IS もう一つの翼   作:緋星

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EP22 すれ違い

Side ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

朝、過去の夢から目覚めた後、私はいつもと変わらない時間に食堂に行くと朝食を取り、その足で教室へと向かう。廊下を歩くと、他の生徒達が忌避の視線をこちらに向けながら避けて行く。だからと言って何かが気になるわけでもなく、私はまっすぐに目的地の教室へと進んで行く。

 

「ほら、あの娘だって・・・」

 

「ああ、この前アリーナで問題を起こしたって娘でしょ?」

 

「なんだかクラスでも入学早々、あの織斑君を引っ叩こうとしたとか」

 

「ええっ!? それって本当だったんだ・・・」

 

周囲の女子達の言葉が耳に届く・・・正直、耳障りだ。どうしてこう、ここにいる者達は噂を呟かなければ気が済まないのだろうか。情報戦をしているでもあるまいし・・・理解不能だ。大体、恐怖を抱いているなら何故私の前に出て来る。隅に隠れ、怯えていればいいものを・・・恐怖よりも興味の方が勝っているのだろうか。

 

そんな状況のこの場所に呆れを抱くと共に、この場所に自分がいなければならない事が全くもって腹立たしかった。私は本来、こんな場所にいるべきではない。軍人として、祖国ドイツの為に部隊と共に訓練を行われなければならない。

 

そしてそれは私だけではない。あの人だってそうだろう。

 

黒瀬零司、あの人もこんな場所にいるべき人間ではない。あの人は我らドイツ軍でこそ、その能力を十二分に発揮できる。それは彼の過去の戦歴を見れば、誰だってわかる。今の状況を見ればドイツ軍の人間、十人に十人が彼の帰還を望むだろう。

 

しかし、彼はそれを望まなかった。私の前で、ハッキリと帰還する事を否定した。そしてこう言った。

 

――自分はこの場所に望んで・・・自分の意志で居るんだ、と・・・

 

ガララッ・・・

 

「・・・・」

 

教室へと入ると、先に廊下で感じていたものと同じ視線を再び感じながらも自分の席へと付く。窓際の後部、丁度教室全体を見渡せる様な場所。そこから、私は彼の席へと視線を向ける。

 

私には・・・彼の言葉が理解できない。彼は戦士だった。勇敢で、有望な。手に入る栄光もあっただろう。誰もが彼を英雄として認めただろう。だが、彼は去った。全てを捨てて、こんな場所にいる。この場所に何が在るというのだ。過去を切り捨ててまで、この場所には彼が望むものがあるというのか。

 

わからない・・・考えても、答えが出ない。あの人がこの場所に何を求めているのか、理解が出来ない。

 

「私では・・・駄目だと言うのか」

 

呟いて、その言葉を頭の中から消し去る。弱気になるとは、私らしくもない。一度否定されたから、どうしたというのだ。その程度で引いてしまうほど、軟な精神では軍人などやってはいられない。

 

私は彼を連れて帰る。その為にはどのような方法でも労するつもりでいる。ならば、躊躇いも足踏みを必要ない。ただ目標に向けて動く、ただそれだけだ。

 

「よし、到着・・・っと」

 

「はぁ・・・はぁ・・・ま、間に会いましたね」

 

「そうだね・・・でも本当に一夏を置いて来てもよかったのかな」

 

「誰のHRか知っているのにあんなに遅くしているのが悪い・・・自業自得だ」

 

勢いよく教室のドアが開かれ、彼が友人であると思われる三人の女子と共に教室に現れた。そんな彼が浮かべる笑顔は二年前に見た笑顔と同じもので、私の胸の奥で懐かしさを湧き出させていた。

 

(あなたを連れて帰ります・・・絶対に)

 

懐かしさを覚悟へと変え、想いに新たなる火を継ぎ足すと私はただ黙って彼を見詰めているのだった。

 

Side off

 

 

 

「つまり、コア・ネットワークを使用したコア自身の自己進化に関して・・・」

 

千冬さんのHRが終わって、早くも授業は四時間目。テキパキと授業を進めて行く山田先生をしり目に俺は朝に食堂で宣言した通りにラウラとの話し合いをする為にその内容を考えて、そして悩んでいた。

 

(・・・話し合うって言ってもなぁ・・・)

 

朝にあんな事を言ったが・・・実際、何から話し合うべきであろうか。あいつはおそらく、口を開けば俺をドイツへと送り帰す事しか言ってこないだろう。下手をすると取り付く暇もない。そんな相手にどう話していいものやら。

 

(あの時、結構ハッキリと言っちゃったからな・・・)

 

あの時というのは、数日前に裏庭に呼び出された時の事だ。「話すだけ無駄」とか「お前は帰れ」とか結構キツイ感じでものを言ってしまった。それなのに話し合うって言ったところで今更なぁ・・・

 

(大体、あいつは強情なんだよ・・・今更、俺が帰ったってどうにもならんだろうに)

 

そう、今更俺がドイツへと帰ったところであっちの政府だって扱いに困るだろう。何せ俺は十数年の間、ドイツ政府側が技術独占を目的にひたむきに隠してきた機密存在。下手に俺との関わりが復帰したなんて事になったら、他の国からなんて言われるかわかったものではない。

 

(しかも俺の過去が明らかになれば、酷い目を被るのはドイツ政府だけじゃないのに・・・)

 

政府側はなんで止めないのだろうかと考えたが・・・ラウラの事だ、おそらく俺が日本でIS搭乗者として復帰した事を訊きつけるなり、部隊の人間も置いて独断単独でこの学園に来たのだろう。でなければ、ラウラの部下達はこんな隊長を放っておく事はしない。全く、そこまでして俺を軍属に引き戻したいのかね。

 

(・・・まあ、それはいい。それよりも今はラウラをどう説得するか、だ)

 

ともかく今回の目的はラウラとしっかり話し合い、俺がこの場所にいる事を納得してもらうという事だ。そしてここで再び話を振り出しに戻るわけで・・・一体何を喋ったらいいのだろう。

 

(・・・そういえばラウラに出会ったばかりの時も何を話すかで迷ったりしたっけな)

 

ふと、そんな事を思い出した。出会ったばかりのラウラは外からの接触を極端に拒んでいた。他人はもちろん、上司も仲間も・・・まさに自分の殻に閉じこもる様にして、何も見ず、何も語らず・・・そんな少女だった。

 

(だけど、なんだかんだでアイツとはよく話す様になったんだよな)

 

だが俺にはラウラをそのまま放っておく事などできなかった。出来損ない・・・まるで人間とは思えない、そんな扱いをされている彼女を見捨てられなかった。単なる同情か・・・いや、俺は多分ラウラに自分を重ねていたのかもしれない。

 

あの施設にいたら、自分もこうなっていたかもしれない。

 

だから、俺は救いたかったのかもしれない。俺の憧れた・・・あの人の様に。

 

『授業も訊かずに悩み事か?』

 

そう、この声の人物の様に・・・って――

 

『ち、千冬さん?』

 

いきなりのプライベートチャンネルを訊いて、俺は驚き戸惑いながら目立たない様に小さく辺りを見渡す。すると教室の扉の向こう側に黒いスーツを着た肩が見えた。

 

『こんなところで何をやっているんですか』

 

『何、校舎内を見回っていたらずいぶんと集中力のない生徒がいたのでな』

 

・・・確かにさっきから山田先生の説明は一つも訊いてない為に反論できない。

 

『どうせ、ボーデヴィッヒの事だろう?』

 

『・・・・・』

 

まるで俺の考えが読めるのであるかのように、千冬さんはさも当然の様に言い当てる。その言葉に俺は肯定する様に少し黙ると、ため息交じりに口を開く。

 

『・・・やっぱり、わかりますか?』

 

『お前が現状で悩む事と言ったら、それくらいだろう・・・大方、ボーデヴィッヒとの寄りを戻したいとでも考えていたのだろう?』

 

『寄りを戻すって、彼氏彼女じゃあるまいし・・・』

 

ちょっとした冗談を交えて来る千冬さんに小さく反論して、その後に少し間を開けてから続ける。

 

『でも・・・仲直りしたいっていうのは本当ですよ』

 

仲直りというか・・・俺がこの場所にいる事を理解してもらいたいってだけなんだが・・・まあ、仲が直ればこっちの話にも耳を傾けてくれるだろうから・・・いいか。

 

『お前がドイツに戻れば、昔みたいによく躾けられた犬の様に後ろからついてくるんじゃないのか?』

 

『戻れるわけ・・・ないじゃないですか』

 

『まあ、それもそうだな・・・私もお前をドイツへと戻す事に関しては反対だ』

 

きっぱりと言い放つ千冬さん。どうやら千冬さんも俺をドイツに戻すという事の重大さを良く理解している様だった。それはそうだ、俺は今のドイツ政府にとってはいつ爆発するかもわからない爆弾の様なものなのだから。

 

『だから、どうしたらラウラと険悪な関係から元に戻れるのかなって考えているんです』

 

『ドイツに戻らない様にか・・・』

 

そして考えは再び振り出し。午前中の授業の間、何度このループを繰り返した事か・・・一向に答えが出ない状況にやきもきしながら頭を掻く。

 

『悩む事なんてない、お前が思っている事を言ってやればいいじゃないか』

 

『・・・え?』

 

いきなり告げられた言葉を聞いて、虚を突かれた様に俺は頭を掻く手を止める。そんな俺にドア越しに背を向けながら千冬さんは続ける。

 

『どうせあの裏庭以来、ろくに会話なんてものもしてないんだろう?』

 

『・・・はい』

 

『だったら、お互いの考えをぶつけるいい機会だ。腹の内を割って話し合え』

 

ずいぶんと大雑把なアドバイスに俺は一瞬、言葉を失う。だが、それが至極真っ当な正論であり、結果的にはそうやるしか他に無いという事を悟り、そしてラウラという少女にとって一番有効な手段だと思った。

 

『下手に小細工して、本音を言えない様では・・・それこそ文字通り、話にならないからな』

 

『そうですよね・・・』

 

『お前は昔から身内の事になるとちょっと考え過ぎる癖がある。だからこんな単純な事にも気付けなくなるんだ』

 

『ははは・・・』

 

まったく、耳に痛い。そうだよな、自分の考えもぶつけないで迷っていても仕方がない。それにラウラは目的を言っているのに、俺だけそれを濁すなんてフェアじゃない。朝、シャルルに言われたばっかりじゃないか。

 

――言葉にしなければ、伝わらない事もある。

 

『ありがとう、千冬さん』

 

『相変わらず手のかかる弟子だよ、お前は・・・いつまでも私がお前を支援すると思うなよ?』

 

『はい、重々承知しましたよ・・・師匠』

 

俺がそう返すと千冬さんはプライベートチャンネルを切った。ドアの方へと視線をやると、そこにはすでに千冬さんの気配はない。そして通話を終えたのと入れ替わる様に授業終了のチャイムが校内に鳴り響く。

 

「はい、今日の授業はここまでです。ここは次の試験に出しますから、しっかりと復習しておく様に」

 

そう言い残すと山田先生は教室から出て行くと、隣の席に座るシャルルがこちらに声をかけて来る。

 

「ボーデヴィッヒさんの事、考えはまとまった?」

 

「ああ・・・っていうか、俺がそんなに考え込んでいたってわかったのか?」

 

「そりゃあね。だって零司、全然授業訊いてなかったみたいだし・・・ずっと難しそうな顔をしていたからね」

 

「なるほどね・・・まいったな、こりゃ」

 

クスッと笑うシャルルにつられて、俺も小さく笑ってしまう。いかんな、本気で少し感情が顔に出るのを気にした方がいいのかもしれない。ISの試合でも普通に不利になる。

 

「で、どうするの?」

 

「ああ、やっぱり面と向かって話し合うよ。本音を言わなきゃ、あっちだって理解できないだろうからな」

 

「そっか・・・」

 

おそらく、この答えに行き着くのをある程度予想していたのだろう。俺の答えを訊いて、シャルルは二つ返事をしてから小さく頷くと言った。

 

「どんな事を話すとかは決めたの?」

 

「いや、ぶっつけ本番。そっちの方が素直に話せそうだ・・・ま、どんな返事が帰ってくるかはわからんけどね」

 

口ではこう言っているが、十中八九で俺の言葉はラウラの中で否定されるだろう。だが、それでも俺は止める気はない。否定するならすればいい、だが俺の意識はそれが本音なんだ。

 

「なるほど・・、ちょっと惜しい気もするけど、今日の昼食は一緒じゃない方がいいね」

 

「ん? なんでだ?」

 

「零司、シャルルも飯行こうぜ」

 

俺とシャルルの会話を割って、一夏が俺に声をかけてきた。俺はそれに対して、返事を返そうと席から腰を上げる。

 

「おう、じゃあ―――」

 

「駄目だよ、一夏。零司は先客があるから」

 

――が、俺が何か言う前にシャルルはそう言い、一夏の背中を押して教室のドアまで押しやって行く。

 

「あ、おいシャルル!?」

 

「いいからいいから、昼食なら僕が相手なるよ」

 

「いや、わかったからそんなに押すなって!」

 

状況が良く分かっていない一夏の言葉を聞き流し、シャルルは一夏を教室の外へと押しながらこちらを向くと口パクで

 

―――頑張って

 

と俺に告げ、小さくウィンクをして教室から出て行った。なるほど、この昼休み中に話して来いって事か・・・

 

「・・・ありがとう(メルシー)、シャルル」

 

親切な友人の気遣いに素直な礼を述べ、俺は小さな決意を心に秘めながら教室を後にした。向かうは食堂、ターゲットはラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

 

 

 

「こんにちは、黒瀬さん。学年末トーナメント、楽しみにしてますよ」

 

「あ、黒瀬さんだ。今度新聞部のインタビュー受けて欲しいんですけど、月末の学年トーナメントについての意気込みなどを」

 

「黒瀬さん黒瀬さん!朝のデュノア君との件ですけど、どれくらい関係が――」

 

「あー、わかったわかった。あとで取材でもインタビューでも答えるから、とにかく通してくれ」

 

教室から食堂へと直行し、とりあえず食事を確保してからにしようと思って食券を買っていると、何故か大量の女子達に行く手を阻まれた。おそらく今月末にあるトーナメントが近付いている事と今年はそこに男子が参加すると言う事で、例年よりも盛り上がっているのだろう。

 

「はー、こんなことなら生贄に一夏でも連れて来るんだったな」

 

向かってくる女子の波をかき分け、ぼやきながら列に並ぶと辺りを見渡してラウラを探す。すると、食堂にいる女子達が俺の近くに出て来ている所為で案外早めに見つける事が出来た。ラウラは食堂の給仕係のおばちゃんからお盆を貰っていた。

 

「おはちください」

 

「おはち?・・・ああ、お箸ね」

 

「はい、それです」

 

親切なお姉さんに箸を手渡して貰うラウラ。この光景を見て、俺に一つ疑問が浮き上がる。ラウラよ、お前は箸使えるのか? 少なくともお前が箸を使っているところを見た事がないんだが・・・

 

ヒョイ・・・ポロッ

 

「・・・・・む」

 

ヒョイ・・・ポロッ

 

「・・・くっ・・・」

 

ヒョイ・・・ポロッ

 

「・・・・むむむ」

 

近場の席に着き、箸を持って里芋の煮物に手を伸ばす。だが突っつき、コロコロと転がすだけでなかなか取る事が出来ない。良く見ると・・・いや、普通に箸の持ち方自体が少し危うい。何故、箸を選択した。

 

「何をやっているんだ、あいつは・・・すいません、スプーン一つ」

 

煮物に苦戦を強いられているラウラを見かねて、和定食なのにスプーンを受け取ると俺は取り巻く女子達に「静かに食事したいから」と言って離れてもらい、そのままラウラの元へと進んで行く。

 

「・・・ぐぬぬぬ・・・・」

 

「・・・ラウラ」

 

声をかけると、ラウラはハッとなって顔を上げる。そんな彼女に俺は一言だけ言った。

 

「スプーン・・・使え」

 

「ヤ、ヤーッ!」

 

ちょっとした痴態を見られてしまった事の恥ずかしさを誤魔化す為なのか、立ち上がってがっつり敬礼され、それに対して俺は額を覆ってため息を吐いた。なんだか初っ端から出鼻をくじかれたな・・・だけど、おかげで少しあった緊張の糸が完全に切れた。思ったより崩して話ができそうだ。

 

「立つな、敬礼するな、静かにしろ・・・ここは軍じゃない」

 

「りょ、了解しました」

 

ラウラは素直に俺からスプーンを受け取ると、静かに座り直した。それと向かい合わせになる様に俺も椅子に座る。余談ではあるが、奇遇にも俺とラウラの頼んだ定食は同じものだった。

 

「よう、ラウラ」

 

「ハッ、少佐」

 

「だから敬礼は止せよ、そんな堅苦しく構えるな。ここでは一人の学生だ、俺もお前も」

 

「しかし・・・」

 

「駄目か?」

 

「・・・い、いえ」

 

俺の懇願を秘めた言葉を訊いてか、ラウラは頷きながらも少し納得できない様な顔をしていたが小さく頷いた。そんな彼女を見ながら、俺は話を始めた。

 

「そんなに俺がこの学園にいる事が納得できないのか?」

 

「当り前です。あなたは勇敢な戦士であるべき人なのに・・・こんなところで腐っているべきではないはず」

 

「なあ、ラウラ」

 

全くといっていいほど他者の視線など気にしない、清々しいくらいにハッキリとした物言いに俺は小さくため息をついた後、ラウラの言葉に対して俺の思っていた事を口走る。

 

「以前・・・と言っても二年前くらいになるけどさ。俺はそんなに勇敢な戦士じゃなかったぞ」

 

「それは謙遜です。あなたほどの戦果をあれだけの短期間で上げた者など・・・あなたは英雄と讃えられるべき人物です」

 

ハキハキと言うラウラから尊敬の念がヒシヒシと感じられる様な、そんな力強いセリフだった。だが俺は瞼を閉じて、ラウラの言葉を否定した。

 

「俺は英雄じゃないよ・・・今までも、そしてこれからも」

 

俺は自嘲気味に笑む。英雄、その言葉を訊く度に胸の奥底が締め付けられ、それと同時に軽い憤りを覚える。戦いは醜く、それでいて恐ろしい。英雄とはその戦闘を肯定し、他の物までも戦闘に駆り立てる。そんな存在で居たくはない。

 

「所詮、俺は孤独に耐えられなくて、あの場所から逃げ出した臆病者だ」

 

「そんなことありません!」

 

ガタッとラウラは椅子から立ち上がり、声を荒げる。

 

「あなたは臆病者だなどと・・・そんなわけが――!」

 

「ラウラ」

 

ラウラの言葉を遮ると、周囲に目を向ける。何事かとこちらを見ている女子はいたが、どうやら何の話をしているかまでは聞こえていない様だ。そして俺が何を気にしているのかを悟ったのだろう。ラウラも大人しく腰を下ろす。

 

「お前は信じたくないだろう。だけどな、もうあの場所に戻らずに済むと思うと・・・正直、ホッとするんだよ」

 

「・・・・・・」

 

「ここは確かにISの置かれた場所だ。だけど、ここからは俺が引き金を引く度に感じる血と硝煙の匂いも悲鳴と警報の音も・・・無い」

 

ああ、なんだろう。語りながら頭の中で映像が巻き起こる。醜く、這いながらも生き残ろうとした、あの時の記憶。ただ目の前に存在する敵に向かって、引き金を引き続けてきたあの戦場。

 

―――ズキンッ

 

頭が・・・痛い。鋭い痛みが脳を電流の様に駆ける。駄目だ、こんな事を考えているとまた疾患に引っかかる。そんな粘着質の記憶を振り払う様に息を吐き出し、水を飲むと話を続ける。

 

「では・・・」

 

「うん?」

 

「では、あなたはこの状況にいて・・・本気で満足しているのですか?」

 

先ほどと打って変って、何処か弱々しくさえ思える、そんな絞り出す様な声でラウラは俺に問いかける。そんなラウラに、俺は迷わず答えた。

 

「ああ、そうだよ」

 

「・・・・ッ!!」

 

俺の本心を訊いて、ラウラは悔しそうに歯を食いしばる。そんな彼女に俺は続けて語りかける。

 

「お前もどうせここにいるなら、楽しめよ」

 

「・・・私は軍人です」

 

「戦争するだけが軍人じゃないだろ」

 

「私にはっ!・・・・あなたの事がわからない」

 

先ほどの事もあってか、荒げそうになる声を押さえるとラウラは俯き、顔を伏せる。

 

「あなたがどうしてこんなところで満足しているのかも、あなたが何故そんなに自分を臆病者だと言うのかも・・・・私にはわかりません」

 

「・・・そうか」

 

ラウラの答えに短く答え、沈黙が下りる。ガヤガヤとざわつく食堂の中で、この机だけがまるで違う場所にあるかの様に思えるほど言葉もなく、ただ静まり返っていた。

 

「・・・やはり私には納得できません」

 

そして沈黙を破ったのは、ラウラだった。それは俺の考えを了承しない、ある種の決別の言葉だった。

 

「納得できないか・・・・だったら、どうする?」

 

「私は私のやり方で、あなたをドイツへと連れ戻します」

 

「もしそれを俺が許さないと言ったら?」

 

「私は・・・あなたと戦います」

 

ラウラはそう言うと、椅子から腰を上げて食堂から出て行った。大体、予想通りの受け答えに俺はため息を吐いた。やっぱり駄目か、そう簡単に納得してくれないと思っていたけが・・・やっぱりちょっとへこむな。

 

「俺は・・・お前にも楽しんでもらいたいだけなんだがな」

 

・・・いや、これも俺の自論を叩き付けているだけか。なんだ、ラウラと対して変わらないじゃないか、俺も。

 

「失敗しちゃったみたいだね」

 

声が聞こえたので、後ろを振り向く。そこには一夏と篠ノ之、それに青嶋と布仏を連れたシャルルの姿が合った。俺はそんな彼女に向かって肩を竦める。

 

「まあ、十中八九無理だとは思っていたけどね」

 

「くろりーさん、だいじょーぶ?」

 

「大丈夫大丈夫」

 

隣に来た布仏の頭をポンポンと軽く叩く。良く見ると、シャルル以外の四人は心配そうな顔をしていた。

 

「黒瀬さん・・・・」

 

「零司・・・・」

 

「ああもう皆、そんな顔するなって・・・ほら、座れよ」

 

居心地悪さ半分、心配してくれる嬉しさ半分で苦笑を浮かべながら皆の椅子を引いてやる。そしてその椅子に座る中でシャルルが口を開いた。

 

「でも・・・なんだかボーデヴィッヒさんも辛そうだったね」

 

「そうですね・・・ボーデヴィッヒさんも本当は黒瀬さんと喧嘩なんてしたくないんですよ、きっと」

 

「確かに、望んで喰ってかかっている様には見えないな」

 

シャルルの意見に同意した、残念そうに肩を落とす青嶋と考え込むように唸る篠ノ之。そんな雰囲気を感じてか、一夏が身を乗り出して俺に訊いてくる。

 

「なあ零司、俺に手伝える事とかないか?」

 

「そ、そうですよ。私にも何か手伝えませんか?」

 

「私も、黒瀬さんには借りがあります。何かないですか?」

 

「くろりーさん、私もお手伝いするよー」

 

「手伝いって言ったってな・・・」

 

こちらに言い寄ってくる皆に対して俺は苦笑を返す。一夏や皆の申し出は素直に嬉しかった。出来るなら力を借りたいと思う。だけど・・・これは奏にも言った事なんだが・・・

 

「・・・止めておくよ」

 

これは俺とラウラの問題で、俺がしっかりと向き合わなくちゃならない事だ。だから誰かの手を借りて・・・なんて事で済ませてはいけない。そんな気がするんだ。

 

「な、なんでだよ。俺だって零司の役に立ちたいぞ」

 

「私じゃ駄目でしょうか・・・」

 

「せ、せめて恩を返すくらいの事は出来るはずです!」

 

「でも私、くろりーさんが心配だよ」

 

「いや、申し出は凄く嬉しいんだがな」

 

いかんな、こうも食いついて来るとは思わなんだ。皆本気で俺とラウラの関係を心配してくれている証拠なのだろうが・・・う~む、何か的確な言葉で断る事はできんのだろうか・・・ああ、良心の呵責が起きそう。

 

「まあまあ、四人共落ち着いて・・・そんな風に詰め寄っても、零司が困るだけだよ」

 

「う・・・」

 

「・・・それもそうですね」

 

「・・・口惜しいが」

 

「うーん・・・そうだね」

 

そんな事を考えているとシャルルが一夏達と俺の間に入ってくれた。俺は小さく胸をなで下ろした。助かった、心から心配してくれている友人の好意を蹴るほど心苦しい物はないからな。

 

「僕達は静かに零司を応援して上げよう。これは零司の大切な事なんだから」

 

「シャルル・・・」

 

「きっと大丈夫だよ、零司。ボーデヴィッヒさんならちゃんと仲直りできる・・・僕は信じているから」

 

木漏れ日の様な温かな、そして優しい笑顔を浮かべてシャルルはそう言った。

 

昔の様に戻れるか、それはまだ分からない。もしかしたら、今後起こる事によって完全に決別してしまうかもしれない。

 

だけど、不思議とそうは思えなかった。それはおそらく・・・

 

「俺も・・・そう信じてるよ」

 

そう思わせてくれる・・・信じさせてくれるものが・・・・そこにあるからと思う。

 

 

 

 

Side ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

「・・・・黒瀬少佐」

 

食堂を出た私はその足で裏庭に来ていた。学園の構造、そして通る人通りまでも計算して、もっとも人が来ない場所。そして私が彼を呼び出した場所であり、私が彼に否定された場所。

 

「・・・どうしてっ!」

 

近くの木に拳を打ち付け、強い憤りとそれ以上に感じる悲しみに無意識に声が漏れる。彼は戦士だった。誰も寄せ付けない、絶対の力を持った戦士。栄光栄華を謳歌するはずだった人。そして何よりも・・・

 

私を暗闇から救い出してくれた・・・私の恩人だ。

 

それなのに・・・それなのにどうして・・・・彼は自分を臆病者と蔑む。

 

「違う・・・あなたは・・・あなたはそんな人ではないっ!」

 

あの人が自分を語った時の顔を思い出し、心が痛んだ。自身に対する侮蔑が本物である事を私に悟らせるあの表情に。

 

―――違う、私はあなたにそんな顔をして欲しくない。

 

「私は・・・あなたに・・・」

 

思い起こされる、あの丘の情景。去って行く、後ろ姿。もう・・・失いたくない、側で・・・どうか側で・・・・

 

「・・・・絶対に」

 

感情に押し流されそうになるのを必死でこらえ、IS学園の校舎を睨む。彼は二年前の自分はもういないと言った。だが、私は信じない。私は絶対無比のあなたを信じている。あなたをこの呪縛から解き放って見せる。

 

「取り戻して見せる・・・」

 

 

Side off

 

EP22 End

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