目を開けると、そこはいつもの銀色の壁に囲まれた空間だった。
無機質な壁の部屋の中、そこには俺を含めた数人の子供達がいた。
年齢は十歳。白い、布切れの様な服を着た子供達。それぞれが笑い合い、今日行った事を話し合っている。
「今日はノルマを二つこなしたんだ。全部バラバラにしたんだよ」
「僕は目標の頭に命中させるのに成功した。これでもう打たれなくて済むんだよ」
「いいな、僕は失敗しちゃったから思いっきり殴られたよ。見てよ、鼻の骨が折れちゃった」
まるで学校のクラスに集まった友達と世間話をするように、その子供達は笑いながら語り合う。
一人、両耳をそげ落とされた子供は血塗られたナイフを持って
一人、片眼の抉られた子供は二つの拳銃を持って
一人、鼻の潰れた子供は手榴弾を持って
狂っている。誰もがそう思う光景。だがこの光景はこの場所では日常。もはやどれが正常でどれが異常なのか。それすらもずれそうな情景を目の当たりにしながらも、意識の奥で平静を保つ。
――俺は違う
――俺は普通だ
――俺は正常だ
「どうしたの×××?」
片眼の無い少年が心配した顔で俺を呼ぶ。止めろ、その名前で俺を呼ぶな。俺は×××じゃない!
「アウフ、どうしたの」
「×××が変なんだよ」
「しょうがないよ、×××はここに来たばかりだから」
五月蠅い! 黙れ! 俺は違う! お前達とは違うんだ!
「怖がらなくてもいいよ、×××」
「そうだよ、僕たちはこんな姿だけど」
嫌だ! 訊きたくない! お前らの戯言なんて意味がない! だから黙れ!
「それでも・・・僕達は幸せなんだよ?」
・
「・・・ハッ・・・ハッ・・・」
目を開けると、そこには銀色の壁は無くなっていた。あるのは学生寮、自室の天井と窓から差し込む煌々とした陽光だった。視界に映ったそれを見て、荒くなっている呼吸を徐々に平常運航に戻していく。
「・・・ハァ」
身体を起こし、今日一発目のため息を吐く。ため息ってのはその分だけ幸せが飛んでいくと何処かの誰かが言っていたが、今のため息くらいは許して欲しい。
悪夢、今日のは研究所にいた時の夢だろう。夢とは現在ある精神状態から過去の体験を意識の中で再生させるものであると訊いた事がある。だからといって、こんなもんは頻繁に見るものでもない。理由はわかっている・・・・だがいくらなんでもラウラやシャルルがこの学園に来たからといって素直に影響を受け過ぎだろ。俺ってこんなに単純な性格だったのだろうか。
「れ、零司・・・大丈夫?」
ベッドから身体を起こすと、隣のベッドから心配そうにこちらを見るルームメイトであるシャルルの姿が在った。その表情からはこちらを心配しているのが見てうかがえた。
「なんだかずいぶんうなされていたみたいだけど・・・」
「・・・悪い、変な夢を見ただけなんだ」
「僕、タオル持ってくるね」
おそらく、俺の笑みに疲労の色が見えたのか、ベッドから出たシャルルはバスルームへと向かった。そんな後ろ姿を見届けると、俺は再びベッドへと倒れ込んだ。
「シャルル・デュノアか・・・」
呟いて、腕で目元を隠す。彼とこの部屋で生活を始めて今日で五日目だ。学園での授業は難なくこなし、持ち前の紳士ぶりの所為もあってか学園生活を何の問題も無しにこなしている。傍から見ればなんでもない、ただの優等生の様に見えなくもないんだが・・・
「油断をするな、警戒を怠るな・・・でなければ――」
研究所の夢を見たせいだろうか、あの場所で教えられた教訓が頭の中でリピートされる。いかん、どうも朝一発目という事もあってか、少々グロッキーになっている様だ。シャワーでも浴びて、頭をすっきりさせるか・・・
「零司、これタオル・・・って、何やってるのさっ!?」
「・・・何って、服を脱いでいるんだが?」
バスルームから出てきたシャルルは汗の吸った寝巻の上を脱いだ俺を見て、ギョッと目を丸くする。なんだ、その反応は。
「どうして服を脱ぐのさ!?」
「汗ばんでいて、気持ちが悪い。それにシャワーでも浴びようと思ってな。一夏に呼ばれた時間にはまだ余裕あるし」
「だったらバスルームで脱ぎなよ!」
「別に良いだろ、それとも俺が裸になると何か問題でもあるのか?」
「も、問題は・・・無い事もないというか・・・とにかく、早くバスルーム行って!」
慌てた様子のシャルルに急かされて、面倒だが俺はベッドから立ち上がりバスルームへと入室してから寝巻を籠の中に放り投げ、ジャグジーを捻る。心地よい温水が俺の汗を流していき、そんな中で睡眠の余韻を消し去ると同時に俺は思案を始める。
シャルル、あいつはどうも自室で俺と二人になると何かととやかく言ってくるのだ。先の様に「部屋の中ではもっとしっかりしろ」とか「パンツ一丁でうろつくな」だとかだ。そしてその度にシャルルは俺をバスルームへと追いやることが多い。まるで一人でいる時間を作っている様にも見えなくもない。
「だけど誰かに連絡している節は無かったよな・・・」
一昨日くらい前、いつも通りに首にタオルを掛けたパンツ一丁姿でPCをいじっていると部屋に戻って来たシャルルに注意され、今すぐ着替える様にとバスルームへと追いやられた。その時、こちらに視線が来ていない事を確認、そして俺がバスルームへと入っている時に何をしているのかを確認する為に扉を小さく開き、ドアに近い場所にあるトルソーの鏡を見てみた。だが、怪しい行動は微塵もなく、ため息を吐いているだけだった。
「俺の思い過ごしなら良いんだがな」
奇行が多い割には、それほど怪しい面もない。ただ単純に俺の見ていないところで行動しているというならば話は別だが、それにしたってシャルルは俺と一緒にいない方の時間の方が短い。だとしたら、それこそ学園側の監視カメラを見せてもらう・・・もしくはそのデータを拝借するしかないわけで・・・
「止めだ止め、こんなこと考えても埒が明かない」
無理な事を考えても仕方ない。どちらにしろ、今日か明日には奏からのシャルル・デュノアに関する情報が送られてくる。それを待つ事にしよう。現段階でシャルル自身が俺に対して何かしらの危害を加えて来てはいない。ならば今日一日、またいつも通りに接していこう。
そう思いながら、俺はバスルームを出た。
「ふぅ、すっきりした・・・シャルル、お前は浴びないのか?」
「僕は遠慮しておく・・・って」
こちらに振り向くシャルルの顔が引きつる。俺はシャルルの視線を追ってみる。すると、俺は自分がまたパンツ一丁である事に気が付いた。あ、まずい。
「あ・・・」
「・・・~っ! 零司っ!」
力強く叫ばれる俺の名前を口火にシャルルの説教タイムが始まった。別に意識したやったわけではないのだが・・・・いやぁ、慣れというものは恐ろしい。
・
「失礼します」
ノック二回、その後に扉を開く。朝食を終えた俺は電話で千冬さんに呼び出され、職員室まで赴いていた。正直、呼び出される様な事をした覚えは無いのだが・・・一体何用だろうか。
「何かご用ですか、織斑先生」
「ああ、渡すものがある」
そう言って千冬さんは机の引き出しから白い大きめの封筒を俺に差し出した。それを俺は受け取ると開けていいのかと千冬さんに目で訊く。すると千冬さんは小さく頷いたので、封を切った。
中身は数枚の書類と・・・俺の顔写真が付いたプラスチック製のカードだった。
「これは・・・」
「国籍にその他諸々・・・お前の身分証明だ、日本政府からのな」
「日本政府から・・・ですか?」
千冬さんの言葉に俺は首をかしげた。何故、政府が俺に国籍を渡すんだ。俺の事があまりに捕まらないから痺れを切らしたのだろうか。
「そんなに警戒するな、政府は悪だくみもせずに快く国籍を明け渡した」
「・・・何かしたんですか?」
疑いの・・・そして若干の呆れを含ませた視線を千冬さんに送る。数年間も隠されてきた男性IS操縦者、そんな問題の塊の様な人物である俺を素直に受け入れるわけもないだろう。すると彼女は肩をすくめて、言った。
「そんな人殺しを見る様な眼をするな・・・何もしていない」
「そうですか・・・」
「ちょっと二、三本、切り落としただけだ」
「これ、返させていただきます」
すぐさま封筒を返す。こんな極道もびっくりな血に塗られた住民票はいらない。どうせならもっと綺麗な方法で持ってきてほしい。しかし、どの部位を切り落としたのだろうか。
「冗談に決まっているだろう・・・こんな話を真に受けるな」
「・・・千冬さんが言うと冗談に聞こえない」(ボソッ
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
軽く睨まれ、俺は言葉を呑み込んで、目を逸らす。大体、最初に冗談言ってきたのはそっちだろうに・・・
「で、どうやってこの住民票やらを?」
「私の昔の伝手、それに轡木理事長の助力もあってな。なんとか月末トーナメントまでには間に合った」
「・・・なんだか、お手数かけてしまったみたいですね」
「構わんさ。どちらにしろ月末トーナメントまでにはお前の素姓を記しておく必要があった。タイミングとしては好都合だ」
そんな事を言っているが、本来ならかなりの大事である。ドイツ軍属、しかも戦争行為が認められていない『アラスカ条約』が在る中で、戦争行為にも似た事をやっていた俺の情報を黙殺し、それでいて新たに国籍を作るなんて並み大抵の人が出来る事じゃないし、いくら千冬さんでも結構骨が折れただろう。
「・・・なんだかすみません、迷惑ばっかり掛けて」
「構わん、私はそう言ったばかりだがな」
さもつまらなそうに言う千冬さん。ここに来てから・・・いや、ここに来る以前からの方が正しい。この人には本当に迷惑ばかりかけてきた。だがこの人が一度だって見返りを求めた事は無い。心底思うよ、あなたは本当に優しい人だってさ。
「何を笑っている」
「いえ、やっぱり優しいなって思っただけですよ」
「・・・・何を馬鹿な事を」
零れた笑みを指摘された事に返しを言うと千冬さんはフイッと顔を背けて、机に向かう。ちょっと照れているのか、そんな行動をする千冬さんを見て、再び微笑んでしまう。
「そういう優しさを出してみれば、男なんてコロッと堕ちると思うんですけどね・・・」
「急になんだ」
「いえ、ただ単純にそう思っただけですよ・・・そう言えば、昔から千冬さん回りって男の噂がないなって」
三年前、俺と出会った時の千冬さんは恋愛とかそういうことをしている場合じゃなかっただろうし、今ならもう身を落ち着かせてもいいんじゃなかろうか。そう、何気なく思った。それなので訊いてみたのだが・・・
「下らん」
と、一言で一蹴されてしまった。
「生憎、今の私には専用機持ちという名前の問題児を多く抱えている。そんな事をしている暇はない」
恋愛事など二の次、今やっている仕事を第一にする。ま、なんとも千冬さんらしいね。なんだかちょっと安心・・・・って、なんで俺が安心するんだよ。
「そういうお前はどうなんだ?」
「どう、と言いますと?」
「ここはIS学園、選り取り見取りだろう・・・それとも、もう数人摘んでいるのか?」
「するわけないでしょ」
言い方がなんだか少し癪に障ったのでムッとした表情で返す。俺だって自身の恋愛をしている暇はない。ISの疾患を治さなきゃならんし、篠ノ之の恋も応援しなければならない。それに今はラウラやシャルルもいる。こんなに忙しいのに自分の恋愛などしていられるか。
「ラウラなんてどうなんだ。相も変わらず、お前しか見えていないようだが」
「冗談・・・それにあいつはそんな感情で動く様な奴じゃないでしょうに」
「・・・・・・」
なんだか呆れている様な、憐れんでいる様な、千冬さんはそんな視線を俺に向けて来る。だからなんですか、その皆が一夏を見る時の様な眼は。止めてくださいよ、正直ショックですよ。
「・・・ともかく、用事はそれだけだ。戻っていいぞ」
「最後に向けられた視線がどうしようもなく釈然としませんが、とりあえず戻らせていただきます。予定もありますので」
「何かあったのか?」
「ええ、あなたの弟さんからね」
言って、頭を掻く。それを見た千冬さんは俺の用事を悟ったのか、「なるほど」と呟いて続ける。
「月末トーナメントに支障が出ない程度にしてやれよ」
「逆に言えば、支障が出ないならどこまでもやっていいと?」
「まかせるさ。私の口出しする事ではないしな。それに、あいつは簡単に死んだりしないだろう」
「わかりました・・・じゃあ、シャルルを待たせているので、これで」
千冬さんの言葉を聞いて、俺は職員室を出る。奇妙な信頼を置かれているな、一夏の奴も。しかし、保護者からお許しが出た。最近、ちょっとばかしストレスが溜まっている。思いっきりぶつけさせてもらおう。
「さてと・・・覚悟しろよ、一夏」
確認はしていないが、この時の呟く俺の顔にはなんとも悪い笑みが浮かんでいたと思う。
・
「我儘言ってごめんね、零司」
第三アリーナの廊下を歩きながら、ISスーツ姿のシャルルが言った。少しすまなそうにしているので、俺は笑顔で返す。
「いや、構わないよ。むしろ違う視点からの意見をもらえるならば助かるくらいだ」
「そう言ってもらうと助かるよ」
本日は日曜日、学園側もアリーナを全開放している為に自習にいそしむ生徒も多いだろう。しかし、俺とシャルルは自習とは別の理由でこのアリーナに来ていた。
「それにしても、なんでまた俺と一夏のISに興味があるんだ?」
「日本製のISは評価が高いから、デュノア社としてもいろんな比較対象として取り入れているんだ。その日本製の新型第三世代、興味を持つのはおかしいかな?」
「いいや、よく考えたらそうだな。一夏の『白式』とか他に見ない感じだからな、色々と」
つまりシャルルの目的は俺と一夏のISの視察ってところだろう。何処の企業でもやっぱり何かしらの比較対象が必要だ。それはISに限った事ではない。昔、アメリカの軍事企業がアサルトライフルを作成する時にロシアのAKを比較対象に出した。大体、それと同じ様な事だろう。
「しかし、さすがは社長の息子ってところだな。企業の事もしっかり考えてる」
「社長の息子・・・ね」
シャルルの顔に影が落ちる。その瞬間を、俺は見逃さなかった。単純にカマかけるつもりだったが・・・やはりこの少年には何かあるな。だがここで深く聞いても、あまり良い情報は得られないだろう。下手に深入りして、逆上されても困る。
「ま、『黒天』の事で訊きたい事があったら言ってくれ。わかる範囲でなら、教えるからさ」
「うん、ありがとう」
そう言って、シャルルはいつもの表情に戻る。確かに疑ってはいるが、やっぱりああいう顔は見ていて気分の良いものでもない。シャルルはこういう柔和な表情が似合う。
「それにね、他にも理由があるんだ」
「他の理由?」
「うん、零司にはお世話になっているし、何か手伝えないかなってね」
控えめな笑みを浮かべながら、シャルルは言う。優しく、何処か包まれる様な感覚を覚える様な落ち着く笑みだった。毎度のことながら、同性ながらも引き付けられそうになる。
しかし、こんな優しい笑みを浮かべる人間を俺は疑っている。
違うと信じたい、否定したい。だがそれを頭の奥底が拒否している。
疑え、見極めろ。次、顔を合わせる時は互いに引き金を指に掛けているかもしれない、と。
「零司?」
「・・・え?」
訝しげな声を聞いて、我に返ると目の前にシャルルの心配した表情が合った。どうやら、少し考え込んでいたみたいだ。
「大丈夫? なんだかボーッとしているみたいだけど・・・調子悪いの?」
「ああ、大丈夫だ。そんな顔するなって」
心配そうに言ってくるシャルルにそう返し、無意識にクシャクシャと頭を撫でてしまった。
「ふ、ふぁっ!?」
「あ・・・・わ、悪い」
ハッとなって苦笑を浮かべながら指通りのいいブロンドの髪から手をどける。しまった、シャルルの心配げな表情がいつもの奏を思い起こさせてしまい、つい癖で優しく頭を撫でてしまった。
「ごめん、妹がそういう顔した時に頭を撫でてやっていたから・・・ついな」
うぁ、なんだこの言い訳は。というかどんな言い訳だよ。つまりお前は妹に何処となく似ていたとか言っているわけじゃねえか。どんなカミングアウトだよ。そしてシャルル、お前もなんて声を上げるんだ。
「いや、これは決してお前が妹に似ていたとい事ではなく、表情が似ていたと言うだけであって・・・ほら、俺って妹に甘いだろ? だから・・・って―――」
自虐も含めた必死の言い訳を続けていると、シャルルの異変に気付いた。口を酸欠した金魚の様にパクパクとしている以外、反応がない。
「あのー・・・シャルルさん?」
「う、うわぁ!?」
今度はこちらから顔を覗き込んで見ると再び悲鳴を上げるシャルル。ど、どうしたというんだ? 俺が言うのもなんだが、今日は随分と挙動不審だな。
「・・・どうしたんだ、お前」
「あっ、な、なんでもないよ!ちょ、ちょっとびっくりしただけで・・・」
ああ、なるほど。そりゃあいきなり頭を撫でられたらびっくりする人もいるだろう。どうも配慮が足りんな、俺は。
「そうだよな・・・悪い」
「だ、大丈夫だよ・・・」
男として、なんだか撫でられたのが恥ずかしいのか俯き加減に頬を染めるシャルル君。しっかし、こうみると本当に女子みたいだ・・・って、何を考えとるんだ俺は。今日はなんだか変だぞ。
「・・・それに・・・」
「ん? なんか言ったか?」
「な、なんでもないよっ!さ、さあ一夏も待ってるだろうし、行こう!」
「あ、おい。ちょっと待てよ」
恥ずかしさを誤魔化す様にスタスタと速足にアリーナ内に進んで行くシャルルの後ろを俺は歩を早めて追いかけてアリーナに入る。すると―――
「こう、ずばーっっとやってから、がきんっ!どかんっ! という感じだ」
「なんとなくわかるでしょ?感覚よ感覚。 ・・・はあ?なんでわかんないのよこの馬鹿」
「防御の時は右半身を斜め上前方へ五度傾けて、回避の時は後方へ二十度反転ですわ」
「正直に言わせてもらうと・・・全然わからんっ!」
という、なんとも不毛な三人の専用機持ちとIS制作者の妹の会話が聞こえてきた。お前ら、アリーナの入り口付近で何をしているんだ。というか、専用機持ち達の会話とは思えない様な内容だ。
「苦戦しているようだな、手を貸そう」
「・・・遅かったじゃないか!」
声をかけるとまるで救いの神が舞い降りたかのような声で応える一夏。ちなみに今の会話を少し変えるだけで、俺と一夏はゲイブン指定にされてしまう。恐ろしいものだ。
「助かった、本気でどうしようかと・・・あれ、シャルル?」
「やあ、一夏。手伝いに来たよ」
「一緒に教えたいっていうんだが、構わないだろ?」
「ああもちろん!頼むぜ、二人共!」
心底嬉しそうに一夏は俺の手を取った。礼を言われるのは嬉しいんだが、他三人の視線が痛い。恨むなら一夏を恨めよ、こいつが誘って来たんだからさ。
「ともかく、現状況を見たい。シャルル、ちょっと一夏と模擬戦してみてくれないか」
「わかったよ・・・じゃあ一夏、お願いできるかな」
「ああ、いいぜ」
一夏の返事を聞いて、シャルルが自身のISを展開する。それを見て、俺は呟く。
「シャルルは改良型『リヴァイヴ』か」
橙色のフレームをしたそれはいつか山田先生が使っていた『ラファール・リヴァイヴ』に何処となく似ているが、いくつか形状に違いが見受けられる。
まず一対の推進翼は中央で二つに分かれており、普通の『ラファール・リヴァイヴ』の多方向加速推進翼とは違った形を成している。
機体の装甲も小さくシェイプアップされ、アスカートには小型の推進翼を装備。
そして何よりも違うのは通常ならば装備されている四枚の装甲板が全て取り除かれており、代わりに左手の腕部装甲にシールドが一体化され、さらに右手は射撃の邪魔にならない様にスキンアーマーのみとなっている。これらを見るに高速射撃戦闘に飛躍的に特化した機体だと見受けられる。
「うん、この子の名前は『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』。僕の専用機だよ」
「見たところ射撃特化型か・・・ちょっと厳しいかも知れんが、やれるだけやってみろ一夏」
「最初から負けが決定しているみたいに言うなよ」
不満げな顔をする一夏だが・・・ちょっとばかり相性が悪いかな、この戦闘は。まあ、結局は一夏の立ちまわり次第なんだがな。
「模擬戦だからって手加減はしないぜ、シャルル」
「うん、僕もそのつもりで行かせてもらうよ」
双方、小さく笑った後に真剣な表情を浮かべる。準備は整った様だ。俺は競技の審判の様にスッと手を上げ――
「では・・・・始めっ!」
声を上げると共に振り下ろす。それを合図に白と橙のISが空中へと飛び上がる。いつの間にか集まったギャラリー達が騒ぎ始める中で、俺は冷静に二機のIS・・・否、『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』を見据える。
「ともかく、見極めさせてもらおうかね」
・
そして数十分後――
「つまり、お前は単純に射撃武器の特性を理解していないんだよ。だからあんなに狙い撃ちにされる」
「そ、そうなのか・・・一応理解はしているつもりだったんだが」
「うーん、知識として知っているって感じなんだよね。実際、さっき僕と戦ってみた時も全く間合いが詰められなかったよね?」
「うっ・・・確かに『瞬時加速』も読まれてたし・・・」
「お前のIS、『白式』は格闘専用機体なんだから射撃武器の特性を深く理解していないと対戦じゃ勝てんぞ」
「特に一夏の『瞬時加速』は直線的だからね。反応が出来なくても軌道予測である程度は当てられちゃうからね」
「うーん・・・直線的、か」
「先に言っておくが『瞬時加速』中に変に軌道変更するのは止めておいた方が良いぞ。機体に負荷がかかるし、最悪の場合は骨がポッキリいくからな」
模擬戦が終わってから、俺とシャルルのレクチャーを聞いて一夏はうんうんと頷いていた。正直なところ、頭で理解するよりも感覚でやったほうが一夏には向いているのだろう。だが「習うより慣れろ」の一夏だが、説明を一回でも言っておくのと全く言わないのではまた全然違う。
「よし、とりあえず射撃武器の練習してみるぞ」
「え? でも俺の『白式』には『拡張領域』は無いぞ?」
「使用できなくても、一発撃ってみるだけでも違うもんだ。特にお前みたいなタイプはな」
「はい、一夏」
俺の話を聞いてから一夏はシャルルに五十五口径アサルトライフル『ヴェント』を手渡され、それと同時に射撃訓練用の的が展開される。
「とりあえず一マガジン、感覚が掴み辛ければ五マガジンってところか」
「脇締めて、左手はこっち・・・そう、その構えて―――」
俺の言ったところにシャルルが補助、それに従う一夏。そんな感じに滞りなく一夏の訓練は続き、一時間程度で粗方のレクチャーが終わった。
「思った通り、呑み込みは早いな」
「だね、少なくともこれで射撃武器の特性は大体理解できたみたい」
「これも二人のおかげだ。本当にサンキューな」
素直な感想を述べる俺とシャルルに一夏は礼を言ってくる。やっぱり理論的に説明するよりも実戦だな、こいつの場合は。
「私のアドバイスはちゃんと聞かないクセに」
「あんなに分かり易く教えてやったのに・・・なによ」
「私の理論整然とした説明に一体何の不満があるというのかしら」
あー、そこの自称専属コーチ三人組。君達も今後教え方を変えた方が良いんじゃないのか? 行っちゃあ悪いが、正直なところあんな教え方では伸びるもんも伸びんぞ。
そんな事を考えていたら、何やら辺りが騒がしくなっていた。
「ねぇ、ちょっとアレ・・・」
「ウソっ、ドイツの第三世代型だ」
「まだ本国でのトライアル段階だって聞いてたけど」
ざわめくアリーナの女子達の視線、その先に立つのは漆黒の機体。搭乗者は・・・まあ、この時期にドイツの第三世代型なんてものを乗り回しているのは一人しかいない。
「・・・ラウラ」
ラウラ・ボーデヴィッヒ、まるで重戦車を彷彿させる様な堅牢な機体に搭乗した彼女の冷たい眼差しはアリーナにいる生徒達を軽く見回した後、俺達の方・・いや、一夏へと向けられた。
「おい」
「・・・なんだよ」
とりあえず、といった風に一夏は受け答える。初日からビンタされそうになった奴から呼ばれたって返事しにくいだろう。だがそんな心境、ラウラにとっては知った事ではないのだろう。その証拠にか、全く気にも留めずに俺達の前に飛翔する。
「私と戦え、織斑一夏」
「嫌だ、戦う理由がない」
「貴様に無くとも、私にはある」
冷たかったラウラの瞳に熱が宿る。それは憎しみと怒り、双方の感情が入り乱れた炎だろう。
「貴様に・・・貴様程度の男の為に私の憧れは失われた。私は貴様を許さない、絶対に」
「憧れ・・・千冬姉か」
今度は一夏の方が表情を歪める。第二回『モンド・グロッソ』の時に起きた事件に巻き込まれてしまった自分の所為で千冬さんの経歴に傷が付いた事を、その原因となってしまった無力さを一夏は悔いている。そう思う彼には少なからず、ラウラの言葉に引っかかるところが在るのだろう。
「織斑教官の事もある・・・それ以外の理由もな」
そう言うとラウラの視線が俺を一瞥したが、すぐに一夏へと戻る。
「貴様は障害だ、故に排除する。是非もない」
「戦いたいなら、また今度にしてくれ。俺は訓練中だ」
「意地でも戦わないつもりか・・・ならば――」
瞬間、ラウラに動きが合った。右肩に取り付けられている大型のリニアカノンの砲口が前方にいる一夏を捉える。あいつ、ここでおっぱじめるつもりか!
「―――戦わざるを得ないようにしてやる!」
刹那、リニアカノンが火を吹く。マズイ、そう思った瞬間には身体が動いていた。反応に遅れ、防御態勢も取れずにほぼ棒立ちになっている一夏とその砲弾の間に割って入る。
「っ!」
キュィンッ!
「・・・何をしている、ラウラ・ボーデヴィッヒ」
右手に部分展開された『黒天』の手に握られた『Victor』によって鋭い音を鳴らせながら逸らされた砲弾は明後日の方向に着弾した。それを横目で確認した後、ラウラを睨み付ける。
「戦いをしかけるにしても、もう少し礼儀と言うものを弁えたらどうだ」
「礼儀が必要な相手とも思えません」
「それはお前の感情論だ。そんなことで引き金の重さを忘れる様な女だったのか、お前は」
「あなたは―――!!」
言葉を区切り、苦しげとも見て取れる表情を浮かべながらこちらにリニアカノンを向ける。
「退いてください・・・」
「退いたらお前がまたぶっ放すだろ。少なくとも、ISを解除してから言うんだな」
「この者達に・・・あなたが守る様な価値なんてない!」
「それは俺が決める事だ。他人に指図される筋合いはないな」
睨み合う俺とラウラ。会場全体が緊迫した空気に呑まれ、静寂がこの場を支配する。傍から見たら一触即発な雰囲気。事実、ラウラが撃てばこちらも反撃に出る。そう覚悟した心境で俺は彼女の前に立っていた。
『そこの生徒、勝手な私闘で危険行動を起こすな。学年とクラス、出席番号を言え』
その静寂を破ったのはアリーナのスピーカーから聞こえた教師の声だった。おそらくこの騒ぎを聞きつけてきたのだろう。ラウラは小さく舌打ちをすると、クルリとこちらに背を向けた。
「興が削がれた・・・今日は引こう」
おそらく、一夏への言葉だろう。そう言い残すと、ラウラはアリーナゲートへと去って行った。まったく、どんな行動を起こすかと思えば、いきなり喧嘩をふっかけて来るとはな。十代乙女の行動力には恐れ入る。
「零司・・」
「大丈夫か一夏」
「俺は大丈夫だけど・・・」
「そうか、ならいい」
一夏へ向き直り、そう言って内心で渦巻く不安感にも似た感情を押し隠す様に小さく笑みを浮かべる。まさかあんな形でラウラと対峙するとは思わなかった・・・たかが喧嘩の仲裁、だが彼女が俺に銃口を向けて来るなんてことは考えたくもなかったのかもしれない。
「ねえ、零司」
「なんだ?」
「零司って、ボーデヴィッヒさんと何かあったの?」
シャルルの質問に俺は少し押し黙った。皆に俺が軍属であった事は知られたくない。俺が軍属である事を知るという事は、俺の最も知られたくない部分へと皆を近づける事になってしまう。
「昔、ドイツにいた時に知り合っただけだ」
だから俺はそう告げて言葉を切った。悟られてはいけない。俺とラウラの関係を知られてはいけない。
「・・・そうなんだ」
俺の感情、この話題を持ち出して欲しくないという事を悟ったのかシャルルはそう言って追及を止めた。それを期に、俺は再び口を開く。
「あー、変な横やりが入ったが訓練再開するぞ」
「あ・・・ああ」
「おい一夏、そんなやる気のない返事でどうするんだよ。学年末トーナメント、初戦敗退だって千冬さんに言われたんだろ。だったらもっと頑張れよ」
「わ、わかってるって!」
俺が茶化すと一夏は調子を戻した様だった。それと同時に会場内の空気も元のそれに戻り、それぞれが再び実習を始める。
「よし、じゃあ最後に俺と模擬戦でもするか?」
「零司と、か。お前と模擬戦したのって、まだ一回だけだからな。頼む」
「よっしゃ、閉館時間ギリギリまでやるか」
そう言って、俺は『黒天』を展開させようとした・・・が――
「おーっと、ちょっと待ってくれないかな、黒瀬君」
「は?」
返事をすると同時にガシッと背後から肩を掴まれて振り返る。するとそこには笑顔を浮かべるイリア・ブルシロスカヤ先生の姿が在った。
「イリア先生、どうしてここに?」
「どうしてか・・・それは私が今日の第三アリーナ担当の教師だったからだろうな」
ということは、さっきの放送はイリア先生だったのか・・・いや待て、だったらなんでラウラを問い詰めずに俺の方に来ているんだ?
「イリア先生、ラウラは・・・」
「それが取り付く島も無しに逃げられてしまってな。いやあ、困った困った・・・そこでだ」
笑顔のイリア先生の顔がこちらに迫り、肩を掴む手の力が逃がさんと言わんばかりに強まる。
「君には彼女の代わりに反省文を書いてもらうと思うんだが?」
「な、なんで俺が・・・」
「この騒動の一旦は君にもあるのだろう? それにこの中で一番訓練いらずだろう」
「それは理由になってなイテテテテテテテ!?」
ギリギリとまるで万力に握り潰されかかっているかの様に肩と口から悲鳴が上がる。良く見てみると、イリア先生の口先はヒクヒクと引き攣り、額には小さく青筋が浮かんでいた。あれ? もしかしてイリア先生、怒ってる?
「さあて、職員室に向かうぞ。早く着替える事だ」
「だからそれだったらラウラを連れて行けばギャアアアア!?」
ギリギリと言う音が今度はミシミシという音に変わった。ダメージがついに骨にまで来ている。
「大丈夫だ、ちゃんと書けばモノの数時間で終わる。さあ行くぞ黒瀬君」
「ま、待ってくれー! 俺は無実だーっ!」
悲鳴も虚しく、アリーナゲートまで引き摺られて行く。何が悲しくて、ラウラの尻脱ぐをしなければならない。だが何よりも悲しかったのは、第三アリーナにいた生徒が誰一人として連れて行かれる俺を止めなかった事だろう。
・
アリーナでの出来事から数時間が経った。第三アリーナは閉館し、生徒達はそれぞれ自室へと戻り残った休日の時間をルームメイトの会話や来週の予習などで自由に使っている時間。
「はい・・・その様です」
それは彼、シャルル・デュノアも違いは無い。彼も他人に干渉されない時間を、自分の為に使っていた。
だがその用途は、他者とは全くもって違うものだ。
「やっぱりドイツの人間の様です・・・」
部屋には鍵、室内には自分しかいない。隠しカメラは確認した、誰にも見られてはいない。そんな状況を整えた上で、彼は携帯電話で通話していた。何故ここまでしなければならないのか。理由は簡単だ。
この会話は・・・訊かれてはならないものだからだ。
「情報通り、彼で間違いありません」
冷静に感情の籠らない声で電話越しの相手に報告を続ける。そこにいつもの人懐こい笑みはなく、無表情に徹していた。
「・・・いえ、まだデータは取れていません。何分、彼の機体を見るタイミングが少なくて」
電話越しから重苦しいため息が吐かれた。そして続く言葉を聞き、そこでシャルルの表情に少しだけ動きが合った。
「・・・はい、理解しています」
それは苛立ち。眉を顰め、小さく唇を噛む。しかしそれを声には出さない。声に出したところで、自分の立場を危うくさせるだけだという事を、彼はしっかりと理解しているからだ。
「わかりました・・・では、後ほど」
最後のそう告げると、シャルルは通話を切り、ベッドへと倒れ込んだ。
「はぁ・・・」
今までため込んできたものを吐き出したのか、とても深く、重苦しいため息だった。
「何をやっているんだろう・・・僕は」
呟くその言葉にシャルルは馬鹿な事を、と思っていた。何をやっているかなんてことは理解している。理解していないんじゃなくて、理解したくないんだという事を。
「酷い人だよね、僕って」
仰向けになった状態、腕で自分の眼を隠す。闇を見詰めながら脳裏に浮かぶ人物の事を考える。それは・・・零司だった。
優しく笑みを浮かべる彼は、自分に仲良くしようと・・・自分を友達と呼んでくれた。少しだらしないところもあるけれど、それだって分け隔てない関係だからこそ見せる部分なのだろう。
「ごめんなさい・・・・零司」
だから余計に思ってしまう。彼に対する、謝罪の念を。友と呼んでくれた、それだけでこの胸がどれだけ温かくなっただろうか。屋上での昼食、あの時の「ありがとう」にどれほどの感情が籠っていただろうか。
「・・・ごめんなさい」
痛い・・・心が、痛い。信頼してくれている彼の事を裏切っているという、嘘吐きの自分が憎い。本当ならば、全てぶちまけてしまいたい。
「・・・ごめんなさい」
でもそれはできない、してはいけない。ああ、本当に情けない。まさに操り人形というのがお似合いだ。結局、自分の意志ではどうする事も出来ないのだ。そう
あの時だって・・・・
―――ごめんなさい
「・・・・っ!」
ふと零れそうになった涙を誤魔化す様に腕で目を擦る。誰も見ていないんだ、泣けばいいじゃないか。そう思うところもあったが、そういうわけにもいかない。
「・・・零司、返って来た時びっくりしちゃうからね」
誰に言うでもなく、呟く。零司、彼の事だ。本気で心配して、気を使ってくれようとするだろう。どんな理由で、自分がここにいるのかも知らずに。
だからまだ・・・でも――
――でも、もしこの呪縛から解放されるなら・・・・
「しゃ、シャワー・・・まだ浴びてなかったな」
自分の仕事はまだ終わっていない。甘い夢は見てはいられない。頭を冷やす意味でも、シャルルは急いでベッドから跳び起きると、着替えを持ってバスルームへと駆け込んで行った。
・
「・・・終わりましたよ、イリア先生」
「よし、どれどれ・・」
職員室、面談をする時の部屋として使われる所で向かい合わせに座っているイリア先生に俺はびっしりと文字の書かれたレポート用紙を手渡す。それを眺めると、イリア先生はレポート用紙から顔を上げて、二カッと笑った。
「ミッションコンプリート」
「おっしゃー!終わったー!」
両腕を高らかに上げて、俺は歓喜に打ち震えた。反省文、レポート用紙二十五枚分を掻き終える頃にはすでに日は落ちていた。
「しかし、よくこんなに描いたな。感心感心」
「よく描いたなって・・・先生が描かせたんでしょ、先生が」
非難する視線とムスッとした表情で言うと、イリア先生はケラケラと笑っていた。
「いや、おかげで有意義な暇潰しが出来たよ。君との会話は面白いからね」
「会話って言うよりは、そっちからの小言だけだった気もしますけどね」
「小言を吐き出すだけでもすっきりするものだよ」
そう笑うイリア先生。なんだかとても良い笑顔だったので、呆れながらもこちら釣られて笑ってしまう。まあ、部屋でゴロゴロしているよりかは、こうしてイリア先生の小言を聞きながら談笑するのも悪くないかな・・・反省文がなければ、だが。
「さて・・・どうする、すぐに部屋に戻るのか?」
「どうしてですか?」
「いや、どうせ暇なら少し早いが食事でもどうかと思ってね」
どうやら食事のお誘いの様だが・・・・
「いいんですか? 教師が生徒にそんなお誘いなんてしちゃって」
「男がいない職場と言うのも、我々としては結構花がない物でね・・・それに」
言葉を切り、椅子から腰を上げると身を乗り出して俺の顔に近付くとイリア先生は妖しい笑みを浮かべて俺の耳に囁きかけた。
「教師が生徒を誘ってはいけない・・・そういうルールは無いよ」
・・・なんとも魅力的なお食事のお誘いの仕方だ。イリア先生、かなり美人だし、こんな言われ方をしたら否応なしに健康な一男性として、色々と掻き立てられるモノが在る。
「えっとですね、お誘いは嬉しいんですが・・・ちょっと」
だが、そのお誘いを飲むわけにはいかない。今日くらいに奏からの連絡があるだろう。そうなれば、シャルルに対しての考えをまとめなければならない。
「おや、何か予定でもあるのかな?」
「そんなところです・・・食事はまた今度で」
「わかったよ、また今度誘う事にしよう。しつこい女は嫌われるからね」
椅子から腰を上げる面接室から出ると、時間的に残り少ない教師達がこちらに気付いて声をかけて来る。
「あら、黒瀬君。反省分は終わったのかしら?」
「まあ、俺の所為じゃないんですけどねぇ」
「イリア先生、なんだか話していましたけど何かあったんですか?」
「いやね、仲良く食事でも洒落こもうと思ったんだが・・・フラれてしまったよ」
「あまり黒瀬君を困らせない方がよろしいと思いますけど・・・黒瀬君も無理に付き合わなくてもいいんですよ?」
「おいおい、それはどういう意味だ? まるで私が無理に付き合わせている様じゃないか」
教師陣からの声に苦笑する俺と肩を竦めるイリア先生。人形との戦いの後から、ちょくちょく職員室に顔を出すのも相まってか、すっかり教員達と打ち解けてしまっていた。生徒の皆と話をするのも面白いが、こういう教師の人達と談笑できるというのは俺的に嬉しい。
「ほらほら皆、黒瀬君は予定が在るんだ。あまり止めてやるなよ」
「「「イリア先生に言われたくありません」」」
「ははは・・・じゃあ、俺はこれで」
「ああ、また問題起こしたら呼ぶとしよう」
「その時はよろしくお願いしますよ」
教師陣に手を振りながら、職員室を出て扉を閉める。一息吐き出すと廊下を進み、後者の外へ出るとそのまま学生寮を目指す。そう思って、踏み出した時―――
――プルルルッ
「おっ・・・と」
不意にポケットに入れた携帯電話が鳴る。もしやと思い、ポケットから出して見るとそこには黒瀬奏と記されている。
「奏か?」
『兄さん、情報探ってきましたよ』
望んでいた声のはずなのに、奏の声を聞いた事に少し後悔を感じた。ついに来た・・・来てしまった。俺が奏に頼んでおいた、シャルルの情報が。さて、鬼が出るか蛇が出るか・・・
「どうだった?」
『一言で言うと、なんだか奇妙な人物ですね』
少し予想外の言葉が返って来た。奇妙な人物・・・それは一体何を示しているのか。少し訊くのが怖かった。だが、ここまで調べさせておいて、何も聞かないというわけにもいくまい。
「・・・話してくれ」
『はい、簡単な説明を省くとして・・・おそらく兄さんが一番奇妙に思った部分から話しますね』
俺の一番奇妙に思っている部分、そう告げられて、小さく生唾を飲み込んだ。何よりも、俺が恐れている事は一つだ。これが白なら・・・俺はほとんど警戒をする必要はないんだが・・・
『・・・彼はあの施設の関係者ではありません』
「・・・そうか」
安堵の息が零れ、それと同時に全身を強張らせていた力がスッと抜けた。よかった。少なくともあの施設に関わりが少なければ、俺が直接手を出す必要もなくなる。
「男子でIS搭乗者ってことだから、必要以上に警戒していたが・・・」
『大丈夫ですよ。DNA情報、あとあの施設の研究員達を調べてみましたけど、やっぱりシャルル・デュノアに関するものはありませんでした。この件に関しては完全な白です』
この件に関しては・・・ね。という事は他にも奇妙な点が合ったってことだろう。安堵した意識を再び冷静なモノへと変える。
『ただ奇妙な点がもう一つだけ』
「なんだ?」
『デュノアの出生についてです』
「出生?」
なんでそんなものに・・・だが奏が目を付けたってことは何らかの事はあるんだろう。口をはさまずに話に耳を傾ける。
『彼、シャルル・デュノアの存在は公式に発表されているんですけど・・・昔の物と比べてみるとおかしいんです・・・今、画像を送ります』
そう奏が言ってから十秒としないうちに携帯電話にメールが届いた。それを開き、中身の画像を解凍する。すると液晶画面に映し出されたのは――
「これは・・・デュノアの家系図か」
『はい、ちなみに上のが最新の物で・・・下のがそれよりも一つ前の物です。見比べて見てください』
奏に言われた通りに、二つの画像を見比べる。デュノアの家系はそんなに長く続いた家系ではない。だからすぐに、明らかに違う部分を理解する事が出来た。
「・・・無い」
『はい、古いほうの家系図には、シャルル・デュノアの名前が無いんです』
奏の言葉通りだった。そう、名前がないのだ。新しい家系図の方には現デュノア社長の下にしっかりとシャルル・デュノアの名前が在る。だが、古いほうの家系図にはシャルルの名前が記載されてなく、そこにはぽっかりと空白のみが在った。
「だとするとシャルルは・・・今回の為に用意された人間?」
『それはわかりません。何か他にも問題が在るのかもしれません。ただ胡散臭いのは確かです』
疑惑が一つ消えたと思ったら、また一つ胡散臭いのが出て来た。その事に苛立ちを覚えながら、奏に新たな情報を催促する。
「デュノアなんて掘り返せばいくらでも薄汚い情報が吐き出されるだろうが・・・これ以上はさすがにキツイか?」
『家系図を引っ張り出すのだけでも結構てこずりましたから・・・』
「となるとこれ以上は無理か・・・」
『あまり力になれなくて申し訳ありません』
「いや、十分過ぎるよ。少なくとも施設の件ではシャルルが白だって事はわかったんだ。それだけでも大きな収穫だ・・・ありがとうな、それじゃ」
礼を言って、携帯電話を切るとポケットに戻す。そして思案する。内容は一つ、どうしてシャルルがこの学園に来たかという事だ。施設の関係者であるなら、なんとなく理解できる。だがそれが目的でないとすると・・・
「家系図に乗らなかった人物か・・・駄目だな、わからん」
どういう状況であれ、原因を考えるには元となるピースが少な過ぎる。現段階で出来る事と言えば、変わらず警戒していくくらいだろう。
「まったく、疑い続けるってのも辛いな」
そうやって考えながら歩いているうちに自室へと来てしまっていた。さてと、シャルルとはいつも通り接しなきゃならないからな。頭の中を変えなければ・・・
ガチャッ―――
「ただいま」
いつもの調子にドアを開いて、いつもの声色で帰りを知らせる。これで自分の中のスイッチが切り替わっている事を再確認する。疑い続けるのが辛い、ね。だったら少しぐらいは揺れてみたらどうなんだろうな・・・
「帰ったぞ・・・って、シャルルはいないのか?」
部屋を見回すがシャルルの姿が見えない。と、思ったが水音が耳に届いた。水音・・・ってことはシャワーか。
「って、あいつタオル持って行ってないじゃん」
やれやれと言った風にベッドの上に置いてあるタオルを取る。俺に色々言う割には変なところで抜けているな・・・あいつは。
「シャルル、タオル忘れて―――」
「・・・えっ?」
水音が止まったところを見計らい、バスルームへと入った。その瞬間、俺の身体は硬直した。
「なっ・・はぁ?」
「れい・・・じ・・・?」
美しいブロンド髪から落ちる水滴がタイルに落ちる音がやたらと大きく聞こえた。まるで時が止まったかのように硬直するシャルルを覆い隠す物は何もなく、そのきめ細かい肌に包まれた全身が惜しげなく俺の目に晒し出されている。だからこそ、気が付いてしまった。今、目の前にある異変に。
おかしい、あり得ない。どういうことだ・・・なんで・・・この部屋に―――
―――『女子』がいるんだ。
EP19 End