「・・・疲れたな」
「・・・まったくだな」
ISの初実戦訓練は滞りなく終わり、現在はSHRの始まりを待つばかりである。クラスメイト達はまだ訓練時の熱が引いていないのか、騒がしくざわついている。そんな中で訓練の間、引っ張りだこにされていた所為もあり、多大な疲労を被った俺と一夏はそれぞれ机に突っ伏していた。
入学から二カ月ということでそろそろ女子だらけの生活にも慣れたであろうと思っていたが、波の様に押し掛ける女子達の相手を一日中というのはさすがにキツイ。しかも俺は制限時間を気にしながらだったので、いつもの学園生活の倍は疲れているんじゃないだろう。
いや、疲労は肉体だけではない。精神的なモノもある。原因は・・・まあ、一つだろう。
「・・・・・」
突っ伏す腕の間から後ろに座るラウラを見る。結局、今日あいつに話しかけた女子はおらず、安定して孤立していた。間違い無く、今日の疲労はラウラの存在に対する気疲れだろう。
「・・・まるで首輪付けられているみたいだ」
息苦しくさえ感じる、刺さる様な視線が俺の背中に感じられる。一体何を考えているのかわからないが、少なくとも好意ではないだろう。
あの時の事を思い出すと、やはり俺はラウラを裏切ったのだろう。理由を告げずに日本へと飛んでしまった。憎まれ口一つ叩かれてもしかるべきだ。しかし、だからって何も学園にまで転校してくる事ないんじゃないだろうか。あいつだって自分の仕事というものが在るだろうに。
頭が痛いな、まったく。多分、千冬さんもいつものように・・・いや、いつも以上に頭押さえているのだろう。あの人もラウラがこちらに来て、呆れにも似た感情を抱いているのは容易に予想できた。
「なあ、零司。あの・・・・ラウラって奴、ずっとお前を見てるぞ」
「・・・知ってるよ」
さて、どうしたものか。残念ながら、こちらからラウラに話しかける様な事はしていない。というか、出来そうもない。大体、どんな面下げてあいつに話しかけろというんだ。気軽に「よう、久しぶり」なんて話しかけられるほど、俺のメンタルは強くない。そしてそれはあちら側としてもあまり話しかけられるのを望んじゃいないだろう。
「・・・一夏」
「なんだ?」
「興味本位であいつに近寄らない方が良いぞ」
「そんなのわかってるさ。というか、初対面でビンタしてくる様な相手なんて御免だ」
そう言うと一夏は肩をすくめる。あのビンタはおそらく『第二回モンド・グロッソ』の決勝戦が原因になっていると思うんだが・・・そこら辺はどうなんだろうか。
「まあ、あいつもこちらから干渉しなければそれほど向かってくる事も――」
「失礼します」
俺と一夏の会話を立ち切る様にして頭の上から下りて来る、冷たい声。なんだよ、言った側からこれかよ。そんなに俺の意見を否定したいのか、お前は。
「・・・どうした?」
黙って通す事も出来ないだろうと諦めて頭を上げると、紅い瞳と目が合った。昔とは変わらない瞳、何処か無機物を思い起こさせる様な感覚。だがその瞳には確かに感情が籠っている様にも見えた。
「放課後、少しよろしいでしょうか」
「構わないよ・・・」
俺はラウラの言葉に二つ返事で了承した。拒否なんてしないさ。どうせ断ったら無理にでも引っ張って行くつもりなんだろからな。
「では、後ほど」
そうとだけ告げると自分の席へと戻って行く。礼儀正しく、歩幅も正しく、まさに軍人を体現している様で・・・久しぶり過ぎて懐かしさすら思える。
「さて、どうするかな・・・」
「諸君、ホームルームを始めるぞ」
厳しい鬼教師千冬さんの声がして、ホームルームが始まる。だがいつも通りの話なのも相まってか、ラウラに対する対応を考える俺には、千冬さんの声はまったくもって頭の中に入ってはこなかった。
・
「お久しぶりです」
ホームルームを終えた後、俺はラウラと共に学園の裏庭に来ていた。この場所は基本的に人通りが少なく、これから俺とラウラの交わす会話をするには持ってこいの場所だった。そんな場所を選ぶという事は、つまり俺達の会話とはそういうものだ。
「久しぶりだな、ラウラ・ボーデヴィッヒ・・・今は少佐殿だったか?」
少し皮肉交じりにそう返すとラウラは目を細めると、何か言いたそうな顔をしていたが表情はすぐ元に戻る。
「こうして話すのは二年ぶりか?」
「二年と六カ月ぶりです」
もうそんなに経つのか。俺がこの少女と別れてから、二年以上の月日が経っている。その間できた見えない壁が俺とラウラの距離を広げていたのが目に見えてわかった。
「細かいな、さすがは軍属・・・いや、元からそう言う性格か」
「私がしたいのはその様な話ではありません!」
適当に話しを続けようとしたが、ラウラは会話を断つ様に叫ぶ。夕焼けの光に照らされる俺達の間に風が吹き、一幕の沈黙が流れるとラウラは再び口を開く。
「じゃあ、どんな話がしたいんだ?」
「・・・ドイツに戻ってください」
やはり、そう来たか。ある程度は予想していた。軍事的諜報目的でもない、他国のIS調査でもない、かといって自国のIS実稼働データ収集だという風にも見えなかった。だとすると、この学園に転校してくる理由といえば、織斑教官こと千冬さんか・・・俺だろう。
「随分と、今更だな」
予想通りの言葉を聞いた為か、脱力と諦めのため息を吐きながら話を続ける。そんな俺を見て、ラウラはさらにこちらを睨むようにして、目を細める。
「あなたがドイツを去った理由は・・・あなたがISに乗れなくなってしまったというのは知りました」
「・・・そうか」
少し感心して、言葉を洩らす。あれから俺の情報でも探ったとしても良くも見つけられたものだ。仮にも軍事の機密文書くらいのものではあるはずなんだが・・・ここは成長したなと褒めるべきなのかね。いや、そんな空気でもないか。
「だったらわかるだろ。今更、ドイツに戻ったところでどうにも――」
「今だからです!」
教室での態度とは一変して、声を荒げるラウラ。ここに朝に見せた冷たい雰囲気は無い。あるのは、あの夢に出てきた時の彼女そのもので、少し気分が悪くなってくる。
「今、あなたはISに乗れているではありませんか! それなのに何故、このような場所で生徒などと・・・」
「俺が生徒でいちゃダメなのかよ」
「私はあなたの実力がこのような場所で腐るのを見たくはないと言っているんです!」
そう言うラウラは一歩前に出て俺に詰め寄る。俺はそんなラウラのまっすぐな視線を正面から受け止めながら、彼女の言葉に耳を傾ける。
「お願いです。どうかドイツへ戻ってください。こんな場所では、あなたの能力は半分も生かされません」
「半分も生かされないか」
「そうです。大体、この学園などあなたには不要のはずだ」
「不要?」
「意識が甘く、危機感に疎い。兵器足るISをファッションか何かと勘違いしている。この様な程度の低い、低俗な者達と一緒にいるべきではありません」
「それが・・・お前の考えか」
一通り話を聞いてから、ため息を吐き出す。ラウラは必至の様だが、俺にとっては少々耳障りな言葉が多い。どうやら、俺とラウラの考えでは何処か決定的な違いがあるようだ。
「はい、ですから私は――」
「もういい、口を閉ざせ、ラウラ・ボーデヴィッヒ」
続けて何か言おうとしたところに俺は鋭く、睨みつけるとラウラはその視線に気押されたのか、口を噤んだ。なるべく学園では見せない様にしている本心の自分が心の奥底から出て来るのが・・・頭の中のスイッチが切り替わるのがわかった。
「止めだ、こんな話。こんな話をしても意味がない。もうお前の気持ちの押し売りは聞きたくない」
「なっ・・・わ、私は――!」
「持ち前の自論をぶつければ、俺が戻ってくるとでも思ったのか? だったら見当違いだ、馬鹿娘が」
ラウラに厳しく言い放ち、目の前の少女の言葉を否定する。俺がドイツを離れた理由は、ISもある。だが何よりも、俺にはあの地を離れなければならない理由があった。いや、離れなければならなかったのではない。離れたかった、逃げたかった。
何も無くなった、あの場所から・・・
「俺は望んで、自分の意志でここにいる。それに後悔もなければ、納得もしている」
「そ、その様な事は――!」
「いいかラウラ、お前の知る・・・二年前の黒瀬零司はもうここにはいない」
きっぱりと、過去の自分を押し付けるラウラに対して決別する様に言い切ると、俺は身を翻した。
「お前こそドイツへ戻れ。ここはお前の様な人間が来るような場所じゃない・・・いいな」
「黒瀬零司少佐っ!」
ラウラに背を向けて、その場から離れようと足を踏み出した瞬間に俺の耳に懐かしい言葉が聞こえて、足が止まった。
少佐、それは俺が昔に捨ててきた、そんな呼ばれ名。もはや俺とは関係のない、そんな階級。そして思い出したくもない、過去の遺物。
「どうか・・・どうかお願いします、少佐! 正規軍人ではなくても・・・指導教官としてでもいい! どうか!」
「もはや語る事は無い・・・帰れ」
「少佐っ!」
「帰れと言っている、ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐」
振り返り言うと少しの間ラウラはこちらを見ていたが、しばらくして目線を逸らし、速足に寮の方へと去って行った。その姿を見送った後、空を見上げて盛大なため息を零す。
「・・・・ままならないな、まったく」
ままならない、本当にそう思う。やっと過去から離れられる、新たな道を歩める。そう思った矢先にこれである。どうしようもなく、運が悪いというか・・・なんというか・・・
「どうして、こんな時に・・・軍の話なんて」
「そういう娘だ・・・それはお前も知っているだろう」
急に聞こえた声にハッとなり、声をした方向を向く。一本の木、その影から一人の女性が姿を現した。
「・・・尾行でもしていたんですか、千冬さん」
「そんなに暇ではない。たまたま通り掛っただけだ」
その言葉が嘘か真かは定かではないが、そう言う千冬さんは俺の隣までやってくるとラウラが走り去った道を見る。
「話、聞いていたんですよね」
「ああ・・・少佐とは、懐かしい響きなんじゃないのか?」
「止めてくださいよ、そんな風に言うのは」
「・・・すまんな」
珍しく素直に謝られ、俺と千冬さんは口を噤んだ。おそらく、俺と同じで思い出しているのだろう。
それはもはや封印してしまいたい過去。同時に俺の記憶の中で大半を占めているであろう事実でもある。今でも鮮明に思い返せる、俺がどういう存在だったのかを。
俺、黒瀬零司は軍人だった。
数年間、俺を研究していた施設。そこから千冬さんに連れ出されてから一年後、何処で俺の話を聞きつけたのか、ドイツ政府からお達しが下った。
そのお達しは「軍属になれ」という、ただそれだけのシンプルな内容だった。
本来なら俺は断固として拒否しただろう。千冬さんのもとでISを訓練するならまだしも、恩師から授かったその力を軍事利用するなんてもってのほかだと思っていたからだ。
しかし俺は自身の意に反して、軍属になった。黙ってドイツ政府の赤紙に従った。否、従わなければならなかった。
俺にとって、最愛の家族。奏というたった一人の家族をドイツ政府に人質に取られてしまったのだ。
自分が軍属になれば奏は救われる、従わなければどうなるかわからない。もはやそこには選択の余地はなかった。
そこからはまるで雪玉が坂を転がり落ちる様に。男性が使うISの希少な起動データ、世界最強の下で訓練を受けた弟子の豊富な戦闘データ、それの為に様々な戦地へと向かわされた。
戦わなければ倒せない。倒さなければ生き残れない。生き残らなければ誰も守れない。それだけを思いながら、剣を振るい、引き金を引き、敵を倒し続けた。そうしている間に俺はいつの間にか最初に渡された少尉という階級から昇進して、中尉となっていた。
同じ軍属の人間から昇進を喜ばないのかと言われた事もあった。だが生き残る為に行っているだけであって、そこに勝利の栄光は無い。あるとすれば、生き残ろうとする渇望だけだった。
そしてさらに戦果を上げて、大尉になった時に俺はラウラと出会った。
軍事目的の遺伝子強化されたデザインベイビーとして作られたラウラ・ボーデヴィッヒ。戦いの為に作られた少女。恐ろしいほどに機械的に、その軍事行動を起こす。軍人である事が存在意義。
しかし、俺の出会ったラウラはそんな強いものではなかった。
『ヴォーダン・オージェ』。疑似ハイパーセンサーとも呼ぶべきそれを移植した彼女はまさにどん底にいた。共に訓練をしてきた部隊員達からは蔑まれ、『出来そこない』の烙印を押されていた。
たった一つの出来事、それだけで全てが崩壊し、暗闇に落ちてしまった、そんな少女。
そんな少女だったからこそ・・・俺は―――
「そういう千冬さんはどうなんですか?教官って呼ばれて」
「正直、鬱陶しい・・・私など必要としないで、一人立ちしろと言いたいがな」
暗い過去に浸るのは止めて、問いかけると千冬さんは本当に鬱陶しそうな顔をしていた。
「大体、私がボーデヴィッヒの面倒を見ていたのはお前の時間と比べれば断然短い。今回、あの小娘の目的はお前にある」
言うと俺の隣から離れて、学園への道へと歩き始める。
「ボーデヴィッヒの事はお前に任せる。どうにかしろよ」
「理由の一端は千冬さんにもあると思うんですが?」
「元を正せばドイツでボーデヴィッヒを私に押し付けたのはお前なんだ・・・お前は男だろ、責任は取ってやれ」
投げやりなセリフと共に千冬さんは学園へと戻って行く。その後ろ姿を見ながら俺は考える。確かに千冬さんをラウラに紹介したのは俺だ。もしくは押し付けてしまったと言ってもいい。だったらその責任を取らなきゃならないだろう。その上、ラウラの意識はこっちに向いているみたいだし・・・やはり俺がどうにかするしかないのだろうか。
「どうしてこうなるんだか・・・」
無駄な独り言を呟き、本日、もはや何度目かもわからない大きなため息をついて、俺は中庭を後にするのだった。
・
Side ラウラ・ボーデヴィッヒ
夜、深い闇の中にそれは立っていた。
「・・・・・」
誰もいない部屋。一切の明かりもないその部屋。普通の人間なら本能的に闇を恐れるものだ。だが彼女は違う。闇を恐れるどころか、その闇に同調し、むしろ安らぎを得ていた。影に呑まれながら生き続けてきた彼女はまず普通の人間と同じということ自体が在りえないのだ。
ラウラ・ボーデヴィッヒ、それが彼女の名前であり、存在を指し示す記号。
この記号は何の意味も持たない。無機質な名前。自分でも特別な感情など抱いた事もなかった。
そう、あの時までは―――
『ラウラ、か・・・良い名前だな』
良い名前、そう言ってくれたのは彼が初めてだった。それ以来、彼に呼ばれる時には何か特別な意味合いが追加されていた。生まれて初めて、名前を呼んで欲しいとすら思ったほどだった。
(あの人がいた・・・だから今の私が在る・・・)
織斑教官にも感謝している。今でも強い憧れも抱いている。彼女もまぎれもなく、私も目標だ。だが、彼はまたそれとは違う・・・また別な感情が渦巻いていた。
彼の存在、それはまさに私を闇から照らし出した救いの光。あの時、差し伸べられた手を取ったからこそ、今の私が在る。私にとって特別な・・・特別な存在。
彼の優しさに触れ――
彼の強さに憧れ―――
彼の側にいたいと願った――
彼の隣で、彼の為に、ただそれだけの為に戦いたいと思った。
その思いが募る度に心の穴が急速に埋まり、それが全てとなっていった。
織斑教官が理想の姿とするならば、彼は理想の存在。この闇を照らし、私を包み込んでくれる絶対的な存在。
しかし、その輝きは今遮られている。私の目から、まるで否定する様に遮っている。だとするならば、遮るもの全てを破壊する。
(この場所が・・・少佐の足枷)
窓の外に見えるこの場所が彼を縛り付けている。ここにいる者達が彼を惑わせている。
(排除する・・・全て・・・)
静かに、しかし確かに燃える暗い闘志の炎を真紅の瞳の奥で揺らしながら、ベッドへと倒れ込むと瞼を閉じる。必ず、
・
「くぁ・・・眠い・・・」
次の日の朝、俺はクラスへと続く廊下を歩きながら欠伸を噛み殺していた。眠い、完全に睡眠不足だ。昨日は月曜日だから別段用事も無く、普段だったら十二時には就寝して、朝には疲れがとれて気分爽快でこの廊下を歩いているんだが、昨日はどうも眠れなかった。理由は・・・まあ、昨日一日で寝不足になる様な原因なんて一つだけだわな。
昨晩はラウラの事を考えていた為に眠れなかった。千冬さんに任せると言われ、深夜三時頃まで考えていたのだが、結局ラウラに対する具体的な案は上がらなかった。というか、案も何も解決するものがはっきりしていないんだからどうしようもないんだがね。
「ねえねえ、聞いた?」
「聞いた聞いた!織斑君の話でしょ?」
「そうそう、なんでも今月の学園トーナメントで優勝したら織斑君と交際できるって話なんだよね!」
開きっぱなしの扉から教室に入ると俺は昨日ほどではないが若干睡眠不足で調子の悪い頭に聞こえてきたのは突拍子もない話だった。眠気で頭が回らないとはいえ、その話題は聞き捨てならない。
「おはよう、女子諸君」
「あっ!?」
クラスの端で集まっている女子達へと歩いて行って挨拶をすると驚いたように俺を見た。
「く、黒瀬さん」
「あの・・・もしかして聞いてました?」
「聞いていたというか、耳に入った程度だがね・・・で、なんでトーナメント優勝すると一夏と交際できるんだい?」
「はい、何処からの情報か知りませんけど・・・先月篠ノ之さんが寮で『もし学園トーナメント優勝したら織斑君と付き合える』って・・・」
「篠ノ之が、ね・・・そうか、情報ありがとう」
「あ、あの織斑君には・・・」
「わかってるって、一夏には言わないよ」
ホッと肩を撫で下ろす女子達に苦笑を浮かべるとそのまま傍から見たら全然気にしていませんといった風の篠ノ之の元へと歩いて行き、空いている前の席に腰掛けると向かい合う。
「―――と、言う事なんだが・・・篠ノ之さん?」
「・・・・はぁ」
俺の言葉に重苦しいため息を返す篠ノ之。そのため息から、どうも篠ノ乃は表面上は冷静を装っているが、頭を抱えたい気分であるのがわかった。
「なんか手違いって感じみたいだな」
「手違いというか、なんと言うか・・・」
そう言うと小さい声で俺にどうしてこうなったのかを篠ノ之は説明してくれた。
なんでも、先月の終わりに俺が付き合った料理特訓。あの後、俺が職員室に行っている間に篠ノ之は一心の決意を抱き、一夏へと『学年別個人トーナメントで優勝したら私と付き合ってもらう』と言ったらしい。だが寮で、しかも外でその宣言をした為に何処からか情報が漏れたのではないか、という話だ。
「・・・せめて部屋の中で言えよ」
「あの時は緊張で気が動転していたのかもしれません・・・」
そう言って篠ノ之は項垂れる。いくらなんでも、動転し過ぎな気もするが・・・それに緊張したら、それこそ人目のない場所を選ぼうとすると思うがね。
ちなみに学年別個人トーナメントとは、文字通り学年別のIS対決トーナメント戦で今月末にこれを一週間かけて行うのだ。二、三年生は置いておくとして、一年生だけでも大体二百名弱。これ全員をトーナメント式でやるのだから一週間規模でやるのは当然の帰結だろう。一年は先天的才能評価、二年は一年からの能力成長、三年は具体的な実戦戦力評価を行う。
特に三年生の試合はIS企業からのスカウトや各国のお偉いさんがその実力を見定めにやってくる為に大掛かりなものらしい。
まあ、それはいいとして・・・
虎穴に入らずんば虎子を得ずとは言うが、それは無謀過ぎるぞ篠ノ之。大体、その付き合ってくれってのだってあの一夏相手では玉砕する可能性だってあるぞ。
「と、とにかく…優勝すれば問題ありません」
「優勝ね・・・悪いが俺と当たっても棄権は出来んぞ。全員強制参加だから」
「わかっています・・・あ」
頷いた後、篠ノ之が俺にギリギリ聞こえるくらいの小さい声を上げる。何事かと思い、彼女の視線を追うと・・・
「俺がどうしたって?」
「「「きゃああっ!?」」」
現れた一夏に悲鳴を上げる先ほどの女子達。噂の男、登場である。
「ま、広がってしまったんだからしょうがない。頑張れとは言っておくよ・・・それ以上の事は出来ないと思うけど」
「いえ、ありがとうございます」
礼を言って、小さく頭を下げる篠ノ之に言うと椅子から立ち、自分の席へと戻ると一夏に声をかけた。
「おう、一夏」
「おう・・・じゃねえよ。毎日毎日先行くなって、たまには一緒に登校しようぜ」
「悪いな、せっかくの学園生活で男子と一緒に登校なんて花の無い事したくはない」
「いいじゃねえか、友達だろ。友情を深めようぜ」
「お前、朝飯食べるの遅いんだよ。朝っぱらから良く食うからな」
「朝食べないともたないんだよ、俺は。それを言うならお前、朝食べなさ過ぎだろ」
「俺はトースト一枚とハム一切れ、四つ切トマトが一切れあれば十分動けるエコロジー人間なんだよ」
「だからって少しは待ってくれる優しさってのが欲しいよ」
「地球に対する優しさは持ち合わせているけどな」
先ほどの話で少し疲れていた気持ちを吹き飛ばす様にそう言ってけらけらと笑う俺に一夏は肩を竦めると次の話題に入った。
「それはそうと、なんか眠そうだな。昨日は遅かったのか?」
「ああ、お前が寝た後もちょっとパソコンをいじっていた」
「おいおい、目悪くなるぞ?」
「学年トーナメントも近い。毎日のように奏から送られてくる情報から『拡張領域』に入れる新武器や『改良領域』に入れる改良データの吟味をしなきゃならないんでね。そういうお前はどうなんだよ」
「昨日、千冬姉に『このままじゃ月末トーナメントは初戦敗退だ』って言われたよ」
「容赦ないなぁ・・・ま、あの人らしいけどさ」
「言えてる」
ぶっちょう面で言う千冬さんの姿を思い起こして、俺と一夏は二人揃って笑った。いいねぇ、このクラスでの他愛もない話。学園生活の何よりの醍醐味だと思える。
ガラララッ・・・
「・・・・・」
と、そんな事を思っていると後ろの教室のドアが開かれ、教室内の女子達の喧騒が一瞬静寂する。ドアの方を見てみると、やはりというか・・・ラウラが立っていた。
「ラウラ・・・」
「・・・・・」
俺の視線に気付いたのか、何処か苦々しげな表情を浮かべた後、自分の席へとまっすぐに移動して席に着く。そしてそれを合図にか、女子達の喧騒が再び再開される。
『このような場所で生徒などと・・・』
ふと昨日のラウラの表情を思い出す。俺なんかに必死になって、どうしたというんだ。どうせこの学園に来たんだ。この場所の良さというものを見つけようとは思わないのだろうか。いや、思わないんだろうな。あいつはガチガチの軍属主義だし・・・まずこういう場所が好かないんだろうな。
「あいつも、どうせならば楽しめばいいのに・・・ま、無理か」
「零司、どうかしたのか?」
「いや、同い年の少女でも・・・こうも違うものかなってね」
一夏に恋する篠ノ之は周囲に少しばかりぶっきら棒で近寄りがたい感じはするが、勉強して恋して、青春を謳歌する少女だ。他の女子だってそうだろう。それと同じところに並ぶだけで、こうも違う者になってしまう。ラウラのいた世界を考えれば、妥当なんだろうが・・・それが少々、俺には寂しく思えてしまった。
「違うって・・・それって」
「ラウラ・ボーデヴィッヒの事ですわね」
「あの銀髪頭がそうなんでしょ?」
一夏の言葉を引き継ぐように現れたオルコットと凰。こいつらだって、各国の政府から任命された代表候補生。それでも周りの少女達とそう変わらない、一人の少女だ。そう認識してしまうと、ますますラウラがこの学園に取って異質なものである事を再認識させられる。
「いきなり一夏にビンタくらわせようなんて・・・良い根性してるじゃない」
「待て待て凰、何するつもりだ」
「いっちょシバいてくるのよ!」
「待て、落ち着け、大体シバくって何だよ。時代遅れの不良か」
「じゃあ素巻きにして東京湾に沈めてやるわ!」
「それじゃヤーさんじゃねえか。落ち着け、酢豚」
「酢豚言うな!」
放っておくとそのまま突進でもしそうな凰の腕を掴んで制止させる。まったく、一夏の事が大事なのはわかるが、相手の素姓も知らずに食いつくなよ。下手な事したら怪我じゃすまんぞ。相手は軍人なんだから。
「それにしても、一体何者なんでしょうか・・・ただの転校生というわけでもなさそうですし・・・一夏さんは何かご存じですか?」
「・・・さあ、どうなんだろうな」
頭を掻きながら、目を逸らして嘘をつく一夏。言えないよなぁ、自分の誘拐事件の所為でドイツ軍の教官やっていた時の千冬さんの関係者なんだろうさ、だなんてさ。
「でもビンタをされそうになっていましたわよね・・・何か因縁があるのではないのですか?」
「いや・・・」
「オルコット、そこら辺にしておいてやれ。しつこい女は嫌われるぞ」
追及されそうになり、少し困った顔をしていたので助け舟を出してやる。するとオルコットは少し納得していないものの追及を止めた。そしてそれと同時に一夏のプライベートチャンネルが飛んできた。
(サンキュー、助かった)
(良いってことよ)
(やっぱ知ってるんだな、零司は俺が第二回モンド・グロッソで誘拐されたの)
(千冬さんから直接じゃないけどな)
そう一夏に嘘を吐く。第二回モンド・グロッソ。その決勝戦を控えた時に起こった誘拐事件。それに巻き込まれた一夏を助ける為に決勝戦を捨てた千冬さん。その千冬さんに情報提供したのはドイツ軍の俺の知り合いだった。だから本当はあの事件の全貌をほとんど知っているのだが・・・言ったところで何にもならないし、黙っておくことにしよう。
「しかし、やっぱり気に入りませんわね・・・一体どういうおつもりなのでしょうか」
「知らないわよ、そんなもん。」
見るからにラウラに対する敵意をむき出しにする二人。自分の想い人が殴られそうになったんだ、そりゃ怒りもするだろうが・・・
「まあ、そう言ってやるな。あの娘にも色々あるんだろ」
と、一応フォローを入れる。それが必要かどうかはさておき、なんだか一方的に敵意を向けられているみたいで少し可哀想と思った為に口に出しただけなのだが。
「色々って何よ。大体、転校初日からそんなことしようってのがおかしいのよ。バッカじゃないの」
「転校生をいじめるなよ。イジメ、カッコワルイ」
「それ相応の事をしたと思いますけれど」
「いいじゃねえか、結果的に俺が止めたんだしさ。オルコット、クラスメイトとは仲良くしろよ」
「・・・黒瀬、あんた妙にあいつの肩持つのね」
「そういえばそうですわね・・・」
ジト目でこちらを見て来る二人の代表候補生。おおっと、オルコットと凰の対象が俺に移ったぞ。おいラウラ、どうしてくれる。お前をフォローした所為で飛び火が来たぞ。
「そういえば零司、お前昨日ボーデヴィッヒに呼び出されていたけど何かあったのか?」
しかも一夏が今思い出したって感じに面倒くさい事を口走りやがる・・・一夏、お前さては狙っているだろ。じゃなければ、こんなタイミングでそんなセリフを言えるはずがない。
「呼び出された・・・何か脅されでもしましたの?」
「何よ、そうならそうと早く言いなさいよ。今から私がとっちめて――」
「オルコット、それは誤解だ。凰、暴力の理由を見つけたからといって生き生きするな」
「じゃあ、なんで呼び出されたのよ」
「そうですわ、理由をお教えなってください」
そう二人に詰め寄られ、俺は押し黙る。うーむ、なんだかんだでこちらの事も心配してくれているみたいだし、騙すのは心苦しいところが在るが・・・さてはて、どうしたものか・・・・
「皆さーん、朝のホームルーム始めますよ」
そんな苦しいタイミングで救いの天使、山田先生登場。よし、とりあえずこれでこの場は切り抜けられる。さすが我らが担当教員・・・副だけど。
「ほら、ホームルーム始まるぞ。オルコットは席に戻れ、凰はクラスに戻れ。すぐ戻れ、即座に戻れ、脱兎の如く戻れ」
「そんなに言わなくてもわかったわよ・・・」
「黒瀬さん、この話はまた後ほど」
そう言い残して、オルコットは自分の席へ、そして凰はクラスを出て行った。よかった、これほど朝のホームルームに喜びを感じた事があっただろうか・・・
「・・・山田先生」
「あ、はい。なんですか、黒瀬君?」
「あなたは天使だ」
「え・・・あ、あうぅ」
感謝の極み、俺が浮かべられる最高の笑顔を向けながら山田先生に礼を言うと嬉しかったのか礼を言われたのが恥ずかしかったのか、山田先生が耳まで紅くして出席簿で顔を隠した。瞬間冷凍ならぬ瞬間沸騰だな、これは。
「そう言う事をいきなりやるな、山田先生が困る」
遅れて教室に入って来た千冬さんが俺に向けて言う。いや、でも今の俺にとっては救いの天使ですから。破壊の冥王の千冬さんとは天と地の差ですよ。ちなみに天は千冬さんです、冥王ですから
「塵芥もなく消し去ってやろうか?」
「ご勘弁ください」
シュッと何処からともなく取り出される出席簿を見て、俺は躊躇なく頭を下げる。これも次元連結システムのちょっと応用か・・・恐ろしいものだ。
「少し早いがホームルームを始めるぞ・・・山田先生」
「あ、は、はいっ!」
何処かへ飛んでいたのか、肩を叩かれて我に返った。千冬さんも山田先生のこの感じに段々と慣れてきたようだ・・・いや、諦めて来ているのか?
「ええっとですね・・・今日も嬉しいお知らせがありますよ、皆さん」
戻って来たばかりの焦りを隠す様に、話し始める山田先生。今日も嬉しいお知らせ・・・一体なんだ。
「実はまた転校生がこのクラスにやってきます!」
ザワッと山田先生の言葉に反応してクラスが沸き立つ。二人目、か。いくらなんでもちょっと不審だぞ。なんでこんなに転校生が来るんだ。普通、もう少しクラスを分けるべきでじゃないのか?
「彼は昨日ボーデヴィッヒさんと一緒に転校してくるはずだったんですが、こちらの手違いで一日遅れの転校になってしまいました。けれど皆さん、仲良くしてくださいね」
一日遅れね。書類不備だというなら仕方ないのだろうか。もしかして、何処からかの国が妙な動きでもしているんじゃないだろうか。いかんな、ラウラが来た所為で少々疑心暗鬼になってしまっているな。早く治さないと―――
・・・・ん?ちょっと待て?
山田先生、今・・・『彼』って言わなかったか?
「では、入って来てください」
山田先生に呼ばれて、扉が開く。そして廊下側にいた人物が教室に足を踏み入れる。俺の眼に映ったのは首の後ろで丁寧に結ばれた濃いブロンドの髪、まるでアメジストの様な紫色の瞳、華奢にすら見えるスマートな四肢。だが何よりも俺の眼に止まったのは、着ている服装だった。
「マジかよ・・・」
それはIS学園の男子制服。ここにいる人間にとって、これ以上なく不必要で着る必要のないもの。だがそれを着ている。目の前の人物はそれを着ているのだ。それが指す理由は即ち・・・
「シャルル・デュノアです。フランスから着ました。この国には着たばかりで、不慣れなところもあると思いますが、皆さんよろしくお願いします」
転校生にして三人目の男、シャルル・デュノアは美しく微笑むのだった。
EP16 End