずかしくない様にはしているつもりだが、認められているのかと言われれば話は別だ。

 

「どうなんだかねぇ・・・」

 

昔、大切な弟子だと言われた経験はあったが・・・ううむ、どう見ていいのかわからん。時々、優しい時があったけどそれはいつもが厳しいから余計のそう見えているだけなのかもしれんし・・・ううむ。

 

「・・・そういえば、零司」

 

「・・・なんだ?」

 

「お前って、千冬姉とはどんな関係なんだ?」

 

「・・・なんだよ藪から棒に」

 

カードを下に置き、前を見ると訝しげな顔をした一夏がいた。

 

「いや零司ってさ、結構千冬姉と仲良いよな。だから何処で知り合ったのかってさ・・・」

 

「ついでにどんな関係なのかってのも気になったのか・・・」

 

「そんな感じだ・・・で、どうなんだよ」

 

結構真剣な表情の一夏に俺は首をひねる。いつかそんな質問が来るとは思っていた。俺だってもしも大切な姉がいて、その人と親しい男性が目の前に現れたら、どんな人物だとか、何処で知り合ったのかという事くらい聞くだろう。だから、一夏の質問する事も良く分かる。ただ、なんと答えるべきか・・・

 

 

 

「俺と千冬さんは」

 

「ああ・・・」

 

「実は姉弟なんだ・・・」

 

「・・・は?」

 

「そう、実は俺はお前のお兄ちゃんだったんだよ!」

 

「ナ、ナンダッテーッ!」

 

 

 

「・・・なんてふざけた答えじゃ納得しないよな」

 

「当り前だ・・・というか、そんな答えを出そうとしてたのか?」

 

「冗談だって・・・冗談・・・さてと」

 

真剣にどう答えればいいのか困る。どういう関係か・・・どう説明したらいいのだろうか。IS操縦に関しての師弟ってのはNGだろうし・・・かといってただの知り合いで済ませられるようなほど親しげに話しちゃってるしな・・・今更ながら転校早々『千冬さん』ってのはやり過ぎだったか・・・

 

「・・・・・」

 

一夏は俺の答えを待っている。そんな真剣な顔をされるとこちらも変に答えをはぐらかすのも失礼な感じもするしなぁ。どうしたものか・・・

 

「俺と千冬さんは・・・」

 

――――プルルルッ

 

まとまらぬ頭で質問に答えようとした瞬間、枕元に置いてあった携帯電話が鳴った。

 

「すまん、ちょっと」

 

「ああ」

 

一夏へと断りを入れて、携帯を取る。着信画面には知らない電話番号が記されている。一体誰だ?

 

「はい、もしもし」

 

『黒瀬さんですか?』

 

「その声は・・・篠ノ之?」

 

携帯電話の向こう側から聞こえてきたのは篠ノ之箒の声だった。しかし助かった、何とも微妙なタイミングで掛けて来てくれたものだ。

 

「やあ、こんにちは。お前が俺の携帯に電話をかけて来るとは思ってもみなかったよ」

 

『そうですか?』

 

「ああ、だって俺はお前に電話番号を教えた覚えがないんだが?」

 

『それは・・その』

 

何故かゴニョゴニョと言葉を濁す。まあ、大方青嶋辺りにでも聞いたんだろう。なんだかんだで、一組のクラスメイトの大半の電話番号とアドレスは交換した。しかしせめて俺に一言くらい言ってほしいものだ。

 

「ま、ボッチじゃなかったんだな・・・安心した」

 

『ボッチ?』

 

「いや、なんでも・・・で、何の用だ?」

 

『・・・一夏の事でちょっと相談が』

 

「ん、じゃあ場所を指定してくれ・・・今は一夏が側に居る」

 

「俺がどうしたって?」

 

電話先の相手との会話に自分の名前が出てきたのが気になったのか、そう言う一夏をシッシッと手で一夏を払う。

 

『・・では私の部屋で、相部屋の相手は今部活に出ていますので』

 

「了解」

 

短く返事をするとあちら側から電話が切れた。俺は送られてきた電話番号を電話帳に登録しながら、一夏へと言う。

 

「一夏、ちょっと用事が出来た。ちょっと出でくる」

 

「あ、おい。俺の質問は――」

 

「後で応えてやるよ」

 

適当に返し、帰って来た時にされるであろう一夏の質問の続きへの答えと俺が篠ノ之の部屋に行くっていうのは変な噂が立てられないだろうかなんて事を考えながら、俺は自室を後にした。

 

 

 

 

「どうぞ」

 

「ありがとさん」

 

部屋を出て数分後、篠ノ之の部屋に来た俺は椅子の上に胡坐をかきながら、片手に緑茶、片手に醤油煎餅という待遇のもとで篠ノ之の相談を受けていた。どうでもいいが、部屋にいる時は和服着ているんだな・・・なんか凄い似合っている。

 

「それで、相談って言うのは何だ?」

 

「はい、それが――」

 

俺が問うと篠ノ之は話し始める。自分が専用機持ちで無い為に、あの人形との戦いで加勢する事が出来なかったこと。そして訓練でも、ほか二人と比べて自分が一段階低いレベルにいて、訓練でも一夏に対して良い訓練になっていないのではないかという事、そしてこのままでは自分の届かない所へ行ってしまうのではないかという、篠ノ之なりの悩みを打ち明けてくれた。

 

「なるほど・・・つまりここでその間を埋められる様な挽回の策が欲しいと」

 

「はい・・・それで黒瀬さんに相談というか、質問なのですが」

 

「質問?」

 

そう訊き返すと篠ノ之は緑茶を啜り、一息入れて続ける。

 

「黒瀬さん、男性は女性のどういうところに惹かれると思いますか?」

 

「どういうところに惹かれるか・・・か」

 

そう言われ、顎に手を当てて考える。惹かれる女性と聞かれても、俺は今までそういう考えは持ち合わせた事がなかった。好きになる相手には問答無用に好きになるものだ、それが俺の恋愛の考えなんだが・・・それじゃあ答えにならないしなあ・・・何か適当に答えておくか。

 

「う~ん・・・家庭的な女性かね」

 

「家庭的な・・・ですか?」

 

「おう、料理洗濯家事万能。毎朝俺の味噌汁作ってくれる、そんな感じのお淑やかな家庭的な和服美人が俺の好みです」

 

ちなみに後半は目の前の篠ノ之が和服を着ていたから付け足した。正直、服装に付いて本当の好みは自分でもわからん。

 

「そうなのですか・・・」

 

何故か篠ノ之は少し驚いた様な顔をしていた。なんだその顔は。

 

「なんだよ、あんまり納得してないって顔だな」

 

「いえ・・・黒瀬さんは織斑先生の様な人が好みなんじゃないかと思っていましたから」

 

「ブッ!」

 

いきなり向けられた言葉に飲んでいた緑茶を吹いてしまった。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「ゲホッゲホッ!い、いきなり何を言い出すんだ・・・」

 

すいません、と慌てて頭を下げる篠ノ之。まったく、なんで俺の好みが千冬さんなんだよ。そりゃ、あの人は美人だし、スタイルも良い。憧れはある。綺麗だと思ったこともあるさ。だがそれは強さから来るものであって、女性として千冬さんを見ていた事は無い。というか、どうしてどいつもこいつも俺と千冬さんの仲を勘ぐるのだろうか・・・

 

「・・・というか、俺の好みをきいてどうすんの。気になるのは一夏の方だろう」

 

「参考にしようと思っただけです・・・ですが、やはり家庭的な女性というのは」

 

「まあ、魅力的じゃないのか?手作り弁当なんてかなり効果的だと思うぞ」

 

「手作り弁当・・・」

 

結構適当な事を言ったつもりだったが、篠ノ之の表情が引き攣った。この表情から察するに、篠ノ之はあんまり料理が得意でなさそうだ。それは不味いな。凰とかは酢豚の件が在るからそれなりに料理は上手いだろうし、オルコットは知らんが甘いBLTサンドを作る様なベタなお嬢様スキルを所有している事は無いだろう。

 

「料理とかした事はないのか?」

 

「・・・あまり得意ではないです」

 

苦々しい顔で言う。おそらく家庭的な事をやるよりも剣道とかに身を入れていたんだろう。それ以上にこの女尊男卑の世界じゃあ家事も仕事も男がやらされる事が多い為にこういう家庭的な事をおろそかにする女が多い。

 

「そう考えると凰はしっかりとした女だな・・・」

 

「凰? 凰 鈴音がどうかしたのですか?」

 

「いや、実はさ――」

 

そう続け、俺は一夏と凰の『酢豚事件』について話した。すると篠ノ之は唖然となって、口を開く。

 

「まさか二人の間にそんな約束が・・・」

 

「まあ、実際告白まがいの事をしていた訳だからな・・・当の本人が鈍感だったのは幸い(?)だったが」

 

こう考えてみると、篠ノ之は競争に遅れているな。放課後の訓練でのアドバンテージはオルコットも同じだし、昔の約束という面では『私の酢豚を(ry』のせいで凰の方が取っている。いくら過去フラグが在るからと言って、このままではマズイ。

 

「どうするんだ、篠ノ之。色々とリードされている気がするが?」

 

「うっ・・・」

 

篠ノ之は顔をしかめる。彼女自身も今の状況があまり良くはない事はわかっているのだろう。

 

「まあ、お前さんが素直に一夏に『好きだ、付き合ってくれ』と言えば済む様な話なんだけどさ・・・」

 

「で、出来るわけないじゃないですか!」

 

「だろう? だったら、何かしら距離を詰める為に行動を起こさなきゃならん。そして俺が提案した事が一つ・・・どうする?」

 

そう言うと、篠ノ之は口を閉ざして考える様に目を閉じる。そして三十秒ほど思案していたのか、それくらいした後に目を開けて答えた。

 

「黒瀬さん、料理を教えて下さい」

 

「よし来た」

 

真剣な表情の篠ノ之に笑顔で答える。どうやら今日は暇な日曜日にはならないらしい。

 

 

 

 

「えっと・・・ここか」

 

篠ノ之は料理すると宣言した後、急いで材料を調達してくるとかで部屋を出て行った。おそらく本島へと買い物に出たのだろう。篠ノ之について行こうとも考えたが、俺はこの学園から出る事はまだ許されていない。日本政府から逃げる様にしてIS学園に来たのに本島に戻るのは少々危険であり、千冬さんの監視下でしかあまり自由に動けない様になっているのだ。なので、俺は調理する部屋を調達する為に職員室に訪れた。

 

「そう言えばこの学園の職員室に入るのって初めての様な気がする」

 

そう呟きながら三回ノックしてから扉を開く。

 

「失礼します」

 

入ってみると、そこにはアクリル製の教員机が並べられた空間。ホワイトボードやら何やらが結構あるいわゆる一般的な学校の職員室があった。だが、その一角で何よりも目を引くものが一つあった。

 

扉から手前にある教員机の列、その中央に位置する場所にそれはある。それは書類の山。積み重ねられた書類がなんとも絶妙なバランスを取り、ギリギリ崩れない状態を保っている。その状態を見て、俺は瞬時に理解する。

 

―――あ、あれ千冬さんの机だ

 

「黒瀬か?・・・どうした、そんな遠い目をして」

 

案の定、書類の席に座っていたのは千冬さんだったらしく、書類の山の隙間からニョッキリ首を出してきた。俺は半分呆れ気味になりながら、その席へと近づいて行く。

 

「・・・仕事場ぐらいしっかりしましょうよ」

 

「散らかっているわけではない。ただ単に積んであるだけだ・・・やることが多くてな」

 

そうは言うが、どうだかな。この人の私生活はやたらだらしないからな。ドイツにいた時に部屋の掃除やらされた時は自分の師匠のだらしなさに本気でびっくりしたわ。

 

「ところで何の様だ。今日は日曜日、お前は部屋でゆっくりしているかと思っていたんだが?」

 

「バリバリ忙しい織斑先生を冷やかしに来ました」

 

バシンッ!

 

「殴るぞ」

 

「・・・殴ってから言わんで下さい」

 

容赦のない一撃に頭を押さえる俺を見て、千冬さんは出席簿を置くとため息を吐いた。まったくため息を吐きたいのはこっちだよ、冗談の通じない人だなぁ。

 

「で、本当の用件は?」

 

「いや、実は料理出来そうな場所を探していまして」

 

「料理?」

 

「色々理由が在りまして・・・」

 

訝しげな顔をする千冬さんに俺は軽く理由を説明した。すると千冬さんは頭を押さえる。

 

「・・・ここは学校なんだが?」

 

「固いこと言わないでくださいよ。同じ女として、篠ノ之の乙女心ってやつを尊重してやってください」

 

「お前が乙女心を語るか」

 

「・・・なんですか」

 

いや、と嘲る様に小さく笑う。なんだかその笑いの意味が良くわからなかったが、馬鹿にされている気はした。しかしあまり気にしないでおく。おそらく気にしたところで、本質的なところは良く理解などできないだろうし。

 

「織斑先生、書類持ってきまし・・た」

 

そんな会話をしていると扉の方から聞き慣れた声が聞こえた。千冬さんから視界をそちらへと向けると書類を抱えた山田先生が立っていた。

 

「ああ、山田先生。こんにちは」

 

「こ、こんにちは・・・黒瀬君」

 

俺の挨拶をすると顔を紅くして、控えめに返事を返す山田先生。なんだかこの前のクラスマッチが終わってからというもの、山田先生の態度が妙によそよそしいというか、落ち着きがない。

 

「お、織斑先生、書類を」

 

「ああ、ありがとう」

 

書類を渡す山田先生だが、チラチラと俺の方を見て来る。挙動不審だ。入学初日も男性慣れしていなかった為にあんな態度を取ったりもしていた様な気がしたが、あの時よりも酷くなっている気がする。

 

「・・・千冬さん」

 

「織斑先生だ・・・なんだ」

 

「俺、山田先生に何かしましたかね?」

 

「さあてな、自分で考えろ。お前の言う乙女心というやつだ」

 

頭痛の種が多いのか、再び頭を押さえると呆れ気味に千冬さんはそう言った。自分で考えろって、つまり俺が悪いのだろうか。

 

「そうは言ってもなぁ・・・・」(チラッ)

 

「ううっ・・・」(フイッ)

 

なんだか目すらも逸らされた。さすがにちょっと傷付きますよ、山田先生。やっぱりクラスマッチの時の事を・・・よし、ちょっと理由を聞いてみよう。

 

「あの・・・山田先生」

 

「な、なんですか?」

 

「俺、何か山田先生にしたんでしょうか?」

 

「え、ええっ!?」

 

勇気を出して、訊くと山田先生は驚いたのか声を上げた。しかし、そんな声に驚いたのはこっちであったりもする。

 

「いや、その・・・なんか避けられている様な気がして・・・もしかして、やっぱり怪我の事を―――」

 

「そ、そんなことないですよ! 私は黒瀬君の事避けるなんてしてませんよ!」

 

ズズイッと俺に詰め寄る様にして、山田先生は反論する。

 

「ただちょっと対応に困っているだけなんです! わ、私、男の人にあんな事を言われたこと無くて・・・それでちょっと戸惑っているだけなんです! 本当ですよっ!?」

 

「あ、あの山田先生。顔が近いです・・・」

 

「・・・山田先生」

 

「な、なんですかっ!?」

 

「ここは職員室なのだが?」

 

「あ・・・・」

 

千冬さんの一言に我に返ったのか、山田先生は周囲を見回す。笑ったり、呆れたり、唖然としていたりと千差万別な反応を示す教師達を見て、先ほどよりも八割増しで顔を赤くすると俯いてしまった。そんな反応されると俺もちょっと困るのだが・・・

 

「クククッ・・・」

 

そして耳に届いてくる、必死に笑いをこらえる声。これまた聞き覚えのある声で、その声は丁度千冬さんの前の席から聞こえて来る。そんな笑い声に俺は少しムッとした表情で話しかける。

 

「・・・イリア先生、何を笑っているんです?」

 

「いやいや、すまんな黒瀬君。真耶の慌てっぷりが可笑しくてついな」

 

ついでにあっはっは、と軽い笑いを追加してくる白いスーツ姿の教員、イリア・ブルシロフスカヤ先生。軽快な笑いを浮かべるそんな彼女に山田先生は頬を膨らませて言う。

 

「わ、笑わないでくださいよイリア先輩」

 

「こらこら、先輩は止めろ。しかし笑うなという方が無理だ、これを面白がらずにどうするというんだ・・・なあ、織斑先生?」

 

「・・・少なくとも、見せものではないと思いますがね」

 

「相変わらずお堅いな・・・こういうものも楽しまないと人生もったいないぞ」

 

「少なくとも仕事をしなければ今後の人生に支障を来すと思いますが?」

 

「こいつは手厳しい」

 

笑いながら肩をすくめるイリア先生とため息を吐く千冬さん。対照的な二人だな、誰だこの二人を相席にしたのは・・・まあ、それはともかくとして。

 

「じゃ、じゃあ、避けていたっていうのは俺の勘違いだったんですね。安心しました」

 

「は、はい・・・」

 

顔の紅い山田先生を見て、苦笑を浮かべる。とにかく、良かった。嫌われているわけじゃないんだな。ただでさえ、数少ない男子ということで周囲から色々な視線を受けているというのに、そんな状況で担任教師から嫌われるというのは、今後の学園生活でも響いてくる。

 

「・・・じゃあ、私は仕事に戻りますね」

 

「はい、頑張ってください」

 

笑顔でそう返すとそそくさと山田先生は自分の机に歩いて行った。そんな姿を見ていると、横からの視線に気付く。

 

「・・・なんですか」

 

「・・・別になんでもない」

 

何故か半目で俺を見ていた千冬さんはスッと視線を逸らすと、席を立つ。あれ、千冬さん・・・なんか・・・

 

「調理室の鍵だ・・・」

 

「ちふ・・・織斑先生、なんか怒ってます?」

 

席を立つと特別室の鍵がかかっている壁から一つの鍵を取り、こちらに来るとそれを差し出してきた。それを受け取り、俺は質問すると

 

「さあ、どうだろうな」

 

と返し、自分の席へと戻って行った。やっぱり態度が刺々しいな・・・だけどあんまり詮索しても藪を突いて蛇を出すだけだしな。そんな事を考えていると、俺の隣にやって来たイリア先生がこっそり耳打ちしてきた。

 

「愛しの君を横取りされそうで、気が立っているんだよ。察してあげなさい、黒瀬君」

 

「世迷いごとを語る暇があったら、ペンを動かしたらどうですか? ブルシロフスカヤ先生」

 

「・・・ありがとうございます、それでは失礼しました」

 

詮索する事を諦めた俺は鍵の礼を言いながら、避難する様にして職員室を後にした。何故か職員室の先生達が色々な感情の帯びた目をして、手を振ってくれていた。

 

 

 

 

そして数時間後―――現在に至るわけである。

 

「で、できました・・・」

 

「おう・・・」

 

割烹着姿の篠ノ之から差し出された、鮭の塩焼きとほうれん草の胡麻和えを見て、俺は引き攣った笑いを浮かべながら、箸を使って鮭の身を摘む。

 

「いただきます・・・」

 

パクッ・・・モグモグ・・・

 

「・・・うう」

 

口に含んで一秒足らずで俺はがっくしと項垂れる。この塩焼き、これはしょっぱいを通り越して塩辛いという域に達している。こんなもんを食べていたら絶対に早死にする。

 

「しょっぺえ・・・しょっぺえよ」

 

「で、ではこっちのほうれん草はどうですか?」

 

ヒョイ、パクッ

 

「うむむむ・・・・」

 

篠ノ之に進められ、口の中に放り込んだ瞬間に圧倒的な甘さが広がる。胡麻和えのほのかな甘みってレベルじゃない。ほとんど砂糖漬けにしたのではないかという甘さだ。こんなものを毎日食べていたら、糖尿病になるぞ。

 

「篠ノ之・・・」

 

「はい」

 

「味見・・・しようぜ?」

 

「・・・はい」

 

俺のセリフで今日何度目かの失敗を感じ取ったのか、肩を落として深いため息を吐き、俺も同じタイミングでため息を吐く。

 

「料理がこんなに難しいとは・・・」

 

「食べるのがこんなに苦しいとは・・・」

 

「「ハァ・・・」」

 

再び同時ため息。だが俺と篠ノ之ではため息の意味が違う。今の料理で五品目になった。チャーハン二杯―味無し―とキンピラゴボウの唐辛子炒め―辛過ぎて舌の感覚が飛んだ―に続いて、これである。元々あまり量を食べない俺にとって、五品の料理というのは荷が重かった。

 

「大丈夫ですか、黒瀬さん」

 

「お、俺は大丈夫だ・・・お前はどうだ、まだやれるか?」

 

「・・・少し休みます」

 

「おう、それが良い。そのほうが(俺の)身の為だ」

 

そう言って鮭とほうれん草を胃袋に無理やりねじ込み、皿を横にどけると俺はそのまま机に突っ伏し、篠ノ之は俺と向かい合わせの場所で椅子に腰掛けた。ああ、胃が痛い。物理的に圧迫されているのもそうなのだが、料理を否定する度に肩を落とす篠ノ之の姿を見ていると精神的に圧迫され胃が痛くなってくる。

 

「私には才能がないのでしょうか・・・」

 

「そ、そんなこたぁないと思うぞ。皆最初はこんなもんだって・・・ケフッ」

 

塩分と糖分が多量な食品が追加され続ける無間地獄から抜け出したいという強い思いを抑え込み、落ち込む篠ノ之に言葉を掛ける。だがそんな俺とは対照的に、篠ノ之のセリフには暗い感情がありありと感じられた。

 

「こんなことでは一夏は・・・」

 

篠ノ之の苦々しくも気落ちした声が聞こえる。どんなに気が強くても、彼女はうら若き十五歳の乙女。思春期真っ直中な女の子である。ちょっとしたことで感情を起伏させ、ちょっとした事で傷付いてしまう。そんな面倒くさくも、とっても大事な時期なのだ。

 

「・・・やっぱり私には無理なのだろうか」

 

だからだろうか、ちょっとした諦めの一言がやたら重く、痛々しく感じる。たかだか料理だろうと思う人間もいるかもしれないが、今の篠ノ之にとってはとても大事な事なのだろう。

 

「なあ、篠ノ之・・・」

 

そしてそんな顔されたら、そんな声出されたら、俺も後押しをしたくなってしまうわけで・・・

 

「・・・なんですか?」

 

「無理だと思うなら、諦めるか?」

 

突っ伏している状態から顔を上げて、前にいる篠ノ之に問う。すると顔を上げて、唇を噛んで反論してきた。

 

「で、でもそれじゃあ・・・」

 

「意味がないよな・・・だったら頑張ろうぜ、ここまでやったんだ」

 

「ですが・・・この有様では・・・それに黒瀬さんにも迷惑です」

 

「この有様だから、ダメだって思うのか?」

 

少し声色を強めて、再び問うと篠ノ之は黙って俯く。そんな姿を見て、励ます様に小さく微笑を浮かべた。

 

「もしこれが一夏だったら、努力してこれを乗り越えようとするだろうな」

 

「一夏・・・なら」

 

「最初から何でもかんでも上手い奴なんていないさ、ISにしろ料理にしろ・・・だから努力するんだろ、一夏もお前もさ」

 

言いながら、若干胃の調子が良くなってきた俺は横に退かした食器を流しに持って行き、軽く水で流していく。

 

「丁度いいじゃないか。努力家カップルなんて、俺好みだけどね」

 

「か、カップル・・・ですか」

 

「未来的にはそうだろ?」

 

茶化し半分に言うと篠ノ之の頬が少し朱色に染まる。おそらく、カップルになった姿でも想像したんだろう。こういうところは本当に年相応だ・・・可愛いね、まったく。

 

「それに俺の事なら安心しろ。篠ノ之の恋が成就するなら、この身をいくらでも捧げるぞ。そういう約束だしな」

 

そう言ってニッと笑うと篠ノ之は一瞬、唖然としていたがすぐに小さな笑みを浮かべてくれた。

 

「・・・黒瀬さん」

 

「おう」

 

「・・・再開します、よろしくお願いします」

 

「・・・おう」

 

俺の返事を聞いて頷くと椅子から立ち上がり、台所へと立つ篠ノ之。その横顔にはいつもの凛々しい表情が戻っていた。

 

 

 

 

「し、失礼しまふ・・・」

 

「おや、黒瀬君・・・大丈夫かい?」

 

再び職員室に戻って来た俺を見つけ、イリア先生は開口一番にそう言った。

 

「だいじょうぶぁ」

 

ちなみに「大丈夫です」と言おうとした結果である。篠ノ之がやる気を取り戻してから、さらに二時間ほどだろうか。料理の質は確実に良くなってきた。最後の料理、十品目に至っては隠し味までいれられるという、普通以上の料理の腕になっていた。もはや篠ノ之はあんな味無しチャーハンなど絶対に作らないだろう。それは喜ぶ事だ。

 

だが、俺にはそれを祝うだけの元気などほとんど残っていなかった。原因は・・・ほら、わかるだろう?

 

「さ、さすがに胃が・・・」

 

「ちょ、ちょっと待っていろ。椅子持って来てやる・・・真耶、軽く水を」

 

「は、はい」

 

俺から鍵を受け取ったイリア先生は山田先生に指示を飛ばし、椅子と水を持って来てくれた。

 

「まあ座れ」

 

「どうも・・・」

 

心底心配そうな顔をするイリア先生と山田先生。教師である二人にこんなことで迷惑掛けるとは・・・面目ないです。

 

「許容量以上の無理をするからだ、この馬鹿者が」

 

そんな二人の間から辛辣な言葉と共に千冬さんが現れた。しかしまた現実的な言葉、返す言葉もないです。

 

「ま、まあまあ織斑先生。そう言わずに・・・」

 

「篠ノ之さんの事を思ってやってやったんだ、友達思いで良いじゃないか」

 

「だからと言って、無理されては私が困るので」

 

・・・なんで千冬さんが困るんだ? 俺が無理する事で何かした千冬さんにデメリットなんてありましたっけ?

 

「お前の現保護者として、お前に問題が起これば私にもしわ寄せが来るんだ。当り前だろう」

 

「ああなるほど・・・ふぅ」

 

胃袋の中身が徐々に消化されてきたのか、言葉を話すのがだんだん苦痛じゃなくなってきた。やはり和食は胃に優しいな。これがモッタリしたイギリス料理だったり、油ギッシュな中華料理だったら俺は恥も外聞も捨てて、胃袋の中身を撒き散らした事だろう・・・あの二人の料理は頼まれても面倒見切れないかもしれない。

 

「ともかく、何事も無理はするな。少なくとも、私の監視下ではな」

 

「・・・了解しましたよ」

 

「わかればいい」

 

そう言って、千冬さんは俺に何か差し出してきた。

 

「・・・これは?」

 

「胃薬だ、どこぞの馬鹿に付き合ってる為だろうな。最近常備するようになっている」

 

「いいんですか、その馬鹿者に上げちゃって」

 

「たまたま余っていただけだ」

 

フンッと鼻を鳴らす千冬さんを見て、少し苦笑する。なんだかんだ言っても、こういうところで優しいのが千冬さんらしい。馬鹿馬鹿言いながらもこうやって胃薬くれるところとかね。

 

「あれ? 織斑先生、胃薬なんてお持ちだったんですか?」

 

「・・・・・」

 

山田先生の言葉を聞いて、ピクッと一瞬だけ震えると千冬さんの動きが止まる。そんな光景を見て、イリア先生が「あちゃー」と言った感じに頭を押さえると、山田先生の肩を掴んだ。

 

「真耶、ちょっとこっち来ようか」

 

「え? イリア先生何を言って―――」

 

「いいから! こっち来て、今織斑先生が物凄い剣幕でこっち見ているから、なっ!?」

 

話がわかってないのか、キョトンとした顔の山田先生をイリア先生は職員室の奥へと連れて行った。それを見届けた後、千冬さんがこちらを向く。心なしか、こちらと目を合わそうとしていない様に見える。

 

「・・・たまたま、余っていただけだ」

 

「わかってますよ」

 

そう言って、笑っておく。心配して買っておいてくれたなら、そう言ってくれればいいのに。変なところで恥ずかしがっているんだから・・・まあ、そんなところがちょっと可愛い――

 

バシンッ!

 

「痛いっ!? 何するんですか!?」

 

「なんだか腹が立つ笑顔だったのでな、殴っておいた」

 

完全に油断していた時に頭を叩かれた俺の非難に対してシレッと言うと、自分の席に戻って行った。前言撤回、あんな行動する人に可愛さなんて求めるものではございません。

 

 

 

 

「帰ったぞ~・・・」

 

「おお、おかえり」

 

まるで朝帰りのお父さんみたいな覇気の欠片もない声を出しながら部屋に帰ると、一夏が出迎えてくれた。俺は一夏への返事も早々にベッドへと倒れ込む。

 

「なんかやたら疲れてないか?」

 

「疲れているよ・・・お前の所為でな」

 

「俺の所為? 一体何の事だ」

 

まったく、誰のせいでこんな疲れていると思っているんだ。元をただせば全てこいつのせいだというのに、その当の本人は何食わぬ顔でいやがる・・・なんだかちょっと篠ノ之の気持ちがわかった気がする。

 

「一夏、この唐変木」

 

「・・・なんだよ」

 

「俺の言うことがわからんか。なら悩め。悩んで悩んで、ちゃんと人の気持ちを考えられる男になれ。いいな?」

 

「あ、ああ・・・そうする」

 

素直に頷く一夏にそう言った後、仰向けになると盛大なため息を天井に向けて吹きかける。ま、でも篠ノ之へと協力もできたし、なんだかんだで励ます事も出来た。結構充実した一日。こんな一日も悪くないかもしれない。

 

「篠ノ之の事、逃すなよ」

 

「逃すなって・・・どういう意味だよ」

 

「文字通りだ。あんな良い女、逃したら絶対損するぞ」

 

首をかしげる一夏にそう笑いかけ、起き上がる。とりあえず疲れた。シャワーでも浴びて、横になるか。食事してすぐ横になるのはあまり健康上よろしくないが、今回くらいはいいだろう。

 

「じゃ、シャワー使わせてもらうぞ」

 

「あ、そうだ零司」

 

「なんだよ」

 

「あの時の質問、まだ答えてもらってないぞ」

 

「質問・・・ああ」

 

質問とはおそらくアレの事だろう。俺と千冬さんがどういう関係だってやつ。

 

「そんなに聞きたいのか?」

 

「だって気になるだろ。千冬姉は俺の家族だぞ?」

 

「・・・腹の内もわかっていない様な奴が近くにいるのが不安か?」

 

「そうは言ってないだろ」

 

「すまんすまん、冗談だ」

 

ムッとした表情の一夏を見て、肩をすくめる。しかしどう答えるべきか。正直、まだ答えは出てなかったんだよね。職員室に行った時に千冬さんに聞けばよかったな。

 

「俺と千冬さんの関係ね・・・」

 

悩みながらポケットに入った胃薬を取り出す。優しくも厳しい、変わらない人。だからおそらく今俺の中に浮かんだ答えで良いと思う。だから俺はしっかりと一夏に伝える。

 

「良い師匠(せんせい)弟子(せいと)・・・かな」

 

 

 

 

Side 織斑千冬

「今日は失礼しました・・・」

 

「謝られても困るんだがな、山田先生」

 

零司が職員室から出て行ってからしばらくして、例の胃薬の事で真耶は千冬の前で何回目になるかわからないくらいに頭を下げていた。

 

胃薬、あれは零司が鍵を借りに来てから千冬がわざわざ購買部の方から買って来たものだった。常備しているというのは、もちろんのことながら嘘であり、自分の心配を表に出さない為のカモフラージュのつもりだった。

 

まあ、無論の事ながらバレてはいるのだが・・・

 

「そんな事も気付かないなんて・・・本当にすいませんでした」

 

「別にいい、それよりも仕事に戻ったらどうだ? まだ残っているんだろ?」

 

「はい・・・あの、織斑先生」

 

「・・・なんだ?」

 

「い、いえ! なんでもありません!」

 

「そうか、では私は自室に戻る」

 

しつこさに少し呆れ、それでいて何度も謝る真摯さを感じながら言うと、真耶は慌てて職員室から出て行った。そしてその後、人数の少なくなった職員室から出て、千冬はため息を漏らす。そのため息は真耶に向けられたところも少しあったが、それ以上に自分に対するものだった。

 

(・・・もう少し、普通に気遣ってやれないものか)

 

そう、それは自分の零司に対する行動の事。気遣う優しさ、それを彼に見せる時に時折思いとは逆に行動してしまう節が在り、それに対して千冬は少しばかりの憂鬱さを感じていたのだ。

 

(何を・・・やっているんだろうな)

 

昔は弟子として、そして今は生徒として自分の元にいる一人の少年。ドイツで手に入れた全てを手放して、この日本に舞い戻った男。

 

彼は心に大きな傷を負っている。それはおそらく千冬にとっても理解しきれないほど、深い傷なのだろう。なるべく優しく接してやりたい。癒せるのなら、癒してやりたい。だが自分の性格上、それを素直に出来ない事は知っている。それでも、そんな自分に少々苛立ちを覚える。

 

側にいてやらなければ・・・守らなければならない。三年前(あのとき)に出来なかった事を今やらなければならない。

 

(それなのに私は――)

 

零司をISに乗せ、そしてつい先日起こった戦いに彼を駆り出した事。あの状況ではあの選択は良いチョイスだったのかもしれない。だがそう思っていながら、あんな選択をした自分が許せないでいた。

 

(これでは・・・あの時と同じだ)

 

「過去に囚われているのはどっちだ・・・・まったく」

 

職員室を出て、寮にある自分の部屋に戻った千冬は自分が零司に言った言葉を思い出し、散らかった部屋のベッドに余った仕事の書類を投げ出し、椅子に座ると再びため息を漏らす。

 

零司と電話で話した時、千冬は少しばかり安堵していた。彼の声に憤りを感じなかったからだ。憤慨し、存在を忘れさられているのではないかという考えすらあった。でも、彼は千冬の事を覚えており、驚きながらもこちらの話に応じてくれた。しかしその安堵感と同時に千冬は自分に対する怒りを抱いた。

 

どうして安堵するのか。

 

怒りの矛先を向けられて当然のクセに

 

彼にした事を忘れたというのか、と。

 

「忘れるものか・・・」

 

憎々しげに言う千冬は瞳を閉じる。忘れはしない。あの時、零司に何が起こったのか、そしてその時に自分が何も出来なかった事・・・否、何もしなかった事。千冬はおそらく、それらを忘れる事は無い。そして自分を責め続けるであろう。それが千冬なりの零司に対する贖罪なのだから。

 

「・・・いかんな、どうも」

 

呟き、千冬は頭を押さえる。昔の事を思い出すと少々ブルーな感じになってしまう。これからさらに仕事をしなければならないのに、こんな状態では出来る仕事にもミスが生じる。シャワーでも浴びて、すっきりしよう。そう考えた千冬は椅子から腰を上げる。

 

「・・・ん?」

 

そしてそこで、ふと目に留まるものが在った。

 

それはさっきベッドの上に投げ出された書類。その書類はつい数時間前に手元に来たものであり、まだ目を通していなかったもの。千冬の目を奪ったそれは書類に記された、名前だった。

 

「これは・・・」

 

その名前を見て、千冬の眼がスッと細まる。なんということだろうか、これも運命の悪戯か。恐ろしいくらいに的確に、気分を入れ替えようとするのをあざ笑うかのようなその書類を見て、千冬は呟く。

 

「過去から逃れられないな・・・・私もあいつも」

 

投げ出された書類、そこには描かれた二つの名前。過去の産物、追ってくるかの如く現れる二つの存在。その名前はこういった。

 

『シャルル・デュノア』

 

『ラウラ・ボーデヴィッヒ』

 

EP14 End

 

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