「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・いつまでムクれてる気だ、お前らは」
ため息を吐きながら、目の前で不服そうな表情を浮かべている二人に言う。場所は保健室。第三アリーナの一件から一時間が経った。問題を聞き付けて来た教師陣の対応のおかげで自体は大事にならず、アリーナの使用は明日からすでに行える予定らしい。
「別に助けてくれなくてもよかったのに」
「あのまま続けていれば勝てましたわ」
そしてあのアリーナでラウラ相手にボロボロにやられたオルコットと凰は打撲の治療が終えて、包帯に巻かれてムスッとした顔でこちらに視線を合わせようとしない。
「あれだけボロボロにやられてそんな事を言われてもな・・・」
「何かいいまして?」 「何か言った?」
「いやいや、なんでも」
睨みつけて来る二人の視線を軽く流しながら、大事に至らなくて良かったという安堵の思いを込めて再び小さなため息をついた。そんな事をしていると保健室のドアが開き、飲み物を持ってシャルルと一夏が入って来た。
「大丈夫か、二人共」
一夏が保健室に入るなり、俺の隣に丸椅子を手にとって腰を掛けた。一夏はアリーナの話を聞き、保健室に二人が運ばれてくるとすぐさま飛んできた。まあ、その辺りからさらに二人が膨れ面になっているんだが・・・
「大丈夫も何も、こんなの怪我の内にはいらな―――いたたたっ!」
「そもそもこうやって横になっていること自体無意味―――つううっ!」
「あーあー、何やってるんだよお前らは」
「無理するなって」
起き上がろうとして全身に痛みが走ったのか、激しく顔をしかめる二人を俺と一夏で寝かしつける。少し動いただけでこれだ。二人の怪我はそこまで小さいものではない事が見て取れる。
「だけど・・・助かったよ、零司」
「俺は別に何もやってないぞ、一夏。礼を言うなら、シャルルに言え」
「僕だってたまたまその場に居合わせただけだから・・・それよりごめんね、二人共・・・もう少し早く助けに入れていたら」
「別に謝る事でも・・・」
「そうですわ、大した怪我でもないわけですし・・・」
すまなそうに言うシャルルにベッドの二人はムッとした表情のままだったが、真摯に謝られて毒気を抜かれたのか、反抗する態度を改めて応える。やっぱりシャルル相手だとなんかそうなるよな。やはり癒し要素が強いのだろうか、シャルルは。アレだ、-イオンとかと同じ様に。
「でも・・・何だって二人はラウラとバトルする事になったんだ?」
「え、いや、それは・・・」
「ま、まあ、なんと言いますか・・・女のプライドと侮辱されたから、ですわね」
丸椅子に座りなおしながら、一夏は二人に問うと、ゴニョゴニョとハッキリとは言わなかった。それはまあ、大方ラウラが出て来て挑発なりしたんだろう。内容も二人と態度を見たところ、手に取る様にわかる。
「ああ、もしかして一夏の事を―――」
「ああもうっ!デュノアはいっつも一言多いわね!」
「そうですわ!まったくです!おほほほほ!」
迂闊な事を言おうとしたシャルルを電光石火という言葉がよく似合う、怪我人とは思えない様な素早い動きで拘束し、取り押さえた。口をふさがれて息もできないのか、苦しそうにシャルルはもがく。
「む、むぐーっ!」
「おいこら二人、シャルルが苦しがっているだろうに・・・」
呆れながら俺はオルコットと凰の肩に軽くデコピンを打ち込む。
「ひぐっ!?」
「ぴぎっ!?」
すると案の定、鋭い痛みが走ったのだろう。奇妙且つ甲高い悲鳴を上げて、その場に凍り付いた。
「「・・・・・・」」
「ほれ見た事か。怪我人は怪我人らしく、静かにしてなさい」
沈黙と共に恨みがましい目を向けて来る二人に向けて、そう言い放つ。
「れ、れ、れいじ・・・あんた・・・ねぇ」
「あ、あとで・・・おぼえてらっしゃい・・・」
もし襲いかかる事が出来たなら、すぐさま噛み付こうという雰囲気を全身から滲み出す二人。まあ、これだけ元気があればすぐに回復するだろう・・・だが学年別トーナメントは・・・
「ま、先生も落ち着いたら帰っていいって言っているし、しばらく休んだら―――」
ドドドドドドッ・・・・
腰を上げて、そろそろお暇しようとするとドアの向こう側から地鳴りの様な音が聞こえて来た。これはおそらくそう思いたくはないのだが、足音なのだろう。俺はため息一つ吐いた後、腰を上げるとドアまで歩いて行き、開く。すると―――
「織斑君!」
「デュノア君!」
「黒瀬さん!」
まるで土石流の様に女子生徒が雪崩れ込んで来た。危なかった、先にドアを開けておかなければドアごと吹き飛ばしかねない勢いだな、こりゃ。この保健室はベッド五つと教師の机が入るくらいには広いんだが、室内はアッという間に人間という波で埋め尽くされてしまった。そして伸ばされる手、手、手、手・・・またか、新手のB級ホラー映画じゃないんだからさ。
「な、な、なんだなんだ!?」
「ど、どうしたの、みんな・・・ちょ、ちょっと落ち着いて」
「おそらく・・・これだろう」
俺は状況が飲み込めない様子の一夏とシャルルの前に一枚の紙を見せる。そこには雪崩れ込んで来た女子の持っていたものと同じ学内の緊急通知だ。
「な、なんだこれ?」
「『今月開催する学年別トーナメントでは、より実践的な模擬戦闘を行う為に、二人組の参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は抽選によって選ばれた生徒同士で組むものとする。締め切りは』―――どうして零司がこれを?」
「イリア先生に呼び出された時についでにな」
「ああ、とにかくっ!」
シャルルに聞かれた俺が答えるのを強制的に止めると女子達が再び手を伸ばしてくる。
「私と組もう、織斑君!」
「私と組んで、デュノア君!」
「私と組んでください、黒瀬さん!」
何故学年別トーナメントがいきなりペア制になったのかは知らないが、ちょっとばかり面倒な事になったな。男子を求めて、女子達が動き出すとは思っていたが思ったより対応が早い。心底侮れんな、女子の情報網。
「え、えと・・・」
やたら頼りない声が聞こえて、ふとそちらを見るとシャルルと目が合った。だがすぐさま目を逸らす。どうせずっとこっちを見ていたら助けを求めているのがバレて、俺に迷惑がかかると思って遠慮しているんだろう。全く、そんなことをされたら余計に気になってしまうだろうに。
「あー・・・・・悪いが俺はシャルルと組むぞ?」
「えっ・・・」
ちょっと驚いた様にこちらを見るシャルルに小さくウィンクを送る。
「そんなわけだから、女子諸君は諦めてくれ。俺はシャルルと組む、大事な事だから二回言っておく」
俺の言葉を聞き、ザワザワと騒がしかった女子達がシンッと静まったが―――
「まあ、そういうことなら・・・」
「他の女子に取られるよりはいいかな・・・」
「いや、むしろ黒瀬さんとデュノア君なら私達にとっては朗報・・・・ゲフンゲフン」
女子達は納得したのか、うんうんと頷く。納得のされ方がちょっとばかり不可解だが今日の朝であんな話が合ったんだから仕方ない。むしろこんな形でも素直に納得してもらえるならば、まあ妥協するしかないだろう。
「じゃあ織斑君、私と組もう!」
「ちょ、ちょっと待てって・・・そんないきなり来てすぐ決めろって言われても・・・」
一夏は勢いに押されて、壁際に追い込まれる。そしてこちらに視線を向けて来る。しかもシャルルとは違って、必死にこっちに助けて欲しいとアピールしてくる。お前はもうちょっと遠慮をしなさい。いつでも人が助けてくれると思うんじゃないよ、まったく。
「えー・・・女子諸君、実は一夏にも先約が在るらしいんだ。なあ、一夏」
「お、おう!実はそうなんだ!」
「「えーっ!」」
女子達から不満の声が上がる。そんな彼女たちに制服のポケットに入れておいたもう一枚の申告書を取り出してみんなに見せる。
「ほれ、一夏はすでに篠ノ乃とペアを組む事になっているんだ。だから諦めてやってくれ」
その申告書には『織斑一夏』と『篠ノ之箒』と書かれている。これはイリア先生にこの紙を貰った時に思いついて書き記したものである。ちなみに篠ノ之にはすでに了承を取ってある。その辺りは問題ない。
「え、篠ノ之さんと?」
「そういえば織斑君とは幼馴染だとか・・・」
「ハァッ!?」
「ど、どういう事ですの!?」
目の前の女子達よりも後ろで騒いでいる怪我人二人が何やら五月蠅いが今は無視させてもらおう。これも一夏と篠ノ之の関係を一歩前進させる為にはもってこいのイベントなんだ。悪く思うなよ、二人共。
「というわけだ・・・な、一夏」
「そ、そうなんだ!俺は箒と組むからみんなとは組めないんだ・・・ゴメンッ!」
手を合わせて、頭を下げる一夏。そんな姿を見てさすがに勢いを無くしたのか、すごすごといった感じに女子達は保健室から出て行った。なんだか悪い事したみたいな罪悪感的なモノがない事もない、故に心の中で謝っておこう。すまないな、皆。
「・・・た、助かった。ありがとうな、零司」
「礼を言われる様な事はしてないさ。後でちゃんと篠ノ之にも伝えておけよ?」
「わかってるって・・・だけど箒の奴が良いって言うかな」
「言うに決まってんだろ・・・ったく、お前は」
一夏の反応に呆れを通り過ぎて、もはやため息も出ない俺は二人の名前の書かれた用紙を押し付けた。ちょっとは気付いて良い様なもんだがな・・・この鈍感さは筋金入りだ。
「あ、あの・・・零司」
「うん? どうした、シャル――」
「ちょっと、一夏!」
「ちょっと、一夏さん!」
話を終えて、ひと段落したところにシャルルが話しかけてきたのでそれに受け答えようとすると、一夏へとさっきの女子達とも勝るとも劣らない勢いで一夏へと飛びついて行く二人によって遮断された。
「なんで箒と組むのよ!あ、あたしと組みなさいよ!あたしだって幼馴染でしょ!」
「いいえ、クラスメイトとして! そして何よりも遠距離型である私のISの方が一夏さんの『白式』とも相性が良いでしょう! ここは私と!」
それぞれが左右の襟を持って、ぐわんぐわんと一夏を振り回している。良く動くな、こいつら。本当に怪我人なのか? まあ、それは置いておくとしてもこいつらは今回の学年別トーナメントには出れはしないだろう。
「そうは言うけどな、お前ら。今の状態でISを動かせると思っているのか?」
「黒瀬君の言う通りですよ」
ひょっこり顔を出したのは我らが担任教師山田真耶先生。いきなり登場した予想外の人物に俺以外の人物は目をパチクリさせている。
「気配がすると思ったら、山田先生でしたか・・・まだ女子群の残党がいるんじゃないかって思っていましたよ」
「通りかかったら何やら聞こえてきまして・・・お邪魔だったかな?」
「いえいえ、ここは山田先生の説明をお願いします。俺よりもよっぽど説得力があるでしょうから・・・俺の忠告なんて聞きやしないんだから、この二人」
「わかりました」
俺が説明を要求すると肩をすくめて言う山田先生はとってもいい笑顔で答えてくれた。
「お二人のISの状態をさっき確認しましたけど、ダメージレベルがCを超えています。当分は修理に専念しないと、後々重大な欠陥を生じさせてしまいますよ。ISを休ませる意味でも、今回のトーナメント参加は許可できません」
スラスラと理由を述べて行く山田先生。やっぱりこういうところ、先生だよなこの人。
山田先生の言う通り、ISのダメージが高過ぎる場合は稼働を許可出来ない。それには理由がある。
IS基礎理論には蓄積経験という項目が在る。それはISが戦闘経験を含む全ての経験を得る事で、進化する事が出来るという事を記している項目なのだが、この項目の『全ての経験』ってところに問題が在る。この『全ての』というのは損傷時の稼働も含まれている為に、損傷時に稼働する事によってそれを経験として認識し、ISはその損傷時の状態に対する進化を行ってしまう。つまりダメージレベルがCを超えた場合はISを稼働させる事はISに対して悪影響を及ぼしてしまう。故にこの二人には参加許可は下りる事は無い。
「ISに無理をさせるとそのツケはいつか自分で払う事になりますからね」
「実際、今の状況でISを動かしたところでお前らは実力の半分も出せないだろ? 実力を示すチャンスなら今後いくらでもあるんだから、そう気張るんじゃないよ」
「うっ・・・ぐっ・・・! わ、わかったわよ・・・」
「不本意ですが・・・非常に、非常にっ! 不本意ですがっ! トーナメントの参加は辞退します・・・」
俺と山田先生に諭されて、完全には納得していない様子だがトーナメントに参加できない事は理解しているのか、渋々ながらも引き下がった。やっぱりそこら辺を妥協するのは代表候補生としての自覚があるのかね。
「さてと、俺はそろそろお暇するかな」
「なんか用事でもあるのか?」
「俺はちょっと職員室に呼ばれているから・・・千冬姉も少しくらい課題を減らしてくれればいいんだけどな・・・じゃあな、二人共。安静にしてろよ?」
丸椅子から腰を上げてゲンナリとする一夏はそう言うと、保健室から出て行った。どうやらまた千冬さんに課題を貰ったらしい。確か前回は基礎理論を全部暗記しろとか言われたらしい。いやはや、千冬さんの愛の鞭は痛々しいね。
「さっさと行っちゃうなんて・・・友達甲斐の無い奴」
「全くですわ・・・」
そして不平不満を言われる、と。いやぁ、いつも思うが一夏の立ち位置にはちょっと立ちたくないね。女子に好かれて嬉しいかもしれないが、いろいろ身がもたない気がする。
「それにしても・・・トーナメントは不参加かぁ」
「ええ、なんともおしい事をしましたわ・・・あんな挑発に乗らなければ」
ハァと思った以上に重いため息を吐く二人。一夏といえば、トーナメント優勝云々でこいつらも頑張っていたんだよな。それなのにここでトーナメントを辞退しなければならないというのは、結構悔しいモノが在るのだろう。
「すまなかったな・・・二人共」
そう思った俺は遅れながらも、二人に頭を下げた。それを見たオルコットと凰はキョトンとしていたが、少しして肩を竦めた。
「・・・別にあなたが謝る事ではありませんわ」
「そうよ。あんたとあのボーデヴィッヒとの間で何があったか知らないけど、今回の件はあたしとセシリアがやった事なんだし」
二人は俺に非は無いと言っているが、俺はそうは思えない。イリア先生に言われた事ではないが、俺も少しは警戒しておくべきだった。この前のアリーナの行動を見ているのに、この出来事が予測できなかったのは俺の汚点だ。
「・・・すまなかった」
「・・・まあ、そんなにすまないって思うんなら一つ約束しなさい」
ピッと人差指を立てる凰。俺がそれを見ると、ジッとこちらをにらみながら口を開いた。
「あんた、ボーデヴィッヒに絶対に勝ちなさい」
「・・・ラウラに?」
予想外の急な要求に俺は虚を突かれた顔をした。そんな俺を見ながら、凰は続けて言う。
「正直、一夏に言いたかった事なんだけど・・・正直、実力的に一夏がどうこうできる相手でも無さそうだし・・・」
「・・・非常に不本意ですが、ラウラ・ボーデヴィッヒの強さは私達一年ではおそらくトップレベルでしょうからね」
どうやらここに付いた当初は負け惜しみばかり言っていたが、今は昇っていた血が頭から抜け、冷静な意見が出たらしい。確かにオルコットと凰の二人同時に相手にして、それに勝利するほどの腕前の相手を一夏と戦わせるのは少々分が悪い。
「だから、あんたがボーデヴィッヒを倒しなさい・・・いいわね?」
真剣な目をして、こちらを指差す凰。つまり、俺にラウラを私達の代わりに倒せってことらしい。正直、それで許されていいものかと思うところもあるが・・・
「わかった・・・」
どちらにしろ、今回の件で決着は付けなければなるまい。俺は凰の言葉に対して頷く。こうして学年別トーナメントに一つの目標が出来上がった。
打倒、ラウラ・ボーデヴィッヒ。
・
「ね、ねえ零司」
保健室を出てから、学生寮へと戻っていると途中で隣を歩いているシャルルに呼び止められた。気のせいか、その言葉にはどうも勢いがある。
「どうした?」
「あの、遅くなっちゃったけど・・・助けてくれてありがとう」
助けてくれて・・・って事はアリーナの事を言っているのか。
「アリーナの件は青嶋に呼ばれたイリア先生について行っただけだから、礼を言われる様な事はしてないぞ?」
「それもそうだけど・・・ほら、保健室で。トーナメントのペアを言いだしてくれたの、凄く嬉しかった」
「ああ、アレか」
どうやら、シャルルが言いたいのは保健室でシャルルのペアに俺が名乗り出た事だったようだ。そんな事でわざわざ礼を言われるとは・・・律儀だな。
「別にそんな気にするなよ。シャルルの事情を知っているのは俺だけなんだし、お前が危なくなったらサポートするのは当たり前だろ」
正直、シャルルが他の奴と組んで変に正体がバレたら大騒ぎになるだろうし、何よりもシャルルがそれを望んでいないならば手助けするのは当然の事だ。だがそんな事を考えていると、シャルルは熱心に感謝の意を述べる。
「そんなのことないよ。それが自然に出来るのは、零司が優しいからだよ。誰かの為に自分から名乗り出られるなんて、凄く素敵な事だと思う。僕は凄く嬉しかったよ」
「シャルル、それはちょっと褒め過ぎだ」
シャルルにそう言い返すと、俺はフッと自嘲気味の笑みを浮かべた。
「本当に優しい奴なら・・・こんな風になってないさ」
「・・・ボーデヴィッヒさんの事?」
シャルルからの問いかけに頷いて返事をする。
「あの時・・・もう少しあいつとしっかり話していればな」
二年前のあの時、ラウラは必死に俺を止めようとしていた。ドイツから出て行かないでくれと、ここでまた軍人としてやり直そうと。だが俺はそんなラウラに耳を貸さなかった。まるで拒絶する様にラウラの言葉から耳をふさいでいたんだ。
いや、様にじゃないな・・・拒絶していたんだ。
あの場所にいるのが苦しくて、次の戦場が怖くて・・・ラウラの様な人達からの言葉が辛過ぎて。何もかもを拒絶する為に逃げて、逃げて、逃げて・・・全てを振り切って、日本に帰郷した。
もし、あの時少しでもラウラの言葉に耳を傾けていたら・・・少しでも理由を告げていたなら、変わっていたのかもしれない。理由を聞いて、あの時のラウラが馬鹿げていると怒るなら、そこで盛大に口喧嘩でもすれば良かったのかもしれない。そうすれば、俺もラウラも、こんなことで悩まずに済んだのだろうか。
『全く、人生とはままならんものだな・・・君もそう思うだろう、零司』
「ああ・・・全くその通り・・・ままらならないもんだよ」
脳裏を掠める、愛すべき
ままならない・・・本当にままならない。
「零司、どうしたの?」
「・・・ん?」
考え込んでいて少し黙りこくってしまっていた様で、気付くとシャルルが小首を傾げてこちらを見ていた。
「別になんでもないさ、シャルル」
「わっ・・・」
言いながら、誤魔化す様にシャルルの頭を軽く撫でるとシャルルは驚いたのか、少しアセアセと口を開く。
「れ、零司・・・ちょっと恥ずかしいよ」
「俺だって同じくらい恥ずかしい思いをしたんだ、我慢しろ」
「恥ずかしいって・・・僕が何かした?」
「まったく、この貴公子め。褒めるにしてもあんなふうに言われたら、小っ恥ずかしくて敵わないっての」
「そ、そうかな? 僕は本当に嬉しかっただけなんだけど・・・」
シャルルはちょっと困った表情をしていたが、心底嫌がっている節もなかった。それどころか、段々こちらに頭を預けて来る。
「・・・零司ってさ、そうやって撫でるのが上手いよね」
「そうか? 撫でるに上手いも下手もないと思うんだがな」
「なんだか・・・優しさが伝わってくるのかな。胸の奥が温かくなるんだ。こんな事をされるのは久しぶりだからってこともあるんだろうけど、こうやって撫でてもらえるのが・・・その、嬉しいっていうか・・・」
「もちろん、少し恥ずかしいけどね」と付け加えて、シャルルは少しはにかんだ様に笑みを浮かべた。久しぶり、か。おそらく母親の事を指しているんだろう。優しさを与えてくれていた人がいないっていうのは、結構堪えるものだ。両親を亡くして、研究所に回収されてから、優しさを得る事はなかった。もし、千冬さんが俺に手を差し伸べてくれなかったら、一体どうなっていただろう。
過去とは消せないものだ。そして戻りたいと思っても、戻れはしない。修正は効かない。だから俺達は過去を背負って、未来に生きるしか出来ないのだ。シャルルもラウラも、俺も。今まで起きてきた出来事を理解し、現実に受け止めて、進むしかない。
ただ、もしもそんな彼女達に優しさを伝える事が出来るなら、俺はそうしたい。
今の俺は生き残る為に戦い続けた、あの時の俺ではない。それを示す為にも、過去を乗り越える為にも・・・俺は・・・
「・・・そんなに撫でて欲しいなら、いくらでも撫でてやろう」
「え?」
こちらに顔を向けるシャルルにニヤリと笑いかけると、少し力を入れてシャルルの頭をワシャワシャと撫でる。
「わっ、ちょ、ちょっと零司!?」
「うりゃうりゃうりゃうりゃうりゃ」
「わ、わ、わ! ス、ストップストップ! もう大丈夫、大丈夫だから!」
「そうか、そりゃ残念だ」
パッと頭から手を離すと、逃げ出す様にシャルルは少し後退して、頬を膨らます。
「も、もう乱暴なんだから・・・もっと優しくしてよ」
「悪い悪い・・・クックック」
頬を膨らませて怒っているシャルルがちょっと可愛らしくて笑ってしまう。そして少しの笑みを残したままで、俺はシャルルに言う。
「・・・何かしてほしいって時には、遠慮なく頼ってくれよな」
「え?」
「保健室の時もそうだけど・・・今後もさ、もっと俺に甘えてくれよ。よっぽど無理な願いでもなければ、俺がしっかり叶えて見せるからよ」
俺の言葉を聞いて、シャルルは再び困った様な顔をする。
「えっと・・・でも、零司に迷惑がかかるよ? それでも・・・いいの?」
「俺が頼られたいと思っているんだ・・・忘れるなよ、シャルル」
そう言って、俺は少し目を閉じる。あの夜、シャルルの苦しみを知った俺が言った言葉。アレはシャルルを落ち着かせる為とか、同情で言っていた訳ではない。俺は自分から望んだ。俺は―――
「俺は・・・お前の居場所だ」
そう、俺はシャルルの居場所になった。この娘がこの場所に居られる様に、この場所で笑っていられる様になる為に。俺はシャルルがここに居ていいんだという事の証明となっているんだ。
「だからさ、遠慮なんかするなよ。俺はお前に素直な笑顔で、笑っていて欲しいんだからさ」
俺の言葉を聞いたシャルルは少し俯いた後、顔を上げて笑顔を浮かべる。
「うん・・・わかったよ、零司」
そう頷くシャルルの頬が心なしか朱色に染まっている様に見えた。ちょっとクサかったかな、今のは・・・・イカンな、なんか恥ずかしくなってきたぞ。
「さってと、そろそろ部屋に戻るかね・・・夕食も近いし」
「そうだね・・・行こっか」
恥ずかしさを誤魔化す様に頬を掻きながら、身を翻すとさっきまでと同じ様にシャルルが隣に並ぶ。それを見て、俺は学生寮に向けて歩き出そうとした。
「・・・ッ!」
だが一歩踏み出して足が止まる。そんな俺と同じ様にシャルルも足を止めた。横顔からはさっきの笑顔は消えて、警戒する様に強張った顔へと変貌しており、目の前に立つ人物を凝視していた。
「・・・ボーデヴィッヒさん」
「・・・・・」
俺達の前に現れた人物、ラウラはシャルルとは対象的に、いつもの様に冷静な顔のまま俺達を赤い瞳で見据えていた。
「・・・僕達に何か用かな、ボーデヴィッヒさん」
「貴様に用事などない・・・」
棘のある口調で言うシャルルに短く言い放つとラウラはこちらを見た。俺か・・・まあ、予想はしていたけどさ。
「シャルル、お前は寮に戻っていろ」
「・・・うん。でも無茶だけはしないでね、零司」
「それに関しては安心しろ。毎回身内に釘刺されているから」
少し心配そうな表情を見せたが、俺の言葉を信じてくれたのか、シャルルは足早にこの場を去って行った。それを見届けた俺はラウラに背を向ける。
「・・・行くぞ」
「何処へですか?」
「裏庭、ここでする様な話でもないんだろう?」
ラウラにそう告げると背後から彼女の足音が聞こえ始める。それを確認すると、俺も裏庭へと向けて歩を進めるのだった。
・
「ここら辺でいいだろう」
裏庭に到着した俺はそう言って立ち止まると、ラウラへと向き直る。ラウラの表情はこの学園に来て、最初に俺と会話した時を思い出しているのか何処か苦い表情を浮かべていた。
「で、何の様だ?」
前置きなどを全て吹き飛ばして、さっそく本題に入る。するとラウラは表情をいつものものに戻し、口を開く。
「私が今、あなたへと懇願する用事など一つしかありません」
「・・・・だからなぁ」
つまりまたあの門答を繰り返すつもりなのか・・・いい加減、諦めてもいいようなものだが・・・いや、思い出してみるとこいつの諦めの悪さは筋金入りだった気がしてきた。
「今日、ハッキリと証明できたはずです」
「何をだ?」
「あの連中の価値を」
この口ぶりと今日のラウラの行動から察するにあの連中というのはおそらくオルコットや凰、如いては一夏や篠ノ之達の事を言い示しているのだろう。
「この学園に居るのはどうしようもない連中ばかり・・・それは専用機持ち達も例外ではないと思っていました」
今日のアリーナでの戦闘を思い起こしたのか、小馬鹿にした様な笑みを浮かべる。
「今日、認識する為にあの者達に仕掛けた戦いでそれがハッキリとしました。あの程度で専用機持ちとは、笑わせます」
「・・・・・」
「二人がかりで私に戦いを挑み、それですら敗北する弱者達。他も織斑教官の弟というだけで大した能力も持ち合わせていない劣等種。そしてそれに対し慣れ合う有象無象・・・」
「・・・結局、お前は何が言いたいんだ」
「ここには、あなたが護る様な者達など居ません・・・こんな場所で満足するべきではありません」
ラウラからは激情は感じられない。ただ単純に事実を叩き付けている、そう考えているのがラウラの表情から読み取れた。
「それはお前が決める事じゃないだろう」
「しかし、事実でもあります」
「何が事実だ。お前が今日やった事は単なる喧嘩だろうに、理由付けて正当化するんじゃない」
「あなたがここに居続ければ、そのIS操縦技術が腐って行くのは目に見えています」
話しながら俺はラウラから、前にこの場所で話した時よりも強い意志が感じてため息をついた。あなたがそのつもりなら、自分も決して引くつもりはない・・・そんな感じだ。
「・・・それがお前の戦い方か?」
「はい」
「その為にオルコットと凰を襲撃して、怪我を負わせたと?」
「敵の将を撃たんとすれば、まず馬を射よ・・・この国のことわざだったはずですが」
「・・・なあ、ラウラ」
少し自分を落ち着かせる為に間を置いてから、自分の感情を口に出す。
「ふざけるなよ、お前」
「・・・ッ!」
眼前のラウラが身構える。自分の中でスイッチが切り替わったのがわかった。まるで先ほどまでの俺が違う俺にすげ変わった様な感覚。その感覚と発している声の温度の無さに我ながら少々嫌気が差したがそのまま続ける。
「自身の考えを押し付け、そしてその次には俺の仲間を襲撃する・・・貴様のやっている事は命令を聞かないモノへと行われる暴力と同じだ」
「その様な事は・・・私は、今あなたが置かれている状況をしっかりと理解してもらう為に―――」
「理解? ああしてるさ、俺はこの場所に満足している。満足して、それで護りたいとも思っている。だが、お前はそれを理解した上でオルコットや凰に対して攻撃を仕掛けた・・・ならば今、俺がお前に向けている怒りは正当なものだ・・・違うか?」
「その怒りなら、甘んじて受けましょう。ですが、理解してほしいのです。この場所は・・・あなたに相応しくない」
一歩も引く気はない。そんな意志を強調させる様に、ラウラは俺に向かって一歩踏み出して言った。
「私はあなたを心から尊敬しています。だからこそ、私はあなたに誰よりも強く在ってほしいのです・・・その為ならば―――」
「俺と敵対するのも、構わないと?」
問いかけにラウラは頷いた。強い意志の宿った瞳がこちらを見ている。どうやらラウラは今の言葉を撤回するつもりもない、本気の様だった。どうして俺の事などで本気になるのかと思う。
「・・・・ならば、こうしよう」
そう言って俺はポケットに入れてあった白紙の申告書を取り出して、ラウラに見せる。
「今月末にある、学年別トーナメント・・・ここで決着を付けよう」
「決着・・・?」
「ああ、おそらくこのままだと俺とお前の私情事で皆を巻き込んでしまう。お前としてはどうでもいいかも知れないが、俺にとっては重大な事なんでな、それだけは避けたい」
俺は離れたくない。ラウラは連れ戻したい。噛み合わない俺達の事情はおそらくこのままだと永遠に続くだろう。そうすれば、ラウラの暴走も止まらない。そんな事をしていたら学園にも、皆にも、この場所に呼び込んでくれた千冬さんにも迷惑がかかる。恩を仇で返す真似はしたくない。
「ならば、どうするつもりですか?」
「学年別トーナメント・・・そこでもし俺と当たった時にお前が勝ったら―――俺はドイツに帰るよ」
「・・・本当ですか?」
「ウソをついて何になる・・・その代わり条件が在る」
そう言って、俺は学生寮の方を見る。
「・・・皆に手を出すな。お前と戦うのは俺だけでいい」
俺の身体は元々傷だらけで、もはや新しい傷なんて目立ちもしないだろう。だが俺の過去、それが原因でオルコットや凰が傷付き、次の犠牲者が出るなんて事はあってはならない。傷を得るのは俺だけでいい。俺なんかの為にこの学園の誰かが傷付くなんて、そんな事は認められない。
「この条件を飲むならば、俺はトーナメントでの約束を守る・・・どうだ」
「・・・その言葉に嘘はありませんね?」
「侵害だな、俺はお前の前で嘘をついた事は無いぞ」
俺がそう言うとラウラは瞳を閉じて、少し黙りこくった。何を考えているのか、その顔からは読み取れない。そして再び瞳を開いた時には、覚悟は決まっている様だった。
「・・・失礼しました。今の言葉、撤回します」
「ということは、契約は成立ってことでいいんだな?」
「はい・・・必ずあなたに勝って、ドイツへと連れ戻して見せます」
「意気込みやよし・・・だが、簡単に勝せはしないぞ」
そう告げて、俺はラウラに背を向ける。時刻はもうすぐ七時半を回ろうとしている。いくら夏に入ったとはいえ、この時刻になればさすがに空には星が煌めき、周囲に夜闇が侵食する。
「話は終わりだ、帰るぞ」
「・・・・・」
「何をしている。もう夜だ、外出時間を過ぎていたら千冬さんにどやされるぞ」
「はい・・・ですが」
「なんだよ」
「私は・・・少し後から行きます」
首を捻って見てみると、ラウラは視線を逸らしていた。どうやら俺と一緒に学生寮に戻るのを躊躇っている様だった。俺はそんなラウラの、学園に来て初めて見た年相応の女子らしい仕草を見せられ、すっかり毒気が抜かれてしまった。
「いいから、来いよ」
「わ、私は・・・」
「早く来いって、お前だけ千冬さんにどやされるのを見てるってのもあんまりいい気分じゃない。それに下手をしたら、俺だって何か言われるかもしれないからな」
なんだか少々言い訳じみた事を口走りながら、ラウラの隣に行くと背中を押して前へと進ませる。
「しょ、少佐、押さなくても歩けます」
「歩くんじゃなくて走れ。時間、結構ヤバいからな・・・あと少佐は止めろって」
俺の言葉にラウラは小さく頷くと駆け出す。それに合わせて走りながら、俺は少しだけ昔の・・・ラウラと一緒にいた時の事を思い出していたのだった。
・
「ただいま・・・」
帰宅の挨拶を口に出しながら、俺は自分の部屋のドアを開けた。結局、あの後に千冬さんに捕まった。ラウラは先に逃がしたから、あいつは叱られなかったが、俺はむしろそれの事もあって結構強く説教された。
「シャルル、先に帰ってるの―――」
同居者の有無を確認する為に声を出したが、そこまで言って、俺は口を閉ざした。
「スゥ・・・」
「おやおや・・・」
安らかな寝息と穏やかな寝顔を見て、微笑を浮かべてしまう。寝巻であるジャージを着た同居者シャルルは布団も掛けずにベッドで横になって寝息を立てていた。
「今日も色々あったからな・・・疲れたのか」
朝は騒ぎたてられ、昼はラウラとの話し合いの為に色々気を回し、放課後にはオルコットと凰を助ける為にラウラと対峙した。今日だけでも結構なハードスケジュール、こりゃ疲れるのも無理はない。
「いくら夏だからって布団かけなきゃ風邪引くぞ、まったく」
シャルルの下から取るのは気がひけたので、俺は自分のベッドにある掛け布団を取るとシャルルの上に掛けてやる。本当にちょっとしたところで抜けているというか・・・まあ、そんなところがちょっと可愛らしくもあるのだが。
「今日一日御苦労様、ゆっくりと休めよ」
そう告げ、俺はシャルルから離れるとこの部屋に設けられたテーブルに着く。そして『黒天』専用に作れた黒いノートPCを起動すると、すぐさま奏への連絡を取り付けた。
『こんばんは、兄さん』
「悪いな奏、急に連絡入れちゃって」
俺が謝ると画面の向こう側にいる白衣姿の奏では優しく笑いかけてきた。
『ううん、大丈夫。丁度ひと段落したところだから・・・ところでどうしたの? また『黒天』の『改良領域』の話?』
「いや、今日はそれじゃない・・・この前の話に出ていた、アレの事なんだけど」
『アレ・・・ああ、この前のやつですね』
奏はポンと手を打つと、目の前にあるPCのキーボードを打つ。キーボードを目にも止まらぬ速さで打って行くのと比例する様に、俺の画面にとあるデータが配置される。
『データ展開完了・・・でも、これをどうするつもりですか?』
「今度の実戦に使ってみようと思うんだ。学年末トーナメントだからあと一週間くらいしかないけど・・・間に合うか?」
『はい、現物はもう出来ていますから・・・送るのに四日くらいかかりますけど』
「それでいい、調整はぶっつけ本番でやる」
そう言いながら、画面に展開されたデータを見る。それはとあるモノの設計図。次の戦いに備えて作られた、『黒天』の新たなる力だ。俺は記載された設計図の名を呟く。
「『黒天』専用近接戦闘型パッケージ、『
荒ぶる神の名を冠したそれをただ俺は細くなった眼で睨み付けるのだった。
・
Side シャルル・デュノア
「・・・う・・・うん?」
身体に温かさと零司の匂いを感じて、ゆっくりと目を開ける。すると僕の視界にいつもの部屋が飛び込んできた。
「あ、あれ・・・僕・・・」
身体を起こしながら、まだ緩い頭で状況を確認していく。僕は確か零司に先に戻ってろって言われて、言われた通りにこの部屋に戻った。それで部屋で零司の帰りを待ってから、夕食に行こうと思っていたんだけど・・・
「・・・僕、寝ちゃったのか」
ようやく自分が何をしていたのかを理解する。待っていようって思ったのに、疲れの所為で眠ってしまっていたらしい。良く見るとこの掛け布団、零司のだ。そっか、零司の匂いがしたのはコレの所為か・・・
「そ、そうだ零司・・・は」
ハッとなり、辺りを見回すとすぐに彼を見つけた。自分の腕を枕にしてテーブルに突っ伏しながら、眠っている様だった。
「教室でもやっていたよね、それ」
そんな零司に少し笑みながら、起こさない様にこっそりと近付いて寝顔を盗み見る。いつもの優しい表情や、いざという時の凛々しい表情とも違う。まるで子供の様な寝顔をしていた。
「うわ・・・」
しまった、こんな顔を見るんじゃなかった。胸がキュッと鳴ってしまった。これはズルイ。もしも自分が本当に男で、零司が女だったら惚れてしまう様な表情だ。
「・・・ずるいよ、零司」
そんな事を呟いていると―――
『兄さん、今輸送させました―――って、アレ?』
点けっぱなしのノートPCから声と共にブラウン色の長髪に白衣姿の女の人が現れた。
『あ、あの・・・あなたは――』
「あ、えっと・・・シャルル・デュノアです、どうも」
小声で言った後、小さく頭を下げる。兄さんってことはこの人が零司の妹の黒瀬奏さんか・・・話には聞いていたけど、とっても綺麗な人だ。
『ああ、話には聞いています・・・兄さんのルームメイトで・・・デュノア社の令嬢さんですよね』
「・・・どうやら零司から話は色々聞いてるみたいだね」
令嬢って事は僕が男じゃないってことがバレてるという事だからね。でも妹さんにも話しているのか・・・よほど信頼されているんだな、この人。
『あの・・・兄さんがお世話になってます』
「そんなこと・・・僕の方こそ零司に世話になりっぱなしで」
ペコリと頭を下げられて、ちょっと焦ってしまう。なんだかとっても優しい雰囲気が画面越しに伝わってくる。そう考えていると、奏さんの後ろが少々慌ただしい感じになって来た。
『主任、ちょっと・・・』
『あ、はい・・・すみません、挨拶程度しか出来なくて』
「そんな事無いですよ。こちらこそ、貴重な時間を取らせてごめんなさい」
『いいえ、そんな・・・あの、シャルル・・・さん?』
「なんですか?」
『どうか兄が無理をしない様に良く見ておいてください。どうか・・・よろしくお願いします』
そんな奏さんを見て、ちょっと微笑んでしまう。ああ、この人は本当に零司が大事なんだ。なんとも仲の良い兄妹だね、二人共。少し妬けちゃうな。
「・・・はい、わかりました」
『主任、お兄ちゃんタイムはそろそろ終了してくださいよ・・・』
『そ、その呼び方恥ずかしいから禁止です! 駄目です! 絶対駄目!』
そんな言葉を最後にブツッと通信が途切れた。僕は零れそうな笑いを押し隠しながら、PCを閉じてスリープモードに切り替える。
「任されちゃったよ、零司」
寝ている零司にそう話しかけ、あの夜から今日にいたるまでの事を思い返す。
『俺が居場所になってやる』
脳内で零司があの時言っていたセリフが蘇る。その一言がどれだけ嬉しくて、どれだけ救われただろう。母親が死んで、僕の人生は暗い闇へと落ち込んだ。父親の命令で動くしかできない、
『零司・・・僕を撃って』
死んで楽になろう。そうすればもう僕は傷付かないし、誰も傷付く事もない。そう思った。だけど零司はそんな僕に手を差し伸べてくれた。自分を殺そうとした相手にも関わらずに。優し過ぎる、甘過ぎるとも思った。だけどその考えは間違っていたんだ。
彼はその優しさも甘さも、全てをひっくるめて強い人間なんだ。どんな相手でも受け止める事の出来る、そんな大きな優しさ。そんなものが在るから、あんなストレートな事を言ってのけるんだ。
「奏さんは幸せ者だよね、こんな人がお兄ちゃんで」
僕ももっと早く出会いたかった。優しくて強くて、他人を引き付ける強烈な、ちょっと卑怯なくらいの魅力の塊の様な人物。青嶋さんが彼を好きになるのも良く分かる。彼の優しさに触れてしまったら、心を盗まれてしまったように惚れこんでしまうのだ。
「やっぱり卑怯だよ、零司」
(そんな零司にはちょっとだけ仕返し・・・)
呟いて、僕は零司の寝顔に顔を近付けると、額に小さくキスをした。小鳥がついばむ様な、そんな一瞬触れるくらいの軽いキス。ただそれだけで、全身に嬉しさと温かさが込み上げて来る。
「ありがとう・・・本当にありがとう、零司」
耳元で囁きかけると僕は気恥かしさ熱くなる顔を気にしながら、零司に先ほどまで自分の上にあった布団を掛けると急いでベッドに潜り込んだ。
「また明日、一緒に・・・おやすみなさい、零司」
冷めやまぬ身体の火照りを気にしながらも、満たされる様な心の温かさに身を任せ、ゆっくりとシャルルは瞼を閉じた。
EP24 END