IS もう一つの翼   作:緋星

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EP17 もう一人の転校生

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事も多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

凍り付いた教室で転校生、シャルル・デュノアは礼儀正しく一礼した。優しい顔立ちは中性的な顔立ち、そして何よりも礼儀正しい立ち振る舞いから『フランス紳士』という言葉は俺の頭に浮かび上がる。

 

だが、そんなことはどうでもいい。問題は――

 

「お、男・・・?」

 

そう、シャルル・デュノアは男だというのだ。ISは女性にしか動かせない。それは周知の事実であり、その例外は今まで俺と一夏だけだった。それがさらに追加されたわけだ。となれば・・・

 

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方が二人ほどいると聞いて本国より転入を――」

 

「きゃ・・・」

 

「はい?」

 

「きゃああああああああああああーーーーーっ!」

 

クラスの窓が割れるんじゃないかと言わんばかりの黄色い悲鳴。衝撃波の様なその声が寝不足の頭を叩き起こすかのように俺の鼓膜を激しく振動させる。というか、真面目に五月蠅い。

 

「男子!三人目の男子よ!」

 

「三人目もうちのクラスなんて!」

 

「美形!守ってあげたくなる系の!」

 

「新しい男子!これでバリエーションが増える!」

 

それにしても元気だな、うちのクラスの女子一同。これだけうるさいと他のクラスにも響いているんじゃないだろうか。それにしても最後の女子、バリエーションって何だよ。深くは訊く気ないけどよ。

 

「あー、騒ぐな。静かにしろ、口を噤め。あまり騒ぐと口を縫い合わせるぞ」

 

眉間を押さえながら、至極面倒くさそうに千冬さんがぼやく。さらっと怖い事言っていたのはスルーの方向で。

 

「デュノア君ははまだ日本に着いたばかりですからあまり負担を掛けないようにしてあげてくださいね」

 

「黒瀬、お前がデュノアの面倒を見てやれ」

 

「・・・俺ですか」

 

千冬さんからの指名に苦い顔を浮かべてしまう。別に男子であるデュノアの世話をすること自体は嫌なわけではない。ただこのタイミングで俺にそれを任せますか、普通。

 

「俺じゃなくてもいいんじゃないですか?」

 

「このクラスの馬鹿共に任せたらどうなるか分かったものではない」

 

「じゃあ一夏でも・・・」

 

「こいつは自分の事で手一杯だ。それにお前は年長者だろう、年下の世話をしてやれ」

 

ラウラの事もあるのだが・・・とはさすがに言えない。それにどうやら何言っても無駄の様だ。なんで俺がと少々腑に落ちないところもあるが、担任教師の命令となれば仕方がない。

 

「席は世話役に近い方が良いだろう。泉、隣を開けてやれ」

 

「はーい」

 

「ありがとうございます」

 

「いやいや、いいのいいの!」

 

俺の右隣に座っていた女子(名は泉という)がデュノアの紳士的な笑みに顔を赤らめながら移動し、その席にデュノアが座る。それを確認すると、千冬さんは周囲をまとめ上げる様にパンッと手を叩いた。

 

「では、このまま授業を始めるぞ」

 

俺は隣の席に来たデュノアを一瞥する。すると彼は嫌みのない笑顔を向けてきた。だが俺はそれに笑顔を返すでもなく、目を逸らして正面を向くと小さくため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

「・・・では二時間目の授業はここまでだ、三時間目からはISの実施訓練だ。遅れるなよ、黒瀬」

 

「なんで俺にピンポイント注意なんですか?」

 

「授業中に半分以上寝ていたんだ。注意したくもなる・・・あと織斑、お前には渡す課題がある、一緒に来い」

 

「・・・はい」

 

そう言い残し、千冬さんは山田先生と一夏を連れて教室を後にした。ホームルームを終えた後、山田先生と千冬さんの視線を感じながらも俺は眠気と出席簿チョップの痛みに耐えながら必死に授業を受けていた。結果は・・・まあ、千冬さんの言葉通りですよ。恐ろしいかな、人間三大欲求。

 

「あの・・・黒瀬さん」

 

「ん・・・ああ」

 

そんな事を考えながら身体を伸ばしていると声をかけられ、そちらを向く。そこには転校生シャルル・デュノアが立っていた。見れば見るほど、気品の良さがうかがえる。さすがはフランスの紳士。

 

「挨拶が遅れました。初めまして、僕はシャルル・デュノアです。よろしくお願いします」

 

自己紹介してくるデュノア。ちなみにデュノアが話しかけてきたのは今が初めてだ。一時間目の休み時間はこちらに話しかけようとするそぶりがあったが俺が眠そうだったので遠慮したのと女子に包囲されてこちらに話しかけられなかった様だ。

 

まあ、それはそうと。挨拶をされたなら返すのが礼儀ってもんだろう。わびさび大事、日本の美学。

 

「黒瀬零司だ。一応、お前の面倒を見る事なった。何かあったら言ってくれ、出来るだけの対処はする」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「それと敬語はいい。男同士だしな」

 

「わかりま・・・わかったよ、黒瀬君」

 

「零司でいい」

 

「じゃあ僕もシャルルで」

 

「ああ、よろしくシャルル」

 

適当な言葉を返すと柔和な笑みを浮かべるシャルル。そんな彼に失礼かもしれないが笑顔を浮かべる気力がなく、返事だけで応えていた。

 

「さてと、簡単な自己紹介も終わった事だし・・・移動するか」

 

「移動?」

 

「話、聞いてなかったのか? 次はISの実施訓練だぞ・・・それとも女子と一緒に着替えたいのか、お前は」

 

「・・・あっ!う、うんそうだね!」

 

今気が付いた様に激しく頷く。なんだ、その「そういえばっ!」って反応は。フランスでは男女一緒に着替えていたのか? けしからんなぁ、実にけしからん。

 

「ともかく移動だ・・・さ、行くぞ」

 

そう言ってシャルルの手を取り、すぐさま教室を出ると廊下を速足に歩き出す。

 

「俺達は基本的にアリーナの空いている更衣室を使用する。実習する時はいつもそうなるから、早め慣れた方が良い。まあ、慣れるまでは俺がしっかりエスコートしてやるけどさ」

 

「う、うん・・・」

 

・・・どうしたんだ? なんかちょっとよそよそしいな。落ち着きがないというか・・・緊張しているのだろうか。

 

「トイレだったら恥ずかしがらずに言ってくれよ。ちゃんと案内するから」

 

「ち、違うよっ!」

 

「そうか、それはよかった。でもトイレの位置はちゃんと覚えておけよ。学園が学園なだけに数少ないから」

 

話しながらも足を止めるわけにはいかない。下手に遅刻したら千冬さんに何を言われるかわからない。そんな事を考えながら速度を緩めて歩いてなんかいると――

 

「来たっ!皆、こっちよ!」

 

「あ、黒瀬さんも一緒だ!」

 

「・・・さっそく来やがったな」

 

階段から顔を出してきた女子一団。それは慣れ親しんだ光景でもあった。男子転校生、そんなおいしい情報を噂が大好物の十代女子達が逃すわけがない。襲撃は必須だ。

 

「逃がさないわよっ!」

 

「目標はおそらくアリーナに向かっているわ!先回りして道を塞いで!」

 

見たところ指令を下しているのは二、三年の女子だ。一時間目は教室に入れずに外から見ていた為だろうか、やたら熱気が籠っている。というか、お前らも暇だな。

 

「黒髪も良いけど、金髪も捨てがたいわね!」

 

「きゃああっ! 見て見て! 二人! 手! 手を繋いでいるわ!」

 

「年上の黒瀬さんが年下のデュノア君を引っ張って行くのね!」

 

「黒瀬さんと言ったら織斑君だったけど、デュノア君も似合いそう!」

 

「シャルル・デュノア・・・新しい素材、惹かれるわ」

 

廊下を津波の様に押し寄せて来る女子達から逃げるように走る。それはそうと俺と一夏のカップリングはもはや確定しているのか? 断固として訂正を要求する。というかお願いします、止めてください。

 

「ど、どうして皆が追ってくるの!?」

 

「諦めろ、そういう学園だ」

 

目を丸くして驚くシャルルにそう告げる。しかしどうしたものか。女子達の会話から聞くに通常の道は彼女らによって閉鎖されているだろう。強行突破するにしてもかなり時間がかかってしまう。もし遅刻なんてしてしまえば、千冬さんの地獄カリキュラムの餌食になってしまう。初日にそんなものをさせられれば、シャルルは酷い学園生活の一歩を踏み出してしまうだろう。それだけは避けなければ。

 

「どうにか抜け道を・・・」

 

呟き、走りながら考えていると、俺の眼に逃げ道が見えた。

 

「シャルル! 右だ! 窓、窓!」

 

「ええっ!? 窓って・・・!」

 

発見した逃げ道とは、廊下に設置された窓だった。ここから出れば、そのまま外へ出てアリーナへと向かえる。シャルルは俺の発言に驚いている様だがそうしなければ逃げられない。今チラッと後ろを見たが女子達が手を伸ばし、夜の校舎でやったら完全なホラーになるような絵になっている。文字通り、もうすでに女子の魔の手はそこまで迫っているのだ。

 

「俺が先に入るから、後から入れ!」

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

「行くぞ!」

 

返事を待たずしてシャルルの手を離すと通路の突き当たりにある右側の窓へと全力疾走。到着したら即座に鍵を開けて、外へと飛び出る。

 

「こちらへ逃げ込め!」

 

「う、うん!」

 

窓から廊下を覗き込んで手招きをすると、シャルルも覚悟を決めたのか走る速度を上げる。だが始まりが遅かった為か、その後ろスレスレを女子達の手が掠めている。

 

「跳べっ!」

 

俺の言葉を聞き、シャルルは廊下を蹴った。

 

「逃がさないわよっ!」

 

「あっ!」

 

だが飛んだ瞬間にとある女子の指が少しシャルルの制服に引っかかり、バランスを崩してしまう。届きはするがこのままじゃ・・・

 

「うわっ!」

 

「うおっ!」

 

ドシャッ!

 

飛び込んできたシャルルを衝突という形でキャッチした俺はそのまま勢いで地面へと倒れ込む。だが何はともあれ、校舎からは脱出できた。

 

「シャ、シャルル大丈夫か?」

 

「う、うん大丈夫だ・・・よ」

 

返事をして身体を起こすと、こちらを見てピタッとシャルルの動きが止まる。もの凄い至近距離にシャルルの顔が在る。その距離、数センチといったところか。

 

「・・・・・」

 

しかしなんだろうか、何故か・・・・何故か、少しばかり恥ずかしい感じがする。元々シャルルの顔は中性な顔立ちをしている・・・というより、どちらかと言えば女性よりなのではないかと思うくらい綺麗な顔立ちの為か男に見られている気がしない。いかんな、これでは女子達の望んだ展開ではないか。

 

「・・・・あ」

 

そしてシャルル、お前まで顔を赤くしているのは何故だ。止めろ、そんな顔をするな。変に照れるじゃないか。

 

「おい、シャル――」

 

「まさか初日からこんなハプニングなんて!」

 

「黒瀬×デュノア!これからのブームはこれね!」

 

「これが世界の選択なのね!」

 

馬鹿な考えを打ち消す様に言った俺の言葉を遮りながら響く女子達の嬌声。クソッ、こう考えると窓からの脱出は失敗だったか。しかし、今はいらぬ噂よりも現実。鬼教官から地獄への片道切符を手渡されるのよりはマシだ。

 

「シャルル、とにかく移動だ!」

 

「・・・うぁ」

 

「は?」

 

「うああああああああっ!」

 

声をかけるとシャルルは叫び声を上げながら走り出す。一体どうしたというんだ、急に走り出すなんて・・・まあ理由は後で聞こう。とにかく今は―――

 

「シャルル、ちょっと待て! そっちはアリーナじゃない! そっちは宿舎だ!」

 

あのフランス人をとっ捕まえなければ!

 

 

 

 

「ゼェ・・・ゼェ・・・と、到着だ」

 

「ハァ・・・ハァ・・・う、うん」

 

バシュッと圧縮空気が抜ける音が鳴り、第二アリーナの男子更衣室のドアが開かれる。俺はとりあえず、近くにあったプラスチック製のベンチに腰を掛ける。疲れた・・・なんでこんなに走り回らなくちゃならないんだ。

 

「ご、ごめんね・・・零司」

 

「い、良いってことよ・・・とにかく、早く着替えよう」

 

息を整えながら、制服のボタンを外してベンチに投げると流れる様にシャツも脱ぎ捨てる。急げ急げ、このままでは本当にシャレにならない。ジョークとかそういうセンスは皆無だからな、あの人・・・・

 

「・・・で、なんでお前は着替えないんだ?」

 

「き、着替えるよ?」

 

「そうか、だったらその顔を覆う手を作業に回した方が良いぞ」

 

そう言って何故か必死に両手で顔を隠しているシャルルの背を向けると着替えを続け、ものの一分もかからずして俺は着替えを終える。

 

「よっと、俺は準備できたぞ」

 

「うん、僕も終わったよ」

 

・・・やたらと早いな。制服の下にでも着ていたのだろうか。確かに早く着替えられる。俺もこういう時の為に来ておく事も出来ない事は無いが、アレはなるべくしたくない。未だに治らぬ精神疾患、短時間ならまだしもISスーツを一日中着ているというのは、結構キツイ。

 

「よし、行くか」

 

「あ、あのさ、零司」

 

ドアへと向かおうとすると呼び止められて、振り向くとシャルルは少しすまなそうな表情を浮かべていた。一体どうした、早く行かないと千冬さんにどやされるぞ。

 

「ん?」

 

「初日から、こんな風に迷惑かけてごめん」

 

「・・・あー」

 

そう頭を下げて来るシャルルに俺は肩を竦める。なるほど、気にしていたか。ま、俺はそれほど気にしてはいないんだが。

 

「別にいいよ。ある程度は予想できてたし、あんなのそう連続してはこない。ほとぼりが冷めれば――」

 

「それもあるけど・・・なんだか零司、僕の面倒を見るのを嫌がっていたから」

 

「それは・・・」

 

そう言って苦笑するシャルルに俺は少し戸惑う。そっちか・・・どうやらシャルルは朝に俺が面倒を見るのを渋った事を気に掛けていたようだ。

 

「止めろよ、そんな風に頭を下げられたら俺が悪者みたいじゃないか」

 

「でも・・・」

 

「いいって、気にしてないから」

 

言いながら内心、俺は自分に呆れていた。まったく子供か、俺は。年下の面倒を見るのも、年上の、人生の先輩としての役目だろうに。それを身内の話でそれを渋るなんて・・・子供っぽい事この上ない。

 

「こっちの方こそ、いらない気を使わせたな・・・悪い」

 

とにかく面倒くさがるのは止めだ。ラウラの事もあるが、これは俺の事情だ。それを理由に彼の対処を変えてしまうというのはさすがに自分勝手だろう。割り切れ、今の俺はこの学園の生徒であり、シャルルの面倒を見るクラスメイトなのだから。

 

「これからはしっかり面倒を見させてもらうけど・・・いいか?」

 

「いいの?」

 

「あたぼーよ。年上の俺にまかしときんしゃい」

 

そう言って、ドンと胸を叩く。そんな俺を見て、少し遠慮する素振りを見せたが、俺が小さくウィンクすると表情を崩して、シャルルは頷いた。

 

「うん。僕も面倒がられない様に頑張るよ」

 

差し出した手を握り、しっかりと握手をすると笑顔を交わす。彼、シャルル・デュノアがどういう人物かという疑いが在るにはある。だが、これとそれはまた別だ。この学園にいる限りが学園の生徒だ。ならば、しっかりと面倒を見よう。

 

「ま、改めてよろしくってことで―――」

 

「・・・ずいぶんと仲の良い事だな」

 

「・・・っ!?」

 

そう思った瞬間だった。俺の・・・いや俺とシャルル両方の心が凍った。ドアの方から聞こえてきた声はやけに冷静で一種の恐怖を覚えさせる。俺達は二人揃って、油の切れたブリキ人形の様にギギギ―――と声の主を見た。

 

「「お、織斑先生・・・」」

 

「時間を忘れて友情を深めたお前達には特別に訓練を追加してやろう。そこでさらに友情を深めるが良い・・・嬉しいだろう?」

 

「「・・・はい」」

 

もはや鬼に対して、反論する元気もない。俺とシャルルは揃って素直に返事をすると、二人揃って仲良く、がっくりと項垂れたのだった。

 

EP17 End

 

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