IS もう一つの翼   作:緋星

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EP21 言葉

夕陽に染まる、広大な大海。それを見渡す小高い丘。そこに、私は彼と共に立っていた。

 

「どうだ、綺麗だろう?」

 

隣の彼が言う。しかし、私はその光景を見ても美しいとは思えなかった。どちらかと言えば・・・遠いという感想の方が先に出てしまっていた。

 

遠く、何処までも広がっている。水平線の先には何があるのか見えない。そんな先の世界に彼は旅立ち、そして戦う。

 

それを思うと少しばかりの恐怖が心の奥底で湧き出たが、馬鹿馬鹿しいとかき消す。

 

何に恐怖するというのだ。

 

戦う事に? 馬鹿な、我々は軍人だ。戦わずして、何とする。

 

だとすれば、彼が戦いで死ぬと? それこそあり得ない。彼は強い、何処までも強い。彼が負けるはずなどない。

 

隣に立つ彼の顔を盗み見る。

 

黒い瞳に腰まで伸びた長髪。いつもの訓練で見せている凛々しい表情ではなく、優しいほほ笑みを浮かべている。私の胸が小さく高鳴る。

 

むしろ、私には・・・

 

「彼女は海よりもあなたの方に興味があるみたいよ」

 

背後からの声に私は慌てて振り返る。そこに立っていたのは私や彼と同じ黒いドイツ軍服に身を包んだ白髪の少女。自分のやっていた事を見られた私は羞恥の感情を覚え、口を開く。

 

「コ、コルネリウス大尉・・・私は――」

 

「大丈夫よ、わかっているわ・・・フフッ」

 

クスリと笑う彼女はそう言われ、私の羞恥はさらに大きくなる。そんな私の事を余所に彼は笑みを消して、振り返ると彼女へと向かう。

 

「お前か・・・俺を呼びに来たのか?」

 

「ええ、ビットマン大佐が呼んでいるわ・・・後はあなただけ」

 

「そうか・・・」

 

コルネリウス大尉の言葉を聞いて、彼の顔に影が帯びる。一体どうしたというのだろう。何故彼がこんな表情をするのか、私にはわからなかった。そしてそれを訊く暇もなく、彼は表情を戻してしまった。

 

「少ない休憩時間を詰まらない事に使わせたな、悪かった」

 

「い、いえっ! 私が大尉について来ただけですので!」

 

本当は他の事を言いたかった。どうして、何故その様な表情を浮かべるのかと。だが私の口からその言葉が出る事はなかった。今思えば、何故あの時に問わなかったのだろう。問うて何かが変わったわけでもない。だが、それでも少しは彼の事を理解できたのではないだろうか。

 

「じゃあ行くよ・・・また会おう、ラウラ・ボーデビッヒ少尉」

 

「はい、黒瀬零司大尉・・・必ず」

 

私の肩を軽く叩くと彼は小さく笑い、彼女と並んで丘を後にする。その後ろ姿を見ながら、私は敬礼をして、立ちつくしていた。胸騒ぎはしていた。嫌な予感もあった。だが、その真意をもはや問う事は難しいだろう。

 

おそらくそれが、彼が私に向けてくれた最後の笑顔だった。

 

 

 

 

「・・・大尉っ!」

 

目が覚め、身体を起こす。眠気は無い。ただあるのは夢から覚めた事による言い表せない虚脱感。それに呑まれそうになる自身の意識を保護する様に眼帯をした左目に手をやる。

 

あの時、私が何をしても状況は変わらなかったであろう。私には彼を引き止める力はなく、ましてや彼と共に戦場へと赴く力もなかったのだから。

 

だが、今は違う。私は強くなった。今では彼と同じ様にIS配属の特殊部隊の隊長にまで上り詰めた。力無き者だった、あの頃の私とは・・・違う。

 

「今度は間違わない・・・絶対に――」

 

彼をドイツへと連れ戻す。毎日のように誓うその思いを胸に、私はぬくもりの残ったベッドから出て行った。

 

 

 

 

「へっくしっ!・・・うぁ」

 

寝起きに一発。目が覚めてすぐに出たクシャミは俺の寝ボケた脳みそをぐわんぐわんと揺らし、軽い頭痛を覚えさせる。畜生、昨日深夜おそくまで起きていた所為でまだ眠い。どうも日曜日の夜というやつは明日が月曜日で授業が在るとわかっていても夜更かししてしまう。何故だろうか・・・

 

「しかし・・・誰か噂でもしているのかね」

 

ベッドから出ると制服を掴み、そのままバスルームの前にある洗面台へ向かいながら独り呟く。噂と言えば、今月末の学年トーナメントの話があったな。確か優勝したら一夏と付き合える・・とかいうやつが。一体誰が優勝するんだろうか、ちょっと気になる。こちらとしては断然、篠ノ乃が優勝してくれればと思うが・・・専用機持ちが俺と一夏合わせないでも四人いるんだよな、確か・・・・行けるかなぁ、篠ノ之・・・

 

「・・・というか、それって俺が優勝したらどうなるんだ?」

 

トーナメントで優勝、そして与えられる一夏への告白権利、それを妬む専用機持ち達の視線と新人類、HUZYOSIからの期待の眼・・・自分で考えて、なんだかゲンナリしてきた。何が悲しくてそんな権利を手に入れて、俺が苦労しなければならないんだ、馬鹿馬鹿しい。

 

「こう考えると・・・辞退したいな、トーナメント」

 

着替えた後にバシャッと顔に冷水を掛け、タオルで拭きながらバスルームを出る。その時、たまたまシャルルの寝顔が目に入った。珍しく、ぐっすりと眠っている。ちなみにシャルルの正体を俺が知った後、眠っていたシャルルは一度目を覚ましたので夕食へと行き、後は二人で取り留めのない会話をして床に就いた。普段ならもうすでに目を覚ましてもおかしくないんだが・・・まあ、昨日あんな事が合った後じゃ無理ないか。

 

「・・・こう見ると本当に女の子だよな」

 

整った顔立ちを見て、俺は素直に可愛いと思った。まったく、どうしてこんな娘を男子と見間違えていたんだろうな、俺は。考える事が他にあったのはあるが、それにしたって・・・呆れてため息が出そうになる。

 

「良い寝顔だが朝食に遅れるっていうのはヤバいからな・・・起こしてやるか」

 

安らかな眠りを邪魔するのはなんとも心苦しいが、遅刻して千冬さんにどやされるよりかはシャルルにとってもいいだろう。これ以上、あの人によってトラウマを植え付けさせるわけにはいかない。

 

「おい、シャルル・・・起きろ」

 

「ううん・・・むにゅ・・・」

 

ユサユサとシャルルの肩を掴むと優しく揺らすと奇妙な声をもらす。おいおい、起きないと出遅れるぞ。週の初めからあの人の説教なんて訊きたかないぜ、俺は。

 

「シャルル、起きなさい。遅刻するぞ」

 

「んん・・・零司ぃ・・」

 

俺の声を訊いていたからか、寝言で名前を呼ばれた。なんだろう・・・寝言で自分の名前を女の子に呼ばれるっていうのはなんともむず痒く、恥ずかしい。いつぞやの奏もそうだったが、一体どんな夢を見ているんだ。お兄さんはとても気になります。

 

「・・・それはそうと」

 

しかし、なんだか起きそうにないな。仕方ない、ここはシャルルの目覚めがあまり良い物ではなくなると思うが、心を鬼にさせていただきましょうか。悪いな、シャルル。

 

「ンンッ!・・・織斑先生、シャルル君が居眠りしています」

 

「ね、寝ていませんっ!僕、寝ていませんよ!」

 

咳払い一つに言った俺の言葉に過剰反応とも言える勢いでシャルルがベッドから起き上がった。よし、起きた。さすがは鬼教官、名前だけでも効果は抜群だ。

 

「・・・って、あれ?・・・織斑先生は――」

 

「だまして悪いが、これもお前の為だ」

 

「れ、零司?」

 

「よう、寝ぼすけお姫様・・・目覚めは最悪かい?」

 

キョロキョロと回りを見て、俺を見つけたシャルルにそう言う。するとシャルルは状況を理解したのか思いっきり息を吐くとこちらを非難の目で睨みつける。

 

「・・・びっくりしたぁ。僕、織斑先生の授業で居眠りしちゃったのかと思ったよ」

 

「ははは、悪い悪い・・・ちょっと刺激が強過ぎたか」

 

「本当だよ・・・もう」

 

頬を膨らませるシャルルに俺は苦笑を浮かべる。まあ、俺は結構慣れているけど、この学園で千冬さんの授業を訊かない命知らずなんていないだろう。転校初日から経験したシャルルにはなおさらだし。

 

「でも起きなかったのはシャルルだぞ?」

 

「えっ、それって・・・」

 

俺の枕元にある時計を顎でしゃくる。それを目で追った後、時計を見たシャルルはあっと小さく声を上げた。

 

「ご、ごめん。寝過ごしちゃうところだったんだね」

 

「まあ、十分程度しか変わってないが、少しの遅刻も許さないからな。千冬さんは・・・」

 

そう言うと、俺はシャルルのベッドから腰を上げると自分の鞄を取って部屋のドアへと足を運ぶ。

 

「あ、何処に行くの?」

 

「何処って、先に食堂だよ。お前の着替えを見るつもりはないからな」

 

「そ、そっか・・・そうだよね」

 

そうだったと何度も確認する様に頷くところを見ると寝起きの所為か、シャルルは少し頭の回転が鈍っているみたいだ。そんなシャルルを見て、俺は少し意地悪な笑みを浮かべると口を開いた。

 

「それとも・・・着替えを見て欲しいのか? それなら俺は大歓迎なんだが―――」

 

「なっ・・・・零司~っ!」

 

そこまで言って、バフッという音と共に俺の口は強制的に閉ざされる。顔を赤くしたふくれっ面のシャルルにぶつけられた枕を投げ返すとこぼれ出る笑いを噛み殺しながら俺は手を振って部屋を後にした。

 

 

 

 

「トーストとハム、お待ちどうさん」

 

「ありがとう、お姉さん」

 

「あらヤダねぇ、この子ったら・・・でも本当に食べないんだねぇ」

 

「低燃費ですから、地球に優しいんですよ」

 

食堂のお姉さんからいつもの低燃費メニュー・・・というか、もはやメニューですらない単品食材を皿に盛ってもらうとそれを乗せたお盆を持って近場の席へと腰を下ろす。それにしてもこの食堂は凄い。ただのトーストとハムだけなのに、なんだかやたら旨そうに見えるのだから。

 

「国立は良いねぇ・・・国立万歳」

 

そんな事を言いながら、トーストを齧りながら辺りを見回す。食堂はいつものように朝食を食べに来た女子達で賑わっている。いや、ちょっと違うな。賑わいがいつもよりも少し違う色に聞こえる。それはおそらく朝、俺が思っていた事・・・つまり月末トーナメントの事だろう。誰が一夏と付き合うってことで騒いでいるのだろう。

 

「大変だな、みんな・・・」

 

しかし、平和だ。この場所に、昨日一歩間違えれば死人が出ていた可能性がある出来事が起こっていたなんて知る人間などいないのだろう。それ以前にも、つい一カ月前にも人形(ブッぺ)と呼ばれるISがこの学園を襲撃している。それなのに、この場所はいつも通り、事も無しげに日常を続けている。知っている人間には緘口令が敷かれているし、教師達もそれを知られる事を望んではいないのだろう。それは正解であるとも思うが、同時に少々気が抜けているとも言えるのではないだろうか・・・

 

「いや、それがある意味学園らしいのかもしれないがね・・・」

 

ただ昨日のシャルルの件が合った為だろう、そんなことがふと頭に過った。それと同時に――

 

『意識が甘く、危機感に疎い。兵器足るISをファッションか何かと勘違いしている。この様な程度の低い、低俗な者達と一緒にいるべきではありません』

 

―――数日前にラウラが俺に言ってきた言葉も。

 

確かに・・・ラウラの考えもわからなくもない。低俗な、とは言わない。だが少々意識が甘い、危機感に疎いというのにはただ首を縦に振る事は出来ない。

 

一歩間違えば、相手を殺す兵器となってしまうISという物を手元に置きながらも、それに対しての危機管理能力が少ない。

 

確かに競技用に使用されるISは『絶対防御』が在る。

 

それがあれば搭乗者は死ぬことは無いだろう。だがそれは『絶対防御』が在る、という前提が在っての話。もしもそれが発動できない、もしくは発動しない状況になってしまう可能性だって否定できない。

 

 

良く分からないうちに『絶対防御』が発動しなくなり、誤って搭乗者を撃ち殺しました。

 

 

あってはならない出来事。だが、確実に無いとも言い切れない。俺達が使用しているISとはそういう良く分からない事が起きる可能性を大いに秘めたブラックボックスの塊なのだ。

 

「まあ、だからと言って全部考えていたら何もできなくなるんだがな」

 

それに何より、そうならない為にも学園教師達が居て・・・要望があれば俺もそれに赴く。そうやって問題は解決されて行けばそれでいい。そう思い、俺はラウラの言葉を否定した。まあ、それ以外の思いもあった・・・というか、その違う思いの方が大きかったのが本音だが・・・だがそれでも俺の意志は本当だった。だが今になってラウラの言葉に少しでも同調してしまうとはな。

 

「いかんな、どうも」

 

昨日でシャルルへの警戒は解けた。だが、どうも頭の中のスイッチが変わり易くなっているようだ。ここにいるべき自分といるべきでない自分。それを分ける、切り替える為のスイッチが。

 

「昔に・・・戻って来ているのかね・・・・」

 

「お、零司。今日は遅いんだな」

 

声をした方を一瞥すると、そこには篠ノ之と二人の女子を引き連れた一夏が居た。

 

「一夏に篠ノ之・・・それに布仏と青嶋か」

 

「おはようございます、黒瀬さん」

 

「くろりーさんだー、おはよー」

 

一夏と篠ノ之の後ろで礼儀正しく頭を下げる青嶋の横、長めの袖をした制服を着ている女子がその袖をパタパタとさせている少女、布仏本音へと俺は問いかける。

 

「・・・布仏よ、俺のあだ名は「くろりー」なのか?」

 

「そうですよー、くろりーさんにけってーい」

 

言いながら、俺と向かい合わせに座った青嶋の隣の椅子に腰掛ける。なんとも珍妙なあだ名が付けられてしまった。まあ、あだ名付けられる位だからそれなりに好かれてはいるのだろう。それは素直に嬉しい。

 

「それにしても、朝から大所帯だな」

 

「ああ、箒から朝食一緒にどうだって言われてな」

 

「本当なら二人で食べるはずだったのに・・・」

 

「何か言ったか、箒?」

 

「・・・なんでもない」

 

向かい側に座る篠ノ之がため息を吐く。一夏が相手だと相変わらず前途多難だな、彼女は。

 

「それにしても珍しいな、零司がこの時間まで残っているなんて」

 

そんな篠ノ之のそんな心はつゆ知らず、一夏は俺にそんな言葉を投げかけて来る。俺なんかよりも幼馴染をもう少し気に掛けてやれよ、そういうツッコミを胸の奥にしまいこんで俺は一夏へと答える。

 

「そうだな、今日はシャルル待ちだ。ちょっとばかし寝坊したからな、あいつ」

 

「あーなるほど・・・俺の時は待ってくれた覚えがないんだが?」

 

「知っているか、一夏。人が平等だった事なんて今までないんだ」

 

「せっかくの男同士なんだから、平等に行こうぜ?」

 

俺の言葉に一夏は肩を竦める。そうだな、男同士ならそうかもしれん。だけどな、一夏。あいつは男じゃないんだよ。故に平等には扱わん。

 

「なんだか賑やかだね、零司」

 

そんな話をしていると噂のシャルルが登場。つい数分前までのジャージ姿ではなく、いつもの男子制服姿で食堂へと現れると、俺の隣へと腰を下ろした。

 

「シャルル、おはよう」

 

「おはよう一夏。それに篠ノ乃さんと青嶋さんと布仏さんも、おはよう」

 

それぞれにいつもの紳士スマイルで挨拶を交わす。いや、正確には男じゃないから淑女スマイルか・・・

 

「シャルル」

 

「・・・? なにかな?」

 

「頭、ちょっと寝癖ついているぞ」

 

「えっ、本当?」

 

ひょこんと頭部から出た可愛らいし寝癖。どうやら当の本人は俺に言われるまで気付いていなかったようで、アセアセと髪をいじっている。

 

「えっと、何処かな・・・」

 

「あ、そっちじゃなくて・・・ちょっと待っていろ」

 

ハンカチで手を拭くとシャルルの方を向いて、寝癖を直してやる。しつこい寝癖ではあったが、一年間、寝起きの奏に良く髪の手入れをしてやった事が在る俺にとっては朝飯前だ。

 

「・・・これでよしっと」

 

「あ、ありがとう・・・」

 

寝癖を指摘され、直されもしてしまった事があってか、シャルルは少し気恥ずかしそうに笑った。

 

「焦って髪の手入れを忘れたのか? やっぱりシャルルは時々抜けてるよな」

 

「ぬ、抜けてるって何さ・・・大体、今日は零司があんな過激な起こし方するから悪いんだよ」

 

「そいつは悪かった、今度はもうちょっと優しい起こし方をするよ」

 

「・・・まったくもう」

 

そう言って、笑い合う。本当に昨晩の出来事がウソだと思えてしまいそうな笑顔だった。偽らない笑顔、それはまさしくこの笑顔の事を言うのだろう。なんというか、見ていてこっちが温かくなる、まるで木漏れ日の様な・・・・って―――

 

「・・・どうしたんだ、お前ら」

 

「「「「・・・・・」」」」

 

俺がそんな事を考えていると正面に座った四人・・・いや、四人だけではない。この食堂へと朝食を取りに来た女子達までもが俺とシャルルを直視している。しかも無言で・・・何このホラー現象、ちょっと怖い。

 

「シャルル、一体どうして皆は俺達の事を見てるんだ?」

 

「わ、わからないけど・・・なんだか嫌な予感がするよ」

 

「そうだな、それには激しく同意しておこう」

 

コソコソとそんな事を話していると、直視は終わり、代わりに話声が聞こえてきた。

 

「う~む、やっぱりフラグは黒瀬×織斑じゃなくて黒瀬×デュノアの方が濃厚みたいね」

 

「過激な起こし方って、どんな起こし方だったんだろ・・・キャー、気になる!」

 

「私はむしろ優しい起こし方ってのが気になるわね!」

 

「諸君、これは薄い本が出るぞ!至急、在庫の調整を!」

 

「うはwwwwおkwwww」

 

ちょっと待て、待ってくれ、待ってください新人類共。一体何がどうなってそう言う話に展開されるのか脳外科でロボトミー手術でもして解析させてくれ。俺にはさっぱり理解できないぞ。

 

「零司、お前・・・」

 

「おいちょっと待て一夏、なんだその眼は。お前は本当に俺がそんな奴だと思っているのか?」

 

「・・・今日も鮭が旨そうだ」

 

「おいこら、話を逸らすな」

 

畜生、なんでお前にそんな目をされなければならないんだ。哀れみを帯びた視線を向けられるのも腹が立ったが、今のはその十倍は腹が立ったぞ!

 

「く、黒瀬さん・・・あなたの恋愛に口を出すつもりはありませんし、そんな資格は無いと思っていますが・・・さすがに同性はどうかと・・・」

 

「し、篠ノ之さん!? 篠ノ之箒さん!? 何故俺をそんな目で見ちゃうかね! そこは俺に味方してくるのが道理ってもんじゃないのかな!?」

 

「あ、安心してください! 私は決して、その様な事であなたを軽蔑したりはしません! むしろ、どんな愛にしてもそれをまっすぐ表現できる事を私は羨ましく思います!」

 

ああ、駄目だ。この娘もついに脳をやられてしまったか。早急に病院に搬送が必要だ。むしろ病院が来い。

 

「くろりーさんとデュノアくんはラヴラヴだったんだー」

 

いつも通りのペースで俺とシャルルを交互に見る布仏はそんな事を言う。こら、そのラヴラヴって言うの止めなさい! 君の場合は無邪気過ぎるから余計に怒り辛いんだから!

 

「ああもう、シャルルからも何か言えよ」

 

俺だけじゃなくて、シャルル的にもあまり良い話ではないだろう。男同士で、という話なら冗談で済むが、シャルルは女の子だ。好きでもない男と好いた惚れたで騒がれても嬉しいわけがない。だからシャルルからも何か反論が飛ぶと俺は期待していた。いたんだが・・・

 

「・・・・・・」

 

何故だ! なんでお前は顔を真っ赤にして黙っているんだ! 騒がれて恥ずかしいのはわかるけれども、今反論しなければ後々後悔しても遅いぞ! 油断一瞬怪我一生、過ぎたるは及ばざるが如しだぞ!

 

「違うってのに・・・どうすれば」

 

「皆さん。本人達にその意識がないのに騒ぎ立てるのは失礼ではないでしょうか」

 

大きめの声が食堂に響き渡り、女子達のざわめきがシンッと静まり返る。天を仰ぎたくもなる様な状態で嘆いていると、前に座っていた青嶋が急に椅子から立ち上がっていた。

 

「そう言う事は、ちゃんと本人の確証を取ってからするべきだと思います」

 

そう言うと青嶋は再び椅子に腰を下ろし、少しばかりの沈黙が下りた後、さっきまでとは違う朝の食堂のざわめきが戻って来た。それを見た俺は小さくため息を吐いて、青嶋に頭を下げた。

 

「・・・ありがとう、青嶋。助かったよ」

 

「いえそんな・・・ただ黒瀬さんが困っていたみたいなので、ちょっと出しゃばっちゃいました」

 

そう照れたように笑いを浮かべる青嶋。案外、行動力があるんだなこの娘。普段はあまり主張とかしない娘だったから今のはちょっと・・・いや、かなりびっくりしたぞ。

 

「デュノア君もちゃんと否定しなくちゃ、私達女子はその手の話は敏感なんだから」

 

「そ、そうだね・・・今後は気を付けるよ」

 

俺と同じ様にシャルルも恐縮したように頷く。青嶋ってこんな女の子だったんだな、二カ月位同じクラスだったのに気付かなかった。

 

「本当に助かった、ありがとうな」

 

「お礼なんていいですよ、それにこれ以上黒瀬さんの悩みを増やしたくなかっただけで――」

 

「俺の悩み?」

 

青嶋の言葉に俺は首をかしげる。はて、俺が悩んでいたなんて青嶋に言っただろうか? 少なくとも俺の記憶ではラウラの事もシャルルの事も話した覚えはないんだが・・・

 

「はい、なんだか難しい顔をしていたから・・・何か悩みでもあるのかなって」

 

・・・つまり顔に出ていたか。あんまりそういう風にはしない様に心がけているんだが、千冬さんにもよく心読まれるし、やっぱりわかりやすいのだろうか、俺って。

 

「・・・青嶋さんは零司の事を良く見ているんだね」

 

そして何やら不機嫌そうにジト目でこちらを見て来るシャルル。なんだね、その眼は。俺が何かしたかね。

 

「なあ、零司。悩みが在るなら相談に乗るぜ?」

 

「黙れ、裏切り者」

 

「・・・手痛いな、結構」

 

ズイッと身を乗り出してきた一夏へと冷静な言葉でピシャリと閉める。しばらくはお前とは敵対する事になるぞ、一夏。

 

「悩みってもしかして、ボーデヴィッヒさんの事?」

 

「・・・・」

 

シャルルのセリフに一夏を睨むのを止めて、俺は黙って頷いた。そして当たり障りのない言葉で置かれている状況を説明していく。

 

「ちょっと昔の知り合いでね。久しぶりに会ったんだけど、どうも考えが食い違ってさ。喧嘩・・・じゃないけど、膠着状態になっちゃってな。さてはて、どうしたもんかって考えていたんだ」

 

「・・・あの時にどうしてあんな状況になったのか、少し納得がいきました」

 

篠ノ之の言う通り、昨日の昼の出来事、いきなり発砲してきたラウラを止めた時の現状を知っている人間なら俺とラウラが旧知である事はわかるのだろう。そして俺とラウラの仲が今は良好ではないという事も。

 

「くろりーさん、なんだか寂しそうだね」

 

「寂しい・・・とは違うと思うが、話は付けたいかな」

 

心配そうに言う布仏に向けて苦笑を浮かべる。寂しい・・・のかね、良く分からん。ただ弟子みたいなものだったからな、俺にとってのラウラは。

 

「だったら・・・ちゃんと話してみるべきだよ、零司」

 

「シャルル・・・」

 

「言葉にしないと、伝わらないことだっていっぱいあるよ」

 

そう言うシャルルの瞳には強い意志が宿っていた。それはおそらく、自分の事と重ねているのだろう。もし昨晩、言葉にせずに全てを終えていたら、シャルルはこの場所にいなかったのかもしれない。言葉にしたから、彼女はこの場所で、こうやって新しい朝を迎えているのだ。言葉には力がある。人の心を動かす力が、ある。だってシャルルを救ったのは、紛れもなく俺と彼女の言葉なのだから。

 

「だから・・・ね?」

 

「そう・・・だな」

 

悩むよりも行動、予測もなしに動くって言うのはあまり得意ではないんだが・・・たまにこういうのも良いだろう。そう、まさに昨日の晩の様に・・・

 

「そうと決まれば、何話すか考えておかなきゃな」

 

笑い、俺は席を立つ。そんな俺を見て、一夏は言った。

 

「また先に行くのか? もう少しゆっくりしても――」

 

「お前、時計も読めないのか?」

 

そう言うと一夏は首を動かして自分の後ろの壁に掛けられた時計を見る。そしてそこに記載された時刻を確認して、見る見る顔が青ざめて行く。そして―――

 

キーンコーンカーンコーン

 

予鈴が、なった。

 

「うわっ、マジかよっ! 皆急げ・・・ってぇ!?」

 

一夏に急かされる必要もなく、他の女子四名(一名男装)は立ち上がり、俺と共に走り出す。予鈴は鳴ったが、ここから今すぐ走れば間に合わなくもない。そう、今すぐ走れば。

 

「お、置いてくなよっ!」

 

「ごめんなさい、織斑君」

 

「教室で会おうねー、おりむー」

 

「お先に失礼するよ、一夏」

 

「私はまだ死にたくない」

 

「ていうか、死んでしまえ」

 

「ちょっと待て! 最後の! そんなに俺が嫌いか、零司っ!」

 

後ろから追おうとする一夏から距離を離す形で始まった猛ダッシュ、おそらくそれぞれが遅刻の事で頭がいっぱいだったであろう。だが俺は違っていた。違う感情を、抱いていた。

 

(ちゃんと話して・・・決着させなきゃな)

 

そんな一つの決意を胸に、俺は自分の教室へと全力疾走するのだった。

 

EP21 End

 

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