食堂での出来事が在ってから数時間後、もうすぐ五時間目・・・つまり今日最後の授業が終わる。耳に聞こえるカリカリという筆記音。皆、この授業に集中して静かに黒板の内容をノートに書き写しているのだろう。そう言えば来月にテストが在るんだったな。
いくら一年の勉強が昔やってあるものだとしても、さすがにノートも取らず、話を聞かず、これではテストなどで影響が出るだろう。だが今の俺には他に考える事が在る。
(学年別トーナメントか・・・)
もう皆が散々騒いでいる学年末トーナメント、学園側と企業にとっても生徒にとっても今月最大のイベント。クラスの・・・否、学園全体の生徒達が騒ぎ立てているこのイベント。だが俺が悩んでいるのは皆が気にしている企業からの注目とか一夏との交際がどういう形になるのだろうとか、そんな事ではない。むしろそんな事で悩めた頃の方がずっと気が楽だったのだろう。
まあ、俺の置かれている状況を理解している人物が居るとすれば俺が何に悩んでいるかなんて事は一目見ればわかるだろう。
(・・・・ハァ)
心の内でため息を吐き、首を捻って窓際の列の最後尾付近にある自分の席に鎮座するラウラを横目で窺う。彼女もまた、俺と同じ様に考え込んでいるのか、難しい顔をしてノートを取っている様子は無い。全く、俺達二人揃って不真面目だな。
(自分の気持ちはちゃんと話した・・・結果がこの有様だよ)
食堂から走り去って行ったラウラは俺が教室に戻った時は自身の席についていた。てっきり今日の授業はもう出ないかな、なんて思っていたんだがそこら辺はしっかりしている。
(あいつは・・・俺と戦うって言っていたな・・・)
食堂から出て行こうとした時、ラウラは確かに俺にそう言った。戦う、それは一体どういう意味なのか。ラウラは一体、俺の何と戦うというのだろうか。
(一体何をするつもりなんだ?・・・・ラウラよ)
「随分と余裕じゃないか、黒瀬君」
バスッと頭に何かがぶつかった・・・いや、上から来たんだから叩かれたと考えるのが正しい。しかし、いつもの教員から受ける攻撃よりかは優しい一撃。俺は声が聞こえた方、つまり正面の黒板の方へと首を戻す。
「それとも私の授業はよほどつまらないのか?」
「イ、 イリア先生・・・」
五時間目の授業、一般教養化学の担当教員であるイリア先生は俺の目の前に立ち、俺の頭頂部に向けてチョップを繰り出していた様だ。しかしあれだな、千冬さんの出席簿チョップと比べるとへっぽこチンピラのパンチと日本ヘヴィ級チャンピオンのストレートくらいの違いを感じさせるな。要するに全く痛くない。
「すみません、ちょっと考え事していまして・・・」
「なるほど、意中のあの娘に熱い視線を送っているくらいだからなぁ」
俺の視線に気が付いていたのか、クツクツと笑いながらイリア先生がそう言う。するとクラスにどよめきが湧いた。
「い、意中の相手!? 黒瀬さんって好きな娘とかいたんだ・・・」
「なんだかクラスの皆の事は後輩みたいに考えてるんだと思ってた・・・」
「一体誰かな・・・気になる娘って」
「そりゃあ、デュノア君でしょ」
「薄い本ktkr!!」
騒ぎ出すと止まらないのがこの年代の女子。まるで山火事の様だな、広がり方が。あと最後の奴、お前とはいい加減決着をつけなくてはならない様だな。よし、今度校舎裏へ来たまえ。丁重に話し合いで決着を付けようではないか。
「いやはや、年頃の女子はこういう話に対して喰い付きが良いな」
「イリア先生、適当な事を言わんで下さいよ・・・彼女達だったら本気にしかねません」
「しかし、食堂で色々話していたじゃないか・・・私にはそう言う話で喧嘩していたのかと思っていたんだがな」
「どうしてそうなるんですか・・・」
俺にしか聞こえないくらいの小さな声で言ってくるイリア先生の言葉にゲンナリと返答しながら、俺は少し後悔していた。食堂なんて人目の多い場所で話していたらそりゃ人目に付くわな。他にも話しているのを聞かれていたってことだろう。迂闊だな、俺も。
「この前フラれたばかりで恐縮だがね・・・この時くらいは私だけを見ていて欲しいものだな」
ニヤリと笑いながら言うイリア先生。ねえ先生、ふざけて言うにはちょっとシャレにならないんじゃないですかね、そのセリフは。ほら、女子達のざわめきが一層大きくなっていますよ。
「そんなんだから千冬さんに怒られるんですよ・・・」
「まったく、君は何かにつけて織斑先生だな・・・別に嫌われているとは思ってないんだがな」
「いやぁ、良い比較対象・・・人のふり見て我がふり直せ、反面教師としていいんじゃないでしょうか」
「それはどっちに言っているんだい?」
「自分の胸に手を当てて良く考えてみてください」
キーンコーンカーンコーン
俺がため息を吐くと丁度授業終了のチャイムが鳴った。余談だが、何故これをチャイムと言うのだろうか。これはどう聞いても鐘の音、チャイムとはまた別物だと俺は思う。
「よし、じゃあこの時間はここまで。今日書いたところもしっかりテストに出すからそのつもりで・・・あと、君は放課後になったら私のところへ来なさい。いいね、黒瀬君?」
「了解しました」
「うむ、よろしい」
満足そうに頷くとイリア先生は教室から出て行ったのを見届けた後に机に突っ伏す。これにて今日の最後の授業は終了。ともあれ、今日も一日が無事に終わりそうだ。
「零司、お疲れ様」
そんな事を考えていると頭の上から声が降ってくる。それに応じる様に俺は頭を上げると、声の主であるシャルルに向かって苦笑しながら口を開く。
「ああ、疲れたよ・・・特にさっきのが効いた」
「イリア先生も妙な冗談を言うよね。ユニークな先生だとは思うけど」
「ユニークなのは、確かにそう思うよ」
そう言って俺は控えめに笑う。こうやってシャルルと話しているとなんだか癒される。おそらくだが他のメンバーよりも我が強くは無いというのが良いのかもしれない。控えめで、相手を優先する様な謙虚な心。素晴らしい、実に素晴らしいね。
「・・・どうしたの、零司。なんだかずいぶんと優しい顔になっているけど」
「目の前の癒し要素が在るからじゃないか?」
「えっと、それって僕・・・かな?」
「他に誰が居るんだ」
「そ、そうだよね・・・僕が癒しか、そっか・・・」
若干照れながらも嬉しそうにはにかむシャルル。本当にこういう表情をしている時のシャルルは女の子だよな。よくよく考えるとよくバレないものだ。ま、俺もわかんなかったんだけどさ。
「まあ、癒しも貰った事だし・・・何かご用かな、シャルル君?」
「あ、そ、そうだね・・・えっと、用事ってほどの事でも無いけどね」
俺が理由を尋ねると少し慌てた様子のシャルルは一息置いた後に再び口を開いた。
「もし放課後暇なら、お手合わせ願えないかな」
「手合わせって・・・ISでか?」
訊くと小さく頷くシャルルに俺は少し驚いていた。まさかシャルルからそんな申し出が来るとは思ってもみなかった。
「簡単な模擬戦でいいんだ・・・零司も身体動かした方が気を紛らわせるかなって思ったんだけど、どうかな?」
「ああ、別にかまわないぞ」
シャルルの提案を俺は了承した。確かにシャルルの言う通りかもしれない。少し身体を動かして、気分転換なんてのもいいだろう。
「ただイリア先生に呼ばれているから、ちょっとかかると思うが・・・それでもいいか?」
「うん、全然構わないよ」
了承してもらえたのが嬉しかったのか、再びパッと笑顔を浮かべるシャルル。なんだかそんな風に喜ばれるとこっちも少し嬉しくなってしまう。
「それにしても良く絡んでくるね、イリア先生」
肩をすくめて言うシャルルの言葉を聞き、俺は再び苦笑を浮かべた。
「そうだな・・・まあ、結構嫌いじゃないから良いんだけどさ」
「・・・え?」
「嫌いじゃないって言うか、結構好きかもな。話していて面白い。シャルルの言う通り、ユニークな先生だし」
まあ、未だに俺の何処が気に入っているのかはわからないのだが・・・なんだ、からかいやすいとかそんな理由じゃないだろうな。でもなんか前に妙に意味深な「お誘い」があったし・・・やっぱりからかわれてんのかな・・・うん?
「・・・どうした、シャルル」
「・・・別にどうもしてないよ」
ちょっとムッとして不機嫌な顔をするシャルル。なんだ? 急にシャルルの機嫌が悪くなった気がするんだが・・・さっきまであんな良い笑顔を浮かべていたのに・・・俺が何か言っただろうか。
「まあ、良いんじゃないのかな。零司が誰かを好きになるのは自由だしさ。それがイリア先生でも」
「いやいやシャルル、お前は一体何を言っているんだ?」
急に刺々しくなったシャルルに少し戸惑う。確かに俺が誰かを好きになるのは自由だろうけど、なんでイリア先生なんだよ。嫌だよ、あんな狡猾な狐みたいな人。いや、別に嫌いってわけじゃないんだけど・・・だけど教師を好きになるってのは色々と問題あるだろ、常識的に考えて。
「大体、俺が誰かを好きになるって事に関してなんでシャルルが怒るんだよ」
「そ、それは・・・」
「席に付け、SHRを始めるぞ」
教室の扉が開き、千冬さんが入って来た。お喋りしていた女子達が急いで自分の席に座り始める。それはシャルルも例外ではない。彼女も自分の席へと腰掛ける。ただ―――
「・・・零司の馬鹿」
――というセリフを残して。何故か馬鹿呼ばわり。ああ、わからん。何故怒っているのか、最近の十代女子の考えはわからん。
「・・・ハァ」
「目の前でそんなため息など吐くな、黒瀬。こっちの気まで滅入る」
「織斑先生」
「なんだ」
「やっぱり女心ってのはわからんです」
「知るか、馬鹿者」
千冬さんにばっさりと切られて出席簿チョップをくらうと、俺は再びため息を吐いた。うんやっぱり、こっちの方が痛い。
Side セシリア・オルコット 凰鈴音 ラウラ・ボーデヴィッヒ
時間は放課後、場所は第三アリーナのステージ内部。授業が終わり、今月の学年別トーナメントの為にアリーナ内は結構な人数が集まっていた。そんな内―――
「「あ」」
ISスーツを着た二人、セシリアと鈴はそれぞれ予想外の人物との遭遇に素っ頓狂な声を上げた。
「奇遇ね。あたしはこれから月末の学年別トーナメントに向けて特訓するんだけど」
「奇遇ですわね。私もまったく同じですわ」
不敵に笑みを浮かべる二人の視線の間には激しく火花が散る。この二人、件の一夏の話を聞いて、絶対に優勝しようと自身の鉢巻きを締めるかの如く、この第三アリーナにて再訓練を行おうと参上した様だった。
「丁度いい機会だし、この前の実習の事も含めてどっちが上かはっきりさせておくのも悪くないわね」
「あら、珍しく意見が一致しましたわ。どちらがより強くより優雅であるか、この場ではっきりとさせましょうじゃありませんか」
そう言うと二人はそれぞれのISを装着するとメインウェポンである『スターライトmkⅢ』と『双天牙月』を『展開』し、対峙する。
「制限時間でも決めておきましょうか? あまりに一方的な試合はつらいでしょうし」
「減らず口叩いている暇があったら、私に負けた時の言い訳でも考えていた方がいいわよ? どうせ勝つのは私だし」
挑発のセリフを吐きながら、双方が目の前の相手に意識を集中させる。故にまだ気付かない。息を殺し、相手の喉笛を切り裂かんとする、獰猛で猛り狂う牙を。
「では――」
それは先に動こうとしたセシリアを捉えていた。動こうとした彼女の初動に合わせる様にして号砲が大音響を上げて、撃ち出された。
「なっ・・・!?」
「セシリアッ!」
いきなりの事で驚愕もあったが、それ以上に正確すぎるタイミングの砲撃は完全にセシリアを捉えていた。回避も間に合わない。そう判断した鈴は即座に手に持っていた『双天牙月』投げ飛ばし、凶弾にぶつける。爆音がアリーナに鳴り響くと弾き飛ばされた青龍刀がセシリアを狙った射手の足元へと突き刺さった。
「あんたは――」
鈴とセシリアは揃って射手を睨み付ける。そこに佇むは漆黒の機体。アリーナの空気を瞬時に緊迫させる様な威圧感。ドイツ第三世代、機体名『シュヴァルツェア・レーゲン』、登録操縦者―――
「ラウラ・ボーデヴィッヒ・・・」
セシリアは苦々しげに強張る。欧州連合トライアル機体、彼女にとってはまさにライバルという立ち位置にある機体だ。だが、彼女にとってはそれ以上の感情をぶつける相手でもあった。
いや、それは鈴にとってもそうだった。何せ自分の想い人を殴ろうとした人物だ。それなりの憤りがあってしかるべき相手であろう。
「・・・どいうつもり? いきなりぶっ放すなんていい度胸してるじゃない」
『龍砲』を準戦闘状態にシフトしながら、ラウラを睨み付ける。しかしその様な視線を気に止める事もなく、ラウラは口を開く。
「中国の『甲龍』にイギリスの『ブルー・ティアーズ』。データで見た時はまだ強そうに思えたものだがな」
せせら笑いながら発せられる明らかな挑発の言葉にセシリアと鈴の両方が口元を引き攣らせる。
「へぇ? やるきなんだ? わざわざドイツくんだいりからやってきてボコられたいなんて大したマゾっぷりね。それともジャガイモ農場じゃそういうのがはやってんの? ま、嫌って言ってもボコるけど」
「あらあら鈴さん、そんな乱暴な言葉を使ってはいけませんわよ。こちらの方はどうしようもなく愚かで人語を解さないようですから、あまりいじめては可哀想ですわ」
こちらを見下す視線も相まって、滲み出す様な怒りをどうにか言葉にしてラウラへとぶつける。だが当のラウラにはその言葉の効力は薄い様だった。
「愚か者か・・・所詮は言葉でしか力を発せぬ愚か者はどちらだ? 機体の能力も引き出せず、量産機に敗退し、所属国の面汚しになっている事にも気付かないのか。いや、気付くだけの頭すらないのか・・・貴様らには」
ラウラのこの言葉を最後にブチンッ――と二人の堪忍袋の緒が切れた。即座に鈴とセシリアはそれぞれの武装の最終安全装置を外して、ラウラへと向ける。
「ああ、なるほど、了解、ご注文承りました・・・安心しなさい、完全にスクラップにしてやるから」
「手は抜きませんわ。穴だらけにして挙げましてよ」
「はっ! 二人がかりで来たらどうだ? 所詮貴様ら如き劣等種を束ねたところで薙ぎ払う事など造作もない。教官の弟というだけの下らない種馬を追い回すだけしかできないメス共に、負ける要素など無い」
その言葉がトドメとなった。自分への侮蔑も許せない、だがそれ以上に想い人を侮辱される事は一人の女として、許せる事ではなかった。もはや彼女達を止める理性という安全装置は完全に破綻してしまっていた。
「―――今なんて言った? あたしの耳には『どうぞ好きなだけ殴ってください』って聞こえたけど?」
「この場にいない人間を侮辱するとは欧州連合の候補生として恥ずかしい限りですわね・・・その口、二度と叩けぬようにここで叩いておきましょう」
怒りを完全にあらわにした二人。それを興味なしといった風に流し、足元に刺さった『双天牙月』を引き抜く。そして――
「御託はいい・・・とっとと来い」
「上等っ!」 「上等ですわっ!」
鈴に向かって投げ飛ばす。それを掴んだ鈴と射撃体勢に入るセシリアがラウラへと向かう。そんな中でラウラはただその二人を冷たい視線で捉えていた。
Side off
Side シャルル・デュノア
教室で零司と一旦別れた後、僕は校舎を出てすぐにある第三アリーナへと続く道を歩いていた。思っていたよりも人の通りは少なく、さっきから一人も学生とすれ違っていない。これならば、思いっきり模擬戦が出来るかもしれない。
「あ、デュノア君」
そう思っていると背後から声を掛けられた。振り返るとそこにはクラスメイトであり、友達でもある青嶋
「青嶋さんも第三アリーナに?」
「うん、今日は使用人数が少ないって訊いたから。学年別トーナメントも近いから、頑張らないと」
そう言って僕の隣に並ぶとそのまま歩き始める。青嶋さん、確か零司がクラスで最初に声をかけた女子だって言っていた。実際、とても話しやすくてすぐに友人になる事が出来、今では昼食も共にする仲となっていた。
「デュノア君もアリーナで実習?」
「うん、僕は零司と模擬戦でもしようかなって思って・・・でも零司はイリア先生に呼び出されちゃったらしいから一足先にね」
「え、黒瀬さんと一緒に?」
少し藍色に近い蒼髪を揺らして、少し焦った様な表情を浮かべた。どうかしたのだろうか・・・
「どうしたの?」
「あ、えっと・・・黒瀬さんと一緒の所で練習するなんて、ちょっと緊張しちゃうかなって」
誤魔化す様な笑いを混ぜて、青嶋さんは答えた。わからなくもない。僕も零司の相手が出来るのだろうかと、結構緊張してしまっている。何せ相手は公式発表されていないが、未だに軍事関係に情報が残るほどのIS操縦者だ。
「確かに零司は凄いからね。クラス代表を決める時の試合も凄かったって聞いたよ」
「そうなんですよね、代表候補生のセシリアと互角以上に戦っていたし・・・カッコ良かったな」
その現状を思い出しているのか、青嶋さんは少し惚けた様に斜め上を向いていた。ああ、なるほど・・・
「青嶋さんって、もしかして零司を?」
「え? 黒瀬さんが・・・なに?」
「いや、零司の事が好きなのかなって・・・」
「・・・・・・え?」
一瞬、僕の言葉を聞いて青嶋さんは固まった。そしてすぐに
「え、ええっ!?」
顔を瞬時に真っ赤にさせるとなんでわかったのかと言わんばかりの驚き様を見せる。やっぱりそうだ、青嶋さんは零司の事が好きなんだ。
「ち、違うよ! そ、そんなんじゃなくて・・・えっと・・・憧れっていうか――」
「大丈夫大丈夫、わかってるから・・・零司はカッコイイからね」
「だから違うってば~!」
アワアワとする青嶋さんを見て、クスリと笑みを零してしまう。だが、僕の内心はあまり良いものでもなかった。
なるほど、青嶋さんは零司を・・・クラスはもちろんのことながら学園全体で人気だって事は知っていたけど・・・そういえば今日の朝も零司の為に行動を起こしていたよね・・・ハァ・・・
「ハァ・・・」
「デュ、デュノア君?」
「・・・ごめん、なんでもないよ」
内心で出たため息がそのまま口から出ていた。まったく、零司はどうしてこうも女子の心を捉えちゃうのかな。しかもその割に本人には自覚がないんだよね・・・まあ、多分皆の事を「可愛い後輩」くらいにしか思っていないからなんだろうけど・・・僕の事もだろうけど・・・
「でも零司を振り向かせるのは難しいかもね」
「そ、それは・・・多分・・・って、違うって言っているのに」
焦った表情で批難してくる青嶋さんに僕は再び軽く笑って返す。そしてそうこうしている間にアリーナ入り口付近に到着した。すると――
「早く早く、こっちだって!」
「でも本当なの? 一年の代表候補生三人が模擬戦をやっているって!?」
「見ればわかるって!」
急に人の通りが激しくなる。しかし、代表候補生が三人で模擬戦なんて珍しい状況だ。
「代表候補生・・・誰だろう」
「代表候補生と言えば、セシリアが教室から早足に出て行ったけど・・・」
三人・・・もしセシリアがここに来ていたとして、相手は誰だ? 零司はあり得ない。教室から出る時にイリア先生に引っ張られて行ったのをこの目で確認している。そして一夏ってこともないだろう。失礼かもしれないけど、彼はまだセシリアと他の専用機持ちを相手にできるほどの腕前ではない。そしてそれはセシリアも重々に理解しているだろう。そして四組にいるという代表候補生とは模擬戦をする様な仲でもない。だとするとこの三人の組み合わせは・・・
「・・・行こう、青嶋さん」
「ええ・・・」
おそらく青嶋さんも僕と同じ様に考えたのか、さっきまでの表情は何処へやら、顔が強張っている。そんな青嶋さんと一緒に同じ様に駆けて行く女子生徒の間をすり抜けて行き、観客席へとたどり着く。
「やっぱり・・・」
「やっぱりってことは・・・あの三人が――」
ドゴォン!!
交戦する予想通りの組み合わせに声を漏らしたとほぼ同時に爆音が響き、ピットの中心部へと視線を向ける。立ち上る煙、その煙から抜け出す様に飛び出して来たのは二機のIS。イギリスの『ブルー・ティアーズ』と中国の『甲龍』。見ると双方の機体はかなりのダメージを受けている。攻撃により各部のアーマーは砕け、ところどころ完全に装甲が剥げている部分さえある。
そしてそんな二人に向かって、追撃の轟音が鳴る。それは僕の視線と煙を挟んでさらに奥から聞こえた。煙に穴を開けて、飛んできた砲弾はセシリアを捉え、ダメージによりスラスターの反応が悪いのか、回避が遅れた『ブルー・ティアーズ』の左のスカート部分を吹き飛ばした。
「きゃあっ!」
「まだ来るわ!」
砲撃で開けた穴から飛び出す様に煙を吹き飛ばして怯んだセシリアへと急接近してくる機影が一つ。ドイツの『シュヴァルツェア・レーゲン』。ラウラ・ボーデヴィッヒの駆る第三世代ISが容赦無く追撃していく。セシリア、鈴、ラウラ・・・三つの国の代表候補生が模擬戦とは思えないほどの真剣さで戦っていた。
「なんであの三人が・・・」
青嶋さんの疑問はセシリア達にはもちろん届く事もなく、戦闘は次へと展開していく。
「『インターセプター』!」
接近されたセシリアは左手に近接用レーザーブレードを『展開』し、『シュヴァルツェア・レーゲン』の右手首に装着されたプラズマ刃を防御する。しかしそれと同時に肩に搭載された三角形の形をした物が射出され、本体とそれを繋ぐワイヤーが左足に巻き付き、ピットの地面へと投げ飛ばす。
「くらえぇぇっ!」
地面に墜落した瞬間を狙おうとしたのか、ラウラが右肩に装着されたカノン砲をセシリアに向ける。だがそれを予測してか、鈴の『甲龍』の双肩に装着された球体が開かれる。第三世代型空間圧縮作用兵器・衝撃砲『龍砲』だ。最大出力まで稼働させれば、訓練機を鉄塊に変えるほどの威力を弾き出す事が出来る代物だと聞いている。いくら第三世代のアーマーとて、直撃すればただでは済まないのはわかる。
だが、目標とされているラウラはまるで回避に転じる様には見えない。しかし、意識が向いていないわけでもない。だとすると、避ける必要すらないというのだろうか。
「無駄だ――」
短い空気圧縮音の後、撃ち出される不可視の弾丸。強力な破壊力を持ったその弾丸はセシリアから離れたラウラに向けて発射されたが―――
「――この『シュヴァルツェア・レーゲン』の停止結界の前ではな」
そう言うラウラが『龍砲』の弾丸へと右手を向ける。するとまるで壁に激突した様に爆発を起こして消滅する。これは・・・
「『龍砲』が・・・デュノア君、今の」
「AICだ・・・」
この学園に来る前に、資料で見た事が在った。
「・・・・くっ」
「デュノア君!? 何処へ行くの!?」
「今から僕は二人の加勢に入る・・・青嶋さんは教員の誰か呼んで来て」
「ちょ、ちょっと・・・!」
何か言いたげだったが、僕は青嶋さんの言葉を聞かずにアリーナの待機所へと向かう。さすがにアリーナのシールドを破る様な武器は僕の『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』には搭載されていない。
もし手元にあったならば、破ってピットに乱入していたかもしれない。それくらいの焦りが僕の心の中にあった。普通の模擬戦ならば、二人がやられていてもここまで焦らないだろう。何かが違う。あの少女、ラウラ・ボーデヴィッヒは僕達とは違う。そして食堂での彼女の言葉―――
『私は・・・あなたと戦います』
「・・・急がなきゃ」
大きくなる胸騒ぎを感じながら、僕は走る速度を上げた。
Side off
Side ラウラ・ボーデヴィッヒ
「この程度か・・・」
私が最初に思った言葉を口にした。視界にいる二機の専用機、それぞれがイギリスと中国の技術力をつぎ込んで作られた第三世代。だが、同じ第三世代の専用機相手にここまで遅れを取るのか。
「くっ! まさかこうも相性が悪いなんて・・・!」
私のIS、『シュヴァルツェア・レーゲン』の第三世代兵器AICによって攻撃を防がれた中国の代表候補生が苦々しげに口走る。それを見届ける義理もない、私は接近し、両手首のブレードとワイヤーを利用し、接近戦へと持ち込む。左横薙ぎに振られる『双天牙月』を受け止め、空いている方のブレードを右肩の『龍砲』へと突き立てる。ジジジッというエネルギーが装甲を焼き切る音が鳴り、『龍砲』が大破。そして大破時の爆発でバランスを崩した『甲龍』の片足をワイヤーで巻き取る。
「そう何度もやらせるものですか!」
イギリスの代表候補生が『ブルー・ティアーズ』の撃墜されていない残ったビットを展開すると援護射撃を行い始める。だが遅い。
「理論値最大稼働の『ブルー・ティアーズ』ならまだしも・・・この程度で第三世代兵器だと? 笑わせてくれる」
射撃を予測とハイパーセンサーから伝えられる情報を元に正確に回避し、両手からAICを展開。視覚外攻撃をしてくるビットの動きを止める。
「動きが止まりましたわね!」
「貴様もな」
この時を待っていたと言わんばかりにこちらに向けられる『スターライトmkⅢ』の蒼い閃光のマズルフラッシュを見る前にカノン砲を構え、相殺させる為に撃ち出す。爆音が視界に広がった瞬間、ワイヤーに巻き付けていた『甲龍』を『ブルー・ティアーズ』へと振り子運動を利用してぶつける。
「きゃあああっ!」
「まず邪魔な小蠅を消すか」
吹き飛ばされるカノン砲にリロードされた特殊拡散砲弾を後方へと移動し、射程にビットを全て含めた状態で発射する。砲弾は撃ち出されて二秒とかからずに弾頭が開き、高密度を保ったままの無数のベアリング弾が二機のISと共に残った全てのビットを巻き込み、それぞれを破壊する。
「くっ!」
重なり合った状態でベアリング弾の雨にさらされ、防御に回っている二機。それを見て、私はスラスターを吹かし、『瞬間加速』による突撃を仕掛ける。
「このっ・・・舐めんなっ!」
接近戦闘を行う上で邪魔だと感じたのだろう、『甲龍』は『ブルー・ティアーズ』を押し出し、『双天牙月』の連結を解く。捌き切るつもりか、面白い。
前進を止める事なく、両腕のプラズマ刃を展開して接近戦へと持ち込む。『甲龍』は私の攻撃に合わせて、『双天牙月』によって弾く。だが、見たところ合わせるだけで精一杯の様に見える。
「ふん・・・」
そんな無様な『甲龍』を鼻で笑いながら、両肩と腰部左右に装着されたワイヤーブレードを射出する。その数、六。両腕のプラズマ刃を合わせるならば計八つの武装を展開し、『甲龍』を追い詰める。
「捌いて見せろ・・・舐められたくないならな」
「くっ・・・このぉ!」
左肩の『龍砲』が稼働する。結局それか、他に手を知らないのか・・・この女は。
「甘いな。この状況でウェイトがある空間圧縮兵器を使うとは」
言葉を並べながら、カノン砲を『甲龍』本体ではなく『龍砲』へと向ける。そしてエネルギーを収縮し、射出する瞬間を狙って徹甲弾を撃ち出す。収縮し、高密度になったエネルギーに実弾を砲撃され、虎の子の『龍砲』が爆散した。
「もらった」
「っ!」
爆破の衝撃で体勢を崩した隙を狙い、プラズマを抉る様に『甲龍』の搭乗者の腹部へと突き立てる。
「させませんわ!」
だが間一髪のところで私と『甲龍』の間に滑り込んできた『ブルー・ティアーズ』が『スターライトmkⅢ』を楯にして攻撃を逸らす。同時にウェイトアーマーが開いたのが目に入った。そしてその中に何がしまわれていたのかも。
「ミサイルか」
「これで終わりですわ!」
即座の射出。至近距離の爆発に巻き込まれ、二機のISは吹き飛ばされ、地面に転がる。なるほど、捨て身の攻撃とはな。なかなか味な真似をしてくれる・・・だが―――
「無茶するわね、アンタ・・・」
「苦情は後で。でもこれで確実にダメージが―――」
煙が晴れると私の視界に唖然とする敵の姿が在った。そう、だがやはりその程度だというわけだ。甘い、甘過ぎる。私と対等に戦えるという考えも、これで倒したと思える様な希望的観測も・・・
「これで終わりか・・・では、次は私の番だ」
隙だらけの『ブルー・ティアーズ』と『甲龍』に向けて、『瞬間加速』をして一気に距離を詰める様に移動。そのまま地面に転がった『甲龍』を蹴り飛ばし、『ブルー・ティアーズ』を踏みつけ、至近距離でカノン砲を当てる。そして先ほど蹴り飛ばした『甲龍』を引き寄せ、カウンターで拳を腹部に打ち込む。
「かはっ!?」
「はっ、どうした・・・この程度か」
地面に這いつくばる『ブルー・ティアーズ』の搭乗者の首にワイヤーを巻き付け、アリーナの壁へと叩きつけるとそのまま壁沿いに引き摺り回し、『甲龍』を地面へと叩き伏せる。
「ああああっ!」
「う・・・ぐ・・・」
片方は悲鳴を片方は呻き声を上げ、破壊されたアーマーの破片が辺りに飛び散る。それを聞きながら、優越と共に沸々と怒りが湧いてくる。
弱い、なんだこれは。これで代表候補生だと? これで国の誇りを背負っているというのか? これで・・・これが・・・こんなものがあの人が・・・黒瀬少佐が護ろうとしたものだというのか・・・
―――こんなものの為に・・・私は・・・!―――
「貴様らなどに・・・あの人は・・・!」
私の視界を通しているハイパーセンサーが相手のシールドエネルギーほぼ無くなり、
「そんな事、させやしないよ」
「っ!?」
咄嗟に聞こえた声。それは上空から聞こえた。首を曲げ、上を見ると陽光を背負い一機のISが銃弾の雨と共に舞い降りてきた。
「ちぃっ!」
予想外の不意打ちに多少虚を突かれたが、私は『シュヴァルツェア・レーゲン』のスラスターを使って、後方へと後退する。するとさっきまで私がいた場所に良く見知った機体が着陸する。
「これはいくらなんでもやり過ぎなんじゃないかな・・・ラウラ・ボーデヴィッヒさん」
「リヴァイヴ・カスタム・・・シャルル・デュノアか」
私を批難する様に睨むデュノアを睨み返す。
「フランス弱小企業のご子息殿が何用だ。ここはお高く止まったお茶会広場じゃないんだが?」
「安心してよ。僕もこんな血の気が多い、野獣みたいな淑女とのお茶会なんて御免こうむる」
睨み合い、言葉を交わして、理解する。こいつはただ止めに来たわけではない。私と戦うつもりだと言う事を。
「ふん、まあ丁度いい・・・どっちにしろ叩き潰そうと思っていた相手だ。多少時期が早まっただけだからな」
言いながらカノン砲を『リヴァイヴ・カスタム』へと向け、それに応じる様に相手も六十一口径アサルトカノン『ガルム』と連装ショットガン『レイン・オヴ・サタデイ』を構える。早い・・・展開速度が他者と比べて圧倒的だ。
「随分と攻撃的だね・・・・女の嫉妬ほど見苦しいものはないよ」
「・・・なんだと」
「嫉妬するにしても、もう少し可愛らしい方が零司好みだと思うけど?」
「貴様・・・フランスの
「今度は僕が相手だ・・・来なよ、
空気が凍り付いた様に相手は動かない。おそらくこちらの初動で出方を探ろうと言う事だろう。面白い・・・ならばその無謀な自身ごと粉々にしてくれる。
そう考え、脚部に力を込めた・・・その時―――
「そこまでだ、ラウラ・ボーデヴィッヒ」
目の前に二つの影が割って入った。片方は銀色の髪、白ビジネススーツを着込み灰色の腕部装甲を展開して三俣の槍を持つ女性。そしてもう一人は・・・
「・・・少佐」
「ここでそう呼ぶなと言ったはずだ」
スーツの女性と並び、女性と同じ様に腕部装甲を展開してこちらに近接ブレードを向けながら傍らにデュノアを庇う様にして抱き締める黒瀬少佐だった。彼の鋭い視線を受けて、私はカノン砲を非戦闘状態にする。
「まったく、あまり日を開けずに問題ばかり起こしてくれるな・・・今年の一年は」
「イリア先生・・・」
デュノアも戦意が削がれたのか、構えていた銃を『収納』する。それを見て、イリアと呼ばれた教員は口を開く。
「お前達の・・・というよりもボーデヴィッヒのやった行為は十分な危険行為だ。模擬戦をやるのは良いが、もっと節度というものを考えて欲しいものだな」
「・・・あなたには関係の無い事です」
そう、関係の無い事だ。いくら教員と言えど、私の戦いに水を指すなど、許す事が出来ない。だが―――
「関係ないわけないんだよ、小娘」
「・・・ッ!」
短く言った言葉と共に視線を感じ、私は無意識に身がまえた。一介の視線とは思えない。まるで心臓に鋭い槍が突き付けられている様な背筋の寒気を覚えた。まるで一教師がするとは思えない瞳。それを私は確かに垣間見ていた。
「・・・ちゃんと躾けておいてくれないかな、黒瀬君。私の苦労が絶えないんだが?」
「躾けるってなんですか・・・飼い犬じゃあるまいし」
「君の知り合いだろ」
「勝手に責任を押し付けないでください。元々イリア先生が持ち場の第三アリーナにいなかったのが悪いんでしょうが」
視線が逸れ、黒瀬少佐と話し始めた時にはその感覚は無くなっていた。だが完全にこちらの戦闘意欲は削がれてしまっていた。
「そんなに猛っているなら、そのやる気を学年別トーナメントで出せ。こんなところで無駄遣いせずにな」
「くっ・・・だが・・・」
「ラウラ・・・いいな?」
咎める様に語尾を強くして言う黒瀬少佐の言葉を聞いて、私はISの装着状態を解除する。それを見て、イリア教員はフーッと息を吐き出した。
「はい、これで終わりだ・・・ほら野次馬も解散。今日の第三アリーナは使用禁止だ」
「そ、そんな~」
「そんなもこんなもない。これは担当官命令だ」
いつの間にか集まっていた観客席の野次馬もイリア教員の声を聞いて、非難の声を上げながらも散り散りにアリーナを出て行く。もはやこれ以上、ここにいる理由もない。私は待機所に向かう為に歩き出す。
「これがお前のやり方か・・・ラウラ」
すれ違い際に黒瀬少佐は言った。少佐は私を軽蔑しただろうか・・・おそらく、怒りを抱いてはいるだろう。だが、それでも止めるわけにはいかない。私は・・・認めるわけにはいかないのだから。
「私は・・・諦めません」
ただ短く返し、私は歩を止める事はなく、そのままピットを後にした。彼の視線を背中に、確かに感じながら・・・
Side off
EP23 End