IS もう一つの翼   作:緋星

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EP2 残り時間:一週間

「今日の授業はここまでだ。基礎だからといって復習を怠るな・・・特に織斑、お前は良くやっておく様に」

 

「・・・はい」

 

中庭の話し合いから数時間、教室で行われる授業の終わりに千冬さんの辛辣な言葉を聞いて、落としていた肩をより一層縮み込ませ、織斑は返事をした。千冬さんのセリフでわかる様に、今は放課後だ。俺はそこでぐったりとうなだれる織斑と違い、しっかりと授業内容を聞いていたが・・・正直、基礎知識のオンパレードなので完全に復習の域の為に頭の中では他の事を考えていた。他の事とはもちろん、一週間後に決まったオルコットとの試合だ。

 

まあ、それはそうと・・・

 

「大丈夫か、織斑」

 

「ああ、黒瀬・・・さん」

 

一瞬、つっかえた後にさん付けで俺の名前を呼ぶ。午前中の千冬さんの言葉が響いてるな、こりゃ。

 

「・・・そんな固くなるなよ」

 

「いや、でも年上なんですし・・・」

 

「俺が話辛いんだよ・・・この学校で唯一の男友達がこんなんじゃ、今後やり辛いだろ。俺もお前も・・・・それに年上の言う事は訊いておけ」

 

俺がそう言うと、織斑は考えているのか少し黙り、そして頷いた。

 

「・・・わかったよ、そうさせてもらうよ黒瀬」

 

「零司でいい」

 

「ああ、零司・・・俺も一夏でいいぜ」

 

「ああ、よろしくな一夏・・・で、授業の方はどうだった」

 

軽く握手をしてからそう訊くと織斑・・・いや、一夏は露骨にげんなりという表情を浮かべて、再び机にうなだれた。

 

「しょ、正直意味がわからん・・・・なんでこんなにややこしいんだよ・・・」

 

織斑は教科書をペラペラとめくった後にため息交じりに言った。今日の授業がわからんか・・・なるほど、入学前の参考書を捨てたってのは冗談じゃないらしいな。なんでそんな事をするかね。

 

「だけどな、そいつはお前が悪いだろ。古い電話帳と間違えるってどういうことだ」

 

「いや、だって厚さ的にほぼ電話帳だろ、あれ・・・・・っていうか、零司はわかったのか?」

 

「モチのロンだ」

 

その返答に一夏は目を丸くして俺を見た。いや、参考書で勉強とかはしてないけどさ・・・全部前もって知ってる事だし。

 

「まあ俺は知り合いにISの関係者がいたしな。そこからちょいと教えもらったのを頭の隅っこに残しておいただけだ」

 

「なるほどな」

 

「・・・というか、そういう関係ならお前には千冬さんが居るだろうに」

 

「あー、千冬姉は俺をISから遠ざけている節があったからな。あんまりそういうのはない」

 

遠ざけられていた・・・か。第二回『モンド・グロッソ』の決勝の時の件もあるからな。そういう点で警戒しているのかもしれないな、千冬さん。まあ、あんまり自分の功績とかを自慢する人でもないがね。

 

「でも助かったぜ」

 

「ん?」

 

「男子の零司がISの事を理解してるなんてな。色々教えてくれよ」

 

心底安心したのか、笑顔を浮かべる一夏。いい笑顔だな。作りの良い顔立ちだからこんな笑顔を女性に向けたら、かなり効果あるぞ。特にうら若き十五歳の乙女達には効果バツグンだろう。

 

「お前って結構な危険人物かもな、この学校では」

 

「は? それってどういう意味だ?」

 

「ああ、織斑君。それに黒瀬君も。まだ学校にいたんですね。よかったです」

 

教室に入って来た山田先生が俺とその横で首をかしげる一夏を見つけるとこちらに走り寄って来た。山田先生、そんな短い距離なのにそんなに焦らんでも・・・それにそんなふうに走ると・・・

 

ズッ

 

「きゃっ!?」

 

「おっと!!」

 

案の定、足を床につっかえさせて前のめりにこけてしまった山田先生を俺は情景反射的に抱き止めた。ふぅ、間一髪といったところか・・・もう少し反応が遅れていたら床に顔面衝突だった。

 

「・・・大丈夫ですか、山田先生」

 

「・・・・・」

 

抱き止めた山田先生にそう尋ねるが、返事が返ってこない。ただ茫然と俺の顔を見ている。どうしたというんだ、山田先生。もしかして変な所でも触っているのだろうか・・・・いや、触れているのは肩だから特にそれはないな。

 

「・・・あの、山田先生?」

 

「・・・・・」

 

呼びかけても返事が返ってこない、硬直して全く動く気配もない・・・・返事が無い、ただの屍の―――

 

「ひゃわああああっ!?」

 

―――様ではなかった。返事をした、盛大な返事が返って来た。ただ悲鳴を、マンドラゴラを引き抜いた時の様に聞こえて来る大絶叫を返事というのならば、だが。

 

「――――ッ!!や、山田先生、落ち着いてください!!」

 

「あわ、あわあわあわあわ・・・・」

 

両肩を掴んだままの俺は悲鳴を受けて耳を痛めながら、落ち着かせるように言うが山田先生は顔を真っ赤にして、泡を食っている。一体どうした、平常心に戻りなさい山田先生。あなた、教師でしょうが!

 

「だ、だだだだだ駄目ですよ黒瀬君!!私達は教師と生徒の関係であって・・・そんな強引にされたら私・・・」

 

うん・・・・ちょっと、言ってる意味わかんないかな。俺ってほら、正常な人間だから。

 

「どうしていきなりそんな突飛な話になってるんですか」

 

「そ、そうですよね・・・こういうのはもっとゆっくりと関係を築き合って行ってから・・・だ、だけど駄目!!私は教師という聖職者なんです!!そんな生徒と禁断の関係なんて・・・」

 

「だから――」

 

「何をしているんだ・・・」

 

呆れ気味の声を聞いて、顔を上げると背後に頭を抱えた千冬さんが立っていた。おおよかった、話の通じる教員が居てくれて本当に助かった。

 

「いいから手を離してやれ、いつまで抱き止めてるんだお前は」

 

「あ、そうですね・・・離しますよ、山田先生」

 

「は、はいっ!!」

 

千冬さんに言われて気付いた俺は山田先生の耳元でそう告げると肩から手を離す。山田先生はヨロヨロと数歩俺から離れると千冬さんの隣に移動した・・・・大丈夫か?

 

「・・・・山田先生」

 

「あ、えと・・・その・・・」

 

「もう少し黒瀬にも慣れてくれ。彼は君の生徒なんだぞ?」

 

「す、すいません・・・」

 

千冬さんの言葉を聞いて、叱られた犬の様にシュンと肩を落とす山田先生。なんだかそんな山田先生にすまないと思うと同時に少し可愛いと思った。なんだか本当に年上には見えないなぁ、この人。

 

「お前もお前だ、黒瀬。少しは山田先生の扱いに気を付けろ」

 

「そんな危険物に触れるみたいに言わなくてもいいじゃないですか」

 

「いいや、言わせてもらう。私は面倒が嫌いなんだ」

 

ウェンデイズ機関の専属契約でもしたことあるんかね、千冬さん。

 

「織斑、お前もぼさっと見ていないで少しは止めろ」

 

「いや、俺も止めに入る暇がなかったというか・・・」

 

「私が聞きたいのは言い訳ではない・・・『はい』か『イエス』か、だ」

 

「・・・はい」

 

・・・酷いな、千冬さん。というかこんな姉を持った一夏にはある種の同情の念を感じずにはいられない。合掌。

 

「勝手に殺すな」

 

「それはそうと、結局なんの様だったんですか?」

 

「ああ、実はお前達の寮の部屋が決まった」

 

そう言って千冬さんは俺と一夏に書類と鍵をよこした。ここ、IS学園は全寮制である。将来有望なISの操縦者を学園側が保護するという名目で、学園の生徒は余すことなく、全員寮生活を義務付けられている。

 

実際のところ、IS学園の生徒=未来の国防という式が成り立つ為に、学生であるこの頃からあれこれ勧誘する国が絶えない。もしかしたらどこぞの国の潜入工作員に拉致されてしまう、なんて笑えない事になる可能性もある。それに対する防衛策と考えれば、当然だろう。

 

「俺の部屋、決まってないんじゃなかったっけ? 一週間は自宅から通学してもらうって聞いたんだけど・・・」

 

「事情が事情だからな、無理矢理にでも変更したんだろ」

 

「そうらしいです。織斑君はそのあたりのことって政府から聞いていますか?」

 

復活した山田先生の問いに一夏は首をかしげていた。ちなみに政府ってのはもちろん日本政府だ。これまでに前例のない事態だから保護と監視を付けておきたいのだろう。こんなレアな生体を野放しにしておくわけにもいかんだろうしな。

 

「というわけで、最優先で部屋を用意した。早めに目を通しておけ」

 

「はあ、でも俺は荷物準備しておいたからいいとして、一夏はどうするんです? 用意なんて出来てないだろ、お前」

 

「ああ、まったくしてない」

 

「堂々と頷くな・・・安心しろ、私が用意してやった。まあ、着替えと携帯電話の充電器くらいの生活必需品だけだがな」

 

さすが合理主義者。必要のないと判断したものは全て切り落とす。それが他人に対する事であっても同じとはね。なんか本気で一夏が可哀想になって来た。

 

「と、とりあえず時間を見て部屋に行ってくださいね。夕食は六時から七時、寮の一年生用食堂でとってください。ちなみに各部屋にはシャワーがありますけど、大浴場もあります。学年ごとに使える時間が違いますけど・・・えっと、織斑君と黒瀬君はまだ使えません」

 

「え、なんでですか?」

 

そう訊き返す一夏にさすがの俺もずっこけそうになった。お前、この学園の生徒がなんだか考えてみればわかるだろうに・・・

 

「・・・もういいや千冬さん、こいつを大浴場に投げ込もう。その瞬間、大欲情になるかもしれんけど」

 

「誰が上手い事を言えと言った・・・まあ、こいつの天然加減に少々私も呆れたがな」

 

「な、なんだよ。俺が大浴場使っちゃダメな理由でもあるのかよ・・・」

 

「「大ありだ」」

 

千冬さんと声を合わせて、一夏へと応えた。ここまで天然だとワザとじゃないかと疑いたくなるぞ。

 

「お前は同年代の女子と一緒に風呂に入りたいのか?」

 

「あー・・・・」

 

「ようやく気付いたか、このアホ」

 

一夏は俺達にそう言われて、ようやく思い出したようだ。この学園には女しかいない。俺達に大浴場の使用を許可したならば・・・・本当にどうなるか予想できない。

 

「お、織斑君っ、女子とお風呂入りたんですか!? だっ、駄目ですよ!!」

 

「い、いやっ、入りたくないです」

 

「ええっ?女の子に興味が無いんですか!? そ、それはそれで問題の様な・・・」

 

おいおい山田先生、だから考えが突飛過ぎやしませんかね? なんだか本当に心配になって来たんだが・・・

 

「織斑君が女に興味が無い!?」

 

「織斑君が男に興味がある!?」

 

「織斑君が黒瀬さんを後ろから狙ってる!?」

 

おお、『婦女子談義』の猛者達よ。どうしてそうなった。もう一度言おう、どうしてそうなった。

 

「安心しろ、一夏。俺はうら若き乙女にしか興味はない。それともし後ろから襲いかかったら頭部を粉砕するつもりで裏拳を打ち出すから覚悟しておけ」

 

「お、俺はそんなことしないっ!!」

 

「大丈夫だ一夏、いざって時はお前の頭部が無くなるだけだ。俺に被害はない」

 

そう、俺はうら若き乙女にしか興味ない。男なんて論外だし、女だって選ぶさ。たとえば千冬さんなんて――

 

パァンッ!

 

「何故に・・・殴るんですか?」

 

「いや、今お前に侮辱されたと思ってな」

 

「何も言ってないじゃないですか・・・・」

 

そう言うと千冬さんはフンと鼻を鳴らして、俺を視線から外す。しかし当たってるのが恐ろしい。千冬さんって読心術とかできんのかな・・・やべ、出来ても全然不思議じゃない・・・

 

「え、ええと、それじゃあ私達は会議があるので、これで。二人とも、ちゃんと寮に帰るんですよ。道草くっちゃダメですよ」

 

道草ね。この先にある学園、寮間五十メートル内で道草くえる場所があるなら教えて欲しいですよ。

 

「とりあえず、寮に行くか・・・お前も限界だろうしな」

 

「お、おう・・・さすがにこの視線の中にこれ以上いるのはさすがにな」

 

「目下の目標はこの視線になれる事だな、俺もお前も」

 

千冬さんと山田先生の二人を見送った後、一夏を引き連れて、騒がしい『婦女子談義』の続く学園を出て、俺は寮へと避難する事にした。

 

 

 

 

 

「1032号室・・・ここか」

 

「なんだ、他の部屋とは変わらないんだな」

 

番号札を確認する一夏の横で感想を呟くと鍵を差し込む。ガチャリという音がして、鍵を外すと扉を開いて部屋に入ると、大きめのベッドが二つ、まず目に入った。そこにさっき持ち込まれた荷物をベッドの上に放り投げる。

 

「おー・・・・ふかふかだな」

 

「ここは天下のIS学園だ。こういうとこにも金使ってんだろ」

 

ベッドに倒れ込み、幸せそうな顔をする一夏に対して適当に応える。さてと、部屋に来たが何するか。特にやる事もないんだが・・・

 

「とにかくシャワー浴びるかね・・・」

 

「ん? まだ風呂には早くないか?」

 

荷物からバスタオルと着替えを取り出すと一夏が不思議そうに尋ねてきた。確かにまだ六時回ってないくらいだし、風呂には早いだろう。

 

「いいだろ、別に。単純に風呂好きなんだよ」

 

「ああ、なるほど。俺も好きだぜ、風呂」

 

「ま、シャワーってところがちょっと嫌だがね。そうは言ってられないからな・・・てなわけでお先に」

 

「おう」

 

一課の短い返事を聞いて、俺はバスルームへと入る。着替えをかごに置いて、ジャグジーを捻る。熱めのシャワーが俺の脳天から降り注いだ。

 

「・・・一週間か」

 

午前中の授業、三時間目の決定。一週間後にあの代表候補生であるセシリア・オルコットと試合をする。

 

代表候補生とは、言葉の通り一国を代表する有能なIS操縦者の候補生だ。つまりそれなり以上の相手となる。しかもどのような相手なのかは情報一つない。

 

別に俺は自分が戦闘愛好家だという自覚はない。だが、一週間後の戦いが待ち遠しくは思っている。いや、これは戦いたいという思いではない。おそらく早くISに乗りたいという思いだろう。三年前まで、俺はISと共に生きていた。ISがあるから生きていた。ISがあるから黒瀬零司は存在していた。

 

「・・・ISにまみれた人生か」

 

そうだ、俺にはISしかない。男がISを操作できるというイレギュラー・・・それこそが俺の存在理由だった。だが、それは一年前に無くなってしまった。ISは俺を拒絶するように手元から離れて行った。

 

「ようやく俺は・・・」

 

怠惰的な一年間。苦痛にも思えた一年間。それが終わる。一週間後に、終わるのだ。オルコットには悪いが、絶好の機会とさせてもらう。俺が空へと戻る為の足掛かりになってもらおう。

 

「待ってろよ・・・」

 

誰に言うでもなく、小さく呟く。目の前にある鏡に映った俺の顔は、確かに笑っていた。

 

EP2 End

 

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