IS もう一つの翼   作:緋星

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EP20 望む場所

「お前は・・・」

 

場所はバスルーム、そしてタオルを持った俺と目の前にいる裸の少女。目を疑うような光景に俺の口から言葉が漏れた。脳神経を麻痺させるには十分過ぎるくらいの衝撃、それはその女子も同じだったようで目をパチクリさせてこちらを見ている。

 

「れい・・・じ・・・?」

 

「あ・・・えっと、とりあえず前を・・・」

 

半ば無理やりに神経を現実に引き戻して言った。ともかく、戸惑っている様な裸の女子の身体をマジマジと見るのも失礼だろうと思い、目線を逸らしてタオルを差し出す。すると――

 

「え・・・きゃあっ!?」

 

彼女も我に返ったのだろう。急いで俺の手からタオルを引っ手繰ると前を隠した。それでいい、淑女はそんな簡単に男性に肌をさらけ出すものではない。ちょっと損したとかそんなこと、全然思っていない・・・・全然思ってない。

 

「・・・って、そうじゃないだろ、俺」

 

あまりの衝撃に戻ってしまったスイッチをもう一度、頭の中でいれる。考えろ、考える事なら山ほどあるんだ。

 

第一に今の展開が意味不明だ。そもそも何故、こんなところに女子が居る。ここは男子専用、俺とシャルルの部屋だ。普通の女子が間違えるはずもない。ワザと間違えてシャルルなんかにお近づきになりたいみたいな女子が居ないかと言われたらいるかもしれないが、それだったら相当の猛者か痴女かの二択だろう。

 

もしそうでないなら・・・違う答えになるだろう。

 

「なんで・・・ここに・・・」

 

あり得ない、そう言わんばかりに見開いた瞳はアメジストを思わせる様な美しい紫色。髪はサラサラと流れる鮮やかなブロンド。そして湯上りの所為も相まって艶めかしさが感じられる細く、華奢な四肢。

 

多分、いや十中八九そうなんだろうと思っていたが俺はその答えを否定していた・・・いや、否定したかったのかもしれない。しかし、現実にそれは目の前で起こっている。だから俺は事の真相を確かめる意味合いも込めて、確信めいた言葉を口にした。

 

「お前・・・シャルルか」

 

「・・・・っ!」

 

そこからのシャルルの行動は早かった。俺を突き飛ばす様な形でバスルームを出るとそのまま窓際の、シャルル自身のベッドへと飛び込み、その奥に置いてある荷物の場所へと転がり込む。

 

「シャルルッ!」

 

「動かないで!」

 

シャルルの一言で俺は動きを止めた。こんな現状だ、言葉一つで追及を止めるなど・・・ましてや疑っていた相手の正体、それが全くの見当違いだったのだから、問い詰める事を止める事は無い。だが、シャルルの手にはそれを言わせられるモノが握られていた。

 

「おいおい、そんな物騒なモノを何処から持って来たんだよ・・・」

 

瞬時に頭が冷め、呆れた様に俺は呟く。それは拳銃だった。グロック19、オーストラリア製の自動拳銃のコンパクトモデルで、プラスチック素材を使う事によって軽量化を図った拳銃である。

 

「そんなものを使う事ないだろ、一般学生は」

 

「そうだね・・・君が邪魔さえしなければこんなものを抜く事はなかったんだけど」

 

そう言って、ちらりと俺の背後にあるサイドテーブルを一瞥する。

 

俺も少しは遅れたが、それでもある程度は反応できたようだ。即座にシャルルのIS『ラファール・リヴァイヴ。カスタムⅡ』の待機状態であるネックレストップの置いてあるサイドテーブルとシャルルの間に身体を滑り込ませ、ISを取らせない様にしていた。

 

全く、結局こういうところで冷静に身体は動くものだよな。これも訓練の賜物か。

 

「やっぱりこういう対応は早いんだね、さすがは元軍人ってことかな」

 

「・・・ずいぶんと深いところまで知っているみたいだな」

 

シャルルのセリフに俺は心底、嫌な気分になった。知られたくなかった事を、いちばん身近にいた人間が知っていた。経緯はどうあれ、その事実が俺の頭を痛くさせる。だが、今はそれよりもやるべき事が在る。

 

「それで、どうするんだ?」

 

「どうするって・・・」

 

「そのグロックで俺の額をブチ抜く気か?」

 

「・・・・・」

 

シャルルの顔が苦渋で歪む。その表情から、一目で悟る事が出来た。この娘は悩んでいる。引き金を引くのを躊躇っている。この娘には俺を殺す覚悟は無い。冷えた頭がゆっくりと熱を取り戻し、それと同時に違う感情が浮かんできた。

 

なんて・・・なんて似合わない物を持っているんだ・・・お前は・・・

 

「手が震えているぞ」

 

「僕にだって・・・君を撃つ事は出来る」

 

「シャルル・・・そりゃ無理だ」

 

眉を顰めるシャルル、俺は小さく息を吐き出してから苦笑を浮かべて、彼女の手に握られているグロックを指差す。

 

安全装置(セーフティ)がかかっているぞ、射撃初心者(ルーキー)

 

「え・・・」

 

そう俺が告げるとシャルルが俺から目を逸らして、グロックへと視線を落とす。

 

瞬間、俺の脚は床を蹴った。

 

「あっ!?」

 

シャルルが俺の初動に気付いた時にはすでに遅い。低姿勢、低空、自身の現段階で出せるトップスピードでシャルルに近付くと手刀で右手からグロックをはたき落とす。そしてそれを左手でキャッチ、そしてシャルルがこちらの反応についてくる前に右手で彼女の首を掴み、ベッドへと押し倒す。

 

「キャッ!」

 

「・・・こんなところだな」

 

小さな悲鳴を上げる、仰向けにベッドに押さえつけられたシャルルの上に跨ると彼女を睨みつけながらグロックの安全装置を外して、銃口をシャルルの額に突き付ける。

 

「相手を殺すつもりなら、安全装置くらいバックから抜き取る流れでやれ。それに銃を構えているのに目標から目を離すなんて言語道断だ・・・ま、二度とやれないと思うけどな」

 

「・・・・」

 

「慣れない事をするからこういうことになる。暗殺を企てるなら、もうちょっと慣れてからするんだったな。シャルル・デュノア」

 

そうつらつらと言葉を並べて行く中で、シャルルは抵抗どころか身動き一つしない。黙って、俺の言葉を聞いていたかと思うと、ふと小さく笑った。

 

「・・・無理か・・・当り前だよね。君は熟練者(エキスパート)で僕は新米(ルーキー)、やっぱりレベルが違う」

 

その笑いは、明らかな諦めを込めた自嘲気味な笑みだった。そして、その笑みを浮かべながら、シャルルは次の言葉を口にした。

 

「零司・・・僕を撃って」

 

「・・・何?」

 

「その方が、きっと君の為になる。僕は君にとって、厄介な障害でしかない」

 

笑みは消え、今度は懇願するかのように言いながら俺の右手を・・・グロックを握った右手を掴んだ。

 

「僕はもう・・・君を傷付けたくない」

 

言葉と右手を握る手の力強さがその真意を物語っていた。シャルルは本気で、引き金を引いてもらいたいと・・・自分を撃ってほしいと思っている。

 

それを感じ取り、理解すると俺の頭の中に「何故」という疑問と、さっきから俺の中で渦巻く感情が大きくなってくる。

 

それは憤りだった。何故、こんな事をこの娘がするんだ・・と。そして何故、この娘は俺にそんな事を頼むんだ。これでは・・・まるで・・・

 

 

 

 

――――私を・・・撃って――――

 

 

 

 

「ふざけんな・・・」

 

カシュッ――

 

憤りの一部を吐き捨てる様に言うと、俺は上部のスライドに手を掛けてシャルルの目の前でグロックを分解し、そんな俺を見るシャルルに向かって言った。

 

「俺はまだ殺人罪で捕まりたくはない。そんなことで、これからの人生を棒に振るいたくはないからな」

 

「で、でも・・・・」

 

「撃たない・・・そう言っているんだ」

 

そう言って、シャルルの上から降りる。どうしてどいつもこいつも面倒で責任感のいる事ばかり俺に押し付けるんだ。いつもいつも、それで俺がどれだけ苦しんでいると思っているんだ。自分勝手なんだよ、まったく。

 

「お前みたいな奴を撃つわけがないだろ」

 

「でも零司、僕は――」

 

「あーあー、言いたい事が在るのはわかったよ・・・それよりも、もっと気になる事もある」

 

「気になる事・・・」

 

「・・・ともかく、シャルルは何よりもやる事が在るだろ」

 

戸惑いと困惑が入り乱れ、首をかしげるシャルル。そんな彼女に俺は顔を押さえ、大きくため息を吐いて、言った。

 

「服・・・お前、裸だろ」

 

場違いな感じもあるが、ここでシャルルは初めて羞恥で顔を赤く染めたのであった。

 

 

 

 

「もういいか?」

 

「・・・・うん」

 

シャルルの了承を得て、俺は振り返る。そこにはいつも通りのスポーツジャージを着込んだシャルルの姿が合った。いつも通りの姿、だが胸元へと目をやるとそこには確かにふくらみが在り、彼女が女性であるという事を再確認させられた。

 

「れ、零司・・・何処見てるの?」

 

「いや、やっぱり女なんだよなってな」

 

適当な言葉で誤魔化すと、俺は電子ケトルへと向かい、湯飲みを二つと急須を用意する。

 

「茶、飲むか?」

 

「え・・・と」

 

「そんなに警戒するなよ、毒を盛ろうってわけじゃないんだ」

 

「別にそんなことは・・・思ってないよ」

 

「だったらもっと力を抜いてくれ、そうじゃないと話辛いだろう。それに俺に敵意は無い事を行動で証明したと思うんだけどな」

 

行動で証明というのは、着替え中に俺がシャルルに背を向けていたということである。もし敵としてシャルルを警戒するのならば、着替え中だろうとなんだろうと背中の見せずに常にシャルルを視界に入れておくだろう。そしておそらく、その事はシャルルも理解しているのだろう。

 

「それはそうだけど・・・」

 

「気を張り過ぎるのも良くないぞ・・・ほれ」

 

緑茶の入った湯飲みを差し出す。それを二、三度見た後シャルルゆっくりと手を伸ばした。

 

「えっと・・・ありがと――きゃっ!」

 

湯飲みを手渡す際に俺の指先と触れあい、シャルルが慌てて手を引っ込める。手渡すと思っていた俺は危うく湯飲みを落としそうになったが、間一髪のところでキャッチする。

 

「っぶねぇ・・・受け取るならちゃんと受け取ってくれよ」

 

「ご、ごめんなさい・・・」

 

そう言って今度はちゃんと受け取ってくれた。そんなシャルルと再び向かい合わせにベッドに座り、俺は緑茶を一口飲むと話の口火を切った。

 

「さて、じゃあいくつか質問するぞ?」

 

「・・・・うん」

 

シャルルも緑茶を一口飲み、一息ついたところで俺は真剣な表情になったシャルルに最初の質問を投げかける。

 

「まずは・・・なんで男装なんかしていたんだ?」

 

「社長からの直接命令でね・・・零司は『イグニッション・プラン』の事は知っているよね」

 

俺は頷いた。『イグニッション・プラン』、それは第三世代型ISを主点に置いたイギリス、イタリア、ドイツの欧州連合によって立案された統合防衛計画の事である。確かフランスは第三世代の開発の目途が立たなかった為にこの計画からは除外されているはずだ。

 

「デュノア社はフランスの代表的な企業だけど、第三世代型を開発するには圧倒的にデータも時間も・・・その他諸々、足りないものが多過ぎたんだ。元々、第二世代型の開発すらも最後発だったからね。それで政府からの通達で予算が大幅カットされたの。そして次のトライアルで選ばれなかった場合は援助を全面カット、そしてその上でIS開発許可も剥奪って流れになったんだ」

 

「詰まるところ、事実上クビってわけだな」

 

IS開発っていうのは、莫大な時間と設備、そして何よりも金がかかるものだ。主にどの企業も個人でのIS開発など行ってはおらず、国からの金銭的支援があってこそ成り立つ。それはフランスのデュノア社も例外ではなく、その支援が大幅カット、その状態で次のトライアルに選ばれなくてはならない。状況は絶望的である。

 

「だが、それがどうして男装と繋がる」

 

「簡単だよ。注目を浴びる為の広告塔・・・それに――」

 

こちらに向けていた視線を逸らして、シャルルは何処か苛立ちを含んだ声で続けた。

 

「同じ男子なら日本での得意ケースである零司に接触しやすい。可能であればその機体と本人のデータを取れるだろうってね」

 

「なるほどね」

 

つまり、シャルルは俺と『黒天』のデータを盗みに来たという事だ。しかしこんなことがバレてしまったら、企業として大打撃になるだろうに・・・デュノア社としても苦肉の策ってことだな。

 

「だが、それをする為にあのオモチャは必要ないと思うが?」

 

そう言いながらサイドテーブルに置かれた、分解されたグロックとマガジンを親指で指し示す。そんな俺とグロックを見て、シャルルは小さくため息を吐いた。

 

「そうだね、それだけなら・・・どんなに良かっただろう」

 

「つまり、男装の件とはまた別でアレが必要だったと」

 

「そうだよ・・・おそらく察しは付いていると思うけど」

 

俺の顔を見て、察したのだろう。シャルルは目を閉じて、一息置いた後で苦渋に満ちた表情を浮かべた。

 

「もう一つの指令・・・それは君の暗殺だよ」

 

憎々しげなその言葉に俺は黙って、緑茶を啜る。なるほど、俺の暗殺か・・・・デュノア社も大きく出たな。俺が見つかったところで、何かしらリアクションを起こしてくるとは思っていたが、まさかこんな強硬手段に出るとは思わなかった。

 

「データを収集後、もしくは正体がバレてしまいそうな時は君を殺す様にと言われていたんだ。理由は教えてもらえなかったけどね」

 

理由は・・・おそらく一番俺が理解している。そしてその理由をシャルルが知らない事に、一番破滅的な自分の存在を知られていない事に、俺は内心で心底安心した。

 

「でも正直、君を殺せるなんて微塵も思ってなかった」

 

「俺の経歴を見たからか?」

 

「零司が軍人って事だね。深い経歴は見てないけど、少なくとも僕がどうにかできる相手であるとは思えなかったよ・・・でも、それ以上に・・・多分、壊したくなかったんだ・・・この日常を・・・」

 

それはおそらくシャルルの正直な気持ちだったのだろう。甘美で依存したくなるような、優しい日常。それを壊したくない、それはおそらく俺が時折抱く感情と同じものであるのだろう。いや、もしかしたら俺の抱くそれよりももっと強い物なのかもしれない。だってこの日常は、本来ならばシャルルにも与えられていい日常だったはずなのだから。

 

「なんで・・・お前なんだよ」

 

だからだろうか、シャルルが俺と同じ様な考えを抱くのが・・・否、同じ考えを抱かせられる様な状況にあるのがどうしても許せなかった。

 

「なんでお前みたいな優しい奴が・・・拳銃なんて・・・ましてや人殺しなんて似合わない、そんな奴がこんな事をしなくちゃならないんだ」

 

引き金を引くべき人間というものは、限られていると俺は思う。だから思想とか理念とか野望とか、そういう小難しいものが関わって、シャルルみたいな奴が引き金を引かされる。そんなことはクソ喰らえだ。

 

「零司・・・」

 

「大体、お前は社長の娘なんだろ? なんでこんな事をさせるんだよ」

 

「社長の娘・・・か。おそらくあの人はそうは考えていないんだろうな」

 

呟くシャルルに俺は眉を顰めた。どういう意味だ、そう言いかけて俺の言葉は止まった。嫌な予感がしたのだ。そしてそれは次のシャルルの言葉で理解できた。

 

「僕はね、零司・・・デュノア社長の愛人の娘なんだよ」

 

その言葉を聞いて、脳みそが凍り付く様な衝撃が走り、絶句する。だがそんな俺とは対照的に、シャルルは言葉を並べて行く。

 

「二年くらい前にね、お母さんが亡くなったんだ。それで父の部下が僕の元に来たんだ。それで色々と検査をやっているうちに、高いIS適性がある事がわかってね。非公式にデュノア社のテストパイロットをやらされていたんだ」

 

それはおそらく、口にも出したくない事なのだろう。だが、それをシャルルは健気にも語ってくれた。だから、俺は黙ってシャルルの言葉に耳を傾けた。

 

「主には別邸で軟禁状態。もし愛人の娘だなんて知られたら、マスコミには美味し過ぎるネタだからね。それでも一度だけは本邸に呼ばれたよ、社交辞令程度には。でもそれも酷かったな、使用人には白い目で見られるし、本妻の人にはぶたれたよ。一言、言ってくれればよかったのに・・・それも言わずに酷いよね、お母さんも」

 

あはは、と愛想笑いを浮かべるシャルル。だが、俺は笑えなかった。笑えるはずもなかった。何故なら、そんな事を考える事が出来ないほどに俺の頭の中にはとある感情が渦巻いていたからだ。

 

「・・・これで全部かな、僕の隠していた事は」

 

「・・・・・」

 

「ごめんなさい・・・謝って済む事じゃない、それわかっているよ。でも・・・ごめんなさい」

 

そう言ってサイドテーブルに湯飲みを置くと、深々とシャルルは頭を下げた。その姿を見て、俺の中のブレーキが外れた。

 

「気に入らないな」

 

「えっ・・・」

 

「気に入らないと言っているんだ」

 

苛立ちが俺を支配し、まるで昔の自分に戻って行く様だった。もはやそこには日常で見せている俺ではなく、素の自分が・・・偏った感情で物言いをする子供の様な自分が存在していた。

 

「その指令も、理由も、何もかもが気に入らん。愛人の娘? だからなんだというんだ。形や経緯はどうあれ、シャルルは自分の娘だろうが。それをどうしてこんな事に巻き込める。どうしてこんな事を命令できる」

 

彼女はこの命令の為に用意されたわけではない。たまたま転がり込んできた、体の良い捨て駒。適性がある為に使われた、バレてしまえばそれまでの廃品処理。それがデュノア社の社長の考えなのだろう。

 

「親の面して、それを楯に自分のエゴを娘に背負わせやがって。データを収集するならまだしも、人殺しをさせるだと? それでもまだ親だと言い張るのか、ふざけるんじゃねえ。そんな奴、親でも何でもない。ただのクソ野郎だ」

 

「れ、零司・・・どうしたの?」

 

シャルルが怯えと困惑の入り乱れた顔をしている。だが、俺の言葉は止まれなかった。一度タガが外れた感情に対するブレーキが利かない。こんな風に熱くなるのは俺の性分じゃないかもしれない。だが、こうなってしまったら話は別だ。今、この感情をぶちまける事しかできない。

 

「・・・シャルル、お前はどうしたいんだ」

 

「どうしたいって・・・僕には選択権がないんだ。どうもできない、仕方ないんだよ」

 

「仕方ないという言葉だけで、全部終わらせられるほどここの日常は安っぽいものだったのかよ」

 

俺の言葉にシャルルが俯く。選択権がないなんて事は、あり得ない。人間とは選択をして、自分の道を歩いて行く生き物なのだから。少なくとも、俺は師匠(憧れの人)にそう教えられた。

 

「壊したくなかったんだろ? 大切だったんだろ? だったらそれを得る為にも足掻き続けろよ。そしてデュノアのクソ社長に証明してやれ、ここが自分の居場所だって事を」

 

「でも・・・僕は・・・」

 

「・・・もし、それが難しいなら―――」

 

言いながら肩を掴み、こちらに引き寄せて優しく抱き締める。そして慌てたように戸惑いながらも、抵抗しないシャルルの耳元で囁くように語りかける。

 

「俺が・・・居場所になってやる」

 

居場所になる。それは俺の口から出ていい様な言葉ではないのかもしれない。IS学園の後ろ盾がなければ政府から逃げ回ることしか出来ない臆病者が吐いていいセリフではないのかもしれない。だがそれでも、俺はシャルルの居場所になってやりたかった。辛い時に逃げ込める場所でありたかった。彼女が笑えるように、少しでも笑顔で居られる様に。

 

なんとも不相応で弁えないセリフだろうか。その為にどれだけ自分を削るかもわからない。自分が破滅するかもしれない。だが、それでもいい。シャルルの笑顔の為に俺は犠牲になろう。

 

「それとも・・・俺じゃ駄目か?」

 

「そんなこと・・・ないよ」

 

抱きしめながら訊くとキュッと俺の服が掴まれた感触と掠れた様な声が返って来た。涙声・・・泣いているのだろうか。

 

「あれ?・・・お、おかしいな・・・なんで涙なんて・・・こんなに嬉しいのに」

 

誤魔化す様に笑いながら、ごそごそと俺の胸元で目元を拭う。そんなシャルルの行動を中断させる様に、抱き締める腕の力を少しだけ強くした。

 

「泣いてもいいじゃないか・・・涙は流す為にあるんだ」

 

「零司・・・」

 

「今泣いて、明日また笑おう・・・偽りのない、本当の笑顔で」

 

本当の笑顔、浮かべるはまだしばらくかかるかもしれない。皆を騙していた事をシャルルは悔いるだろう。だがそれでも・・・それでも俺は・・・

 

「俺は、お前の笑顔が見たいよ」

 

「僕は・・・僕は・・・・うぅ」

 

そこからはもう嗚咽で言葉にならなくなり、そして糸が切れた様にシャルルは泣き始めた。大きな泣き声が耳に聞こえる。それはまるで今まで溜め込んでいた悲しみを全て吐き出すかの様に、遠慮のない泣き声。俺はそれを訊きながら、ただただ優しく頭を撫で続けていた。彼女が子供の様に泣き疲れて眠りに落ちるまで・・・

 

 

 

 

『・・・そうだったんですか』

 

「ああ」

 

携帯電話越しに聞こえて来る奏の声に短く返した。シャルルが泣き疲れて眠った後、彼女をベッドへと寝かせてから、俺は奏に事の顛末を話していた。

 

『デュノア社・・・本当に嫌な企業ですね』

 

「あそこの性根が腐っているのは知っているつもりだったんだがな・・・今回はいい加減、頭に来た」

 

これは俺の素直な感想だった。今でもその憤りは消えていない。もし俺に今からデュノア社の社長の元へと行けるのなら、一発ぶん殴ってやりたい気分だ。

 

『でも、これからどうするんですか? シャルル・デュノアという人物が世間体に知られてしまっている以上、何かしらの対策をしないと・・・』

 

「そうだな・・・まあ、少なくとも学園にいる間の三年間は大丈夫だろう。その間に考えるさ」

 

不安げな奏に俺は言った。IS学園は規則上、外部からの干渉が本人の同意無しでは行えないようになっている。だとすれば、学園にいる間はデュノア社からの干渉もないと考えられる。

 

「それよりも今は―――」

 

『笑って学園生活を送らせてやりたい・・・ですか?』

 

「・・・ああ、そうだな」

 

先読みされてしまったセリフに俺は小さく笑った。そうだ、考えるならこの三年でいくらでもできる。今は、ただ笑顔でいて欲しい。今までの不幸(マイナス)をかき消す様な、そんな笑顔で満ち溢れたものにしてあげたい。

 

「俺は・・・シャルルの居場所だからな」

 

『居場所・・・ですか』

 

「ああ、だから傍にいてやらなくちゃな」

 

傍にいて、あいつを笑顔にしてあげなければならない。平穏な日常を送らせてやる。俺はその為の居場所なのだから。

 

『あの、兄さん・・・つかぬ事を訊きますけど・・・』

 

「なんだ?」

 

『シャルルさんに・・・変な事言ってないですよね?』

 

急な質問に俺は少し考える。変な事・・・はて、少なくとも言っていない気はする。というか奏、俺のこれまでの話の中で俺が変な事を発する要因が何処にあったというんだ。

 

「変な事ってなんだよ・・・」

 

『あ、いえ・・・その・・・兄さん、よく私に言ってくるじゃないですか・・・』

 

「なんて?」

 

『あ・・・・・・・・愛してる・・・・・・って』

 

・・・・おお、我が妹よ、奏よ。お前は何を言っているんだ? お兄ちゃんにはお前が何故そんな質問をしてきたのかわからないよ。

 

『だ、だからその・・・もしかしたらシャルルさんにも―――』

 

「・・・・言うわけがないだろ」

 

おそらく今日一番大きなため息が出た。なんで俺がシャルルに『愛してるぞ』って言うんだよ。お前とシャルルじゃ全く意味合いが違う物になってきちゃうだろうが。変に意識させる様な事を言うんじゃないよ、全く・・・・大体、変な事ってなんだよ。奏、お前は俺の愛してるという言葉を変な事と認識していたのか。

 

『そ、そうですよね! さすがにそんなことは言いませんよね! あ、あはははは!』

 

「当り前だろ、馬鹿な事を訊くんじゃない」

 

『ば、馬鹿な事って何ですか! 私、これでもちょっとは真剣に訊いたんですよ!?』

 

「真剣ならなおのことだよ・・・」

 

頭痛を感じて、額に手を当てる。まあ、なにはともあれ目の上のタンコブは一つ減った。残るはあと一つだけ。

 

「ラウラ・・・どうするかな」

 

残る問題、それは言わずもがなでラウラ・ボーデヴィッヒだ。あの中庭下での言い争い――まあ、一方的に熱くなっていたのはあっちだが――以来、今日のアリーナでの一件があるまで全く口きいてなかったし・・・今度はこちらからも行動を起こしてみるか。

 

『・・・また問題ですか?』

 

「ちょっとな・・・だが奏の手を借りる様な事じゃないよ」

 

実際、ラウラの件は完全に俺とアイツの問題だ。奏の力でどうこうできる様な事でもない。それにできたとしても、俺は奏の力は借りないだろう。軍関係の事には極力巻き込まない様にしているし、結局これは俺がどうにかするしかないのだ。

 

『・・・わかりました、でも絶対に無茶だけは止めてくださいね』

 

「安心しろ、そんなことしたくてもしないからさ・・・おやすみ」

 

『はい、おやすみなさい』

 

ちょっと早めの挨拶を交わし、俺は携帯電話を切る。そして横でスヤスヤと寝息を立てているシャルルに視線を向けた。そこには先ほどまでの苦渋や悲しみに満ちた表情は無く、ただ安らかな寝顔だけが合った。

 

「それに・・・無茶できない理由も増えたしな」

 

綺麗なブロンド髪に指を通して、シャルルの頭を優しく撫でると安心した様に笑みを浮かべる。その笑みに俺は誓う。お前の友として、お前の居場所として・・・俺は・・・俺は君を守ろう。

 

EP20 End

 

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