IS もう一つの翼   作:緋星

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EP29 安堵の時を感じ、舞台はただゆっくりと

Side ???

 

IS学園の北部、そこは生徒達が寄りつかない場所。それは決して、いわく付きであるとか危険地域というわけではない。だったら何故寄りつかないのか、それは簡単な理由だ。単に何もなく、着目すべきところがないからだ。少し小高くなっている足場から見えるのは一面の蒼い海。海を見るという理由で来るのだったら、まあわからないでもない光景だが、島型であるこの学園に居たら、海なんて腐るほど見る事が出来る。だからそんな光景にもいい加減、見飽きている。

 

しかし、そんな場所には二人の女性教員の姿があった。

 

「次はここね・・・」

 

「さすがにここには生徒はいませんよ・・・はぁ・・・」

 

IS学園二年四組担任である相沢教員は薄型レンズの眼鏡を上に上げながら神妙な表情で呟き、一年四組の副担任である飯島教員はその隣で小さくため息を吐いた。

 

「かれこれ、もう三時間以上見回りしているんですから・・・もう戻りましょうよ、相沢先生・・・はぁ」

 

何故こんな場所に教員である彼女達がいるのか。いくら日曜日だからといって、三時間も見回りに時間を裂いているのはいささかおかしいところである。しかしそれにも無論のことながら、理由がある。

 

「ちょっと飯島先生、さっきからなんなんですか、そのため息は」

 

「いえ、だってこんなに見回りしたって・・・そんなほいほい襲撃者だって来ませんよ」

 

「だってもへったくれもありません!・・・まったく、教師としての自覚が足りてないんじゃないかしら」

 

不満を言う飯島教員に相沢教員は冷たく言い放った。何故、二年教師陣の二人がこんな場所に足を運んでいるか。その理由は二人の会話からわかる様に、最近頻発する襲撃事件の所為である。

 

五月に行ったクラス別対抗戦と六月に行った学年別トーナメント、この二つのイベント時に学園へと潜入してきた襲撃者達。

 

IS学園はISという競技用ながらも、いくらでも兵器転用が可能である機体を運用している。『アラスカ条約』によって競技用のみ使用できるとなっているが、兵器転用が可能であるという事実には変わりは無い。故に学園への襲撃は、何処からの勢力にしろ、すでに予測された事態であった。

 

そう予測された事態。それにもかかわらず、学園側は襲撃者の学内侵入を許してしまった。

 

その事実はIS学園の信頼を大きく揺るがす問題であり、あってはならない事なのだ。よって今後はそんな事態が起こらない様に学園側は見回りの強化を行っているのである。

 

「それに私達程度じゃあ、もし襲撃者に出会っても返り討ちですよ」

 

「あなたは無駄口しか叩けないのかしら?」

 

相沢教員は高台の縁を歩きながら飯島教員を睨みつけて黙らせる。しかし、彼女も飯島教員の言いたい事は理解できていた。

 

襲撃者の情報を思い出す。一回目の襲撃、つまりクラス別対抗戦の時の相手。相手は自立軌道型が六機。一機はアリーナへと侵入し、試合中だった一年の専用機持ちである織斑一夏と凰鈴音、一機は一機目と反対方向から侵入を測ろうとしたところイリア先生、そして最後に四機はこれまた一年の黒瀬零司と彼のクラスの副担任である山田先生によって撃墜された。あと未確認機体が一機いたが退避。この戦力を見るところ、我々だけでもある程度は対処できるだろう。

 

問題は学年別トーナメントの襲撃者。警備の目をかいくぐり、誰に気付かれる事もなく地下の機密保管庫へと侵入。駆けつけた教員五人を撃退した。そして何よりも着目すべきは、あの織斑先生とイリア先生を出し抜いて、ノーリスクで逃げ切ったというところだ。いくら織斑先生の手元に愛機である『暮桜』が無いとはいえ、それでも教員達の中では実力は随一、それを笑って捌き、逃げ出す事が出来るなんて化物だとしかいえない。

 

もし今この場で学年別トーナメント時の襲撃者、もしくはそのレベルの実力者に出会ったとして、私は一体何ができる。この学園に赴任してきてから三年と数カ月、襲撃者がなかったかと言えばNOだ。その襲撃者達を撃退する事もした。だが、今回は別格だ。悔しいがおそらく飯島先生の言う通りだ。撃退はおろか、時間稼ぎすらもできるかどうかわからない。

 

しかし、逃げるわけにはいかない。私はこの学園の教員の一人だ。生徒を護る義務がある。だとするならば、それを全うするのが私のやるべき事だ。たとえ敵わぬ相手でも、襲撃を知らせる事くらいは出来るだろう。

 

「この人数で行う事自体無謀ですよ、それに―――」

 

相沢教員の覚悟をつゆ知らず飯島教員の愚痴は止まる事を知らない。さすがに頭に来たのだろう、相沢教員は振り返り、口を開いた。

 

「飯島先生! あなたいい加減に―――!」

 

そこまで言って、相沢教員の表情が固まる。それは驚愕の表情。視界の中で動く、飯島教員の背後に立つ人影に視線が完全に奪われていた。

 

「―――後ろっ!?」

 

「・・・えっ?」

 

動き出し、警告した時には時すでに遅し。人影は瞬時に動き、飯島教員の腕を締め上げて地面に叩き伏せると顔を上げて、相沢教員を睨みつけた。この時、本来ならば相沢教員は各教員にこの事態を知らせるべきだったのだろう。だが、それが出来なかった。

 

その原因、それはこちらを睨む襲撃者の視線。黒いダイバースーツを身に纏った相手から向けられる視線は情報に聞いていた、どの襲撃者とも違う。鋭く、まるでナイフを首元に突き付けられているかのような感覚。その殺意の籠った瞳に囚われ、一瞬でも彼女は怯んでしまったのだ。

 

「――ガッ!?」

 

紫色の粒子が襲撃者の腰辺りに収束したと思った瞬間、それはテールパーツを生成し、その二股に分かれた切っ先で相沢教員の喉を締め上げた。

 

(そんな馬鹿な、一体どこから侵入してきたというのだ。足音どころか、気配すら感じられなかったのに・・・)

 

「・・・なるほど、聞いた通りだ」

 

目の前が赤く染まり始める。脳に上手く酸素が回らず、全身の力が抜けて意識が朦朧として行く。

 

「あ・・・が・・・」

 

そしてバツンッという何かが切れる音と共に相沢教員の意識は深い闇の中に落ちて行った。

 

「ぬる過ぎる・・・貴様らは」

 

 

Side off

 

 

 

「海が綺麗だな・・・」

 

軽い揺れが心地よくすら感じる。学園と日本本島を結ぶモノレールに乗りながら、俺は窓の外にある海を見て、虚しく呟いた。すると、そんな俺の隣で苦笑を浮かべて話しかけて来る人物が一人、シャルロットだ。

 

「そ、そうだね・・・あはは」

 

そう隣で笑うシャルロットは半袖のホワイト・ブラウス、その下には同じライトグレーのタンクトップにティアードスカートという、夏にぴったりの私服姿を披露していた。その服装はとても可愛らしく、それでいて華やかさが目に見えてわかる。シャルロットの気品の良さにはよくマッチしており、彼女の美しさをより底上げしている。

 

しかし諸君、騙されてはいけない。この太陽の様な眩しさと美しさを持つシャルロット、彼女は極悪拉致犯罪者だ。俺を学園の食堂でスタンガンによって動きを封じ、拉致した人物なのだ。そしておそらく俺はこの後、名も知らぬ炭鉱や漁船に売り飛ばされてしまうんだ。

 

「ちょ、ちょっと零司! なんで僕がそんな極悪人になってるの!? そんな事しないよ!」

 

「だが前半は合っているだろうが」

 

「それは・・・零司、もしかして怒ってる?」

 

「イヤダナァ、ナニヲイッテイルンダヨ。オレハゼンゼンオコッテナンカナイヨ。ハッハッハッハッ」

 

表情を動かさずに片言でそう言うと、シャルロットはしょんぼりと項垂れる。そんな彼女を見て、俺は軽く吹き出した。

 

「冗談だよ、冗談。確かになんでスタンガンを使われたのかは分からないが、怒ってはいないさ」

 

「そっか・・・」

 

安心したのか、シャルロットはホッと息をついた。時刻はもうすぐ十時半といったところ。食堂での一件で自室まで連れて行かれた俺はシャルロットの「早く着替えてくれ」という要望通りに素早く私服姿に着替えると買い物に出かける事にした。

 

まあ、実際に買い物に行く事はすでに了承していた訳であり、何故あの食堂で俺にスタンガンを突き付けたかはわからないがやる事は同じ。なので深く理由を訊く事もしなかった。だが少し心残りがあるとするなら・・・

 

「ラウラも一緒に連れて行きたかったんだがな」

 

そう、ラウラだ。彼女は根っからの軍人育ち、故に今時の日用品などに疎いであろう。そうであれば、その時に誰か一緒に居て、その状態で買い物をした方が色々な判断が出来て、より良い買い物ができるに違いない。

 

(アイツの場合、使えればそれでいいって感じになっちゃいそうだからな)

 

どうせ女の子として生を受けたのだから、着飾ったりするのが普通だろう。確かに軍人としてそれはあまり必要ないのかもしれない。むしろ最後にはドイツに戻るであろうラウラには無駄な事ですらあるかもしれない。だがせめて、この学園で生活している時くらいは彼女を普通の女子として生活させたい、そういう俺の身勝手な我儘があり、その為にラウラを連れて来たかったのだが・・・今更戻って連れて行くというのもシャルロットに悪いだろう。

 

「仕方ない、また今度にでも連れ出すかな・・・ん?」

 

そんな事を呟いていると、隣からちょっとばかし冷たい視線。誰から、というのはもはや確認するまでもない、シャルロットだ。

 

「・・・なんだ?」

 

「零司、最近・・・というより、トーナメントが終わってからずっとラウラの事ばっかり気にしているよね」

 

「そ、そうか?」

 

拗ねたようなシャルロットに言われて、俺は改めてここ数日の事を振り返る。すると、ラウラに勉強を教えていたり、日本の作法や学園についてわからない事などを教えていて、確かにラウラばかりに付き添っていた気がする。

 

「皆、ラウラに付きっきりだって言っているよ。中には恋人なんじゃないか、なんて噂も立っているみたいだし」

 

「恋人? 俺とラウラが?」

 

「それぐらい、仲が良さそうだってことだよ」

 

そ、そんな噂が流れていたのか・・・いや確かに良く俺に質問を投げかけて来るし、後ろからついてくるもんで一緒にいる時間は多い事には多いが・・・まさかそんな風に思われているとは思わなんだ。

 

「うーむ、どちらかというと手のかかるもう一人の妹ってところなんだが・・・」

 

「その所ちゃんと説明しておかないと駄目だよ・・・青嶋さんみたいな人、結構いるんだから」

 

・・・・何故、そこで青嶋の名前が出て来るんだ? あいつが何か関係あるのか? それともあれか、この前みたいに涙目でこちらに攻撃してくる事が在ると言いたいのだろうか。

 

「それに・・・」

 

続けて、シャルロットは何か言おうとしたが少し詰まった様に言葉を止めた。横顔を見ると、少しばかり頬が赤い。

 

「零司は僕の居場所なんだから・・・こういう時くらいは・・・独占・・・させてよ」

 

「・・・あ、ああ、それは全然構わないが・・・」

 

少し上目遣いで発せられる言葉に不意を突かれた俺は目線を逸らし、静かに高鳴る心音を覆い隠すように平静を装いながら返事を返した。いかんな、見慣れない私服姿という事もあってかこういう不意を突かれると弱い。

 

しかし、シャルロットの意見ももっともだ。彼女は母親が死んでから、暗くて寂しいところに一人ぼっちでいたんだ。そしてようやく居場所を見つけたのだから、少しくらい独占したくなっても仕方がない。

 

むしろ、遠慮することで定評のあるシャルロットがこんな事を言って来てくれるのだからありがたいとすら感じられる。

 

「つ、着いたみたいだよ」

 

そんな事を考えているとシャルロットの一言と続くようにアナウンスが流れ、モノレールは停車した。早足に出て行くシャルロットの後ろに続いて、モノレールを出る。

 

「・・・凄い人混みだね」

 

「ま、日曜日だからな」

 

激しい喧騒が目の前に広がっており、俺は顔をしかめた。これじゃあ、はぐれたら確実に迷うな・・・

 

「シャルロット」

 

「何かな・・・あ」

 

俺に名前を呼ばれ、こちらを向くとシャルロットの視線は俺の顔からゆっくりと下へと降り、差し出した俺の手に目を止めた。

 

「れ、零司・・・これって」

 

「いや、ほら・・・こんなところではぐれたら大変だろ」

 

独占したいという、深い意味はなくとも、なんともストレートな要求になるべく答える様にして行った行動だったが、自分から年頃の女子に対してこんな事をするなんて恥ずかしくもあり、俺はなるべく目を合わせない様にしていた。

 

すると、手が強く握られた。

 

「そう、そうだね。うん、その通りだよ・・・はぐれたら大変だもんね」

 

シャルロットは少し照れ笑いを浮かべながら、何度も頷いた。

 

「じゃあ、行こうか」

 

シャルロットに微笑み返して言う。さてと、確か買い物する店はレゾナンスだったか。昼の時間も考えて行動しなきゃな。

 

そんな事を考えながら、俺はシャルロットの手を引いて、歩を踏み出す。すると―――

 

「レイジ!」

 

―――なんだか右、つまりモノレールの最後尾方面からなんとも聞き慣れた声がする。俺とシャルロットは同時に、それでいてゆっくりと声の聞こえた方へと視線を移すとこちらへと向かってくる人物を見て、驚きのあまり声を上げた。

 

「「ラウラ!?」」

 

そう、俺達の方へと小走りにやって来たのは食堂に置き去りにして来てしまったラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 

「無事でしたか、レイジ」

 

「お前、なんでここに・・・というか、無事って何の話だ?」

 

いきなり言われた言葉に困惑した俺が首をかしげると、ラウラにキョトンとした顔をされてしまった。

 

「レイジがこちらに助けてと合図を送って来たのではないですか・・・目で」

 

・・・そういえば送りましたね、そんなもの。しかしその救難が必要な場面はとうに終了しているんだよな。だからといって、ここまで来てもらって「もういいから、帰っていいよ」とは言えるわけがないわけで・・・

 

「いや、その問題は解決したんだが・・・」

 

「そうなのですか・・・よかった」

 

「すまないな、こんなところまで足を運ばせてしまって」

 

「いえ、私はレイジが無事ならばそれだけで・・・」

 

心底心配していたのか、ラウラは安心したのか小さくため息を吐いた。その姿を見て、俺の罪悪感がさらに高まる。謝罪の念を込める意味でもラウラに何かしてやりたいのだが、今はシャルロットがいるし・・・

 

そんな事を考えながら、チラリと横目でシャルロットを見る。すると彼女もこちらを気にしていたのか、視線がぶつかる。そして少し時間を置いて、小さくため息を吐いた。

 

「・・・ねえ、ラウラ。僕達、これから臨海学校の為に買い物に行くのだけど、ラウラも一緒にどうかな?」

 

「む、しかし臨海学校とやらに行く為の準備はすでに―――」

 

「ああ、別に行きたくないならいいよ。僕は零司と一緒に、二人きりで買い物をする―――」

 

「行く」

 

やけにキリッとした表情でラウラはシャルロットの提案を飲んだ。しかしシャルロットはこれでいいのだろうか。せっかく二人で買い物をしたいと言い出してくれたのに・・・

 

そういう気持ちもあって、俺はとにもかくにもシャルロットに謝る事にした。

 

「・・・すまんな、シャルロット。せっかくお前が―――」

 

「謝らないでよ、零司。元を正せば、僕がやった行動の所為でこうなったわけだし・・・それにここで誘わなかったら、僕が悪者になっちゃう」

 

「いや、しかしな・・・」

 

確かに俺が考えた当初のプランならばラウラを連れて、買い物に出かけていただろうけど・・・それでもな。

 

そう考えていたのが顔に出ていたのか、俺の難しい表情を見て小さく苦笑して口を開いた。

 

「そんな風に謝るなら、もう一回一緒に出かけて欲しいな・・・今度は二人っきりでさ」

 

シャルロットの言葉に俺は頷く。それで埋め合わせできるのであれば、そうしたいというのが本心だった。

 

「・・・あとで絶対に埋め合わせする」

 

「うん、楽しみにしてる」

 

ああ、また遠慮させてしまった。せっかく、シャルロットが頼って来たと思ったんだがな。まあ、悔やんでも仕方あるまい。それにシャルロットとラウラがいるところで俺が沈んでいるのも変だ。よし、ここは気持ちを入れ直して買い物としますか。

 

「じゃあラウラも一緒に行くか」

 

「はい・・・では、失礼します」

 

そう頷くとラウラは俺の左側に立ち、胴体と左腕の間に自分の腕を滑り込ませた。あれ、いきなりどうしたのだ、この娘は。

 

「・・・俺の腕を捻り上げる気か?」

 

「そ、その様な事はしません」

 

そう言いながら、ギュッと俺の腕を自分の方へと寄せる。いや、まあ捻り上げるっていうのは冗談だけどさ。なんでお前は俺と腕組んでいるのよ。

 

「あ、愛し合っている男女はこのように腕を組んで買い物を楽しむと教えられましたので・・・」

 

「愛し合う・・・ねぇ」

 

教えられましたのでって・・・なんでお前はそういう変な知識ばかりを早期吸収していくんだ。何か間違っているぞ、絶対。

 

「それとも・・・私とでは嫌でしょうか」

 

「う・・・」

 

・・・ええい、そんなしょぼくれた顔をするでない! いつもの凛としたお前はどうした! こういうときばっかりそんな顔をするなんて卑怯だぞ! それでも誇り高きドイツ軍人か!

 

「・・・まあ、構わない」

 

「レイジ・・・ありがとうございます」

 

よほど嬉しかったのか安堵の笑みを浮かべるラウラ。まったく、こういう顔には敵わない。でもまあ、こうやってラウラが買い物を楽しめるというのならばこれもありなんじゃないだろうか・・・少し気恥ずかしくはあるけどさ。

 

「・・・・っと?」

 

そんな事を考えていると、右腕にキュッと力が込められた。そちらを見ると、案の定シャルロットが物言いたげな視線でこちらを見ていた。

 

「えっと・・・シャルロット」

 

「・・・・・・」

 

「その・・・」

 

「・・・・・・」

 

「・・・腕、組みます?」

 

「うん♪」

 

ご機嫌に頷くとシャルロットは俺の腕に手を回す。周囲の男性達から妬みの視線が集中砲火される。そうなりますよね。もしも俺に女っ気が無くて、こんな状況な奴がいたら、そうしますもん。

 

「行こう、零司」

 

「行きましょう、レイジ」

 

「はいはい、行きましょうかお嬢さん方」

 

でもまあ、この二人が満足そうならこの視線に耐え続けるのも酷ではない。至極ご満悦な二人の美少女に腕を引かれるという状態で俺は駅の改札口へと向かって行った。

 

 

 

余談であるが、この時に俺はシャルロットとラウラの発育の違いを感じ取っていた。本当に成長しないな、ラウラ・・・・

 

 

 

 

 

 

Side 織斑一夏 篠ノ之箒

 

「おーい、零司」

 

IS学園学生寮、そこにある零司の部屋のドアをドンドンとノックする少年が一人。

 

織斑一夏、このIS学園で・・・否、この世界でたった二人だけしかいない『ISを動かせる男子』の片割れだ。

 

「・・・留守か、珍しいな」

 

一夏はそう言って、肩を竦める。彼が零司の部屋を訪ねる事は良くある事だ。何せ自分と零司以外は全員女子なのだから、性別が同じで気軽に話せるというのは精神的にかなり負担の緩和となっていた。しかし本日、何故零司の部屋へとやって来たのはただ雑談をするためなどではない。

 

「タイミングまずったな・・・せっかく特訓してもらおうと思ったんだが」

 

特訓、というのは軍術体術を教えてくれだとか勉強を教えてくれだとかそういうことではない。無論、IS演習の事である。今日は日曜日という事で、演習の為にアリーナは生徒達に貸し出し許可が出ている。そして今日は箒とセシリアと鈴による特訓がある。丁度良いと思い、一夏は零司に特訓に加わってもらう様に頼みに来たのだったのだが・・・

 

「仕方ない、部屋に戻るか」

 

一夏はクルリと方向転換すると自分が先ほど進んで来た道を戻り始める。あまりここに長居するわけにはいかない。もし自分が零司に特訓を申し込みに行ったなどと、箒やセシリア、鈴にばれたりでもしたら何を言われるかわかったものではない(零司が特訓に加わってくれた場合は自分から来てもらったという事にするつもりだった)。

 

(別に零司と特訓したっていいと思うんだがなぁ・・・)

 

一夏はそう考えるが、彼に好意を寄せる三人の女子はそうは思わない。彼女達も零司の実力は認めているだろうし、特訓に来れば一夏のステップアップに繋がるだろう。しかし、自分以外の人間に頼られるのが気にくわない。乙女心というのは理屈ではないのだ。

 

決して、一夏も彼女達の特訓が嫌なわけではない。むしろありがたく思わないわけがない。わざわざ不出来な自分の為に貴重な時間を裂いてくれているのだから。それに代表候補生であるセシリアと凛、二人の技術面での指導、同格クラスの腕前である箒との実戦演習。そして何よりも慣れ親しんだクラスメイトである。こんなに状況での特訓を恵まれた状況と言わずに何とする。

 

しかし、それを全て繋げて比較しても、零司の特訓はかなり魅力的なものだった。的確な問題点の指摘。技術面でも代表候補生の二人を上回っており、まるで同じ生徒ではなく、教師の様にすら感じる。そんな人物が特訓に参加してくれたら、どんなに良いだろう。一夏は何度も同じ事を思った。

 

(・・・しかし、考えてみればおかしな話だよな)

 

ピタッと足を止めて、一夏は壁に寄り掛かって考える。一夏が零司の事を考えるといつも不可解の思う事。それは彼自身の存在にあった。

 

彼、黒瀬零司は自分と同じで今年の春先に発見された「ISを動かせる男子」だ。その割にはおかしな点が多い。

 

まずどうして、彼がISに対して詳しいのか。

 

これは「彼は単純に勉学が優秀であり、それに黒瀬奏という妹がいるから」という理由で片付けられてしまいそうな事だが、一夏は彼の説明はそれだけではないと考えていた。

 

いくら黒瀬奏というIS開発に関わっている人物が居ようとも、自分が動かさないISの事を頭の中に置いておくだろうか。それにもし、その事を教えたのが黒瀬奏だとしても、何故その様な事を教える必要があったのだろうか。

 

そして、一度だけ付き合って貰った特訓での彼の説明。まるでそれは、自分が動かす事を想定して、説明している。単に教えられただけでそんな説明の仕方をするだろうか。

 

そして次に、何故彼があそこまでISを操作できるのか。

 

普段から身体を動かしているとか、センスがあるとか、そういうレベルの動きではない事を一夏はなんとなくながら感じていた。そしてそれは学年別トーナメントで確信に変わった。

 

黒瀬零司は確実に訓練された実力者である。

 

ラウラ戦で見せた、動きのキレと彼女を翻弄した考え方、一対一ではほぼ最強とまで言われたAICを打破するなど、明らかに一夕一朝で出来る事ではない。そう、まさにISの特性を理解している、実力者の動き(・・・・・・)だったのだ。

 

そして最後に彼の友好関係である。

 

ドイツ軍人であるラウラ・ボーデヴィッヒとその教官を務めていた自身の姉である織斑千冬と強い友好関係があるところを見ると、彼はドイツ・・・いや、ドイツ軍として関係を持っている可能性が高い。

 

しかし、それを語る素振りもそれらしい話も全く出てこない。それにドイツ軍の関係者であるなら、なんで彼の登録は日本であり、ドイツの方からは何もないのだろうか。『ISを動かせる男子』というのはかなりの希少価値だ。ならば「その男は我々の国の人間である」とドイツが言って来てもいいくらいなのに。

 

織斑一夏は考える。

 

もし自分の上げたものが全て事実だとするのならば、黒瀬零司は数年前からISに搭乗し、動かしており、それでいてかなりの経験と知識があり、ドイツ軍関係者・・・という事になる。

 

これを総集すると零司はドイツ軍人としてISを動かしていたというのが一番打倒だろう。年齢が少しキツイかもしれないが、実例としてラウラが居る。

 

しかし、そこで再び疑問が上がる。

 

何故黒瀬零司は今、ドイツ軍ではなくIS学園で生徒をやっているのか。

 

あれだけの実力、ISにおける戦闘能力をあれだけ引き出せる実力があるのならば、何故ドイツ軍ではなく学園に来ているのだろう。この場所に何か零司がいなければならない理由があるとでもいうのだろうか・・・・それとも―――

 

――――軍にいられなくなった理由があるのだろうか―――

 

「・・・止め止め」

 

そこまで考えて、一夏は思考を停止した。何をやっているのだろう。こんな事を考えても、何もならない。むしろ昔の事を勘ぐられて、零司は嫌な顔をするだろう。そんな事を友人である彼にするなんて、馬鹿げている。

 

(それに全部俺の憶測に過ぎないし・・・・ん?)

 

再び歩き始めようとしたところ、通路の先から幼馴染である篠ノ之箒が現れた。

 

「よう、箒」

 

「ひゃっ!?」

 

箒は正面から声をかけたにも関わらず、よほどびっくりしたのか、ビクッと大きく身体を震わせて軽い悲鳴を上げた。一夏はそんな箒の反応を見て、驚きながらも続ける。

 

「な、なんだよ・・・びっくりした」

 

「いいい一夏!? お前、なんでここに!?」

 

「いや、なんでここにも何も、学生寮だぞ」

 

「それはそうだが、何故この通路に!?」

 

「そりゃこっちのセリフだよ」

 

一夏と箒の言う「この通路」というのは今一夏が歩いている通路である。実はこの通路には普段一年生達が使う部屋はない。学年末トーナメント時に起こった零司とシャルロットの同居の一件以来、零司は他の女子と部屋での干渉を避けるべく、寮長である千冬の横あった空き部屋を使っているのだ。

 

故に一部の者を除いて、この場所には容易に近づく者はいない様になってしまったのだ。

 

当の本人の零司は「俺をボッチにするつもりか」と嘆いていたが、この話とは関係が無いのでスルーする。

 

「お前が千冬姉・・・織斑先生に用事があるなんて思えないし、零司に用事か?」

 

「い、いや別に! 用件などないさ! そう、あるわけがない!」

 

「・・・そう力強く否定されると余計に怪しいぞ、箒」

 

そう言いながら、一夏は箒を見る。すると彼女が後ろで何かを隠している事に気が付いた。

 

「なんだ、それ?」

 

「えっ・・・いや、これは」

 

歯切れが悪く、後ろへと一歩後退する箒。その時に少しだけ彼女の後ろに隠した物が一夏の視界に入った。それは見たところ、いつぞやの屋上で行った昼食の時に弁当を包んでいた風呂敷だった。

 

「・・・ああ、なるほど」

 

一夏のピンと頭の上に電球が出る。彼は箒が何故そんな物を持っているのかを気付いた・・・いや、気付いてしまった。

 

「それ、零司のところに持ってくつもりなんだろ?」

 

「・・・ま、まあそうだが・・・」

 

「あー、やっぱりな。そうかそうか」

 

うんうんと納得したように何度も頷く。その様子に箒は少し焦った様に口を開く。

 

「だ、だからなんだと言うんだ。別に私が黒瀬さんに何を持って行こうと勝手だ」

 

「うん、そうだよな・・・そうか、箒は零司をねぇ」

 

「何を言って・・・・あ」

 

明らかに勘違いをしている一夏の言葉の意味を困惑しながら話す途中で悟り、箒は焦った様に捲し立てる。

 

「ななななな何を言っている! 私は決してそんな邪な思いで黒瀬さんにこれを渡そうとしているわけではない! 断じて、絶対に、そんなつもりではない!」

 

「そんなに恥ずかしがるなって」

 

箒の様子を見て、照れ隠しだと思った一夏はニヤニヤと笑みを浮かべる。自分に対する気持ちは何一つ気付かないクセに変なところに鋭い、しかも変な形で答えを付いてしまうのが織斑一夏という男なのだ。

 

(ああ、もう! ただ黒瀬さんに弁当のおかずの試食を頼もうと思っただけなのに、何故こんなタイミングで一夏に会うのだ! それに妙な勘違いまでされて・・・どうしてこう間が悪いんだ、お前は!)

 

そういう男だとわかっていながらも、手に持つ物がバレてしまったらという恥ずかしさと自分の気持ちを理解しない朴念仁に対する怒りで箒の顔は真っ赤になる。

 

だが、箒はここで少し冷静に考えてみた。

 

(・・・もしここで私が黒瀬さんに気があると勘違いさせれば、一夏も少しは嫉妬心の様なものを覚えるのだろうか・・・)

 

そう、今この状況から脱出する事よりも、この篠ノ之箒は危機的状況を逆手に取る事によって、愛しの彼の気を引くという手を考えついたのであった。

 

物は考えようである。

 

「ふ、ふん! お前には関係のない事だろう? 口出ししないでもらおうか」

 

「関係ないって・・・そんな言い方ないだろ」

 

策士、篠ノ之箒の餌に一夏は見事に喰い付いた。どんな反応を見せるのか、箒は心の奥底でほのかな期待を持っていた。

 

だが彼女は忘れている。織斑一夏はどういう男か。希望を持ったが運の尽き。

 

「俺は精一杯、お前達を応援するぞ」

 

釣り針ごと、持って行かれた。一夏は万弁の笑みである。もはやこの様な手で何かしらのアクションを見せる様であるならば、他の二人も一人の男相手に苦戦する事はないだろう。その事を箒は忘れていたのだ。

 

「あれ? 箒、どうした?」

 

「・・・・ふ」

 

「ふ?」

 

「ふざけるなああああああああ!」

 

怒りの叫びと共に打ち出されたローキックは一夏のわき腹を捉え、彼を通路の壁に叩きつけた。見事の一言に尽きる、美しいまでのローキック。名門の空手家が見たら、ぜひ引き入れたくなるような出来であった。

 

「ガフッ!・・・な、何故に・・・」

 

「少しはその鈍感過ぎる頭で考えてみろ、この愚か者が!」

 

そう吐き捨てると箒はきび返して行き、それを見ながら痛みと疑問に苦しむ一夏の姿だけが人気のない通路に残されていた。

 

 

Side off

 

 

 

 

「水着売り場はここだね」

 

駅の改札を出た後、臨海学校へ向けての生活品を買いながら、ついに水着売り場までやって来た。さすがは『レゾナンス』、『ここに無ければ市内の何処にもない』なんていうのも存外嘘じゃないかもしれない。

 

「大体十二時くらいか・・・じゃあ、水着買い終わったら昼にしよう」

 

「買い終えたらこの場所に再集合という事でいいのでは?」

 

「それもそうだな・・・じゃ、買ったらここで待ち合わせってことで、そんじゃ男性用はあっちだから」

 

シャルロットとラウラにそう告げて、俺は男性用水着のコーナーへと向かった。店内には行ってみると、様々なタイプの水着が水着掛けに掛けられていた。

 

「色々あるんだな・・・男の水着なんて種類増やして意味あるのか? 女性用水着ならともかく」

 

そんな事をぼやきながら、手近でサイズが合っているトランクスタイプの水着を手に取ると、レジに持って行こうとして、足を止めた。

 

「一夏の奴、水着は買ったのかね」

 

思い立ったので、携帯電話を取り出して一夏の番号を呼び出す。するとコール三回もしないうちに一夏が出た。

 

『おう零司、どうした?』

 

「いやな、実は今『レゾナンス』で水を着買っているんだが・・・お前、水着は買ったか?」

 

『ああ、そういえば買ってなかったな』

 

「買って行ってやる、リクエストあるか?」

 

『悪いな・・・リクエストは特にない、動きやすそうなので頼む』

 

「了解だ」

 

携帯電話を片手に今俺が選んだものとは違うトランクスタイプの水着を手に取る。リクエストが無いから、もっと面白い水着でも良かったんだが・・・さすがに奇抜すぎる水着を買って行って、他の女子の笑い物にするのは酷過ぎる。

 

『ところで零司、最近箒とはどうなんだ?』

 

水着を手に取った時、不意に一夏はそんな事を俺に聞いて来た。

 

「はぁ? 篠ノ之がなんだって?」

 

『零司って箒と結構仲良いじゃん。それで最近進展が合ったかと』

 

「進展・・・いや特にないな」

 

そう、特にないよ。俺と篠ノ之の同盟に進展なんてあるものか、お前の所為でな、一夏。

 

『そうか・・・俺は応援するぜ、お前と箒の事』

 

「・・・お前は何を言っているんだ? わけがわからんぞ?」

 

『皆まで言うなよ、決して俺はお前達を裏切らないぞ。俺とお前は友達なんだ・・・・って、箒!? なんで俺の部屋に・・って、それ真剣か!? 止めろ、止めてください!? 知っているか、箒! 人間って刀で斬られると致命傷を負うんだぜ!? ギャーーーッ!?』

 

どたばたと争う音が電話先で聞こえる・・・ああ、なんだろう。今、電話の向こう側で起こっている事がありありと脳内再生できるんだが・・・

 

『・・・黒瀬さんですか?』

 

「お、おう篠ノ之。そっちは大丈夫か?」

 

静かになったと思った矢先、ぜえぜえという荒い息と共にやけにドスの効いた篠ノ之の声が聞こえ、電話越しながら引いてしまった。

 

『すみません、一夏が変な事を・・・どうやら私と黒瀬さんの仲を勘違いしている様で』

 

「あー、俺は別に構わんよ・・・いや、お前が構うか」

 

『まあ・・・はい』

 

「よし、後で俺が交渉も交えて当たり障りのない様に誤解を解いておくから任せといてくれ」

 

『恩に着ます』

 

そう短く言うと、篠ノ之は電話を切った。さてと面倒な事になったな。でも一夏は結構単純だから、簡単に言いくるめられそうな気もするが・・・ま、ともかく帰ったら対策を考えよう。そう考えながら俺はレジに持って行く水着に赤のブーメランを追加した。

 

 

 

 

「うーむ、どうやら早く戻って来すぎたか」

 

十分やそこらで出て来てしまったのはさすがに早過ぎた様だ。案の定、集合場所には二人の姿はない。このまま立っているのも仕方がないと思い、近場のベンチに腰をかける。

 

「・・・ふぅ」

 

小さく息を付く。まだ一時間半ほどしか歩いていないが、周囲からの視線により精神的疲労がデカイ。

 

(仕方ないっちゃあ仕方ないんだろうけど、結構堪えるな、これは・・・ん?)

 

何気なく周囲を見渡していると、人混みの中に見知った顔を見つけた。一つは柔和そうな眼鏡をかけた女性でもう一人はやけに厳しい表情の鬼教官。何気ない俺がそれを見ているとあちら側も俺の事を見つけたのか、買い物袋を片手にこちらへと歩いてきた。

 

「黒瀬君、こんにちは」

 

「こんにちは、山田先生・・・それに織斑先生も」

 

「・・・朝の騒ぎからすぐにここに来るとは、お前も案外多忙だな」

 

「案外ってなんですか、失礼な」

 

千冬さんにとりあえず苦笑を返しておく。しかし学園では良く見るが、こんな場所で合うとは思ってもみなかった。

 

「先生達はどうしてここに?」

 

「今度行われる臨海学校の為に買い物を・・・黒瀬君は?」

 

「奇遇ですね、実は俺も――」

 

「零司、お待たせ」

 

そうなんですよ、と続けようとした時、水着売り場の方からシャルロットが戻って来た。そして戻るなり、千冬さん達を見つけて少し驚いた様な顔をした。

 

「あれ、織斑先生に山田先生・・・どうしてここに?」

 

「私達だって買い物くらいはするさ。それともここに居るのがそんなに不思議か?」

 

「あ、いえそういうつもりじゃ・・・」

 

ため息混じりの一言にシャルロットは困った風に笑った。だが俺も少し意外だった。臨海学校が近いと言う事もあり、学園で書類の整理に明け暮れているのではないかと思っていた。

 

「そういうお前らはデートか何かか?」

 

「で、デート!? そうなんですか、黒瀬君!」

 

何故かやたらと喰いついてくる山田先生。この人も恋愛ネタは本当に好きの様だ。そこら辺は年を取っても変わらないのかね、女性って。

 

「い、いえ単に一緒に買い物をしに来ただけですよ。俺なんかがシャルロットとデートなんて、とてもとても」

 

「そうですか・・・」

 

俺が言うと、山田先生は安心した様な残念な様な、複雑な表情を浮かべていた。あんまり他人の恋愛ネタを話のタネにするとロクな事ありませんよ、山田先生。

 

「・・・だそうだぞ、デュノア」

 

「みたいですね・・・ははは・・・はぁ」

 

そして何故そんな重苦しいため息を吐くんだ、シャルロット。何故呆れた視線をこちらに向けるんですか、千冬さん。この空間で起こっている意志疎通に全く付いていけないぞ。あれ? 俺が間違っているの? だってデートって二人っきりでするもんなんじゃ・・・

 

「ともかく、私達も早めに済ませよう。買う物も少なくはない」

 

俺の考えている間にそう言って水着売り場の方へと足を進める千冬さんだったが、連れである山田先生は何故かその場を動かずにいた。

 

「山田先生?」

 

「あ、えっとですね。私、実は買い忘れがあったので行ってきます。えーと、場所が分からないのでデュノアさん、一緒に来てください」

 

「は? え? で、でも地図ならそこの看板に―――」

 

「いいから! いいから行きましょう! ついでに荷物持ちもお願いします!」

 

言うが早いか、山田先生はシャルロットの了承も聞かずに彼女の腕を掴むと早足に人混みの中へと消えて行った。い、一体何事だ? 先ほど動かなかった山田先生が何やら閃いた様な顔をしていたが・・・・

 

「・・・山田先生も余計な気を遣う」

 

「はい?」

 

「言っても仕方ないか・・・零司、ちょっと来い」

 

「はい、織斑先生」

 

「ここは学園じゃないんだ、無理に『先生』を付ける事もないぞ?」

 

「あ・・・じゃあ、千冬さんでいいですか」

 

「構わんさ・・・では行くか」

 

ベンチから立ち上がると小さく笑んで千冬さんは言った。どうやら師弟水入らず―――という状態らしい。ま、こっちの方が俺としても気が楽で助かるんだがね。

 

そんなこんなで俺は千冬さんと並んで、女性用水着売り場へと足を踏み入れる。すると店内は色とりどりの水着が置かれていた。種類も数も男性用の倍以上あるな、さすが女性用。着飾るのも女の仕事ってね。

 

しかし、これだけあると千冬さんも迷うんではなかろうか。いくら鬼教官だの氷の女王だの戦乙女だの呼ばれているが、彼女もまた女性だ。自分を着飾ったり、そういう事を気にするだろう、まだ二十四だし。

 

「しっかし、色々あるなほんと」

 

直視するのも少し恥ずかしいので横目で水着を見る。すると一般的な物からほとんど紐だけみたいな物まである。これでは隠すべきところもほとんど隠れないぞ。誰が着るんだ、こんなの。というか着れるのか? いや、それ以前の問題だ。これを身につける事を着るというのか?

 

「なんだ、そういう水着か好みなのか」

 

「えっ・・・いや、そういうわけじゃ」

 

不意打ちに千冬さんから声を掛けられ、柄にもなく焦ってしまった。

 

「好みならば誰かに買って、着させてみればいい・・・まあ、軽蔑されるかもしれんがな」

 

「だから違いますって! 俺は別にこんな物に興味はありません、もっとノーマルな水着の姿がいいです!」

 

「ほう、水着姿がいいのは否定しないのか?」

 

「そりゃまあ、男の子ですから」

 

「てっきりそっちの方まで枯れているのかと思ったが、そうでもないらしいな」

 

クックックと意地悪く笑う千冬さんにからかわれ、俺は子供みたいにそっぽを向いた。ああ、畜生。この人が相手だと、どうもいつもの調子が出ない。

 

「あんまりからかうなら戻りますよ、俺」

 

「拗ねるな、まったく・・・零司」

 

「なんですか・・・」

 

視線を前に戻すと、千冬さんは手に専用のハンガーにかけられた二着の水着を持っていた。

 

「お前に選んでもらおうと思ってな」

 

「それが呼んだ理由ですか・・・俺なんかで良いんですか?」

 

「問題はないと私は思うが・・・それで、どっちがいい」

 

そう問いかけられ、俺は二着の水着に目を通す。

 

二着共ビキニタイプの水着で、右手に持っているのはメッシュ状にクロスした部分がある黒の水着。そして左手に持っているのが機能性を重視した様で無駄の一切ない白の水着。白の水着も似合いそうなんだが・・・千冬さんの魅力を存分に発揮できるのは黒の方だろう。

 

「う~む、それじゃ・・・黒の方かな」

 

「黒、か・・・そう言えば、お前は黒色が好きだったな」

 

そうだっけか? 自分の色の好みなんてあんまりないと思っていたが・・・付き合いの古い千冬さんがそう言うならば、そうなのかもしれない。

 

「レジに行ってくる、先に戻っていてもいいぞ」

 

そう言うと千冬さんはレジの方へと歩いて行く。戻ったところでやる事もない。そう思った俺は近場の水着に視線を送る。本当に色々あるな・・・むしろこれだけあると迷い過ぎて決められないんじゃなかろうか・・・いや、女子にとって買い物を悩む時間も楽しいと聞いたことがあったな。

 

「ちょっと、そこのあなた」

 

そんな事を考えていると、何処からか女性の声がした。周囲を見渡すが、昼ごろである所為もあり、少なくとも俺の目に見える範囲では二十代入ったばかり位の若い女性が一人しかない。

 

「男のあなたの言っているのよ。全く、鈍いわね」

 

どうやらその女性は俺に言っていたらしい。しかし「あなた」で誰かを指しているのがわかったら、それ以外の人を指し示す単語がいらなくなるな。

 

「はいはい、何の用ですか?」

 

「そこの水着、片付けておいて」

 

と、女性は俺に言った。おお、久しぶりに出たな。ISが発明された数年、女尊男卑の風習がしっかりと根付いてしまった、女性優遇制度の横行する今日において、弊害とも言える思考の持ち主だ。

 

そして俺はそういう女性は好かん。

 

「だが断る」

 

「・・・なんですって?」

 

「この黒瀬零司が最も好きな事の一つは、自分が相手より強い立場に居ると思っている奴に『NO』と断ってやる事だ」

 

・・・いや、別に好きじゃないけどね、実は。一回言ってみたかっただけなんだけどね。

 

「へえ、そういうこと言うの。自分の立場が分かってないみたいね・・・」

 

そう言うと女性は近場に居た警備員を呼ぼうとする。ここでもし、警備員が来てあの女性が「この人にいきなり暴力を振るわれた、暴漢です」などと言われたら俺はおそらく・・・いや十中八九監獄行きだろう。馬鹿みたいだろ? だけどそれが通ってしまうのが今日の世界事情なのだ。恐ろしい。

 

しかしどうしたものか、本当に呼ばれてしまうと俺はどうする事も出来んぞ。

 

「警備の人、ちょっと来てくださ―――」

 

「ほう、何故警備員が必要なんだ?」

 

まるで見計らったかのようなタイミング。冷たく、軽い怒気を孕んだ声色を訊いて、女性は言葉を詰まらせた。

 

「千冬さん・・・」

 

「あ、あなたの男なの? だったら躾けく・・・らい・・・」

 

現れた千冬さんに何か言おうとしたが、先ほどまであった女性の強気な表情がどんどん崩れて行く。それはそうだろう、今目の前に居る御方をどなたと心得る。第一回モンド・グロッソ優勝者、ブリュンヒルデ、織斑千冬で有らせられるぞ。

 

「躾けてはいるつもりなんだがな、零司」

 

「俺は犬か何かですか?」

 

「あ・・・ああ・・・ぶ、ブリュン――」

 

「もういいか? こいつは私の連れでね」

 

「は、はい! どうもすみませんでした!」

 

俺の肩に手を載せて、凄みの効いた視線を送りながら千冬さんが言うと物凄い勢いで頭を下げると脱兎の如く、店内から走り去って行った。さすが、これなら印籠も必要ないわな。

 

「あまり面倒を起こすな」

 

「助かりましたよ、千冬さん・・・でも、良いんですか?」

 

「何か問題でもあったか・・・・・ああ」

 

最初は首をかしげたが、どうやら千冬さんは俺の言葉の意味に気付いたようだ。

 

「そんなところを気にするとはな・・・お前、案外気が小さいぞ」

 

「千冬さんと同じくらい図太くはないですけどね、これが一般じゃないでしょうか」

 

「大体、そんな事を言うなら店内どころか、先ほどの会話を見られただけで大問題だろうが」

 

先ほどの会話、というのは山田先生達と一緒に居た時の事か。確かに人混みも近くにあっただろうし、そう言う話で問題ならば時すでに遅しって感じだな。

 

「それにそんな事を気にしていたら、ボーデヴィッヒにも悪いだろう」

 

「・・・なんでそこでラウラが出て来るんですか?」

 

「なんだ、付き合っているんじゃないのか?」

 

またその話か・・・なんで俺がラウラと付き合っている事になっているんだよ。誰だ、この話広げたの。

 

「付き合ってはいませんよ。変な誤解は止めてください」

 

「朝にあれだけの事をやっておいて、そう言われてもな」

 

「いや、あれはある意味事故ですよ」

 

「キスもしたじゃないか」

 

「・・・・・」

 

そこで最大の欠点を付いてきますか。はぁ、どうしてあんなことさせてしまったのか・・・いや、反応できなかった俺も悪かったんだけどさ。多分、ラウラ彼女騒動に拍車をかけているのはコレが原因だろう。

 

「あれはあれで結構いい女だぞ。まあ、多少の問題はあるにしろ、容姿も悪くはない。それに何しろ一途だぞ。実際、かなり気に入られているじゃないか」

 

「気に入られてはいるでしょうけど・・・昔馴染みでもあるわけですし、当然かと」

 

「なんだ、ラウラが気に入らないのか?」

 

「そんなわけないですよ」

 

そこは力強く否定する。俺は決してラウラを鬱陶しがっている事はない。むしろなついてくれて、嬉しいくらいだ。ただ・・・

 

「ただ・・・俺に恋愛をするだけの度胸が無いだけですよ」

 

「つまり、ラウラに気に入られているのは満更でもないか」

 

「ええ、あんな可愛らしい娘に気に入られているのに嫌な気なんてしたら、それこそ罰が当たりますよ・・・それに――」

 

「それに?」

 

「俺にとって、ラウラは大切な存在ですから」

 

まっすぐに千冬さんを見詰めながら、言った。俺にとって、初めて救う事が出来た存在。救わせてもらえた存在。彼女を見ると思う、俺はどれだけあなたに近づけたんだろうって。俺は誰かを救う存在になれたのだろうかって・・・そう思うんだ。

 

「その言葉からして、もはや付き合っている様に聞こえるんだが?」

 

「話しを蒸し返さないでくださいよ・・・そういう千冬さんはどうなんですか」

 

「私か? 私は前に話した通りだ・・・お前達に手をかけている限り、男なんて出来やしないさ」

 

そういえば、そんな事を言っていましたね。確か、「問題児抱え込んで、それを裁くのに忙しい」みたいな事。

 

「意中の男もいないで、『私の連れ』なんて軽く言わない方がいいと思いますけど」

 

軽く言ってやった。あまりそういう事を他の男性にはしないで欲しいものだ。迷惑がかかってしまう、その男性に。

 

「そういう事もしっかり考えて―――」

 

「・・・だったら、『本当に』私の連れになってみるか?」

 

「・・・・・・・は?」

 

千冬さんの一言で、世界が固まった。そして再起動する頃にはかなりの熱が俺を襲う。

 

「なっ、い、いきなり何言って・・・!?」

 

焦る、頭の内が熱で上手く機能せず、舌が回らない。おそらく、顔も少し赤くなっているんじゃなかろうか。い、いかん! こんなの俺のキャラじゃない! 落ち着け、クールになるんだ!

 

「大体、そんな事をいきなりなんで言い出すんですか!」

 

「まあ落ち着け、零司」

 

「落ち着けるか! そんな衝撃的な一言を聞いて、落ち着けるか!」

 

「・・・・冗談だよ」

 

「むしろあなたの方が落ち着いて良く考えてみろ・・・って、冗談?」

 

まるで冷や水をぶっかけられたように脳みその熱が一気に低下していく。そんな俺を見て、押し殺したような笑いが千冬さんの口から聞こえる。

 

「クッ・・・すまない、だがな・・・ここまで言い反応をするとは・・・クククッ」

 

「・・・・千冬さん」

 

口先をヒク付かせて睨みつけるが、全く効果なし。むしろ押し殺す笑いがさらに大きくなっている気がする。

 

「安心しろ、お前には手を出さないよ。デュノアやボーデヴィッヒ、それにその他の女子達に刺されるかもしれんからな」

 

「もとより、俺と千冬さんじゃ釣り合いませんもんね・・・先に戻ります」

 

「拗ねるなと言っているだろう・・・まったく」

 

そんな言葉には耳も貸さずに、俺はそっぽを向いたまま、そして千冬さんは未だ小さく笑みを浮かべて、水着売り場を後にするのだった。

 

大体、俺も馬鹿だよな。千冬さんが俺なんかをそういう意味で相手にするわけないのに、動揺なんてしちゃってさ。ああ、これは黒歴史入り確定だな。唯一の救いはここに今いるのが俺と千冬さんと店の店員さんだけってことだ・・・黙っててよね、店員さん方。

 

 

 

 

 

 

Side ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

ラウラは焦っていた、酷く焦っていた。

 

「ど、どれがどれかさっぱりわからん」

 

目の前に鎮座する水着かけにかけられた水着。それを睨みつけながら、アセアセと目を動かしていた。

 

先ほどまで、ラウラ・ボーデヴィッヒは思っていた。水着など、泳げればそれでいい。機能性に優れてさえすれば、それでいい、と。

 

しかしその理屈は今のラウラには通らない。通るのならば、こんな焦りながら水着を掴んでは離しを繰り返してはいないだろう。

 

何故、このような状況に陥ったのか。それには二つの理由があった。

 

それは約十分数分前―――

 

 

 

「どれも学園指定の水着以下だな」

 

周囲の水着を流しながら見てのラウラの決断である。おそらく、ここに存在する水着をコーディネイトした人物が現場に居たならば、激怒して小一時間ほどラウラに水着の説明をするのだろうが、生憎そんな人物はここにはいない。

 

「シャルロットは選んだほうが良いと言ったが・・・これではな」

 

シャルロット的には可愛い水着を着て、ラウラにも夏を楽しんでもらいたかったのだろうが、このラウラ・ボーデヴィッヒにはそういう美的感覚が少々欠損している。そこを甘く見たのがいけなかった。

 

(結局のところ、泳げればそれでいい。学園指定の水着は機能性に優れているしな・・・む?)

 

自分のいる水着かけの先で話声が聞こえる。大きめの水着かけと小さめのラウラの体系から、先に居る人物からこちらを確認する事は出来ない。普段なら取るにたらない出来事、しかしこの時、ラウラの耳に届いたのはトンデモない一言だった。

 

「俺にとって、ラウラは大切な存在ですから」

 

「・・・・・っ!?」

 

バッと水着かけに背を向けると、出口付近まで逃げるようにして急いで移動する。

 

「な、何という事だ・・・・」

 

ラウラの白い肌は朱に染まり、胸の奥底が激しく高鳴る。盗み聞きをする時のように、気を張っていた訳でもない。完全な不意打ちである。

 

(レイジが私を・・・大切な存在だと・・・まさかそんな!)

 

もはやいつもの冷静さは何処へ行ったのか。動悸の高まりは留まるところを知らず、胸が苦しい。

 

さらにそこへ水着売り場を通り過ぎようとした女性二人の声がさらに耳に届く。

 

「水着かぁ・・・今年もしっかり気合い入れて選ばなくっちゃね!」

 

「似合わない水着を着て行ったら、彼氏に一発で嫌われちゃうもん」

 

「他の事、全部百点でも水着が駄目だったら致命的だもんね!」

 

(なっ!?)

 

バキューン!

 

ハートショット、ヒット

 

まさに胸に狙撃を受けたかのように、ラウラはふらりと足元が危うくなり、壁に手を付きながら、考える。

 

(駄目だ、このままでは駄目だ。せっかくレイジが私の事を大切な存在と言ってくれたんだ。それなのに、その思いに応えないわけにはいかない)

 

胸元で握りこぶしを作るとラウラは自分を奮い立たせ、再び水着売り場の中へと戻って行った。

 

 

 

 

――そして現在に至るのである。

 

「ど、どれだ。どれが私に合っているというんだ」

 

アワアワとし、もはや涙目である。たった数分の出来事ではあったが、憧れの彼とおしゃれな今時の女子から発せられた意識しない、素の発言はラウラ自身の水着に対する価値観を全く別物に変えるには十分過ぎる位の破壊力だった。

 

(こ、このままでは私はレイジにき、嫌われ・・・・嫌われて・・・)

 

焦る、ただただ焦る。だが焦るだけで全く次に何をすればいいのかが出てこない。それも仕方ない事なのかもしれない。むしろ彼女に水着を選ばせること自体があまりにも無謀なのだ。

 

(・・・ああ、そうだ!)

 

意味もなくキョロキョロと周囲を見回し、ひときわ大きな水着かけの裏に隠れると何度もコールを間違えながらも、ISのプライベートチャンネルを開いた。すると何処かラウラの耳に自分と似た冷静さを含んだ声が聞こえてきた。

 

『こちら、クラリッサ・ハルフォーフ大尉です』

 

「わ、私だ」

 

繋がったチャンネルに応じたのは、ラウラが隊長を務めるIS配備特殊部隊『シュヴァルツア・ハーゼ』、通称『黒ウサギ隊』の副隊長である、クラリッサ・ハルフォーフだった。

 

本来ならば通信時には名前と階級を言わなければならない所なのだが、ラウラの焦りはもはやそんな身体に染みついた基本事項までも忘れてしまうほどであった。そしてその焦りを声から感じ取ったのか、チャンネル先のクラリッサもその様な些細な事など気に留めず、ラウラの声に耳を傾ける。

 

『ラウラ・ボーデヴィッヒ隊長、何か問題でもあったのですか?』

 

「ああ・・・重大な問題が発生している」

 

『部隊を向かわせますか?』

 

「いや、部隊は必要ない。軍事的な問題では・・・ない」

 

『ならば一体・・・ああ』

 

チャンネルの向こう側から、何処か納得した様な声が響いた。クラリッサには軍事的な出来事以外でラウラが取り乱す様な出来事が一つぐらいしか思いつかず、その考えはおそらく当たりだろうと踏んだのだ。

 

『黒瀬少佐の事でしょうか』

 

「う、うむ・・・ど、どうやら私は・・・彼にとって大切な存在らしいぞ」

 

『なるほど・・・』

 

ラウラの声から焦りが少しばかり抜け、その代わりに喜びがにじみ出ていた。そんな声を聞いて、クラリッサは冷静に頷くと手の空いていた隊員に持って来させたペンでメモ帳に記載した。

 

―――黒瀬少佐、隊長に脈アリ?――

 

「そ、それで、だな・・・今、水着売り場にいるのだが」

 

『水着ですか。そういえば近々臨海学校があると仰ってましたね・・・ちなみに隊長はどのような水着を?』

 

「学園指定の水着なのだが・・・これで大丈夫なのだろうか」

 

『駄目です』

 

焦りが戻ったラウラに向かって、きっぱりとクラリッサは言い切った。それはもう、見事に電光石火な回答だった。

 

『旧式のスクール水着。確かにそれはマニアの心をくすぐるでしょう。大いにくすぐるでしょう。しかしそれはそういう興味がある人間に限ります。そして黒瀬少佐はその様な趣味は持ち合わせていません。というより、遊泳する為にほとんど海に行った事のない様な男性ですから、下手をしたらスクール水着でなくとも軽い反応しか返さないかもしれません。否、返しませんよ、絶対』

 

「そ、そうか」

 

あまりにも気迫の籠った言葉に多少驚きながら、相槌を打つ。するとさすがに熱くなってしまったという事を自覚したのか、クラリッサは一度咳払いした後、話しを続けた。

 

『ですので、ここは私の任せてください。黒瀬少佐の目に止まる様な、可愛らしくも美しい水着姿をコーディネイトして見せます』

 

「わかった、ではお前を信じよう・・・頼んだぞ、クラリッサ」

 

『お任せください』

 

「では、通信を終了する」

 

『ハッ・・・通信終了』

 

クラリッサの返事を聞き、ラウラはチャンネルを切る。そして決意するのだった。自分の為に行ってくれた部下の働きは絶対に無駄にしない。臨海学校で零司の心を射止めて見せる、と。

 

Side off

 

 

 

 

「あれ、まだ山田先生戻って来てないみたいですね」

 

千冬さんの水着選びも終わり、待ち合わせ場所に戻って来たが、山田先生に連れて行かれたシャルロットの姿も水着売り場に行ったラウラの姿もなかった。

 

「山田先生はいつ戻ってくるかわからないとしても・・・ラウラが戻ってこないのは意外だ」

 

「お前に見せる水着だ、きっと悩んでいるんだろう」

 

そんな他愛もない話をしながら、二人揃ってベンチに腰をかける。すると途端に話す事が無くなり、沈黙が下りた。しかし、先ほどからかわれたりした所為もあってか、案外この沈黙が心地よかったりもする。

 

平凡で平和な日常。それをこうやって心底満喫できるのも、波乱に満ちた学園生活のおかげだろう。

 

女子しかいないIS学園への入学に千冬さんとの再会。そして何よりも個性的な友人達の出会い。苦労もあるが、それ以上に面白い毎日だ。こんな出来事に会えるなら、それだけで学園に入学した意味があったというものだ。

 

しかし、それと同時に考えてしまう事もある。

 

それは言わずもがな。ここ数カ月間に起こった学園への襲撃事件とVTシステムの事だ。どちらも学園側が穏便に済ませているからいいものの、本来国の中で起こったらなら・・・もし日本の国内で起こる様な事があれば、あらゆる点で問題を引き起こす様な事になっていただろう。

 

そして、不鮮明な点もある。

 

俺の頭のスイッチが切り替わって行く。日常から外れ、軍人の頃へと少し戻って行く。どうも俺は気になり始めると駄目な人間らしい。

 

『・・・千冬さん、ちょっといいですか』

 

プライベートチャンネルを開き、千冬さんに問いかける。すると、隣の千冬さんは少し驚いた様な様子だったが、すぐに元の表情に戻ると冷静に俺に言葉を返す。

 

『どうした急に、プライベートチャンネルまで開いて』

 

『いえ、こんな時に悪いんですが・・・学園の事でちょっと聞きたい事がありまして』

 

『学園の事?』

 

『ええ、凄く大事な事であり、一般市民の耳には入れるべきではない様な話でして・・・学年別トーナメントの時・・・何かありましたか?』

 

『・・・あっただろう』

 

『いえ、VTシステムの事では無くて他の・・・・たとえば』

 

『たとえば?』

 

スッと千冬さんの目が細まる。この反応、どうやら俺が何を気にしているか、なんとなくは察しが付いているのだろう。俺は単刀直入に千冬さんへと問いをぶつけた。

 

『俺達の知らないところで、襲撃者に侵入された・・・・とか』

 

千冬さんの瞳がこちらを捉えた・・・ビンゴ、か。

 

『何故そう思った』

 

『最近、教員達が妙に慌ただしかった・・・いや、慌ただしくしているのを隠そうとしていた、の方が正しいですね』

 

ここ最近の教員達は少しばかり様子がおかしかった。学年別トーナメントの事件が合ってから、どうも教員達の行動が普通すぎるのだ。

 

『学年別トーナメント、それに五月の襲撃者。これらの事が立て続けに起こったにも関わらず、やけにあっけらかんとしているんですよ。おかしいじゃないですか、どうしてそんなに余裕で居られる。IS学園の危険性や生徒に対して何の気持もない人ならばわかります。でも、IS学園の教員のほとんどはそんな事は考えていないはずです』

 

『・・・・』

 

『そしてその不自然さを感じ始めたのは学年別トーナメントの翌日。そして極めつけは教員達の動きです。最近、教員の皆さんが良く分からないところで見かけるんですよ。学園の端っこ、誰も寄りつかない様な辺鄙な海辺付近などに。外部からの侵入を予測して、警戒しているんですよね。そして特定の場所に絞り込めない辺りを見ると・・・未だ何処から侵入されたのかもハッキリしていない。もしかして千冬さんも、買い物をしに来たのはついで・・・本来の目的は学園から一番近いこの駅前付近を警戒するのが目的・・・違いますかね?』

 

そこまで言うと、千冬さんは少しばかり厳しい顔をしていたが、小さくため息を吐いた。

 

『まったく、お前みたいな生徒が居ると厄介な事この上ない』

 

その言葉は俺が言った事が正解である事を示していた。

 

『・・・・・・ここからの事は他の生徒には他言無用だ・・・・いいな?』

 

少しの間があって、何か考える様に瞳を閉じていたが、千冬さんはそう言うと、ゆっくりと話し始めた。

 

『お前の言っている事は事実だ。実は学年別トーナメント時に我々は未確認のIS操縦者による襲撃を受けていた。そいつは学園の機密保管庫に侵入するととある物を持ち去って行った』

 

『とある物?』

 

『お前と山田先生が倒した自立起動型ISのコアが二つ。あそこにはあのISが収納されていた』

 

『あれ、まだ置いてあったんですか』

 

自立起動型・・・五月に学園を襲撃した五機のISの事だ。確かコアパーツが残ったのは俺と山田先生が倒した二個だけと聞いていたが・・・どちらも回収されたのか・・・

 

『行動と言動をかけ合わせたところ、十中八九あのISと共にいた人物の仲間らしい』

 

『顔は見たんですか?』

 

素顔さえわかっていれば、ある程度目星がつく。襲撃されたのは天下のIS学園。情報提供だけならば、各国もそれを惜しむ事はしないだろう。だが俺の予想は違う方向に向いており、千冬さんの答えも俺の予想をなぞるものだった。

 

『見た・・・がその顔と適合する者は誰一人としていなかった』

 

『各国からの情報は?』

 

『いや、国連のデータベースまで調べさせてもらった。だがかすりもしない』

 

『国籍不明の謎のIS乗り・・・亡国企業の可能性は?』

 

『そればかりはな。各国の新型を強奪する様な連中だ。あそこも自分達の情報をデータベースに残しておくほど間抜けな事はしないだろう・・・しかしあのレベルの実力者が亡国企業に居るならば、相当な事だ』

 

『何処かの国・・・もしくは企業が隠しているという可能性は』

 

『ない・・・とは言えない。だが企業にしろ何にしろ、あんな自立起動型のコアを回収して何をするつもりなのかはさっぱり見当がつかない』

 

あの自立起動型のISの装備は『絶対防御』を貫通する。つまり軍事使用として作られたものだ。事実、あんなものが使われる状況があるとすれば・・・

 

『・・・戦争でもおっぱじめる気ですかね』

 

呟いて、激しい嫌悪感に駆られる。自立起動型の軍事使用IS。嫌な・・・本当に嫌なものだ。そんなものを作り出してどうする。戦争なんか起こしてどうするというのだ。何故今更、こんなものが世に出て来る。なんでそんな物が・・・必要なんだ。

 

『零司・・・?』

 

『・・・いえ、続けてください』

 

『ああ・・・それで今回、教師による厳戒態勢が敷かれている。無論、生徒に不安を与えるなとは言ってあるのだが・・・お前は例外だな、こっちが気を配っていても気付かれてしまう』

 

『千冬さんも?』

 

『ああ、お前の言った事は正解だ。私と山田先生はこの駅前近辺における警戒が仕事・・・買い物はカモフラージュの一環だったんだがな』

 

『なるほど・・・』

 

そこでは話は終わった。これ以上の話・・・襲撃者の風貌やらは俺に話してはくれないのだろう。知ったら、完全にこちら側の行動に巻き込んでしまう。そう思った千冬さんなりの配慮なのだろう。

 

「さて、そろそろボーデヴィッヒも戻ってくるだろう・・・私は戻るとするよ」

 

そう言って立ち上がる千冬さんを俺は見る。戻る、とは監視の事なのだろう。相手は数も実力も未知数。そんな相手にもし、不意打ちなんてされたら危険だ。そう思うと、少し千冬さんをこのまま行かせるのが躊躇われた。

 

「・・・なあ、千冬さん」

 

「駄目だ」

 

何か言う前に、ピシャリと話を切られた。

 

「お前にはデュノアとボーデヴィッヒが居るだろう。あの二人を残して、お前だけいなくなってどうする」

 

「だけど―――」

 

「お前は私がやられるとでも思っているのか?」

 

こちらをまっすぐ見詰めながら、千冬さんは力強く言い、それを訊いて俺は言葉を飲み込む。いつでも強かった。どんな時でも負けなかった。そして次も負けない、そう信じさせる様な・・・力強さだった。

 

「・・・いいや」

 

「ならばあいつらと一緒に居てやれ・・・そして護ってやれ、二人を」

 

そう言われて、ハッとなる。そうだ、襲撃者の目的の大きな要因となりえる人物が今俺の近くには二人もいるのだ。

 

「わかった・・・もし何かあった時は俺が護るよ、二人を」

 

「ああ、そうしてくれ。その方が私の仕事も少しは気が楽になる・・・さすがにここに居る全員を護りながら戦り合うというのは無理があるからな」

 

そう言って、千冬さんは俺に背を向けると人混みへと歩踏み出した・・・・が、すぐに足を止めた。どうしたのだろうと思っていると・・・

 

「それと水着選び・・・助かったぞ」

 

手に持った袋を軽く揺らして、ギリギリ聞こえる位の大きさの声で千冬さんは言うとそのまま人混みへと消えて行った。そして千冬さんが立ち去ると同時くらいに水着売り場からラウラが返って来た。

 

「すみません、遅くなりました・・・・レイジ?」

 

「ん?・・・おおラウラか。遅かったな」

 

「どうかしたのですか?」

 

「いや、何でもないよ」

 

先ほどの話の内容を頭の奥へとしまい込みながら話しているとラウラに違和感を感づかれそうになり、笑みで表情を隠した。

 

「レイジ、シャルロットはどうしたのですか?」

 

「ああ、そういえば山田先生に連れ去られたまんまだな」

 

・・・あの人も今日は仕事なんじゃなかろうか? はめ外し過ぎで千冬さんに怒られなきゃいいが・・・

 

「よし、じゃあシャルロットを探しに行くか・・・はい」

 

言って、ラウラに腕を差し出す。こちらから差し出されるとは思っていなかったのか、ラウラは少し戸惑ったが、小さく笑って腕を組んだ。

 

襲撃者の問題がここまで大きくなっている。そんな状況で買い物を楽しんでいいのか、そんな感情もあった。しかし、今不安な感情を表に出してしまえば、ラウラやシャルロットに不安感を抱かせてしまうかもしれない。

 

「行きましょう、レイジ」

 

「ああ」

 

短く答えて、俺は人混みへと向かう。この日常の美しさと楽しさ、その中に潜む狂気に一抹の不安を胸に抱いて・・・

 

 

 

 

Side 織斑一夏 篠ノ之箒

 

「箒、悪かったって・・・謝る、すまん」

 

「・・・・・」

 

歩きながら手を合わせて頭を下げる一夏とそれを無視してぶっちょう面のまま隣に並ぶ箒。二人は第三アリーナに向かって、歩いていた。

 

一夏の勘違いからもう一時間近く経っているが、一夏は謝り続け、箒はまだそれを許してはいなかった。

 

乙女の純情を弄ぶのは、大変リスクの高い行動なのだった。

 

「なあ箒、怒らせて悪かったって・・・だから」

 

「知らん」

 

怒らせたのが悪いのではなくて、怒っている内容に気付いていない。その事に怒っていると言う、そんな複雑な事は一夏には理解できるはずもない。セシリア、鈴と共に行う特訓を数分後に控えているにも関わらず、二人の調子はこんなところだった。

 

(今日はタッグ戦闘を重点的にするって言ってたが・・・これじゃ箒と組むのが気まずいぞ・・・)

 

一体どうしたものか、そう一夏が悩んでいると・・・

 

「失礼、織斑一夏君ですね」

 

突然、後ろからハスキーな声をかけられた。驚いて、一夏が後ろを振り向く。

 

「あ、はい。俺が織斑一夏ですけど・・・」

 

「突然すみません、私こういうものでして」

 

そこに立っていたのは、一人の女性だった。黒いサマースーツに身を包んだ、金髪碧眼の女性。歳は二十代入ったばかりと言ったところだろうか。女性は微笑を浮かべながら、一夏に一枚の名刺を手渡した。そこにはフレーメル・サイエンステクノロジーのアリッシア・ロシュフォードと記されていた。

 

「アリッシアさん・・・俺に何か様ですか?」

 

「この度、私の勤め先であるフレーメル・サイエンステクノロジーがIS開発に乗り出す事になりました。そこで、あなた方の試合の状況をぜひ見学させていただきたいのです」

 

「見学ですか・・・失礼ですが、学園側や企業からの許可は?」

 

「ええ、もちろんあります。契約書をお見せになりましょうか?」

 

箒からの質問にそう答えると、女性は手に持ったケースを開こうとするが箒は首を横に振った。

 

「いえ、そこまでは・・・・どうする、一夏」

 

「いいんじゃないかな、許可は出ているんだろ? この場所に居る事が何よりの証拠だ」

 

「では、見学させていただいても?」

 

「ええ、構いませんよ。まあ、俺はあまり操縦が上手くありませんけど・・・じゃあ、ついて来てください」

 

そう笑うと一夏は箒と並んで再び歩き出す。その後ろに女性は続いた。先ほどまで浮かべていた笑顔を消して、冷たい氷の様な瞳をしたまま・・・

 

 

EP29 end

 

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