IS もう一つの翼   作:緋星

27 / 53
EP26 力

Side ??? 織斑千冬

 

『第二アリーナにて緊急事態発生!繰り返す、緊急事態発生!教員はただちに鎮圧部隊を向かわせろ!来賓と生徒は批難すること!繰り返す!』

 

けたたましく鳴り響く観客への避難勧告と教師達への出撃指令。今頃会場では何が起こったのか、その状況もあまり理解せぬままに人が雪崩のように出て行っているのであろう。

 

「Hänschen klein Geht allein In die weite Welt hinein.」

 

そんな時、会場とは別の場所で軽快に歌を唄う少女が一人。フリルをあしらった白いドレスに大きめのツバが目立つ帽子。そして流れる様な薄い桜色の長髪がこの広々とした密閉された暗闇のなかでひときわ目立っていた。

 

そこは学園地下に存在する保管庫。今までIS学園に収集された危険物や解析不可能の遺物などを保管しておく為の地下施設だった。学園全体に鳴る警戒音の微かな響きを耳にしながらも、軽い足取りで奥へと進んで行く。

 

「Stock und Hut Steht im gut, Ist gar wohlgemut.」

 

少女の口走るそれは単なる民謡。子供なら遊びながら唄い、それを特別何とも思わない様なありふれた歌だ。だがこの少女のそれはまるで違うものだった。小さな口元から紡ぎ出される歌はまるで聖歌の様に神々しく、賛歌の様に心を掴む、人としてこれだけの美しさを醸し出されるとなると逆に何か魔的なモノすら覚えてしまう。そんなあらゆる歌手達を置いてけぼりにする様な歌声。

 

「う・・・あ・・・」

 

そんな歌声にかき消される様にして、絞り出す様な声が聞こえる。聞き惚れる様なソレの合間に現れた四つの不協和音。少女は足を止めると、クルリと長いスカートをはためかせながら振り返ると視線を下へとやる。

 

そこにあったのは、六つの影。それぞれが冷たい特殊合金でできた床に伏せ、血だまりに沈んでいる。年齢とISスーツを見る限り、IS学園の教師だという事がわかる。その中の一つ、唯一意識が残っていたのだろう。苦悶の声を上げながら、少女に手を伸ばす。

 

「Aber Mutter weinet sehr, Hat ja nun kein Hänschen mehr.」

 

ヒュッ―――――!

 

「あっ・・ああああああああ!」

 

苦痛に女性教師が悲鳴を上げた。先ほど伸ばした手、それを少女が踏みつけたのだ。女性の手からはバキバキという生々しい音と共に骨が砕けていくのがわかった。少女は悲鳴を聞いて満足したのか、女性教師の手の上から足を退けると再び進み始め様と保管庫の暗闇へと向き直る。

 

「"Wünsch dir Glück!" Sagt ihr Blick, "Kehr' nur bald zurück!"」

 

民謡の一部を歌い終えると同時に少女が扉の前に到着する。彼女はその扉を一瞥し、隣に存在するカード式の電子ロックへと手を伸ばす。すると電子ロックは狂った様な電子音を鳴らせ、しばらくすると煙を吹き始めるとロックされていた扉が圧縮空気の音を鳴らせながら開いた。

 

「えっと・・・・どれだったかな」

 

呟きながら扉の中に足を踏み入れるとツカツカと進んで行く。周囲にある扉の数々、その中に存在するであろう積み上げられた学園側の手に余る様な機密物には目もくれずに進み、最奥近くの位置する扉の一つを迷うことなく開ける。

 

そこにあったのは数機のISだった。ただしどれも活動可能な形を成してはいない。一つは胸部を貫かれ、もう一機は頭部と両腕が存在しない。そうこれはあの時、学園を襲撃し、零司と真耶が撃墜した『人形』だった。

 

「あったあった」

 

そう言うと少女の右手の手首より上部分に粒子が収縮し、ISの腕部装甲が展開される。純白の装甲色に血の様な真紅のラインが入れられたソレはその色に反する禍々しい鉤爪を模した指先で―――

 

バギギッ――――!

 

「Sieben Jahr Trüb und klar Hänschen in der Fremde war.」

 

『人形』の装甲を剥がし始める。自立起動の為に入れられた赤黒い内部燃料が飛び散り、まるで帰り血の様に白いドレスを汚していく。しかし少女は気にも留めない。むしろ鼻歌を再開させると、先ほどよりもご機嫌なのか声の高揚が高まって来ていた。

 

ビギギッ――――ブチッ――――ブシュッ―――――!

 

「Da besinnt Sich das Kind, Eilt nach Haus geschwind.」

 

その歌声の美しさは変わらない。しかしにじみ出て感じさせるモノが他にあった。それはまさしく狂気。相手を破壊する事に喜びを覚える人間の声色だ。

 

ブッ――――!

 

「Doch nun ist's kein Hänschen mehr. Nein, ein großer Hans ist er.」

 

胸部を破壊された『人形』の解体が終わったのか、右手を引き抜くとその手の中を見る。そこには翡翠色に輝く宝石の様な物体があり、少女はそれを確認すると右手を握り締める。するとその物体は翡翠色の粒子となり、消滅した。

 

「Braun gebrannt Stirn und Hand. Wird er wohl erkannt?」

 

歌の二節目が終わり、少女はもう一機の『人形』の前に立つと何の迷いもなく、先ほどと同じ様に装甲を剥がし始める。

 

「ギッ―――ギギッ―――」

 

「あれ? まだ起動できたんだ・・・さすがはあの娘のお人形」

 

とぎれとぎれに機械音を鳴らしながら、『人形』の頭が動いた。おそらくISに取り付けられたAIの一種が、自身の機体の危機を感じで防衛として起動した者なのだろう。

 

「でもダメだよ?」

 

しかし少女がそう言うと『人形』は動きを止めた。否、止められてしまった。『人形』にはAIの積まれた頭部は無く、少女の左手には腕部装甲と共に大鎌が握られていた。一瞬の出来事、瞬時に展開された大鎌は『人形』の頭部と胴体を分断し、静かになった『人形』を解体していく。

 

「真っ赤・・・本当に人間臭い『人形』だよね。これもあの娘の趣味なんだろうけど」

 

クスクスと笑う少女。状況が違えば、どれだけ可憐な笑みだっただろう。だが血に塗られた様に赤く染まったドレスを纏った姿はどれだけ笑みを浮かべようと、その見た者の背筋を凍らせることしかできない。

 

「ごめんねぇ、フランチェスカ・・・アハッ・・・アハハハハハハッ!」

 

まるで吹きだす様に上げられた笑い声が狭く、鼻も曲がる様な燃料の匂いで満ちた部屋に響き渡る。

 

「これも、これも全部ヨハンの為! ヨハンの為なの! だから許してね、可愛い可愛いフランチェスカ! ああ、ヨハン! ヨハンヨハンヨハンヨハン!」

 

再び『人形』の胸部から腕を抜くと鎌を持った手で自分を抱きしめながら、クルクルと回り始める。顔は高揚し、朱に染まって愛しい人の名前を叫ぶ。狂気、狂っているとしか見えない。それが愛しき者に対する愛ある行動だとしても、常人が見たら顔をしかめるだろう。

 

「はやく抱き締めたい! ヨハン、私のヨハン! 私が救わなきゃならない! 私が、私が―――」

 

「動くな」

 

凛とした声が掛けられ、少女は動きを止めた。首から数センチにみたない位置に停止している『打鉄』の近接ブレードを横目に言葉を口に出した。

 

「あら・・・誰ですか? ここの警備の者は全員動かなくなったと思っていたのだけど」

 

その声には先ほどの狂気じみた声と違い、歌を歌っている時の様に落ち着き払ったその声には眩暈が起こりそうな美しい響きがあった。だが彼女の首に剣を突き付けている女性、織斑千冬にとっては逆に今の声色に軽い寒気を覚えさせる様なものに聞こえていた。

 

「何者だ・・・」

 

「名を名乗るならば自分からどうぞ・・・親から礼儀ぐらいは教わったでしょう?」

 

「生憎、礼儀を教えてくれる様な親にはあった事がない」

 

「それは不幸な事で」

 

「それに・・・侵入者の小娘に名乗る名など持ち合わせていない」

 

「それは気が合いますね。私も礼儀の無い女に名乗る名前はありませんので・・・悪しからず」

 

ピリピリとした、肌に刺す様な何かを感じて本能的に千冬は理解する。この少女は危険だ。このエリアの警備に当たっていた六人の教員を負傷無しに倒したその力もそうなのだが、この少女の存在自体に何か言い知れない不安感を募らせる不気味な感覚を覚える。

 

「目的は何だ。事と次第によってはこちらも相応の対応をさせてもらう事になるぞ」

 

「後ろに倒れた仲間達を見れば事も次第もあったものではないと思うのですが・・・」

 

「質問に答えろ」

 

「私はあなた達が奪った物を返してもらいに来ただけですよ・・・織斑千冬」

 

声色を強めて問い質すと少女は薄い笑いを浮かべながら、ゆっくりと千冬へ向き合った。

 

「貴様・・・この『人形』の持ち主か」

 

「間接的にはそういう事になるのでしょうね・・・それにしても織斑千冬、いつまでこんな物を私に突き付けているつもりですか?」

 

まるで羽毛に触れるかの様に柔かな手つきで千冬の持つ刀に指を這わす。すると次の瞬間、異変が起こった。

 

「物を断てぬ剣に意味などないでしょうに」

 

―――刀が蒼白い電子発光を起こし、刀身が粒子となって消え去った。

 

折れたり、砕けるならばまだわかる。だが少女は触れるだけで刀を消滅させたのだ。文字通りにあり得ない光景に千冬は驚愕する。そんな千冬を横目に少女の左手に握られた一本の大鎌が鈍く光った。

 

「今のあなたは彼には相応しくない・・・あなたはもはや時代遅れなのですよ。『過去の』ブリュンヒルデ」

 

暗闇から告げる少女は狂気の色を孕んだ双眸を見開き、笑みを浮かべながらその手に持った大鎌を千冬の喉へと振るうのだった。

 

 

 

 

「私は・・・負けるわけには・・・いかないんだあああああああああ!」

 

紫電の光と共にラウラが咆哮する。突き刺された近接ブレード『Arthur』を全て撃ち砕き、乱れ狂い、弾き飛ばされる雷光が『シュヴァルツア・レーゲン』を中心に破壊を周囲にばら撒く。俺は襲いかかる電撃に反射的に反応し、サブブースターを全開して後方へと飛ぶ。

 

「なんだあれは・・・」

 

心に思った事が声に出た。あんな電撃を使う兵器、『シュヴァルツア・レーゲン』には搭載されていないはずだ。

 

バチッ―――!

 

「チッ!」

 

電撃は留まらずに地上に降りていたシャルル達へと走る。俺はメインブースターを吹かして、シャルルと青嶋の前に立ちふさがると『Arthur』で弾く。

 

「零司っ!」

 

「シャルル、青嶋も早く退避しろ!これはもう試合どうこうって話でもない!」

 

この状況は明らかに変だ。あの『シュヴァルツア・レーゲン』が通常起動しているものとは思えない。少なくともISをまともに動かせないこの二人をこの場に置いておくのは危険だ。

 

「・・・黒瀬さん! あれ!」

 

青嶋に呼ばれ、彼女の指を指す方を見る。そして俺は絶句した。まるで融解したかのように『シュヴァルツア・レーゲン』がドロリと溶け、ラウラを包み込んでいたのだ。あれは・・・ISなのか? いや、違う。あんなものがISのはずがない。少なくとも俺の知るISは第二形態(セカンド・シフト)だってあんな変わり方はしない。

 

「いったい・・・これは――」

 

目の前の光景に困惑を覚えるが、ラウラを包み込んだものが形を成した時、俺はそれがなんだか理解した。

 

ソレが成したもの。それは一機のIS。まるで騎士を思わせる様な甲冑にデュアルウィング。全身装甲(フルスキン)で成されたそれは敵意と殺意を込めた赤い光をクローズヘルムの向こう側に輝かせていた。

 

そしてその手に握る、一本の近接ブレード。濁りを孕んだ黒によって作られたそれは俺の良く知る剣。

 

「『雪片弐型』・・・?」

 

シャルルの声を聞き、俺は内面に浮き上がる激怒を感じた。これは―――

 

「まさか・・・VTシステム」

 

意識を黒いIS本体から外していた、たった一瞬だった。『瞬間加速』を使ったそいつは自身の『雪片』の射程にまで近づくと逆袈裟斬りを繰り出す。それを刃に滑らせる様にして流し、青嶋を護る様にして抱き締めるシャルルを掴むとこちらも『瞬間加速』を使用して、一気に間合いを開ける。

 

「今の一撃、間違いない・・・・ドイツ政府め、まだあんなシステムを!」

 

怒りのあまり、声が荒げた。これはあってはならない、あり得てはいけないシステムだ。

 

「人を傀儡にして、そんなに楽しいかよ! あの馬鹿共が!」

 

もはや原型の無い『シュヴァルツア・レーゲン』と対峙する。人が傀儡になっていいわけがない。だが、それをドイツ政府は平気でやりやがる。その事はもう嫌というほど味わってきた。ましてやラウラが戦闘行動の為に作られた遺伝子強化素体(アドヴァンスド)ならばなおさらそうだろう。

 

だが、傀儡にされてまで得た力がこれだと? 何故これほどまでに俺を巻き込んで行きやがる。何故これほどまでに、俺の大切な人を利用しやがるんだ。

 

「ふざけ・・・やがって!」

 

「零司、待って!」

 

後ろからシャルルの声が聞こえたが、理解する前に俺と目の前に立つ黒いISは動いていた。黒いISの斬撃を受け止め、押し返す様に攻勢に移ると力任せに横に薙ぐ。それに対して相手は受け立ち、『雪片』を打ち込む。

 

「・・・システム風情があの人を真似るな!」

 

『雪片』を握る目の前の物体に向かって叫ぶ。そう、相手は千冬さんのコピーだ。そのせいなのか、動きには付いていける。同じ、まったく同じなのだ。斬り方も受け方も、まるで千冬さんを真似た動きばかり。だがそれが逆に俺の怒りをさらに募らせていった。

 

「はああああっ!」

 

吠え、意識を高ぶらせながら剣を振るうとそれを打ち払う様に相手も『雪片』を振るう。移り変る攻防。俺は決定打の入らない剣劇を繰り返していく。だが―――

 

――ギ―――

 

軋む様な音が鳴り、相手の動きがほんの一瞬だけ止まる。その隙を見逃すまいと俺は上段からの一撃を受け流したばかりの『Arthur』をその流れのままに一閃。腕部装甲と肩のアーマーの一部が切り裂かれ、宙へと舞った。このまま破壊してやる・・・このままこいつを―――

 

 

―――――少佐・・・――――

 

 

「―――ッ!?」

 

一撃を与えて、次の行動へと移ろうとした瞬間にガクンと足の力が抜けて、前のめりに倒れそうになるのを必死に抑える。まさか、このタイミングで時間切れだと!?

 

「黒瀬さん、前っ!」

 

激しい眩暈を覚えながらも、青嶋の声に誘導され視界を前に向ける。そこには『雪片』を振り上げる黒いISの姿があり、回避しようと頭では思っているものの身体が思う様に動かせない。だが無情にも相手は動きを止める事は無く、『雪片』は迷いなく俺を目掛けて振り下ろされる。

 

「あああああああっ!」

 

だが『雪片』が振り下ろされた瞬間にシャルルの叫び声が聞こえたかと思うと俺の身体が物凄い勢いで引っ張られ、刃は俺のバイザーの半分と左肩のパーツを砕いたが俺の命まで奪う事はなかった。

 

「ぐっ・・・」

 

「シャ、シャルル・・・・」

 

壁に激突する様に停止したシャルルを赤く染まりかけの視界で見る。おそらくさっきの一撃が当たったのだろう、俺の事を掴んでいた右腕から鮮血が流れ出ていた。

 

「シャルル、すまない・・・」

 

「ぼ、僕は大丈夫・・・だよ」

 

痛むのだろう、苦痛で顔が歪んでいる。その表情が今、俺の眼に移っているものと重なり、頭の中で過去の光景がフラッシュバックする。まるで頭に心臓があるかのように頭痛が脈打ち、吐き気を催す様な嫌悪感が全身を支配している様だった。

 

「零司、あれは一体・・・」

 

「簡単に言えば・・・ドイツが生んだ最悪の産物、その一つだ」

 

そう、最悪の産物だ。VTシステム、正式名称ヴァルキリー・トレースシステム。かのIS全国競技大会、『モンド・グロッソ』における各部門優勝者には『ヴァルキリー』という称号が与えられた。このVTシステムとはその名の通り、『モンド・グロッソ』における『ヴァルキリー』達の戦闘経験をそのまま再現、実行するプログラムの事だ。

 

だがこのシステムはIS条約である、『アラスカ条約』であらゆる国家ないし企業での開発、生産が禁止とされている。その理由としては、性能面での異常性からもあるが、問題はその使用者に対するリスクだ。

 

このVTシステムの起動条件としてレベルD以上の損害と使用者の負の感情に反応するとある。この際に使用者に対しての精神リンクを行い、その感情を感じ取るのだが・・・

 

「使用者があまりにも深く呑まれれば、VTシステムに精神を乗っ取られてしまう」

 

「・・・助からないの、それは」

 

「運が良くても廃人だろうな・・・」

 

「ボーデヴィッヒさんはこの事を知って、『シュヴァルツア・レーゲン』を―――」

 

「馬鹿な・・・」

 

このシステムができた時、俺はまだドイツにいた。あの様な兵器は兵士を侮蔑するものだと、ラウラも言っていたんだ。そのラウラが、こんな力に自分から頼るはずがない。

 

「助け出さないと・・・」

 

ふらつく足元をなんとか支えながら、立ち上がる。眩暈や吐き気で相手を捉えるのもままならない。だがそれでもやらなくては・・・ラウラをあそこから救い出さないといけない。

 

「俺が助け出さないといけないんだ・・・」

 

「駄目だよ、零司・・・」

 

「俺が・・・俺があれを壊さなくちゃいけないんだ・・・じゃないと、ラウラが!」

 

「零司ッ!」

 

パァンッと弾ける様な音と共に俺の頬に痛みが走った。あまりに唐突な出来事だった。シャルルが俺の頬を叩いたという事実を理解するのに、数秒時間がかかったほどだ。

 

「駄目だよ・・・そんなんじゃ駄目だ」

 

「シャルル・・・なんで止める!なんで・・・」

 

「零司、今自分がどんな目にあってもって思ったでしょ?」

 

図星を付かれ、俺は押し黙った。シャルルは厳しい視線でこちらを見ながら、黙った俺に向かって続ける。

 

「僕はどうしてあのVTシステムにどんな因縁があるのかは分からない。でも、それでもこれだけはわかるよ」

 

「シャルル、お前・・・」

 

「そんな風にして、もしも零司が酷い目にあって、それで助かったとしてもボーデヴィッヒさんは喜びやしないよ」

 

必死過ぎるくらいのシャルルに気押されて、俺は言葉を失っていた。シャルルの言っている事はわかる。多分、俺にもしもの事があったら、あいつは自分を責め続けるだろう。自分を恨み続けるだろう。

 

「ボーデヴィッヒさんを助けくちゃならないって? わかってるよ、それは。でも今のままじゃ行かせない・・・・だって―――」

 

痛みをこらえながら、悲痛な笑みを浮かべるとシャルルは言った。

 

「誰も幸せにならない助けなんて、そんなものは誰もいらないから」

 

その言葉を聞いて、俺は虚を突かれて唖然となっていたがゆっくりと瞳を閉じた。そうだよ、何一人で気張っているんだ。また俺だけ犠牲になればいいとか思っていたのか? 自惚れもいい加減にしろってんだ。

 

「ああ、そうだな・・・そうだよな」

 

まったく、失笑モノも良いところだ。護るんだろ、皆を。この学園を。だったら、命を張るとか言う前にこんな障害くらい余裕で乗り越えて見せろ。お前にはその為に授けられた(ちから)があるだろう。

 

「零司はボーデヴィッヒさんの騎士(ナイト)なんだから、ちゃんと受け止めてあげないと駄目だよ」

 

「ああ、そうだよな・・・・悪いな、シャルル・・・おかげで目が覚めた」

 

「そっか・・・よかった」

 

ふとシャルルが力が抜けたのか、俺の方へと倒れてきた。俺はシャルルをアリーナの壁へと寄り掛からせる。

 

「少し待っててくれ、シャルル。助けなきゃならない奴がいるんだ」

 

無言で頷くシャルルに背を向けて、黒いIS・・・ラウラを視界に捉える。赤い世界が鮮明になって行く。頭痛も眩暈も消え、完全に元の状態に戻っている。まだ行ける、俺はあいつを・・・ラウラを助ける事が出来るんだ。

 

「なあラウラ、聞こえてるか?」

 

届いているのかは定かではない。いや、おそらく届いていないだろう。だがそれでも俺はラウラに告げる。

 

「ちゃんと理解したよ・・・大丈夫だ、お前を悲しませたりはしない」

 

絶対にお前を悲しませはしない。そしてその力からお前を解放してやる。

 

「そこで待ってろ―――」

 

決意を新たに、俺は地面を蹴った。

 

「―――今、そこに行く」

 

ブースターから赤い粒子を撒き散らしながらラウラへと突っ込む。シールドエネルギーは残り少ない。おそらく相手の攻撃はシャルルの傷を見るに『絶対防御』を貫通するものだろう。ああ、もしミスったら死ぬ可能性だってある。だがそれがどうした。だったらミスるな、今この瞬間に全力を見せろ。そして誰も悲しませるな。何故、(ちから)を持つのか、それは俺の大切なものを護る為だ。だったら、結果は一つしか認めない。

 

 

 

 

―――『さあ我らが英雄よ、私に見せてくれ・・・君の力を』―――

 

 

 

 

「うおおおおおおっ!」

 

『瞬間加速』により、全てが鈍速に感じられる世界の中でブリュンヒルデの幻影は自身の剣を掴むと下段から逆袈裟斬りを抜き放つ。迫る鋭く、触れたものを全て切り裂く様な鮮明な太刀筋。それは確かに俺を捉える。

 

―――ブシュッ!

 

「そいつは俺の大切な人なんだ・・・・」

 

噴き出た鮮血と共に『黒天』の胸部装甲が剥がれ落ちた。しかし、止まらない。止まりはしない。その様な(ちから)で俺を止められるとでも思ったのか、幻影よ。ならばその違いを・・・俺とお前の思い(ちから)の違いを見せてやろう。

 

「返して貰うぞ!」

 

上段から振り下ろされる、先ほどの斬撃と交差して斬り出された袈裟斬りが両腕ごとそのISの胸部を叩き切る。『雪片』を持った腕がはじけ飛び、斬られた線から零れ落ちる様にして出てきたラウラを俺は優しく抱き止めた。

 

 

 

 

Side ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

私は・・・戦う為に作られた遺伝子操作素体だ。名前は私を指し示すコード。性別だって、たまたま女だったからそうなっただけ。私の全ては祖国であるドイツの為に戦う事が使命であり、それ以外の理由はいらなかった。

 

そしてあの忌まわしき『境界の瞳(ヴォーダン・オージュ)』の移植実験以来、私の存在意義は失われた。全てにおいて優れていたはずの私は消え去り、部隊の人間は敵となった。あの嘲りと侮蔑の視線を今でも鮮明に思い起こす事が出来る。

 

そして与えられた出来損ないの『烙印』、それを恥じ、隠す様に眼帯をしていた。この瞳が憎かった。私の全てを奪った、この瞳が。目が見えない、基本兵士以下の遺伝子強化素体。軍人としてはもはや除隊、そして廃棄処分までもが決定していたらしい。

 

しかし、その話を聞いた時には私は何の疑問すら感じなかった。使えないならば、切り捨てる。当り前の事だ。栄光あるドイツ軍人であれば、なおさらそうだろう。もはや消される覚悟はできていた。生き残る理由などなかった・・・・そう、なかった、のだ。

 

『ラウラか、良い名前だ』

 

彼が現れてから、私の全てが塗り替えられていった。黒瀬少佐と出会ったのは、彼の受勲式の時だった。この時には存在を隠されながらもすでに彼はドイツ軍でも有数のIS搭乗者だった。数多の戦場を駆け抜け、そして中東で起きたとある内乱を終結まで持って行った英雄だった。

 

最初に彼に抱いた感情は『嫉妬』に近いものだった。私はどうして彼の様になれない。自分には力があった。それなのにどうして、と。だから私は問い詰めた。彼に、私とあなたの違いは何なのかと。

 

『俺は俺で、お前はお前だからだよ。お前はどうやったって俺にはなれないし、俺はお前にはなれないだろう? だから、お前はお前の望む・・・お前になればいいんじゃないか? その為だったら、俺はいくらでも協力するぞ』

 

単純明快だった。何を問うんだという様な顔をされた。だが、私の心は何か付き物が落ちた様な感じだった。それからだった。私が彼と時間を共にするようになったのは。

 

彼は私を余すことなく鍛え上げた。別に特別な訓練を行ったわけではない。彼は自身の持っているISの技術を私に叩き込んで行った。そして私はIS専用部隊へと入隊する事になるレベルにまで叩き上げられていた。

 

嬉しかった。出来損ないだった自分がここまでできるのだという事を証明できた。だがそれ以上に彼に喜んでもらえたのが、何よりも嬉しかったのだ。

 

おそらく、この頃からだろう。私の心に『黒瀬零司』という存在が住み始めたのは。彼に褒めてもらえるのが、彼と共に居るのが・・・・そして彼の笑顔を見るのが嬉しかった。だからこそ、私には理解できなかった。

 

『お前には理解できないだろうし、理解させたくもないんだよ・・・ラウラ』

 

あの丘で別れて、私と再開した少佐はそう言った。全てに絶望し、私の声はもう届く事はなかった。嫌だった。彼の輝きを、彼の温かさをもう一度、私は感じたかった。

 

『良くやったな、ラウラ』

 

褒めてもらえて、嬉しかった。

 

『行くぞ、ラウラ』

 

側にいるのが、誇らしかった。

 

『ありがとうな、ラウラ』

 

柔かい笑顔が、眩しかった。

 

失いたくない。失いたくなかった。だからここまで来た。この場所で来たんだ。彼を取り戻したくて、あの笑顔がまた見たくて・・・

 

そしてこの場所で彼は笑っていた。私がいない、この場所で。

 

私はおそらく、それが許せなかったのだろう。何故、その笑みを向けてはくれない。どうして、またあの場所で笑ってくれないんだ。

 

自分の中の黒ずんだ感情が流れ出るのがわかった。恨みは妬みに、怒りは嫉妬だった。私は・・・この場所を許せなかった。この場所が少佐を縛り付けている、だからこの場所を憎み続けた。だが・・・違った。

 

彼はこの場所で満足していると言った。縛り付けられてなどいなかった。むしろ望んで、この場所にいたのだ。

 

私は認めたくなかった。理解はしているのに、止まらなかった。そして私は今、最悪の形で彼の前に立っている。

 

これは私にとっての罰なのかもしれない。事実に目を瞑り、耳を塞いで、関係のない者達まで傷付けた私に対する罰。その罰ならば、私は受け入れよう。それが少佐に対する罪滅ぼしとなるならばこれでいいのかもしれない。

 

だけど・・・もし許されるのならば・・・

 

あの優しい笑顔の元へ・・・もう一度―――

 

「なあラウラ、聞こえているか?」

 

――――少佐?

 

「ちゃんと理解したよ・・・大丈夫だ、お前を悲しませたりはしない」

 

―――・・・私は・・・

 

「そこで待ってろ―――」

 

―――・・・えっ?・・・

 

「―――今、そこに行く」

 

不意に聞こえた少佐の声。その声に私は目を瞑る。あなたは・・・あなたという人は。あなたに罰せられて、それで良いと覚悟を決めた次の瞬間にはこれだ。罪を認め、罰を受ける・・・それなのに・・・あなたは私をその罰からも救おうというのか。あの暗闇に手を差し伸べた様に。また私を救うというのか。

 

―――・・・少佐・・・私は・・・

 

心が温かくなる。それは彼の居た時にこの感じたものと同じ。心地よくも、擽られる様なこそばゆさを感じさせる。側にいたいと思い続ける、その原因ともなったこの感情。これは・・・まさか・・・

 

そう思った瞬間、点から光があふれ、私を照らし出した。そこに見えるのは剣を持ったIS。それはまるで黒騎士の様に力強く、点を線へと変えた。そしてそこに見えたのはとても優しい笑顔。それを見て、私は確信した。

 

「ごめんなさい、少佐・・・」

 

「謝るな・・・お前は悪くないさ。俺の方こそ、すまなかった」

 

ああ、なんだ。単純な答えじゃないか。またあなたに笑われてしまうな・・・

 

「おかえり、ラウラ」

 

「・・・はい」

 

私はただ、あなたの事が好きだったんだ。

 

Side off

 

 

 

 

Side 織斑千冬

 

「おおっと、そこまでだ」

 

保管庫に金属同士のぶつかる音が鳴る。見ると、私の首に迫っていた大鎌は背後から突き出された三又の槍によって防がれていた。少女はその背後を見ると、口端を釣り上げた。

 

「あら、他にも居たみたいですね」

 

「また気付かれなかったよ・・・前も思ったけど、私はそんなに影が薄いのか?」

 

左手で口に咥えた煙草を持ち、紫煙を吐き出すと同時にイリア・ブルシロフスカヤ教員はぼやくように言い、大鎌を外側へと弾くとそれと同時に私は彼女と共に少女から距離を取った。間一髪とはまさにこの事、ブルシロフスカヤ教員の登場は私にとっては思ってもみない援軍であると同時に命を繋いだ事を意味していた。

 

「ちょっとヤバかったみたいだね、織斑先生?」

 

「ええ・・・今のは助かりました」

 

そう短く言葉を交わすと、ブルシロスカヤ教員は一本の近接ブレードを『展開』し、私に渡す。そして二人で赤く染まったドレスを着た少女を睨み付ける。先ほどの不可解な現象を見るに、相手は何か隠し玉を持っていると思っていいだろう。だとすると、油断はできない。

 

「さてと、侵入者さん? 大人しく掴まってくれないかね」

 

「まあ、この状況はそうはならないだろうがな」

 

「・・・・ハァ」

 

私とブルシロフスカヤ教員を見て、少女はため息を吐くと両手を広げた。

 

「あなた達と戦うのは構わないのですが、私達も生憎時間がないもので・・・」

 

そして先ほどの鎌と同じ、赤い光が瞬時に彼女の背後の収縮し、クジャクの様な九枚の羽の様なものが形成される。何をするつもりかは分からない。だがこのまま行動を許すつもりもない。私とブルシロフスカヤ教員の奇しくも同じものだったらしく、私達は少女へ向けて床を蹴り、それぞれの得物で攻撃する。

 

「ハッ!」

 

「シッ!」

 

迷いのない、的確な斬撃と刺突。だが少女はそれを大鎌の刃と持ち手の部分で華麗に弾くと、部屋の奥へと後退。そして次の瞬間に展開された羽の先が赤く輝いたかと思うと――

 

「失礼させていただきますよ・・・お二人共」

 

収縮した光は破壊エネルギーとなって射出され、天井の一点に九発のレーザーが命中。地下六百メートルにあるこの場所に天空をあらわにさせ、光を降らせた。その光に照らされながら、少女は私達に笑いかける。その笑顔は寒気がするほど、美しいものだった。

 

「それでは、お二人共・・・さようなら(アウフヴィーダーゼン)

 

「待てっ!」

 

「逃がすかっ!」

 

飛ばせはしない。その思いを込めた電光石火の突きが少女の両肩へと打ち出される。そしてそれは確かに少女の両肩を貫いた・・・かに見えた。

 

「・・・なっ!?」

 

「・・・これは・・・」

 

ブルシロフスカヤ教員の表情が驚愕の色に染まった。おそらく、私も同じ様な顔になっているのだろう。確かに、私と彼女の刀と槍は少女の肩を捉え、貫いていたのだ。だが、結果はどうだ。外した・・・いや、外したならまだ納得できた。

 

「これはどういうことだ・・・」

 

「・・・居ない・・・だと?」

 

そう、少女はすでに私達の目の前から居なくなっていたのだ。貫く瞬間はこの目に移っていた。疑似展開として眼前にハイパーセンサーを起動してまでして、しっかりと確認していたのだが・・・

 

「まったく、自分の眼を疑いたくなるな・・・」

 

「考えるにあの少女のISのシステムか何かか・・・」

 

苦々しく、言いながら千冬は天井に開けられた大穴を見上げる。侵入者に逃げられ、その上に解読終了していないISのコアまでも盗まれてしまった。自分の不甲斐なさに刀を持った手を握りしめる。そんな千冬の背中をポンとイリアが叩いた。

 

「ま、そうカリカリするな。確かに逃げられたが、私達は最善を尽くした・・・」

 

「・・・しかし――」

 

「ほら、それよりも私達がしなくちゃならない・・・・というより、君がしなくちゃならない事が他にあるだろ?」

 

そう言うとブルシロフスカヤ教員は自分の耳元をトントンと叩く。それはおそらく、私の耳にある通信用イヤホンの事を指しているのだろう。自分の耳に入った通信用イヤホンを第二アリーナ会場と繋いだ。すると―――

 

「やったー! やりました! やりましたよ、織斑先生! 黒瀬君が、黒瀬君が―――!」

 

ブツンッ!

 

あまりにも大音量で鼓膜が破れるのではないかと思うほどの山田先生の叫び声に私は即座に通信を切った。そんな私の背中をブルシロフスカヤ教員は笑いながら押した。

 

「さあ行こう。今年の学年別トーナメント唯一の勝者だ。せめて我々でしっかり祝ってやらなければ」

 

「あなたに言われなくても、そのつもりです」

 

「そうか・・・では行こう」

 

内心ではブルシロフスカヤ教員も不安が絶えないのだろうが、彼女は笑う。ならば私もこの事は胸の奥へと秘めて、零司に会いに行こう。せめての最高の賛美を我が弟子に送る為に。

 

 

Side off

 

 

EP26 END

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。