Side Another
ハワイ沖、アメリカ国第二十番実験施設。その日、その場所にはアメリカ・イスラエル双方の軍事関係者達が集められていた。陸軍、空軍、海軍、そのほか諜報機関、その全ての人物が座る席の向こう側にある大型モニターに注目している。その画面に移るのは蒼穹を踊る様に飛び回る白銀の機体、最新型の軍用IS『
『綺麗な空ね・・・あなたも嬉しい? ふふ、可愛い子』
そのISの登場者、ナスターシャ・ファイルスはまるで子供をあやす様に自分のISに語りかける。いつもの彼女のクセだ。まるで自分の娘か妹の様にISに接する。そんなやり取りを見なれた専属オペレーターは呆れながらも、微笑ましい姿にため息を吐く。
『『銀の福音』、あまり無駄話はしないで目的をこなしてください』
『ええ、わかっているわ。そんなに目くじら立てないで』
付き合いの長いオペレーターへと気軽な返答を返すと『銀の福音』は配置に付く。大型のデュアルウィングは大きく展開され、次の行動に移ろうとしている。モニター前の軍事関係者達はその目をその機体に集中させた。
『この子もそろそろ―――』
そんな時だった。急にナスターシャの通信が途切れ、機体は空中で停止した。
『『銀の福音』、どうしました? 何かトラブルが?』
『・・・・・・・』
不審に思ったオペレーターの声にも反応がない。ただ、まるで糸の切れた操り人形の様に空中を浮遊している。おかしい。ナスターシャはユーモアのある人物ではあるが、こんな公式機動実験でおふざけをするほど場を弁えない人間ではない。
そう考えた時だった。それは明確に、問題発生を示す様な行動が始まった。
―――キイアアアアアアアアア!
咆哮。それはナスターシャの上げたものではない。まるで金属を擦り付ける様な甲高い、悲鳴にも似た叫びを上げたのは『銀の福音』だった。
『ナスターシャ!? どうしたのですか!? ナスターシャ!』
「停止コードを発信! 待機中のISにスクランブル! 登場者のバイタルサインを確認しろ!」
焦るオペレーターの横で彼女の上官が迅速な指令を飛ばす。予想外の出来事、その異常さに呑み込まれたのか、喧騒が一気に室内を支配して行った。
「駄目です、停止コードを受け付けません!」
「バイタルサイン、確認不能! 外部との接続が完全にシャットダウンされています!」
「待機中のIS、機動完了! ただちに取り押さえます!」
「急げよ! 最悪の場合、撃墜しても構わん! 登場者の命が失われる事は無い!」
「・・・・!? 『銀の福音』、迎撃モードへと変更! 『
画面の向こうに居る『銀の福音』の翼が大きく展開される。片翼十八門、計三十六門の広範囲殲滅兵器『銀の鐘』にエネルギーが充電されて行く。
「友軍機へのロックオンを確認! 回避、間に合いません!」
「撃たせるな!」
それは懇願にも似た、上官の叫び。だがその意とは反する様に、『銀の福音』は接近する友軍機へと展開された翼から光弾をばら撒く。まるで光の波に撃たれる様にして、三機のISが瞬く間に撃墜されて行く。まるで勝負になっていない。それも当り前である。相手はアメリカの技術の粋を集めて作り出した最新型、こちらは量産体制の第二世代。勝敗は火を見るより明らかであった。
「・・・ナスターシャ! 何をしているの! 戻って来て、ナスターシャ!」
手段が尽き、オペレーターはその場にあった通信用マイクを掴むと悲痛とも言える叫びを送る。だが彼女はそれに反応する事は無い。翼をはためかせた『福音』は上昇し高度を取ると流星の様に飛び去って行った
「一体何が・・・何が起こっている」
それに応える者はいない。ただ喧騒の後の静まりに唖然とする上官の言葉だけが静かに残るのだった。
・
臨海学校二日目。場所は周囲の岩肌を削って造られたIS演習専用のビーチ。一日目とは違い、今日から本格的な演習が始まる。スケジュールだけを見ても、午前中から夜にかけて、単独にタッグ戦、高速戦や一対多の形式など様々な演習プログラムが組まれている。その為にそれに対応する様に専用機持ちには様々なパッケージが送られ、各装備の試験運用も兼ね備えている。
「今日からが本番か、忙しくなるな」
「う、うん…そうだね」
つっかえつっかえの返事をするシャルロット。そんな彼女の反応に俺は内心、首をかしげていた。いやシャルロットだけではない。篠ノ之、オルコット、凰、ラウラ、そして一夏に至るまで、皆が俺に対して何処かよそよそしいというか・・・反応に困っている様に見える。
「何かあったのか、ラウラ」
「いえ、特に隠し事のようなもの…ありません」
発現の真偽を問い詰める様にジッとラウラを見詰めたが、ほんのりと頬を朱に染めると俯いてしまった。おそらく何かしら隠してはいる。だがそれがなんなのかは分からない。年頃の女子だから隠し事の一つや二つがあるのは仕方のない事…仕方のない事なのだが…
(…居心地悪いな、なんか)
後ろに集められた専用機持ち以外の生徒の中からも、視線を感じる。周囲を見回す様にして確認したところ、視線の主は青嶋だった。つまり俺が関わりの深いと思っている友人達が妙な態度を取っている事になる。
「…フゥ」
そんな俺達を見て、何故かため息を零す千冬さん。俺はその反応を見て、千冬さんのプライベートチャンネルに通話を試みた。
『…なんだ』
『千冬さん、あなた一夏達に何か言いましたか?』
『別に…それに私が何を話したところでお前に伝える義務はない』
『そりゃ、そうですけど…』
『もういいか? そろそろ説明を開始する』
そうとだけ俺に伝えると千冬さんは通話を切断し、目の前に並んだ生徒達を見回して人数を確認。今回の演習の説明に入った。
「今回の演習、その目的は配られたしおりに書いてあった通りだ――」
千冬さんは説明を続けて行く。今回の臨海学校における演習、その目的はこの場に搬入されたISの広範囲における機動とコア・ネットワークの能力実践、俺達専用機持ちは各ISの稼働、そして新装備の調整とテストである。
「――よって、専用機持ちとそれ以外では違った演習プログラムが用意されている。専用機持ちは私とこの場で待機。それ以外は他の先生と共に移動。それと篠ノ乃はここに残れ、いいな? では行動開始」
「更識さんも今回はこっちですね。では、私に付いて来てください」
号令に「はいっ!」と答えると一年生達は先生達の後ろに付いて動き始める。一瞬、そんな女子達の内でこちらに視線を投げかける少女がいたが、すぐに視線を外すと列に続いて行った。
(誰だ…?)
「あの…何故私はここに?」
専用機持ちでない篠ノ乃はここに呼び止められた事を疑問に思ったのか、千冬さんに問いかける。
「ああ、それなんだが――」
千冬さんはそう返事をすると空を見上げた。すると耳にけたたましい音が聞こえてくるのがわかった。それは空気を小刻みに殴る様な音でゆっくりと大きくなってくる。一同が視線を追いかけるようにして空を見上げると、一機の大型ヘリが空中から降下してきていた。
「お前には今日から専用機が支給される事になった」
「私に…専用機」
「そうだ」
先ほどまで一年生がいた、開けた場所にヘリが着陸すると側面のドアがスライドして、とある人物が姿を現した。白衣を纏ったその人物はこちら・・・それも俺を見つけると笑顔を浮かべた。
「兄さん!」
「奏!?」
ヘリの中から顔を出した奏の下へと少し驚きながらも駆け寄る。そしてヘリから降りる際に手を取って、こちらに引き寄せる様にして下ろしてやった。
「ありがとう、兄さん」
「ああ…だがなんでお前がここに? 研究所はどうした?」
「うん、それは追々に説明するね」
「遠路はるばる御苦労だったな、奏君」
ヘリから降りた奏の所へとやってくると千冬さんはそう言った。そんな千冬さんに奏はペコリと小さく頭を下げると口を開いた。
「いえ、これも仕事ですので…それにすみませんでした、立ち入り禁止だというのにこんな風に」
「いや、それは構わんさ…それはそうと、束は何処に?」
「それは…」
千冬さんの質問に奏は少し困った風な表情を見せる。何故そんな表情をするのか、訝しげに思ったが、すぐにその理由は理解できた。
「ち~ちゃーーーーーん!!」
徐々に大きくなる、その呼び声に俺と奏、千冬さんと一夏、そして篠ノ之がそれぞれの感情を得た表情を浮かべる。この声は他でもない、つい数秒前に話に出た篠ノ之束さんの声だった。
「やあやあ、ちーちゃん久しぶりだね! さあ愛を確かめ合おうじゃないか、束さんのラヴの籠った熱いハグで―――べッ!」
後ろの砂埃を撒き立てながら現れ、こちらに向かって・・・というより千冬さんに向かってと突撃してくる束さんに対して、千冬さんはカウンターで顔面を握り締めて拘束した。相変わらず手加減がないな。
「うるさいぞ、束」
「ぐぬぬ、あとちょっとで抱き付けぬとは・・・悔しいのぅ悔しいのぅ」
そう言って、千冬さんの腕をタップし、解放された束さんはその場に着地する。そして千冬さんの後ろに立つ専用機持ち達と共にいた篠ノ之を見つけると、にっこりと笑顔を浮かべた。
「やっほ、箒ちゃん」
「…どうも」
「えへへ、本当に久しぶりだね。見ない間に大きくなっちゃって…特におっぱいが特盛りっ!…って感じに――あいたっ!?」
そこまで言って、鈍い音がしたと思うと束さんは唸り声を上げながらうずくまる。その前には拳を握りしめた篠ノ之の姿がある。
「殴りますよ?」
「もう殴ってる! 殴ってから言った! それも顔面! 酷いよ、箒ちゃん!」
鼻の頭を真っ赤にして、涙目で非難する束さんだが篠ノ乃は鼻を軽く鳴らして、取り付かせなかった。そんな光景を専用機持ち一同は唖然となって見ていた。そんな光景に見かねた俺は束さんに声をかけた。
「あの、束さん―――」
「あ、れーくん。久しぶりのかーなんとはラブラブしているね、結構結構」
「ラ、ラブラブはしていませんよ」
「うーむ、照れているかーなんはやっぱり可愛いなぁ・・・それ!」
自己紹介でもしてもらおうと思って話しかけたはずだが、こちらの話を聞かずに飛び付き、俺と奏の肩に手を回す。
「ちょ、束さん!」
「いきなり跳び付かないでくださいよ!」
「いやぁ、二人一緒に居るのを見るのなんて久しぶりで嬉しくってさ。やっぱり兄妹は仲良くってね…ね、いっくん」
「ま、まあそうですね」
同意を求められて、苦笑しながら頷く一夏。そんな束さんを見るに見かねたのか、俺達の方へと歩み寄ると千冬さんは束の頭をコツンと軽く叩いた。
「束、自己紹介くらいしろ。うちの生徒が反応に困っている」
「えー、面倒くさいなぁ。私は天才科学者篠ノ之束さんだよ~、よろしく~」
俺と奏から離れるとクルリとスカートをはためかせて、一回転してから挨拶をする。相変わらず身内にはちゃんと対応するが、他人には完全に意識が行っていないな。
「もう少し真面目に挨拶しろ」
「いーじゃないかいーじゃないか、挨拶なんてしなくたって私が誰かくらい分かっているんだから」
「それにしたって、挨拶くらいはちゃんとした方が良いと思いますよ」
「むー、ちーちゃんとれーくんはいつも注意するね。さすが似た者同士」
俺と千冬さんの言葉を聞いても、ニコニコと笑いながら楽しそうにするだけで話を聞いているのかわからない…というか、多分改める気は無いのだろう。それと―――
「篠ノ之博士…」
「あの人がレイジの…」
呆けているだけではなく、別の意志で束さんを見る二人がいた。シャルロットとラウラだ。その視線は不安と警戒の意志が込められている様に見えたがどうしてそんな風に束さんを見るのかは俺には分からなかった。
「それで、頼んでおいたものは…」
未だに困惑と緊張が抜けていない専用機持ちの中から篠ノ乃は一歩前に出るとややためらいがちに束さんに声をかける。すると束さんはニヤリと口端を上げた。
「ふっふっふ、もちろん出来ているよ! 箒ちゃん専用の機体。さあ大空をご覧あれ!」
ビシッと大空を指す。それに従って、その場に居る専用機持ち達は束さんの言葉に従って、空を見上げた
「…あの、何も来ませんけど」
「…あれれ?」
しかし数秒、数十秒ほど経ったが一向に何かが来る気配はない。さすがにおかしいと思ったのか、束さんは首をかしげ、上空から自分の発明品に何かできる可能性を持っている奏へと指先の方向を変えた。
「かーなん、私の作ったアレは?」
「あれって…もしかしてこれですか?」
そう言って、奏がヘリの方を見ると中から四角柱型の銀色の金属カプセルが足を生やして降りて来た。なんとも奇妙な光景だ。そんな感想を抱く俺の横でそれを見た束さんは拗ねた様な表情を浮かべる。
「かーなん! なんで持って来ちゃっているのさー!」
「いえ、こんなところに落下させるよりは安全かと思いまして」
「せっかく箒ちゃんをびっくりさせようとしたのに…もっとユニークに行こうよ」
「安全が最優先です」
きっぱりと言い放つ奏に肩を落とす。奏は真面目だからな、束さんのプログラミングならもしもってことは無いとは思うが、それでも堅実に行きたいのだろう。もし俺が奏の立場でもそうする。
「まあ、いいや。気を取り直して…かもーん、『紅椿』!」
めげずに束さんは立ち直ると指を鳴らす。すると金属カプセルの足が引っ込み、その代わりにこちらを向いている面がばたりと倒れて、中身が露出する。
そこにあるのは、赤き鎧。金属質でありながら漆塗りの様な光沢を放つそれはさながら日本鎧の様であり、それでいて機械である事を主張する様に黒色のメタルが関節部に取り付けられている。
「これが箒ちゃん専用機、『紅椿』! 現段階における各国の第三世代を凌駕したハイスペックのISさっ!」
束さんの言葉に千冬さんと奏以外、俺も含め専用機持ち達は訝しげな視線を『紅椿』へと送った。第三世代を凌駕したスペック。それはつまり現段階での全てのISを凌駕していると言っている事に他ならない。
「んっふふ~、信じられないって顔してるね」
「半分は」
「半分?」
「信じられないですけど…それでもやるのが束さんですから」
「ぬふふふ、よくわかってるね、さっすがれーくん。ささ、箒ちゃんはこの機体に乗っちゃって。パパパッとフィッティングとパーソナライズ終わらせちゃうから」
束さんは俺の返答に満足したのか、何度か頷いた後に篠ノ之の背中を押して行く。そんな束さんは嬉しそうで篠ノ之の方は鬱陶しげにしている。話には聞いていたが、姉妹仲はよろしくないというのは本当の事らしい。
「すーぐに終わらせちゃうからね。なんてったって、私は天才科学者篠ノ之束さんだからね!」
「では、お願いします」
「むー、固いよ箒ちゃん。もっと砕けて行こうよ。実の姉妹なんだし―――」
「早く始めましょう。時間を無駄にする気は無いので」
全く取り付く島もない。親しげに話そうとしてくる束さんを篠ノ乃は容赦なく付け離す。血の繋がった姉妹なのだから、もあそこまで毛嫌いしなくてもいいだろうに。
そんなこんなしている間に束さんは篠ノ之を『紅椿』へと乗せて、いつぞやの時に奏が使っていたタイプと同じ空中投影型ディスプレイとキーボードを八つずつ作り出すと、目まぐるしいスピードで作業を行っていく。相変わらず物凄い早さだ。
「さてと、じゃあ私も作業しましょうか」
「作業?」
「はい、兄さんの『黒天』の点検です」
訝しげに訊くと奏はそう答えた。そういえば『改良領域』はいじっているが、ちゃんとした整備は主に行っていなかった。一度は学園の人達にも見せたのだが、既存のISとは型が違い過ぎる為に下手に手を出せないと言われて簡単な整備しか行ってもらえなかったのだ。
「そういえば学園の研究員もお手上げだったしな」
「すみません、私の開発機構には既存のものとは少し形式が異なっていますから…」
「異なっているね」
「はい。元来のISは主にコア・ネットワークの経由で情報をやり取りして、機体の進化を促すものですが、私の場合は―――」
「あー、その独特な形式の話はまた今度にしてもらうよ」
「そうですね、結構長くなっちゃいますから」
そう苦笑する奏。いや、説明が長くなるのもそうなんだが…多分話をされても俺には十分の一も理解できない様な気がするからなんだが。
「ともかく…ここは一つ制作者である奏に任せるよ」
「はい、任されました」
言いながら、奏はヘリに乗せてあった小型コンソールからプラグを伸ばして、束さんと同じ様に八つのディスプレイとキーボードを作り出す。それを見て、俺は頭の中で自分の鎧の名を呼んだ。
(『黒天』、来い)
すると首に巻かれたチョーカーが紅い粒子となって分散し、即座に俺のISである『黒天』を形成する。黒い装甲は陽光に照らされて、その光を反射する。体感時間で『展開』速度が自分的には安定している事を確認して、一つ息を吐く。
「…良し」
「それじゃあ、始めますね」
『黒天』のデュアルウィングの付け根に近い部分に奏が触れると縦に隙間ができ、表面装甲が横に開くとプラグの挿入口が現れる。そこにプラグを差し込むと奏は元の場所に戻り、束さんに勝るとも劣らないスピードで解析作業を開始する。
「やっぱり駆動機系統に負担がかかっていますね。それにスラスターの熱処理も負担が大きいみたいです」
「駆動機系統にスラスター…結構荒っぽく使っているから、その負担か。だけどそれってISの自己修復機能で直るもんじゃないのか?」
「ISも完全な万能機ではありませんから。今までのダメージがここまで響いているってことですね。やっぱり『改良領域』でカスタマイズしていますから、機体に対する負荷もかなりのものになっていると思います」
奏の言葉を聞いて、今まで目立って『黒天』を動かした時の事を思い起こしてみる。一回目、オルコットとの試合。調整の間に合わなかった『黒天』を無理に動かして、設定以上の『瞬間加速』を使うなど無理をした。二回目は『人形』との戦い。こちらも無理やり動かして、機体の負担など考えていなかった。そして最近はあの襲撃者、こちらはあまり戦闘とも呼べなかった為に、ノ―カウント。あとは―――
「あー…あれか」
「何か思い当たる節でもあるんですか?」
「いや…まあ少し訓練を、な」
歯切れの悪い俺の返答に奏は小首を傾げた。どうして、馬鹿みたいに負荷がかかっているのか。それはおそらく千冬さんとの夜間訓練だろう。未だに千冬さんは『打鉄』は使っており、俺の『黒天』とはかなりの機体性能差がある。それがあっても、千冬さんと互角以上に切り結んだ事はまだない。それに追い付こう、出来るだけ信頼に答えよう。そうして鍛錬を本気で続けて行くうちに、かなりの負荷がかかっていたのだろう。
「訓練というと…あの人達と、ですか?」
「あ…あー、まあそんなところ」
あの人達、とはおそらく先ほどから手持無沙汰でこちらを眺めている専用機持ち達だろう。実際は違うのだが、
深夜に千冬さんとタイマンしてフルボッコにされています
とは言えない為に俺は言葉を濁した。
「…綺麗な人達ですね」
「うん? まあ、そうだな」
ざっと見ても、専用機持ち達はそれぞれに眩しいくらいに魅力がある。オルコットは少々高飛車なところはあるが一本芯が通っている性格であるし、凰も活発で見ていても話しても元気になる。シャルロットは落ち着いて淑女らしいし、ラウラもやや常識知らずなところもあるが、それがまた可愛らしいところでもある。そして全員、皆容姿がとてもいい。まったく、神は人に二物を与えずとはよく言ったものである。
「皆、それぞれ良い娘だし、可愛らしいところもあるよ」
「…ふーん、そうなんですか」
…ううん? なんか奏の声色に曇りがある気がするんだが…
「どうした、奏」
「別に…なんでもないです」
ハイパーセンサーによって後ろで作業している奏の顔を盗み見る。怒った様で困った様な、そんな顔をしている。そんな奏の表情を見て、少し俺は苦笑を浮かべる。
「なんだ奏、ヤキモチか?」
「ち、違いますよ! そんなんじゃ…」
「へぇ、だったら俺がお前を放っておいて、あいつらが一緒に仲良く演習していても問題ないよな?」
「それは…うう、今日の兄さんは意地悪です!」
本格的に怒った顔になった奏はキーボードのボタンを一つ押す。すると全身のISスーツが締まり、圧痛が走る。戦闘機パイロットがGによる血液の逆流、『レッドアウト』に陥らない為に圧搾空気で身体の血管を押さえつけるアレだ。
「いでで! 冗談だ、冗談!そんな事するわけないだろ!」
「…もう」
急に締めあげられ、痛みで俺が悲鳴交じりの謝罪をすると奏は許してくれたのか、空気圧搾を解いてくれた。『瞬間加速』で慣れた物だと思っていたが、案外急にやられるときついものだ。
「そんな冗談、悪趣味です」
「ああ、悪かったよ…ごめん」
謝るが、どうも機嫌が戻る気配がない。いかんな、ちょっと冗談が過ぎた。どうやって機嫌を直したものか…
「最近はすっかり連絡も入れてくれなくて、心配して来たのに…」
「うっ」
奏の言葉がグサリと胸に刺さる。そういえば最近は忙しい事の連続であまり連絡を入れていなかった。心配なるのも当り前か、俺だって奏が見知らぬ場所に行って何日も連絡がなかったら心配する。
「前に顔を合わせた時は最終的に怪我をしていましたし…知らない場所で兄さんが怪我していると思うと…やっぱり嫌です」
「…じゃあさ」
奏の話を聞いて、俺は頭に浮かんだ案を口にする事にした。
「夏休みまで、待ってくれよ」
「夏休み?」
「ああ、この臨海学校が終わったら期末テスト、その後すぐに夏休みがあるんだ」
今月は七月。丁度夏休み一カ月前だ。臨海学校後に上級生の人達が声をそろえて「あのテストはヤバい」という、恐怖の期末試験がある。それさえどうにかクリアすれば、晴れて夏休みを満喫できるのだ。
「夏休み…その長期休暇中に何かするんですか?」
「何かする訳じゃない。むしろ何もしないってほうが正しいかな」
「何もしない…?」
「…ずっと側に居るよ」
俺の言葉に奏はキーボードを打つ手を止めた。そんな彼女に俺は良く聞こえる様に、ゆっくりと告げて行く。
「夏休み中はずっと一緒だ。お前の側にいる」
「ず、ずっとって…で、でも私研究所で仕事が―――」
「だったら俺も研究所に行くさ。お前の体調に関しては俺のがやり易いし…それとも嫌か?」
「そ、そんなことないです! そんなこと…」
「じゃあさ、さっきの事は許してもらえるか?」
「あの…本当に本当ですか?」
俺の言葉が信じられないのか、食い下がる様に聞き返す奏。まるで契約書でも書かせる様な真剣さ。本気でこんな些細な約束に必死になる。そんな妹が愛らしく、自分でも驚くほど優しい微笑が零れた。
「本当だ。この約束は絶対に守る」
「本当に本当に本当ですね? う、嘘だったら針千本ですからね!?」
「ああ、それでいい。破るつもりはないからな」
「そ、それなら…許してあげます」
「ありがとう」
約束は守る、そう断言すると先ほどまで曇っていた奏の表情は嬉しさと恥じらいが7:3くらいの比率のとても嬉しそうな照れ笑いを浮かべていた。
「お二人さんさ、語らうのは良いけど…」
そんな時だった。横から飛び込んで来たのは凰の声、そちらを向くと呆れの入った表情で立つ凰とその後ろの方で頬を朱色に染めて、こちらを見ている一夏、篠ノ之、オルコット、シャルロット、ラウラ…そして笑う束さんと腕を組んでこちらを睨む千冬さん。
「こっちはもう作業終わってるわよ?」
「あ、あのえっと…」
俺達の話を聞かれていた事が恥ずかしいのか、奏は顔を真っ赤にしてワタワタと手を振る。すると――
「なんか…聞いているこっちが恥ずかしくなるな、もちろん良い意味でだけどさ」
「…な、仲が良いのだろう…」
「それだけではないと思いますが…」
「なんだか…こ、こっちまで毒されそうだよ」
「レ、レイジは妹に随分と想い入れがあるようだとは聞いていたが…ここまでとは」
一夏、篠ノ之、オルコット、シャルロット、ラウラの順に専用機持ち達が好き放題言うと奏の顔はさらに赤みを増し、熱中症に見られてもおかしくないくらいに真っ赤だった。
「あ、あの皆さん! 私と兄さんは別にそんな―――!」
おそらく俺達のやり取りを見た皆に何か弁解しようとしたのだろう。慌てて身体をそちらに振り向かせようとした奏は手元の近くにあったキーを押した。すると再び俺の身体がISスーツに締め付けられる。
「いででででっ!? ちょ、奏! 解除、締め付け解除してくれ!」
「あああ、ごめんなさい!」
奏は再びこちらに身体を向けると圧縮を解除する。そんな寸劇を見て、凰はたっぷりの呆れを込めたため息を吐いた。
「ま、早めに終わらせなさい。そうじゃないと皆のあらぬ妄想が膨らんじゃうから」
「ご、ごめんなさい、鈴さん」
「謝んなくてもいいよ、奏は。話し吹っ掛けたのはそこの色情魔だし」
「誰が色情魔か、誰が」
俺の非難をスルーして凰は一夏達の方へと戻っていく。しかし失礼な話だ。俺の話の何処に色情があったというのだろうか。大体、俺はそこまで女に飢えてはいない。
「お、終わりましたよ。これでオッケーです」
「おう、サンキューな」
プラグが抜けたのを確認して、俺は『黒天』を『収納』すると奏の横に降り立つ。横目で見ると奏と目が合い、真っ赤にした顔を隠す様に下を向いた。そんな俺達の所へ先ほどかニヤニヤと笑う束さんがこちらに近寄って来た。
「むっふふ、やっぱりれーくんとかーなんはラブラブだね~。見ているこっちが赤面ものだよ」
「た、束さん! からかわないでくださいよ!」
「でもでも、かーなんだって満更でもないでしょ? というか、本望でしょ?」
「それは…」
束さんの問いに奏は俯き返事をしなくなる。返答に困っているのか、非常に複雑な顔をしている。
「束さん、奏を苛めないでくださいよ」
「苛めてなんて無いよ。楽しんでいるけど」
「それを止めろと言っているんだ」
「ふっふっふ、そうは言うけどかーなんだってコレを楽しんでいるのかも…もしかしたらかーなんは結構マゾ―――」
ぐにぃぃ
「―――って、ひはい! ひはいよ、へーくん!」
余計な事を言おうとした束さんの頬を抓り、引っ張る。束さんはこちらに対する非難の声を上げている様だが、そんな事は関係ない。
「人の妹に変な性癖付けんでください」
「らってー!」
「だってもへったくれもありません。止めるように、いいですね?」
「…はーひ」
俺の言葉を承諾したのを確認すると手を離した。束さんはつねられた頬をさする。少しやり過ぎたかとも思ったが、束さんなら大丈夫だろう。何せ千冬さんの鉄拳やアイアンクローをくらってもピンピンしているのだから。
「それに別にラブでも構わないでしょうが、家族なんだし…なあ、奏」
俺は家族である奏を愛している。それに変更などありはしない。その事を奏にも同意してもらおうと訊いた。しかし―――
「それはそうなんだけど…」
「奏?」
「そうなんだけど…うう~」
何故か膨れ面でぽかぽかと俺の肩を叩く。そんな奏の行動がどうも理解できずに、俺は眉をひそめた。家族でラブでは不服なのか?…うむむ。
「さてと、兄妹二人の愛の語らいが終わったところでそろそろ『紅椿』のテストといこうか!」
俺達に背を向けるとパンと両手を叩いて、子供の様な笑顔を浮かべる束さんが言う。すると篠ノ乃はその場から一歩前に出た。
「とりあえず飛んでみようか。試運転も兼ねてね」
「はい、では行きます」
短く返事を返すと篠ノ乃はそのまま地表から数センチだけ浮遊を開始すると一気に上空へと飛翔した。それと同時に地表の砂が巻き上げられて、強く激しい風が俺達の身体に打ち付けた。
速い、近年で作られてきた近接戦闘型のものよりも数段上の速度だ。しかしその速度に振り回されることもなく、篠ノ乃は自身の思い通りに飛んでいるようだった。
「どうかな、箒ちゃん」
「ええ、快適ではあります。こちらの反応にも思った以上に反応してくれて、とても動きやすいです」
「でしょでしょ。じゃあ次は刀の方も使ってみて。右が『雨月』、左が『空裂』ね」
空中を舞う篠ノ之に束さんから指示が送られ、二本の刀がその両手に握られた。そしてそのまま武装テストが行われた。行われたテストで使われた二本の刀はそれぞれに特性を持ったものだった。
まずは右手の『雨月』。この武装は打突に合わせる様にして刃部分からエネルギー刃を撃ち出す仕組みとなっておりアサルトライフル程度の中距離射撃射程をカバーする仕様となっている。
そして左手の『空裂』。こちらは斬撃に合わせて帯状の攻性エネルギーをぶつける事が出来る武装で、振った範囲に自動展開する。『雨月』が対単体戦仕様だとすると『空裂』は対集団仕様であると束さんは言っていた。
通常、戦闘スタイル状の都合により高速戦闘を強いられる近接機体よりも高速機動を行え、なおかつ遠距離までカバーする事が出来る。まさに万能機体。制作者である束さんが『現存する全てのISを超える』と言っていたが、どうやら偽りではない。
「「「「……」」」」」
周囲も同じことを思っているのか、その圧倒的性能に驚愕し、言葉を失っていた。そんな中で俺は『紅椿』を見上げながら、内心で不安感を覚えていた。
今のIS開発状況は機体性能を争い、どの企業もそれぞれの特徴的な技術を使用し、有効点と欠点を抱えながらも技術向上を目指している真っ只中。そしてその研究と開発の成果として、最も有能な機体を作り出す。その結果が今の『第三世代』なのだ。それだというのに、こんな化物の様な機体が出て来てしまった。これは今活動しているIS開発技術を持つ企業からすれば、オーバースペックもいいところだ。そして問題はそこで技術者というものは諦めないのだ。
『あの天才、篠ノ之束が作ったならばしょうがない』
そんなことを考える者は技術者なんかにはならない。上がいるなら超えようとするのが、技術者の常である。そしてそんな彼らを嘲笑うかのようにその上を行く束さん。それに追い付こうとするIS技術者達。
終わりの見えない技術者同士の闘争。
「どうしてあんなものを…」
「うん? どうしたのかな、れーくん」
「…いえ、何も」
どうしてあんなものを作ったのか、そう問いたかった。だが止めた。どうせこの人の事だから、笑ってはぐらかして、本当の事を俺には告げないのだろう。それにもしかしたら、本当は何も考えていないのかもしれない。束さんにとっては世界なんてものはどうでもよくて、ただ単純に作れるから作った。それだけなのかもしれない。
(この人の事で深く考えるのは止めよう。変に疲れるだけだし…ん?)
考えを止めると同時にふと視界に入って来たものに違和感を覚えた。皆の驚く顔に満足げに笑む束さんとおそらく制作過程を知っていたのか驚きはしないものの、興味の視線を向ける奏以外に驚愕を窺えない人がいたのだ。千冬さんだ。その視線は『紅椿』を捉えてはおらず、瞳を閉じて、何やら非常に厳しい表情を浮かべていた。
「特命任務…まさか学生だけでやらせるつもりか」
「織斑先生?」
どうしたのだろう、そう思って声をかけてみると千冬さんはゆっくりと瞼を開いた。そして、俺は少しばかり後ずさった。瞼の下にあった千冬さんの瞳は確かな怒気を孕んでいたからだ。
「何かあったんですか?」
「ああ…全員注目!」
空に舞う篠ノ之にも聞こえる様な声にその場に居た俺達はすぐさま千冬さんの前に集まった。
「現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動に移る。今日のテスト稼働は中止だ」
「ちゅ、中止?」
「何か問題でも起こったんですか、織斑先生」
「状況は一度宿に戻ってから説明する」
質問するシャルロットに告げる千冬さんの顔からは怒りに混じって少しばかりの焦りが感じ取れた。普通では考えられない異常事態。それを皆も察したのか、表情が真剣な面持ちへと変わっていった。
「お前達専用機持ちには動いてもらう事になりそうだ…それと篠ノ之、お前も来い」
「はい!」
上空から舞い降りた篠ノ乃の気合いの入った返事を聞くとそのまま千冬さんはこの場所まで来た道を戻って行き、それに専用機持ち達も続いて行く。
「奏、お前は束さんと一緒に待機していろ」
「あ、兄さん!」
奏にそう言うと俺はすぐさま歩き出す。そんな中で、俺の耳に届いたのはすれ違いざまに聞こえた束さんの言葉。
「さーてと…大変な事になって来たね」
「えっ?」
足を止めて、束さんを見る。するとまるで今後の事態を知っているかのように愉快そうな微笑を崩さぬままに奏の下へ行くと何か言い聞かせていた。俺はそんな束さんの笑みに少しばかりの不気味さを感じながら、先に行く皆の後ろに続くのだった。
EP34 End