IS もう一つの翼   作:緋星

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EP18 信頼と疑い

美しく配置された花壇、そしてそこに咲き誇る季節の花々、欧州風の石畳がなんとも落ち着いた風情を出している。IS学園屋上、俺とシャルルは昼休みに一夏に呼ばれてそこに来ていた。

 

「しっかし、災難だったな」

 

「「ははは・・・・」」

 

ついさっきまで続いていたISの実施訓練の事を思い出し、俺とシャルルは乾いた笑いを浮かべる。遅刻した俺とシャルルに課せられた罰は実習で使ったISを格納庫へと戻せという、思ったよりも軽いもので済んだ。転校初日、初実習というシャルルの事も考えて、少しはオマケしてくれたのだろう。なんだかんだで昔よりも優しいんだよな、鬼教官の称号も返上かな。

 

「・・・どういうことだ」

 

そんな事を考えていると、少し沈んだような声が聞こえる。篠ノ之だ。

 

「天気が良いから屋上で食べるって話だっただろ?」

 

「そうではなくてだな・・・!」

 

チラッと篠ノ之が横に視線をやる。そこにいるメンバーは俺、シャルル、それにオルコットと凰だ。

 

「せっかくの昼飯だし、大勢で食べた方が美味いだろ」

 

「それはそうだが・・・」

 

何か言いたげにしながら拳を握り締める篠ノ之。まあ、言いたい事は大体分かる。おそらくこの屋上での昼飯、元々は篠ノ之が一夏を誘ったんだろう。「一緒に食べないか」って感じに。だけどそれを聞いた一夏はクラスに戻ろうとしたオルコットと凰を、そして遅れて格納庫から出てきた俺とシャルルを誘ったんだろう。

 

そして屋上に着てみれば、なんと篠ノ之は手作り弁当を持っているではないか。おそらく早朝に開放している食堂のキッチンを利用して作ったのだろう。薄桃色の手拭いに巻かれたそれを見てみれば当然の如く、二人分。

 

つまり篠ノ之にとっては「好きなアイツと二人きりの昼食」ってのを邪魔されて少々ご立腹な心境ってところか。まずったな、そうと知っていれば断っても良かったんだが・・・

 

「・・・すまんな、篠ノ之」

 

「いえ、悪いのは黒瀬さんでは無く一夏なので・・・」

 

「え? 俺、なんかしたか?」

 

「「・・・なんでもない」」

 

俺のため息混じりの声が篠ノ之と重なる。篠ノ之にとっては結構思いきった行動であっただろうに・・・ここまで来るとちょっと可哀想でもある。おい一夏、お前いい加減にしろよコラ。

 

「まあまあ、そんなに気を落とさないの」

 

「一夏さんの言う通り、食事は大勢の方がいいですわね」

 

「・・・お前らは元気だな」

 

「そう? 気のせいじゃない?」

 

「いつも通りでしてよ?」

 

上機嫌にいうオルコットと凰。見事な笑顔だよ、代表候補生のお二人さんよ。お前ら篠ノ之の抜け駆け阻止がそんなに嬉しいか・・・嬉しいんだろうな、多分・・・

 

「はい一夏、あんたの分」

 

「おお、酢豚か」

 

「そ、食べたいって言ってたでしょ」

 

俺も一夏と共に覗き込んでみると、凰の手渡したタッパーの中には酢豚が詰まっていた。肉もそうだが大きめに切られた玉ねぎやピーマンなどの野菜もとても旨そうだ。料理の練習をしていたというのは耳に入っていたが・・・結構やるな、凰。

 

「コホンコホン―― 一夏さん、私も今朝はたまたま偶然何の因果か早く目覚めまして、こういうものを用意してみましたの。よろしければお一つどうぞ」

 

「お、おう。あとでもらうよ」

 

オルコットも負けじとバスケットを差し出す。そこにはトマトサンドやタマゴサンドといった色とりどりのサンドイッチが綺麗に並んでいる。見た目は結構旨そうだが、何故か一夏が引いている。

 

「どうかしたのか、一夏」

 

「いや!どうもしてない!」

 

見るからに過剰反応で俺の言葉を否定する一夏。今の行動を見るに明らかにどうかしてるだろ。そして凰、なんでお前はうわぁ・・・って顔をしているんだ。何かあるのか、このサンドイッチに。

 

「ねえ零司、この食事に僕が同席してもよかったのかな」

 

一夏へと行われる女子達のアピールを見て、シャルルが俺の隣で遠慮がちに言ってくる。正直、俺も同じ心境だ。ここにいるだけで篠ノ之はまだしもオルコットと凰からどんな攻撃が飛んでくるのかと、内心では小さくため息を吐いている。

 

「まあ、いいんじゃないのか・・・というか、今更席外すのもあれだろ」

 

「でも邪魔になってないかな」

 

「せっかくのお誘いだ、断るのも一夏に失礼だろ」

 

まあ、ぶっちゃけ一夏に失礼とかそう言うのは無いんだけどさ。

 

「それにこの学園に来て初めての食事だ。知った顔のほうが気楽だろ・・・な、皆」

 

同意を求める様に皆に言うと――

 

「まあ、黒瀬さんがそう言うのなら・・・」

 

「同じ代表候補生として、仲良くして行きませんと」

 

「ま、私はほとんど初対面なんだけどね・・・」

 

「あんまり気にするなよ、シャルル」

 

――と言ってそれぞれが了承する。だがな一夏、お前は気にしろよ、色々と。

 

「とまあ、こんな感じで・・・あんまり遠慮とかするなよ。せっかく同じ学園にいるんだ、仲良くしていこうぜ」

 

そう言って締める。すると少しの間、シャルルは呆気に取られた様になっていたが、すぐに表情を変えた。

 

「ありがとう、零司」

 

無防備な笑顔。綺麗と言うよりも、可愛らしいという言葉が似合いそうな笑みだった。女子達もこういう笑みがあるから、護って上げたいと思うのだろう。確かに母性本能を擽られそうな感じはする。

 

「礼を言われるような事じゃない。むしろ礼を言うべきは一夏達の方だろ?」

 

「そうかもしれないね・・・でも、ありがとう」

 

再び礼を言うシャルル。まったく、こういうところがシャルルの紳士足る所以なのかもしれないな。礼を忘れず、それをはっきりと相手に見せる。最近の若者達に見習わせたいくらいだ。特に女子。

 

「まあ、話はこれくらいにして食事にしよう。午後の授業だってあるんだ」

 

「そ、そうだね。授業に遅刻したら大変だ」

 

慌てた様に頷くシャルル。俺は別に何か強調する様に言ったわけではないが、どうやら先の授業から遅刻=体罰対象という公式が出来てしまっている様で、必要以上に遅刻に対して警戒する様になってしまったようだ。まあ、遅刻するのはいけない事だし、しなければしないで良いんだけど。

 

「よし、じゃあ箒。俺の分の弁当くれないか?」

 

「・・・・・」

 

一夏に弁当を求められ、それを無言で突き出す篠ノ之。おお、緊張してる緊張してる。なんだかこういうのは見ていて微笑ましいのう。

 

「じゃあさっそく・・・おおっ!?」

 

開かれた弁当を見て、一夏が歓喜の声を上げる。覗き込んで見ると、鮭の塩焼きと鶏の唐揚げ、コンニャクとゴボウの唐辛子炒めにほうれん草の胡麻和えというバランスのとれた献立の数々が詰められていた。

 

「おお、これは凄いな!どれも手が込んでそうだ」

 

「つ、ついでだついで。あくまで私が食べる為に時間をかけただけだ」

 

「そうだとしても嬉しいぜ。箒、ありがとう」

 

「ふ、ふん・・・」

 

鼻を鳴らしながらも、嬉しそうに自分の弁当箱を開ける篠ノ之。しかし凄いな、俺が教えた時よりも明らかに腕が上がっているのが見て取れた。味無しチャーハンを作っていたのと同一人物が作ったとは思えない。こんなにメキメキと腕が上がるものなんだな・・・これも愛ゆえの力か・・・

 

「何ニヤニヤしてるんだよ、零司」

 

「ん? いやいや別に・・・なあ、シャルル」

 

「そうだね、仲睦まじくて何よりだよ」

 

顔に出ていたのか一夏に指摘されてしまったが、それを聞きながらも俺はシャルルと共に笑みを浮かべる。初々しい篠ノ之を見ていたら、そりゃニヤニヤもしたくなるってもんだよ。はー、青春しているなー、こいつら。

 

結局、俺は終始その笑みを浮かべたままで昼の一時を過ごすのだった。

 

 

 

 

「お引越しです」

 

「はい?」

 

俺は眉を顰めて、ドアの前に立つ山田先生を見た。時刻は放課後、場所は学生寮の自室の前。帰りのホームルームが終わった後、部屋割りの話でシャルルが千冬さんに呼ばれた為に俺は一夏と共に帰る事にした。放課後に行っている訓練にどうも身が入らない為に、その理由を一緒に考えてくれとの事だった。それはお前の集中力の問題なんじゃないのかとも言いかけたが、話も聞かずにそれで片付けてしまうというのも無責任だと思い、部屋に戻って話し合いをする予定だったのだが・・・

 

「引越しって・・・どういうことですか?」

 

「ごめんなさい、主語を入れて話してください山田先生」

 

「あ、そ、そうですね。えっと、織斑君がこの部屋からお引越しです」

 

なるほど、それなら意味わかるよ。うん、なるほどね、一夏がこの部屋からお引越し・・・つまり部屋移動になるわけだ。よし、ならば次の質問に移ろう。

 

「・・・何故?」

 

「え、えっとですね。織斑君の代わりにデュノア君がこの部屋に住む事になるからです」

 

「シャルルが?」

 

何か知っているかと言わんばかりにこちらに視線を送ってくる一夏。だが無論俺はそんなこと今聞かされた為にわかるはずもなく肩をすくめた。

 

「デュノア君の部屋は面倒見のいい黒瀬君と同室の方が何かとやり易いんじゃないかって織斑先生が言っていましたよ」

 

「ああ、なるほど」

 

ようやく理解できた。つまり寮生活でもシャルルの面倒見てやれってことか・・・

 

「俺は構いませんけど・・・」

 

隣の一夏をチラッと横目で見る。その視線に気付いて、今度は一夏は苦笑しながら肩をすくめる。

 

「俺も別に良いですよ。じゃあすぐに準備します」

 

「はい、すぐに準備しちゃいましょう」

 

一夏と一緒に山田先生は部屋に入るとテキパキと引越しの準備をすると三十分程度で終わった。引越しの準備と言っても、アタッシュケースとボストンバックに荷物を積めるだけだったようだが。

 

「じゃあ零司、話は夕食にでも」

 

「おう、悪いな一夏」

 

「別にいいって」

 

「じゃあ部屋まで案内しますね、それでは黒瀬君」

 

そう言い残すと山田先生に連れられて、一夏は部屋を出て行った。それを見送り、無意味に立ち尽くす。知っている顔とは言え、新しい人が同室に来るのを待つというのは少し緊張する。

 

「・・・っと、そんなことよりも」

 

良く考えたら丁度いい。一夏との話し合いも後になった事だし、元々やりたかった事をしよう。

 

奏にもらったノートPCの置いてある机に着くと電源を入れる。数秒してディスクトップが展開され、そこから三つだけあるアイコンの内の一つをクリックする。するとディスプレイにコード入力欄が現れる。そこに押し慣れたキーを押して、パスコードを入力する。

 

『コード入力・・・確認・・・・認証』

 

「よし」

 

『こんにちは、クロセレイジ様。ご用件は?』

 

「奏に繋いでくれ」

 

聞こえてきた電子音声に向かってそう告げると画面が暗転し、ディスクトップとは違う光景を映し出す。そこは無機質な銀色の金属壁と黒いデスク、そしてそのデスクでいつもの白衣姿のままで腕を枕にしてスヤスヤと寝息を立てる奏の寝顔が合った。

 

『すー・・・すー・・・』

 

「おやおや・・・安らかな寝顔だことで」

 

あまりに無防備な寝顔な為に無意識に笑顔が零れて来る。画面の向こう側の景色、それは奏の所属している研究所にある彼女の研究室だ。それは日本政府に厳重に隠された最重要機密の研究施設であり、普通だったらどんな手段を取っても外部からの通信手段は無いのだが、このノートPCには奏のパソコンへのアクセス権限がある為にこうやって通話などにも使えるのだ。

 

それはそうと、本当は奏に聞きたい事があったんだが・・・これじゃあ訊くに訊けないな。さてはてどうしたものか・・・

 

『兄さん・・・えへへ・・・』

 

どうやら夢の中に俺が出て来ているのだろう、俺の名前を呼んでいる。だがしかしどんな夢を見ているのだろうか。笑っているところを見るとそこまで悪い夢ではなさそうだが・・・というか笑みがちょっと幸せそうでありながら、ちょっと怖くもあるのが不思議だ。

 

「しかしどうしよう・・・起こすわけにもいかんしな」

 

『やっほー、かーなん。お邪魔しちゃうよ~』

 

ふとPCのスピーカーからドアが開くときの圧縮空気の音ととぼけた声が聞こえて来る。それは取っても訊き覚えがあり、無意識にゲッと声が出そうになるくらいには俺が苦手としている人物の声だった。

 

『束さんは暇で暇で国連にハッキング(イタズラ)したくなっちゃうよ~・・・あれれ?』

 

真っ青なワンピースにエプロン、腰には大きなリボン。そして頭にはウサミミのカチューシャを付けた、なんともその場には場違いな格好をしたその研究施設の大ボスが画面の端っこから顔を出した。

 

『れーくん、れーくんじゃないか! おっひさー! ブイブイ!』

 

「はあ・・・お久しぶりです、束さん」

 

こちらに向けてダブルピースをする束さんに俺は微妙な笑顔を浮かべる。この無駄にテンションの高い女性、彼女の名前は篠ノ之束。クラスメイトであり、一夏の幼馴染である篠ノ之箒の姉であり、千冬さんの親友、そしてISの創造主である人物だ。

 

『本当に久しぶりだね~、十年ぶり?』

 

「一年ぶりくらいです・・・大体、十年前はまだ俺はあなたに会ってませんよ」

 

『またまた、れーくんったら照れちゃってさー・・・相変わらず可愛いねぇ』

 

「またまたってなんですか・・・それに可愛いっての止めてくださいよ」

 

重苦しいため息が零れる。こんな人物が研究所の所長なのかと疑いたくなるが・・・現実とは小説よりも奇なり、案外事実はこんなものだ。

 

『かーなんにご用なのかな?』

 

「まあ、そのつもりだったんですけどね。寝ているみたいですし、日を改めて――」

 

『うっ・・・ううん・・・』

 

掛け直す、と言おうとした時だった。目を擦りながら奏が頭を起こした。

 

『はれ? 兄さん?』

 

「ごめんな奏、起こしちゃったな」

 

『え? だってさっきまで兄さんは私の事・・・』

 

と、そこまで言って完全に目が覚めたのか、何故か顔をほんのりと朱色に染めて行く奏。待て、何故顔を赤らめる。一体、何を考えているのだ?

 

『おやおやぁ? かーなんはどんな夢を見ていたのかなぁ?』

 

『って、束さん!? なんで私の研究室にいるんですか!?』

 

『それは私が束さんだからだよっ!』

 

『どんな理由ですか! 勝手に入らないでくださいって言っているじゃないですか!』

 

『それは無理さ、何故なら私は束さんだからだよっ!』 (キラッ

 

『ですからそれじゃ答えになって・・・はあ、もういいです』

 

『それよりもかーなん、大好きなお兄ちゃんを置いてけぼりだよ?』

 

『そ、そうでした。何かご用ですか、兄さん』

 

慌ててこちらに対応しようとする奏に苦笑を浮かべる。相変わらずコント見たいなことしてるんだな、この二人は。仲が良い事は良い事なんだけどね。

 

「いや、実は少し調べてもらいたい事があってな」

 

『なんですか? 兄さんの頼みならなんでもオッケーですよ』

 

『エッチなお願いでも?』

 

『た、束さん!? そういう冗談は止めてくださいよ!』

 

『満更でもないくせにぃ~・・・ねー、れーくん』

 

「実はとある人物とその周辺の人達を調べて欲しいんだ」

 

『スルー!? 君は束さんをスルーするんだね!?』

 

何やら騒がしいが束さんはスルーで進めさせてもらう。いつまでもかまっていたら話が進みませんからね。

 

『わかりました、誰を調べるんですか?』

 

「デュノア社の社長、そしてその息子のシャルル・デュノアっていう奴だ」

 

『デュノア・・・ですか』

 

デュノア、その言葉が出た瞬間、画面の向こうで奏が苦々しい顔をする。おそらく、奏的にはデュノアの名前を聞くこと自体、嫌悪の対象なんだろう。普通の人間ならこんな反応をする事は無いだろう、だが奏ならば理解できる。

 

俺とデュノアの関係を・・・因縁を知っていれば、なおさらだろう。

 

『どうして今更デュノアなんて・・・もう過ぎた事じゃないですか』

 

「必要なんだ、頼む」

 

もはや関わりたくもない。奏はそう思っているに違いないだろう。だが、因縁があるからそれでも俺は知らなければならない。彼、シャルル・デュノアの事を知らなければならないのだ。

 

『ねね、れーくん』

 

「なんですか、束さん」

 

『なんで急にデュノアなんて腹黒企業の事なんて調べようとするのかな?』

 

「ええ、実は今日フランスから転校してきた奴がいましてね。そいつがデュノアって名字だったもので、ちょっと」

 

『なんでれーくんはそのフランス人に興味があるのかな~?』

 

「実はISを操縦できる男子としてこの学園に来ているんですよ、そいつは」

 

『・・・ふぅん』

 

俺の言葉を聞いて、束さんが少し眉を顰める。IS制作者として、何か思い当たるところが在るのだろうか。だが、この人が何か知っていたとしても、すんなり話して貰う事は出来ないだろう。

 

『デュノアでIS操縦者の男子・・・ですか。なんだか少しキナ臭いですね』

 

「俺が面倒をみる事になってな。良い奴だし、疑いたくはない」

 

昼間のシャルルの顔が脳裏を過る。屋上での言葉に嘘は無い。シャルルとは仲良くなりたいと思うし・・・何よりも優しい、少し癒される様な笑顔。あの笑顔が偽りの物ではないと信じたい。だが、彼は・・・

 

「だがあいつはデュノアだ。となれば念には念を入れておく必要がある」

 

自分に言い聞かせるように酷く冷静にそう言い放つ。デュノア、それは俺が最も警戒しなければならない名前の一つ。シャルルは大切な友人だと思っている。だがこれとは話が別だ。

 

「ま、アレ(・・)に関わってなければ万々歳なんだがね・・・調べてくれるかい?」

 

『・・・わかりました。でも一つだけ、約束してください』

 

「なんだ?」

 

『絶対に・・・無理しないで』

 

ディスプレイの向こう側で、訴える様な眼をして奏は俺にそう言った。俺は少し訝しげに思いながら、聞き返す。

 

「急にどうした」

 

『兄さん・・・・なんだか昔の眼をしていました』

 

指摘されて、近くにあった鏡を見る。鋭く、温度が極端に下がっている瞳。それは俺の頭のスイッチが切り替わっている・・・昔の軍人だった頃の自分が表に出始めているという証だった。

 

『その眼をしている時の兄さんは冷静そうに見えて、必要とあればすぐに無茶して、自分の身でも犠牲にしようとするから・・・ですから、お願いです。絶対に無茶だけはしないでください』

 

「・・・ああ、わかったよ」

 

一度目元を押さえた後、奏を安心させる為にも微笑みかける。そんな俺と奏を見て、束さんが口を開いた。

 

『かーなんは心配し過ぎだよ。れーくんは本当に無理しなきゃいけない場面っていうのを心得ていると思うんだけどな』

 

「そうだぞ・・・他人よりもちょっと無理する場面が多いだけだ」

 

『兄さん・・・もう』

 

やれやれといった風に奏の頬が緩む。さっきの一言は束さんなりに気を利かせてくれたんだろう。ありがたい、後で何かお礼でもしなくちゃな。

 

『・・・一週間後くらいには結果が出ると思いますので、その時に情報を渡しますね』

 

「ああ、頼む・・・奏」

 

用件が終わり、通信を切ろうとした奏を呼び止める。キョトンとした顔をする奏に俺は口を開いた。

 

「お前も無理はするなよ・・・」

 

『わかってますよ』

 

「ならいいんだ・・・おやすみ、愛してるよ」

 

『・・・~っ! それ反則ですよ~』

 

顔を紅く染めて俯く奏。相変わらず照れ屋だな、大切な家族なんだから愛しているに決まってるだろうに。まあ、そんな顔を赤くする奏も可愛くて、とても俺得な感じだからいいんだけどさ。

 

『れーくんれーくん、束さんは? 束さんには愛してるコールは無いのかな?』

 

「はいはい、タバネサン、オヤスミナサイ、アイシテルヨー」

 

『うわ~い、れーくんの愛してるコールで束さんは十万馬力で元気百倍、これからの作業も全力全開で頑張っちゃうよー!』

 

「何を頑張るのか知りませんけど、ほどほどにしてくださいよ・・・おやすみなさい、奏、束さん」

 

最後に挨拶を付け加えて、通信を切るとノートPCを畳んで椅子の背もたれに寄りかかる。そして今日一番大きなため息を吐いた。

 

「それにしても・・・大変だな、色々と」

 

瞳を閉じて、思い返す。六月が始まってたった二日で状況の変わり様が凄まじい。二人の転校生、片やドイツ軍人であり、俺の過去を知る少女。片や因縁の多きデュノア社の社長の息子であり、三人目のIS操縦者の男子。

 

狙ったかのような二人。まるで過去が俺に忘れるなと叫んでいるかのようにも思える。いや、それとも・・・

 

「乗り越えて見せろって事かね・・・」

 

コンコンッ

 

そして見計らったかのように部屋のドアがノックされる。一呼吸入れて、頭の中のスイッチを切り替える。いつもの笑顔を浮かべながら、心は相手を探る様に冷静であれるように。

 

「どうぞ」

 

ノックに応じると遠慮がちにドアが開き、向こう側にいたシャルルが現れる。彼は浮かべる、にこやかに、そして優雅に、いつも通りに笑みを。そんな彼にこちらも笑みを返す。

 

「こんばんは、零司」

 

「ようこそシャルル、話は聞いてるよ・・・改めてよろしくな」

 

しかし横のトルソーの鏡、そこに映る俺のシャルルへと返した笑顔は瞳だけが冷たく笑っていなかった。

 

EP18 End

 

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