「おー、綺麗なもんだな」
「全くだ」
照りつける太陽が眩しく、白い砂浜をジリジリと熱している。別館行き通路であった珍妙な出来事を忘れる様にすぐに更衣室で水着に着替えた後、俺と一夏は海へと直行していた。あの後で束さんが篠ノ之を見つけられたかどうかは定かではないが、一夏の話を聞くに走って行った方向には行ったとの事だから、見つかったのだろう。
「あ、織斑君と黒瀬さんだ」
「う、うそっ! わ、私の水着姿変じゃないよね!? 大丈夫だよね!?」
「わ、わ~。凄い身体・・・二人共鍛えてるんだ」
まあ、それはいいとして。砂浜にはすでに一年生の女子達が到着しており、俺と一夏を見つけるやいなやキャアキャアと騒ぎ始める。なんとなく予想はしていたが、少々視線が気になるところだ。一夏なんかは普通に鍛えただけだからいいものの・・・
「黒瀬さん、凄い身体だね」
「傷・・・かな、凄い数だけど・・・」
・・・やっぱり見られるよな、そこ。少々、警戒が足りなかったかな。
俺の身体中には未だに消えない傷がいくつもある。ぶっちゃけ、ドイツに居た事に付けた傷がほとんどだ。ものによっては結構な深手になった傷もあり、その傷は今でも痛々しく見えるものなのかもしれない。ドイツには傷跡を隠す技術もあったが、日常生活で肌を露出させる部分だけでいいと思って、胴体回りの傷跡は残したままだったのだ。
「相変わらず、凄い傷だな。工事現場のバイトだっけ?」
「ああ、ちょっとヘマしてな」
一夏の言葉に俺はそう返す。同じ更衣室で着替える一夏は俺の身体の傷は見慣れているからいいが、ちょっとばかし女子達には刺激が強いか。
「しっかり消しとくべきだったな」
「ん? 何か言ったか、零―――」
「い・ち・かー!」
俺が呟いた言葉を聞き取ろうとした、すでに準備体操を始めていた一夏の背中に人影が飛び付いてきた。元気なその声は先ほど通路前で聞いたものと同じだった。
「あんたもマジメねぇ、一生懸命準備体操なんてしちゃ・・って」
飛び付いてきた人影、タンキニタイプとかいう水着を纏った凰は隣にいる俺の事を見て、表情が固まり、その後で少し不貞腐れた様な顔をする。おいおい、そんな顔をする事もないだろうに・・・
「・・・何よ」
「いんや、別に。楽しそうだなって思っただけだよ」
「何か言いたげな顔してるわ」
「気のせいだよ、そんなに突っかかるなって・・・それよりも一夏、しっかり遊んでやんな」
「そうだな、零司はどうするんだ? どうせなら一緒にグエッ!」
「こ、こいつは誘わなくたっていいでしょうが!」
おそらく一緒に泳ごうとか誘ってくれていたのだろう。だがその言葉は凰の裸締めによって喉の奥へと引き戻された。凰の反応は先ほどのからかった件もあるのだろうが、せっかく二人で泳ごうというのに邪魔をされたくは無いのだろう。
「そうだぞ、一夏。せっかくこんな可愛い娘が誘っているんだ。俺に構わずに行って来い」
そう告げて、俺は近場のパラソルの差された場所へと歩き出した。そうとわかれば、俺は退散するとしよう。俺は篠ノ之とのカップリングを望んではいるが、極力他人の恋路を邪魔しようとは思わない。
「さすがに馬に蹴られて死にたくはないし・・・お」
そんな事を呟きながらパラソルの下へと歩いて行く最中、俺の視線が一人の少女と一つの物体に止まった。
「シャルロット」
「あ、零司」
あちらもこちらの存在に気が付いたのか、駆け寄って来た。夏を思い起こさせるひまわりの様な黄色いセパレートの水着を着たシャルロット、本来の華やかな印象と相まってかより可憐さを発揮していた。
「ど、どうかな。変じゃない?」
「いや、全然。むしろ凄く似合っている」
十人に聞いたら十人が俺と同じ言葉を吐くだろう。本当ならもうちょっと気の効いたセリフでも言ってやりたいところだが、自然に口に出てしまっていた。まあ、でもシャルロットは嬉しそうに笑顔だし、これでもよかったのだろう。
「よかった・・・他の人には見せていなかったから、もし変だったらどうしようかと思ったよ」
「変なわけないさ・・・それに自分で良いと思ったから買って来たんだろ?」
「うーん、でもコレ以外にも候補はあったからね。山田先生に連れて行かれた後にも少し寄って、どれにしようか本当に迷ったんだよ」
候補・・・そういえば一緒に買い物をした際、山田先生に連れさらわれてから待ち合わせ場所へと来たのはシャルロットが一番遅かったが・・・
「参考に聞くけど、候補は何着ほど?」
「えっとね、二十着ほど」
「・・・さいですか」
サラリとまるで何の事もない様に言うシャルロットを見て、なんだか一瞬で水着を決めてしまった自分が恥ずかしく思えてきた。いや男だからそんなものなんだろうけど、そこまで気合いを入れて選ぶものなのだろうか。
「でもよかった。零司にオッケー貰ったなら、心置きなく遊べるよ」
「俺なんかのオッケーでよかったのか?」
「うん、むしろ零司じゃなきゃね」
「そいつは光栄だ」
臨海学校前に見せてくれればよかったのに、とも思ったが口には出さない。この水着姿は海辺で見るからいいのだ。ロケーションが合った方が見栄えもいいし、俺も正しい評価ができる。
「・・・うー」
そんな事を考えながら笑顔のシャルロットを眺めていると彼女の背後にある物体・・・いや、背後に居る人物なのだろうか・・・それが低い唸り声を上げた。ハッキリ言って、不気味な光景だ。
「なあシャルロット、その掘り起こしたばかりのミイラみたいなのはなんだ?」
「え・・・ああ」
後ろを振り向くとしょうがないなと言った風なため息を吐いて、シャルロットはそのタオルに巻かれた人物をググイッと俺の方へと押し出した。
「や、止めろシャルロット! 押すな、足元が見えないんだ!」
「だったら、早くそのタオルを外したらどうかな。熱中症になるよ、ラウラ」
「これ・・・ラウラか」
不気味な物体を指差すと呆れた様な表情でシャルロットは頷いた。確かに背の高さはラウラと同じくらいではある。だが、こんな恰好で海に出て来て・・・こいつは何がしたいのだろうか。
「ラウラ、まさかそのまま泳ぐ気か? お前、死ぬぞ」
「さ、さすがにその様な無謀な行動はしません」
「ラウラは零司に水着を見られるのが恥ずかしいんだってさ」
「シャ、シャルロット!」
ため息混じりのシャルロットに対して、弱々しく焦りの籠った声を出すラウラ(仮)。しかしそれが本当だとしたら、少しばかり驚きだ。ラウラの事だから、恥ずかしげもなくスクール水着でも着て来ると思ったら・・・
「ラウラ、観念して零司に水着姿を見せたら? そんなに恥ずかしいものでもないよ」
「いや、だが・・・もしレイジの好みに合わなかったら」
「大丈夫だよ、僕が保証するから」
「待ってくれ、私にも心の準備が合ってだな・・・」
もぞもぞと動くラウラ(仮)はそんな事を言って、一向に見に纏ったタオルを脱ごうとはしない。そんなラウラを見かねてか、シャルロットは俺にアイサインを送る。つまり、俺にどうにかしろと。ハードル高いなぁ、もう。
「あー、ラウラ」
「は、はい!?」
「俺はラウラの水着姿が見たいぞ」
「・・・・え」
動きが止まり、タオルの隙間からラウラの視線がこちらを捉えた。そんな瞳を見つめ返しながら、俺は言葉を続ける。
「ラウラは普通にしていても可愛いんだからさ、大丈夫だって」
「ほら、零司もああ言ってるよ」
俺とシャルロットの後押しを聞いて、ラウラは再び唸る様な声を上げる。どうやら脳内で悪戦苦闘を繰り返しているらしい。そんなに迷わずに見せてくれればいいのに、と思う俺は乙女心をわかっていないという奴なのだろうか。
「え、ええい! こうなったら・・・毒を食らうは箸までだ!」
「皿、ね。使いどころもちょっと違うよ」
シャルロットのツッコミにも物応じせずにバババッと勢いよくタオルを脱ぎ棄てるラウラ。その姿は陽光の下へと照らし出された。そんな姿を見て―――
「・・・・・」
俺は言葉を失っていた。
「わ、笑いたければ笑ってください。似合っていないのは・・・わかっていますので」
ラウラが身に付けていたのは、黒い水着。派手にレースがあしらっており、見方によってはランジェリーにも見えなくはない。そしてラウラの髪、いつもストレートにしているそれはサイドに結われており、左右対称の小さなアップテールでまとめられている。そんな綺麗な人形の様なラウラにその水着は見事に合っており、その意外さに驚きを隠せずにいた。
「そんなことないよ・・・ね、零司」
「あ、ああ・・・そうだな」
「本当にそうでしょうか?」
やや反応が鈍い俺を見て、不安そうな顔をするラウラ。いや、違うんだ。見事に似合っているし、物凄く可愛いと思う。ただ少し俺の頭の中にあるラウラは凛々しくて、パリパリとした雰囲気の姿が未だに定着している所為か、こういうイメージから遠くかけ離れた姿を見ると思考がフリーズしてしまう。
「いいと思うぞ、本当に。今の感想をきっちり言葉にするのが難しいくらいだ」
「それは・・・良い事なのでしょうか」
「ああ・・・正直、あまりにも可愛いもんで思考ができなくなるほどに」
「あ・・・あぅ」
「可愛い」という俺の言葉を聞いて、顔を真っ赤にして俯くラウラ。そんな姿にまた奇妙な魅力を感じてしまい、俺も顔が熱くなるのを感じながらも目線を逸らして頬を掻く。かなり恥ずかしい事を言っている様な気もするが・・・本心なんだからしょうがない。
「そういえばこの髪型、自分でやったのか?」
恥ずかしさ紛れに髪型の事を指摘してみる。するとシャルロットがラウラの肩に手を置いて、俺の質問に答える。
「髪型は僕がセットしたんだ。やっぱり可愛い水着を着るんだから、しっかりおしゃれしないとね」
「なるほど・・・もしかして水着もシャルロットが?」
「ううん、水着はラウラが買ったみたいなんだ」
「・・・それは意外だ」
シャルロットの言葉に再び驚きを覚えた。俺はすっかりこの水着はシャルロットがラウラにすすめた物だと思っていたが・・・ラウラにもこういうのを選ぶ事が出来たのか。
「零司、それはラウラにちょっと失礼だよ。ラウラだって女の子なんだから」
「それもそうだな。ラウラだって、一端の女子なんだよな」
「あ、あのレイジ」
シャルロットのお叱りに反省していると控えめな声色でラウラが俺の事を呼んだ。
「なんだ?」
「あの・・・私は・・・レイジから見て・・・その」
オドオドとしながら、途切れ途切れに話すラウラの瞳には確かな期待の色が合った。恥ずかしながらも俺はその期待に応えるべく、先ほどの言葉を再び口にする。
「ああ、可愛いよ。凄く」
「~~~~~~ッ!」
さらに顔を上気させて、より深く俯くラウラ・・・・ヤバいな、これはかなり可愛いぞ。ラウラって、見てくれはともかくこんなに可愛らしい事をする奴だったっけか? これは認識を改める必要があるかもしれん。
「よかったね、ラウラ」
「・・・・・・あ・・・・・・・・ああ」
シャルロットにラウラは消えかかりそうな声で応える。しかし可愛い事は可愛いのだが、少し足元がおぼつかなくなっているのが心配だ。大丈夫なのか?
「なんか心配だな、おい」
「黒瀬さん」
心配げにラウラを観察していると声を掛けられ、振り向く。するとそこにはシンプルなスカート付きビキニタイプの水着を着た青嶋が立っていた。この娘も凄く似合っていて、可愛らしい。
「おお、青嶋。綺麗な水着だな、似合っているぞ」
「ありがとうございます。ちょっと奮発した甲斐がありました」
水着姿を褒められて嬉しいのか、青嶋は照れ笑いを浮かべる。水着の柄も白色をメインとした花柄で清楚ながらも華やかさをイメージしており、穏やかで優しい青嶋にはぴったりだ。このまま眺めているだけでも、とても眼福なのだが・・・
「・・・・・」
隣から飛んでくる無言のシャルロットの笑顔が陰ったものへと変貌して行っている。こんなところでスタンガンは御免蒙りたいので、ここら辺で止めておこう・・・くそう。
「ところで何か用事があって俺を呼んだのか?」
「あ、そうでした。これから皆でビーチバレーをするんです、黒瀬さんを一緒にどうですか?」
そう言われ、青嶋の後ろの方に立てられたビーチバレー用のネットの付近には―――
「おーい、零司。お前も付き合えよ」
「くろりーさん、一緒にやろうよー」
「・・・・」
先ほど別れた一夏と凰、そして明らかに水着には見えないパーカー状の何かを身に纏った布仏がいた。どうやらメンバーは青嶋と俺を含めて五人のようだ。
「う~む、コレだとシャルロットとラウラを入れると一人あぶれるな」
「零司、今のラウラにやらせて大丈夫かな?」
シャルロットに尋ねられて、ラウラを見る。先ほどの状態から復帰していないのか、フラフラと肩を揺らしながら何やらブツブツとつぶやいている。あの状態でビーチバレーは参加させない方がいいだろう。半ば放心状態でそんな事をして怪我でもしたら大変だ。
「おいラウラ、大丈夫か?」
「わ、わた、私は可愛い・・・可愛い・・・」
目の前で手を振るがハッキリとした反応が返って来ない。うーむ、このまま放置して日の下にいたら日射病で倒れるかもしれん。移動させるべきだな。
「仕方ないな・・・よいっしょ」
「ひゃっ!?」
身動きをしないラウラの肩を持って膝に手を通し、そのまま持ち上げる。いわゆるお姫様だっこというやつをするとラウラからは軽い悲鳴の様な声が、海岸の女子達から黄色い声が上がった。
「ああっ! いいなぁ、ラウラ!」
「ボーデヴィッヒさん、ズルイ! 私と変わって!」
「大反響・・・黒瀬零司のお姫様だっこ券・・・これは売れる!」
お前さん達、少しはラウラが心配にはならんのかね。それに最後のはなんだ、いつの間に俺のクラスには守銭奴が紛れ込んで居たんだ?
「それにしても軽いな、お前ちゃんと飯を食ってるか?」
「れ、レイジ! 一体何を!?」
いきなりの行動に慌てるラウラはジタバタと暴れたが俺はより一層、強い力で彼女を抱き押さえる。
「お、下ろしてください!」
「駄目だ、今のお前は普通じゃない。あんな危ない足取りで大丈夫なんて思えん」
「恥ずかしいです!」
「お前もこういうので恥ずかしいと思える様になったんだな。そいつはよかった」
「う、訴えますよ!」
「止めてください、負けてしまいます」
このご時世に女性からの訴えに勝訴するなんて難し過ぎる。それにしても、いつもだったら全然恥ずかしがらずにもっと過激な事をするクセにやたら恥ずかしがるな。もしかして自分からなら大丈夫だけど、相手からされると駄目なタイプなのか?
「ともかく、ワガママ言うんじゃありません。そこの日影までだから大人しくしてなさい」
「し、しかし・・・」
「ラウラ」
「・・・うう」
少し語気を強くして言うとラウラは観念したのか、俺の腕の中ですっぽりと収まり、まるで借りて来た猫の様に静かになった。そんなラウラを抱きかかえたまま、パラソルの下へと移動する。するとそこの近くには―――
「あら黒瀬さん」
「オルコットか」
パラソルから少し身を出して、うつぶせで横になるオルコットが居た。その背中には水着を押さえているはずの紐なりなんなりがなく、きめ細かな白い肌が堂々と露出されていた。どうやら・・・というか、何処からどう見ても日光浴中の様だ。
「日光浴中に悪いが、隣でラウラを休ませてもらえないか?」
「どうぞ、ご勝手に」
そうぶっきら棒に言い放つオルコットの隣にラウラを下ろす。それにしても、俺は日光浴とかはしたことないがこの日差しなら申し分ないのだろう。だというのに、日光浴をしているオルコット本人はあまり座りの良い顔をしてはいなかった。
「どうしたよ?」
「別にどうもしていませんわ」
そう言うけど、どうもしていないって顔はしていないんだよな。そんでもって、オルコットをこんな顔にする人物っていうと数人しか思い浮かばん。
「その割には不機嫌そうに見えるが・・・一夏が何かしたか?」
「違いますわ。一夏さんではなく、鈴さんが・・・」
そこまで言って、オルコットは口を閉ざした。ははん、一夏と一緒に居た凰に何か邪魔でもされたのかな。やっぱり水着ってことで、好きな男子の気を引く為に競い合っているのだろう。それにオルコットと凰は性格的にもぶつかり易いだろうし、こう言ってはなんだがこの二人には身体的に結構大きな差があるからな。率先的にライバルになり易いのかもしれない。
「はぁ、せっかく一夏さんにサンオイルを縫って貰えるはずだったのに・・・」
「サンオイルね、随分と大胆な手に出るなお前」
「最近は徐々に一夏さんと箒さんの距離が近くなって来ていると思いまして・・・誰かさんのおかげで」
そう言うとオルコットは横目で俺の事を見て来た。それは紛れもなく、非難を込めた視線。え、もしかして俺が篠ノ之を補助しているの、バレてる?
「あー・・・オルコット、ちょっとお前の考えている事は違うんじゃないかな」
「何が違うんですの? 箒さんに手料理を教えたのは黒瀬さんじゃなくって?」
・・・何故ばれたし
「山田先生に聞きましたわ・・・聞いたというより、私が詰め寄ったのですけど」
オルコットの気迫に押されて、困り顔で自白する山田先生の姿が目に見える。マズイな、妙なところから情報が漏れたものだ。
「なんとなく篠ノ乃さんの有利な方へと向かわせている気はしていましたけれど」
「い、いやなオルコット・・・これには山よりも高く海よりも深い訳があるのだよ」
「・・・・フェアではありませんわよね?」
ジッと見られて、俺は引き攣った笑いを浮かべた。いかん、あのオルコットの目は何か企んでいる時の目だ。
「零司~、何してるのさ~」
「早くしないと始めちゃいますよ~」
そんな時に救いの声が届く。シャルロットと青嶋だ。
「おう、すぐに行く!・・・てな訳で、じゃあなオルコット!」
「あ! ちょ、ちょっとお待ちなさい! 黒瀬さん!」
横になったままで俺を呼び止めようとするオルコットの声を無視して、ビーチバレーのネットへと急ぐ。しかしマズッた。まさか篠ノ之との協力関係が知られてしまったとは・・・今後の事を篠ノ之と相談しなければ。
(・・・・あれ、そう言えば―――)
オルコットの詰問から逃れる様に皆の下へと走りながら、俺は思い出した。
(―――篠ノ之、見てないな)
皆が居る海にはあの礼儀正しい少女の姿は無かった。
・
「ふぅ・・・」
全身に適温の海水を感じ、見事に晴れ渡った蒼穹を眺めながら、息を吐いた。一夏達に誘われて行ったビーチバレーから少し経って、皆が休憩に入っているところ、俺はまるでクラゲの様に海上に浮いていた。泳ぐわけでもなく、ただ静かに浮かんでいた。先ほどのビーチバレー、やたらと粘る一夏と先ほどの憂さ晴らしか執拗に俺にスパイクを打ってくる凰のおかげでなかなかの運動になった。なので今は軽いクールダウンをしている。
「気持ち良いもんだな・・・」
こうやって静かに海を満喫するなんて、これまでの人生を思い返してみても一度もない。海上での任務ならあったが、それは決して気の休まるものではなかった。つまり俺にとって、初めて海での落ち着いた休息だった。ラウラも俺と同じ様にあまり海での遊びをやった事が無いのかもしれないと考えると、無理に休ませてしまった事に対して少し後悔した。
「あんな風に遊ぶ事が出来るなんて、想像した事も無かったからな」
独りでに呟く。まるで追い立てられる様に任務に当たっていたあの頃とは違う。もう何度目か知らないが、心休まるこの時間にその事を深く噛み締める。だがそれと同時に―――
(やっぱり壊されるのは・・・嫌だな)
幸福な時間を狂わせる様に現れた、襲撃者達の姿が脳裏をよぎった。独立起動可能、絶対防御を貫通する戦闘型IS。それを指揮する者。学年別トーナメントの時に襲撃したとされる者。そして―――先日のアレッシア・アッシュフォードと名乗った女性。
アレは何なのか、どうしてIS学園を襲撃するのか、何処から来たのか・・・考えてはいる。考えてはいるのだが、情報が少な過ぎて答えにはたどり着けない。それもそうだ、この世界には公式にも467個のコア、そして他にも秘密裏に作られた物も含めたらもっと多くのISが存在する事になる。
(雲掴むってほどではないけど・・・それでもな)
少なくとも、俺にできる事などたかが知れている。奏などに頼む事ももちろんできるが、そんな事をして大切な家族を危険にさらすわけにはいかない。故に俺には所詮、一般人が知ることのできる情報くらいしか回ってはこない。
(相手の正体も知る事が出来ない。対抗策も立てられない。だとすると俺にできる事は・・・)
答えは出ていた。襲撃者が来たら、撃退する。これだけだ。あまりにも防戦一方で、自分の力の無さに軽い苛立ちを覚える。
本当ならば、すぐにでもそいつらの本拠地を見つけ出して、全員を叩きのめしてやりたい。だが今の俺にはそんな奴らを見つけ出すことも、見つけ出したとしても戦えるほどの力は持ち合わせていない。
(本当に・・・ままならない)
あんなに要らないと思った時にはあれほどの力があったというのに、欲しい時には手元には無い。どうも俺の人生は終始、ままならない様に出来ているらしい。
(もし、あの時の俺なら・・・いや、止めよう)
もし、というのは考えても意味がない。それにその力があったとしたら、俺はおそらくこの場所にはいない。この場所を手放す事とあの力を取り戻す事を天秤にかけたら、どちらを優先するかなんて愚門だった。
(ままならない・・・)
心の奥で呟くとゆっくり瞳を閉じた。水面特有の浮遊感を全身で感じながら、頭の中を空っぽにしようとする。すると―――
「何処まで行く気だ?」
「・・・ッと!?」
いきなり耳元で聞こえた声にびっくりして、全身に力が入ってしまい、軽く身体が沈んだ。急いで姿勢を戻すと声の主に向かって、声を荒げる。
「きゅ、急に話しかけないでくれ・・・よ・・・」
いや、荒げようとした。だが俺の声は徐々に勢いを失って行った。だって、俺の目の前に居たのは―――
「それはすまなかった。だが、このまま沖に流されて行方不明にでもなられたらこちらとしてもたまったものではないのでな」
「それは・・・迷惑をかけました」
千冬さんだった。いつもは後ろで結っている長髪をほどいて、水に濡れたそれはいつもとは少し違った魅力を醸し出していた。そして身につけている水着はシャルロット達と水着を買いに行った日に、俺が選んだ物だった。普段と変わらない表情ではあるが、千冬さんの水着姿は新鮮であり、俺はそんな彼女の魅力に当てられたのか、少し早くなった動悸を隠す様にして言葉を紡ぐ。
「浮かぶならできるだけ海岸の近くにしてくれ・・・どうした?」
「いえ、その水着を着て来たんだなって思いまして」
緊張してか、特に話す話題が頭の中に浮かばず、立ち泳ぎをする千冬さんが身につけている水着を話に上げる。
「当り前だ、ここに着て来る為にお前に選ばせたんだ」
当り前の事を聞くな、といわんばかりにそう返すと千冬さんはふと言葉を切り、少し意地の悪い笑みを浮かべる。
「せっかく私の連れが選んだ水着だ。しっかり着るさ」
「うっ・・・もう止めましょうよ、それ」
駅ビルでの出来事を思い出して、自分の顔が熱く上気するのがわかった。アレは真面目に恥ずかしかった、頭の中から消去した記憶トップ10には確実に入る。
「からかう為に声をかけたんですか? 俺、戻りますよ」
先ほどとはまた違った苛立ちと同時に気恥かしさを感じて、ぶっきら棒に言い放つと海岸の方へと向く。すると千冬さんは少し表情を変えた。
「何、お前が妙に辛気臭い顔をしていたからな。ちょっと気になっただけだ」
その言葉を聞いて、俺は動きを止めた。辛気臭い顔、おそらく先ほどの考え事をしていた時の俺の表情だろう。
「大方、例の襲撃者の事を考えていたのだろう。それもあのアレッシアの襲撃の時から」
「・・・相変わらず、鋭いですね」
「私を誰だと思っている」
千冬さんに背を向けたままで、言葉を交わす。本当によく見ている。こちらを監視しているのではないかと疑ってしまうほどに。
「・・・お前の悔いる事じゃない」
「でも、俺がもう少し早く付いていれば・・・少しでも状況は変わっていたかもしれません」
「違うな、黒瀬。悔いるのは筋違いだと言っている」
筋違い、という言葉に少し疑問を持ち、俺は振り返った。そんな俺に千冬さんは続けて言った。
「お前は守る立場ではない、守られる立場の人間だ」
「そんな・・・でも俺は――」
「零司、お前はなんだ?」
名前を呼ばれ、千冬さんの質問を受けて口から出そうとしていた言葉を飲み込む。千冬さんの質問、その答えを俺はなんとなくだが察していた。だから、俺は次の言葉が出なくなっていた。
「俺は・・・」
「零司・・・お前は学生だ。IS学園の生徒だ。代表候補生でもない。ましてや研究所の被検体でもなければ、ドイツ軍人でもない」
そう、今の俺は学生なのだ。ただ力を少し持っただけの、学生。本来ならば教員達から守られるべき存在。
「確かにお前は力がある、そして私もお前に協力を望んでしまっている。だがお前は本来ならばそこに立つべき人間ではない」
「・・・・千冬さん」
「だからお前は・・・自分を責めるな」
おそらく千冬さんなりの精一杯の励ましなのだろう。俺はそれが、その気持ちが素直に嬉しかった。だがそれと同時に、やるせなくもなった。もはや自分は誰かを守れるだけの力がない事に。
自惚れている、とも思う。俺程度の存在が何を傲慢に喚いているのかと考える時もある。だがそれでも、守りたいのだ、この日常を。壊したくないのだ、この平穏を。
「お前達を守りきれない、情けない教員の言葉ではあるがな」
「そんな事・・・俺はいつも千冬さんに
珍しく弱音を吐く千冬さんに俺は笑顔で自分の胸を叩く。これは本心だ。千冬さんにはいつも励ましや叱責をもらい、自分の心を確かに保てた。だが今はそれが少し・・・痛い。
「そうか・・・」
そんな俺の笑顔に何かを感じ取ったのか、千冬さんは少し暗い表情を見せたが、それを覆い隠す様にしてすぐにいつもの不敵な微笑を浮かべた。
「少し流されすぎたな・・・戻るぞ、黒瀬」
「はい、織斑先生」
俺と千冬さんは海岸を目指して、泳ぎ始める。呼び方はいつもの教師と生徒に戻ったが、海岸に着くまで間、まるで支えるかのように千冬さんは俺の隣に居てくれた。
EP32 End